衛宮士郎が大真面目に存在が不真面目なサーヴァントを呼ぶようです 作:融合好き
衛宮士郎は呻いていた。
場所は自室の用意してもらった布団の中。先程から襲い掛かるは気怠さを究極的に突き詰めるとこのようになるのだろうか、と思わせるほどの倦怠感。魔術というモノに関わっている関係上、苦痛や吐き気のような拒絶反応には慣れ親しんでいる、が、それすらも些事と思わせんばかりの脱力感、無力感が刻々と自身を苛んでいる。
(………だが)
こんなものは序の口だ。人を助けるとは、誰かを救うとはこういうことだ───ランサーはそう言っていた。救う、という行為はこの上なく傲慢で自分勝手な行為であり、それが報われることなどあり得ないと。常に自分をすり減らし、得るものが徒労であるなら良し。罵倒であってもそれでも良し。そして、救われたことにすら気付かれないことなどザラにある、と。
『それでも、と宣う人は多くいます。人に感謝して欲しいわけではないと。それこそ善意が傲慢であることを自覚し、自己満足で行なっている人も知っています。その意思は確かに素晴らしいのでしょう。───ただ、その人たちは一人の例外もなくどこか「おかしい」と断言できるのです』
人に悲しみなど不要と断じた者がいた。人は楽をすべきと微笑う者がいた。人は愛されるべきだと誘う者がいた。───一つ一つは立派な理想だ。善意、と評していいのかもしれない。しかし。
『誰かを助けるなんて、普通の人間にはできません。そもそも人間は、自分一人ですらロクに守ることはできません。それなのに誰かに手を伸ばすということは、それはすなわち自分の守りを捨てることと同義です。ですが、貴方はそれでも協力すると言った。だからこそ私は、貴方の協力を厭うことはしません』
首を突っ込むとはすなわち、首を晒すということ。その代償が自分の命。それさえも蔑ろに、それを押して救うと豪語するならば、せめてその責任を担って貰う。
この苦しみは、その一端だ。それでも自分は、間違いなく運が良い方だ。今回は奇跡的に勝ちを拾えただけで、この戦争にこれ以上踏み込むつもりなら、本当に命を失うかもしれない。だから、だから。
(………だから、
明言はされなかった。だが、未だ短い付き合いとはいえ、彼女とは一連托生の仲だ。言いたいこと、言えないこと、言うべきこと。悩んでいることくらい分からないはずがない。
(…………)
瞼を閉じると、身に覚えのない光景がその裏に浮かぶ。
契約して以降、妙に鮮明な夢を見る。舞台こそ何故か燃えている冬木から宇宙空間のような場所まで見る光景は様々なれど、その大筋は変わらない。
国も時代もバラバラな英雄たちが、あるいは英雄と呼ぶにも躊躇われる装いの者たちが、いっそ呆れ返るほど統一感のない集団が、たった一人の人間を前にして見栄を張る。自分は英雄だ。だから任せろ、と。
彼らを尊敬すべき英雄だと信じ、しかし実際はその場にいる誰よりも英雄として在らんと立ち上がる少年。誰よりも弱く、それ故に誰よりも人間らしい少年。
最初は目障りな餓鬼でしかなかった彼は、あくまで協力者に過ぎなかった彼は、親切な人でしかなかったはずの彼は、彼が示すその在り方は、我々の気を惹くに余り在った。
英雄になりたい。そう願うようになったのは、いつからのことだっただろう。
人々に担ぎ上げられた偶像ではなく、国を荒らした魔女でもなく、まして漫才のような経緯で誕生したナマモノでもなく、彼の信じる英雄として在りたいと願うようになったのは。
私が、ただ強いだけのよくわからない存在でなく、彼の信じる英雄として、彼に胸を張って生きたいと想うようになったのは、果たしていつ頃からだっただろう。
私はいつも、助けられてばかりだった。だから今度は、私が彼を助けたい。
ああ、
貴方の旅は、無駄ではなかった。その轍は、星の歴史に刻まれた。どれほど不完全な英霊だとしても、誰かに寄り掛からねば生きていられぬ未熟者だとしても、私は確かにここに在る。
『──我が真名はジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ。人類史の果て、人理崩壊の一端として生まれしモノ。そして同時に、彼の歩んだ旅路が、我々カルデアの刻んだ轍が、どれだけ困難で、それ以上にどれほど出鱈目なものだったか、その存在で示す者です』
(…………)
