青の箱舟   作:トクサン

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事の始まり

 

「おぉ、本当だ、良く見える」

 

 ギルはひとり、目標の生産プラントを見渡す事の出来る鉄塔に登っていた。元々はプラント建設時に使用されていた送電施設の一部。今では廃れ、錆も目立つ鉄塔だが人間一人がよじ登る程度なら全く問題ない。

 

 ギルは強い風に煽られながら最低限の光のみ放つ生産プラントを眺めた。稼働中の物と比較すると静かで、如何にも眠っているという表現が似合う。高所はやはり肌寒い。ギルは鉄骨の上に立ち、手を添えながら白い息を吐く。そしてハイリオに都合して貰った腕時計に目を落とした。電子時計ではない、針が時刻を示す今どき珍しいレトロな時計だった。開始時刻まであと二分──四人で決めた時刻丁度に生産プラントを吹き飛ばし、それをユリとミリシアの連れ出した面々に目撃して貰う。流れは頭の中に入っている。なら、出来るだけ派手に、そして神々しく演出してやらなければならない。

 

 生産プラントには光りが無く、高所から見るとまるで生産プラントの区画だけぽっかりと穴が空いた様だった。これなら人がいるという事は無いだろう、確かにハイリオが言う通り、出来るだけ被害の少ない場所を選んでくれた様だった。

 カチリ、と。時計が予定していた時刻を指す。

 

「……さて、時間だ」

 

 鉄骨の上に立ちながらギルは空を見上げる。夜空には星が瞬いており、セカンド・ソルの姿は見えない。故にこそ、ギルの力は人々の目に神々の御業の如く映るだろう。

 

 ギルは自分の制御できる範囲、その中でもギリギリの領域まで力の行使を行う。この力について分かっている事は多くない、細かい制御などは苦手だった。大雑把な使い方しか出来ない。しかし今だけは自らその制御を手放し、暴走しない手前まで身を委ねる。

 

 ギルは手を掲げ、虚空に向けて拳を握った。生産プラントの直上──徐々に、徐々に力を集中させる。

 

 最初は僅かな黄金の瞬き、次に小さな球体──そしてその球体は時を経る毎にそのサイズを巨大なものへと近づけていく。ほんの手のひらサイズだったそれが人間ほどの大きさに、次は車両、住宅、それすらも超えて五十メートルはありそうな巨大球体へと変貌する。

 

 黄金に輝くそれは外周が波打ち、周囲を明るく照らしている。夜空に小さな太陽が顕現した、これは良く目立つ事だろう。遠くからでも見える筈だ、だからこそギルはこういう形のものを選んだ。

 

「ハイリオ、ユリ、ミリシア、行くよ──!」

 

 ギルが叫び、勢いよく手を振り下ろせば夜空に浮かんだ黄金の太陽がゆっくりと地面に降下する。そして生産プラントの中央に着弾──爆発。

 

 凄まじい閃光と熱波、衝撃と共に火柱が立ち上った。ギルも突風で鉄塔が軋む音を聞き、慌てて近場の鉄骨にしがみ付く。爆音と熱波、衝撃は数秒程続き、それが止んだ後ギルはゆっくりと目を開く。轟々と燃え盛る炎、夜を掻き消す緋色の光、緋色に包まれた生産プラントを暫くの間眺め続ける。胸に巣くう感情は一体何か──自分でも分からない。熱波に目を細めながら昼へと変貌した世界を視界に収める。

 

 遠くから人々の叫び声と警報が鳴り響く、ギルはそれを聞き、一度街の方へと顔を向け、呟いた。

 

「これが共生派の──僕達の開戦の狼煙だ」

 

 呟きは虚空に消え、ギルは鉄塔から飛び降り、その姿は宵闇に紛れた。

 

 

「ギル……やったんだ」

 

 ユリの呟きが耳に届いた。ミリシアとユリの二人は真っ直ぐ前を見る、その向こう側には燃え盛るプラント──外壁越しに見える緋色、立ち上る熱気、煙、昼へと戻った様な光景がある。

 

 ほんの数秒前、小さな太陽と見間違う黄金がプラント上に出現した。それは生産プラントのある地区に投下され、爆音、熱風と凄まじい振動と共に一面を火の海へと変えた。周囲は人々の悲鳴を上げ、絶叫し、混乱によって阿鼻叫喚の状態となっている。ユリとミリシアが「日頃のお礼も兼ねて」と誘ったセンターの職員も、目の前の光景に混乱し、地面にへたり込んだり逃げようと叫んでいる。

 

