主神信仰派――二十年前に現れた『神』と呼ばれる生物を信仰する派閥。
上から主神となる『上位者』、次に人類の代表である『教皇』、その下に連なる『現人神』、『枢機卿』、『大司教』、『司教』、『司祭』、『助祭』となっている。これらの階級がどの様にして割り当てられているのかは分からない。神に対する信仰心か、はたまた貢献度合か。外界と余り接触を持たない信仰派の内情を知る者は少ない。
だが、先のプラントで戦った兵士が『助祭』に該当するだろうという話はハイリオより聞き及んでいた。この様な階級訳も、つい此間知り得たばかり。
ギル達が戦争に向け下準備を始め一週間程経過した頃だろうか。人類救済派との繋がりなど早々得られるものではないと高を括ってい四人だが、意外も意外、天がギル達に味方したという事か、或いは単なる巡り合わせか。
ハイリオは人類派のプラントから出向してきたという人物と接触を持つことに成功した。
元々共生派襲撃の報を受け、支援と同盟協定を結びに来た使節団の一員らしかった。どうやって出会ったのか、どこで情報を掴んだのか、ハイリオに聞きたい事は山の様にあったが彼は三人に必要な情報だけを語って聞かせた。
ギル達四人の願いは【主神信仰派】の崩壊――即ちそれは現信仰派のトップである『教皇』の殺害、或いは神の消滅。
そしてそれを成す上で最も障害となるであろう存在をハイリオは『現人神』と断じた。
現人神は教皇の下に存在する階級であり、同時にある特殊な個人を指す言葉。信仰派はその多くが謎に隠されているが、その名だけはアクエリアスの人類全体に広く知られている。
人が人を超越した存在に至るため、顕れた『神』と【人】の交配種を創り出す人造計画。神が顕現せし二十年前、『主神信仰派』と呼ばれる派閥が生まれた最初期。人類――信仰派はその神なる存在と交わり、人類をより高みへ押し上げんと考え一部の人間が強行した『最も神に近い人類』の量産。
当時神という存在に警戒と情景、そして畏怖を抱いていた人類に対し大々的に発表された驚くべき計画、それが現人神計画だった。
神の血を受け継ぐ人類の誕生。神と交わり、人でありながら人ならざる者と昇華する。神が神たる所以、その人ならざる力を人の身に取り込み、『人類種』をより高みへと至らせるために行われたソレは、この二十年で一応の完成を見せた。
即ち、それこそが
人の身でありながら頂上の力を奮い、神に近しい不死性と異能を持つ。主神信仰派のある女性が母体となり、神と交わる子で産み落とされた子供たち。その先駆け、最初の『半神』として生み出された存在。
現在確認されている【現人神】は――四名。
教皇が自身の意志で動かせる半神、ハイリオはこの四名を主神信仰派を壊滅させる上での最大の障害とした。
神自身を殺す必要はない、そもそも殺せるかも分からない。最悪殺せずとも、神そのものを信仰する人類が存在しなければ問題ない。信仰派を焼き尽くした後、宇宙の果てにお帰り願うのもアリだ。ハイリオはそう言い切る。無論、殺せるのなら殺すのが一番良い、結局元凶はこの存在なのだから。
残念ながら現状現人神に関する情報は少ない。唯一分かっている事は男女がそれぞれ二名ずつであるという事。どの様な存在で、どの様な力を奮うのか、そんな情報は一切不明だった。
そして今回、何故共生派のプラントが襲われたのか。その情報は未だ人類派も掴んでいないらしい。その辺りは非常に気になるところだが、ハイリオが一度の邂逅で知り得たのはそこまでだった。向こうも向こうで現共生派のトップと会談を持ち、多忙を極めている。ハイリオと言葉を交わしたのはほんの小さな幸運だったのかもしれない。或いは先の戦闘で家族と家を失った孤児と憐れんだ故か。
ユリとミリシアの方はと言えば、順調に同郷の人間をこちら側へと引き込み、近い人間から徐々に好戦的な意見に塗り替えている。誰もが胸の内では不安なのだ、それを突き、恐怖を煽り、憎しみを思い出させる。ユリは兎も角、ミリシアはそんな誘導が非常に巧かった。人が隠そうとしている昏い感情を暴き、ソレを信仰派へと向けさせている。シヴィリアン・センターの職員が同情的だったのも幸いした。この周辺が同情と義憤、憎悪によって信仰派へと怒りの矛先を向けるのはそう遠くないだろう。そんな手応えがある。
