ACE COMBAT after story of the demon of the round table   作:F.Y

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次なる戦いへの序曲

 1996年 4月3日 1001時 ウェルヴァキア エムラノスク航空基地

 

 空から見下ろしたウェルヴァキアの平原には、殆ど雪が残っていない。しかしながら、エムラノスク山脈の中の、標高の高い山は、頂上付近にまだ僅かながら白い冠を被っている。

 予想されたことだが、ノルドランドの抵抗は激しく、ウェルヴァキア軍は未だに目標である鉱山やガス田及び油田地帯を占領することができないでいた。

 そのせいで、軍や政府の内部にも焦りが見えていた。強いスローガンを掲げながら、手に入れられるはずのものを手にすることができていない。しかしながら、思わぬ副産物が生まれた。

 ウェルヴァキア政府は、戦時体制下で食料が不足すると考えた。そこで、政府が買い取ったにもかかわらず、工場を立てないまま放置されていた土地を、農地として再利用し始めたのだ。元々は農業が主産業であったこともあり、農耕技術を持つ国民は少なくなかった。雪が解け始めると同時に、政府は人員を雇い、大規模な農業政策を開始した。そのため、あっという間に食料自給率はうなぎのぼりになった。

 とはいえ、一度、工業地帯に変えた農地を元に戻すのは容易ではない。元通りに戻すのは困難を極めた。国内の経済学者も、これには数年を要すると予想していた。

 

 空に広がった鉛色の雲をジェット機の轟音が切り裂いた。やがて、黒い戦闘機が6機、編隊を組んで基地に向かってくる。機体は白と黒の斑模様、尾翼には大きな蜷局を巻く蛇のエンブレム。ウェルヴァキア空軍のエース部隊、ヴィペラ隊だ。

 

 ヴィペラ隊の隊長、ダニエル・"ルップ"・イオネスク中佐は空の様子を注意深く観察した。春のウェルヴァキアの気候は不安定で、晴れていたと思っても急に雨雲が湧き出てきたり、雹が降り始めたりする。よって、フライト前のウェザーブリーフィングの情報はあまり当てにできるものでは無かった。それは、ウェルヴァキア国内の航空関係者ならばみなが知っていることだ。ベテランパイロットが新人パイロットに最初に教えることの一つ。それは"朝の気象情報を全部信じるな"だった。

 

『タワーよりヴィペラ1へ。ランウェイ11Lへの着陸を許可します』

 

「ヴィペラ1、着陸する」

 

 イオネスクはギアが降りていることと、機体が着陸に最適な角度、速度に保たれているかどうかを確認した。

 

『タワーよりヴィペラ隊へ。風は方位008から2ノット。横風はありません。滑走路までは35マイルです』

 

 MiG-29SMTはなだらかに3500mの長い滑走路に着地し、真っすぐエンドまでタキシングしていった。右側の滑走路には部隊の2番機の機体が着地した。

 

 イオネスクはやや不満げな表情を浮かべた。自分は敵機を撃ち落とすことで生計を立てている。が、どちらかというと、逆だ。自分は敵を落とすために生きているようなものだ。祖国に忠誠を誓い、祖国が目的を果たすためならば、どんな犠牲も厭わない。

 ところが、ここ数週間の任務といったら、上空哨戒ばかりだ。軍は現在、ノルドランドへ再度侵攻するための計画を整えているというが、一体それが何であるのか全く見えてこない。

 

 あの東部でのノルドランド空軍との戦いの時、マリウス・バセスク大尉を失ったのは隊にとって大きな痛手であった。あの腕の良い若者は、いずれは自分を継いでこの部隊を率いることになるだろう、と、この50代の男は思っていた。

 年齢を考えれば、そろそろ戦闘機乗りという職業を引退し、司令部に転属になるか、更に昇進して准将になって基地の司令官にでもなっていてもおかしく無いはずだった。しかしながら、イオネスクは度重なる将官への昇進の辞令を固辞し続けていた。

 その理由は簡単だった。戦闘機を操縦し、敵を撃墜することこそが、"ルップ"ことイオネスクにとって人生の全てであるからだ。かつてのレティオとの戦争での英雄。その功績を空軍どころか、人民評議会からも称えられ、数多くの勲章を贈られたのだ。この男は、間違いなく、ウェルヴァキア空軍の歴史にその名を残す存在となるだろう。

 

 バセスク大尉の後任としてイオネスクが引き抜いたのは、弱冠21歳のノヴァク・エネスク少尉だった。しかしながら、まだあどけなさを残すこの若者は、戦闘機に乗った途端、凶悪な殺人マシンと化していた。

