衛宮士郎が大真面目に存在が不真面目なサーヴァントを呼ぶようです   作:融合好き

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無駄に長い。切り時が分からなくてやたら時間かかった。すまない。


霊基変換:B

 

 

 

「……良かったのかね」

「…………」

 

アーチャーからのその言葉に、私は何も返すことはない。

 

あれから会議は自然と流れる形となり、もういい加減夜も遅いので、今は互いに監視の意味合いも込めて全員がこの広い家に泊まっている。

 

ランサーはあの後結局、結論を出すことが出来ずに口数が段々と減っていき、遂には黙り込んでしまった。私達、つまりは我々魔術師としても、自分が後ろ暗いことをやっている自覚があって、しかもそれは人類そのものを脅かす最悪の結果に繋がり、彼女たちカルデアという組織はその尻拭いをしていた、なんて聞かされたら思うところくらいはある。気を遣う、というのも烏滸がましいが、とりあえずその場の雰囲気を察する程度の能力は備わっていたと見るべきだろう。

 

『……ごめんなさい』

 

去り際にそう呟いた桜の真意はよくわからなかった。はっきりと口に出した桜に限らずとも、あの場にいた面子は全員が何かを言いたげに解散していった。私だって、許されるのならもっと違う言葉をかけてあげたかった。

 

でも、そんなことできるわけがないだろう。どう取り繕ったって、聖杯戦争という悪趣味な儀式の主催者はこの地のセカンドオーナーである私で、衛宮くんやランサーはそれに巻き込まれた被害者だ。あの子が悩むのは、苦しんでいるのは私が原因だ。どの口でそんなことが言えるのか。

 

それでもランサーの発言を妄言だと切り捨てて帰宅することもなく、全員が全員この家に残ったのは、意外にもあのアインツベルンも含め、ある程度ヒトの心が遺されていたから、なのだろう。

 

それでも私は彼ら彼女らに対し、あるいは私に対しての評価を覆すつもりは毛頭ないが、少なくともあの面子に関しては、あの子の誠意は全くの無意味というわけではなかったらしい。それだけは、素直に嬉しく思う。

 

「アンタはどうなのよ、アーチャー」

「む?」

「正義の味方、なんでしょう? なら、あの子の言葉に、何か思うところはないの?」

「…………」

 

しばらくの沈黙を隔て、ようやく切り出した話題は反論に近い話題逸らし。単に自分のことを棚上げして矛先を変更した、とも言えるが、意外にもこれがアーチャーには効果覿面だったようで、彼は渋い顔をして黙り込む。そして、なんとも途切れ途切れに、

 

「嘘、は言っていないのだろうな………。鵜呑みにするわけにはいかない、と理解してはいるのだが…………それでもどういうわけか、私は彼女の言葉に抗い難い誘惑を覚えている。

否、誘惑よりかは、忌避感に近いかもしれん。彼女の言うように、何かがおかしい──根拠なくそう感じるほどの異常が、この戦争にはあるのだろう」

「異常……」

「私の大元は抑止の守護者(カウンターガーディアン)だ。此度の戦争においては英雄としての側面を以って現界してはいるものの、本来の役目は世界そのものへの掃除屋に等しい。

彼女が私を知る、というのも、彼女の言葉が決して妄言の類ではなく、真に世界を脅かす事態に対応していたから、なのだろう」

「……さらっととんでもない発言をしやがったわね。今回は見逃すけど、今後何かを思い出したのならその都度洗いざらい吐きなさい」

 

善処しよう、などと嘯く彼を殴りたくなる衝動に駆られるが、無意味だと悟って布団に乱暴へ腰を下ろす。

 

やはりというか、当然と言えば当然だが、こいつもこいつでこの期に及んでもまるで信用できる気がしない。油断ならない、否、隠すつもりがあるのかと突っ込みたいほどこいつは何かを抱えている。ぶっちゃけ私は、既にこいつの記憶喪失云々は完全に嘘だと判断している。

 

まったく、どいつもこいつも曲者ばかりだ。しかし、魔術師による儀式なんてそんなものだと自嘲する。目立った悪事を行なっていない私だって、世間一般には普通に悪人の部類に入る。人のことを言えるほど大層な存在じゃない。

 

でも、それならそれで構わないはずだ。だって私は魔術師、人間以上で人間以下のひとでなし。ならば、なのに私は下手に善人ぶってる分、よりタチが悪いと言えるだろう。…………。

 

「………めんどい、寝るわ。アーチャー、適当に見張りお願い」

「了解した」

 

何もかもが億劫になった私は、魔術について考えるのも嫌になり、鍛錬も放棄して布団に倒れこむ。気付けばもう深夜の一時。寝るには良い時間。ただ、普段よりもだいぶ早く寝ることになるが、それでもきっと明日の寝覚めは悪いんだろうな、と根拠もなく確信する私だった。

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

………………

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

「………何コレ」

 

翌朝。

 

眠気からか、ひたすらに重い頭を揺らしながらどうにか居間までたどり着いた私は、予想通りというべきか、やはり昨日の立ち位置からほぼ動かずにゴソゴソと懐を漁っていたランサーに、私は思わずそんな声をかける。

 

なお、内容としてはランサー本人に対してではなく、彼女が先程から机に並べている小物について。明らかに懐に収まり切らない量の小物が、さっきからランサーの無駄にヒラヒラした服の中を行き来している。なんだろうか、何かの儀式かと不躾な眼差しで訝しんでいると、流石に私に気づいたらしいランサーが歯切れ悪く話しかけてきた。

 

「ああ、とりあえず、証拠となり得るものを片っ端から並べていまして………」

「いや、私は別にアンタが未来の英霊だってのを疑うつもりはなかったけど」

 

そうなんですか? と何故か不思議そうにするランサーをあしらいながら、机の上に並べられた小物、というよりおもちゃの内一つを手に取る。くの字に折れ曲がった形をした謎の機械は、パカっと開くとその両面にテレビのような画面が表示されている。これは一体なんなのだろう。持ち運び可能なテレビとかだろうか。何故二画面もあるのかは謎だが。

 

「あ、それはニンテ◯ドー3DSという携帯ゲーム機でして、今年に発売したはずのDSの後継機で」

「あ〜〜、ごめん。ホントに申し訳ないんだけど、いやこれがきっとテレビを小型化したスゴイものなんだろうなぁ、ってのはなんとなくわかるんだけど、アタシこういうハイテクなものに疎くて………」

「では、これとか………」

「こちら葛飾区…………あー、これは名前だけなら知ってるような、そうじゃないような。って、196巻?」

「ギネス世界記録にも登録された日本のマンガです。残念ながら私の居た時代では人理焼却に巻き込まれて未完となりましたが、この世界でも連載されていたようですので」

「漫画かぁ………これも私、あんまり興味がなかったのよね。この本、奥付を見るに確かに2015年に発行ってなってるけど」

 

