私の妹が監察官なわけがない   作:たぷたぷ脂肪太郎

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オズワルド・A・リスカー、再始動

「私としても生きている君を連れて帰りたい。貴重なサンプルとして…ね」

 

 有機的な戦闘鎧(バトルアーマー)を纏う男が、右頬の呼吸器官を僅かにピストンさせながら勝ち誇りそう言った。言われた男は跪き傷だらけで、男達は互いに良く似た生物的装甲服で全身をくまなく覆っていた。

 

「貴様の思い通りには…ならない!」

 

 傷だらけの有機戦闘鎧の男…ガイバーⅠ、すなわち深町晶はつい数日前まで一介の高校生だったとは思えぬ頑固さで眼前の屈強なエージェントに立ち向かい続ける。深町晶と対しているのは戦闘訓練を積んだ結社の監察官、オズワルド・A・リスカーという男で、深町晶と同じくガイバー(規格外品)とまで呼ばれる戦闘能力を持つ強殖装甲で身を包んだ者同士である以上、一流のエージェントであり専門の戦闘技術を会得しているリスカーに敵うわけもないのだが、それでも深町晶は頑固だった。良くも悪くも世間知らずで青臭い青年だった。

 

(…なんという頑固者だ)

「まだ分からんのか?これ以上抵抗するなら死体にしてでも…」

 

 圧倒的な戦力差を示し、敵わぬと証明してみせれば言うことを聞くだろう。人間など所詮だれしも強者に怯え竦み頭を垂れるものだ…どんなに意地を張っていようと。しかもそれが平和な日本で育った一般中流家庭のティーンズならば尚更だろう。そうリスカーは思っていて、すぐに任務は達成できると思っていた。クロノス日本支部は一体何を手こずっているのか。全く無能揃いだ。そうも思っていたが、しかし目の前の青年の並外れた頑固さに多少面食らい始めていた。

 

(…やれやれ、こいつはとんだ強情っぱりだな。このガキども…ガイバーというチカラを手に入れて図に乗っているか…まぁそういう年頃でもあろうしな。それとも天性の精神的タフガイなのか)

 

 日本支部の苦戦理由をなんとなく察し、いよいよ〝生きて捕獲〟から〝害してでも確保〟に切り替えようとしたその時だった。「う!?」という呻き声をあげてリスカーは異常な目眩と頭痛に襲われた。額部の金属球・コントロールメタルが異様な音と光を発して明らかな異常を見せだす。

 

「こッ、これは…ど、どうしたことだ!?」

(し、しまった…!実験体による爆弾による損傷がこれほど深刻なものだったとは!)

 

 甲高い金属音と激しい発光がコントロールメタルから漏れ出しリスカーは苦悶に満ちた声で狼狽することしかできない。

 

「晶、見ろ!!ヤツの額の金属部分(メタルパーツ)が…!」

 

 ガイバー同士の戦いの場に居合わせた深町晶(ガイバーⅠ)の親友・瀬川哲郎が指摘すると即座に晶は駆け出した。リスカー(ガイバーⅡ)の歪んだコントロールメタル目掛けて筋力強化された重拳を力いっぱい叩き込む。

 ドギン!という重々しい金属音がして、ガイバーⅡは一瞬、全ての動きを止めた。

 

「う…あぁ…!」

 

 リスカーの額から、完全な機能不全に陥ったコントロールメタルが爆発するかのように飛び出し、空中分解して地に転がる。

 全てを喰らう強殖細胞を制御するコントロールメタルを失うと殖装者(ガイバー)はどうなるのか。敵ながら深町晶と瀬川哲郎は固唾を呑んでリスカーの様子を見守り、そして…

 

「ああ…あああああああ!?」

 

ドロドロに崩れ、命が失われていく者特有の断末魔をあげて崩壊していくリスカーの姿に恐怖した。命懸けだったとはいえ、敵だったとはいえ、目の前で人が溶けて崩れて死んで行く悍まし過ぎる光景に、ただの高校生だった二人は心底怯えた。

 

「ばッ…ばか…な…!こん…ナ、バカナ……ッ、グ…ググ…オ」

 

