グリムジョーと名乗った破面が地に降り立つ。笑みを浮かべたまま放たれる霊圧は先ほどの破面の比ではない。
「で、強ぇのはどいつだ?」
強大な霊圧に、ルキアが冷や汗を流す。そのルキアに向かって一足飛びに腕を伸ばす。しかし、その腕はルキアを貫く前に春直の斬魄刀で受け止められた。
「へぇ。やっぱり、一番はお前か。」
「……どうやら御眼鏡に適ったようで。」
辛うじて止められた。だが、両手で斬魄刀を握り一筋の汗を流す春直に対して、グリムジョーは片手を伸ばしただけで笑みを浮かべたままだ。
「申し訳ない、朽木。早々にこの場を離れてほしい。そして空間凍結の申請を頼む。」
何時ものような丁寧な口調ではない。それほど切羽詰まった相手なのだろう。ルキアは頷き、直ぐに懐から通信機を取り出した。
離れていくルキアを目で追うだけでグリムジョーは一旦春直と一護から距離を取る。
「黒崎君……いけるか?」
「……ああ。」
ルキア同様に冷や汗を流しているが、一護が斬魄刀を構えた。
「限定解除。」
春直が胸元に手を当てる。すると霊圧が倍に跳ね上がった。その霊圧量は副隊長を軽く超える程。
「春直さん、それは?」
「説明は後だ。来るぞ。」
春直が口を開き、一護が抜刀。共にグリムジョーへと目を向ける。春直に当てられたのか、グリムジョーも霊圧を高め、歯をむき出しにした笑みで突っ込んできた。
一護と春直が左右へ飛ぶ。離れ際に一閃。グリムジョーはそれをそれぞれの腕で受け止める。固い金属同士を打ち付け合ったような音がした。
「白けさせるんじゃねぇぞ死神ぃ!」
「クソッ!」
一護が地面を蹴り、もう一度斬魄刀を振り下ろす。やはりまた腕で防がれ、傷一つつかない。たった二度の打ち合いだったが、期待はずれだったのか、グリムジョーの表情が笑みからつまらなそうな顔に変わっていった。
その背後から春直が斬り掛かる。同じ様にグリムジョーが腕で受け止めるが、僅かに表情が歪んだ。本当に僅かとはいえ、春直の斬魄刀がグリムジョーの皮膚を切り裂いた。そして春直はすぐに離れ、斬魄刀を横向きにする。
「交じり染まるは『童子丸』。」
斬魄刀を解放。だが、今回はそれだけでは終わらない。
「三の型 地戟。」
長柄の先に槍と斧。所謂ハルバードの形になった童子丸を手に、一回転。遠心力をのせた一撃でグリムジョーを上空へと打ち上げた。そのまま一回転し、空中に立つ。だが、表情は相変わらずつまらなそうな顔のままだ。
「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ」
春直が戟を肩に担ぐ様にし、僅かに腰を落とす様にしながら目線をグリムジョーへと向ける。そのグリムジョーも春直へと腕を向けるが、そこに横から一護が斬り掛かった。だが表情を変える事無く片手で受け止める。まるで更木剣八とやり合った時と同じようだ。
「オイ……ナメてんのか死神……。加減している内にとっとと出せよ、テメーの卍解を。」
腕を振るい一護を弾き飛ばす。確かに今のままでは、一護の刃はグリムジョーへは届かない。地面に立った一護が意を決して腕を伸ばし、斬魄刀を真っすぐグリムジョーへと伸ばす。そしてその右手に左を添えると霊圧が上昇し始めた。
「卍……解!」
一護の姿が変わった。その様を見てグリムジョーが笑みを深くする。その背後から春直が戟を振り下ろした。
咄嗟に抜刀したグリムジョーがその一撃で大きく上へと弾き飛ばされた。
「蒼火の壁に双璧を刻む 大火の淵を遠天にて待つ。」
戦いながらの鬼道は難易度が高い。特に詠唱しながらは言うまでもない。意識を散らされやすく、特に上位になればなる程そう易々と出来るものでは無い。だから春直は多少構成が容易いこの鬼道を選択した。完全詠唱された春直の七十番台の威力は九十番台に匹敵する。当たればただでは済まないだろう。