まあ、ゲーム機は見るからに時代を先取りしているし、マンガについてもそう簡単に偽造できる代物ではないだろう。いや私は先に言ったようにそもそも彼女の言葉を疑っていたわけでもなかったのだが、というかゲーム機はともかくこの漫画は200近い巻数があって未完とはどういうことだ。今から10年以上も連載され続けるのかこの漫画は。しかも完結しないのか。いや不可抗力なんだろうけど。

 

「これはCDかしら。レコードまではいかないけど、妙に大きいわね」

「え? DVDプレイヤーは既にこの時代にありますよね? プレイステーション2の発売からもう数年は………」

「んん? あー、そういえばそんなビデオテープがあるとか聞いたようなそうでないような。そのプレ………何とかは知らないけど」

「ビデッ…………不覚、ちょっと魔術師の現代機器嫌いを舐めていました。というかこの家も未だブラウン管ビデオテープですし、液晶テレビは……2010年頃まで普及しなかったんですっけ、そういえば………か、カルチャーショック………!?」

「………?」

 

何故かショックを受けているランサーを他所にとりあえず漫画を戻し、ざっと机に並べられた嗜好品を眺める。ゲーム機や漫画と言った娯楽品を皮切りに、アンティークショップにでも飾られてそうな人形や物々しいサバイバルナイフ、硬貨紙幣、お菓子類、怪しげな薬、如何にもな子ども向けのステッキと、とりあえずで並べられた割には乱雑としているというか、この子の私物であるようには到底思えないものばかりだ。

 

「あ。この紙幣、もう新札なのね。半年くらい前に発行されたんだったかしら………って、当たり前か。こっちの硬貨も平成19年だの24年だの、これを使ったらめでたく犯罪者の仲間入りね。こっちのお菓子は賞味期限が2017年、製造は2014年と。よくもまあこんなに色々集めたもんだわ」

「遠坂さんには話しますが、カルデアにおいて英霊召喚システムは人理焼却のドサクサに濫用されていまして、私自身、主戦力の一人ではあっても必須だったわけじゃないんです。というのもカルデアでは人理焼却の黒幕が行った破壊工作の所為でマスターが一人しか存在せず、そもそも組織を運営する人手すら足りない始末。故にこそ、我々カルデアのサーヴァントは他の何よりもマスターのメンタルケアを最優先事項として、特に季節ごとの行事については慰安の意味を込めて人一倍こなしていました」

「………人理焼却?」

「あ」

 

彼女が常時仮装のような服装をしている理由とかに繋がりそうな割と興味深い話題だったが、それ以上に聞き覚えのないその単語に意識を持って行かれる。

 

そういえば、彼女は冬木の聖杯戦争が特異点だのとは言っていたが、人類史が途絶えた原因についてはただ「解決した」としか言っておらず、その具体的な原因が何なのかについては語られなかった気がする。つーか思い返せば結構強引にその辺をぼかしていた気がする。

 

焼却。穏やかでない単語だ。そもそも人理などという概念に対し、「焼いて捨てる」という妙に具体的な表現が入り混じると違和感が酷い。それでもなお、敢えてそのように表現するならば、人理という概念がその黒幕とやらによって文字通り焼き棄てられた、と見るべきだろう。

 

「あー、えー、その。………黒幕の目的は人類史を燃料にして世界を創世からやり直すことでして。焼却、というのは文字通りに、ちょっと私には理解が及ばなかったのですが、特異点の作成によって前後の繋がりを排斥、強度を脆弱化させた歴史そのものを凝視?して火を放ち、そうして星の熱量を絞り上げたとか何とか言ってましたね………」

「んー、ん……? あー……………………ごめん、アタシにも理解できないかも」

「実はこのあたり、後にホームズさんが得意げに解説してくれたのですが」

 

人理とはすなわち世界の可能性である。第二魔法の概念にあるように、宇宙は無限に異なる展開を見せる並行世界を許容している。ただ、際限なく並行世界を発生させ続けると宇宙の寿命が尽きてしまうため、一定のタイミングで『外れた世界』を剪定し、そのエネルギー消費を抑えるとされている。

 

「これを霊子記録固定帯(クォンタム・タイムロック)………人理定礎と呼び、黒幕はその時代に特異点を築きました。人類史におけるターニングポイント──すなわち歴史が固定化される場面において楔を打ち込み、意図として『剪定される世界』を擁立し、人類史そのものを不安定にしようとしたわけです」

「くおんたむ……? 人理定礎なら触り程度は知ってるけど……」

「科学的表現なだけで、意味は同じですので気にしないでください」

 

「つまり」と一度区切り、昨日のアレは何だったのかと問いたいほど饒舌に続ける。というか彼女、隠したい事が多過ぎるだけで昨日もやたら口数が多かったし、実は相当の話好きなのかもしれない。

 

てか、この話もけっこう重要というか、まあ私達には無関係であるのはわかるのだが、それでもこうして世間話の如く語られるような話題じゃないだろうに。

 

(あと、魔術師でもないのに妙にそっち方面の知識が豊富ね。彷徨海出身なら当然なんでしょうけど)

 

とはいえ、昨日の話でもそのことついては語らなかったし、彷徨海について隠すつもりは無くてもあまり吹聴したいことでもないのだろう。それとホームズって誰だ。まさかあのシャーロック・ホームズのことだろうか? んなわけはないとは思うが、相変わらず話すたびに謎が増えるガキんちょである。

 

「例えばこの国は第二次世界大戦における敗戦国ですが、後からその事実を戦勝国として塗り替えられると、以降の歴史に価値がなくなります。何故ならそれは日本の敗北という結果を前提に積み重ねられていたはずの歴史が、まるまる別のモノに挿げ替わってしまうからですね。これ自体を指す言葉は特にないようでしたが、これが歴史の虚弱化、脆弱化に繋がります」

土台(・・)にヒビさえ入れれば、全体の崩壊までは容易い……道理ではあるわね」

「そうしてゆらぎ(・・・)を生じた可能性を後押しし、そのエネルギーを絞り上げる。人理焼却式、と本人は自称していましたが、それがどういった類のモノなのかは私にはわかりません。でも………」

 

(………ん?)