 丹精なマスクだったガイバーⅡの顔面はすっかり崩れ、腐肉で出来た異形のスライムとでも言うべき醜悪なものに成り果て、その無残な姿に己の末路を重ねた深町晶は恐怖のあまり、咄嗟に胸部粒子砲(メガスマッシャー)でリスカーの全てを消し去ってしまったのだった。

 かつてリスカーという名の人間だった〝それ〟が断末魔にどんな叫び声をあげたのか、それは誰にも…深町晶にも瀬川哲郎にも聞き取れなかった。

 

(死…ぬ…!ワタシ、は……こんな子供に…敗れて…おぞましく、惨めに、食われて…ッ、リスカー家の…栄、光……!ヴァ、ヴァルキュリア……)

 

 ビッグバンのミニチュアとも称されるメガスマッシャーの光に包まれながら、オズワルド・A・リスカーの脳裏に最後に浮かんだものは義理の妹ヴァルキュリアの姿だった。自信に満ちたオズワルドの人生において明確な後悔は二つ…一つは正に今この瞬間の敗北と死であり、そしてもう一つは17歳時…9歳年下の義妹に、父との口論の弾みとは言え暴言を聞かれてしまったことだった。

 

「出自の卑しい北欧女と結婚してまで、組織内での地盤固めがしたかったんですか?」

 

 根っこではそう思っていなかった。だが、折り合いの悪い実父との口論が激化する中で、父を貶め辱めるためとは言え咄嗟に出た言葉は父の再婚相手…美しく優しい義母と義妹の家柄と血を侮蔑する言葉だった。当時8歳だった妹は、自分がプレゼントした大きなクマのぬいぐるみを、いつも小さな体で一生懸命抱きしめていた。父との口論を終えて書斎を出た時、部屋の前にはそのぬいぐるみだけが寂しそうに投げ捨てられていたのは、オズワルドの一生忘れられない苦い思い出だ。その後、成長したオズワルドは寄宿舎に入り実家を出、そして義妹への申し訳無さと自分への嫌悪から全く実家へ寄り付かなくなってしまった。

 その後、義母と会うことは遂に無く、義妹と会う機会は僅か二回だった。一回目…美しくも病弱だった義母の死の折、葬式で。二回目…飛び級を重ねた期待の新人が、僅か22歳で監察官として配属されるという面会式の時。長い金髪を靡かせて、他人の誰も信用していないとでも言いたげな鋭い目をした美貌の女になったヴァルキュリアを見たのが最後だった。もうクマのぬいぐるみを一生懸命抱える、優しい目をした少女の面影はどこにもなかった。

 

(私が変えてしまった)

 

 出世に邁進するオズワルド・A・リスカーは、クロノス内で出世競争と権力闘争に興じるのに生き甲斐を感じ充実したエリート人生を満喫していたが、ふと気を抜いた拍子に思い出されるのはそのことだった。いずれ世界の全てを握ることになるだろうクロノスだ。そこで栄達を掴むのは今後の為にも悪いことではない…が、監察官は楽な仕事ではない。気苦労は絶えぬし、時には荒事もこなし内外に敵を作りやすい。そんな監察官に義妹が最年少でなってしまったのは、きっとリスカー家への反発心からだろうとオズワルドは思っていた。自分も家への反発から辿った道だから良く分かる。だが、それでもオズワルドは、妹にはクロノスの負の面にそこまで深く関わらず、クロノスの適当な上位者の妻にでもなって平穏無事に生きてもらいたかった。

 

(…私は…、なるほど、随分と迂闊で、愚かな…男だったらしい…)

 

 今、死にゆくこの原因も迂闊さ故。そして青年だった時分、自分を慕ってくれていた義妹を裏切ったとも言えるあの言葉も。迂闊で愚かだった。

 

(せ、せめて…あいつに謝りたい、謝ラせて、クれ…ガイバー…!降臨者()の、遺物ヨ…!私に…!チャンスを、くレ!頼、む!グ、アア、アアアア…!)

