私の妹が監察官なわけがない   作:たぷたぷ脂肪太郎

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三人のガイバー

 閑静な街に住む一介の学生、深町晶。彼の運命は劇的に変わった。幼馴染である少女の兄と親友である深町少年は、常日頃からその瀬川哲郎(親友)とつるむことが多い。今日もそうだった。放課後、一緒に帰宅する。そして何気なく沼の横を通り裏山方面からダラダラと帰ろうとして、それと出会った。

 

「お、おい…迂闊に触らんほうが…」

 

「…何かの部品かな。それにしても、この隙間から見える機構(パターン)なんてまるで…生物の組織…?この溶けた残骸が…中身なのかな。どう思います哲郎さん」

 

 グズグズになった、何かの大型動物の死骸のようにも見える残骸。死骸とすらいえないその残骸を、おっかなびっくりに興味深く棒で突くなどして観察していた晶と哲郎は、やがてその残骸の側に、金属質な多角形の箱を見つけた。そして、瀬川哲郎が止めるのも聞かず、深町晶は好奇心の赴くままにそれを手に取りしげしげと見る。

 

――カチッ

 

(あっ…)

 

 多角形の箱の中央。金属球を押してしまった深町晶はヤバイと心で呟いた。

 

「スイッチみたいの、押しちゃった…!」

 

「ば、ばか!爆発するかもしれんぞ!投げろ!」

 

「て、哲郎さん…こいつ、生きて…――っ!わぁぁぁ!!?」

 

 深町晶の体にアメーバ状の肉塊がまとわりつき、彼は沼に落ちていった。そして…。

 

 

 

――見られたな、グレゴール…。殺せ。

 

――わ、わぁーーっ!!た、助けっ!

 

――な、なんだこいつは…!

 

――我々『クロノス』の邪魔をするというなら…消えてもらう!

 

――まさか…あんな細身で重戦車並のグレゴールと互角のパワーが!?

 

――哲…郎、さん…

 

――晶?晶なんだな!?

 

 

 

 その日、深町晶はガイバーⅠとなった。

 

 

 そこから、ユニットを回収しようと躍起になるクロノス日本支部と深町晶達の暗闘が始まった。クロノス日本支部は必死だった。なりふり構わず、かなり強引な手段に出てユニットの回収を急いでいた。まさに己の命運が…全てがユニットに懸かっていると言えるのだから。

 

 

 巻島玄蔵を裏から教唆し、接触してきたギュオーや村上と手を組ませた巻島顎人。巻島家が率いる日本支部がクロノス本部に反旗を翻す決意をしたのはユニット強奪の算段があったからだ。レリックスポイントの研究主任小田切をも引き入れ、秘かにユニットを持ち出す計画はリスカーに防がれてしまった。だが、いくつもの予想外の展開に振り回されながらも巻島顎人は何とかユニットを手にしたのだ。

 顎人は、彼の薄暗い自室で薄着でトレーニングを積んでいる真っ最中。その背中には腫瘍のような器官がある。強殖細胞の〝デキモノ〟であった。

 

(ギュオーと村上……回収は出来たが再起不能かもしれん。この段階であの戦力を失うのは痛いが…考えようによっては後々の障害が無くなったとも言える。特にギュオーは信頼できる奴ではない。良い機会だ…治療中の奴から()()()ゾアクリスタルを回収し、村上に与えるか)

 

 顎人は己に「物は考えようだ」と言い聞かせる。

 本来の巻島顎人の計画通り事が運んでいたならば、今頃は小田切が持ち出したユニットやその他装備、各種データを手にし、日本支部で新型ゾアノイドの研究を促進させている筈だった。当然、本部に裏切りもまだバレていないわけで、ゆったり事を構えて様々な計画を秘密裏に行う…そういう腹積もりだったわけだが…。

 

(あの監察官(リスカー)のせいで予定が大幅に狂った…。俺が温めていた計画の殆どが使えなくなるとは……忌々しい事だ)

