結局、現場主義が一番強いと思うんだ。   作:そこらの雑兵A

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開けました。おめでとう。


楼十郎「……素直にそれを信じると思うかい?」

浦原商店の地下室。広い空洞のその隅の方で、春直は結跏趺坐で座り、指を組んでいた。その前には納刀された斬魄刀を置き、いつもなら腕に着けていた手甲も外して置いてある。

その春直を四角柱の結界で覆った握菱鉄裁が少し離れた所で座っていた。

 

「なぁ、この兄ちゃん何やってんだ?」

 

興味をもった花刈ジン太が部屋に入ってきて鉄裁にたずねた。それとほぼ同時に春直の霊圧が乱れた。

 

 

 

 

 

―――――

 

一護らと別れ、ホテルを早々にチェックアウトした春直は日が昇りきる前に、喜助の店にやってきた。

 

「お邪魔します。」

 

「おや、春直さんっすか。よくここがわかりましたね。」

 

部屋に入ると、喜助が振り返る。一人の女の子が治療をされている所だったが、今はそれを気にしている余裕は無い。

 

「少々、込み入った話がありまして。」

 

「……伺いましょう。」

 

何時もと少し違う空気を纏った春直。それを感じた喜助も表情をかえ、立ち上がって部屋を出た。

 

 

 

「成程……ですが、それは……。」

 

「問題があるとすれば、少し時間がかかる事ですかね。」

 

そう軽く言う春直に、喜助は呆れた。そんな軽くできる事では無いはずだ。

 

「仕方ないっすね。他ならぬ春直さんのお願いっすから。」

 

だが、この人なら本当に軽くやってしまいそうだとも、思ってしまう。

 

「直ぐに用意します。」

 

笑みを浮かべながら喜助が頷くと、ちょうど鉄裁が治療を追えたのか、部屋から出てきた。

 

「改めて初めまして。握菱鉄裁と申します。」

 

「はい、初めまして。荒木部春直です。一応、五番隊隊長を嫌々ながらやらされてます。」

 

頭を下げる鉄裁に春直も頭を下げた。

 

「鉄裁サン、ちょっと頼みたいことがあるんすけど良いっすか?」

 

――――――

 

 

 

そして冒頭へと戻る。刃禅を組み、精神世界へと深く入った春直。

何時ぞやと同じ広い草原。だがそこには、前の時より表情を厳しくした青年が立っていた。

 

「縛めを解くのですか……。」

 

「全力は出さねぇよ、心配すんな。」

 

不安気な表情の青年に向かって、笑みを向ける春直。そして、すぐ側にあった石の荒縄を外した。

 

 

 

「……まさか、これ程とは。」

 

結跏趺坐を組んでいた春直の霊圧が大きく乱れた。低い時はそれこそ並の死神程度。だが、高まった時には隊長格を数倍上回る。かと思えば、突然霊圧が全く感じ取れなくなる。

 

鉄裁が揺らぐ結界を維持させながら大粒の汗を流す。ジン太は訳が分かっていないのか、ポカンとしているだけだった。

 

「ジン太殿、申し訳ないですがここから離れてくだされ。正直、有事の際に守りきれる自信がありませぬ故。」

 

「お、おう、よくわかんねぇけどわかった。が、がんばれよ!」

 

困惑しながらも去っていくジン太を見送り、鉄裁は結界へ込める霊圧を増やした。

 

それから数時間後。春直がゆっくり目を開く。しかし霊圧は安定して低く、だが冷たく、そして鋭い刃のような錯覚を受けさせる。

 

「春直……殿……?」

 

鉄裁が恐る恐る声をかけると、突然春直が倒れた。鉄裁が慌てて結界を解いて駆け寄り、起こす。

 

「……腹減った。」

 

 

 

 

 

「あれ?阿散井……に茶渡君?」

 

春直が居間にはいると、ちゃぶ台の前で胡坐をかいている恋次と店の入り口に茶渡泰虎が立っていた。

 

「荒木部隊長からも言ってやってくださいよ!」

 

「って言われても何がなんやら訳が分からんのですが。」

 

恋次が声をあげ、喜助が相変わらず胡散臭そうな笑顔で扇を振っている。意味が解らない。

 

「茶渡サンが鍛えてほしいって来たんで、それを阿散井サンに頼んでいる所なんでス。」

 

「成程。じゃあ阿散井がやるしかないですね。」

 

「でしょ?」

 

「でしょ、じゃねぇよ!?」

 

喜助の言葉に頷きながら春直がちゃぶ台に着き、紬屋雨がご飯をよそった茶碗を受け取る。それを見ながら恋次が怒鳴り声をあげるが、どこ吹く風で箸をとる。

 

「あんたの卍解が特訓に向かないのはわかった。だったら荒木部さんがやったらどうっすか。あなたなら指導もうまいじゃないっすか。」

 

