連盟の狩人、鬼を狩る   作:まるっぷ

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漫画の方、15巻までは読みました。とりあえず那田蜘蛛山までは書きたいとは思いますが、それ以降はちょっとわかりません。更新日時も不定です。

まだ見て下さる方がいれば嬉しい限りです。鬼滅×ブラボの小説を書いて下さる方がいれば更に嬉しいです。どうかどなたか、お願いします。


珠世と愈史郎

鬼殺隊の間である噂が広まっていた。

 

我々以外にも、鬼を狩っている何者かがいるという噂が。

 

 

 

「次は東京府、浅草!鬼が潜んでいるとの噂あり!カァー!」

 

 

 

その何者かに襲われた鬼の姿は悲惨の一言に尽きた。

 

バラバラに刻まれ、千切られ、血肉と臓物を至る所に晒した状態で発見されている。

 

 

 

「え、もう次行くのか!?」

 

 

 

まるで巨大な獣に食い荒らされたような有様。しかしよく観察してみれば、それはノコギリ状の何かで解体された事が分かる。

 

この異常事態に対し、鬼殺隊はまずこの何者かに対する仮称を決定した。そして、隊士全員にある命令を下した。

 

その命令とは―――。

 

 

 

「カァー!炭治郎!忘れてないな!?」

 

「大丈夫だって、忘れてないから!」

 

 

 

 

 

「妙な鬼の死体と、()()()()らしいものを発見次第、すぐ報告する事!忘れてないからつつくなって!」

 

「カァー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京府、浅草。

 

ここは近代化が進んだ街で、夜になっても本通りは明るく照らされている。見上げる程大きな建物が並び立ち、人通りも非常に多い。

 

しかし、一歩路地裏へ入ってしまえばそんな煌びやかさとは無縁。読み捨てられた新聞や酔っ払いの吐瀉物があちこちに転がり、不衛生な環境が広がっている事もしばしばである。

 

そんな汚い場所を、二人の人物が並んで歩いていた。

 

一人は妙齢の女で、もう一人は少年と青年の、ちょうど中間に位置する位の年齢の男。彼は大きめの鞄を手にしており、何やら色々入っているようだ。

 

男は女の後を付いて歩きながら、語りかける。

 

「珠世様、こんな汚い場所はあなたには似合いません。表を歩きましょう」

 

「いいえ、愈史郎。こんな場所だからこそです。鬼舞辻と遭遇する可能性は少しでも低い方が良い」

 

珠世と呼ばれた女はそう返し、歩みを止めようとはしない。愈史郎と呼ばれた男の方もそれに対し反論する事はなく、従順にその言葉に従っている。

 

「こちらに気付かれない限り、あの男はこんな場所にまでは来ないでしょう」

 

「流石は珠世様!」

 

妙に瞳をキラキラとさせながら、愈史郎は尊敬の眼差しを珠世へと送った。

 

この二人は鬼である。

 

珠世は既に二百年以上、愈史郎は見た目以上の年月を生きている。多くの鬼が“鬼舞辻”という鬼の“呪い”を受けている中、彼らは例外的にその呪いを外した状態なのだ。

 

その呪いを外した張本人こそ、ここにいる珠世である。

 

彼女は医学に精通しており、自身の身体を弄って他の鬼よりもかなり人に近くなっている。食事も少量の血を摂取するだけで飢餓状態を回避でき、人を喰う必要性もない。

 

とは言っても、鬼である事に変わりはない。陽の光を浴びれば消滅してしまうし、日輪刀で頸を落とされれば死亡する。彼女は悲願である『人間に戻る方法』を研究し続け、今日にまで至っている。

 

「そう言えば……もうそろそろ誰かから血を頂かなければ」

 

人を喰う必要はないが、血は必要だ。それも一滴二滴では全く足りない。無理矢理に襲って血を採るという手も無くはないが、そんな事は珠世自身が禁じている。

 

「大丈夫です、珠世様!こんな事もあろうかと『器具』はご用意してあります!」

 

それ故の『輸血』である。

 

そう称して金銭に余裕のない者たちから金で血を買い、それを飲んで生きているのだ。こうすれば無暗に物騒な噂が立つ事もないし、人の世に溶け込む事も出来る。

 

「ありがとう愈史郎。帰り道でそれらしい方を見かけたら、声をかけてみましょう」

 

「はい!!」

 

