「ギル、時間だ」
暫くの間、瞼を閉じて眠っていた気がする。どれくらいの時間だっただろうか、目を開くと生温い風が頬を撫で、此処が外であることを思い出す。時刻は夜半、そろそろ日付が変わるかどうかという時間帯。メガフロートの離着陸ブロック、コンテナの影に身を隠していたギルとハイリオの二人は、頭上から聞こえてくる大きな噴射音に空を仰ぎ見た。
「……あれが、宙船」
「そうだ」
ギルの言葉にハイリオは頷いて見せる。大きい、流石に箱舟程の巨大さではないが、こうして間近で見るとかなりのサイズだと改めて思う。宇宙の空母というのも納得だ、そんな宙船がゆっくりとメガフロートの上に停泊し、その船体を偽りの大地の上に転がした。巨大な接地用レッグがバクンと音を鳴らし、着地の衝撃を逃がす。微かに大地が揺れるのを感じた、かなりの重量だろう、メガフロートが揺れるのも納得だ。風がここまで届いている。
ギルとハイリオはゆっくりと口元をマスクで覆い隠し、互いに頷き合う。これから行うのは犯罪行為だ、そして決して見つかる訳にはいかない。宙船の底部、側面の外壁がゆっくりと持ちあがり、そこから大量の人員がメガフロートへと降りる。見れば幾つものコンテナが宙船には積み込まれており、恐らく今回の戦闘で被った被害に対する支援物資の様なものだろうと考えた。僥倖だ、ギルとハイリオは思考を同じくする。メガフロートには共生派の人間も出揃っていて、コンテナの搬出作業を手伝っていた。
「あそこから入れそうだね、会談だけだと思っていたけれど物資まで融通してくれるなんて、思ったより人の出入りが激しい、いけそうだ」
「あぁ、上手く行けば服なんかも盗めるかもしれない」
「……まるでスパイ映画だ」
ギルが笑えばハイリオが肩を小突いた。ともあれ、行動を開始しなければならない。
二人揃ってコンテナの影から這い出すと、そのまま外灯や光を避け宙船の近くへと忍び寄った。作業着を着こんだ男女が搬出作業に明け暮れる中、ハイリオとギルは搬出されるコンテナの影から影へと身を隠し、宙船の貨物ブロックへと紛れ込む。既に宙船の見取り図は暗記済みだ、そしてハイリオの予想通り、人類派の宙船も共生派が使用している船と殆ど同じ構造をしていた。貨物ブロックはコンテナで埋め尽くされており、視線が全く通らない。不意の遭遇にさえ気を付ければ非常に楽な道中だった。
貨物ブロックから梯子で上の階層へと進み、廊下で鉢合わせにならないよう、ギルが先頭に立って熱探知を行う。人の接近を感じれば近場の部屋に身を潜めやり過ごし、二人は当初の予定通り中層へと足を進める。
まるでゲームだ、ギルは自身が今の状況を楽しんでいる事を自覚する。いや、楽しんでいると言えば語弊があるか。ただ余りにも順調に事が進む為、ギルは緊張や不安とは無縁の状態だった。何より船内には思ってより人が残っていないというのが幸いした。
ブリッジ近くの廊下にハイリオの持ち込んだスパイカメラを設置し、同時に居住区近くにも設置する。所要時間二十分足らず、こうも上手く物事が進むとは。ハイリオとギルは近くの部屋に身を隠すと設置したばかりのカメラの映像を小さな携帯機器で確認しながら言葉を交わした。部屋はデータベースか何かの様で、記録用のメモリタワーが等間隔で保管されている。ゴウンゴウンと唸るそれらを他所に二人は顔を突き合わせた。
「……思ったより、大分、いやかなりスムーズだね」
「あぁ、何ていうか肩透かしを食らった気分だ」
「誰かが侵入してくるなんて考えていないのかな」
「多分な、それにクルーの服装を見れば分かる、信仰派なら兎も角、話し合いをモットーにしている共生派相手なら武器を持たないのも納得だ」
