衛宮士郎が大真面目に存在が不真面目なサーヴァントを呼ぶようです   作:融合好き

7 / 14
水着サレンちゃんを引けなかったので投稿します。(ゲームが違う)


対英雄:E

「▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️──!!」

「………、………っ」

 

ふらつく足元から体勢を崩し、頭を揺さぶられて目を覚ます。否、やや飛んでいた意識が浮上する。

 

疲労、だろうか。それとも単純に魔力の不足か。いずれにしろ、この状況下で意識が飛ぶようなら相当に拙い。元より万全とは言い難い体調ではあったのだが、やはり連日の戦闘で集中力が鈍っているのだろうか。

 

(右、左、正面、背後、右斜め、弾いて後逸、槍に持ち替えて懐に、次は──)

 

わからない。正直に言うと、それを考える余裕もない。サーヴァントとしてのステータスで圧倒的に劣る自分は、ただひたすらに積み上げた経験から勝利への道を模索し、綱渡りのように戦力差を上手く誤魔化して、どうにか相手の実力に迫るしか勝つ術を持たないのだから。

 

(………あと、どれくらい。いつまで、これは続くの………?)

 

一手凌ぐごとに存在が削られる錯覚を抱く。まるで通らない攻撃が焦燥を煽る。それでも背後にいる善き人達を守るため、かたちだけでもあの人に倣うために、ふらつく足を気合いで支えて武器を取る。

 

──既に、手先まで鈍ってしまったのか、武器を握った感触がない。腕全体を這うように襲っていた痛みはもはや何も感じられない。魔力が足りない。速さが足りない。火力が足りない。気力体力精神力と言った最低限のものさえ足りていない。

 

(足りない。足りない。足りない。………このままだと、確実に押し負ける)

 

今の私にあるのは、技量だけだ。中身はドロドロのまま、外見だけを取り繕った私自身とまるで同じ。側から見れば、私の戦いはさぞ優美に見えるだろう。内情を知らねば、勇者の如く感じるヒトも、きっと何処かにいるのかもしれない。

 

ただし、それは所詮ハリボテだ。如何に実力があっても、その中身を伴わなければ意味がない。強いから勝つのは当たり前だ。実力差を凌駕する意思がなくては、とても英雄だとは言えない。

 

私の望み。聖杯へと捧げる願い。とはいえ、私のそれは聖杯を必要とはしない。それは私の内より出でるもの、否、誰しもが持ち得る真なる強さ。全ての『私』が憧れた、本当の意味での人間らしさ(・・・・・)

 

あの人は、生まれた時から怪物であったこの私を、英雄であると言ってくれた。ならば、その言葉を嘘にしないことが、今の私の望み。

 

(腕が痛い。お腹が苦しい。全身が思うように動かない。頭が働かない。頼みの綱である技量も、所詮はスキルで底上げしたものだから、徐々に理想との齟齬が生じてる──でも、でも。だけどそれでも)

 

それでも。視界は明瞭。身体も動く。声も出せる。思考だって回せる。やる気だって残されている。まだ闘える、まだ頑張れる──だったら、諦められるわけがない。

 

(もっと、もっと。どこまでも強く、どこまでも理不尽に)

 

私には、それができる。虚構を現実に。あらゆるものを妄想で塗り固め、世界を都合よく解釈する力がある。

 

私は普通の英霊ではない。人間ですら、あるはずはない。私の本質は泡沫の夢。頭から爪先、自らの願いさえも嘘で塗り固めたような幻想の存在。虚勢は現実に、事実上、どこまでも無敵になれる。

 

そのために必要なのは、どんな困難であれ目を逸らさないこと。戦いを怖がることは恥ではない。誰かを守りたいという確固たる信念を持つ。そんな、誰にでもできることを懸命にこなせば、どんな強敵にだって立ち向かえる。

 

イメージするのは、常に最強の自分。なんのことはない。かつての思い出を思い起こせばそれで済む。

 

「──主よ。どうか私に、我が同胞を守る力を」

 

(………そうすれば、いつかきっと)

 

きっといつか、人理の最果てで。私ではない私が、私の大好きなあの人に再会して、その道の助けになることができるから。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

正直なところ、この展開を予想していなかったと言えば嘘になる。

 