 

意味深に言葉を濁し、僅かに口を動かして、されど言葉には成立させず何かを飲み込む。何かあるのか、という疑念はあれど、その理由を察することはできない。きっとそれは、彼女の個人的な事情であるからだ。

 

「いえ、なんでもありません。とにかく、黒幕はただの愉快犯ではなく、確かな確証と、ある種の異様な覚悟を持ってその偉業に取り組んでいた、とだけ」

「………ねえ、ちょっと思ったんだけど、その黒幕とやらがこの世界でも何か企んでいる可能性はないの?」

「断言します、それはあり得ません(・・・・・・)。もし、もしも、もしかして仮にそうだとしてもこの冬木が特異点にならなければ問題は………というか昨日マキリ云々とイリヤさんが言っていたので思い出しましたが、どうも1888年担当だったはずのマキリがまだこの時代に存続しているようですのでおそらくは大丈夫かと」

「は………?」

「いやぁ実は私、慎二さんを初めて見たときからずっと警戒していたんですよね。最初は単なる偶然だろうな、と思っていたんですが、それでもあまりに面影があったものですから。実際のところ、ライダーさんの奇襲を完璧に凌げたのはそういった事情があったわけでして」

「ち、ちょっと待って。流れからして、その1888年はそのくぉんたむ……人理定礎という認識でいいのよね?」

 

はい。と軽く答えるランサーだが、いや実際に「解決した」のだから彼女にとっては既に終わったこと、つまり大したことではないのかもしれないが、こればっかりは見過ごせない。1888年と言えば産業革命か。確かにそれなら人類史としてのターニングポイントにはなるのだろうが、そんなことよりも、

 

「担当ってどういうこと? ちょっと訳が分からないんだけど」

「あ、なるほど………申し訳ありません。それを話すと、次に誰がそれをやったのかまで話さなくてはいけなくなるので、黙秘させていただきます。黒幕を擁護するつもりはありませんが、せめてあの人の名誉のためにも」

 

(…………)

 

急に顔を曇らせたランサーに、その先の言葉を紡げず黙り込む。

 

もしやとは思うが、知り合い………なのだろうか。もしかしなくても、その黒幕と。わざわざ「あの人」などと分けて表現した理由はわからないが、問い質すのも野暮な気がする。それ以前に、とてもじゃないが聞ける雰囲気ではない。

 

「ともあれ、今後の予定についてですが」

 

かなり強引に。というか何がともあれなのか意味不明な接続詞から、割と重要な話題を切り込むランサー。突貫は槍兵の華だが、こんなところまで猪突猛進である必要は皆無だと私は思う。いや話題そのものは昨日から紆余曲折どころか右往左往しているのだが。

 

「ひとまず現状において、可及的速やかに対処しなくてはならない障害はない、 そう考えてもいいでしょう。無論、まだ姿を見せないアサシンやあのセイバーさんのことも気掛かりではあるのですが、いずれにしろ、私は一度キャスターさんを訪ねたいと思います」

「キャスター?」

「………遠坂さんの仰る通りです。そもそもからして、あの人たちが私の説得で動くような人ならば、こんな戦争に参加するわけがない──となると論理的に、私はその前提から見直さなくてはなりません」

 

魔術師の思考を。魔術師の野望を。魔術師の理念を。彼らがひとでなしであるのなら、私はそれを理解する必要はない。しかし、彼らは外道であっても狂人ではない。であればこそ、その思考には確かなロジックが存在する。ランサーは告げる。

 

「ゴールは当然『願いを叶える』こと。聖杯やサーヴァントはそのための手段に過ぎません。だからこそ昨日の遠坂さんの前提を覆す発言に対して、彼らが言葉を返すことはなかった………」

「…………」

 

いや、確かに私のあの発言は「じゃあ貴女が聖杯の代わりに願いを叶えれば?(意訳)」というひどい無茶振りだったけど、それに彼らが反応しなかったのはあれ以降貴女が尋常じゃない雰囲気を醸し出していたからで、魔術師としてのロジカルがどうのよりもむしろその真逆、人情的な観点だと思うのだが。無駄に推論を重ねて空回りしてるあたりこの子も何というか相変わらずである。

 

「であれば、ここが特異点足り得る要因は、『願いがおかしい』か『聖杯がおかしい』の2択。私はこのうち後者が怪しいと睨んでいます」

「……なんで? 私が言うのもあれだけど、『「」に至りたい』を正しく実現した場合、下手したら世界が巻き添えになるかも、なんて考えたことはあるわよ?」

「『あまりに不条理な願いが叶えば漏れ無くその世界は剪定(カット)されるからナイナイ、あったとしても我々に基本観測することはできないので無問題、無問題! てかそんな那由他の可能性までいちいち無理やり刮ぎ落としてちゃ何も出来なくなるし!』とアトラス院の人が言ってました。私も同意見です。それ以前に、そんな願いが叶うなら先に世界から何らかの干渉があるはずです。あまり抑止力(カウンターガーディアン)を舐めない方がいいです」

「へぇ……」

 

確かにその通りかもしれない。でも随分と投げ遣りな持論だなと突っ込みたい。しかし流石はアトラス院。内実を暴けば世界が数回滅びるなんて噂が流れてるだけはある。つーかアトラス院の知り合いまでいるのかこのガキンちょは。前は時計塔とも連携しているとか言ってたし、カルデアという組織がどんなものなのか謎が深まるばかりである。

 

「まあ、いずれにしろまず懸念すべきは聖杯です。というのも、特異点修復においてその起点となる聖杯の探索を主としていた我がカルデアですが、中には不良品といいますか、主にBBさんの所為ではありましたが、いわゆる『猿の手』に近いものがいくつかありまして」

「猿の手? ああ、願いが望まない方向に叶うって?」

「大方が単なる魔力リソースで、そこまで意地の悪いものは数えるほどしかありませんでしたが、ないわけではないのです。むしろ願望器云々は後年の創作による後付けで、本物の聖杯ならそんなよく分からない機能はないはずなので、『黄金の杯(アウレア・ボークラ)』のように、逆に原型からかけ離れていた方が願望器としての信頼度は高いですね」

「………まあ、そうね」

 

身も蓋も無い考え方だが、一理ある。BBだかアウレア何とかはとにかくとして、確かに最後の晩餐に使用された杯、本物の聖杯ならば魔術師の身勝手な欲望などは叶えてくれないかもしれない。

 

(………そういえば、これまでの聖杯戦争でどんな願いが叶えられたのか、聞いたことがないわね)

 

自己完結するような望みだったのか、あるいは聖杯が不良品だったのか。少なくとも現状、確かに聖杯はこの街に存在し、その上で冬木は滞りなく存続して、いや、

 

(10年前の大災害は、聖杯戦争のその結果……?)