目を開ける。深く沈んでいた意識が浮上し、引き摺り込まれるような夢心地が、そのまま疲労による微睡みへと置換される。
私は、彼の歩んだ旅路を覚えている。幾度となく、彼女は噛み締めるようにその言葉を繰り返す。思えば俺は、この時点で少しは疑問に思うべきだったのかもしれない。
確かに、彼女の言葉に嘘はないのだろう。彼女が善性の者であるのも否定はしない。だが同時に、彼女には同じように繰り返し告げていた言葉がある。善意とは傲慢、すなわち悪行。度を過ぎれば、単なる押し付けに過ぎないのだ、と。
「──さぁ、行きましょう。
しかし、それ故に。彼女はそれをひた隠しにはしない。
聖女のような微笑みと、菩薩のごとく柔らかな声で、彼女は残酷に俺を導く。選択肢の一つ一つが、善意によって徹底的に踏み躙られていく。
彼女が望む着地点。つまりは俺の
俺が諦めるその時まで、彼女は俺を支え続ける。何故なら彼女は、本質的には俺の憧れる正義の味方の同類で、俺よりも遥かに、そんな存在になってしまった者の苦悩を知るが故に。
また、夢を見る。独り善がりな自分とは違う、誰かと共に歩まんとする少年の夢を。
☆☆☆
「えー、では。これより、第一回カル………もとい、冬木対策会議を始めたいと思います………ぐふっ」
衛宮くんを布団に寝かし付けてから数分。この家を訪ねてから時間にして一時間ほど経った現在。流石はサーヴァントと言うべきか、一度は気絶したはずなのに割とすぐさま意識を取り戻したランサーは、バーサーカーとの戦いでも使用していたぼろぼろの旗を杖代わりに居間の机の側に立ち、それぞれ四隅に座っている私達に話しかける。
ただ、先の様子を見ていたからだろう。桜がせめて座ったらどうか、とランサーに提案する。武器(?)を構えたままでは気も休まらないし、こちらとしても気がひける、と。まだロクに事情も把握していないだろうに気の利くいい子である。しかし、ランサーはその提案に対し、
「ああ、なるほど。逆ですよ逆です。この旗、御察しの通り私のそれなりに有名な宝具なんですが、味方を守護する盾、ということで若干の回復能力が備わっているんですよ。とはいえ、この有様ではもはや気休め程度の効果しかありませんが。でも、ここまで徹底して破壊されるとむしろリソースとして使い潰すのを躊躇わずに済みます」
それ以外の回復方法もないわけではないんですが、あれは基本他者に分け与えるものなので、と、淀みなくすらすらと、本当に顔色だけは平常に近い状態にまで取り戻した風に告げる。
………まあ、一種の痩せ我慢だろう。短い付き合いだが、この子の性格は読めている。誰にでも分け隔てなく接しているように見えて、その実割と偏屈で負けず嫌いかつ意地っ張りなガキんちょ。この期に及んで強がっているのも、内心では私や他のマスターを警戒しているからだろう。
(正直、もう少しくらいは気を抜いてもいいと思うけど)
とはいえ、今の彼女にそれを求めるのは酷だ。いずれそのツケを払う時が来るまで、彼女自身が最低限体裁を保っている間くらいは好きにさせておこう。
アーチャーを従える私の役目は、前衛である彼女を後からフォローすること。であれば私は、いつか彼女が私と敵対するその時まで、それを忠実に担うだけだ。
「それなりに有名な旗の宝具、ね。宝具名も
僅かに生まれた沈黙を、透き通るような声が覆い尽くす。その声の持ち主は、此度におけるランサーの戦利品……つまりは私の新たなる悩みのタネにして、その筆頭であるバーサーカーのマスター。
「それで、どういうつもりで私を招いたの? 令呪で縛ったとはいえ、バーサーカーは未だに健在。貴女の槍が私を貫くのが早いにしても、令呪の縛りは令呪で容易く打ち消せる。
貴女も、まさかあんな勝ち方を二度三度もできるなんて思ってはいないでしょう? だったら今のうち、貴女自身なり遠坂の当主なりマキリの末裔なりそこのアーチャーなりに私を処理してもらった方がいいのではなくて?」
つい先ほどまで恐るべき強敵であった彼女は、まるで挑発するかのように告げる。
ともすれば私以上に典型的な魔術師である彼女は、今の状況に本気で戸惑っているようにも見える。無論、演技である可能性は否定できないが、基本的に魔術師は非合理を嫌う。であればランサーの選択が、魔術師である彼女にとって理解できないものであるのはそれほど不思議な話ではない。
