「人類派の代表がこのプラントに来るらしい」
ある日、息を切らせてシヴィリアン・センターに戻ってきたハイリオがそう言った。余程急いでいたのか頬には汗が伝い、その髪型は乱れている。部屋にはいつもの四人が揃っており、丁度夕食の配給が行われる寸前だった。乱れ、汗で張り付いた前髪を指先で弾くハイリオ。ギルとユリ、ミリシアの三人はハイリオの言葉に動きを止めた。ややあって三人は再起動を果たし、互いに顔を見合わせながら口を開く。
「人類派の代表って――確か」
「
ミリシアが呟く様な声量で言った。ギルはその名前を聞き、独特な音の名前だと思った。少なくとも聞きなれた音の名前ではない。反対にユリは聞き覚えがあったのか、肩を狭めながら自身の知識を引っ張り出す。
「あまり詳しくないけれど、確か地球のアジア出身の一族だとか……聞いたことがあるような気が、する、かも」
「その通りよ、確か財閥の分家だか何だか、時代遅れの古臭い人間というイメージがあったのだけれど――まさか代表が他の派閥に乗り込んでくるなんて」
「これはチャンスだ」
ミリシアの言葉に食い気味でハイリオが言った。チャンス――人類派の代表がプラントにやってくる事を、チャンスとハイリオは言った。ならば、そこから予測される行動は。ギルは彼の言葉を予測して、眉間に皺を寄せた。
「接触して、協力を取り付けられれば俺達の計画はより強固なものになる……!」
やはり、ギルは目を細めた。ミリシアはその言葉に面食らい、それからありえないとばかりに首を振った。隣のユリは驚きの余り声を失っている様だった。暫く室内に沈黙が下り、声を震わせたユリがハイリオに問いかける。
「せ、接触って……どうやって? 相手は人類派のトップなんだよ? 私達みたいな子供が、そう簡単に会えるわけ――」
「真正面から行って素直に会えるとは思っていない、だから忍び込む」
「―――」
絶句、ユリは口を大きく開けて思わず動きを止めた。そんな彼女の口を元に戻し、頭を撫でつけながらミリシアがハイリオを睨みつける。その瞳にはどこか責め立てる様な色が滲んでいた。
「無理よ、ハイリオ、貴方のやろうとしていることは無茶、無謀と呼ばれる類のものだわ、周りを巻き込んで戦争を起こすのもそうだけれど、今回のはもっと――失敗すればどうなるか分からない、貴方が留置所に放り込まれたらどうすれば良いの?」
「失敗したら失敗したで、別な方面に活かせば良い、何なら親を殺されたプラントの生き残りが、復讐心に駆られて人類派のトップに信仰派を倒して下さいと懇願しに行った――なんて面白おかしく脚色して言い広めれば多少助けにはなるだろうよ、世間に姿は晒さないつもりだが、見つかったならそういうやり方もある」
「ハイリオ」
ミリシアの表情が歪んだ、瞳の責める光が強まる。しかし当のハイリオは微塵も退くつもりはなく、「これは、チャンスなんだ」と先程の言葉を繰り返した。
「人類派のトップの手助けがあれば、共生派を戦争に引きずり込み易くなる、こんな周囲の人間の同情を買ってちまちま世論を戦争に持っていかなくても良い、人類派の後押しひとつで幾らでも状況は転がせるんだ」
「……危険よ、リスクが大きすぎるわ」
ミリシアは頑なとしてハイリオの案を飲み込まない。ギルは暫くの間目を瞑り、自分の中の感情を処理した。メリット・デメリット、それは理解している。出来るのだろうかという疑念、見つかったらという恐怖、同時に協力を得られるかもしれないという高揚。それらを全て飲み込み、ハイリオを見てギルは問うた。
「ハイリオ、具体的にはどうするつもりなんだ」
「ギル……!」
まさか、と言った表情でミリシアが声を上げる。そんなミリシアに対してギルは首を横に振り、淡々とした口調で言った。