 

どんな経緯で大災害が起きたのか、結果だけを言伝でしか聞いていない私は、その詳しい事情を知らない。とはいえ、そんなのは怠慢で、私は本来それをなんとしても把握するべきだったのだ。実際、こうして推論を語られるだけで、私は困り果ててしまっている。ただ「聖杯って本当に願いが叶うの?」というごく当たり前の質問をされているにもかかわらず、だ。

 

(下手したら目の敵にされて詰んでるわね、これ)

 

彼女は単に疑問を呈しただけだ。しかし、同様の疑問にもし難癖を付けられた場合、私は完璧に対応できる自信がない。私は景品を用意する側、主催者の一人であるのに。

 

(そもそも、私は聖杯の炉心が、この街のどこにあるのかすら──)

 

「百聞は一見に如かず、とこの国では言いますし、ついでに柳洞寺の地下にある(・・・・・・・・・)大聖杯の様子も確認しましょうか」

「……………………は?」

「?? どうしました?」

「いや………」

 

不思議そうにするランサーを、得体の知れないものを見るような目で眺める。幸い、彼女には気取られなかったらしく、無邪気に首を傾げている。が、私の心は穏やかではいられなかった。

 

(…………なんだこいつ)

 

よく分からないサーヴァントであるとは常々思っていたが、些か看過できないほどにこちらの事情に詳し過ぎやしないだろうか。

 

でも、考えてみればそれは当然だ。何故なら彼女は未来の英雄。しかも広義的な解釈をするなら活躍の場はこの冬木でもあるわけで、特異点云々は未だよく分かってはいないけど、そりゃあ人類絶滅の原因になった場所についての調べはついているか。

 

戦慄する私とは対照的に、夜を隔てたことである程度吹っ切れたのか、あるいは単に空元気なのか、彼女は少なくとも傍目には明るい表情で告げる。

 

「あとはマスターですね………これは引き摺ってでも連れて行きますよ。いっそソリに乗せて布団ごと持って行きます。それが彼の意思ですので。遠坂さんに他のマスターさん達については、とりあえず誘いはかけますが、聖杯に直接殴り込みをかけるのは客観的に見て卑怯な手段ですので件の監督役さんからの妨害が予想されるといいますか、」

「………アタシも行くわ。アンタを一人にしたら、何があるか分からないし」

 

ここでロクな葛藤なく首を突っ込もうとしているあたり、アタシもつくづく魔術師としてなっていないと常々思う。とはいえ、懸念があるのにさも当然とばかりに突っ走ろうとしてるこの子も無謀というか、大概……いや、既に完成してこの性分では、この子の方が重症かもしれないのだが。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「………またぞろ随分と大人数ね」

 

ランサーからの誘いがあり、何だかんだと色々な思惑とともに、結局はあの場にいた全員引き連れて訪れることとなった柳洞寺。それを迎えたフードを目深に被った妙齢の女性は、開口一番にそう呟く。

 

あちらもまたぞろ随分と礼儀がなっていない発言ではあるが、それは仕方ない。何せこちらにはランサーの他に三組ものサーヴァント主従がいるのだ。

 

私にとっては彼女自身、見覚えのない女性であるが、ランサーの言葉が正しいのであれば彼女こそキャスターのサーヴァント。何というかあからさまに如何にもな格好をしていて逆に一般人なんじゃないか、と思わせる容貌は、しかし彼女が身に纏うバーサーカーと比較してなお膨大な魔力によって印象を狂わせる。だが、それでもサーヴァント四騎もの対面となれば警戒は必至だろう。

 

「というか貴女、色々とギリギリじゃない。その腕とか、中身スカスカなんじゃない? なら、ここには治療の依頼にでも来たのかしら。確かにこちらには極力干渉しないようにと言ったけど、それくらいなら仮にも同盟相手なのだから相応の報酬があれば引き受けても構わないわよ」

「あー………と、非常に魅力的な提案なんですけど、今回の話はもっと重要といいますか、下手をするとこの戦争の根幹に関わる話でして」

 

そんな前置きから、ランサーは朝も私達を相手に語った聖杯への疑念についてを話し始める。その内容は要するに聖杯がどういうものかに対する疑問でもあるのだが、遠坂やマキリの末裔とは違って私は聖杯の仕組みを知っているので、はっきり言えば実はランサーの疑念は的外れな懸念であったりする。

 

とはいえ、私がそれをランサーに教える義理はないのだが。

 

「………ふぅん。少し穿った見方ではあるけれど、妥当ではあるわね。隠すつもりもないから言うけど、私としても願いの成就は急務で、その対策を保険として用意してる。と言っても、貴女に咎められた方法を徹底して無害化させただけだから、やり方を変えたわけじゃないし、聖杯と比べて月単位の時間を要するけど」

「聖杯が単に魔力リソースであるならそれでいいんですが、やっぱり不安でして」

「それで、ここの地下にあるって言う炉心を確認に? この私が言われるまで気付かないくらいには高度な隠蔽だったけど、こうもあっさり看破してるあたりやっぱり戦士のサーヴァントは侮れないわね。流石、一度とはいえあのヘラクレスを倒しただけあるわ」

「…………見てました?」

 

むしろ何で監視してないと思ったのか、とキャスターに返されて、ランサーは意外にもそれまで監視されていることを意識していなかったのか、困ったように天井を仰ぐ。

 

あまりに露骨に迂闊な態度に正直に言ってかなり驚いたが、そういえば彼女、昨日の罠にもほぼ無反応だったし、見た目詐欺の小賢しい少女に見えてその実はヘラクレスと同様の脳筋なのかもしれない。そもジャンヌ・ダルクは逸話からして頭の出来は良くないので、むしろ今までが出来すぎだったのかもしれない。答えは出ない。

 

ランサーの反応を見て、キャスターはフードから覗かせる瞳でじっとランサーを見つめると、10秒もしないうちに、

 

「貴女、今も見られてるわね………蟲? 使い魔かしら。そっちの子が(・・・・・・)身体に仕込んでいる(・・・・・・・・・)のと似ているけど、無関係ではないんでしょうね、流石に」

「………え?」

「ああ、そんな気はしていましたが、やっぱりそういう魔術なんですね。ですがまあ、考えてみれば監視されて困ることは何もないですし………特に私、サーヴァントですのでお風呂にもトイレにも無縁でしたし。いえ、だから良い、というわけではありませんが」

 

便利そうで何よりです。と、呑気にもどこかズレた発言をするランサーだが、言われた側、つまりマキリの末裔の反応はそれとは実に対照的であり、矛先が向いているかも怪しい現状で、まるで糾弾されたかのように怯えている。

 

無理もない、そう思う。マキリの少女が何の目的で彼女に監視を付けていたのかはつい昨日初めて家を訪ねた私にはさっぱりだが、監視という時点でまずロクな理由じゃないのは想像に難くない。しかもそれがよりにもよってあんな呑気なランサーに見透かされていたとなれば尚更だろう。

 

(でも、流石は腐ってもサーヴァントといったところかしら。バーサーカーに対してそういった面での愕きを感じたことはないけれど………)

 

それでも理論上は核さえ防ぐアインツベルンの結界を障子のように軽々と引き裂いたりと、彼らサーヴァントが規格外であることは重々承知している。そも、伝説を紐解いてもヘラクレスは暴力的な手段を好むだけで別に頭が悪いわけでもない。むしろ賢い。そして彼女は、そのヘラクレスと同等の存在である。

 

であればこそ、私の見積もりは単なる甘え。たかが中世後期の英雄のデッドコピーと侮るなかれ、彼女は一度、真正面から当たり前のようにあのヘラクレスを殺しているのだ。たとえ奇抜な格好をしてマスターを布団ごとソリに乗せて引き摺るような滑稽な存在でも、それでも彼女は聖杯に選ばれたサーヴァントなのだから。

 

「で、どうするの? 貴女がどうしてもと言うのなら、監視の主を豚にするくらいはしてあげなくもないけど」

(………は?)