だってそうだろう。補給を断つのは戦争の常とはいえ、やられた側がみすみすと何のアクションも起こさないというのは夢物語だ。そのままでいれば危険であるなら、それに反応するのは当然のこと。考えるまでもない。

 

まして、彼女は誰もが認める最強の存在を手元に抱えている。凛のようにこの地で生まれた人間であるならともかく、多少の思い入れがあるかないかの別荘、戦時中における寝床を放棄するくらい、彼女にとっては当たり前の対応であり、無謀でもなんでもない。

 

強いて言うなら、ただでさえ魔力消費の激しいバーサーカーを常在戦場の心得で従えることと、城に備えてあっただろう補給手段が絶たれることが無視できないリスクとして重くのしかかるが、それでも彼女の魔力量を以てすれば少なく見積もっても一週間は最大のパフォーマンスを維持することができ、一日もあれば顔も素性も知れた素人を含む多人数の怪しい集団の捜索など、それこそ一般人であっても容易い。

 

であればこそ、痺れを切らした彼女が強襲するのは必然。即日対応したのにも驚きこそすれ、予想外には至らない。

 

故に、ただ一つ、予想外があるとすれば──

 

「………神は天に有り」

 

幾度と無く振り下ろされた凶刃が迫る。音速を優に超えているだろう一撃。これが刀のような抵抗の低い武器であるならともかく、ともすればバーサーカーのマスターである少女よりも巨大な石斧によって引き起こされたものだとすると、それがどれほどとんでもないものなのかはわかるだろう。

 

バーサーカーというクラスは、狂化によって理性と引き換えにステータスを底上げする。本来ならば弱小の英霊を凡百まで引き上げるためのそれは、ヘラクレスのように超一流の英霊と組み合わされば、ステータスに飽かせた膂力だけでありとあらゆるものを粉砕する。

 

だから躱す──ごく単純な帰結。しかし、言うは易し、行うは難し。それが尋常の技であるはずがない。無理を押し通せるその技量もそうだが、たとえそれだけの能力があったとして、ほんの一瞬。瞬きほどの時間でも臆して目を逸らせば全身がミンチになる状況下において、平然とそれを成し遂げる存在とは、果たして人間と呼べるのか。

 

「されど関せず、世はなべて事も無し」

 

否、彼女は元より人間ではなく、その存在を人類史に刻まれた英霊──万夫不当、一騎当千の英雄が一人。幼い少女の皮を被っていても、その実単純なステータスだけで凡百の英雄(わたし)を凌駕する。

 

何もかもが謎に包まれた英霊。それは最強最高最上の英雄たるヘラクレスが相手であっても揺らぐことはなく、その存在と共に文字通り、誰にも捉えることは叶わない。

 

「人は限りなく卑小で有り続け、生きるべき場所に至る道を知らず」

 

バーサーカーに痺れを切らすという概念は無く、既に1000を超えたであろう攻撃は、既に瓦礫と化した道路に再度傷跡を刻む。

 

──つまるところ、少なくとも現段階において、バーサーカーの攻撃は彼女に通用しない。それはまさしく、異常な光景だろう。外見だけは年端も行かぬ少女が、身長にして3mはある巨漢を翻弄しているのだから。

 

「故に、我が君は英雄に非ず(・・・・・)

 

少女が槍を地面に水平に構える。まるで生まれた瞬間(・・・・・・)から握られていたような、凛とした、堂に入る馴染んだ姿勢。

 

武に通ずるものなら心動かされて不思議じゃない“会”も、バーサーカーは一顧だにしない。そして、そのような心無い一撃は彼女に通用しない。

 

「されどその道は険しく果てしない、人類史を巡る航海図──でも、あの人は、それを悲観したことはなかった。だからこそ、私はあの人が信じた英雄として再び、その道を支えたい」

 

幾度と無く振り下ろされる斧剣を躱しながら、念入りに、神経質なまでに構え直す。会と表現したのは何も私がアーチャーだからと言うだけではなく、その槍が弓のように発射寸前(・・・・)であるかのように見えたからだ。

 

「だから、私は押し通る。何をしてでも。誰が相手でも。私が英雄であると証明し(・・・・・・・・・)、またいずれ、人理の果てに彼と出逢うまで──」

「▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️──!!」

 