「勘違いしないでミリシア、僕は賛成している訳じゃない、ただ何も聞かず否定したくないだけだ……少なくとも、ハイリオが何の考えもなしにこんな事を言うハズがない」
それは信頼と言っても良い。ハイリオという男がどういう人間が知っているからこその信頼、ミリシアは口を噤み、ユリは不安げに肩を揺らした。三人の視線を受けたハイリオは一度扉の方に視線を向け、誰の気配もないことを確認した後、声を落とし告げる。
「……人類派のトップが
「先に共生派のトップを説得する、若しくは人類派の下の方から説得、っていうのは駄目なのかな」
「無理だな――人類派の説得に関しては、そもそも俺達が事を起こすって事を余り多くの人間に知らせたくない、共生派に関しては前にも言ったが、アイツは決して戦争なんて認めやしない、それこそ市民全体が『そういう』流れにでもならなくちゃな」
ハイリオは即答した、その口ぶりは共生派の代表と面識があるようだった。ギルは目を細め、果たしてそんな事が可能なのだろうかとハイリオの言葉を吟味する。ミリシアはユリを抱きしめたまま咎める声を紡いだ。
「仮に潜入したとして、代表が何処に居るかも分からないじゃない」
「宙船の構造は何処も一緒だ、共生派の保有している宙船の見取り図があれば内部の構造が分かる、私室や執務室の絞り込みも出来るだろう、無論絶対とは言えないが、低い確率でもない筈だ」
「……一番重要な事、向こうの代表を説得できる自信は?」
「十全」
声は確りとしていて、部屋の中に良く響いた。欠片も失敗するとは思っていない。つまりハイリオは遭遇さえすれば絶対に説得出来る自信があるのだ。ギルは真っ直ぐハイリオの瞳を見返した。暫くの間、二人の視線が交差する。
「……分かった」
ややあって、声を出したのはギル、重々しく頷きハイリオの策に乗る事を表明した。
「ギル! 本気なの?」
空かさずユリシアが声を上げる。流石にこの件はリスクが高いと判断したのか、その表情は強張り賛成する意志は微塵も見えない。故にギルは一度息を吐き出し、体の熱気を追い出しながら言った。
「ミリシア、この件は僕も同行するよ、そうすれば多分大丈夫」
「多分大丈夫って……」
「もし見つかったら、代表以外は殺して逃げよう」
何となしに言い放った言葉、三人が息を呑むのが分かった。ギルは自身の頬を撫でつけながら然も良い事を思いついたとばかりに言葉を続けた。
「そしてソレを信仰派の仕業にするんだ、銃も武器も使わずにそんな事が出来るのは信仰派だけ――そうだろう?」
「ギル……」
ユリが引き攣った声で名を呼んだ。そこには恐怖や畏怖の感情ではなく、ただ痛ましさが含まれていた。ミリシアはそれでも納得がいかないのか唇を噛みしめながら俯き、ボソボソと独り言のように呟く。
「何も、そこまでリスクを被らなくても……」
「最短距離だ――俺達は常に最短距離を行く、だから多少のリスクは飲み込む、今の内に慣れておいた方が良い」
ハイリオはそう言い切った。どうやら止まるつもりはないらしい、その強い口調からそう感じ取る事が出来る。
「ハイリオ、ギル」
「なんだ、ユリ」
ミリシアに抱き着かれたユリが揺れた瞳で問いかける。
「大丈夫、なんだよね、本当に――ちゃんと帰ってきてくれるよね?」
「……あぁ、当然だ」
返答には僅かな間があった。それをどう受け取ったのか、くしゃりとユリの表情が崩れる。しかし空かさずギルが声を上げた。
「大丈夫さ、ユリ、何の心配もいらないよ――僕とハイリオが揃って何かを失敗するなんて、きっとありえない」
そうだろう、ハイリオ。そう笑顔で問いかける。腹の底からそう信じている、そんな笑顔で。面食らうハイリオ、しかし僅かな間を置き、同じように笑顔を浮かべ頷いた。
「あぁ、その通りだギル――俺達ならやれる、俺達にしか出来ない」
☆