 

と、サーヴァントの脅威を改めて私が再確認していると、微妙な反応をしているランサーの代わりにキャスターがこのように切り出す。

 

さらっと言ってるが、これもまたとんでもない発言だ。数秒で監視に気づいたどころかそれが遠見か使い魔によるものかすら看破したのといい、何をどうすればそのような非常識な真似ができるのか何一つさっぱりと理解できない。

 

何だろうか。呪いでもかけるのか。豚になるって具体的にはどういうことか。それは頼まれただけで出来るような容易いことなのか。その申し出にランサーは、

 

「むー。……多分、放っておいても良いかと。桜さんや慎二さんのものなら今更ですし、この際、誰のものかはともかくとして、今になっても監視だけで済ますような人なら最後まで静観するはずです。きっと」

「………根拠は?」

「実は私、軍略をD−ランクで保有してます。一対多の状況下において思考が冴え渡るというものです。あとワイバーンとかを使役できます」

「……………そう」

(なんで軍略……?)

 

──微妙。問いかけたトオサカも含め、立場も存在としての規模も違うこの場にいる全員が、その言葉に対して抱いた感想である。

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

………………

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

──それは、星を祭る祭壇であった。

 

天と地を繋げるが如く燃える炎。揺らめく炎身は無明である空洞を照らし、堅く覆いかぶさる天蓋を焦がしている。

 

しかし、その表現は適切であるとは言えない。宙を繋ぐといっても天は地の底。無明を照らす松明は赤ではなく黒色。空気は濁り、風は死に絶え、壁を伝う雫は悉くが毒の色。

 

龍が棲むとされる地の国では、その実、巨大な龍の胃袋を模していた。すなわち、この場を訪ねるものはみな人に非ず。

 

ならば、このような地に救いを求め、このような異界を祭ろうとするモノも、陽の光から逃れる蛇蝎磨羯の類に違いない──

 

「これは不良品ね。詳しく調べるまでもないわ。呪詛の類で、器が完全に汚染されてる」

「………いえ、ですがこれくらいなら何とかなりませんか? おそらくですが、これは毒が混入しただけで、元からそういうモノというわけではなさそうです」

「そうね──現代の魔術師なら、10年もあれば何とか、と言ったところかしら。やり方については、貴女の言葉を借りるなら、その“毒”を丁寧に除去して、あとは地道に器を削っていくしかないわねぇ」

 

これこそが、冬木が誇る大聖杯。私も話だけしか聞いたことがない、されどその格は明らかな、我ら御三家が誇る最高傑作────…………って、

 

「………不良品?」

「ああ、貴女たちが悪いというわけじゃなさそうよ? 一通り解析した限りじゃあ、どうも脱落した英霊を贄に魔力を貯める装置ってだけみたいね。ただ、この儀式の形態だと──」

「…………。…………まあ控えめに言って恨み辛みが積み重なりそうですね。そのままこの街を利用した蠱毒ですし。私やヘラクレスさん、それにメドゥーサさんのように、アヴェンジャーの適性を持つ英霊が多数混ざればあんな感じになるのではないでしょうか」

「な──」

 

キャスター、ランサーともに当然のように貶されて言葉を失う。直前までこの空間の雰囲気に呑まれかけていた私に謝ってほしい。いや確かになんか風景が妙に毒々しいなぁなんて思ったけど! まさか本当に毒に侵されているだなんて思うわけ無いじゃない!

 

「アヴェンジャー……とは、何のことでしょうか」

 

不意に問いかけたのは、意外や意外。あるいは必然的に、わざわざ霊体化を解いてまで現れたライダー、すなわち先程の話題にも引き合いに出されたメドゥーサ。

 

言われてみれば、流しかけていたが、アヴェンジャーとは一体なんなのだろう。話を聞くにどうやらサーヴァントのクラスか特性の一つだと思われるが、さて。

 

「それは………ええと、そうですね。どうも冬木の聖杯はクラスの基準と言いますか、サーヴァントのステータスやマスター側の介入、あるいは単にクラスの空き、そもそも召喚される英霊が聖杯伝説が伝わっている地域限定だったりなんかで結構そのあたりの縛りがキツいみたいですが、本来なら英霊とは剣士なり槍兵なり魔術師なりの一言で括られるような存在ではありません」

 

そんな台詞を皮切りに、ランサーは困ったように話し始める。彼女も彼女で、自身を英雄のデッドコピーと評するからには、必然、英霊についても詳しいのだろう。淀みなく、惜しげも無く、彼女はそれまでに見聞きしてきた情報を語る。

 

「例えばそれこそ私、つまりはジャンヌ・ダルクについてですが、私はたまたま槍の扱いが聖杯の基準値に到達していたためにランサーのクラスに当てはめられました。しかし本来、英雄としての彼女はどのクラスが相応しいのでしょうか」

 

ジャンヌ・ダルクが剣に優れていたという逸話はない。槍や弓の扱いが上手かったという話も私は知らない。馬や戦車に乗っていたという話も聞いたことがない。まして暗殺者であるはずはない。そして彼女は合理的な戦法を好み、キャスターで呼ばれることは絶対にあり得ないだろう。

 

「私は実際には三騎士やバーサーカーも行けますが、伝承を元に判断するなら基本の七騎のうちジャンヌ・ダルクに該当するクラスはない。主にそんな人を対象に、あるいはクラスさえ左右するほど逸話が強烈な人たちのためのエクストラクラス、その一つが復讐者のサーヴァント、アヴェンジャーです」

「復讐者……ですか」

 

納得したのかしていないのか、彼女の逸話からして心当たりはありそうだが、とにかく事を荒立てることもなく大人しく引き下がるライダー。しかし、復讐者のサーヴァントとは。サーヴァントは英雄の一側面を写し取る者。ヘラクレスにもそういった逸話は存在するが、それが顕著になるとそんなサーヴァントになるのだろうか。

 

「私の炎もそうです。我が炎はフランスという国への怨念に満ちています。この聖杯の仕組みについてはつい先程聞いたばかりですが、そんなサーヴァントを燃料にして聖杯に何の影響も出ないとか、それはちょっと人間を舐めすぎです」

