1:入局一週間で僻地行き(期間未定)とかどうなってんだ
「――つまり、魔術と言うのは実在するのだよ」
目の前の痩せこけていっそミイラみたいなオッサン――フランス人の局長はそれがさも簡明なことであるかのようにそう宣言した。
何を寝ぼけたことを抜かしてくれるのか。
今日日国際的な組織の重役が中二病なんて笑い話にもならんぞ。
そう言いたかった。言い切ってしまいたかった。
目の前のテーブルにデンと鎮座している、時代錯誤な"宝箱"の存在がなかったのなら。
目の前で所謂"超常現象"の類を大真面目に披露されてはどうしようもない。
真に遺憾ながら、手前の頭がイカレてるとは全く思えなかったのだから。
こうして俺の普通の日常はあっさりと終わりを告げた。
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話は一時間前に遡る。
国連事務局に顔を出した俺は他所の部署の上役に呼び出しを食らっていた。
なんで?って案内してくれてる奴に理由訊いても俺は案内頼まれただけだから判らんって言われて困惑すること頻り。
そして案内された先は見たことも聴いたこともない謎の部署。
応接室に通された俺の前には、メガネのうさん臭いオッサンとテーブルに乗ったコピー用紙一枚。
……もう嫌な予感しかしない。
「掛けてくれたまえ」
対面にあるソファーを示してオッサンが言う。
この場からとっとと逃げ出したい気持ちを押し込めて腰かける。
腹が痛い。
俺知ってんだ。
こういうシチュエーションで俺の腹が傷むときって大体、他人の無茶振りのせいで俺に被害が来る時なんだよね。
もっと言うとそれが絶対回避不可能な時なんだよね!
そんな風に身構えていた俺でも、次に飛んできた言葉は予想外だった。
「うむ、単刀直入に言おうか――君に転属辞令が出ている」
……What's?
は? え? 転属?
「…は? 今何と?」
普通に耳を疑った。だが悲しいことに聞き間違えているという訳じゃなさそうなのは判る。
呆然とする俺を尻目に、局長殿はいかにも重々し気に頷くともう一回俺を地獄に蹴っ飛ばしてくれた。
「…入局して早々で申し訳ないとは思うのだが、君にはとある組織へ出向してもらいたい」
……あの、私入局して一週間しか経ってねえんですけど。
職を散々選り好みして一年近く就活してたんですけど!
まあここならいいんじゃないかなーって思った職場にようやく勤め始めたばっかなんですけど!!
荒れる心中を押し隠し、キリキリ痛む腹を抑えつつ声を荒げないように気を付けて口を開く。
「……あの、ですからそれはどういうこt」
「国連承認機関『人理継続保証機関 フィニス・カルデア』……その組織が、行っている研究の次期プロジェクトに必要な人材として君の参加を求めている」
申し訳ないとは露程も思ってねえだろうって面で局長――もうオッサンでいいか。オッサンがのたまう。
こっちが反論する前に遮って話す辺り俺が受けてくれないと困るとは思っているようだ。
あーもう拒否って逃げらんねーかなコレ。
半ば諦めの境地に至った俺はため息を押し殺しつつ、何時でも物理的に逃走できるようにする体制を止めて深く腰を据えた。
とりあえず話だけ聞いて否定できる論拠を探さにゃならん。
まずは、人理……継続保障機関? なんじゃそりゃ。意味が解らんぞ。
「人理?とは何でしょうか? 聴きなれない言葉ですが。 というかそのような機関の存在も寡聞にして知らないのですが……本当に国連関連で?」
「ああ。間違いなく国連と二、三の法人が主体となって作られた組織だ。人理は、そうだな……要は人間がこれまで築いてきた、あるいはこれから築いていく人類の歴史と思ってくれていい。」
つまり人理継続保障ってのは、人類の歴史が継続するか確かめてるって意味か?
……オイオイ国連主導で未来の観測でもやってるってか?
SF映画の品評ならそこらのレビューサイトでやってくれよ。
あんまつまらん冗談ばっかだとその昆布みたいな頭髪毟り取んぞ。
股から生えてるマッチ棒に着火するぞ?
なんてことでも考えてないとやってられん。
おう、局長さん正気か? 頭湧いてやしないですかね?
「はぁ……で、その、なんです? かるであ? でしたか? そこがどうしてまた自分などを?」
「国連事務局への入局に当たってこちらの指示で健康診断を受けてもらったことを覚えているかね?」
そう言いつつ局長は立ち上がり、部屋の隅に置いてあった何かを抱え上げるとふうふう息を切らしながら戻ってきた。
何で健康診断? 特に怪しい所は……いやあったわ。
血液検査が異様に長かった。
担当医がいきなり席を立つわどこかに電話し始めるわですげえ怪しかった。
何か深刻な病状でもあるのかと思ったら不足気味の血液型だったからついでに献血お願いできないか、ときた。
……国連ってネームバリューでそこまで警戒してなかったが今にして思うとすげえ怪しかったわ。
「そこ、で、君に、先方が求めている先天的な資質があったことが発覚して、な。次回の、実験に当たって、必要な人材になる、から、寄越してくれと、要請があったわけ、だっ」
本人に同意なしでやった診断結果がベースの話かよ……どこでもそれなりに黒いんだなぁおい。
つーかなんじゃこれ。下ろすとき「ズドッ」とか音したぞ。結構デカい……宝箱?