 

 強殖細胞に食われ、メガスマッシャーに消滅させられながらオズワルド・A・リスカーの命はそこで完全に終わった…はずだった。しかし、その時、神か…或いは悪魔は彼に笑いかけたのだ。完全に破壊され、脳から剥離したコントロールメタルは、未だリスカーとの精神的リンクを維持していたのだ…そしてリスカーの強烈な未練が奇跡を呼び寄せた。壊れたコントロールメタル(鬼神の躯)に魂が滾り、そして分解されていた金属球の破片達は強烈に発光しだしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして彼は目覚める。

 

「うわあああああああああ!!!」

 

自分でも無様くらいの情けない叫び声をあげて、金髪の青年は目覚めた。少々節くれ立つのが目立つようになってきてはいたが、美青年と言って差し支えないリスカー青年の顔は汗でぐっしょりと濡れていた。

 

「っ…!わ、私は…?い、生きている、のか…!?」

 

 自分の両手を見る。その手は強食装甲に包まれたものでもなく、厳しい訓練と加齢を経てごつごつとしたむさ苦しい男の手でもない。線の細い年若いものだった。

 

「…ど、どういうことだ。クロノスのラボでもない…ここは…」

 

 起きた場所を見渡せば、そこは記憶に根付く懐かしき実家のものと符号する。必要以上に華美な貴族趣味丸出しのしつらえの家屋は、どう見ても懐かしき実家のものだ。鏡を見てもそこに映る顔は実家に住んでいた頃の若き日のオズワルド青年のものでしかない。

 

(…夢?今まで見たのは…全部夢だとでも…言うのか?監察官として伸し上がったのも、ガイバーと戦ったのも…あの十数年の人生は、年少の俺が視たうたかたの夢だったとでもいうのか)

 

 自分の頬を抓るという古典的方法で夢か現実かを見極めながら、今まで見、そして体験したものが〝夢だった〟の一言で済ませられるほど軽いものではないことを自覚していく。とても鮮明だった。今、睡眠の中で見て体験したものはとてつもなく鮮明で、細部にいたるまで思い出せる。それを夢の一言で片付けるのは簡単だが、真に夢だったとしてもそれは正夢とか予知夢とか、そういった超常の領域に至る程の夢だろう。

 

(…荒唐無稽な、ただの悪夢と片付けるのは…やはり無理だ。あの〝死〟の痛みと恐怖は…夢にしてはあまりにも…!)

 

 例えば自分が唯の一般社会に生きる者だったならば、或いはオズワルドは今視たものを〝やけにリアルな夢だった〟と片付けて段々と忘れていくことが出来たかもしれないが、そこは秘密結社クロノスに根深く繋がる名門リスカー家の嫡男である。様々な超常現象(オカルト)地味た超技術が実在すると知っているオズワルド青年は(俺は…ひょっとしたら未来を経験したのかもしれない)と自らの散々な結末を心に留めておくことにしたのだった。

 

「情報は絶大なるアドバンテージだが…まずは…少し確かめねばなるまい」

 

 オズワルドは暗く静まり返った屋敷内を散策する。使用人達も寝入っていて、今は屋敷を彷徨くのは少数の夜勤の使用人や警備のものだ。誰も彼も見知った、懐かしい顔ぶれだった。

 

「あ、お坊ちゃま…こんな夜更けにどうなさったのです」

「オズワルド様?眠れないのですか?」

 

 すれ違う者達に「あぁ、少し寝付けなくてね」とか無難に返して屋敷を歩いていく。やはり間違いなくここは〝記憶にある通りの〟昔の実家だ。

 

(…今は、今はいつだ?妹に、ヴァルキュリアに〝あれ〟を聞かれてしまった後か?前か?)