「…………」

「人間ができることに不可能はない──あなた方の目指す魔法使いもそうですし、私が語った人理崩壊の案件も、元を辿れば人の手によるものだった。また少し外れた未来において、殺生院キアラという女性は、ただ一人で人類悪まで成り下がった。この聖杯もそうです。これはヒトの業。ヒトが生み出したもの。魔術師はヒトではないなどと、そんなのは言い訳でしかない──ですので」

 

立ち止まっていた私達より一歩前に踊り出たランサーが、そのまま進行方向を同じとしていた面々よりも三馬身ほど離れた場所まで進み、先程から引き摺っていたシロウが乗ったソリが我々よりも前方に出た事を確認すると、ソリを消してシロウを担ぎ、踵を返して此方を向き直る。

 

「我が真名はジャンヌ・ダルク……オルタサンタリリィ。人理の英雄。人理とは星の観測者たる人類の歴史、即ちこの星の碑文に相当する。そして私は、その人理を護るモノ、カルデアの一員です。私の立場は末端ですが、その使命は揺るがない。あんなモノを発見してしまったからには、人類史を守る、そんな当たり前の理念のもと、私はここでアレ(・・)と戦います。取り返しの付かなくなる前に」

 

文句があるならかかって来い、と無言で圧力をかけながら、いつのまにか槍を構えたていたランサーは、何をするでもなく徐々に徐々にとじりじり後退していく。

 

何故、と思う前に気づく。このランサー、構えこそ相変わらず堂に入ったがっしりとしものだが、どこか頼りないというか、はっきり言って昨日のバーサーカーとのそれに比べれば明らかに圧力が足りていない。気迫ならまず間違いなく昨日と同等かそれ以上、ヘラクレスに匹敵する最高峰のものであるのに、だ。

 

「…………」

 

これはアレだ。おそらくではあるが、彼女の昨日の、いや先程の会話から察するに、ランサーは割と重体のままで、啖呵を切ったはいいが実際に仕掛けられると困るとかそういうやつだろうか。吹けば飛ぶような、というのは流石に言い過ぎだが、確かに今なら当たればデコピン一発で倒せそうではある。だからこその逃げ腰なのだろうが。

 

(………)

 

彼女をここで倒すことは容易だろう。ただでさえぼろぼろな身体で、更に気絶したままのマスターというお荷物まで背負っているのだ。利害が一致しそうな魔術師もいる。まず負ける要素がない。

 

聖杯の完成はアインツベルンの悲願だ。それがたとえ人理に影響を及ぼすにしても、今を生きる我々にそれを咎められる所以はない。されど私が動けないでいるのは、つい先程の会話があってこそ。

 

(サーヴァント、アヴェンジャー………)

 

聞き覚えのないはずだ。如何にヘラクレスに復讐者としての資格があるからと言って、バーサーカーとして現界した以上はそれも無縁のはず。なのにどうして私は、それがこんなにも気になるのだろう。

 

ランサーの操る炎は知っている。黒く、暗く、闇に染まった炎。この世の怨讐に満ちた、全てを塗り潰す輝きを生まない(・・・・・・・)何か。

 

無辜の怪物、という概念がある。如何に聖女として祀られようと、それは後の世の話であり、当の本人は罪人として処刑された。であれば最後には祖国を恨んでいたはずだ、という後世の者の勝手な妄想、乃至は思い込み。彼女の炎も、きっとそういう類の妄想から派生したものだろうことは想像に難くない。

 

彼女の後方、今も僅かに視界に映る大聖杯に視線を向ける。この物体に込められた技術も含めて、とてもこの世のものであるとは思えない。もしもこの器が完全に見せかけで、アレが単なる美術品だったとしても、それでも奪い合いが起きて不思議はないオーパーツ。

 

アレも元々、誰かの願いを叶えるために生み出されたらしい。だがしかし、今の私にはそれが信じられない。ならばアレがああまで歪みきったのは、この儀式の形態を良しとした者、つまりヒトとしての業に他ならない。

 

(…………)

 

誤魔化さず、はっきりと言えば、私は恐れているのだろう。私が勝つにせよその逆にせよ、ランサーかバーサーカーか、あるいは罷り間違ってライダーがこの場で脱落して、その魂が聖杯に注がれるのを、彼女の言葉が現実であると証明されるのを怖れている。聖杯という私の存在意義そのものが、私やアインツベルンの本懐とは無関係な理由で、誰かへの怨讐に染まることを恐れている。

 

否、認められない、と言うべきか。見ればわかる。あの聖杯は既に手遅れだ。つまり私達は、そんな根本的な問題にさえ気付かず、ありもしない景品を求めて、ただ漫然と殺し合いをしていた──その事実が、その醜さが、ある種の貴族的意識を持つ魔術師には耐え難いことであるが故に。

 

こうしている間にも、ランサーはじりじりとこちらから距離を離し続けている。が、それを止めようとする者はいない。躊躇いか、利益か、それとも別の思惑か。遠坂とキャスターは何か言いたげではあったが、結局は静観を選んだようで、とりあえずは手を出すつもりは無いようだ。

 

そう。ここにいる全員も、口には出さないだけで内心では彼女に同意を示している。だから大っぴらには賛同せずとも、彼女の行動を妨げるつもりはない。それでもキャスターならばどうにかできそうだが、キャスターにしても願いの目処は立っているようで、この場でランサーを敵に回してまで取り扱いの難しい危険物を抱き込むつもりはないらしい。

 

ただ、そうなると問題となるのはその壊し方だ。乱雑に器を破壊すれば、周囲に中身が零れ落ちるは道理。否、彼女は止めると言っただけで、壊すとも言っていない。しかし、その方法はわからない。キャスターは、時間を掛ければ現代の魔術師にも安全に解体は可能だと言ってはいたが、ならば魔術師ではない彼女は、一体どのようにして──

 

「………?」

 

くるん、と不意にそれまでこちらを警戒していた彼女が振り返り、我々の視線の先にある大聖杯を見据える。

 

まだまだかなり……具体的には500mほど距離があるようにも見えるが、あの場所で立ち止まったということは、つまり射程範囲内まで辿り着いたということだろうか。何をするつもりかはさっぱりだが、それでも事ここに至っても未だ私は彼女に手を出す気にはなれない。どうやら私は、つい前日に敗北を喫したのが想像以上に精神的に響いているらしい。

 

もし、それも見越しての無謀とも思える拙速行動なのだとしたら、あるいは彼女は、まさしく天才と呼ぶに相応しい人種なのかもしれない。

 

ランサーが背中に担いだままだった士郎を割と乱雑に背後へ降ろし、それでも気絶から醒める様子もない彼に、首だけを向けたランサーは微笑んで小さく何かを呟き、再び大聖杯を見据えてから、今度はこちらにも聞こえる声で、

 

「──主よ。この………ッ」

 

瞬間。

 

ランサーの言葉を遮るようなタイミングで真正面から飛来した何かを、ランサーは武装を現界させることさえなくその身体一つで受け止める。

 

見れば、飛来してきたものは儀礼剣のようで、それを身体で受けたとなると普通はどう考えても致命傷だが、彼女にはそんな心配も無縁らしく、投擲された儀礼剣は彼女の身体に刺さることもなく弾き落とされ、されど無傷なはずの彼女は、先程まではどうにか取り繕っていた体裁もかくや、息を荒げて一点を睨みつける。

 

「っ、ぅ………これは、黒鍵? 誰です!」

「誰だ、とはとんだご挨拶だ。これでも私は、おそらくはこの場にいる誰よりも、この戦争を円滑に進めようと努力しているのだが」

「っ………。…………、せぃやっ!」

 

ランサーの視線の先、つまりは大聖杯の方向から現れた大柄な男は、その身を包む神父服に相応しいゆったりとした佇まいで姿を見せる。が、反射的に反応したランサーがどこからともなくまたも取り出したソリを投げ付けられ、再びその全身を覆い隠され──って、ぇええ!?

