私の妹が監察官なわけがない   作:たぷたぷ脂肪太郎

10 / 13
ヴァルキュリア襲来

 アリゾナ本部では半ば休暇扱いで、リスカーはのんびりと本部基地内で骨を休めていた。妹ヴァルキュリア共々実家に帰るでもなくこのアリゾナ本部でくつろいでいるのは、兄妹揃って父ロバート・P・リスカーと折り合いが悪いからだ。北米ニューヨーク支局長を長年勤めたロバートは、今では老齢から支局長の座を退き、表向きの顔である合衆国上院議員としても半ば半引退状態で実家の屋敷で暮らしている。代わりに複数の大規模レジャーの経営や投資活動を行っていて大事業家としては現在も精力的に活動しているのだった。監察官として2人の子が名を馳せ名誉を得ていることから、今ではオズワルドにニューヨーク支局長を継がせようとか、ヴァルキュリアに適当な男と政略結婚をさせようとかの思いは薄くなったようで、〝勝手に生きろ〟とばかりに互いに連絡をとろうともしなくなった。

 それはともかく、オズワルドにとって当面の問題はギュオーの生死確認、ヤマムラの探索、日本支部反乱の対応…ではない。今、外も暗い早朝のうちからベッドの中に潜り込んで彼の股間部でもぞもぞしている義妹だ。

 

(っ!?な、なにをしている!いや、一つしか無い!こいつ…ここまでやるとは!)

「ヴァルキュリア…!いい加減にしろ!」

 

 下腹部に違和感を覚えたオズワルドが、直ぐに状況を確認したらこれだった。ヴァルキュリアが、下着一枚でベッドに包まっていた己の下半身ににじり寄っていたのだ。

 

「ん…れろ…じゅぶ…じゅぼっ、じゅぼっ、ん…ちゅ…」

 

 ヴァルキュリアは素早く兄の衣類をずらして、一喝してくる彼を無視して兄のナニかを咥え込む。オズワルドが呻いた。生々しいヌメる感触が、丹念に自れのとある部分を愛撫する感覚に身を任せたい…そういう誘惑も強烈にあったが…これで身を許してしまったら兄の沽券に関わるし、キャネットにも申し訳がない。何よりも倫理観が危うい。もっとも…それ故の背徳感というものもあるかもしれないが、とにかく「これはマズい」と、そう思ったオズワルドの行動は早く、そして強烈だ。

 

「く…っ!お仕置きだなヴァルキュリア!」

 

「んぷっ!?きゃあっ!?」

 

 ジュードーの巴投げの要領で、片足で妹を持ち上げてそのまま勢いよく自分の頭側へ投げ飛ばしたのだ。さすがは鬼の監察官であり、そしてヴァルキュリアの兄だった。やはり彼もやる時はやる。ベッドの頭側は壁だ。このままいけば壁に打ち付けられてヴァルキュリアも冗談ですまない怪我を負う所だが、そこは義妹も監察官だ。空中で身を捻って壁に足を着地させ、跳ねて避ける。彼女の見事な肢体もあって、その様は雌猫か女豹であった。

 

「もぅ…オズワルド…意固地ね」

 

 さっきまでずっぽりとナニやら咥えていたせいで涎が美女の口周りについていた。ヴァルキュリアはそれを拭いながら、艶々しぷっくりとした唇を名残惜しそうに白い人差し指でなぞりあげた。

 

「…ヴァルキュリア。冗談ではないぞ。お前の倫理観はどうなっている」

 

 睨むオズワルドだが、ヴァルキュリアは金髪を両手で掻き上げながら惜しげもなく女の色気を剥き出した体を兄に見せつける。ベッドに潜り込み愛しい人へ()()()をしていた彼女は肉体も美貌も火照らせているし、ピッチリした黒の特務スーツも艶めかしい。これは全く危険な妖花だった。

 

「愛する未来の夫に愛を注ぐ行為の何が間違っているというの?」

 

「私は兄だ。お前とは結婚できない。お前の戸籍はリスカー家の長女なんだぞ」

 

