『人理継続保障機関 フィニス・カルデア』。
南極のとある山脈の山腹に位置し、未来における人類社会の存続を保障する事を任務とする機関。
そんな使命を掲げながらも一般の人類社会からは秘匿されたこの組織。
それを統括する所長室の主は、執務机の上に置かれた書類を流し見つつ顔をしかめていた。
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ライト・キリム(斬牟 瀨徒)
年齢:23歳 性別:男性
出身:日本国東京都
血液型……
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経歴:
1992年8月6日
港区西麻布「斬牟家」にて生を受ける。
同家は日本国における呪術の名家の一つとして時計塔でも多少は名が知れていたが、先々代当主が魔術使いとして出奔し魔術師の家系としては途絶えている。
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2010年4月10日
日本国神奈川県川内大学附属高等学校を卒業。
同校においては気配を殺して教師や同級生の背後を付け回す奇行で知られていた。
課外活動に特筆するものは無し。
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2014年4月20日
米国ユタ州シエーラ大学を卒業。
職の選り好みが激しく、以降就職活動に苦しむ。
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2015年7月21日
国際連合事務局へ入局。
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レイシフト適正:93%
マスター適正:92%
魔術属性……
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「ハァ……」
(こんな経歴の奴ですらあるのに、どうして――)
「"48人目"の資料かい? オルガ」
目の下の隈が悪目立ちする白髪の少女――カルデア所長、オルガマリー・アニムスフィアは、もう今日何度目になるか判らないため息を吐きだしていた。
自動ドアの駆動音と共に入室してきた深緑のスーツを来た男を認めると、壊れそうな笑みを浮かべて更にもう一度深いため息を吐く。
……横には彼と共に入室してきた男性職員や白衣を来た青年などもいるのだがそちらにはあまり意識を向けていない。というか気づいていないようだ。
「ええそうよレフ。とりあえずこれで定員には届いたわね。これでやっと――」
「――やっとレイシフト実験、ファーストオーダーが開始できますね。しかし良かったんですか?」
話を聞いてもらえないでは困るので自分に注意を向けさせようと話をインターセプトした男性職員だったが、オルガマリーは白い目を向けることで応えた。
レフ以外の人間――特に彼女の赴任以前からカルデアにいた職員との会話は今の彼女にとってストレスでしかないらしい。
「何がよ?」
「後々付いて回る利権の問題を考えると、いくら後方支援要員の一般枠とはいえ国連の人員を入れるというのはいささかまずかったんじゃないかなーと」
「しかたないじゃない。レフが「他の候補と比べて適正値が一番マシ。レイシフトそのものに不安があるやつを採用するより、いざ実行したとき魔術的に頼りなくても現地で確実に動かせるだろうマンパワーを優先しよう」って、そう言ってコイツを推したんだもの」
ヘドロのように積もった内心の澱みを吐き出すように刺々しい声で返答を返す彼女に、男性職員は渋い顔になる。
彼としては本題を切り出すには空気が悪いのでちょっとした雑談と言うか軽い話でもして間を置こうか、とその程度の気持ちで話題を振ったに過ぎないのだが、反応の硬い彼女はその意を汲むどころではないようだ。
否、彼女はカルデアに来て以降レフ以外の前では大体こんな感じであり、何か問題があればすぐにレフを頼り、傍に彼がいなければヒステリックに喚くのが常のその応対が元からいた職員に悪印象を与える負のスパイラルが形成されていた。
そこら辺は理解した上でまだコミュニケーションをとろうという気になれるこの職員はカルデアにおいて希少種であると言えよう。
「でも全く何の予備知識もない正真正銘一般人ですよね? しかも就職したばっかりとか……うわぁ気の毒すぎる。魔術的な事情なんか何も知らない身からしたら「存在すら怪しい胡散臭い組織にたった一週間で左遷」みたいに受け取られてるに違いないぞぅ……」
「何よロマニ! 文句あるなら――!」