バーサーカーが吠え猛る。呼応する大気が震え上がり、それだけで根元的な恐怖心を煽る。無論、私はその程度の圧で番えた弓を震わせたりはしない。が、それも私が歪ながらも英雄であるからこその話。凛や小僧のみならず、バーサーカーを従える主人までもが萎縮する光景。怯えても、逃げ出しても誰も咎めることはない。

 

しかし。

 

「あ──あ゛、ぁぁあああぁぁぉぉああああ!!!」

 

絶叫。愛らしい少女の口から発された音とは到底思えない、バーサーカーにも負けて劣らぬ悲鳴のような掛け声(・・・)が、狂戦士の雄叫びを真正面から受け止める。

 

愚直に振り下ろされた斧に狙いを定め(・・・・・)、頂点部が腕と重なった辺りで発射する。ともすればヘラクレスよりも力任せな正面突破。外見に不相応な技量と折り重なったその一撃は、正しく怪物を屠る勇者の輝きを放った。

 

 

「──『偽・英雄作成(フェイク・キングメイカー)』!!!」

 

 

是なるは闘いの根源。原初の信仰と呼ぶに相応しい不条理。

 

十二の試練(ゴットハンド)を纏うヘラクレスに神秘無き攻撃は通らない──そんな常識(いじょう)を、殺せるだけの威力があれば効かない理由がない(・・・・・・・・・)という異常(じょうしき)によって捩じ伏せる。

 

「え──?」

 

凄まじい轟音と共に、鍔迫り合うことさえなく、弾かれたように大きく後方に仰け反り、そのまま倒れて天を仰ぐヘラクレスを、そのマスターは呆然と見つめる。

 

見れば、槍とかち合ったはず斧は背後にある建物の壁に深々と突き刺さり、ヘラクレス当人に至っては肩口からその先が全て消滅しているように見える。

 

とても現実のものとは思えない光景だが、そもそも、古きモノがより純度の高い神秘となるなら、蘇生魔術という高度な技術(・・・・・)が、石器時代から存在を知られる槍の一撃を凌駕するはずがないのだ。下手に銃などの現代兵器に頼るより、素手で殴りかかった方がダメージを出せる。個々人がある種の法則に従う怪異によく見られる現象である。

 

(無論、そのような屁理屈を成立させるには、彼女が素でヘラクレスを殺せると、それを事実せしめる一撃を放てることを前提とするが──)

 

「っ、っく、ぅぅぅ………いたぃ………」

 

信じ難いが、現実としてその理は成立し、少女は怪物を打ち倒した。それが一時凌ぎに過ぎないと明白でも、成した当人が蹲って無様にのたうち涙ぐんでいても問題はない。

 

勝てば正義だ。それだけはどの時代でも揺らぎない。特にバーサーカーが馳せたギリシャでは、尚更それが顕著だったであろう。

 

「ば、バーサーカー………!」

「──させん」

 

護衛を放棄し、蹲るランサーの横を全力で駆け抜け、動きを見せたバーサーカーのマスターである少女の首元に投影した剣を添える。

 

分かりやすい人質。だが、卑怯とは言うまい。物量で勝てぬのならば奇襲内応は戦争の常。強いて言うなら無断であることが道理には合っていないが、敵味方問わず死を避ける方向に動けばランサーも否は言わんだろう。

 

「この剣は真名を『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』と言い、宝具を除くありとあらゆる魔術を初期化する能力を持つ。それは、マスターとサーヴァントの契約であっても例外ではない」

「──!」

「『令呪を使用し、バーサーカーを拘束する』──それ以外と取れる行動を見せた段階で契約を破却する。ああ、判断の基準は私の独断だ。一切の誤解なく行うことをお勧めする。……あれも腹の内には色々と抱えてるようだが、ここで潰されては困る」

 

 

「…………」

 

 

敢えて期限は設けなかったが、流石にバーサーカーが起き上がるまでは待たないと判断したのか、何かしら逆転の策を有していたのか──それとも、単純に自身の身の安全を優先したのか。

 

少女が頷いてそれを実行するまで、時間にして一分にも満たなかった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「……おい、遠坂。サーヴァントってのは、あんなのがデフォなのか?」

「んなわけないでしょ………多分」

 

恐る恐る、と言った具合に慎二が話しかけてくる。正直なところ、間桐くんにこうして気安く話しかけられること自体が微妙に不快であったが、そう思う理由は非常によくわかる。