「月牙……ッ!」
「破道の七十三。」
一護が大きく振りかぶり、春直が太刀の形に戻った童子丸を右手に握ったまま両手を前に突き出す。急激に高まった二つの霊圧に思わずグリムジョーが舌打ちをする。
「鳴け 『鈴虫』。」
「双蓮蒼……ッ!?」
「天衝!!」
一護が放った月牙天衝。それは真っすぐグリムジョーへと届いた。爆炎を起こし、煙を上げる。
同じタイミングで鬼道を放とうと詠唱していた春直。だが放つ直前に耳鳴りのような物が春直を襲う。同時に背後から何者かが斬りかかってきた。咄嗟に振り返り鍔ぜりあう。
「……東仙要か。」
「これ以上貴様にも、あれにも、好き勝手させるわけにはいかない。」
隊長の時とは全くちがう服装の東仙要がそこにはいた。そして瞬歩でグリムジョーの背後へと回り込む。
「刀を納めろ、グリムジョー。」
「東仙……!」
一護の月牙天衝を受け、胸に袈裟懸けに傷を負ったグリムジョーが睨みつけた。
「なんでてめえがここに居んだよ!?」
「『何故』か……だと?わからないのか?」
文句を垂れるグリムジョーに、要は平然と言葉を返す。その言葉に怒気を含めながら。
「独断での現世への侵攻、五体もの破面の無断動員およびその敗死……すべて命令違反だ。」
だが、その程度ではグリムジョーは止まらない。そこへさらに要が続ける言葉。
「藍染様はお怒りだ。グリムジョー。」
その一言には流石に畏怖したのか、表情が変わる。
「行くぞ。お前への処罰は虚圏で下される。」
舌打ちすると同時にグリムジョーの怒気が四散した。
「……わかったよ。」
空中を歩く要に従う様に、グリムジョーが後ろを振り返った。その背を見て一護が飛び出そうとするのを春直が手で制した。だが一護は声を上げる。
「待て!どこ行くんだよ!」
「うるせーな。帰んだよ。虚圏へな。」
平然としているグリムジョーと要の目の前で空間が縦に開いた。これが虚圏への入り口なのだろう。
「ふざけんな!勝手に攻めて来といて勝手に帰るだ!?冗談じゃねぇぞ!!」
(いや、来るのも帰るのも向こうの勝手だろ。こっちがどうこう言うもんじゃないって。)
激昂する一護とは対照的に冷静に考える春直。正直、帰ってくれるならその方がありがたい。
「少し黙ろうか、黒崎君。」
一護の隣に立ち、一護の頭を左手で抑え込むようにしながら納刀し、耳打ちする。
「先ほどの技、連発は出来ないのでしょう?ならば、ここは素直に引いてもらった方が利口です。感情で行動すると死期を早めますよ。」
一護が俯き、歯を食いしばる。横目で一護の方を見ていた春直が顔を上げて、上空の二人を見る。
「一つ尋ねますが、貴方たち破面も自分たち死神と同じように、斬魄刀の解放があるんですか?」
死神が持つ斬魄刀。それは始解、卍解によって力を増す。同様に破面も斬魄刀を持つという事は、最低でももう一段階上の力があるはずだ。
「当然だ。仮に、そいつがさっきの技を無限に撃ち続けられたとしても……解放状態の俺は倒せねぇ。」
その言葉に一護が驚愕する。
「俺の名を忘れんじゃねぇぞ。そして二度と聞かねえことを祈れ。」
閉じていく空間の中で、笑みを浮かべるグリムジョー。
「グリムジョー・ジャガージャック。その名を次に聞く時が、てめぇらの最後だ。」
空間が完全に閉じた。それを確認し、春直が小さく息を吐く。
「まいったね、どうも。」
思わず友人の口癖が漏れてしまった。正直、破面の強さを見誤っていたかもしれない。
(……覚悟を決めるか……。)
後ろを振り返る。そこには傷だらけの恋次が立っていた。そちらへ歩を進め、軽く肩を叩く。
「すみませんが、彼をお願いします。」
恋次が頷くと、春直は笑みを浮かべて姿を消した。