「戸籍操作ぐらいクロノスなら簡単なものよ。オズワルドもやったことあるでしょう?」

 

 オズワルドは溜息をつく。妹は意志堅固で、そして頭のネジがどこか緩んでいるのだと確信した。

 

「ヴァルキュリア…お前は哀れな女だ。世間を見渡してみろ…男は私以外にもいる。父がお前を多感な時期に屋敷に閉じ込めたせいで視野が恐ろしく狭くなってしまっている。これは…リスカー家の罪というべきか。自分のことだけに精一杯でお前を実家に放っておいた私の罪でもあるのだな…」

 

 ヴァルキュリアはせせら笑う。

 

「違うわ、オズワルド。全く見当違いね……私は、色んな男を見てきた。お兄様が訓練生だった時期…私は毎夜のように下らないパーティに連れ回されて、一回りも二回りも年上の男達と社交界で延々つまらない話をさせられた。…酷い時には、ロバート(冷血な義父)に仕組まれて無理矢理そいつらの夜の相手までさせられそうになった」

 

「…それは…………初耳だな」

 

 実父ロバートの情け容赦無いヴァルキュリアへの扱いには、さすがのオズワルドも心が痛む。知っていたことだが、父はヴァルキュリアを自分の栄達の政治道具の一つとしてしか見ていないのは情けない話だった。俯いたオズワルドを見てヴァルキュリアは笑う。

 

「あぁ、オズワルド。私を心配してくれたのね?でも大丈夫。私、そんな男達をずっとあしらい続けたから……この体はまだ綺麗よ…私は何処までもオズワルドだけのもの。私の唇も、胸も、お尻も、…アソコも、髪の毛一本まで…細胞の一欠片までオズワルドだけのもの」

 

 ヴァルキュリアが、黒一色の特務スーツ姿で四つん這いになって再びベッドにゆっくり這い上がろうとする。女の体の線が出るライダースーツのような服で豊満な体を強調し、胸元まで大胆にファスナーが引き下げられて谷間が露出している。彼女の整い過ぎた顔も、胸元の谷間も紅潮し汗ばんでいて、ムワッと漂う女のフェロモンはこれ以上無いぐらいに男を誘惑する。だが、

 

「やめないか!」

 

オズワルドは自分の煩悩を振り払うように一喝とともに腕を薙いで彼女を追い払う。ひらりとヴァルキュリアは飛んで逃げた。やはり猫のような身の軽さであった。

 

「うふふ…失敗だったようね。また来るわ、愛しのオズワルド」

 

 悪戯な笑みを浮かべて身を翻すと嵐のように義妹は去っていった。オズワルドは頭を振り、眉間を抑える。

 

「どうしたものかな…」

 

 どうやら気が休まる休暇は過ごせそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が休まならぬのならばある程度働いた方が気が紛れる。なのでオズワルド・A・リスカーは自らハミルカル・バルカスにガイバーの実験(ユニットの解析)を再開するよう懇願した。

 

「よいのか?日本支部粛清(例の作戦)の準備完了まであと僅か…休んでおいた方がよいのではないかな」

 

 バルカスだけでなく、司令室で老獣神将と話し込んでいたシン・ルベオ・アムニカルスも翁の言葉に頷く。

 

「そうだぞ、リスカー。働き詰めでは効率も落ちるというものだ。ゆっくりしていたまえ」

 

 だがシンの勧めでもオズワルドは笑ってそれを辞退した。

 

「仕事人間は休暇を持て余すものですよ、アムニカルス閣下。ガイバーの実験をしていた方が気が紛れますし、クロノスの為にもなるでしょう?お願いしますドクター」

 

 バルカス老人は「ふーむ」と白い顎髭を弄り、何事かを考える素振り。だが、それもすぐに止めてリスカーへ振り向く。

 

「よかろう。実験を再開しよう。早い所お主のメタルの破損も修復したいからのう。メタルの解析が進めば同じ機能を持った物を生産できる可能性もある」

 