持っていた鞄を差し出し、再度キラキラとした眼差しを向ける愈史郎。珠世に褒められた事が余程嬉しいのか、腹の底から大きな声で返事を返す。

 

と、そんな時だった。

 

「おぉい、そこのあんた」

 

暗がりから、男の声が聞こえて来た。

 

その声に愈史郎は身構え、珠世の前へと身体をずらす。いつ何時、どのような事があったとしても彼女を守るためである。

 

しかし珠世は彼の肩に手を置き、そっと前へと出て行こうとする。

 

「珠世様!」

 

「大丈夫です愈史郎。これは『鬼』ではない」

 

長年の経験から声の主は鬼ではないと判断し、音の出どころを探る。もしも病人であれば、医学の心得がある自分なら助けてやれるかもしれない。その一心で。

 

どうやら声の主は、路地と路地の間の暗がりにいるらしい。心配する愈史郎を他所に、珠世は臆する事無く足を進ませる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、今はまだ……な」

 

果たして、そこにいたのは一人の男であった。

 

年の頃は三十代後半といったところか。古新聞やらぼろ布で身を包み、小刻みに身体を震わせながら壁に背を預けて胡坐をかいている。どこからどう見ても完璧に浮浪者といった風貌だ。

 

目深に被った帽子で目元が隠れてはいるが、体格や鼻筋から日本人とは考えにくい。恐らくは日本にやって来た外国人であると、珠世は瞬時に当たりを付けた。

 

「どうされたのですか?」

 

「へへ……一攫千金を夢見てはるばるこんな島国にまでやって来たがな、それが運の尽きよ。今や素寒貧でな、飯代もねぇ」

 

無い話ではない。時代の過渡期であるこの国にやってくる外国人は意外と多い。彼もその一人だったのだろう。

 

しかし思うように上手くいかず、このような場所に留まってしまっているのだ。自業自得と言えばそれまでだが、珠世は彼の境遇に僅かながらでも同情の念を抱いた。

 

「そんな時に噂を聞いたんだ。夜な夜な街をうろついて、血を買ってるって言う男女の噂をな」

 

彼が自分たちを呼び止めた理由を知り、合点がいった。そして同時に、少し目立ってしまった事を悟る。

 

血を買うという特殊な行為。それは一般的な感覚からすれば、かなり逸脱しているものだろう。例えそれが浮浪者のような者たちからであっても、噂くらいは出回ってもおかしくはない。

 

「なぁ、あんた。俺の血を買ってくれねぇか?もう、ぎりぎりなんだ……」

 

助けを乞うかのように、男は珠世へと手を差し出す。

 

「分かりました……貴方の血液、買わせて頂きます」

 

後ろから見ていた愈史郎は彼女が他の男に触れられる事を毛嫌いしているのか、露骨に顔を歪めている。珠世はそんな彼を一瞥して窘め、その手にあった鞄の中身を広げていく。

 

ランタンに火を付け、周囲を明るく照らす。消毒液の入った瓶の蓋を開け、清潔な布に中身の液体を染み込ませてゆく。

 

これで準備は万全だ。珠世は慣れた手付きで男の腕を取り、針を指す箇所を入念に消毒していく。

 

「少し痛みがありますが、どうかご安心下さい。すぐに済みます」

 

「構わねぇさ。血を抜くくらい、どうって事ねぇ。ところで……」

 

ピク、と、僅かに身を固める珠世。

 

消毒をしている最中、男が急に珠世の腕を掴んできたのだ。その行為に愈史郎は顔を険しくして、苛立ちを隠さずに声を荒げた。

 

「おい、お前!」

 

「やめなさい愈史郎、それ以上は許しませんよ」

 

「でっ、ですが……!」

 

食い下がろうとする愈史郎。しかし、彼の反応も致し方ないだろう。

 

鬼とは言え、珠世の容姿は非常に整っている。一般の人間たちでは人と鬼の区別などつく訳もない。そんな彼女が浮浪者に対し、こうも優しくしてくれるのだ。()()()してしまう者が出てくるもの無理はない。

 

そう言った事も考慮して、珠世は愈史郎を黙らせたのだ。相手は人間、無暗に暴力を振るってはいけない、という信条の下に。

 

「ああ、綺麗な手だなぁ。染みひとつない、まっさらな肌だ」

 

すり、と、値踏みするような手付きで腕を握ってくる男。愈史郎は相変わらず怒り心頭と言った様子で、ぎりぎりと歯を鳴らしている。

 