 ユリとミリシアは僅かな間その光景を目に焼き付け周囲の人混みに紛れる形でその場から逃げ出した。遠くから、「信仰派の襲撃だ!」と叫ぶ声が聞こえた。ハイリオの火付けだとミリシアは呟く、その言葉は周囲に伝搬し、所々から「信仰派」の単語が叫ばれる。ユリは駆けながらミリシアの手を取った。彼女は一瞬ユリの方に目を向け、それから俯き、手を強く握り返した。

 

 自分たちが、どうしようもなく引けない所まで来たのだと、二人はひりつくような熱を感じながら、そう思った。

 

 ☆

 

 ハイリオの考案した自爆攻撃はその派手さ、特異性により彼の考えていた通り信仰派による攻撃として周囲に知れ渡った。全員が全員、腹の底からそう信じている訳ではないだろうが、少なくともその他大勢の人間が先のプラント爆発を信仰派による侵攻、その先駆けと思い込み、それはそのまま現在の派閥競争に影響した。

 

 防備を固めていたというのに易々と内部に侵入を許した現代表に対する非難の声は大きい。然もすれば代表の交代、その声すらも上がっている。少なくとも今回の件で交渉による停戦協定という線は無くなった。抗戦の声が大きく増え、専守の声も僅かに増えた。しかし専守は専守でも、既にこの第二プラントに攻撃を許している以上、守るだけでは何の展望も望めないという声も出ている。

 

 総じて、抗戦派の発言力が大きく増した。ハイリオはこの機に乗じて代表に対し軍部創立の声を上げ、【第一プラント奪還】の文字を掲げ、それを周囲に大きく宣伝した。これは単なる報復ではなく、奪われた領土の奪還であると強調。専守派も侵攻ではなく自身のプラントを奪い返すという点に関して反対の声も上がりにくく、この第一プラント奪還に関しては殆ど反対の声が上がらなかった。

 

 ハイリオの狙いはそこにあった。共生派に存在しない軍部の創設、突然こんな要望を押し出したところで頷く筈がない。ならば軍部はなくとも、武力を行使し自身のプラントを奪還するという作戦を許容させる。たった一度、一度きりの軍事行動。或いはプラントを奪還さえすれば、この抗戦派の声も満足して多少は小さくなるかもしれないという希望。

 

 無論、そんなハズはない。ハイリオのこれは布石だ。もしこのプラント奪還作戦が成功すれば、それを足掛かりに更に市民を煽り、そのまま信仰派プラント占領に乗り出そうとするだろう。勝利はより大々的に、そして効果的に広める必要がある。

 

 もしかしたら現代表もそこまで読んでいるかもしれない──いや、絶対に読んでいるだろう。ハイリオはそう確信する。

 

 そして【第一プラント奪還】の軍事行動が認められ、現代表は人類派と合同で行われる無人機と義勇軍によるプラント奪還作戦を大々的に報じた。

 無論、その義勇軍の中にはハイリオ達四人の姿があった。

 

 ☆

 

 第一プラント奪還作戦は義勇軍の募集と共に始動した。調練の指導、監督として派遣された人類派の将校、教官が外周を囲み、志願した市民がグラウンドに並ぶ。

 

 元々スポーツを行う為に作られた第二プラント中央に鎮座する広大な砂地。そこに列を成す男女、それは未だ高校に通うような少年少女だったり、或いは中年の男女であったり、老いに足を踏み込んだ皺の目立つ男女であったり。老若男女問わず、この場所には志願者が集っていた。

 

 警邏で荒事に慣れた人間、単純に共生派の為に戦う事を決めた志ある人間、はたまた信仰派に家族と家を奪われた人間。割合としてはやはり若い市民が多い、また今回の募集では十六歳以上の制限が設けられている。見た限り、年齢層として最も厚いのは二十代後半辺りか。

 

 声の大きさの割に集まった人間は予想よりも少ない。それはそうだろう、誰も彼も「戦え」と高らかに叫ぶことは出来ても、実際に戦場に行ける屈強さを備えている訳ではない。言うだけならば無料(タダ)という奴だ。しかしギルはそんな人間を責めようと思わない、寧ろ声を上げてくれただけで十分だ。この戦争は共生派の為のものだろう、しかし同時にギル達四人にとっては自分達の意志で起こした戦争だった。死ぬ人間は一人でも少ない方が良い。それくらいの良心は残っていた。

 

 それでも千人──いや、もっとか。それなりの人数は集まったという実感がある。具体的な数字は分からない、けれどこれだけ人がいて千人以下という事は無いだろう、二千人、三千人? 見渡す限りの人を数える術をギルは持っていない。

 