一度大きく息を吐き、何とか落ち着いた恋次が春直を見て言う。確かに長く死神をやっている春直は後輩の面倒もよく見ており、戦い方の指導やアドバイスは恋次やイヅルもよく受けていた。

 

「生憎、今は他人に構う余裕が無いんですよ。」

 

何時ものような笑みを消し、視線を鋭くした春直が答えた。その表情を見て、恋次は思わず息をのむ。あれほど真剣な表情の春直を見たのは初めてかもしれない。

結局喜助に言い包められ、恋次が(ついでに雑用まで)引き受けることになった。そして食事を終えた春直はもう一度、自身の内側へと沈み込んでいく。

 

 

 

食事以外は睡眠もとらず、ずっとそれを続けて三日目。

 

「もう良いんですか?」

 

「ええ。後は実戦で試すだけなので。」

 

泰虎と恋次が激しくぶつかりあっている様を眺めながら喜助と春直が話をしていた。

喜助はいつもの服装だが、春直が義骸を脱ぎ捨て、死神の姿である。

 

「試す……と言っても、相手がいないっすよ。」

 

「そうなんだよなぁ……。」

 

春直が片手で顔を覆いながら俯いた。

 

「……一応当てはあるんすけど。」

 

そう言って喜助が一枚の紙を取り出した。それを受け取り、開く。中に書かれていたのはとある住所。

 

「どちら様の住所で?」

 

「百十年ほど前の彼らが居る所っス。」

 

「!?……成程。それは確かにちょうど良い練習相手になりそうだ。」

 

何時ものよりも少しだけ楽しそうな、いや、嬉しそうな笑みを浮かべ、春直は部屋を出た。

 

 

 

 

 

「!?」

 

矢胴丸リサがバッと顔を上げた。

 

「あ?どうしたリサ。」

 

「……なんでもない。」

 

隣で座っていた六車拳西がたずねるが、リサは何事もなかったように首を振り、愛読書へと視線を戻した。

 

「……リサさんの御知り合いデスか?」

 

指を組んで座っていた有昭田鉢玄が、近づいてくる霊圧に反応したのだと気づき、声をかけた。だが、リサは答える事無くそっぽを向く。

 

「なんや、気になるんやったら見に行ってこいや。」

 

「別に……気になる事なんかないわ。」

 

平子真子が耳を穿りながら言うが、やはりリサはそっぽを向く。

 

「死神に知られると面倒だ。俺が行ってくる。」

 

そう言って拳西が手にしていた缶のコーヒーを置き、立ち上がった。

 

 

 

バイクで走っていた春直が止まり、バイザーを上げた。そして目線を上へと向ける。

 

「よう。どこの誰だか知らねぇが何の用だ?」

 

屋根の上から見下ろす様に男が声をかけてきた。春直はこの男を知っている。だが、どうやら男の方は春直を知らないようだ。

 

「この先には廃屋しかねぇぞ。」

 

拳西が見下ろしながら言葉を続ける。現世に死神が追加で派遣されたのは知っていた。だから此奴も決して弱い筈が無い。

 

「知ってるかもしれませんが、現世に派遣された死神の1人ですよ。貴方は『仮面の軍勢』の1人で間違いないですね。」

 

そう言いながらヘルメットを外した。そして胸に手を当て、斬魄刀を取り出した。

 

「てめぇ……なにもんだ?」

 

義骸に入ったまま、斬魄刀を実体化させる。それを実行できるのは各隊長レベルの霊圧があり、それ相応の技術を持つ者のみ。その様だけで拳西は警戒度を跳ね上げた。

 

「自分に勝ったら、色々お話ししますよ。」

 

春直の姿が消える。同時に拳西が抜刀。自身の背後を横薙ぎにするが空を斬る。一拍遅れて姿を表した春直が袈裟切りに斬魄刀を振り下ろす。髪が数本舞いちり、今度は拳西が姿を消した。追う様に春直も姿を消す。

 

拳西の刺突。弾かれ、春直が手首を返して斬りかかる。身体を捻って躱され、拳西が横に薙ぐ。伏せた春直が同様に斬魄刀を横に薙ぐ。軽く飛び上がって躱した拳西が前蹴りを放つ。だが足が上がりきる前に春直が左手で抑え、斬魄刀で突こうとする。無理矢理空中で体をひねり、掴まれた足を外して突きに合わせて後ろに下がった。

 

(これは……余裕こいている場合じゃねぇかもな。)

 

互いに義骸に入っているため、霊圧はそれほど大きく漏れていない。だが、斬魄刀を解放すれば他の死神に察知される可能性がある。

 

「うだうだ考えても仕様がねぇ。吹っ飛ばせ 『断地風』。」

 

霊圧を抑えつつ、斬魄刀を解放した。コンバットナイフ程のサイズに圧縮された斬魄刀を手に、踏み込む。殺しはしない。せいぜい重傷程度で動きを止める。狙いは腕の腱。義骸なのだから、腕の一本くらいなら大丈夫な筈だ。

