ACE COMBAT after story of the demon of the round table   作:F.Y

32 / 84
命令と駒

 1996年 2月11日 1419時 ノルドランド ヨアキムロル空軍基地

 

「諸君、我が国政府及び議会は先日のウェルヴァキアによる民間機撃墜に対する報復攻撃を行う事を決定した。レーダーの記録と回収したブラックボックスを調査した結果、ウェルヴァキア空軍が国境越しにミサイルを発射し、ノルド貨物航空機を撃墜したことに疑いの余地が無いという結論に至った」

 

 ロビン・リーはパソコンのキーボードを操作し、ウェルヴァキアとノルドランドとの国境地帯の地図をスクリーンに表示させた。

 

「今回の目標はウェルヴァキアのルムハムヴァ防空基地だ。ここには戦闘機と対空ミサイルが多数配備されている。先の民間機撃墜事件に関わった防空部隊が所属しているというのが軍情報部の考えだ」

 

 ルムハムヴァ防空基地は、ノルドランドとの国境近くにある、比較的規模の大きな基地だ。

 

「更に、ルムハムヴァには最近、Su-24やSu-25、MiG-27といった攻撃機が多数移動しているのが確認された。恐らくは、我が国に対する攻撃準備をしているものと考えられる。それが行われる前にルムハムヴァを叩き、先手を打て。それが空軍司令部の考えだ。諸君、兵装は、対地、対空、両方に備えたものを用意せよ。以上、解散!」

 

 1996年 2月11日 1532時 ノルドランド ヨアキムロル空軍基地

 

 やや傾き始めた太陽の下、整備兵やパイロットが歩き回り、出撃の準備をしていた。サイドワインダーやGBU-12といった兵器がローダーに乗せられ、戦闘機の近くへと運ばれていく。

 

 サイファーは兵装のオーダー表を確認した。R-73とR-77をそれぞれ4発ずつ、Kh-59を3発。

 

 サイファー自身は政治や外交にはあまり興味は無かった。興味があるのは戦闘機と、戦争で生き残るための戦術と、報酬のみ。だが、テレビやラジオから流れてくるニュース番組からは、ノルドランド国民のウェルヴァキア政府及び軍に対する怒りの声が聞こえてくる。

 

 確かに、戦争には犠牲は付き物だ。しかし、ウェルヴァキア軍は、民間機を撃墜し、ノルドランドの民間人が犠牲になった。それは事実だ。間違えたか、わざとなのかは関係無い。

 

 こういう事が起きるのは、戦争の常だが、この場合、国民は生け贄の羊を政府と軍に要求する。その生け贄になるのは、敵対する国の軍や政府だ。

 

 まあ、いい。おかげで、こっちは出撃し、報酬を稼ぐ手段が増えた。むしろ好都合だ。戦闘機の維持には莫大な金がかかる。今はノルドランド空軍がその費用を持ってくれているが、戦争が終われば、自分がそれまでに得た報酬を切り崩しながら戦闘機の維持費を捻出しなければならない。そのための資金調達をしなければならないのは目に見えていた。

 

 1996年 2月11日 1533時 ウェルヴァキア ルムハムヴァ防空基地

 

 ダニエル"ルップ"・イオネスクはMiG-29SMTの状態を確認していた。イオネスクは今、7人の部下を引き連れる部隊を編成している。イオネスクの部下たちは全員飛行時間2000時間を超えるベテラン揃いで、今の戦争でもノルドランド空軍兵と傭兵が駆る戦闘機を数多く撃墜してきた。

 

 傭兵。国を守る誇りを捨て、報酬だけで生きる人間。イオネスクが最も忌み嫌う連中だ。そして、ウェルヴァキア軍の中で、ある噂が立っていた。

 

 ノルドランドが雇った傭兵の中に"円卓の鬼神"がいる、と。イオネスク自身、"円卓の鬼神"の噂話は知っていた。ベルカに攻撃されて壊滅寸前のウスティオを解放し、瞬く間に伝統のベルカ空軍を壊滅させたパイロット。しかし、鬼神とて人間であることには変わりは無い。更に、その"鬼神"の存在自体があやふやで確証が掴めない存在であることは確かだ。

 もしかしたら、"鬼神"自体が、奇跡とも言える勝利を手に入れたウスティオと傭兵が作り出した虚像なのかもしれない。勿論、ベルカ側にも"鬼神"の話が存在しているのは確かだ。だが、それほどにまで戦果を上げた傭兵ならば、そいつがどういう人物なのか、ある程度の目星が立っていてもおかしくない。戦闘機パイロットの世界というものはそういうものだ。例えばベルカの英雄の凶鳥"フッケバイン"。そいつは今はオーシアに亡命し、名前を変えて暮らしているという話がある。噂では、オーシア政府が空軍の戦闘機乗りの練度の増強のため、教官としてオーシア空軍における地位を与えているという眉唾めいた話もある。

 

 だが、火の無いところに煙は立たない。ノルドランド空軍が募集した傭兵パイロットの中に、エース級の連中が紛れ込んでいることは確かだ。現に、そいつらのおかげで、ほぼ拮抗状態であったノルドランドとウェルヴァキアの空軍戦力の差が生まれ始めている。ウェルヴァキア空軍は大きな痛手を負い、戦闘機乗りの資格を取ったばかりのひよっこを戦地に送り出さねばならない状況に追い込まれつつあるのも確かだ。

 しかし、だ。ノルドランドが持つ資源がウェルヴァキアの生命線となるのは確かのようだ。だが、そういう事を考えるのは政治家の仕事だ。

 

 イオネスクは戦闘機の離陸準備を整え、後は離陸許可が下りるのを待つだけであった。彼は更に入念にフルクラムを点検する。飛行機に対する最後の責任はパイロット自身にある。イオネスクはそれを常に肝に銘じていた。

 

『ルムハムヴァタワーよりルップ1へ。滑走路への進入を許可する』

 

「了解。ルップ1、滑走路へ進入する」

 

 イオネスクはMiG-29のブレーキを開放し、タキシングを開始させた。見送りに立つ整備兵に敬礼を返す。後ろからは7人の部下が同じ戦闘機をタキシングさせて付いてきていた。後方に下げられてしまうのは不本意だが、防空司令部は、腕のいいパイロットを温存する考えを持っているらしい。仕方が無い。それに、ノルドランドの輸送機を撃墜した件―――ノルドランドの連中は、民間機を撃墜したと何とも馬鹿げた主張を繰り返しているが―――に対する報復攻撃が行われる可能性もあるという。だからと言って、やはり前線から退いてしまうのは、命令とはいえ、イオネスクにとっては不愉快極まりない。

 

 だが、命令は命令だ。軍人は命令で動く。イオネスクは滑走路の端に機体を動かし、離陸許可が出るのを待った。

 

『ルムハムヴァタワーよりルップ各機へ。離陸を許可する』

 

「ルップ1、離陸する」

 

 イオネスクはエンジンを最大出力まで上げ、戦闘機を上昇させた。やれやれ。まさか自分個人のコールサインがそのまま部隊のコールサインになってしまうとは。はっきり言って心外だが、全ては司令部の命令通りに。かつての戦争の英雄とは言え、命令には逆らえない。だが、特別扱いされることを期待してもいない。いずれ、この基地に戻ってくる時が来るだろう、とイオネスクは考えていた。

 

 尾翼に蜷局を巻いた蛇のエンブレムが描かれたMiG-29が、次々と鉛色の雲の海に向かって離陸していった。しかし、彼らがこの前線の航空基地に着陸する時は来なかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。