 

 ギュオーは、恐らくユニットを手に入れた瞬間に敵になる。仲間ではなく唯の協力者であり一時的な同盟相手で少しの油断もならない。その点、村上征樹は寿命が近い試験体とはいえ、一応は同じゾアロードだし人格が確かな善人だ。顎人からすれば、御しやすいお人好しでもある。手札に数えられる男だった。

 

(…まぁいいさ。これにてギュオー殿には御退場願って、村上征樹に正規ゾアクリスタルで再調製を施す。精々役立ってもらうぞ、村上。俺は…もう一つのユニットの回収を急ぐとするか)

 

 状況は極めて不利なのは、顎人の優れた頭脳の片隅は当然理解していた。小田切達レリックス・ポイント組は死亡し優れた調製技術者が失われ、ギュオーと村上という戦力の双璧は瀕死。確保できたユニットは一体だけ。獣神将のテレパシスに影響されぬよう不出来な実験体に運搬役を任せた結果…運搬役のプロトタイプは戦場の余波で負傷していた事もあって、二個目のユニットを輸送していたプロトタイプは顎人の目の届かぬ場所…辺鄙な道中で力尽きて腐食融解してしまった。結果、成沢山近くの沼付近でユニットは深町晶に拾われてしまう事になるのだが、それでも巻島顎人はここで歩みを止めるわけにはいかなかった。

 

 その解放者…深町晶が頑固な敵対者だとしてもだ。解放されてしまっただけでも大問題なのに、しかも解放した人間が日本支部(こちら)に懐柔されないのだから致命的な死活問題となってしまった。何もかもが上手くいかない。もっとも、深町晶が頑強に抵抗したのはクロノス日本支部のファーストコンタクトが最悪の悪手だったからだろう。傲慢さを漲らせた恫喝的な無理強いでは、従わせる事の出来ぬ人種も世の中には存在する。深町晶はまさにそれだった。殖装者となった深町晶と接触したのが、失敗を学んだリスカーだったならば、ひょっとしたら深町晶の態度も変わったかもしれない。いや、実際に変わるのだ。その証拠がとある戦いで示される事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深町晶は眼前の敵達を見て叫んでいた。

 

「お前は…黒いガイバー!?」

 

 緑色の有機装甲に包まれた深町晶が、ゾアノイドを引き連れて現れた黒いガイバーに驚愕した。雨の中、幼馴染の少女を攫ったゾアノイドを追う深町晶の行く手を阻むようにして現れたそいつは、どう見ても敵だと思える。

 

「瑞紀を攫ったのも貴様の命令か!」

 

「フッ…そのユニットはただの民間人の君の手には余る。そして…それが無ければ我々も少々困った事になるのだよ。陳腐なセリフだが言っておこう。君の大切な想い人の命が惜しいなら、今すぐに我々と来たまえ。悪いようにはしない」

 

「誰が信じられるか!貴様たちなど…!」

 

 巻島顎人らしからぬ強引で後先考えぬ物事の運びようだった。だが、もはや計画も修正可能なレベルではなく、本部からの制裁までの猶予も無いのは顎人も情報網から察知していた事だ。巻島顎人とて、いつもクールでスマートにはいかない。時には破れかぶれで邁進するしかない事もある。

 吠えたガイバーⅠが頬の吸気口から熱気を放つと、それに対抗するように顎人…ガイバーⅢも熱を吐いた。

 

「ガイバーⅠ、私達には君と悠長に話し合っている時間はないんだ。…仕方あるまい…君のコントロールメタルだけでも…貰うとしよう」

 

「くっ…!」

 

 深町晶が構えると、すぐにガイバーⅢが眼光を光らし警告した。

 

「おっと、抵抗はするなよ?すれば…瀬川瑞紀は無事では済まん」

 

「き、汚いぞ…!!」

 

「……汚くて結構。私も…なりふり構っていられんのだよ。目的の為なら…親兄弟の魂でさえも悪魔に捧げても惜しくはない」

 

