私の妹が監察官なわけがない   作:たぷたぷ脂肪太郎

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ネゴシエーター

 深町晶の家庭は父子家庭だ。母は早くに亡くなり、父の手一つで育てられた晶は隣の家に住む瀬川家に大分世話になってきた。今もそうだ。そして、その瀬川家の年の近い兄妹には特に世話になっている。兄の哲郎はまるで実の兄のように親身になってくれて、兄貴分としても親友としても近しい存在だ。そして、晶のまだそこまで長くない人生において父と同じか…或いはそれ以上に大切な存在。それが瀬川兄妹の妹、瑞紀だった。母代わりに様々な世話をしてくれた少女でもあり、友人でもあり、同い年の姉か妹かのようでもあり、そして女を感じさせる初恋の美少女だった。

 その少女を自分の部屋のベッドに寝かせ、取り敢えず二人のガイバー…深町晶とリスカーはリビングで日本茶をすすっている。

 

「…取り敢えず、無事で良かったです。リスカーさん」

 

 少しの沈黙の後、晶はそう切り出した。リスカーは冷めてしまった茶で唇を濡らし、晶を見て微笑んだ。

 

「少し冷めてしまった」

 

「あっ、すみません。淹れ直します」

 

「いや、いいんだ。そういうつもりで言ったんじゃない。思ったよりガイバーⅢに手こずってしまった自分の力量を顧みているのだ。〝冷める前に帰ってくる〟なぁんて言っていたのにな」

 

 リスカーは少々照れてそう言った。晶は、リスカーのその笑顔と口調を見て取って、やはりこの人は悪い人じゃないと改めてそう思う。だから不思議に思うのだ。リスカーが、あの襲ってきた化け物連中…『クロノス』と名乗った連中と同じ名を使った事に。

 

「あの…聞きたいことがあります」

 

「なんだい?」

 

「クロノスって、なんなんですか」

 

 晶はズバリ聞いた。リスカーは晶の目を見ながら真顔になってやや沈黙した。そして、ゆっくりと喋りだす。

 

「ショウ君。君は、普通に生きていればまず経験しようが無い非現実的な出来事を幾つも経験したね?」

 

「はい。いっぱい、おかしなことが起きました。変な連中に襲われて…!」

 

「それは全部、クロノスが起こした事だ」

 

「だからっ、そのクロノスって――!」

 

 晶が思わず声を荒げそうになった時、晶の声に被せるようにリスカーはゆったりとしたテンポと抑揚を崩さずに彼に語りかける。

 

「――クロノスは、その沿革を辿ると400年前まで遡れる」

 

「よ、よんひゃくねん!?随分、老舗なんですね…」

 

「そう。老舗なんだよ。400年続く、大財閥とでも言えるかな。世界中の権力者・金持ちが関わって、財を持ち寄って結成された結社なのだ」

 

「結社…」

 

「その理念は人類の革新。人類全体をワンステップ先の存在に昇華させる事。その為に、様々な合法・非合法問わず人間自身に実験を施してきた」

 

「それって、昔から人体実験を繰り返してきたって事…ですか」

 

「発足当時は人権とか、非人道的とかそういう発想は緩かった時代だ。特に結社の出資者である王侯貴族から見れば、多くの民は賤民…一山幾らの存在だった」

 

「そんなの!!」

 

「気持ちは分かるが、まぁ聞きたまえ」

 

 少し椅子から腰を浮かして興奮気味だった晶を宥める。どこまでも真っ直ぐな子だと、リスカーは心で鼻で笑うと同時に羨ましくも微笑ましくも思う。この青臭さは、リスカーには眩い。

 

「クロノスは、当時のそういう貧しい人々を金で買取った。割の良い金が支払われて、当時は随分ありがたがられたらしいよ?人身売買なんて珍しい時代じゃないからね。ヨーロッパだけじゃない。このジャパン…日本でもだ。センゴクジダイには多くの人が売り買いされたと資料にも乗っている」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「おいおい、学生が知らないでどうする。歴史のお勉強はしているのか?この前のチュウカンテスト…どうだったんだね?」