 

 オズワルドは顔に出さないようにしながらも心臓がバクバクと緊張で高鳴るのを感じながら目指す部屋…妹の部屋へと歩みを進める。目的地へ近づく程に心臓がうるさくなっていくのを感じていた。

 

(馬鹿なことを。会ってどうしようというのだ…第一今は深夜だぞ?私の肉体通りの年代なら、ヴァルキュリアだってまだ少女なんだ。寝ているに決っている)

 

 義妹の部屋の前まで来てオズワルドは足を止め、そして一瞬、言い訳地味たことを考えてくるりと踵を返した。だがその足音で、

 

「誰…?お兄様?」

 

感づかれた。妹の部屋から透き通るような可憐な声が聞こてきて、オズワルドはどきりとした。夢だったのかもしれないが、詳細な予知夢レベルのものの中で経験した人付き合いや駆け引きで分かるようになったものがある。妹の声は不安感に満ちている。怒りと不信が、存分に声に詰まっている。まだ少女なだけに、声への感情の乗せ方は非常にストレートだった。

 

(くっ…あの言葉を言ってしまった後なのか)

「や、やぁヴァルキュリア…よく私…俺だとわかったね」

 

 オズワルドの感覚は一気に17歳当時に引き戻されたようだった。長年都会で暮らしていても、実家に帰ると途端に地元の方言だとかが出てしまう現象に似ているかもしれない。

 

「…わかるわ。だって……………兄妹、だったから」

 

 少女の声色は硬い。その声を聞くだけでオズワルド青年の心はずきりと痛む。

 

(兄妹()()()、か)

 

ヴァルキュリアがあえて過去形を使ったのは、つまりそういう意味だろう。心の距離がすっかり離れてしまった。長い時間をかけて記憶の引き出しの奥にしまいこんだものが途端に溢れ出てくる。

 

(自分でも驚きだな…人生の最後に…降臨者の遺物に願ったことが、こんな〝妹に謝りたい〟だなんて。だが、チャンスはチャンスだ…活かさずしてどうする)

「…ヴァルキュリア、聞いて欲しいことがある」

 

「…」

 

 妹は無言だが、それでもオズワルドは続けた。

 

「俺は…父とは、ロバートとは折り合いが悪いのは、おまえも知っているだろう?父は、俺にクロノス北米支部…いや、仕事をそのまま継ぐことを望んでいるが、俺はもっと…大きな仕事がしたかった。父が敷いたレールの上を行くだけでなく、もっと先へ…上へ行ってみたかった。だから…父とは口喧嘩ばかりなんだ…最近はね」

 

「…」

 

 相変わらずむっつり黙ったままだが、オズワルドの独白をヴァルキュリアはしっかり聞いているようだった。

 

「…おまえとは、あまりケンカをしてこなかったけど…その、ケンカというのはお互い、頭に血が昇ってカッカしてきて…自分でも思ってなかったことを言ったり、してしまったりするものなんだ。本当はそんなこと思ってなくても、それをしたら取り返しがつかないと思っても、してしまうものなんだよ」

 

 8歳の少女に言い聞かせているのだからオズワルドの言葉選びは慎重である。それに自分も名家の出だから分かるが、家柄に優れた者は自分の家門と血に自信と誇りを持っている。そういう常識と価値観の中で生まれ育つのだから、一般家庭に生きる者からは想像もつかないレベルで家柄を重視する。だから家と血の侮辱は、それこそ人生全ての否定と同義なのだ。だからこそオズワルドはここまで罪悪感を抱いてきたし、ヴァルキュリアは歪んでしまったのだ。

 

「〝出自の卑しい北欧女〟」

 

「…っ!」

 

 扉の向こうでガタリと音がした。

 

「俺が、ものの弾みで言ってしまったことだが、言ってしまったのは事実だ。取り消したいが、もう消すことはできない。おまえの心を深く傷つけた。義母さんの名誉も汚してしまった…。本当にすまない。フォーシュバリ家は、北欧の名門だ。俺は、卑しい家だなんて思っちゃいなかった…だけど、そう言えば、あの時…父さんが悔しがると思って…ついそう口走ってしまった」

 

「…本当に?」

 

 そこで初めてヴァルキュリアが口を利いた。

 

「っ!あ、ああ、もちろんだ!俺は…その、か、義母さんは好きだ。もちろん…おまえのことも。でも、ちょっと、な。今は…俺も難しい年頃というか…思春期と言って、素直になれない精神状態が続くんだよ」

 