 ガイバーⅢが、雨に濡れた大地を力強く踏み出した時、まるで狙い澄ましたかのように第三者が現れる。雨の河川敷、人気のない電柱の上にひらりとそいつは降り立った。

 

「なるほど。悪手だな…傲慢とは恐ろしいものだ」

 

「っ!」

 

 ガイバーⅠとガイバーⅢ、そして場を見守っていた日本支部のゾアノイド達が声の方を見る。そこには、相対していた緑と黒のガイバーと、一見して同種の怪人が細い電柱の上からこちらを見下ろしていた。そのガイバーの強殖装甲は(ひわ)色(鈍黄色)であり、体格も他のガイバーより一回りマッシブだ。これは、殖装者の体格と身体能力、精神性がそのまま瞬間改造システムに作用しているせいであろう。

 

「チッ…面倒な奴が来たか」

 

 ガイバーⅢが小さく舌を打つ。おくびにも出さないが、無論、殖装者たる巻島顎人はその正体を知っている。

 

「っ!!瑞紀!!?」

 

 深町晶は現れたそいつを見て叫んだ。ガイバーⅡの腕に、気を失ってくたりとした瀬川瑞紀が抱かれていたからだ。ガイバーⅡが、両目を光らせて〝口〟であるバイブレーション・グロウヴを振動させてそれに応える。

 

「ガイバー…君のガールフレンドはこの通り無事だ。…そうだな、今そいつが呼んでいたように、便宜上キミをガイバーⅠとでも呼ぼうか」

 

「あ、ありがとう…ございます!しかし、あなたは一体…!」

 

 警戒しつつも深町晶は素直に感謝の念を顕にする。

 

「キミがガイバーⅠならば私はガイバーⅡだ。フフフ…私のほうが先にガイバーになったのだがね。質問は後にしてくれ…今は、この問題児達の処理といこう。ショウ君、キミは休んでいたまえ」

 

「ガイバーⅡ!?」

 

(俺の名前を…知っている?それにまさか、あの声は…)

 

 晶がそう思った瞬間、耳をつんざくような高周波が辺り一体に響き渡る。

 

「っ!」

 

「うっ…なんだ!?」

 

 その場の皆が〝音〟に警戒を強めたが、しかしそれは聞こえた時点で遅い。警戒は無意味だった。

 

「ぎゃああああ!?」

 

「ぐごおおおお!!?」

 

「う、うぎゃああああああっ!!!」

 

 ガイバーⅢに率いられていたクロノス日本支部のゾアノイド達が瞬時に砕け散っていく。それはガイバーⅠ、ガイバーⅢの知らぬ攻撃だった。ガイバーⅢが驚愕に声を荒げる。

 

「な、なんだ!?」

 

 ガイバーⅡは、いつの間にか晶の隣にまで跳躍しており、腕に抱いていた少女をそっと晶へと渡してやる。晶は瑞紀を優しく、だがしっかりと抱きとめると彼女の名を愛おしそうに呟く。

 

「いつぞやのレッスンの続きだな。恋人は常に手の届く所に置いておけよ、ショウ君。良い女ほど虫が寄ってくるものだ…愛しい女なら自分の手で守りたいだろう?」

 

 その言葉にいよいよ晶は確信する。

 

「ガイバーⅡ…あなたは、まさかリスカーさん!?」

 

「フッ、そうだ。オズワルド・A・リスカー…ミスタ・フカマチの取引相手の外資系サラリーマン…他にもこのような()()もやっていてね。今ここらに現れると噂の〝怪人〟共の調査に来たのさ。そうしたらこの騒動にバッタリ…というわけだ」

 

 無論、色々と嘘…というか彼なりのジョークが入っている。リスカーは入念な調査と監視によってガイバー同士の戦いを最初から遠巻きに視ていたし、勿論本業がこちらだ。

 