 

この私をしてそこまでするか、と言わんばかりの死闘──というか明らかに後先考えてないのが丸わかりの根比べ。言ってしまえばなんのことはない、アインツベルンの見栄が勝つか、ランサーの意地が勝つかのぶつかり合い。

 

どちらも互いに引くわけには行かず、色々と泥沼な削り合いの末がこの結末。まさか実質的にこちらが勝利(?)することになろうとははっきり言って露ほども思ってはいなかったが、慌てて用意していた逃亡用の策や、最悪、ランサーを見殺しにする選択肢も現実的なセンではあったため、心情的にもそうせずに済んで良しとするべきだろう。

 

「………しかし。なんだかんだ、全部片付いちゃったわね」

 

ついていけない。もっと言えば、付き合っていられない──これが正直な感想だったりする。良くも悪くもサーヴァントはスケールが我々とは異なりすぎて、目の前で起きたことに対しても私は今ひとつ実感が薄い。どこか彼女たちの戦いを俯瞰して眺めていたのも、今の状況を客観的に評価できるのも、その現実逃避の賜物だろう。

 

身も蓋も無い言い方をしてしまえば、結局私はどこまでも記念参加で、真剣とは程遠い心意気だったのだろう。だから彼女があそこまで必死な理由も、アーチャーが未だ何を隠しているのかも、衛宮くんが葛藤する理由も、それこそ今こうして慎二がこの場にいる経緯すら他人事のように感じている。

 

誰も彼もが、それなりの覚悟を持ってこの戦争に臨んでる。足りないのは私だけだ。認めるのは癪だが、私はきっと、単純に「お人好し」なだけで、衛宮くんほど突き抜けることはない。まあ、良し悪しで判断するのなら、こうして留まった方がそりゃあまあ「良い」んだろうけど。

 

(…………)

 

瓦礫の山と化した地面に蹲るランサーを見やる。俯せに倒れているので角度的に確認はできないが、両腕は見るも無残な有様となっていることだろう。

 

「…………」

 

 

──少し、少しだけ、時間を──

 

 

「………放って置けない、か。贅肉ね」

 

腹をくくる。どうせ何だかんだ離れられないのはわかってる。私の性格は、私自身が一番よく分かっている。こうして賢く振舞っていても、最終的には感情に流されるだろうことも全て。

 

幸いにも、既に残された敵はセイバーとアサシン(・・・・・・・・・)の二人。どうせサーヴァントが全滅するまで聖杯を手にすることは叶わないのだ。であれば、願いの擦り合わせについては、敵がいなくなってからでも遅くない。

 

(セイバーはあの時の女剣士。そしてアサシンについては未だ不明、と………)

 

「ま、兎にも角にも、とりあえずこの子が回復してからよね。………衛宮くんも魔力消費で酷い有様だし、どれくらいかかるかはわからないけど………」

 

他でもない当事者の彼女が次々と問題を持ってくるおかげで、やることはまだまだ山積みだ。一つ問題が解決したからと言ってその数に限りはない。

 

ただまあ、負担が減ったことは間違いなく、だからこそ突き放すこともできず、個人的にはそのあたりが非常に困り者ではあるのだが。

 

「ま、こうなりゃ徹底的に首を突っ込むとしますか」

 

………どうにも他人事であるかのような意識は抜けない私だが、それでも普通に考えて、聖杯戦争という舞台を用意したこちらにも責任はあるわけだし。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

間桐桜は苦悩していた。

 

そもそも今日の夕方、既に部活を退いて久しい先輩が弓道部に顔を出してから、どうにも不安のような感情を拭えなかった私だが、それは先輩が部活の後にも学校に残ると明言したことで確信へと変化し、また同時に、彼が日常よりも魔術を優先したその事実が、私の心を深く蝕んでいる。

 

現在、時刻にして午後9時。既に藤村先生もなんらかの用事があったんだと判断し自宅へと帰還して更にしばらく。最終下校時間も2時間近く突破し、普通に考えるならば、もう生徒は学校にはいられない時間帯。付け加えるなら、今は監視の名目でしれっと居座ってるこの家から学校までは商店街を経由しても30分を超えることはなく、長々と買い物をしていてもこの時間まで食い込むことはないだろう。

 