ランタンに照らされた珠世の白い腕。いつまで経っても放そうとしない男に、流石の珠世も痺れを切らして、それとなく促してみる。

 

「あの、針を刺しますので、もう手を離して……」

 

「まるで」

 

困り顔に曖昧な笑みを浮かべた珠世が口を開くと同時に、男も被せるようにして言葉を乗せる。

 

それは有無を言わせぬ妙な気迫を纏い―――――決定的な言葉を響かせた。

 

 

 

 

 

「まるで……太陽とは無縁の生き物じゃあないか」

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

瞬間。

 

珠世と愈史郎は目を剥き、身体を硬直させた。

 

しかしそれはこの局面においては余りに悪手。男はバネのように勢いよく跳ね起き、身に着けていた古新聞やぼろ布の欠片を周囲にばら撒いた。

 

「くっ!?」

 

その勢いで割れ、光を失うランタン。突然の目くらましにたじろぐ愈史郎は思わず腕で顔を覆ってしまう。その一瞬の内に、男と珠世の姿は眼前からかき消える。

 

「あうっ!」

 

次に聞こえて来た声は後ろからだ。珠世の苦し気な声が耳に飛び込み、愈史郎はほとんど反射的に叫び声を上げてしまう。

 

「珠世様ッ!?」

 

そして、目を見開いた。

 

そこに広がっていたのは―――――正体不明の長身の男が、自身が敬愛する女性の首を締め上げている光景だったのだから。

 

 

 

 

 

東京府・浅草。

 

ここには以前から噂が立っていた。

 

曰く、夜な夜な街を歩いて回っている、妙に身なりの整った男女を見かけると。

 

どちらも肌は白く、まるで長く陽の光に当たっていないかのような、そんな見た目をしていると。

 

その噂は鎹鴉(かすがいがらす)たちによって鬼殺隊隊士たちにも広く流布された。今こうしている間にも、桐の箱を背負った一人の少年が近付いてきている。

 

そして()は、その誰よりも早く、この街にやって来ていた。

 

 

 

 

 

「こんばんは、鬼ども」

 

柔らかな声色とは正反対に、言葉の端から滲み出る狂気。

 

目の前の男……フランシスから感じ取れる濃厚な殺意に、珠世と愈史郎は我知らず身震いしてしまう。

 

「うっ……!」

 

「貴様……!」

 

右手で首を締め上げられ、苦し気に呻く珠世。身長差ゆえにつま先立ちとなってようやく気道を確保できる状態にある彼女は、その異様に強い握力を前にどうする事もできない。

 

一方の愈史郎も同じだ。いかに鬼が不死に近いからと言っても、痛みはきちんと感じ取れる。この世で最も尊いと考えている女性が、今にも首をへし折られそうなのだ。神経が焼き切れそうな怒りに身を震わせると同時に、下手には動けないという理性が彼を押し留めている。

 

「どうやら噂は本当だったようだな。夜な夜な血を求めている奇妙な者たちがいると聞いてきたが……」

 

フランシスは少しずれた帽子をかぶり直しながら、余裕しゃくしゃくといった風に言葉を漏らした。

 

腕に込められた力は緩まない。それどころか、徐々に強くなっている。苦悶に歪む珠世の表情を楽しむかのように、ゆっくりと、ぎりぎりと。

 

「っ……あ、貴方は、一体……?」

 

「貴様らが覚えておく必要などはないさ。私はただの狩人なのだから」

 

どうにか絞り出した疑問を一蹴するフランシス。

 

それをただの時間稼ぎであると知っているのだろう。小賢しい、無駄な足掻きだと嘲笑った彼は視線を愈史郎へとずらすと、変わらぬ調子で口を開く。

 

「人々を襲うでもなく、わざわざ金を払って血を手に入れる、か……ククッ、滑稽な」

 

「なっ……!」

 

「そんな事をして……人の真似事か?」

 

フランシスは獣を憎んでいる。

 

人を襲い、その血肉を喰らい、我が物顔でそこら中をうろつく獣を憎んでいる。

 

それと同じくらいに、鬼も憎んでいる。

 

姿形がいくら人に似ていようとも、中身は目も当てられない程に悍ましい鬼を。人々の恐怖を嬉々として貪る害獣を、心底憎んでいる。

 

だからこそ、フランシスはここに宣言する。

 

「鬼なんぞ、所詮は獣も同然。薄汚い『虫』の苗床に過ぎん」

 

だからこそ、狩り殺す。

 