「また〝クロノス〟か…リスカーさん、あなた達は一体…何なんです。この…俺が纏っているユニットという奴も、クロノスのものなんですか!?」

 

「話してやりたいが、今は…黒いガイバー、――…ガイバーⅢとでも名付けるか。奴が敵意剥き出しでこちらを睨んでいるからね。ショウ君、君はミズキちゃんをしっかり守っていろ。…私がやつの相手をする」

 

 黒い強殖装甲から鋭い眼光が覗いている。油断なく(ひわ)色のガイバーを観察していた。己の無知を晒すようで嫌だったが、ガイバーⅢは乱入者へと問う。

 

「いったい何をした。どうやってゾアノイド達を…」

 

「フフ…ガイバーⅢ。君達とは殖装者としての年季が違う。私はユニット・ガイバーについて君達よりも深く知っている…それだけだ」

 

 リスカーは以前の失敗(前世でのガイバーⅠ戦)に懲りている男だ。優越感からむざむざ敵に説明してやる親切心は既に無い。敵が知らず、こちらは知っているというのはアドバンテージだ。しかし、すぐにガイバーⅢも超音波攻撃の正体に気付くだろうとリスカーは半ば確信している。ガイバーとなった者は、知ろうと思えばコントロール・メタルが知識を提供してくるからだ。使いこなすにはある程度の習熟が必要だが、使うだけなら然程難しい事もない。

 話している今も、センサー・メタルで黒いガイバーの固有振動数を精査している最中だった。強殖装甲相手では、通常物質や単純なゾアノイドの外皮のように解析は容易にはいかないが、チューニングが完了すれば一撃必殺の攻撃…それが今しがたリスカーが放ったソニック・バスターである。普段は会話等に使う口部バイブレーション・グロウヴの空間振動を使用する攻撃であった。

 

「…なる程な。フン…貴様が出来るというなら俺にも出来るという事だ…同じガイバーなのだからな」

 

「確かに同じガイバーだ。だからこそ知りたいのだが、キミは一体どこでそのユニットを拾ったのかね?それは元々我らクロノスの物…返して貰えるかな。それは君には過ぎたオモチャだ」

 

 リスカーの言葉にはまたも多分に嘘とジョークが混じっている。もはやリスカーはガイバーⅢの正体を確信していたが、今は正体を悟られていないと巻島顎人が思い込んでくれる方が都合が良いのだ。日本支部粛清のその時まで。

 

「………」

 

 ガイバーⅢが無言で構える。しかしガイバーⅡは構えず、しかし油断もなく黒いガイバーを見つめていた。顎人の強殖装甲の頬に、一筋の冷や汗が流れる。そんな気が顎人はした。

 

(…そうだ、同じガイバーだ…!そして、俺も奴と同じ監察官候補であり、超獣化兵の素体候補…血の滲むような訓練だってしてきた。劣るはずが、ないっ!)

 

 顎人とてクロノス関係者。リスカー監察官の名声は知っていた。クロノス大幹部の懐刀・リスカーといえばクロノスに関わる者なら誰もが耳にする。意を決し、顎人はその懐刀へと立ち向かう。

 

「はぁ!」

 

「その勇気は買うがね」

 

 地を蹴って重力制御加速で一気に間合いを詰める。リスカーはせせら笑いつつ、顎人の息もつかせぬ連撃を捌いてみせた。高速の豪腕。高速の襲撃。ヘッドビームも連撃の中に組み込み、腕をとって関節を捩じ切ってやろうとも試みた。しかし…。

 

「くっ…!」

 

「見事な体捌きだな。ただの素人ではない…余計、君の正体が気になって来たよ。通りすがりに拾った民間人ではなさそうだ」

 

 実に軽やかに全てがいなされた。リスカーの振動球の声色には、やはり微かな笑いが含まれている。

 

「……先程、ゾアノイドをソニック・バスターで消し飛ばした癖に良く言う。俺がゾアノイドを手に入れる算段を持った人間だと理解しているだろうに」

 

