ACE COMBAT after story of the demon of the round table 作:F.Y
1996年 5月4日 0903時 ウェルヴァキア ジルノカビスカ
ウェルヴァキア人民評議会最高峰議長、ラズヴァン・メリンテは執務室の窓から見える首都ジルノカビスカの市街地を眺めていた。激しい雨が窓を叩き、時折、彼の心情を表すかのように空が光り、雷鳴が唸る。この知らせを聞いたのは、今朝早く。自分の官邸に到着した時だった。
今頃、国防省と海軍最高司令部は上へ下への大騒ぎになっているはずだ。ベルカ人の密かな支援によって建造した、虎の子を失ったのだ。 とてつもない資金をかけて投入した兵器が、今はノルドランド沖の海の底で巨大で高価な棺桶になっている。
ノルドランドを攻撃し、決定的な一撃を放つ。"バレナ"は与えられたはずの、その使命を果たせなかった。海軍は、この兵器にかなり期待していた。傭兵という飼い犬によってかりそめの戦力を得たノルドランドに、大打撃を与えるという。
ウェルヴァキアは疲弊が進んでいた。無理矢理兵器を買い付け、そのための資金を調達するために債権を無理に発行する。その兵器が戦争で破壊され、足りない分を補うために債権を発行する。この繰り返しが行われており、いつまで戦争を続けられるのかわからなくなってきたのだ。
やがて、ドアをノックする音が聞こえた。入れ、と言うと、予定通り国防大臣と陸海空、各軍の最高司令官が入ってきた。
メリンテは執務室のソファを指し示し、全員に着席するよう指示してから、机の前に座った。背後の防弾ガラスでできた窓から稲光が差し込む。数秒後に雷鳴がこの部屋に届いた。メリンテはすぐに口を開いた。
「諸君、既に知っているだろうが、我々の切り札とも言える"バレナ"が昨日、敵によって破壊された。我々は今後の方針を決めねばならない。まずは、各方面の戦況から聞かせてくれ」
まずは陸軍の司令官が回答した。
「議長、我々陸軍は既に次の作戦を複数用意しております。そのうち幾つかは、承認さえ頂ければすぐにでも実行可能であります」
「聞こう」
陸軍司令官は、分厚く重ねられたA3サイズの紙を机に置いた。それには、地図と写真が幾つか載せられている。
「我々はミサイルによるノルドランド本土攻撃計画を立てています。国内の複数の発射地点からミサイルを放ち、ノルドランド本土を攻撃するのです。我々はベルカからR17短距離弾道ミサイル、所謂SS-1CスカッドとSS-20セイバーを手に入れました。それらをある場所に配備する計画でいます」
「ふむ。具体的にはどうするつもりかね?」
「現在、ノルドランドとの国境から50km程離れた場所にある、ハビバフカ山脈にミサイル発射基地を建設しています。ベルカ人の技術者の協力もあり、かなりのハイペースで作業は進み、計画の6割方は終了しています。実際、これは、開戦前に建設は進んでいたのですが」
写真には、山に建設されている要塞が写っていた。
「つまり、これが我が軍の最後の切り札という訳か」
「はい。防衛のため、対空ミサイルサイトも配備しています。また、この施設の場所は、ホルヘイェスク空軍基地からそれほど離れていません。ノルドランド空軍が空爆に来た場合、すぐに駆けつけられるようにするためです。そいそう、これのコードネームですが、キャステルルと名付けることになりました」
メリンテは頷いた。そして、腹を括った。もう、これに全てを賭ける他無い。前議長や前副議長を中心とした、人民評議会の長老連中はこの戦争の失敗を大義名分に、自分を解任しようとする動きさえ見せている。
しかし、そんなことをさせるつもりは無い。この国の最高指導者は自分だ。何としてもノルドランドを屈服させ、全てウェルヴァキアにとって有利な交渉を行わねばならないのだ。
再び雷鳴が鳴り、メリンテの顔を一瞬だけ光が照らす。メリンテは窓越しに、時折、光る真っ黒な雲を見上げ、鳴り響く雷のように、ノルドランドに鉄槌を下すと誓った。
1996年 5月4日 0911時 ウェルヴァキア ペルジルタ空軍基地