 

「縛道の八 斥。」

 

狙われた右ひじに小さな円の形をした霊圧の壁が発生し、拳西の刃を止めた。だがその壁は直に砕ける。

 

「交じり染まるは 『童子丸』。」

 

僅かな隙の間に春直も斬魄刀を解放した。やや薄黒く輝く刃に純白の柄と鍔。そして一旦距離をとり、息を整える。

 

斬魄刀をくるりと回し、左手を前へと向ける。その腕から、手甲が外された。

 

 

 

 

 

(さて、うまく抑えきれると良いんだがな。)

 

春直の精神世界。そこにあった大きな岩に巻かれていた荒縄が緩められた。

 

 

 

 

 

「こ、この霊圧は!?」

 

恋次が思わず動きを止める。それに会わせて泰虎も動きを止めると、霊圧に気がついた。

 

「荒木部さんか!?だが……こんな事が!?」

 

「はいはい、驚いてちゃダメっすよ。お二人とも。気にせず続けてください。」

 

「あ、ああ。」

 

喜助に言われ、また戦いを始める二人を他所に、喜助は天をあおぐ。

 

(……こんなもんじゃ無いでしょう、貴方の本気は。)

 

 

 

誰もいない広場で刃禅を組んでいた死神達が一斉に顔を上げた。

 

「これが……荒木部隊長の本気……!」

 

「更木隊長と殺り合った事があるってのは、本当かもしれないね……。」

 

真剣な表情で明後日の方を見る一角。その隣で弓親が汗を一筋流しながら笑みを浮かべていた。

 

「相手は……知らない霊圧ね。虚ではなさそうだけど……。」

 

「……。」

 

困惑している乱菊の隣で、弓親と同じ様に汗を流している冬獅郎だが、その表情は困惑していた。なぜ荒木部春直は実力を隠すような事をしていたのか。そして、今その相手をしているのは何者なのだろうか。だが、その春直からは、何の連絡も来ていない。一度消えた筈の不信感がもう一度よみがえって来た。

 

 

 

春直が軽く地面を蹴る。瞬間、姿がぶれた。

 

「!?」

 

消えた。先の動きより速い。完全に見失い、驚き振り返った拳西の視線の遥か先に春直が立っていた。

 

「……。」

「……。」

 

異常に開いた間合い。互いに睨み合いを続けているが、開きすぎた距離に拳西は困惑する。

 

(飛びすぎた……。え、こんなに軽いもんなん?)

 

別の意味で困惑する春直が一度大きく息を吐き、自身の感覚を改めて再認識していく。

 

「……よし。今度は大丈夫だ。」

 

もう一度、地面を蹴る。一瞬で拳西の目の前に現れた春直の斬魄刀が杖に変わりそれを薙ぐ。咄嗟に右腕で防ぐがその一撃を止める事は叶わず、大きく弾き飛ばされる。

 

(重い……!最低でもヒビ入ったか!)

 

空中でなんとか姿勢を整えようとする拳西に合わせて飛んだ春直が拳西の腹部を蹴り、近くにあった空き地へと叩き付けた。地響きを上げ、舞い上がった砂埃。その砂埃が一瞬ではれた。

 

「てめぇ!!」

 

拳西が眉間に手を当て、何かを掴む様にする。霊圧が高まり、それを見た春直が表情を厳しくするが、直に笑みを浮かべて斬魄刀を納刀して振り返った。

 

「ここまでにしておくんで、それを納めてくれませんかね。」

 

軽く両手を上げる春直を囲う二人。

 

「……素直にそれを信じると思うかい?」

 

ウェーブの掛かった金髪の男が、春直の脇腹に刀を当てながら怪訝な目を向ける。

 

「どうすれば信じて貰えるんですかね。」

 

「まず何モンか名乗らんかい。話はそれからや。」

 

おかっぱの男が殺意を向けながら刃を春直の首へと当てる。そんな状況でありながらも、春直は懐かしい顔に僅かに心が暖かくなっているのを感じた。

 

「現五番隊隊長、荒木部春直です。浦原喜助さんの友人って言えば信じてもらえますかね?」

 

「荒木部……って京楽んとこのにおった、年月だけは長いあの荒木部か?」

 

おかっぱの男、平子真子が僅かに目を見開いた。そして斬魄刀を納刀する。それを見たもう一人の男、鳳橋楼十郎は困惑気味に一歩さがる。だが、まだ警戒しているのか斬魄刀は手にしたままだ。

 

「浦原喜助の友人だと?どういう事だ!」

 

苛立った様子で構えを崩さないまま拳西が春直らを見上げながら怒鳴る。

 

「……まぁ、こういう事です。」

 

春直がいたずらが成功した子供のような笑みを浮かべながら懐に手を入れる。そして、そこから取り出された物。

 

「「「!?」」」

 

それは三人を驚愕させるものだった。


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