「ほぉ?君はクロノス日本支部関係者だとでも言うのかね」

 

 リスカーの言葉にガイバーⅢは唸った。

 

(リスカーめ…からかっていやがる。だが、リスカーの奴はこちらの口を滑らそうとしている…俺の正体を探っているのだ。クロノス関係者と悟られる程度はこちらも覚悟の上だが…やはりまだ巻島顎人とは気付かれてはいないようだ)

 

 リスカーの口八丁を顎人はそう分析する。リスカーの軽口は続く。

 

「先程の攻撃…ソニック・バスターと気付いたか。なるほど…ユニットをある程度は使いこなすセンスはあるな。どうだね?ガイバーⅢ…我らクロノス本部に情報提供してくれないか?……これはここだけの話なのだが、日本支部には謀反の嫌疑が懸かっているのだよ。その調査に、この私が監察官として派遣されたのだから事の重大性が分かるだろう?日本支部が嫌疑とは無縁と証明する為にも、是非内部の者の協力が欲しいのだ」

 

(戯言を…。チッ、どこまでが真実だか分からんな)

 

 リスカーのペースに嵌るのを避け、無言のまま顎人はリスカーを睨む。双方を見守る深町晶は、互いの応酬を見て、そして(自分がリスカーに協力すれば今ここで黒いガイバーを倒せるのでは)と思う。

 

「リスカーさん!ここは、俺も協力します!あなたはガイバーⅢより強い…俺も加われば、絶対にあいつを倒せます!」

 

「いや、ショウ君。ガイバー同士が戦う余波は凄まじいものになる。今は未だ、お互いに本気を出していないから被害は軽微なだけだ。君は一刻も早くミズキちゃんを安全圏まで逃がすのが義務だろう。私から言わせて貰えば、ぼやぼや観戦していないでさっさと彼女と逃げろ…という所かな」

 

「でも、それではリスカーさんが…」

 

「私がガイバーⅢより弱いと思うかね?」

 

 今の戦いぶりを晶は思い出す。ガイバーⅢの連続攻撃を、訳もなく捌いたリスカーの実力。

 

「…わかりました。でも、後で話を聞かせて貰いますからね…絶対、無事に戻って下さい」

 

「あぁ、君は家で待っててくれ。そうだな…ジャパニーズ・グリーンティーでも淹れておいてくれ。冷めない内にお伺いするよ」

 

「はい!」

 

 元気よく頷いたガイバーⅠが、瀬川瑞紀を抱き大きく跳躍。そしてそのまま全速力で戦いの場を離脱していく。もはやそれをガイバーⅢは止めもしない。いや、本音を言えば止めたかった。そして未だ強殖装甲を使いこなせていないひ弱な彼からコントロール・メタルを回収したかった。しかし、目の前の屈強なガイバーが顎人の脚を止めてしまっていた。

 

「自ら味方を一人減らすとは。油断は死を招くぞ」

 

「油断ではない。これは余裕というのさ」

 

 

――コォォォォ

 

 

 二人のガイバーの吸気口から熱気が漏れ出る。示し合わせたように、互いの光輪も輝いていた。

 雨が激しくなる。ザァザァとうるさくなってきた雨音を打ち破る轟音。リスカーが地を抉って跳ぶように駆ける。

 

「でぇぇいあああああああああああッッ!!!」

 

 相対した者が怯え竦むような気迫漲る奇声を上げて迫るリスカー。その鬼気迫る迫力に、真の殺意を持っての殺し合いをしたことがない顎人は呑まれ、次の瞬間にはガイバーⅡの豪腕が顎人の腹部をめり込ませていた。

 

「っ!?ご、ふっ!!」

 

 ガイバーⅢの体がくの字に曲がり、間髪入れずに背にガイバーⅡのエルボーが刺さる。そして、高周波ソードが展開。背を裂いた。

 

「ぐは!?」

 

 吹き出た血で汚れるガイバーⅡの顔。端正でありながら左右非対称の歪さと鋭い目が、ガイバーⅡを邪悪な戦士然とした面持ちにする。

 