 懐かしい実家で懐かしい義妹と喋っているから、多少心は若返って年少特有の〝軽さ〟を発揮しだしているが、それでも今のオズワルドの精神は30代の多少熟成されたものを持っている。だからある程度自分を俯瞰して見ることができた。

 

「…お母さまのことも、わたしのことも…オズワルド兄さまは…ケイベツしてない、の?」

 

「していないよ。当たり前じゃないか。本当にごめん…ヴァルキュリア。兄さんが悪かった。お前以上に大切な人なんて、俺にはいない。父とは家族という情は感じられないし、正直言えば、義母さんとも家族と言うほど打ち解けていない。もちろん、今後、家族になれるよう努力は続けるが…その中で、俺は家族と呼べる人は…おまえしかいない。ヴァルキュリアしか」

 

 オズワルドは自分でも驚いていた。こんなにも自分は素直に心の内を吐露できる男だったか、と。こうして言葉にしてみると、自分で思っていたよりも…どうもヴァルキュリアのことが好きだったらしい。もちろん、家族として。

 

「13歳の時、突然天使みたいに可愛い女の子がうちにやってきて、俺はその時から君に夢中だった。こんな可愛い妹が出来て、美しい母が出来て、ちょっと俺には恥ずかし過ぎたんだ。でも、ずっとずっと大切に想っていた」

 

「…うっ、うぅ…お、お兄さま…」

 

 妹の泣きじゃくる声が段々と大きくなってきた。とたとた走りよってくる音も近寄ってくる。

 

「お兄さまぁぁーーーー!オズワルドお兄さまぁぁっ!」

 

「あいたっ!?」

 

 バァンと扉を勢いよく開け放って、もちろんその扉は間近にいたオズワルドの顔面を強打したが、そんなことお構いなしに妹は兄に抱きついてきた。

 

「わだじ…わ゛たじ…お母さまとわたしの味方だと思ってた、お兄さまに…!裏切られたって…そう思っで…!ずっとお兄ざまはわたしたちのこと、ケイベツしてたんだって思って…!うわぁぁぁぁぁん!」

 

 少女が可愛い顔をくしゃくしゃにして涙と鼻水でオズワルドの首筋を汚すが、構わず兄は妹を抱きしめてやる。

 

「…妹に、こんな思いをさせるなんて兄失格だな。ごめんよ、ヴァルキュリア…兄さんはずっとおまえの味方だ」

 

 今まで兄オズワルドは、妹へ対して不器用な愛情の示し方しかしてこなかった。プレゼントをしたり、一緒に遊んでやったり、勉強を教えてやったりはもちろんしてきたが、ここまではっきりと言葉にして愛を示したことはなかった。ヴァルキュリアは、さっきまでの〝裏切られた〟〝踏みにじられた〟という感情と事実が霧散して、しかも霧散した直後に今まで言葉にされなかった愛情をはっきりと示されて、その落差で感極まって泣きまくった。貴族の流れをくむフォーシュバリ家の一人娘として育ってきたヴァルキュリアはここまで大きな感情の発露をさせることは今までなかった。感情を制御できないのは男女関係無しに〝はしたない〟ことだからだ。でも、今はそんなことお構いなしに少女は泣いた。そしてオズワルドはそれをしっかりと抱きとめてやるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時は流れて、3年後…美人薄命の通り、義母は命を落とした。オズワルドの記憶通りに病死した。だが、その死に顔は、以前オズワルドが知るものよりも安らかで満ち足りた顔だった。

 

「オズワルド…あなたはとても良い息子だった。ロバートは薄情な人だったけど、私は…幸せだったわ…。あなたとヴァルキュリアが二人揃って母さん母さんと、呼んで慕ってくれた日々はかけがえのないものだった。…ヴァルキュリアを、お願いねオズワルド」

 

 そう言って笑顔で死んでいったのを見て

 

(…いくらかは孝行できただろうか。とうとう最後まで、心の底から母とは思えなかったが…貴方は優しい人でした、義母さん)

 