警備員と思わしきクルーはいるのだ、しかし彼らは銃器も持たず、腰にロッドを下げただけの張りぼてに近かった。センサーや監視カメラの類も確認出来ない、完全に誰かが侵入してくるなんて考えていない。ハイリオはカメラの映像を一旦切ると、真っすぐギルを見て言った。
「流石に代表の周りまでそうだとは思わないが……どうする? このまま執務室の候補ブロックまで進むか? 或いはこのまま此処で待つか」
ハイリオが声を低くして問いかける。ギルは少しの間考える素振りを見せ、それから「行こう」と口にした。こうも上手く行っている状況を考えると、手っ取り早く済ませて逃げ出した方が良い。ハイリオも現状賛成の様で、そうかと短く答えるとギルの背中を軽く叩いた。
「ならさっさと代表を説得して帰ろう、俺達に立ち止まっている時間はない」
「あぁ……そうだね」
頷き、ギルとハイリオは慎重に部屋を後にする。ギルの壁越しに熱を探知する力は非常に役立った。人が来ると分かっていれば不意の遭遇は皆無となる、隠れ、息を殺し、やり過ごした後に悠々と歩きだす。ギルから言わせれば散歩に近い、やがて見取り図でマークした執務室と思わしき部屋の前に辿り着く。廊下の角から顔を覗かせるギル、僅かに目を細くした彼は背後のハイリオに告げた。
「ハイリオ、どうやら当たりらしい」
「当たり?」
「護衛だ」
ギルが角から頭を引っ込めると、代わりにハイリオが廊下の先を覗き込んだ。すると重厚な扉の先にひとり、扉の傍に佇む男性。青い制服に腰のロッド、そして手には他の警備が持っていなかった銃火器。間違いない護衛クルーだ。しかも立っているのは扉の横、その事実にハイリオは胸が高鳴るのを自覚する。
「扉の中に人の気配は?」
「ひとり分、確証はないけれど……ハイリオ」
「あぁ、俺も代表じゃないかと疑っている」
二人の意見が一致した。少なくとも警備がつくような人間、それ相応の地位に立つ存在には違いない。ギルは何度か手を握りしめ、「ハイリオ、やるかい?」と問いかける。しかしギルの問いかけに対しハイリオはその手を掴む事で返事とした。
「出来れば殺したくない、人類派は一応味方だ、今はまだ違うが……見つかるまでは極力穏便にいこうと思う」
「分かった……ならどうする?」
「気絶させる事は出来るか?」
ハイリオの問いかけに対し、ギルは苦笑を浮かべた。当身や手刀で意識を刈り取るなんて事は出来ない、後ろから首を絞め落とすのが確実だろう。ならまずどうにかして向こうの注意を逸らさなくてはならない。ギルは暫くの間考え込み、大きく息を吸い込んだ。
「ハイリオ、あの警備を絞め落とせる?」
「やろうと思えば、多分出来るだろうが……」
「僕が注意を逸らす、だからハイリオは静かに動いて、アイツの首を絞め落として欲しい」
ギルはそう言うや否や、音も手のひらに黄金の炎を宿らせた。微かな光を放って燃え盛るソレはパチパチと爆ぜた音を鳴らす。すると、炎の揺らぎに合わせふらりと護衛の男が体を揺らした。片手で目元を覆い、何故か頭を揺らしている。最初は僅かな揺らぎだったが、時間が経つにつれ男の体はグラグラと大きく揺れ始める。
「ギル、何を……」
「ハイリオ、今だ、早く」
ハイリオが問いかける声に被せる様にギルは彼を急かした。揺ら揺らと揺れ動く炎、ギルが警備の人間に何か仕掛けているのは明らかだ。それがどういうものかは分からないが、兎に角チャンスだという事は分かった。ハイリオは一瞬の躊躇を踏み越え、廊下に飛び出す。静かに、というギルの言葉を忠実に守った。駆けながらも足音は最小限、目元を抑えふらふらと足元が覚束ない警備の後ろに回り込み、一息にその首へと腕を掛ける。そして膝を蹴って姿勢を崩すと、そのまま抱きかかえるような形で思い切り首元を圧迫した。