 ギル達の並ぶ先には長いデスクが野晒しで設置されており、端末を持った箱舟のクルーがひとりひとりの身元確認、志願意志の確認、健康状態の確認を行っている。その窓口は十以上設けられているが──さて、この長い列を捌くのにどれだけ時間が必要か。ギルは暫くの間無言でその時を待った。一人にかかる時間は一分程度、比較的早めに来たギルだったが、窓口に辿り着くまで一時間以上立ち続けていた。

 

 漸くデスクの前に立つと乱雑に切りそろえた茶髪のクルーが、やや強めに仮想キーボードを叩きながら告げた。その表情には疲労が見える。対応もやや雑に思えたが、ギルは特に反応を見せることなく答えた。

 

「姓名とブロック、登録カードの提出をお願いします」

「カードはありません」

「なら個別番号を口頭で、新しいカードを此方で発行します、顔認証による本人確認を行いますので、その場から動かずに」

 

 クルーはそう言って端末の隣にある機器の電源を入れた。恐らく登録カードを発行する為のモノだろう。そうなるとこの窓口で初のカード発行は自分か。ギルは薄く笑った。

 

「ギル・ドラーシュ・バンビエッタ、第一プラントB地区七番、個別番号二一六○七四」

「第一──」

 

 クルーが呟き、ちらりとギルに目を向けた。その瞳に込められた感情は何か、ギルは男性の方を見ようとせず、彼の背中、その奥を見つめる様にして口を開いた。

 

「何か?」

「……いえ、定期検診は受けましたか?」

「第二プラントで保護された翌日に受けています」

「──確認しました、特に問題はありません、年齢もクリア、志願意志の確認ですが」

 

 クルーがギルを見る。ギルはこの時初めて彼の方に視線を向けた。ややって、クルーの言葉が続く事は無く、視線を伏せ彼は打鍵を続けた。

 

「登録が終了した時点で貴方の所属は共生派義勇軍となります、事前に配布された同意書の内容に了承したという事で間違いありませんね」

「はい」

「──登録を完了しました、貴方の勇気に敬意を、バンビエッタさん」

 

 ピッ、という電子音と共に吐き出されたカード。差し出された一枚の薄い個人情報を受け取り、ギルは横に掃けた。カードには割り振られた義勇軍の番号と個別番号が印刷されている。オレンジ色の、シンプルな登録カードだった。

 

 横に掃けると人類派の部隊と共生派の警邏がビニール梱包された服や靴、背嚢を配っていた。登録を終えた人が列を作ってそれらを受け取っている。ギルも列の最後尾に並び、サイズを申告、服や靴を受け取った。

 

「ギル」

「……ハイリオ」

 

 必要なものを受け取り、『訓練施設』と思われる場所に移送されるのを待っていたギル。その背後からハイリオの声が響いた。振り向くと自分と同じ服や靴を背嚢に詰め、背負ったハイリオが駆け寄って来る。彼の周りに目を向けるがユリやミリシアの姿はない。地面に座り込んだままギルは問うた。

 

「ユリとミリシアは?」

「ミリシアとはさっき会って話してきた、一旦寄宿舎に寄ってから訓練所に向かうらしい、だから俺達とは別の車両だ、訓練は男女混合らしいが」

「そっか」

 

 ハイリオはギルの傍に座り込む。座ったまま空を見上げていたギルは問いかけた。

 

「訓練って、何をするんだろうね」

「簡単な体力づくりと座学、あとは銃器の使い方、装備の身に着け方、やらなきゃいけない事、やっちゃいけない事……思いつくことはあるが正直俺にも分からない、一週間で学べる事なんて高々知れているし、まぁ、十全な準備なんて望めないだろうな」

「一週間で一人前の兵士になれると思う?」

「無理だろう」

 

 ハイリオは何でもない事の様に言った。それは誰の目から見ても明らかだった。義勇軍に志願した人々の表情は決して明るくない。時折、ギルと同じ年頃の少年少女が目を輝かせているが、反対にある程度年齢を積んだ人間の表情は厳し気であった。

 

 それでも志願するのはプラントの為か、或いは正義感によるものか。どちらにせよ、全員が全員現状を正しく把握している訳ではない。それでもその瞳には確かに闘志が宿っていた。この人を殺すのは自分達だ──ギルはそんな言葉を呑みこむ。

 そうこうしている内にバスが到着し、エンジン音を鳴り響かせながらグラウンド前へと停車した。空気の抜ける音と共に開いた乗車口、その向こう側の運転手が声を張り上げる。

 

「一列に並んで、前の席から順に座ってください、間隔は開けず、椅子の間に補助席があるので満席になっても八名の乗車は可能です、後続車両もあるので慌てず順に、どうぞ」

 

 ぞろぞろと乗車口に集まる義勇軍の志願者達。ハイリオも立ち上がり、ギルに向かって手を差し出しながら言った。

 

「ギル、行こう」

「うん」

 