一方ギルはと言えば毎日プラント内を走り回っては人員確保に動いている。行動できる範囲はそれ程広くはないが、それでもギル達の運び込まれた区画の傍には商業区と住居区が隣接していた。人は多い、故にギルがそれらしい人員を見繕うのは難しくない――そう高を括っていたが、人員の確保はギルが思っていた以上に難航した。
信仰派に恨みを持つ、そんなピンポイントな感情を探し当てるのは難しかった――そもそも、そんな感情を抱えているのなら大体人類救済派に合流する――し、好戦的、喧嘩っ早い連中というのがそもそも共生派の方針からずれているのだ。元々このプラントは【争いより話し合いを】の精神で運営されている。そんな場所に血の気の多い連中の居場所などあるのだろうか。ギルは最初、そう考えていた。
しかし、良く良く考えて見るとソレは『一世代前』の話である。
プラントを選び、派閥として分裂したのはギルの前の世代だ。その下の世代――つまりギルやハイリオと同じ世代の人間は自分たちの意志でプラントを選んだ訳ではない。
ならば居ない訳ではない筈だ、このプラントの土壌に馴染めない日陰者が。
それは単なる憶測、或いは希望的観測と言っても良い。しかしギルは決して諦めず、街中を歩き回った。今までは表通りや人の集まる場所を重点的に回っていたが、今度は逆に誰も寄り付かない、整備予定区や商業区の裏手、湿っぽく薄暗い、そんな場所を歩き回った。
どんな場所だろうと、世界だろうと、必ず一定層存在する【裏側】の人間。治安管理官や組織の目を潜り生きる彼らとの邂逅は存外に呆気なく、そして早かった。
「戦争を起こしたいだぁ?」
「うん」
場所は整備予定区に破棄された、プラント創設当初に建てられた建築物。耐可年数を超え、老朽化したソレは箱舟から試験的に海上プラットフォームに人間を移民させる最初の集団居住区だった。その廃れ、内装も剥がされ剥き出しの地面に座る男女が十名ほど。格好はバラバラで、しかし顔立ちの幼さから凡そギルと同年代の少年少女である事が分かる。ギルはそんな集団の中に混じり、何食わぬ顔で支給品であるゼリー食品を啜っていた。やや塩味の強いソレは好みから外れていたが、今は食うにも困る状況。贅沢を言うつもりはなかった。
「いや、まぁ……お前等の気持ちは分からなくもないけれどよ、戦争って」
頬を掻き、言い淀む少年は大柄で、グループの中でもひと際目立つ存在。ここで屯している少年少女たちは、つい数日前にギルが知り合った非行集団のひとつだった。このプラントの方針に馴染めない、或いは単純に好めない。そんな鬱憤を内に溜め、しかし現実でどうこうするだけの勇気も力もない子供達だ。
ギルは彼らのテリトリーに無断で踏み込み、警戒して見せる彼らに対し自身が壊滅した第一プラントの生き残りである事を告げた。家族を失い、友を失い、帰る場所も失くした。そして命からがら逃げだした先で保護され、今では明日をも知れぬ身。
そんなギルの弁にさしもの少年少女達も同情を覚え、快くとは言わないが、比較的抵抗なくギルをグループへと招き入れた。なるほど、これが同情を買うという行為か。ギルはハイリオの言う強みという言葉をそこで実感した。元々日陰者、自分たちが陽の当たる場所で生きられないというコンプレックスもあった。ある意味、傷の舐め合いに近いのかもしれない。
数日掛けて彼らの懐に潜りこみ、たっぷりその生い立ちや環境、自身の内面と現実の乖離から起こる温度差を知ったギル。そして今日、満を持して説得に挑もうとしていた。
先の戦争を起こすという発言も、その狼煙だった。ギルはこの日の為にハイリオと一緒になって考えていた文言を頭に浮かべ、唇を湿らせた。
「共生派のやり方はぬる過ぎるよ、方針どうのこうのという以前に他派閥に対する態度が、だって向こうは一方的に攻撃を仕掛けて僕たちのプラントを壊滅させた上に住民を皆殺しにしたんだ、父さんも母さんも、友人も、皆死んだよ――それなのにこのまま古い指標に従って『抗議』だ『遺憾』だと口で彼らに抵抗するのかい? これは信仰派に襲われた僕だから言える事だけれど、連中に説得や交渉なんて無意味なんだ……なにより、情けなく思わない? 散々やられて、何一つやり返せないなんて」