 実験は了承された。こうなればフットワークが軽いのがクロノスだ。こうしてガイバー形態を取り続けたリスカー監察官は、作戦開始までの期間を常にラボで過ごすことになった。殖装状態ならば睡眠も食事も風呂も排泄も必要なく、それどころか老化現象からも解放される。また、ラボのセキュリティは厳しく、実験へ関与しない無関係者は例え監察官でも実験区画には入れない。つまり妹に襲われる心配はないし体調不良に悩まされることも無い。

 

(やれやれ…この方が気楽とはな。…実際、殖装を解除する利点など、もはや私には潜入任務で目立たない程度しかないのだな。………半永久的にガイバーで過ごすのも悪くはない)

 

 ガイバーの右排気口から、まるで溜息のように体内熱が排出される。

 

「リスカー監察官。次の実験を行います。どうかこちらに」

 

「うむ」

 

 仰々しい電子端末と配線だらけの大型チェアーから立ち上がり、研究員に促されるがままに次の実験室へと入っていく。ダークイエローのガイバーの背中はどこか物悲しい。家庭から逃げ仕事に打ち込む一家の父のような哀愁が、ガイバーの背から漂うようだった。だが、仕事に逃げたリスカーのお陰でガイバーの解析は飛躍的に進捗したのも確かではある。ハミルカル的には万々歳で、つまりリスカーとバルカスはWin-Winの関係という奴なのだ。今日もガイバーの実験は続く…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾らかの日が過ぎ去って、粛清の日がいよいよ迫りつつあったその日。日本の魅奈神山遺跡基地(レリックス・ポイント)からアリゾナ本部へ緊急連絡が入る。それを受けたのは当然、本部司令のハミルカル・バルカス。プルクシュタールからの報告に、思わずバルカスは、その時手に持っていたガイバーのデータ表を落としそうになる程の衝撃を受けた。

 

「な、なんじゃと!ガイバーが…発見された!?本当なのかプルクシュタール!!」

 

『えぇ、日本の首都外れで生体兵器同士の小競り合いが起きた形跡があります。日本支部ともそこまで離れてはいない…ユニットは日本支部の裏切り者共が拾っていた可能性が出てきました』

 

「……ぬぅ、本当にユニットなのか?我ら本部の粛清を察した日本支部の陽動の可能性は?」

 

『まずありますまい。日本支部は「自分達が疑われている」という程度ならば察しているかもしれませんが、リスカー監察官の内諜を察知するだけの能力は日本支部にはありませんからね』

 

 プルクシュタールは確信めいて断言した。確かに、リスカー以外の監察官による監視でも日本支部は普段と全く変わらない日々を過ごしているし、密かにゾアノイドの量産ぐらいはやっているだろうが大々的な大増産等は行われた形跡はない。日本支部で最も警戒すべきアギト・マキシマも昼は学生生活、夜に日本支部長の跡取り息子としての活動という常のルーチンワークをこなしていた。大きな変化は見当たらない。

 

「だがアギト・マキシマは相変わらず足取りの掴めぬ時間帯がある。警戒はしておくに越したことはなかろう」

 

『ガイバーらしき生体兵器が小競り合いを起こしたと思われる時刻は…アギトが行方不明となる時刻と一部重なります。ひょっとするとユニットに関わり合いがあるかもしれませんな』

 

「ふぅむ…疑えばきりがないのう。だが…そのガイバー目撃情報にアギトが関わっている可能性があるなら尚更陽動や罠の可能性が高くなるな」

 

 バルカスは後ろ手に組んで司令室の大モニター前を忙しなく行き来する。それをモニター向こうのプルクシュタールは目だけで追っていた。

 

『…バルカス翁、私が行きましょうか?』

 

「ならん。お前の任務はギュオー残党勢力から遺跡基地(レリックス・ポイント)を死守すること。如何にユニットが重要とはいえ生きた遺跡は同レベルの重要性を持つ。…それに、ガイバーらしき生体兵器が目撃されたのならばユニットは解放されているということ。お主もリスカーの強さを知っておろう。あの強さを秘めた者が敵となれば獣神将とて危うい。単独行動は容認できん」

 

『ならば、アジアの李剡魋に要請を出しては』

 