 ☆

 

 人類派より派遣された部隊によって臨時訓練場となったアクエリアス競技場、そこで行われた速成とすら呼べない急造の教育は中々に過酷なものとなった。

 

 一週間で一人前の兵士を作るなんていうのは土台無理な話で、半人前ですら難しい。それでも最低限【戦える】と呼べる程度の兵士を作るには過酷なスケジュールにスパルタ教育が必要だった。

 

 一週間という数字は人類派の第一プラント襲撃に合わせた日程であり、彼の派閥は第一プラント襲撃の報を受けてから今日まで戦争の準備を整えていたという。せめて彼らの足手纏いにならない程度には──そんな気持ちで臨んだ訓練は予想以上に過酷なものだった。

 

 最初は兎に角体力づくり、真っ当な訓練であれば徐々に徐々に体を作っていくのだろうが現在に至ってはそんな時間的余裕はない。兎に角マラソンに次ぐマラソンである、戦場では走れなくなった人間から死ぬと教官は言った。人類派でも教鞭を奮っているという老練の兵士だった。右腕は肩のあたりから機械義肢に置き換わっており、元は地球出身なのだとか。そんな人物が何故こんな星にやってきたのか興味はあったが、ギルはその時自分の事で精一杯だった。

 

 何度も吐きそうになった、地面の砂利を踏みしめる感触が辛い。走り続けた足は棒のようで、終わった後に歩き出した時の違和が凄まじかった。合流した時ハイリオの顔色は青を通り越した白で、きっと自分も似たような顔色をしているのだろうなと思った。

 

 体力・筋力トレーニングを終えた後はバカみたいな量の食事を摂らされ、その次に銃器の脱落防止措置、分解整備について触れた。机の上に置かれた光線銃、それを丁寧に分解し、整備し、元に戻すというモノだ。それを夜まで何度も繰り返して初日は終わった。競技場に隣接する寄宿舎、簡易ベッドに横になったギルは泥の様に眠った。ハイリオも同じだった様に思う。兎に角何かを考えるだけの余裕が根こそぎ奪われていたのだ。

 

 翌日は筋肉痛である、全員がそうだった。直ぐ脇のベッドで寝ていた同年代の少年が自分と同じように顔を引き攣らせながらベッドから起き上がり、思わず視線を交わし、笑ってしまった。皆同じだった、廊下を歩く仲間たちは皆が皆、どこか足取りがぎこちなかった。

 

 一週間、座学以外は殆ど同じことの繰り返し。数回空撃ちによる演習と、最終日近くには実弾による実射演習が行われたが、この一週間で何が一番記憶に残っているかと問われれば兎に角グラウンドを走り回った事であると答えるだろう。お陰で防弾プレート──信仰派が使用している兵器が光線銃ではなく、旧型の火薬銃であるという情報が事前に広まっていた為、粒子装甲ではなくセラミックスやアラミドの防弾プレートを着込むこととなった──満載のベストや背嚢を背負ってマラソンを行っても、早々にバテる事はなくなった。

 

 腕や足も心なしか多少太くなった気もする。腹も薄っすらと割れていた。あの地獄のような筋力トレーニングが実を結んだのだ。

 

 最終日の実弾演習前には実銃の貸与式が行われた。ズラリと並んだ義勇兵に人類派の教官がひとりひとり名を呼び、実銃を差し出す。銃番号を復唱しながら受け取ったソレは思いの他軽く、人間の命を奪うには余りに質素にも思えた。

 

 光陰矢の如しと言うが、この一週間は本当にその言葉通りだった。訓練して、学んで、飯を食って、泥の様に眠る。この七日間で確かに技術と力が身に付いた様に思う。無駄な事は一切なかった、全て必要な事だと思った。必要な事を最低限、ただ生き残る為だけに学んだという感覚があった。

 

 ギルとハイリオ、ユリ、ミリシアは全員同じ小隊に配属され、部隊は八名で一組となった。少ない数の人間が訓練についていけず脱落したが──それでもかなりの数が残った。総数が何人なのかはギルも知らない。小隊長は成績が最も良かったハイリオが指名され、『必要な時に撃ち、必要な時に動かせれば良い』と教官から声を掛けられていた。

 

 ギル達四人はたった一週間とは言え恐ろしく厳しい訓練を耐え抜いた事を束の間喜び合い、手を握りしめあった。部隊結成、そして出兵前日──寄宿舎で眠れない夜を過ごす。

 

 明日、人を殺しに行くんだ。ギルはベッドに横たわったまま自身の胸の前で手を抱きしめた。

 胸に巣くうのは恐怖か、後悔か──いいや、違う。

 




 内臓チョキチョキして死にかけてました。
 辛うじて生きています。
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