「っ、う、ぐ……!?」
突然の襲撃、男には何が起こったのか分からなかっただろう。ハイリオは真正面から近づいたというのに気付かなかった男の状態を訝しみながらも、決して力を抜くような真似はしなかった。
「ふぅーッ……!」
覆い被さるような姿勢で体重をかけ、力いっぱい締め上げる。投げ出された両足がびくびくと痙攣し、やがて警備の男はガクンと体から力を抜いた。腕が廊下に投げ出され意識がなくなったのを確認し、ハイリオは男を廊下に横たわらせる。
「お見事」
ギルはハイリオの手際を褒め称え、意識を失い四肢を投げ出す警備の足を持った。早鐘を打つ心臓を撫でていたハイリオは、暫く呼吸を整える。
「近くの部屋に隠そう、人が来たら騒がれる」
「……そうだな」
銃火器を回収し二人で警備の男を抱え、近場のトイレに男を運び込む。一番奥の個室に寝かせ、そのまま鍵を掛けた後上から脱出した。銃は男の膝の上に置いた。暫くは目を覚まさないだろう、少なくともギルとハイリオが宙船から逃げ出す間は安泰だ。下手に拘束したりなどはしなかった、少なくとも後々騒がれるような要因は作らない方が良い。
「……ここからが本番だね」
ギルは呟く。白い廊下、その先にある重厚な扉。通常とは異なる明らかに特別な部屋だ。センサーの類はなく、扉は手で押し開ける古いタイプのものだった。ギルとハイリオは静かに顔を見合わせどちらともなく頷き合う。
そして一息に扉を開け放ち――二人は一瞬声を失った。
広い、宙船の中でも特に広い場所だと思った。白を基調とした廊下や室内、その中で木材を使用した、独特な部屋。道場、とハイリオが呟いた。それが何を指しているのかギルには分からない、けれど部屋が地球の何処かの文化を模したものだという事は理解した。
代表――日埜政景は手に木刀を握りしめ、じっと佇んでいた。
本当にいた、ドクンと心臓が鼓動を鳴らすのを自覚する。格好は民族衣装の様な、ヒラヒラと長いスカートの様な着物に、白のゆったりとした服だった。袴と胴着、しかしギルがその衣服の名を知る事はない。政景はギルとハイリオが入ってきた事を理解している、けれど決してこちらに視線を向けることなく、部屋の中心で木刀を構えていた。
「――八歳の時、初めて剣を握った」
政景が言った、それは明らかにギルとハイリオに向けて放たれた言葉だった。
ゆっくりと木刀が頭上に振り上げられる。二メートル近い、巨漢、それでいて丸太の様な腕、鋭く野性味のある顔立ち、短く切り揃えられた黒髪。
「もう記憶の彼方、遠い遠い昔の話だ……家が古い武家でな、両親は今時もうどこにもないような道場の師範だった」
ブン、と音が鳴った。
それは政景が木刀を振り下ろした音。しかしギルの目には木刀を振り下ろす瞬間が見えなかった。まるで振り下ろす瞬間、そのコマだけが抜け落ちたかのような。音だけが後から響き、「あぁ、今振ったのか」と認識できる程。
「今の時代、それだけで食ってはいけん、だから箱舟のクルーとして職についた、幸い体は頑丈だったし、勉学も苦ではなかった――それがどうしてか、今や人類派なんていう物のトップだ、人生は本当に分からんものよ」
もう一度、木刀を振り上げる。緩慢な動作だ、優しく、細い糸を手繰るように。
「人類派の代表と言うが、俺はこれを振る事しか出来ん」
握った剣を揺らさず、振り下ろす。ブン、と音が鳴った。木刀が振り下ろされる、やはり太刀筋は微塵も見えなかった。
「初めて剣を握った時から毎日欠かさず振っている、一時間でも二時間でも、十時間でも没頭出来る」
ハイリオが隣で唾を飲み込んだのが分かった。ギルも同じ気持ちだ、妙に体が強張る。緊張しているのか、ギルは自分の腕を擦った。