 

 晶の肩がギクリと震えた。

 

「今はその話は関係無いと思います…」

 

 からかうように、リスカーはじとりとした目付きで少年を見、そして小さな声で「これはミスタ・フカマチに言わなきゃならんな」などと言えば晶は慌てて「やめてください」と懇願した。笑いつつリスカーは本題に戻る。

 

「とにかく、人身売買と人体実験。これは人類史と切っても切れない事実だ。勉強をすればこれらが如何に愚かで恐ろしい事か…そして、必要不可欠な事かがよく分かる。オススメの本を幾つか紹介しよう。君の年代でも分かりやすい良い作者の本があるんだ」

 

 正義感が強く真っすぐで、人の善性を信じる少年。そんな男である晶は釈然としない顔でその話を聞いている。彼が頑固な正義漢と既に知っているリスカーは、硬軟織り交ぜて社会の汚い面や邪悪な面が〝必要悪〟なのだと彼に受け入れさせようと企んでいた。リスカーはさらに言葉を続けていく。

 

「今も世界中で戦争・紛争が起きている。その度に人身売買は付き纏うものだ。自然災害でもだよ、ショウ君。大きな破壊と混乱が起きる度、どさくさ紛れの人買いが山程湧き出るんだ。これはもう…人間の心のどこかにそういう本能でもあるのだろうなぁ」

 

 まずはクロノスだけの悪事ではなく、人間全体の業だと刷り込む。実際、リスカーはそういう面が少なからず人間には備わっていると思ってもいる。丸きり嘘を言っているわけではないのだ。

 

「だがね、そういう人体実験のお陰で医療が発達してきたのも事実なんだ。私達クロノスは、人類発展の名目で確かに人体実験を繰り返してきた。だが、今では獲得した医療技術や…それだけじゃない。様々な分野でも最先端を切り開いて現代社会に大きな恩恵を齎している」

 

「…でも」

 

 晶の顔色は冴えず、眉は不機嫌そうに歪んでいた。リスカーは持ち歩いている携帯端末を懐から取り出し、そして晶へ見せた。

 

「こんなの見たことあるかい?」

 

「これは…なんです?」

 

 晶はまじまじとその端末を見る。目線で許可を得てから、それを手にとってじっくりと観察。なんらかの最先端の機械。それが分かるから、少年はやや興奮の面持ちでそれを触りまくる。「横のボタンを押してごらん」と言われるがままそうしてみると、黒一色だった薄い鉄の板の一面がパッと光った。

 

「す、すご…」

 

 そこにはブラウン管とは比較にならない程キレイな映像が映し出されていた。細かい文字も、目が疲れることなく読める。ハッキリと読める。感嘆が表情に出ている少年に、リスカーは微笑んで言った。

 

「それはスマート・ディスプレイ・コンピューターだ。見ての通り、その薄さと軽さとコンパクトさでテレビジョン、テレフォン、衛星と通信してのマッピング、クロノスのスパコンへのデータアクセス…他にも出来る」

 

 〝ほら、そこの画面を押してみたまえ〟リスカーがそう言った。やってみれば画面が切り替わり、まるで映画のように綺麗な映像が淀みなく流れる。

 

「が、画面が…スイッチになってるんですか!?」

 

 まるでSF映画だ。晶は子供のように ――リスカーから見ればまだ本当に子供だが―― 興奮して食い入った。

 

「それがクロノスの技術だよ。まだほんの一端…氷山の一角だ」

 

 さっきまで、どこか信じられないといった感のあった深町晶は、リスカーの話への信頼度を数段上げていた。人間、目に見える証拠が出されればコロッと参ってしまう事もある。リスカーは先程までの穏やかな口調から、少し力強さを増したハッキリとした言動で口を再び開く。