「私は敵には容赦せん!ガイバーⅠを帰したのは、私が全力を出す為だ…ガイバーⅢ!!」

 

「お、おのれ…!」

 

「させん!」

 

 身を捩ったガイバーⅢの腰部グラビティ・メタルが僅かに光る。その瞬間、見咎めたリスカーが高周波ソードをねじった。「ぐおぉ!?」という苦悶と共に、ガイバーⅢの吸気口から血飛沫が飛び散った。

 

「ぬっ!?」

 

 しかしガイバーⅢのグラビティ・メタルの光は止まらなかった。ガクンッと二人のガイバーの体が宙に浮かぶ。体勢が崩れたその瞬間、ガイバーⅢは高周波ソードを伸長。そしてそのまま己の腹部に突き刺し貫通させた。

 

「っ!ぐ、うぅ!?自分の体ごと!」

 

 ガイバーⅢの背を突き破った黒い高周波ソードが、リスカーの肩を貫く。己をホールドするパワーが弱まった瞬間、顎人は胸が裂けるのも気にせずガイバーⅡの高周波ソードを無理矢理に引き抜いて、重力制御で己を弾き飛ばした。

 

「…フフ、なるほど。私ではく自分を、か」

 

 予期し、リスカーは自分を強力な重力フィールドで覆っていた。リスカーに重力波を放っていても、ガイバーⅢは重力波を相殺されて距離を取れず終いだったろう。

 

「驚いたよ、ガイバーⅢ。セップク(ハラキリ)で私を攻撃してくるなんてね。バトルセンスもグッドだ。……どうだね?本当に、私には説得される気はないのかい?」

 

「はぁ…はぁ…ぐ、ごふ…騙されるものか、リスカー。クロノスの者ならば、クロノスの恐ろしさは身に染みている。今更寝返ろうとも、私に待っているのは…ごふっ…死、だけだ」

 

 腹と右肺が完全に斬り裂かれ、おびただしい血を垂らしながらも戦意を切らさぬガイバーⅢ。明らかに死に至る重傷と失血だが、ユニット・ガイバーと適合した者はこの程度では死ぬことは出来ない。徐々に傷は塞がり、失われた血も再生産されるのだ。全く超人といえる。

 ガイバーⅢの毅然たる言いように、リスカーも内心で頷いていた。その通りだ。裏切り者には、死あるのみだった。

 

 

「そうかね。ならば…死体にしてサンプルを持ち帰るとしよう。なに、安心したまえ…どうせ強殖装甲システムがすぐに蘇らせてくれるさ。ユニットは地上に僅か3つ…君は、栄光あるクロノスのラボにて貴重な実験対象となる」

 

 ガイバーⅡのコントロール・メタルが不気味に光り、同時に鋭利な瞳も同じ色に輝いた。

 

「…く!」

 

 リスカーが間合いを堂々と詰め、腕を伸ばした瞬間に顎人は飛ぼうとした。重力制御で飛翔し、脱兎の如く逃げ出そうというのだった。無様であろうと、今ここで死ぬわけにはいかなかった。

 

「っ!?ど、どういうことだ…!」

 

 しかし飛べない。顎人は狼狽え、思わず自分の体を見渡した。センサー・メタルでも見渡す。だが肉体のどこにもダメージ以外不調はない。そのダメージも制御球等には及んでいない筈だ。

 

「フッ…ハッハッハッハッ…」

 

 そしてリスカーが笑う。腕をかざしながら、愉快そうに…そして如何にも強者然と。

 顎人はすぐにリスカーの仕業と見抜く。そして見れば、ガイバーⅡの腰部重力制御球が鈍く輝いているのに気付く。

 

「まさか…そのような使い方まで、出来るというのか…!」

 