オズワルドも心のつかえがほんの少し軽くなったのを実感する。

 義母の死が起きた年代は変わらずだったが、それ以後は少しオズワルドのあの〝前世〟だか〝予知夢〟の記憶からズレた。何故ならオズワルドが体験した〝経験〟を活かしてより自己鍛錬に励んだからだ。死ぬまで最前線で監察官として活躍し続けたオズワルドにとって、学生生活など退屈極まるものだったが、それだけにたっぷりと己を高めることができた。飛び級を重ねて、かつて最年少記録を作った義妹の〝22歳で監察官デビュー〟を越えて20歳時には監察官としてクロノスに就職を決め、異才天才奇才揃いのクロノスにおいても期待の新人として持て囃されることとなった。

 これは誰も知る由も無いことだが、裏ではクロノスの重鎮〝怪物頭脳〟〝ドクター〟ハミルカル・バルカスが、最後の獣神将とするのをリヒャルト・ギュオーとオズワルド・A・リスカーのどちらにするかで大いに悩んだ…それ程の注目株だったのだ。後にバルカスは

 

「…リスカーを十二番目の獣神将にすべきじゃった…この老骨、一生の不覚じゃ」

 

と何度目の一生の不覚だと言われる後悔を滲ませたという。

 

 閑話休題、父ロバートも監察官就任を喜んだが、一番喜んでくれたのは11歳になった義妹ヴァルキュリアだ。学校の為に実家を出る時は随分渋られたが、毎週欠かさず手紙を送り、毎日電話をすると約束してようやくヴァルキュリアは納得してくれたものだ。以来、ハイスクールでも大学でも約束通り毎週の手紙と毎夜の電話は忘れない。電話越しにキスまで毎日させらたのは、さすがのオズワルドでも頬を赤らめる苦い記憶だ。あの事件以来兄妹ケンカもなく兄妹仲は良好そのものだが、そんな最愛の妹と一度電話越しにケンカをしたことがある。(と言ってもオズワルドは困惑するのみでヴァルキュリアが一方的に怒っただけだが)

 それは雑談の流れで

 

「そろそろボーイフレンドの一人もできたか?」

 

とオズワルドが妹に聞いた時に起きた。兄として、妹が周りの人と仲良くやってるか気になって冗談めかして言ったその言葉が、何やらヴァルキュリアはお気に召さなかったらしい。

 

「…ボーイフレンド…?お兄様は私にボーイフレンドが出来るのをお望みなの?」

 

「え?そ、それはまぁ…お前ももう11歳だし、気になる男の子の一人二人いてもおかしくないからな」

 

「………お兄様は、私が色々な男に想いを寄せる…そんな女だとお思いなの?ふざけないで」

 

「い、いや、そういうわけではなかったのだ。すまんヴァルキュリア」

 

「もしや」

 

「え?」

 

「お兄様は色々な女に懸想しておられるのかしら?」

 

「なぜそうなる」

 

「だって、自分がしてることは他人もしてると…人間って思いがちですから」

 

「むぅ」

 

「で?どうなのです?お兄様は、まさか恋人を大量に作って淫蕩な遊びを繰り返しているのかしら」

 

「お、おいおい…11歳で淫蕩なんて言葉を…は、ははは…全くヴァルキュリアは賢いな」

 

「お兄様、恋人がいらっしゃるの?複数人も?」

 

「…あ、あのなぁ…おらんよ。考えてもみろヴァルキュリア、20歳で監察官に採用されるのに女遊びなどしておれんさ。私の人生は仕事にある。監察官という仕事は女遊びよりもやり甲斐がある」

 

「あら素敵!恋人を作らずにいたのはとても良いことよお兄様。でも、ヴァルキュリアは恋をしてはいけないなんて言ってるのではないわお兄様。上流家庭の選ばれし一族たる私達ですけど、たまには色恋もしなくては不健康というもの…淫蕩にふけるのも確かな相手となら許される。そう、確かな家柄と血脈同士なら」

 

「…あー、ヴァルキュリア?」

 

「ねぇお兄様、私達は愛し合っている家族よね」

 

「うん?うむ、そ、そうだな」

 