しかし、ランサーはそのような露骨な態度にも怯むことはなく、というよりも、そもそも普通にそれどころではないのだろう。よく聞くと割と息を乱しつつ、苦しそうに反論する。
「…………逆にお聞きしますが、それはそれほどおかしな話でしょうか」
「は?」
「確かに、貴女をどうにかしてしまえば、貴女という不穏分子も、貴女の従えるその力もまとめてどうにかできるのかもしれません。でも、それが嫌だと思うことが、可能であれば制圧したいと努力することがそんなに不思議でしょうか。あるいは単純に殺す方が後々色々と面倒くさいと考えるのが悪だと断じますか」
「…………」
「そんなはずはありません。何故なら」
貴女が私を殺したいように、私は私で動機というものがある。ランサーはそう述べる。幸いにも、結果だけを見れば今回は互いに不幸も起こらなかった。だから自分は貴女を恨む理由はないし、そのつもりもない。
しかし、だからこそ逆に貴女が私にどのような感情を抱いても構わない。何故ならそれは、正当な権利だからだ、と。
はっきり言わせてもらえば、ランサーの発言も単に正しいだけで持論としては滅茶苦茶であり、そもそも互いに意見が対立しているのだから平行線となるのが目に見えている。
であればこそ、彼女を説得するつもりがあるのなら、わざわざ煽るような真似をせず、どうにか妥協点を見出すことが重要なのだが………ランサーにそれを求めるのは、きっと酷なことだろう。
だから私は、口を挟む。うっかりそうしてしまったことは認めよう。言い訳はしない。ただ私は見ていられなかっただけだ。
「はいはい、そこまで。アンタも気に障ったのはわかるけど、話し合いするつもりならもう少し堪えなさい。まだ本題にも入ってないのにそのまま話を終わらせる気?」
「──む。そう……ですね。すみません、少し平静を欠いてました。あと別に怒ってはいません。ムッと来ただけです」
「それを気に障るって言うのよ。アインツベルンも、あんまり挑発しない」
「………まるで保護者ね、トオサカ」
うっさい。そんなのは私が一番わかってる。でも、本来は彼女を諌める役目の衛宮くんは役に立たないし、アタシがやるしかないでしょうが。
慎二から微妙な視線を向けられたので睨み返すと、何故か隣にいた桜が顔を伏せる。………そっちにも生温かい視線を向けられていたのだろうか。なんてくだらないやり取りをしていると、気を引き締める目的なのだろう。ランサーが旗を消して座布団に正座し居直り──そのままプルプルと子鹿のように震えて蹲り、そこで動かなくなる。
…………。
「………無理、しなくてもいいから。あの宝具使って、立ったまま話しなさい」
「──す、すみません。少しの間なら大丈夫かと思って甘く見ていました。で。では失礼して………あとどのくらい保つかな、これ………」
「あのさ、コントをやるのはいいけど、もう夜も遅いんだし早くしてくれない?」
慎二からの空気の読めない発言。が、はっきり言ってみんな似たようなことは思っていたので、この場においては非常に有難い。特に桜なんて経緯が経緯だからか、所在無さげに怯えて縮こまっている。どうせあの惨状の隠蔽のために明日は休校となるだろうしそうでなくてもサボる気満々だが、話が早いに越したことはないのだ。
ランサーもその辺りは自覚しているのだろう。それでもダメージは深刻なのか、ゆっくりと覚束ない足取りで立ち上がってボロボロの旗を取り出すと、それを抱きしめるようにしてふらつく足元を支えながら、ランサーはようやく本題に入る。
「時は2015年。我々は地球上において、とある異常を観測しました」
「は?」
「人理継続保障機関フィニス・カルデア──星に魂があると定義し、その魂を複写することでカルデアスと呼ばれる擬似天球を創り出し、100年後の未来を設定、その様子を特殊なレンズで観測し、表層から文明の光を見守る。それにより人類の歴史を確定させ、その未来を保障するという組織です。質問は後で伺いますので、今はそういう物があるんだと認識してください」
「人理継続………?」
何を言ってるんだろう、この子は。この子が突拍子も無いことを言い出すのはもはや日常だが、今回のこれは常軌を逸している。
人理継続保障機関フィニス・カルデア。ランサーはそう告げた。内容からして、明らかに魔術師による組織だろう。以前から彼女は、自分があのバルトアンデルスと関わりのあることを仄めかしていた。であれば確かに、彼女がそんな魔術的組織に所属していてもおかしくない。でも、