「同じ型を毎日毎日、偶然良い一太刀が振れれば、それを意識して出せるように修練を重ねる、そしてそれを繰り返す内にもっと良い一太刀が振れるようになる、そういう事を何度も何度も繰り返す」
ゆっくり木刀を振り上げ、下す。その一連の動作を淀みなく、流れる様に、自然体で行う。そして三度、四度と繰り返した後、政景は大きく息を吐き出した。
「俺にはコレしかない、剣を振る事が出来るんじゃない、剣を振る事しか出来ないんだ」
木刀の柄を握りしめ、逆手に持ち自身の腰に添えた。
「非力で矮小――そういうものが、人と呼ばれるのだろう」
君の目には偏屈な奴に映るかね? 政景はそう言って初めて二人に目を向けた。茶色の、吸い込まれるような瞳だと思った。強い意志――いや、信念と言うべきか。言い表すことの出来ない、芯のようなものを目の前の男から感じ取った。
「……いいえ」
ハイリオが乾いた口で否定した。英傑の二文字が脳裏を過る、或いは生まれる時代が違えば――ハイリオは心の奥底に燻る恐怖と緊張を押し殺し、一歩前に出た。
「突然の来訪、無礼をお許し下さい、代表」
「良い、とは言えんよなぁ流石に、見た限りまだ子供、しかし遊び半分という訳でもあるまい、話位は聞こう――処罰はそれからだ」
処罰、という言葉が嫌に重く響いた。それだけの事をしているという自覚はある、ギルは唾を飲み込み前に立つハイリオを見た。自分の目の前の男を言いくるめるだけの知識や話術はない。故にハイリオがしくじれば――自分もまた、道連れだ。
ハイリオは自身の目の前に立つ男を眺める。知らず知らずの内に汗を掻いた、つっと額に流れる水滴が頬を撫でる。はっきり言えば恐怖した、恐ろしいと思った。目の前の男は自分が想定していたよりも遥かに強大で、代表と呼ぶに相応しい在り方の男だった。
ハイリオは単純な力を恐れない、信仰派や神に嚙み付く様な真似、そうでなければ出来ないだろう。人類派とて、単純な脅威で測ればギルの力が勝るとすら考えている。絶対的な力や軍事力をハイリオは重視しない、必要ではあっても重要ではないのだ。
故にハイリオは、その人物や存在の在り方、精神性こそ恐れる。
ハイリオは【真に恐ろしい存在】というものを良く知っている――過去、それで地獄を見た。その者にあったのは絶対に諦めない執念と妄念、そして忍耐と僅かな力。
この目の前の人間もまた、その気配を漂わせている。
頭の中に並べていた耳触りの良い言葉、説得のための言葉を次々と投げ捨てる。理を尽くすだけでは駄目だと感じた、この男は――本音でぶつからなければならない存在だと。
だが恐れはすれど気後れはしない。何故ならそれは、自身もまた譲れる執念を持ち、忍耐と力を持ち合わせていると自負しているからだ。
「――俺達は、第一プラントの生き残りです」
初手で一気に踏み込んだ。ハイリオは何の気負いもなく、抑揚もなく、そう言い切った。ピクリと代表の眉が動く、そして前に立つハイリオとギルをじっくりと眺め、「そうか」と呟いた。その言葉には万感の思いが込められていたように思う。
「例のプラント、生存者がいるとは聞いていたが、君達が……」
「父も母も、あの襲撃で喪いました、帰る家も、もうありません」
「………」
ハイリオの言葉に政景は口を噤む。そして眉間に皺を寄せると、重々しく呟いた。父と母を失い、家を失い、ならばそこから連想される行動原理はひとつ。
「復讐かね」
「はい」
即答、ハイリオは僅かな間も置かず肯定した。元より嘘偽りを述べるつもりは微塵もない、小さく息を吸い込んだハイリオは目の前の英傑を真っすぐ見据え、自身の計画を打ち明けた。
「俺は共生派を扇動し、信仰派と戦争になる事を望みます」