「でも血は繋がっていないし、お互い家柄も確かだし…気心だって知れているし…どんな甘美な夜を過ごしても秘密が外に漏れるなんて心配しなくてもいい…。ねぇお兄様、私この前初潮がきたの。もうお兄様の子を――」

 

「おおっと!すまないヴァルキュリア、ちょっと出さなゃならんレポートの期日が迫っているのだ。また電話するよ!いい子にしているんだよ愛しい妹よ!」

 

 その電話を切った時、オズワルドの顔は妙な汗でいっぱいだった。電話向こうの義妹の声はおかしな迫力と、そして色気で溢れていた。兄妹ケンカというか少し不穏な空気が流れた程度で口論にすら到達していないソレがたった一つの兄妹ケンカで、後は概ね二人は仲良し兄妹だった。……少し、妹からの愛情が過多なような気がするオズワルドだったが、まぁ実父も実母も早くに亡くし、今の父はあんなだし兄の自分に少々愛が傾くのも仕方ないかと無理矢理納得する。

 

「まぁ、何にせよヴァルキュリアが監察官になることはないだろう。今のあいつはフォーシュバリ家の家名と血の優秀さを証明する必要もない…。そうだ、ヴァルキュリアよ…お前はクロノスの暗部に必要以上に関わるな」

 

 妹からの重すぎる愛から目を逸らしながら、オズワルドは修練に励んだ。それに運命の転機である〝あの事件〟での自分の動きも分析し続けた。

 

(そうだ…あの時、日本支部の動きは杜撰に過ぎた。そして私の動きもだ。あまりにも迂闊だった…。クロノスは財力と暴力、そして超科学を有していた…それらに優れ過ぎていた為に驕ってしまったのだ。何でも豪腕で解決できるという驕りが、あの大失態に繋がった……これは組織の体質でもある。いざとなればゾアノイドや、そして十二神将が解決してくれるという安心感がそれに拍車をかけるのだ。…事実そうであるしな…私一人では如何ともし難い)

 

 北米のニューヨーク支部は裏表含めてあらゆる活動が順風満帆。クロノスの力と影響力はメキメキと伸びている。リスカーが活動を開始してからは更に成長が顕著だ。それに他の支部も今の所は何の問題もない。あの魅奈神山・遺跡基地を抱える日本支部も業績は上り調子だ。クロノスに属する全ての者が驕り高ぶるのも分かる順調さで、

 

(ガイバーがいなければ、こうも順調なのだな…全く平和なものだ)

 

有事の際のクロノスのごたごたとグズグズ対応を知るリスカーも思わずそう思ってしまう。

 

(いや、いかんいかん。クロノスとて常勝無敗ではいられないのは、私は良く知っている筈だ。ユニット・ガイバーⅠを手にしたあの少年…そう、深町ショウくん…彼への対応の初動さえ誤らなければ…ことはもっと穏便に、スムーズに解決できたのではないか?)

 

 そもそも頑固な彼の手にユニットが渡らないように…いや、そもそもユニットが盗まれないようにできないか。ニューヨーク支部所属ではあるが監察官である自分はある程度自由が効く。それを活かしてクロノスに暗雲が立ち込めだすあの忌まわしき事件を防げないか…今日もリスカーは考えを巡らせていた。だが、

 

「リスカー監察官、アムニカルス閣下がお呼びです」

 

「そうか、わかった…すぐに行く」

 

〝前世〟でもそうだったが、今生ではより一層敏腕監察官となったリスカーは、今では十二神将から直接指令が下るほどのエージェントになっていた。特に北米支部最高責任者のシン・ルベオ・アムニカルスからは気に入られていて、直接の面会まで許された凄腕監察官として周囲からも一目置かれる男がリスカーであった。今も〝調整〟されず調整先が吟味されているのも彼が準幹部として大切にされている証拠だろう。

 

(やれやれ…今日は一体どんな無理難題を言われるのか…。やり甲斐は凄まじいが、なかなか考えがまとまらん)

 

 リスカーがため息をつく。漏れ出たその声はとてつもなくダンディでいぶし銀な低音ボイスで、長い廊下をすれ違う女性職員からは今日も黄色い歓声が静かに上がるのだった。

 


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