 演習において、8機編成のヴィペラ隊のうち、2機を一人で模擬撃墜した天才だ。イオネスクは即座のこの男を自分の隊に引き入れ、育てることに決めた。彼の上官は大変喜んでいた。

 

 イオネスクは機体をタキシングさせて、指定されたエプロンの一角まで機体を移動させた。後ろでは7機の戦闘機が列を成して動いている。Il-78空中給油機がゆっくりと機体をエプロン上で旋回させ、誘導路に向かってタキシングを開始した。

 

 基地を覆っていた雪は殆ど溶けて無くなってしまっている。しかし、これからの季節は気温が上がるために機体の離着陸の滑走距離が延びる。

 

 イオネスクはキャノピーを開け、整備員がコックピットにかけてくれたタラップで地面に降りて、ヘルメットを脱いだ。顔にポタリ、と小さな水滴がかかった。やがて、雨粒が続けざまに落ちてきて、アスファルトで舗装されたエプロンに黒い染みを幾つも描き始める。空を見た限りだと、雲は風に流されている様子は無い。暫くこの雨雲は基地の上空にとどまり続けるだろう。気象隊の面々は気象の状況を見極めることに奔走しているはずだ、とイオネスクは考えた。

 

 1996年 4月3日 1032時 ノルドランド ヨアキムロル航空基地

 

 掩体壕に向かってミーティアとIRIS-Tを載せたドリーを引くトラックが移動していった。PAC-2GEMミサイルを搭載したM901ランチャーやホーク地対空ミサイルは相変わらず上を向いている。エプロンに戦闘機の姿は無い。滑走路を挟んで反対側に設置された、鉄筋コンクリートで強化された掩体壕に全て納められているからだ。

 基地は常時警戒態勢で、FNC自動小銃をスリングで肩から下げ、ホルスターにブローニング・ハイパワー拳銃を入れた空軍兵が警備に当たっている他、敷地の所々に停車しているハンヴィーやピラーニャ装甲車の上にはスティンガー地対空ミサイルを入れたコンテナが収められている。

 

 轟音を立てながらF-16CとF/A-18Dが離陸していった。誘導路ではF-16Cがもう1機と、Su-27SKMが待機している。傭兵の中には、当面の契約期間が終わり、その契約を更新しないことにしてここから離れて行く者もいれば、新たな報酬を求めてやって来る者がいる。サイファーがノルドランドに来て戦い続けて、そろそろ3ヶ月になろうとしていた。

 

 サイファーは相変わらず掩体壕の中で機体の点検をしていた。出撃が無い時はいつもこうしている。ひとしきりそれを終えると、梯子を上り、コックピットに座るとスロットルレバーと操縦桿を軽く握り、ラダーペダルに両足を置いて目を閉じた。頭の中で敵機との空中戦の状況のイメージを描き出す。

 円卓の鬼神は、過去に遭遇した空中戦の状況の大半を記憶していた。その時の天気、敵の位置と高度、速度、僚機の位置と高度、速度、自分のものも含めて。暇さえあれば、瞑想しつつ、その時の状況を頭の中でイメージとして可能な限り再現する。勿論、細部まで全てを記憶している訳では無いが、大まかなところは記憶している。

 

 滑走路の方から聞きなれたターボプロップの音が聞こえてきた。空軍のC-130Hハーキュリーズ戦術輸送機だ。おおかた、飛行機の部品や兵装関連の資材を持ってきたのだろう。ガンシップグレーの輸送機には"NORDLAND AIR FORCE"という文字が黒のステンシルで描かれている。着陸した輸送機はプロペラを回転させる重低音を立てながら基地の貨物ターミナルに向かってタキシングしていく。続いて大きな輸送機が滑走路の向こうから近づいてくるのが見えた。

 その正体はオーシア空軍のC-5Bギャラクシー戦略輸送機だ。オーシアは表立ってこの戦争に参戦していないが、同盟関係にあるノルドランドを裏で支援していた。

 

 C-5Bは特徴的なエンジン音を響かせ、貨物ターミナルに向かってタキシングしていった。基地の空軍兵たちが荷物の受け取りに向かう。中身は例によって、兵装や航空機の部品、その他航空機に関連する装備品。これからの戦いに欠かせないものだ。これらの装備は、基地の後方支援部隊に渡り、必要に応じて戦闘部隊や傭兵に分配されていく。傭兵たちにとっては非常に有難いことだった。今まで全て自分たちが手配していた物資を、雇い主であるノルドランド空軍が全て工面してくれているのだから。勿論、その分の代金は報酬から差っ引かれるのだが。

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