それはさしもの代表でさえ暫くの間言葉を失う威力を持っていた。僅かに見開かれる政景の瞳。それから数秒とせず、見開かれた瞳は鋭く細まる。勘違いでなければ視線から微かな怒気が感じられた。ギルは言葉を呑み、早すぎると内心で叫ぶ。そんな自身の秘密をこんな序盤に、もっと説得や懐柔の言葉を掛けてからでも。
「そんな矮躯でか」
「えぇ、小さき身ですが、成し遂げます」
ハイリオは身動ぎ一つしなかった。真正面から怒気の含まれた視線に晒され、それでも微塵も揺るがず、胸を張って立ち塞がる。虚勢ではない、成し遂げて見せるという気概と自信がハイリオの周囲を渦巻いていた。政景の表情が強張る。
「……本気で成し遂げられると?」
「えぇ、信じています、それに出来るかどうかじゃない、やるんです、是が非でも」
「――愚か」
低く、唸るような声だった。思わず二人の体が震え、膝が揺れる程の圧力が全身を覆い尽くす。目前に立つ政景が何倍にも膨らんで見えた。
「自身の復讐心に数多の民を巻き込むか、エゴというには余りに惨い、貴様に戦で死に行く者の死を背負える度量と器があると嘯くか」
「――そんなもの、ありません」
まるで威嚇の様に吐き出された言葉、ギルは自身の肌がピリピリと刺激されるのを感じた。しかしハイリオはそんな言葉にも動じず、ただ真正面から睨みつけ言葉を紡ぐ。体は震える、恐怖はある、けれど決して退くはしないと瞳だけは剣呑な光を絶やさなかった。
「俺の背中は死んでいった人間を背負える程広くもなければ強くもない、俺は徹頭徹尾、俺自身の為に戦う、ただ連中が許せないから、ただ連中が憎いから、憎悪と憤怒によって突き動かされるのが本音だ、これに嘘偽りはありません」
ハイリオは一度目を閉じる。瞼の裏に焼き付いて離れない、燃え盛るプラント、その光景。あの緋色を思い出す度に胸に湧き上がる感情、怒りと憎しみ、そして悲しみ。
「でも信仰派は――あいつらはきっと、生かしておいてはいけない【悪】だ」
吐き捨てた。それが嘘偽りのない本心だった。退いていた体を前に突き出し、一歩踏み込む。そこには恐れも怯えもない、ただ純然たる意志のみがある。やり遂げるという鋼の、錬鉄の意志だ。
「俺が正義なんて微塵も思っていない、俺も人を死に誘うという点では紛れもなく悪です、なら俺は悪で良い、悪で良いからアイツ等を殺させて欲しい、俺に復讐を果たさせて欲しい――その後なら煮るなり焼くなり殺すなり、好きにして貰って構わない」
「ッ……!?」
彼の言葉に政景ではなくギルが内心で悲鳴を上げる。まさかそんな事を言い出すなんて思ってもいなかった。しかしギルが何かを口走るより早く、ハイリオは背後のギルを手で制し、半ば叫ぶような形で言葉を叩きつけた。
「俺は俺自身の両親と、大切な友人の帰る場所を奪ったアイツ等が今ものうのうと生きている事が、どうしても許せないんですよ……ッ!」
復讐心――それこそがハイリオを縛る唯一にして強大な原動力、即ち執念。
暫くの間、政景は言葉を失くした。目の前の苛烈なまでに感情にあてられ、自身のざわつく胸を沈めるのに時間を割いた。一度大きく息を吸い込み、吐き出す。
「猜忌の念に囚われ修羅に堕ちる――条理を尽くす事もせず、こうして俺に逢いに来たのはそういう事か」
納得はした、理解もした。何故こんな事をしでかしたのか、政景はその理由を知った。
「人類派の後押しが欲しいか、少年」
「――はい」
即答、私怨で以って国を戦争に巻き込むと決めた少年、その燃えるような瞳を真正面から注視し――政景は天井を仰ぐ。若く未熟、しかしその感情に突き動かされ、只管邁進する姿は。
「俺はな、神が嫌いだ」
独白、二人に語り掛けるというよりは独り言の様に政景は呟いた。