ダニエル・"ルップ"・イオネスク大佐は、空になった古い掩体壕の中から空を見上げた。扉は錆び付き、レンガの一部は崩れてしまっている。かつて、ここにはMiG-3やLa-5といったレシプロ戦闘機が納められていたのたが、今ではウェルヴァキア空軍の歴史遺産としての機能しか持ち合わせていない。真っ黒な雲が空を覆い尽くし、それは吠えながら発光している。雨は降っていないが、それも時間の問題だ。立って歩くのがやっとなくらい風が強くなってきている。
今日のフライトは、予想外の荒天によりスクランブル待機を除いて全てキャンセルとなった。それが良いだろう。無茶をするパイロットは長生きできない。
イオネスクには、今日の荒天以上に気がかりなことがあった。それは、異常とも言える空軍のパイロットの確保のやり方だった。現在、ウェルヴァキアは徴兵制を敷いているが、空軍に入隊する新兵の全員にパイロットとしての資質があるかどうかの試験を行っている。そして、その判断基準がかなり緩くなっているような気がするのだ。
今までならば、教育課程で落とされるような奴までウィングマークを手にし、イオネスクからしてみたら非常に杜撰とも言えるような短期的な訓練プログラムを受け、それが終わったらすぐに前線へと送り込まれる。戦闘機は大量生産されていたが、今度は、それを操縦するパイロットのなり手が著しく不足してしまった結果だった。
遅かれ早かれ、この国の空軍は破綻をきたすことになるだろう。もうすぐ戦闘機に乗って30年が経とうとしている英雄はそう考えていた。だが、自分はただのパイロットだ。確かに、出世して、将官にでもなっていたならば、この問題に深く切り込むことができただろう。それに、自分はかつての戦争で活躍し『英雄』とまで讃えられた人間だ。もし、自分が順調に将軍になっていたならば、こうはならなかったかも知れない。
だがそれは、もう遅きに失した。自分は死ぬか、若しくは、これはすぐにでもその時はやって来るのだが、空軍を定年退官するまで戦闘機に乗り続けると決めた身だ。それ以外の才能が無い老兵には、国防省の政治的駆け引きの中で上手く世渡りできるとは思っていなかった。
しかし、だ。戦闘機に乗って敵を狩ることはできる。それが自分にとっての生き甲斐だ。それさえできれば・・・・・。
「失礼します」
声がする方を見ると、レインコートを着た兵士が立っていた。手には濡れたA3サイズの封筒を持っている。兵士はイオネスクに近づき、敬礼してその封筒を差し出した。封筒には赤い文字で『機密事項』『黙読のみ可能』と書かれていた。
「空軍情報部からです。これは、あなたのみに見せるように、と。この情報は、空軍情報部の中でも10人も知る人間はいません。長官や国防大臣にすら知らされていないようです。私には、中身を見る権限はありません。読んだ後は、必ず破棄するように、と命令されています。では、失礼致します」
その兵士はイオネスクに敬礼し、答礼を受ける間もなく足早に彼は去っていった。
イオネスクは封筒を開け、書類を取り出した。それには、Su-35BMの写真があり、それにはこう書かれていた。
『この機体に乗る傭兵パイロットは、正確性は現段階においては五分五分の可能性ではあるが、"円卓の鬼神"と呼ばれた人物である可能性があると思われる。尚、件の人物に関する氏名や出身地については不明である』
イオネスクは鼓動が高まるのを感じた。なんと、あの円卓の鬼神が、ノルドランドにいる可能性が高いという。ベルカでの戦争における英雄。世界中の戦闘機乗りならば、噂程度ならば知っている人間は多い。敵を容赦なく焼き付くし、ベルカを屈服させた傭兵。そいつがノルドランドにいる。
イオネスクは防水マッチを擦り、書類に火を点けた。紙はあっという間に真っ黒な炭になり、読めなくなった。イオネスクはそれを踏みつけ、念入りに火を消した。奴を仕留めるのは自分だ。引退間近の老兵は決意した。
そして、例え奴と刺し違えるか、"鬼神"に落とされる日が来たとしても、決して自分は後悔しないだろう。