 

「我々クロノスは築いた技術を、危険度を選定しながら表社会に提供しているのだ。大体、20年から50年…我らクロノスの技術は未来を行っている。このスマート・ディスプレイ・コンピューターも過剰な機能はオミットして、やがては市場に出回るだろうな……もっとも大分先の話になるだろうが」

 

「これが…僕らが持つ時代が…来るんですか?」

 

「クロノスは400年、そうしてきた。時には非道で冷酷な事もするが、そういう犠牲を必ず無駄にせず…危険な技術は表に出さず、安全なモノ・有益なモノを世界中に放出してきたのだ。コンピューターも、テレビも、電話も、…テレビで見たことはないかい?DNAの解析に遺伝子治療…、ガン治療、ペストや天然痘の克服…世界をより豊かに安全にしてきたのは『クロノス』なのだよ、ショウ君」

 

「クロノスは…それほどの、会社なんですね」

 

 リスカーの頬が緩む。

 

「ハハハッ、会社か!まぁ、分かりやすいならそう思ってくれ。実際、そういう会社気質な部門もあるしな。クロノスはね…やがては人間全体をもっと豊かに安全にするつもりなんだ。私達クロノスがもっと大きくなれば、世界中から戦争も飢饉も疫病も、差別も無くしてみせる。少なくとも、そういう理念のもと動いている。国家では、色々なしがらみで出来ない事を我々クロノスは出来るからね」

 

「じゃあ、俺の…手に入れてしまったガイバーも…?」

 

「いや、ガイバーは危険な技術だ。クロノスでさえ全容を解明出来ていない。だから私は流出してしまったガイバー…ユニットGを回収する為に身を粉にしている。本当は、君のように巻き込まれる人を出したくなかったが……」

 

 リスカーはそこで少し言葉を切った。そして軽く息を吸い込んでから、深町晶に頭を下げる。晶は驚いた。

 

「な、なんですかリスカーさん!?」

 

「謝らせてくれ。ショウ君。本当にすまない…!君を巻き込んでしまったのはクロノスの、私の落ち度だ。クロノス日本支部という愚かな身内を産み出してしまった事も私達本部の落ち度……その結果が、君のような罪のない民間人を危険に巻き込んでしまうなんて…。私も、勿論クロノス本部も…被害が及んでしまった民間の方々には、何としてでも罪を償うつもりだ」

 

 少々オーバーアクションだが、アメリカ人特有のものと晶は思ったし、そこに演技臭さは感じない。むしろ誠意を感じるのだ。リスカーの交渉手腕は見事だった。

 

「つまり、俺たちを襲っていた連中は…クロノスの裏切り者ってことですか?」

 

「そうだ。クロノスは世界中に支社を持つ。表向き、様々な企業に擬態してね。マックス製薬会社…知っているかね?」

 

「はい。日本でいつもCMやってますよ」

 

「あれがクロノス日本支部の表向きの顔だ」

 

「えぇ!?」

 

「マックス製薬会社社長・巻島玄蔵…裏の顔はクロノス日本支部長・巻島玄蔵だ。彼がとんでもない野心家だったのさ。彼が、私利私欲から裏切り造反を扇動して…クロノスの力に驕り世界の財力と権力を自分だけのモノにしたくなった。本部は日本支部を止めようとしている……その尖兵が私だ」

 

「そんな…!」

 

「日本支部の裏切り者が、君も纏ってしまったユニットGを持ち出した。止めようとする本部側との抗争の果てに、不幸にもユニットは成沢山付近の沼に流出。そこに偶然、君が通りかかって…後は君も知る通りだよ」

 

「そんな事が…あったんですね…。くそ…その裏切り者達のせいで…俺は!」

 

 平穏な日常が脅かされている現状を思い、深町晶は歯ぎしりする。自分の命が狙われ、哲郎が狙われ、そして愛しい瑞紀までが今回は巻き込まれた。あと一歩で、命を落としていたかもしれない。