「それは」
空になったパックでお手玉をしながら告げる。ギルは知っている、彼らが今のプラントを居心地が良いなんて欠片も思っていない事を。本来ならば彼らこそ少数派だ、けれどギルは決して彼らを否定したり、貶したりしなかった。寧ろ何かにつけて現体制や信仰派に対する不満を煽り、疑問を抱かせるような口ぶりで語って聞かせた。自分たちが悪いんじゃない、今の世の中が間違っているんだ、と。
「ぶん殴られて腹が立たない人間はいない、だから今僕が抱いている感情、そして君たちが抱いている感情は真っ当なものだ、だってそうだろう? 同じ共生派のプラントが壊されたんだ、ムカつかない筈がない」
「そりゃ、うん、確かに」
「だろう? なら、どうしてソレを抑え込む必要があるんだい? 共生派は確かに『争いよりも話し合い』が方針だろうけれど、向こうは一方的に話し合いを打ち切って襲い掛かってきた、それでも手を出さずに口でどうこうしようだなんて、余りに馬鹿らしくないだろうか」
でも、だけれど。そんな表情で顔を逸らす皆。ギルはこれ見よがしに溜息を吐き出し、朗々と歌うように言った。
「さっきも言ったけれど、今の『代表』は温いんだ、きっと第二、第三プラントが火の海になったとしても遺憾の意を表明して終わりだろうさ、腰が抜けているんだよ、単なる臆病者だ――けれど君たちは違う、そうだろう?」
「俺は……」
共生派のトップを貶し、腰抜け、臆病者と罵る。最後に少年少女達を見据え、挑発的な笑みを浮かべる。声は上がらなかった、少年少女の中に存在する分不相応なプライドが声を上げることを拒んだのだ。ここで首を振れば、彼の言う腰抜けと呼ばれる存在になると思ったのだ。
「窮屈だと思わなかった? 思っただろう 生きにくいと思わなかった? 思っただろう 君たちの話を聞いて僕は思ったんだ、今こそ共生派の在り方を変えるべきなんだって」
「在り方って……ちっと、大袈裟すぎないか」
「そんな事はない! 共生派は神なんて存在が生まれて二十年、どっちつかずのなぁなぁな態度でやり過ごしてきた、信仰派や人類派の様に戦う為の努力を放棄してきたんだ、それを僕達の世代が支払う事になった――もうそんな、現実を見ない在り方はよそう、僕達は明日を生きるんだ、力には力で対抗しなくちゃいけない、このまま黙ってただ家族や友人が死んでいくのを見るのはごめんだ!」
仰々しく手を広げ、ギルは少年少女達を見渡しながら叫んだ。彼ら、彼女等は互いに顔を見合わせ、どこか探るような視線を通わせている。否定は出来ない、しようがない、けれどそんな大それた事に手を出す勇気と覚悟もない。だから恐る恐る、自信なさげに萎んだ声で問いかける。
「共生派を変えるなんて事、本当に出来るのかよ……?」
「今まで誰もやらなかっただけだ、それに偉人が踏み出す一歩というのは常にそういう疑問が纏わりついてくる、『本当に出来るのか?』と、人間はどうして悩むのか、そんなの簡単だ、『出来るか』、『出来ないか』、それが分からないから悩むんだ――出来るならやるだろうし、出来ないのならやらない、けれどそんなの考えたって無駄だよ、未来は誰にも分からない」
ある日突然、自身の家族がプラントと共に消えた様に。
ギルは少年少女に告げる、それが然も真理であるかのように。必要なのはたった一つ、意志だけだと。
「だから考えるべきはひとつ――『やりたい』か、『やりたくない』か」
君達はプラントを変えたいのか、それとも変えたくないのか。
ギルは問うた、声は返って来なかった。全員がギルを見て口を噤んでいた。変えたくない、なんて思っている人間はこの場に居ないだろう。ギルはそれを確信している、だからこそ答えは分かり切っているのだ。
「共生派が変われば」
少年が口を開いた。大柄な、ギルと比べると一つも二つも上に見える少年が。
「此処も、少しは居心地が良くなると思うか?」
「――勿論」
舐めるような視線だった。或いは、未だ信じ切れず、脱しきれず、疑念の残る声だった。けれどもギルは自信満々に振舞った。微塵も迷いなどないと、間違っている事はしていないと、そんな表情で力強く頷いた。