局長の顔がまだ若干赤いことやさっきの音、パッと見て予想される材質なんかを見るに見た目通りそこそこ重いようだ。
……いやおかしいな。じっくり見ると人が抱えて運べるような重量じゃなさそうに思えるんだが?
「まあ、詳しいことはこの資料に書いてあるから向こうに行くまでに読んでくれ」
そう言って開かれた宝箱の中から―――は? なんぞこれ。
紙の山が……は?
いやいやいやいや箱の体積に明らかに釣り合わない量の紙が出てきたんだが。ナニコレ目の錯覚?
「それは錯覚ではないぞ? 君が先刻疑問に思っただろう「人理の保障なんぞ原理的に不可能では?」という問いに関する回答だ」
止めろぉ……なんかこれ聴いたらもう完全に引き返せなくなる気がする。
だからその口を閉じろ……やめろ……やめてくれないかなぁ……あっ、無理みたいですね。
やっぱりこれ拒否権ないみたい。そうだよなーここまでの短い話聞くだけでも判り切ってたわな。
「――これが、所謂"魔術"……正確には"魔法"の産物だよライト君。あ、これ秘匿案件だからもう君は逃げられないので、そこんとこヨロシクっ♡」
最後の一言を言い放った時のアンニャロウは実にいい笑顔だったと明記しておく。くたばれ。
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速攻で退職して労基に駆け込むとかSNSに愚痴るという選択肢を無茶苦茶選びたいが、そうなると間違いなく再就職は厳しかろう。丸一年近く就職浪人の上、いざ職に就いたら一週間で退職、なのだから。
おまけとばかりに「秘匿情報いっぱいだからうっかり漏らさないようにね」なんて言われたら迂闊なこと何にも言えん。
というわけで結局諦めて行くことにした。というかなった。
まあどうせ独り暮らしだから迷惑かける奴もおらんし。
人類の歴史の保障とかナニイッテンダオマエって感じだが
組織人なんてどうせそんなもんなのだ。
今まで一度も組織人になったことないけどきっとそーなのだ。
目的地行く前に実家に寄って事情説明する許可を貰って退出する。
出発は三日後だとよ。急すぎんだろJK。
かくして、機密事項を先んじて暴露という卑怯すぐる手段によって、俺の国連事務局勤めは一週間足らずで終了した。
つかこれぶっちゃけ左遷だろ。何じゃいな出向先の所在地「南極」って。出向期間「不定」って。俺まだなんも問題行動とか起こしてねえぞ……どうしてこうなった。
まあ、出向中の給料はアホみたいに跳ね上がる――具体的に言うとこのまま事務局に居た場合の予測年収が半年未満で稼げるようだ。
だ が 南 極 だ。
どんだけ銀行の残高が増えようが下ろす場所も使う場所もない。
ついでに言うと外部と通信する機会もロクにないらしい……ようは友人知人に「しばらく音信不通になります」って連絡せにゃならん。諸々の事情を全部伏せたままで。どうしろと。
そして渡されたアホみたいな分量の資料……漏らさず覚えろ? 一枚でも外部に流出したら最悪命が危ない?
ふ ざ け ん な。
対価と言って良いのは慰謝料と言うか餞別と言うか、そんな感じで受け取った(受け取らされたとも言う)あのおかしな宝箱一つのみ。
いや書類ごと寄越して持ってけ言われましても……中は質量保存の法則を無視して物体を詰められる?
時間が押してるから身の回りの物とりあえず詰めてとっとと行ってこい?
ぶ じゃ け りゅ らぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
心の中で喚いてももうどうしようもない。
人生諦めが肝心とは誰の言葉だったか。
つか基本コミュ障を自認する俺が、下手すりゃ年単位で缶詰される職場に面識なしで凸させられるとか……クッソチクショウメガくたばれええええ!!
はぁ……腹が痛い。
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……帰宅したので早速宝箱に色々放り込んでみる。
据え置きゲーム機やらモニターやら服やら何やら本当に片っ端からぶち込んでやったが確かに満杯にはならなかった。
しかも重量据え置き。
まあ箱自体が十分デカいし重いので持ち運びに不便なのは変わらん感じはするが。
もう実家に寄ったついでに蔵にある使えそうな物放り込んで限界来るか試してやろうか……。
ちなみに流石に箱の口より大きい物は入らなかった。
家具類は置いていかねばならないようだ。
シリーズやってる人なら知ってそうな"宝箱"。