 バルカスはゆっくり首を横に振る。

 

「それもいかぬ。彼もギュオーの一件で本来の縄張りを空け過ぎてしまったからな。今はその尻ぬぐいに忙しいのじゃ。それにエンツィの能力は彼への負担が大きい。あまり多用させたくはない」

 

『…ならば、如何致しましょうか』

 

 目を瞑り、たっぷり十秒は考えただろうか。その後バルカスは立派な司令席に腰掛けながら言った。

 

「ガイバーの相手ができるのはゾアロードか……同じガイバーだけじゃ。リスカー監察官に頼むとしよう」

 

『……やはりそうなりますか。最近は彼ばかりを酷使している気がして…少し気が引けますな』

 

 プルクシュタールの表情は言葉通り申し訳無さそうな色がある。やはり根は善人なのだった。

 

「儂とてあまり危険な任務にリスカーは使いたくはないがな…。リスカーに万が一あればクロノスが保有する唯一のガイバーが失われるのだ。しかし、仕方あるまい。〝Xデー〟も近い…その前に日本支部やギュオーを始め、少しでも不確定要素は減らさねばならぬ。全てはアルカンフェルの御為じゃ」

 

『…はい』

 

 プルクシュタールの顔にはほんの僅かに苦渋が見られる。それでも、今では友とも思える男を酷使するのもバルカスが言う通り〝全てはアルカンフェルの為〟であった。アルカンフェルの前には全てが些事なのだ。かつてプロフェッサー・ヤマムラが言った通り、それがクロノスという組織の本質だった。

 

「…なに、そう心配することもあるまい。強殖装甲システムは纏う人間の能力によって性能を大きく変える。地上でも最強級の素体能力を持つリスカーに叶う殖装体などおりはせん。彼奴が本気で暴れおったらゾアロードとて危ういわ…フッフッフッ」

 

『左様ですな。バルカス翁の仰る通りです。…それに、うまくゆけばコントロール・メタルの状態が完全であるユニットが回収できるかもしれません』

 

「そう…それが肝心じゃな。完全なメタルのサンプルが手に入れば、リスカーのメタル修復にも役立つ」

(…それに、メタルが破損しておっては…あの御方の鎧に相応しくはない。完全なユニットが何として必要なのじゃ…クロノスの為にも…いや!この地球の為にも!)

 

 ギュオーが秘匿していなければ…ユニット発掘時にアルカンフェルが休眠の病になければ…少しでもボタンが掛け違えていれば今頃アルカンフェルはウラヌスの鎧(ガイバー)を纏ってあらゆる病から解放されていた筈だった。それだけにバルカスはギュオーが憎い。

 だが、彼が残した置き土産にはバルカスは満足していた。横目で、常に監視している小型モニターを見ると、そこには透明な強化ガラスに保管されている金属製の筒状物体が安置されていた。

 それは、ユニットGの制御球(コントロール・メタル)と似た金属で構成されている。

 それは、何らかの方法で起動されれば花開くように外殻が展開する。それは、ユニット・リムーバーと呼称されている。

 それは、この地球で唯一、ユニットGを殖装体から引き剥がすことができる。

 

「…アルカンフェル。早くお目覚めを…」

 

 バルカスの持つ遺産の知識は不完全で、聖櫃の制御球から全ての知を引き出せないバルカスではユニット・リムーバーの全容は知り得ない。だが、この筒状のユニットがガイバーのリセット装置だということは、必死の調査で知ることが出来ていた。起動には未だ成功していないので宝の持ち腐れ感は否めないが、それでも確保しているのといないのでは天と地の差だ。これがギュオーの掌中にあったらと想像するだに恐ろしい。

 

(アルカンフェルはきっとこのユニット・リムーバーのことを知っておられる。お目覚め下さいアルカンフェル…そうすれば、神の鎧を貴方様に献上すること叶いまする…!)

 

 バルカスは決意を秘めた目でモニター向こうのプルクシュタールを見つめた。両獣神将は互いに頷く。その日、オズワルド・A・リスカーにガイバー探索の命が下った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。