「………2015年?」
切り出したのは、意外にも桜からだった。桜もどうやらスパイのようなものとしてこの家に居座っていたからには、私以上に彼女に対して疑問を抱いていたのだろう。衛宮くんが気絶したままなのもあってか、この後に及んでしらばっくれるつもりもないらしい。
「はい。私の記憶との差異がかなり見受けられるので、単純な未来世界ではないみたいですが、この時代から見ると10年は先の話になりますね」
「………星の写し身を用意して、表層に浮き出る文明の光から人類の繁栄を保障する。画期的ではあるけれど、実現にはクリアするべき課題も多いし、発想からして尋常じゃないわね。手のひらサイズでは維持は容易でも観測や調整が困難でしょうし、それなりの大きさの虚像を半永久的に維持、となるとかなり大規模な組織じゃないと」
「なんでも維持には国を賄えるような電力が必須で、国家予算にも匹敵する資金が必要だったとか。その辺りの世知辛い話には興味ありませんでしたが、時計塔や国連まで巻き込んで運営していたので、資金繰りに相当苦労していたのは事実みたいですね」
「大それた組織なのに世知辛いわね……」
泣けてくる。どれほどご立派なお題目を抱えてようと、結局のところ金が無くてはままならないのだ。実のところ、この聖杯戦争一つにしたって、裏では眩暈がするほどの金額が動いている。こんな小さな街で行われる比較的小規模な儀式でもそうなのだ。時計塔や国連を巻き込んだ組織運営など、考えたくもない。
「おいおい遠坂、重要なのはそこじゃないだろ。その、フィニス・カルデアだっけか? そこの目的とか思想とかに興味はないけど、お前は2015年だの、10年は先だのと言った。英霊は時間軸に捉われない──つまり」
「2016年の存続が確定した時点で、私は英霊として座に登録されました。ですので私は2016年に誕生した英雄という扱いになります」
「………色々と聞きたいことはあるけど、存続が確定しただけで英霊に……? いえ、人類の存続を保障する機関が観測した異常──まさか」
何かに気づいた様子を見せたアインツベルンに対し、ランサーはつらつらと語り出す。ある日、カルデアスから文明の光を観測できなくなったこと。それは2016年を以って途絶えていること。逆説的に、人類は2016年に絶滅することが証明されてしまったことを。
「そんな……人類が、2016年で滅びる………?」
桜が目を見開く。こんな話を聞かされたのなら当然だろう。当たり前だが、桜ほどではなくても私だって驚いている。先程まで茶化していた慎二や、アインツベルンさえもが驚愕しているように見える。でも、
「存続が確定したために英霊となった………つまり、その異常には何かしらの原因があって、貴女はそれを排除したから英雄として認められた、という認識でいいの?」
「………鋭いですね。ええ、一つずつ話します。異常を観測したカルデアは、すぐにその原因を探究しました。言わずもがな、突如として文明の光が途絶えるなんて普通はあり得ません。擬似天球カルデアスは地球のライブラリとしても機能する。未来こそ不確定なために表層しか観測できませんが、星の写し身であるために、既に確定した過去ならば洗い出せる──」
(…………)
疑問点は山積みで、アインツベルンの言うように、私も私で色々と聞きたいことはあるが、ランサーが真剣に話していることは伝わってくる。
確かに語る内容は突飛で信じがたいものだ。星の写し身を創り出して観測するなんて聞いたこともないし、よしんばそんなものがあるとしてどうやって100年先の未来を設定・観測するのかも理解が及ばない。全部が全部説得のための作り話、でっち上げだと言ってくれた方が気が楽で、そうであればと期待している自分もいる。しかし。
「未来に原因がないのなら、過去にこそ原因がある。そう考えて、その結果、カルデアは新たな異変を観測しました。それまでの歴史に無かったはずの観測できない領域──本来の歴史にはあり得ない、人類史の歪み」
(…………)
横目でランサーを見遣る。その表情は真剣そのもので──傷が未だに痛むのだろう、常になく険しい顔で、睨むようにこの場の面子を眺めている。
少しだけ待って欲しい。ランサーの告げた、あの時の台詞が脳を過ぎる。話すべき中身が今の会議の内容であるならば、その言葉に偽りがなかったことを安堵すればいいのか、意図せず彼女をそうまで追い込んでしまった事実を嘆けばいいのかわからない。