数日後、宣言通りに情報を集めたハイリオが帰還し、四人が部屋に集まって顔を突き合わせる事となった。
「これが手に入れた宙船の見取り図だ」
集まった四人の前、ベッドの上に座り中央に大きなプリント紙を広げる。広げられた見取り図を覗き込み、「紙なんて、良く都合できたわね」とミリシアが感心した様子で言った。ペーパーレス化が進んだアクエリアスでは情報の殆どが電子媒体に纏められている。確かに紙媒体の情報を目にするのは久しぶりな気がする。ミリシアが良く本を読んでいたので感覚が狂っていたが、本来ならば中々入手し辛いものだ。ハイリオは軽く首を鳴らしながら答えた。
「端末は手元にないしな、少し骨を折ったが問題ない、因みに宙船が着艦するブロックと凡その時間も手に入れた」
「本当に? 凄いな、どうやって」
「その辺は計画に関係ないから端折る、まぁ大体は足を使って集めたと言っておこう……さて、船が来るのは三日後、時刻は夜半、正確な時間は分からないが夕刻から潜伏すれば問題ないと考えている――それで問題なのは、船のどこに代表が居るか……だな」
ハイリオが広げた見取り図を指でなぞりながらそう告げる。
見取り図の中にある宙船の内部、それは箱舟には劣るモノの通常の飛行船や航空機と比較するとかなり大きい。元々、宙船は箱舟の
「やっぱり代表だし、船橋とかには行くんじゃないかな?」
「ブリッジに足を運ぶ可能性は高い、だがブリッジにはクルーが居るだろう、俺達が狙うのは相手が一人になる瞬間、夜半に着艦するとすれば会談までは休息するなり資料を纏めるなりするだろうから……代表の私室がどこにあるか、そこで潜伏して機を見た方が良い」
「私室ねぇ、宙船って大分大きいし、この中から絞り込むのって中々大変よ」
「最悪私室でなくとも、俺達だけで対峙出来る部屋なら何処でも良い、執務室とか、トイレでもな」
トイレで代表と対面か、ギルはそんな光景を頭の中で浮かべ、少し遠慮したい気持ちがあると思った。ちょっと間抜けな絵面だ、緊張感が足りていない。ハイリオは見取り図の表面を指で摺りながら言う。
「幾つか候補となる部屋に番号を振って、そこから順にルートを作る、実際に潜入して中を覗き込んだ後それらしい部屋が見つかったら潜伏、という流れにしたい」
「まぁ、実際にやるとすればそんな感じよね」
ミリシアが頷き、見取り図を覗き込む。この中から代表の私室を絞り込むのか、やはり船が大きいだけあって部屋数もかなりのものだ。一応代表なのだし、一般搭乗員と同じような詰め部屋という事はないだろうが。
「参考までに、共生派の代表は何処に部屋を取っているのかしら」
「し、私室は分からないけれど、執務室は確か此処にあったと思う……多分」
ミリシアの問いかけに答えたのはハイリオではなかった。ユリがおずおずと見取り図の中から居住区の私室ふたつ分ほどの間取りがある一室を指さす。居住区からは比較的近く、丁度ブリッジとの中間程か。ミリシアは驚いたようにユリを見る。
「ユリ、貴方どうして執務室の場所を?」
「えっと、第一プラントに居た頃にね、割り振られた仕事で宙船の清掃業務があったんだ……まぁ、いつも通りのドローン監視だったんだけれど、その時に見たマップを、その、凄く朧気だけれど憶えていて、多分この辺りだった……と思う」
「なるほど、助かるな」
ハイリオは頷き、ギルは「構造が一緒なら、人類派の代表もこの部屋を執務室に?」と問いかける。「可能性はある、候補に加えておこう」、そう言ってハイリオは見取り図、その執務室と予想される場所に数字をペンで書き込んだ。
「紙に直接書き込むなんて、勿体ない」
「どうせ終わったら燃やすか棄てるんだ、ケチケチするな」
呆れた様子で答えるハイリオ、「他にアテは?」と問いかけるも情報を持っている様子のメンバーはなし。暫く全員で見取り図と睨めっこを続け、ふとギルが呟く。