 

「ちょ、何してるの!? あの人なんかすごい訳知り顔だったけど!?」

「この際あの人が何者はとにかく、この場であの厄塗れな大聖杯側に立ってる時点でアウトアウトアウトです。そもそも先に攻撃されたのは私です。これでも私は魔力放出が使えるのであの程度どうとでもなりますが、マスターに危害が及んだらどうするつもりですか論理的に」

 

気絶したままのマスターをここまで連れて来た貴女が言うのか、とは思ったものの、ぶっちゃけ確かにこの局面で大聖杯の側にいたとなると普通に不穏分子ではあるので具体的な反論は返せず、そんな私を余所に彼女は気を取り直して言葉を紡ぐ。

 

「ですが、ここで立ち塞がるならば容赦はしません。我がなけなしの魔力にこの旗、そして溢れ出す鬱憤を触媒に、この身に許されし最強最大の一撃を以て悉くを呑み込みましょう」

 

 

──………主よ。

 

 

彼女が紡ぐそれは、その語り出しは、あまりにも有名な台詞。

 

かつて、彼女のコピー元であるとされるフランスの救世主、かの聖女が火刑に処されるその寸前に呟き、天使の祝福と共にその身を昇華したとされる、オルレアンの乙女としての──

 

 

 

 

「──主よ。このバカンス(・・・・)を捧げます──宝具解放。『豊穣たる大海よ、歓喜と共に(デ・オセアン・ダレグレス)』!」

 

 

 

 

直後、彼女を中心にごうごうとうねりを伴って溢れ出る水が、洞窟内部の悉くを塗り替える。

 

「…………は?」

 

思考が停止する。疑問符でさえない間の抜けた声は、どこからともなく鳴り響く波の音によって打ち消される。

 

どこまでも広がる水平線が、夕暮れに照らされる水面が、波風に揺れる太陽の心地良さが、現実のものであると認識ができない。

 

世界が切り替わる感覚と、薄暗い洞窟がまるまる変貌する奇怪な現象。この感覚に覚えはないが、知識としては知っている。世界を騙す魔法に限りなく近い大魔術。人外の存在が操るとされる異界法則。その名も、

 

「固有結界……?」

 

あまりに彼女(・・)の逸話とかけ離れた光景と、費やされた技術の非常識さ。そして何よりこの光景を宝具として扱うランサーに驚きを禁じ得ない。

 

正直、これまで私は彼女の話を話半分に、いや、はっきり言ってその大半が虚偽であろうと思っていた。特に真名にかかる部分は露骨に隠していたため、確かにジャンヌ・ダルクとしての要素はあれど、よほど捻じ曲がった存在であろうことは察していた。だが違った。そんな想定は甘すぎた。

 

一体、この光景のどこがジャンヌ・ダルクであるのか。仮にそうだとして、一体どれだけの改造を加えられたらこんなモノを宝具にするジャンヌ・ダルクなんてキワモノが生まれるのか。

 

神秘が淘汰される現代、あるいはその先の未来において英雄になるには、どのような軌跡を隔てたらいいのか。

 

出鱈目だ。非常識だ。摩訶不思議だ。理解不能だ。──しかし、それくらい外れた存在でなくてはヘラクレスに並び立つなど不可能だ。

 

「…………」

 

我々は、聖杯は、魔術師は、何を生み出して、何を成し遂げて、どれほど世界を狂わせていくのか。あまりに常識からかけ離れた彼女を見て、だんだんとヒトの業の恐ろしさ、その底知れなさが、あの聖杯と同様に、理外の怪物のように感じられる私だった。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

前へ。最初の一歩を、踏み出す。

 

ただそれだけの動作で、全身が激しく軋みを上げる。酷使しほぼ完全に凍り付いた肉体を無理矢理に前方へと引っ張った影響か、高山への登頂直後のような途方もない疲労感が身体を苛む。脚は棒も同然に固くなり、気を抜くと一瞬でバランスを崩して転倒してしまいそうだ。

 

それは不味いと、歯を強烈に食い縛って堪える。意地でも体制は維持する。倒れることはできない。次に倒れたら、恐らく今度こそは立ち上がれないだろうから。

 

「ふ、っ………」

 

水面を切り、二歩、三歩。抱く違和感。すぐに察する。元よりこの宝具は私のものではない。故にそもそもの構成が甘い。むしろハリボテに近いのだろう。付随されるはずの味方はおらず、染めることが叶うのも外観だけ。周囲を自身()に浸すことで誤魔化したダメージも、そう遠くないうちにツケが回る。被りを振る余裕はなく、でも、と口遊みまた一つ前に。四歩。

 

(何故──などと今更問いません。どうして、とも言いません。彼がここにいる理由も、その意味も、素性さえも価値はない。でも)

 

彼の目的がなんであれ、彼はこれを守ろうとしている。それは確実に、彼が私と敵対するということ。であれば私は、踏み砕くのみ。

 

(ッ──………!)