(つまり、先輩は………)

 

魔術のトラブルに巻き込まれている。否、行動からして、自分から首を突っ込んでいる、が正しいだろうか。それも学校に残っているとなると、まず間違いなくライダーが張っている結界がその理由。

 

そして、ライダーのマスターであるこの私は、少しその気になってしまえば、ライダーの視界を通して彼の現状を把握できる。

 

──兄さんの逆鱗に触れ、地面に冷たくなって転がっているかもしれない、先輩の姿を。

 

(…………っ、)

 

怖い。怖い。怖い。目を瞑るのが怖い。物を考えるのが怖い。何かの拍子にそれを目の当たりにして、それが現実になってしまうのが恐ろしい。

 

ライダーは怪物だ。それはマスターであるこの私が一番よく分かっている。睨まれただけで石と化すゴルゴーンの魔物──まともに考えたら、そんなものに立ち向かうなんて、倒すなんて不可能だ。

 

7時ごろ、魔力を急激に吸われるような感覚があった。その理由を、私は未だに探ることができずにいる。

 

簡単だ。目を瞑って、ちょっとだけ意識を傾ければいい。むしろ今は引き離し拒絶しているこのつながりを、そのまま素直に受け入れればそれで済む。

 

テレビの電源を入れるより少ない労力で、その映像よりも遥かに鮮明な情報を得られる。それが私には、何よりも恐ろしい。

 

止められたはずだ。抗えたはずだ。時間はあった。きっかけもあった。ライダーのマスターである私なら、如何様にも、どうとでもなったはずだ。選んだのは私だ。黙認したのは私だ。………見過ごしたのは、この私の責任だ。

 

(嫌だ。いやだ、いやだいやだいやだ。見たくない。知りたくない。でも、でも!)

 

不安が募る。心配が溢れる。そんな資格はないのに。どれほど図々しいのだ、私は。

 

ふと、今更ながらに、藤村先生を見送りに居間を離れたあと、部屋を出る際に消しておいた照明を点け忘れていたことに気づく。

 

あれほど闇を恐れていたのに、自分が闇の底でもがいていたことにも気付かない。どうやら本当に重傷らしい。取り繕うことさえできていない。

 

(…………………………………………)

 

闇に生じて心を鈍化させ、ほぼ身動きを取ることもなく追加で30分。時間にすると藤村先生が部活明けにこの家に居座っていた時間とほぼ同等、しかし体感時間は永遠にも等しく、おまけに時間感覚と言った概念さえも諸共に思考から排斥するよう努めていたので、それが私には、どれほど長く感じたことか。

 

そして、私がどれだけ自らの世界でふさぎ込んでいても、時間を止めるには至らない。時間とは究極の目安。お爺様でさえ逆らう事はできない、万物を流転させる絶対の法則。故にそれは、私如きを容易く置き去りにする。

 

──キィ、

 

「………!」

 

その音が聞こえたのは、果たして何十時間(・・・・)が経過したころだっただろうか。

 

遠慮して扉を開けたような、試しにドアノブに手を掛けたら鍵がかかっていなくてつい開けてしまったかのような、そんな家主にはあり得ない躊躇いがちな開扉が、逸った心を萎縮させる。

 

(誰………?)

 

とはいえ、疑問に思えど確かめる気力は湧かない。我ながら自棄っぱに近い感情だと自覚しているが、少なくとも一分一秒で矯正するのは不可能だ。

 

そして、玄関から居間まで辿り着くのには一分もあればお釣りが来る。特に、扉を開け放った人物は私にとって予想通りでもあり予想外の人物でもあったため、その行動に迷いはなく、点けられた照明と共に視界に飛び込んできた光景に、私は色々な意味で驚愕することになる。

 

「っと、点いたわね。早く布団を…………って、桜!? なんでここに、ってかなんでそんな隅で蹲ってるのよ!?」

「おいおい遠坂。さっき立ち寄った僕ん家に桜はいなかったし、話の流れからしてこいつがスパイみたいなもんだって簡単に想像付くだろ? まあ、衛宮もいないのにここに居たのは大分私情混じりなんだろうけどサ、そのせいでなーんも成果が得られず、爺さんが怖くて帰るに帰れなかったってオチだろ、どうせ」

 