結局、何を言うでもなく沈黙する私を他所に、ランサーはまだまだこれからだと言わんばかりに、やや語気を強めて続ける。
「観測した座標は西暦2004年の1月30日。日本の地方都市、冬木」
「え──」
「カルデアはそこに人類絶滅の原因があると見立て、その場所を特異点と呼称。レイシフトという擬似的な時間跳躍技術を用いて、その原因を取り除こうと考えました」
「…………」
総員、息を飲む。現実味のない話が、急に聞き覚えのある舞台へ放り出されて、一気に現実味を帯びたからだろう。そうでなくても、たとえ話半分でも、ランサーはこの冬木に人類絶滅の原因があると断じている。ただでさえ後ろめたい儀式を街中で繰り広げてる身だ。心穏やかでいられるはずがない。
そうこうしていると、努めて平静を装うランサーが次のように結論付ける。
「つまり、何が言いたいかと言うと。そんな私にとって、聖杯戦争という儀式はあまりに度し難いものであるということ。日本の一地方都市が特異点足り得る理由なんて、聖杯以外にはあり得ない。私にはそれが、極めて個人的な理由で気に入らないのです」
「………そこは使命とか義務とか格好付けて言っちゃってもいいんじゃない?」
「いや、その反応もどうなんだ遠坂……」
割と気を使って発言したつもりが、何故か慎二から突っ込まれる。普通に不愉快だから話しかけてこないで欲しい。とはいえ、目的そのものはこれまでの行動に沿う明瞭なもので、そんな事情があるのならランサーが焦る気持ちもわからなくはない。でも、やっぱり内容が理外過ぎて理解はできないが。
「正直、眉唾な話だけど」
アインツベルンが切り出す。おそらく前置きは保険だろう。少なくとも彼女は、この場にいるどの魔術師よりもランサーの話を理解している。故に、思考停止寸前な私とは違い、きちんと話を受け止めて会話する。
「とりあえず、貴女の動機については理解したわ。納得するかは別として、ね。なら、貴女はどうするつもりなの?」
「無論、この時代が特異点となる可能性があるのなら、私はカルデアの一員として、何としてもそれを阻止します。…………というより、私の知る限り聖杯絡みの案件はほぼイコールで特異点になるので、願いを叶えるなら別の手段を探って欲しいところです」
「ふぅん……ん?」
ちょっとその組織に興味が湧いてきたわね、と小声で呟き、ふと何かに気づいたように僅かに視線を逸らすアインツベルン。視線の先にあるのは、今もランサーが杖代わりにしているぼろぼろな旗。すなわち、ランサーの宝具。
「あれ?………貴女に聞くのもあれだけど、その宝具って多分アレよね。あの火刑に処されたフランスの」
「……………、……………。………まぁ、そうですね」
言葉を濁してるようで全く配慮していない質問に、かなり躊躇してランサーは回答する。事ここにおいてもはや誤魔化しようがないと悟ったのだろう。私としても既に「やはり」という確信より「でしょうね」という納得のが強い。それでも認めるかどうか迷ったのは、疑念のままで通した場合とで天秤にかけたからか。結局は、この場での信用度の底上げのために晒すことにしたようだけど。
「じゃあ、貴女はアレかしら。実は彼女は本当に魔女で、人知れず墓場から蘇っては祖国に怨念を撒き散らしていました〜、とかそういう俗説の?」
「確かにそういうありもしないような逸話を無理矢理解釈したようなこじつけオンパレードのサーヴァントも知ってはいますが、私はそういった無辜の怪物や幻霊とも違うもっと馬鹿馬鹿しい存在なので、真面目に考察すると馬鹿を見ますよ」
「馬鹿馬鹿しい存在……?」
と、思えば、何やら不穏な気配。自分を指して馬鹿馬鹿しいとは何事だろうか。無数の名前のない正義の味方の具現であるらしいアーチャーもある意味馬鹿馬鹿しいと言えなくもないが、彼女のそれはそういう理由でもないように思える。
そもそも、彼女の場合は既にその真名に見当がついている。だからこそあの旗を自身の宝具であると認めたわけで、それでも馬鹿馬鹿しいとはどういうことか。
「というより、その辺の手段については貴女がたにも心当たりがあるのでは? そこなイリヤさん然り、あるいは士郎さんのように、聖遺物を身体に埋め込んで存在を補強する〜、というのは、それほど珍しくもない手法だと思うのですが」
「………え?」