「居住区前とブリッジ前、ここで張っておけば代表を見つけられるかもしれないね」
「……それは、少し危険じゃない?」
良いアイディアだと思ったが、ギルの言葉にミリシアは難色を示す。確かにブリッジ、居住区前には隠れられそうな部屋もない。廊下が続いているばかりだ。しかしハイリオは賛成なのか、「スパイカメラか何かがあれば可能だろう、設置だけしてトイレなり何なり引っ込んでいれば良い」と言った。
「そんなもの、どうやって手に入れるの」
「どうにかする」
ハイリオはそう言って何てことない様にマークを見取り図に書き足した。そして顔を上げると、「他には?」とメンバーに意見を募る。
「……ならいっその事、買収でもやってみたらどう? 情報を入手した経緯を知らないから何とも言えないけれど、例の使節団の人、その人に頼んで場所をセッティングして貰うとか」
止まる様子のないハイリオに対し、ミリシアは何処か投げやりな口調でそんな事を口走った。向こうに協力者がいればもっと簡単に事を成せる、それはギルも考えていた事だ。しかしハイリオはミリシアの方を一瞥もする事無く、「それはもうやった」と吐き捨てる様に言った。予想外だったのか、ミリシアは何度か目を瞬かせ沈黙する。
「……駄目だったの?」
「あぁ――いや、正確に言うのなら駄目だったというより、相手にされなかったというべきか、痛ましそうに此方を見て、『こういう事は大人の仕事だ』と笑いかけるばかりだった」
記憶を反芻したのか、険しい表情で呟く。なるほど、確かに。それは失敗というよりも相手にされていないというのが正しい。それもそうかとギルは思う、向こうにとって自分たちはプラントも家族も失った『可哀そう』な人間で、何も出来ない、何もしないと高を括っている。失意に塗れていると決め込んでいるのだ。ならばこそ、ハイリオの行動は彼らにとって見せかけの虚勢にしか見えないのだろう。
「舐めやがって、俺達が何も出来ない、守られるだけの子供だと思っている目だった……今思い出しても腹が立つ」
拳を握りしめたハイリオは怒りを露にする。確かに、この様子だと協力を仰ぐのは難しそうだ。そうなるとやはり、直接乗り込んで訴えるしかないのだろう。是が非でも成功させたい、そんな意志をハイリオの瞳から感じ取る。それは反骨心も混じっているのだろう。ギルは暫くの間考え込み、ゆっくりと口を開いた。
「なら、有効活用できるかは分からないけれど、僕からもひとつ」
「ギル? ……力って」
何をする気なの? 言外にそう問いかけるユリにギルはぎこちなく説明した。
「多分……だけれど、壁越しに人が居るかどうかなんかは分かると思う、こう、透視って訳じゃないんだけれど、熱で何となく、ぼやっと」
個人を特定できる訳じゃないから代表を見つけ出すなんて使い方は出来ない、しかし不意の遭遇を避けられる程度の力はある。サーマル装置みたいなものだと口にした。
「カメラを設置して何処かに身を隠すって言うのなら、多分安全だと思う、熱探知で人を避ければそう難しくない」
勿論、監視カメラだとか、そういう類のものは難しいけれど。徘徊しているドローンの類は何とかなる。ギルがそう言えば、ハイリオは少し考えた後、ならそれも上手く使おうと頷いて見せた。
作戦は纏まりつつある。その日は就寝時間ギリギリまで作戦を練り、決行日まで何度も議論を重ねた。必要な物もハイリオが骨を折って入手し、あとは待つだけだった。
出来るだろうか? ギルは夜中、ベッドに潜り込んだまま自身に問いかける。出来るさ、そう言い聞かせる。虚勢だ、けれど今はその虚勢が必要だった。
何より恐ろしいのは、自分が何も出来ず、三人が死んでしまう事。だから何があっても潜入時、ハイリオだけは守ろうと決めた。