矢継ぎ早に繰り出される会話。それ以前に聞き覚えのあり過ぎる声に混乱する。先輩と同盟を組んでいた姉さんはともかく、何故兄さんがここに。先輩はどこに、どうして彼らがこのタイミングでこの場所を訪ねるのだ。

 

そして兄さんの推測は当たらずとも遠からず。お爺様云々を除けば大筋は間違っていない。だからこそ彼がここにいる理由が掴めないわけなのだが、先輩はどうしたのか。仮に最悪の事態だった場合には、なおさら彼がここに来る理由がないわけで。

 

「ど、どうして兄さんが………」

「………あー、何だ。僕がやらかしたんだよ。だからお前は、わざわざ言葉を選ぶ必要はない。それよりもアレだ。ヒマならそんなトコで蹲ってないで布団でも出してくれよ。僕も何度かこの家に来たことはあるけど、物の場所とかはお前の方が詳しいだろ」

「え………?」

 

いつも通りの憎まれ口ながらも、どこか歯切れが悪くそう発言する彼と、彼が背負っている血塗れのライダーの存在に今更ながら気づく。

 

(えっ……どう、いう、こと?)

 

よくよく見れば、入ってきたのはそもそも兄さんと遠坂先輩だけではなく、遠坂先輩のサーヴァントであるアーチャーさんに、紫色の服を着た見覚えのない白髪の少女。そして遠坂先輩主従がそれぞれ担いでいる先輩とランサーちゃんの姿。

 

「っ──せ、」

 

先輩、と声が出そうになったのを辛うじて堪え、見たところライダーとは違い外傷もなく寝息を立てている先輩の姿に、私の邪推が杞憂だった事実にこれ以上なく安堵する。

 

(だけど、これってどういう──まさか、でも、そんな)

 

思考が巡る。が、その結論は出るはずもない。とはいえ先にも告げた通り、私の意思とは無関係に時間は平等に針を刻む。──此処にその針を進めるのは、ある意味では状況下においては当然の人物で、また同時に、状態としては色々と不適格な人物の口より放たれた。

 

「………、…………。…………ま、」

「──ランサー……! アンタ、まだ意識が………?」

「ま、………まりょく、を………いま、宝具を、使って、………あ。──ぐふっ、」

「え? って、ちょ」

 

(死んだ………!?)

 

一瞬だけ意識を取り戻し、今にも死にそうな掠れた声で何かしらを呟いた彼女は、配慮する余裕さえもなかったのか、私の前でも構わずにぼろ切れが付いた旗のような何かを手元に現界させ、そのまま多量の血を吐いて気絶する。

 

内出血で異常に肥大化した腕と、握ることも能わず転がり落ちる旗が、おそらくは現状の異様さを何よりも証明するのだった。

 




サーヴァント三人に勝てるわけないだろ!(←なお、うち一人は戦力外かつもう一人は支援役兼護衛であった模様)





対英雄:E

英雄を相手にした際、自身の近接パラメータを底上げする。
Eランクの場合、戦闘時の消費魔力軽減、及び敏捷・耐久などの一部パラメータに多少のボーナスがかかる。
「敵対者が戦い難くなる」スキルではなく、幾多もの英雄・反英雄と対峙し、これに順応したことによる「立ち回りの巧さ」を表したスキル。交渉等を含むシェヘラザードのそれとは違い、あくまで戦闘時にのみ適用される。

生前において幾多もの超一流サーヴァントをその身一つで打倒した彼女ではあるが、現在その技能は十全に発揮されていない。彼女という存在の根幹に関わる何か、彼女という英霊が戦う動機にもなる、心の支えとしていた大切なモノが欠けているためである。




偽・英雄作成:C+〜A++

フェイク・キングメイカー。
自己改造により筋力を爆発的に増幅させ、彼女が生前、支援魔術の重ねがけを受けることでようやく発揮した異常な膂力を一時的に再現する。
極論、腕が物理的に弾けるまで強化できるため、想像を絶する威力を出せるが、再現が無茶苦茶であればあるだけそれ相応の反動が発生する諸刃の剣。なお、ランクはそのまま筋力に反映される。

説明文だと便利で強そうに見えるが、実はリスクがリターンに見合っていない糞技。怪力の完全下位互換。ぶっちゃけメディアさんが適当に支援した方が安全かつ高威力を出せたりする。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。