 顎人が鋭い瞳を見開いて、強殖装甲の上からでもその驚愕が見て取れる。リスカーはプレッシャー・カノンの応用で、強力な重力をガイバーⅢに掛けていたのだ。飛ぼうとするガイバーⅢの重力制御は完全に打ち消されていた。

 

「フフフ…言ったろう。私は君よりもガイバーの年季がある、とね」

 

 年季。それに加えて重力操作の達人・ギュオーとの戦闘経験も物を言った。巻島顎人は確かに恐るべき天才であり麒麟児だが、常に危険な最前線で身を貼り続け、ガイバーとしても様々な実験に付き合ってきたリスカーが相手では分が悪すぎたのだ。

 

「さぁ、死ぬ時だ。ガイバーⅢ」

 

 リスカーのその宣言に、顎人の脳と背筋は凍りついた。だが、顎人の天性のセンスが体を自然に動かしてくれる。

 

「お、俺は…俺は死なん!まだ、こんな所で…死ねるかぁー!!」

 

 ガイバーⅢの斬り裂かれていない左肺。その胸部装甲の隙間から強烈な光りが漏れ出ていた。リスカーはその光りを知っている。その瞬間、今度はリスカーの脳と背筋に氷が突き刺さったようだった。

 

「っ!!」

 

 ガイバーⅢは胸部装甲を開放する事無く、己の外皮ごとメガスマッシャーを解き放った。片肺のスマッシャーで、しかも胸部装甲が威力を減退している。だがノーモーションで充填していたスマッシャーを撃った事で、百戦錬磨のリスカーの意表を突く事には成功していた。

 

 

――ズオオオオオオッ

 

 

 不完全な片肺でのスマッシャーでさえ、地が震え雨粒が蒸発し、雨雲が裂けた。

 

「っ…今だ!」

 

 ガイバーⅢを襲っていた重力相殺が消え失せていた。スマッシャーは当たった筈だ。そして当たれば、リスカーとて唯では済まない。だが巻島顎人はそれで彼を倒せた等と思えずひたすら逃亡に集中する。かつてない集中力で、空を弾丸のように飛んだ。

 取り敢えず、直様の追撃はかからない。

 

「はぁっ…はぁっ…!」

(生き延びた…!俺は、生き延びたぞ…!これが、今の俺の…勝利だ…!)

 

 激しくなる一方の雨に打たれながら、ガイバーⅢはがむしゃらに空を飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨雲を割っていた激しい光りの矢が消える。ガイバーⅢの放ったメガスマッシャーは、幾らかの民家にすら被害を及ぼしている。

 

「…ガイバーⅢめ、無茶をする」

 

 町中でメガスマッシャーを放つなど普通は躊躇うものだ。その豪胆で冷酷な精神性に、リスカー監察官は舌を巻く。

 

「右腕は暫く使えんな」

 

 破裂し、骨まで露出したリスカーの右腕。辛うじてぶら下がっている指の数本がピクピクと虚しく痙攣する。両胸の強殖装甲も無残に砕けているのは、リスカーもまたガイバーⅢ同様に急速充填と胸部無開放でメガスマッシャーを使用したからだ。

 ガイバーⅢの飛翔を停止させる為に、グラビティ・プレスの砲身として突き出していた右腕。リスカーは、ガイバーⅢがスマッシャーの粒子光を漏れさせたその瞬間に、全重力制御エネルギーを右腕に注いで、ギュオーさながらに重力壁を展開。スマッシャーの到達をコンマ数秒でも遅らせ、あわよくば逸らそうという目論見だった。だが、ビッグバンのミニチュアとまでクロノス科学陣が興奮する威力は伊達ではなかった。

 両肺に充填したメガスマッシャーを即時撃ち放ち、全力の重力壁と合わせて何とか凌いだのだった。これはリスカーだからこそ出来た芸当だった。まさにガイバーに熟練した匠の如き業と言える。

 

「アギト・マキシマ…面白い奴だ」

 

 リスカーは、土壇場に見せた巻島顎人の執念とセンスに思わず感心してしまうのだった。

 


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