三日月のように不気味な笑みを浮かべ……彼は虚空より、刃を取り出す。

 

「!!」

 

愈史郎の目がこれでもかと見開かれる。

 

それは紛れもなく日輪刀だった。本来の姿からは外れているものの、なめし皮が巻き付けられた刀身の色は綺麗な青色。色変わりの刀が持つ特徴に他ならない。

 

「感謝しろよ、鬼ども。ここは人目が多い、手短に済ませてやる」

 

刃を逆手に構え、珠世の頸の前に付きつける。あれで斬られれば再生は不可能、彼女の身体は灰へと還り、あっけなく死んでしまう事だろう。

 

「待っ―――!」

 

「やめ、なさいっ、愈史郎!」

 

交渉も、我が身の安全もかなぐり捨て、愈史郎は珠世を助ける為だけに動こうとする。そんな彼を押し留めようと、珠世は満足に呼吸も出来ない中で叫びを上げる。

 

互いが互いの命を救うために動く。

 

いかに感動的な場面であっても、フランシスの心は動かない。所詮は獣同士のなれ合いに過ぎない。彼の目にはそうとしか映らない。

 

重要なのは、この二匹の頸を落とす事。刃を握った手を握り直し、その頸を一気に斬り落とそうと力を込める―――――その直前で。

 

「………?」

 

ピタリ、と、フランシスの動きが止まった。

 

突然止んだ殺意の波動に、珠世と愈史郎も動きを止めた。

 

下手に動けば何が起こるか分からない。それ故に動けない、という方が正しいだろう。顔を見合わせて動揺する二人を他所に、フランシスは眉間にしわを寄せながら珠世に目を合わせ、質問を投げかける。

 

「貴様……どういう事だ?」

 

「え……」

 

突然の事に珠世は言葉を失い、間の抜けた言葉を漏らしてしまう。

 

さっきまで殺意を隠そうともしていなかった者から放たれた質問。何故今、そのような事を?という疑問が彼女の頭を駆け巡り、咄嗟に言葉を返す事が出来ない。

 

「貴様も、そこの貴様からも、死血の匂いを感じない」

 

不可解そうに、あるいは不愉快そうに、フランシスは告げる。

 

血の匂いは感じた。しかしそれは生者のそれであり、人を襲ったものではないのだ。これまでに狩ってきた鬼たちとは違い、人を殺めた特有の『匂い』がないのだ。

 

特に男の方……愈史郎からは『匂い』が全くしない。鬼でありながら人を喰らった気配がない事に気が付いたフランシスは、ここで初めて動揺してしまう。

 

(まさか血を買うという行動は擬態ではなく、本当に今までもこうしてきたと言うのか……薄汚い鬼風情が、本当に……!?)

 

脳天を金槌で殴られたかのような衝撃に苛まれる。

 

そんな彼の様子に二人も数瞬唖然としていたが、直後に取るべき行動へと移った。

 

「ふッ!!」

 

フランシスの目を盗み、珠世が自らの腕を爪で切り裂く。

 

途端に、視界全体が奇妙な花柄模様で埋め尽くされた。

 

「!?」

 

目くらましか、と表情を険しくさせるフランシス。既に足元さえ見えない程に花柄模様は周囲を支配し、五感が麻痺していく気さえしてくる。

 

「珠世様!!」

 

次の瞬間、腕に発生した衝撃。一緒にいた男の方がこちらへ体当たりをかましたのだろうと察し、反射的に刃を振るう。

 

確かな手ごたえ。しかしそれは致命傷を与えるには到底及ばず、気が付けば暗がりの路地の中、フランシスは一人立ち尽くしていた。

 

もう二人の気配はない。逃げ足が速いのか、はたまた『血鬼術』でも使ったのか、ともかくこの場にはもういなくなっていた。

 

「………ちっ」

 

僅かに血が付着した刃を一瞥し、舌打つ。

 

到底認められない存在を突き付けられたかのような気分に陥ったフランシスは、不愉快そうに口の端を曲げ―――――やがて街の中へと消えていった。

 

 

 




どこからともなくやって来る。

鬼を殺しにやって来る。

ノコギリ片手にどこにでも。

鬼を殺しにどこまでも。

真っ赤に染まってやって来る。

鬼を殺しにやって来る。

今夜も聞こえる鬼の声。

身の毛もよだつその叫び。

血に酔いしれる鬼狩りの。

熱い吐息が立ち込める。


――――――――――とある農村の童歌より。





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