「正確に言うのであれば、神に頼り、神に祈り、人事を尽くさず天命を待つばかりの人類が、反吐が出る程に嫌いだ――人は人自身の足で歩いていかねばならない、人自身が未来を作り、人自身が未来を歩み、過去、現在、未来の総ての事象に於いて己の足で紡ぎ、進んできたという自信と誇りを持って生きていかなければならないと思っている」
ゆっくりと視線を二人に落とした政景、その表情に変化はない。しかしその瞳が何か、強い光を湛えている事にギルは続く。恐らくこの語りこそが、彼を人類派代表に押し上げた理由なのだろう。そう確信する。
「人の業も、罪も、偉業も、栄光も、全てが全て、先祖代々、遥か遠くの人類が紡いできたもの、その結果が俺たちという存在だ――それを投げ捨て、どこの誰様かも知らぬ
無様、その言葉を吐き捨てた一瞬、政景は明確に顔を歪めた。
「神の支配する世界には何がある? 恐らくは堕落と退化、怠惰の極みがあるだろう――俺はな、それが許せんのだよ」
神に総てを委ね、歩みを止める人類が、どうしても我慢ならんのだ。
これはエゴだろう、しかし周知されたエゴだ。俺の背負う人類派という存在が、【そう在りたい】と共に描いた理想なのだ。
二人を真っすぐ見据えて、言った。言葉には重みがあった、即ち『人類派』を背負った上で己の信条を貫き通すという【覚悟】だ。先のハイリオの言葉が徹頭徹尾己の為に紡がれたものであるのならば、彼のソレは屍を背負う覚悟を持った人間の言葉だった。
じわりと、ハイリオの額に汗が滲む。
「お前個人の理由だけを聞くのであれば到底受け入れられる話じゃない、間違いなく私怨、戦争の私物化だ、俺が力を貸す理由なぞどこにもない」
ぐっと、ハイリオの表情が歪む。ギルは万が一の場合に備え一歩前に踏み出した。表情は優れない、万が一の場合は彼を連れて逃げ出す。最悪邪魔する人間を焼き払ってでも。
「――しかし、代表としての俺からすれば、同じ信仰派を討伐する同盟相手とも取れる、手を組める相手と手を組まず、悪戯に部下を死なせるのは馬鹿のやる事だ」
しかし、続く言葉は二人の予想を裏切るものだった。ハイリオとギルの二人は目を見開き、数秒言葉を忘れる。そして再起動を果たしたハイリオが身を乗り出し、「では……!」と息を弾ませた。
「しかし、だ」
それを政景は制す。手のひらを二人に向け、言い聞かせるように淡々とした口調で言葉を紡いだ。
「お前は共生派の代表でもなければ、何らかの地位に座る一角の人物という訳でもない、信用も出来なければ実績もない、そんな相手と簡単に約定など交わせるかね?」
「それは――」
正論だ、そう思った。
二人は――否、四人は未だ何も成し遂げてはいない。着々と市民を巻き込み、徐々に種火を広げていると言ってもそれは目に見える段階にはない。そしてギルの確保した人員も未だ動かせる段階にない。二人には何もない、実績も、信用も、目の前の人物に信頼される為の証が、なにひとつとして。
「……人類派は、信仰派に対し挙兵しますか?」
「――あぁ、それくらいなら教えてやろう、俺がプラントに戻り次第宣戦布告し、共生派第一プラント奪還に動くつもりだ、これは明日の会談次第だが、今のところ変更する気はない、現共生派の代表が動くかどうかは俺にも分からん」
「なら、それを大々的に報じて頂きたい」
政景は真意を測るような目でハイリオを見た。それを真正面から見返し、口を開く。
「信用ならぬと仰るのなら、信用に値する証を立てるまで――貴方は私怨で民を死なせるつもりかと仰った、しかし反論させて頂きたい、民が戦を望むのであれば、それは決して『私の戦争』ではないのです、手を出したのは向こうが先だ、正当性はこちらにある……現代表には、何が何でも戦争の道を駆けて貰います」