 

五歩。霊基が軋みを上げる。

 

先程から頭痛が収まらない。僅かに身動きする度に酷い痛みが生じ、脳細胞を貫く。ガンガンと頭蓋の内側を鎚で叩かれているかの如き壮絶な感覚に、今すぐにでも全てを投げ出して意識を放り捨てたくなる衝動に駆られる。その抑えがたい欲求は、頭痛の規模と比例して絶えず膨らみ続け、精神を蝕む。心を折り、意思を挫こうという悪意が、蠕動している。

 

だが、屈しない。その程度では、この歩みは止められない。六、七、八──

 

「い、っ……!」

 

痛みから歯を食い縛ると、不意に視線が噛み合う。どうやらここに来てようやく、この宝具を展開したことによる彼の動揺も解けたらしい──この宝具はあくまでサポートで、意図していたわけではないのだが。しかし、もう遅い。

 

「ハッ──!」

「────ガッ」

 

彼が口を開く前に、両肩を槍で突き刺す。既に私の腕もボロボロ、投げる動作の起点となる肩にダメージが通れば御の字、程度の目的だったが、どういうことか神父服に刃が通らず、それでも腐ってもサーヴァントの一撃、与えた衝撃で仰け反らせることに成功する。

 

「──せい!」

 

低身長を活かして間髪入れず足を横薙ぎし、槍を心臓に突き付ける。これでチェックメイト。いつぞやのアーチャーさんと構図が同じなのは、無論狙っていたわけではないが、やはり私は見かけには相当に侮られ易いからであり、それは同時に、私にとっては得体の知れない仇敵であった彼にも、人間らしい感情が存在していたことを意味する。

 

「動かないでください……!」

「フ──」

 

宣言するは、奇しくもあの時と同じ台詞。思い返せば、あの時も魔力が足りなくて短期決戦を挑むしかなかった。アーチャーさん、つまりエミヤさんは立場やその性根から素直に話し合いまで漕ぎ着けることができたが、彼を相手にすると、どうやってもその光景にまで辿り着く気がしない。

 

「これはこれは───む?」

「動くな、と言ったはずです。それは当然、その口も含まれます。監督役である貴方が私を妨害する所以は分かりますが、ここで現れた、つまり聖杯の現状を知って、それでもなお立ち塞がるというのなら」

 

やや集中し防刃らしき神父服を浅く切り開き、槍を僅かに肉に沈める。いつまでも慣れない肉を裂く感覚。正直に言えばこの感覚だけで耐え難い嫌悪感を抱く。だが、彼も人間ならば、これほど露骨に生死の淵に立たされたら、流石に迂闊な行為は控えるだろう──

 

「フ──こうも容易く無力化されてしまうとはな」

「…………」

 

嘲弄。単に私が穿った見方をし過ぎ、警戒のし過ぎかもしれない。しかし少なくともそう取れるような余裕のある態度で、私の槍が按摩の如く感じているのか、薄ら笑いを浮かべて彼は語り出す。──が、

 

「────」

 

(…………っ、…………)

 

視界が霞む。頭が白く染まっていく。彼の口が動き、何かしら煽られている、致命的な発言をしていると解るのに思考が追いつかない。この状況で容赦無く何かを語れる度胸に感心するよりも先に、ペットボトルでも取り出して中の水を美味しそうに飲み干した方が今の私には甚大なダメージを叩き出すだろう、なんて思考が過ぎるあたり、私も相当に切羽詰まっている。

 

こうして自分を客観視できるのも、召喚された際に霊基の変質があってこそ。精神と肉体を別々に、その意思だけは譲ることなく、あの人のために、あの人のために。

 

ああ、マスター、マスター。マスター。……お師匠様。

 

お師匠様、私は──

 

『──人を殺すということは、その者の罪を背負うということではありません』

 

ふと、あの時の台詞が脳裏によぎる。どうしてこのタイミングで、と思う前に、視界の端にある人物が映るのを認識する。

 

(セイバーさん……?)

 

あまりに見覚えのある金髪の騎士。どれだけ余裕が無かろうと忘れるはずがない。セイバー、かの有名なアーサー王。その表情を見て、すぐに察する。彼も無策でその場にいたわけではないのだと、すなわち、ずっと気掛かりであったセイバーさんのマスターは彼。監督役などと嘯いて、彼もこの聖杯戦争の参加者であったのだ。

 

「…………っ、」

 

迫る明白な脅威に、焦燥した頭脳が警鐘を鳴らす。様々な思考が重なり、入り混じり、そして私の最良の選択を導き出そうとする。

 

でも、それはダメだ。安易な解決法を求めてはダメだ。どうして私は処刑された? 何故私は裏切られた? 決まっている、私が愚かだったからだ。だから、だから、だから。

 

 

 

 

だから──私には、復讐する権利がある(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

(あ──)

 

 

 

 

思考が染まる。白から黒に。どこまでも苛烈に、まさしく燃え上がるように。

 

 

(私は──神父服? どうして………そうだ、聖職者は、殺さないと──)

 

 

理性が、自制が、あらゆる制御が黒に染まる。

 

それでも頭の奥底から叫ぶ誰かの声を遠く感じながら、私は静かに槍を押し進めた。

 

 

 

 







どんどん話が重くなる…おかしい、私ははっちゃけたサーヴァントによるドタバタ聖杯戦争とかを書きたかったのに…。



豊穣たる大海よ、歓喜と共に(デ・オセアン・ダレグレス)
ランク:A+
種別:対人宝具 
レンジ:1~20
最大捕捉:100人

『カルデアのジャンヌ』である彼女の霊基に刻まれた、何よりも美しい光景を心象から具現化する。
彼女にとって忘れられない光景が、どうにかして持ち込めないかと足掻いた結果、彼女が保有していた別の宝具と結合してしまったことで誕生。なお、彼女本人にその自覚はない。
本来なら付随するはずの幻獣は存在せず、攻撃能力も失われているため、宝具としての能力は産廃同然であるが、生み出す光景自体が彼女の夢であるからこそ、彼女が持つ『うたかたの夢』による制限を更に取り払うことができる。ただし同然、無茶をするほど夢から醒めた場合のツケも大きくなる。

子供の頃、彼女は海が見たかった。それは一七歳で出立する頃には故郷に置き去りにした些細な夢。
厳しく、荒々しく、壮大な海。それは、思っていたものとは違う光景だったのかもしれない。
だけど、旅を通じて確かに願いは叶ったのだ。願いが叶えられることが、この世界には存在すると、そう理解した瞬間、サンタ・リリィは頬を濡らしていた。



霊基変換:B

『ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ』を名乗る彼女だが、正確には彼女は『カルデアという組織に所属するジャンヌ・ダルクとしての側面』を基に限界している。
よりにもよってリリィが主人格であるのは、彼女が最もカルデアという組織の特殊性を示す存在であるため。しかもその上でstay night世界線における「『ジャンヌ・ダルク』は歴史上に一人きりである」という常識に従っているため色々とおかしなことになっている。
そのため、彼女はただ一人の『カルデアのジャンヌ・ダルク』として、カルデアに所属していた全ての『ジャンヌ・ダルク』の力を断片的に使用することが可能となっている。
ただ、それ故に『正史のジャンヌ・ダルク』として振る舞う度に『カルデアのジャンヌ・ダルク』という要素を損なうので、ステータス面でのペナルティが発生し、本来の宝具は著しくランクが落ちている。有効打が全体的にオルタに寄っているのはそれが理由である。ただし、正史のジャンヌに「旗を振り回して敵兵を薙ぎ払った」という旨の逸話は存在しないので、あくまで武器として扱う分にはペナルティは発生しない。
また、スキルの保持者に対して同ランクの『無辜の怪物』に相当する精神の混濁が発生する。

カルデアではよくあること。
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