「はい?」
「何ですって?」
私が密かに困惑していると、更に畳み掛けるような追撃。内容自体は会話と繋がっていて話題として適切でも、あまりにあっさりと驚愕の情報を吐かれて混乱する。そんな私達にランサーは「…………んん?」と不思議そうな声を出し、その上で何故か私を糾弾するように告げる。
「………ちょっと遠坂さん。他はともかく、形式上は弟子に取った上に魔術の矯正もしたはずなのに何で知らないんですか」
そんなもん知るか、と突っ込みたかったが、辛うじて堪えて話を促す。アインツベルンはともかく、衛宮くんについては今後いくらでも調べる機会がある。であれば今はそれよりも、ランサーの正体への情報のが重要だろう。
「まあ、言ってしまえば私はジャンヌ・ダルクのデッドコピー……といったところでしょうか。厳密にはもっと馬鹿馬鹿しい経緯で生まれたわけですが、要はホムンクルスなんかと同じように、今から少し外れた未来において偶発的に誕生するナニカ、とでも思っていただければ幸いです」
「………殆ど意味がわからないんだけど」
「いや勘弁してください。正直、私本人をして私が誕生した経緯とか語りたくないのですけど」
そこまで言われると逆に気になるのだが。というかそこは適当にジャンヌダルク の一側面です、だのと詐称すればよかったのでは。相変わらず妙なところで生真面目なガキんちょである。
互いに何とも言えない気持ちで沈黙していると、ふと、意外な人物がランサーに語りかける。
「あのさ、いいか?」
「慎二さん? はい、どうぞ」
「はっきり言って、僕はお前の来歴だの真名だの、聖杯戦争に対するスタンスなんてのはどうでもいいと思ってる。だけど結局、お前は何がしたいんだよ。お前の行動を聞いてると、僕にはお前は戦争を早く終わらせようとするでもなく、ただ引き延ばそうとしてるだけに見えるんだけど?」
「それは……そう、かも、しれませんね」
ある意味では彼らしく、空気も読まず結論を求める慎二からの追及に、一度言葉を濁したランサーは、やがて絞り出すように、
「………私はただ、誰にも………」
(…………ああ)
今更ながら、今回の話の根幹が見えてきた気がする。
結論を言ってしまえば、ランサーはただ誰にも死んでほしくないだけなのだ。だからこの儀式が危険なモノだと、人理を脅かすものだと自分の正体に絡めて開け広げに語り、彼らを戦いから遠ざけようとしている。
これが単なる殺し合いなら、あるいは試合の類であるならそれは有効だったのかもしれない。しかし、魔術師に“情に訴えかける”などという手段は通用しない。彼らはどうしようもなく「ひとでなし」であり、目的のためならこの世界すら巻き添えにするような屑だからだ。
「………魔術師の基本は等価交換」
「え?」
「魔術師に何かを諦めさせたいのなら、それに代わる対価を支払う必要がある。当然、これは戦争なのだから、首元に槍を突き付けて『命』と引き換えにするのもぜんぜんあり。むしろ現状、それが妥当ではある。でも、貴女がそれでも穏便に、あくまで示談というカタチに拘るのなら」
その流儀に従えと、お前が一方的に不利益を被れと。それだけの対価を払えと言い放つ。貴女がそうする道理はないと、ともすれば人理を脅かす我々に対し、貴女がそこまでする価値はないのだと、己に言い聞かせるように。
「──スジってもんを見せなさいな。私たち魔術師に、この最低なひとでなしどもにね」
強さだけではどうにもならないこともある。ぶっちゃけ五次ではアンデルセンがいれば全員説き伏せられる気がする。
ちなみに、衛宮くんは考える余裕もなく酷使され続ける予定。
カリスマ:─
軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。団体戦闘に置いて自軍の能力を向上させる稀有な才能だが、稀に持ち主の人格形成に影響を及ぼす事がある。王や指導者には必須ともいえるスキル。
戦場で旗を掲げ、突撃に参加するジャンヌの姿は、兵士の士気を極限まで高め、軍を一体のものとする。ジャンヌや天草四郎の場合、根拠のない『啓示』の内容を他者に信じさせることが出来る……が、彼女の場合、根源たる復讐心も無く、行動の指標、自信とも言える『啓示』が機能していないため、常に行動に迷いを生じている。戦場において迷う指導者に対し、率いるべき兵がどう感じるかは人類史が証明する通りである。