「プラントが変わるために、信仰派を倒せば良いのか」
「放っておけば、次は君達の家族が死ぬよ」
「なら……俺は参加する」
少年が頷いた。周囲にどよめきが走る。リーダー格の男がギルの思想に同調した、それはグループに少なくない衝撃を齎した。ギルは目の前の大柄な少年、その肩に手を乗せる。体温は高かった、興奮しているのだ。
周囲に目を向け、ギルは告げた。
「僕は復讐の為に、君達は大切なモノを守る為に――何より変化の為に」
☆
人集めは順調だった。最初に取り込んだ少年少女グループを中心に彼らの知り合いや同じような境遇の青少年をこちら側へと引き込んだ。皆、何かしらの不満、孤独、焦燥を抱えた人間達。戦争なんて大袈裟な言葉には一様に驚きを見せたが、全てはプラントを、共生派を変える為だと徹底的に現共生派の姿勢、在り方を非難した。
相手の持っている感情を肯定し、決して否定・批判せず、寧ろそんな窮屈な思いをしているのは現在の社会・プラント・代表が悪いと貶しまくった。そして自身の境遇を最大限利用し、同情を誘い、信仰派が如何に危険であるかを実体験を交えて語って聞かせ、それが自分自身に降りかかるかもしれないと示唆する。そしてプラントを変える為にも、自分達や家族の安全の為にも、信仰派を徹底的に倒し、壊滅させなければならないと叫んだ。
ギルは自身が優れた人間たと思っていない、頭の出来ではハイリオに及ばず、話術ではミリシアに及ばず、関心や同情を買うという点でユリに劣るだろう。
けれど一つだけ四人の中で唯一ギルだけが持つ才覚があった。
カリスマ――とでも言えば良いのか。
ギルの語りかける姿、人を説得する姿には何か人を惹きつける力があった。ギルは決して聞き手を否定しない、否、正確に言えば共生派という括りで彼らを否定している。けれど同時に彼らを共生派から切り離し、「君は違うだろう?」と然も特別な人間であるかのように語った。徹底して信仰派を貶め、敵だと繰り返し、戦争という行為に『守る為』、『共生派を変える為』と理由を与えた。同時に現在の共生派、その代表は腰抜けだと罵倒し、そんな奴に自分たちの命を好きな様にさせるのかと激昂する真似すら見せる。自分たちの戦いは崇高な理由があり、未来があり、そして何もしなければ最悪の結末が待っているのだと。ギルは一片の曇りなく、淀みなく、それだけが真実だと言わんばかりの勢いで語って聞かせた。
それは対面し、言葉を聞く少年少女たちが口を挟む余地すらなく、たとえ欠片だけでも【真実だ】と思ってしまう勢い。
自分達は子供だ、何も出来ない無力な子供。けれど数が居れば、声を上げれば、きっと賛同してくれる人は居る筈だ――現に耳を澄ませてみろ、街の角から、聞こえてはこないか? 共生派は何故なにもしないのだと、プラントを一つ壊され、奪われ、何故なんの声明も、反攻もしないのか。夜間の無用な外出規制など、そんな規制ひとつで何が変わる?
人類派は戦うつもりだぞ、使節団は来たんだ。それでも動こうとしないのは何故だ。
不満の声が、不安の声が、焦燥した声が、耳に届くはずだ。
少年少女の住んでいる区画はユリとミリシアの担当していた心象操作の及ぶ範囲、シヴィリアン・センターは殆ど第一プラント勢の味方と言っても良いだろう。現在は区画ごとに市民感情を煽り、信仰派の危険性を広めている。そんなシヴィリアン・センターに隣接した居住区なら――噂や陰口程度だろうが、必ず耳にしている筈だ。
少年少女はギルの言葉を否定できなかった、欠片でも納得してしまえば増々心を許してしまう。一度理解を示してしまえば、ずるずると話に聞き入ってしまう。ギルの集めた人員は着々と数を増やし、ギルは暇が有れば日陰に住む少年少女を口説いて回った。
全ては順調だった。
人類派も出張って来た以上、共生派は何らかのリアクションを求められている。それがどういう形で発表されるかは分からないが――少なくとも戦争を行わないと発表された場合、多くの非難の声、或いは否定の声が上がる程度には落とし込んでおかなければならないだろう。その時、最初に声を上げる存在が必要だと思った。そしてその第一声は自分達が負う事になるだろう。