「所長。通信が入ってます」
そしてそんな負のスパイラルに元より当てはまらない数少ない例外である白衣を着た青年――カルデア医療スタッフのトップ、ロマニ・アーキマンは見るに見かねて男性職員のフォローに入るとアイコンタクトを飛ばす。
オルガマリーの注意がロマニに向いたことを察した男性職員は、援護射撃に感謝の意を示しつつ本題を切り出した。
「ハァ!? 誰からよ!!」
「一般枠探しに派遣された所員の一人ですね。日本担当のアンダーソンです」
「日本? あんな島国でレイシフト適正者なんか見つかりっこないって話だったでしょう!? 解ったらさったと―――!」
「まあまあオルガ。実際今君が見てる48人目だって日本出身者だろう? 話くらい聞いてあげようじゃないか」
「……解ったわ。繋ぎなさい!」
……この間僅か20秒強。
職員が案件を持ち込み、所長が理不尽に怒り、レフがなだめて、結局その案件に普通に取り掛かる。
カルデアの日常と言って良い光景がそこにはあった。
凄まじく不毛なやり取りであるが、オルガマリー本人は至ってマジなのがまた悲しい所である。
誰か矯正してやれよと思わないでもないが、職員たちの大半はこの流れはもう必要な手続きと割り切る程度には諦めており、所長の有様を未だに危惧し続ける者は指で数えられる程度には少なかった。
そしてオルガマリーを気遣う連中は悉く当の彼女に白眼視されており、そんな状態で提言なんぞしても全く意味は無かったのである。
そんな中、一段と落ち込んだ空気を蹴散らすように切羽詰まった通信音声が響き渡った。
『――所長? 所長! ハリー・茜沢・アンダーソンです! まだ一般枠に空きありますよね!?』
「落ち着いて報告してくれ。何がどうしたんだい?」
『レイシフト適正値が100%を示す人材を発見しました!』
「「「「……は?」」」」
まだ頭が煮立っていたオルガマリーも、それを見つつ報告を促したレフも、終わったらオルガマリーをどうやって宥めようと考えていたロマニも男性職員も、予想だにしなかったワードに一瞬目が点になった。
適正値100%?
そんな存在が本当にいるのか?
普通の適正者が見つかるかすら怪しまれていた日本で?
動揺が走る中、以外にも最も早く立て直したのは――オルガマリーだった。
「……ええ。空いてるわよ。丁度最後の一人が。それより100%ってのは本当なんでしょうね?」
「ちょっ、所長!?」
『何度も確認しました! 計測機器の故障でもありません! 間違いなく100%です!』
迷いなく「空きがある」と言い切ったオルガマリーを見て、傍で見ていたロマニは慌てて止めに入るがもう遅い。
当然ながら、先に彼女が自分で言っていたように48人目は既に埋まっており空きなど在ろうはずもないのだが「どうせ素人なら、既に参加しているメンバーの平均よりやや上程度の適正しかない上に国連が重しとしてひっ付いてくる奴よりも、100%とかいう例の無い程の高水準な適性を持つらしい奴を採用する方がマシよ」と内心即決していたオルガマリーに方針を変えるつもりはさらさらなかった。
……なお言うまでも無いとは思うがこれは先のレフの言葉を受けての即決であり、彼女自身が思考し判断し決断したわけではない。
もはや条件反射であった。
「良いでしょう。事情を説明し説得して連れて来なさい。出来たら臨時ボーナスは弾むわよ」
『了解です! おっしゃぁぁぁ待ってろ新車ぁぁぁぁぁっ!』
物欲にまみれたアンダーソンの咆哮を残して通信が切れる。
唯一彼女を止められただろうレフは静観の構えを崩そうともしていなかった。
ロマニは後で彼と話し合わねばと考えつつも、止める間もなくあっという間に決まってしまった人事にもやもやしたものを抱きこれも部下の務めと考えて苦言を呈する。
「良いんですか? 国連の反感を買う可能性が高いと思いますけど……?」
「うるさいわね! というかそういえば何で貴方まだいるのよ! 報告は受け取ったんだからとっとと仕事に戻りなさい!」
「あぁぁぁ、はいはい。速やかに仕事に戻らせていただきますぅぅぅぅ!」
「……ドクター、ドンマイ。」
提言をとの意思はあっけなく所長の怒鳴り声に吹き散らされ、逃げるように退出するロマニ。
彼が根はチキンな男であることは、所長がヒス女であることと同じ位にはカルデア内において有名であった。
内心が解るだけにその後ろ姿に労るように小さく独り言を投げつつ、所長の暴走で発生した新しい仕事を片付けるべく退出する男性職員。
それらが退出した後、椅子にどっと座り込み再び深くため息をつくオルガマリー。
それを無言で控えながら眺めているレフ。
すべては、この組織の非日常な日常の風景であった。