 

「ショウ君…我々クロノス本部が、必ず君に適合してしまったユニットGを何とかしてみせる。だから、私と一緒に本部に来てくれないか。出来れば、君の親類縁者、親しい人達も本部に来てもらいたい」

 

 いきなりの申し出に晶は、幼さの少し残るあどけない瞳を大きくした。

 

「なんで俺以外も行くんですか?俺だけならまだ分かりますけど…」

 

「それは勿論、ご家族の安全の為だ。今日、君も見ただろう。裏切り者達はテロリストだよ…町中でも平気でクロノス由来の危険兵器を使用する。許せんことだ…何としても阻止せねばならない。そんな連中だから、今日のように君のユニットを手に入れる為にどんな手も使ってくるぞ?ミズキちゃんも、テツロウ君も…そしてミスタ・フカマチも狙ってくる可能性は大きい」

 

「っ!」

 

 リスカーは、華奢な少年の肩に大きな掌を優しく、だが力強く置いて言う。

 

「クロノス本部が責任を持って君の治療と、ご家族の安全を守る。私を信じてくれ。日本支部のテロリスト共を倒すその時まで…アメリカの本部ビルに君達を匿わせて欲しい。そして…君の治療とテロリスト撲滅が終わったら…また日本に送り届けるよ。また元通りの平穏な日常に戻れるよう、その手配とサポートも全力でさせてもらう」

 

「アメリカ!?……アメリカ、ですか…?俺だけじゃなく、みんなも…?」

 

 晶は即答できない。当たり前だろう。親の仕事、幼馴染の家庭事情。転校、引っ越し、見知らぬ外国での未知の生活。ガイバーの〝治療〟。何もかもが未知数で、自分の想像の範疇を越えていて、しかも親しい人達の生活を一変させてしまう。

 リスカーは優しげな微笑みを浮かべる。

 

「大丈夫だよ。勿論、説得は私が行うし、諸々の手続きから費用まで全部こちら持ちだ。こっちは交渉事に慣れた大人なんだ…全部丸ごと私に任せていいのだよ」

 

 優しげな笑みで、そして悪魔のように囁いた。面倒事は全部任せろ、と。つまりは思考の放棄に誘導していた。

 

「………俺は」

 

 少年は俯いて、たっぷり数分は考えている。

 

「ミスタ・フカマチや瀬川ファミリーの安全と生活は保証する。お父さんの仕事、君達の進学…面倒は見るさ。アメリカでの住居も近くに手配しようじゃないか」

 

 リスカーのダメ押しの言葉。

 晶はやがて顔を上げ、そしてリスカーの目を見つめ返した。

 

「…お願いします、リスカーさん」

 

 深町晶はまた頭を下げ、そしてリスカーは任せろ、と胸を叩いてみせた。

 計算と打算、損得…諸々の目論見は勿論ある。巻島顎人がガイバーⅢであるという確信は早い内から得ていた。だが、敢えて顎人を泳がしてユニット回収に焦るのを待っていたというのがリスカーの筋書き。そして、やり手の監察官の望む通りに巻島顎人は動いてくれた。焦り、相手が一民間人と知った顎人は強硬手段を取り続け…深町晶とクロノス日本支部との軋轢を大きくしていってくれたのだ。後は、日本支部と本部は強く敵対し合っていると深町晶に知らせればこちらのものだった。元々、深町晶個人の心象はリスカーに傾いているのは知っていた。そのために惜しまず行ってきた〝仕込み〟が功を奏したのだ。

 しかし、リスカーの心の中には計算以外の親切心や保護欲求も確かに存在している。彼が深町晶と約束した事は実行する気でいるし、もし待遇に関して何らかの異議が噴出すればクロノス幹部陣を説得するつもりもある。

 

(ショウ・フカマチには誠意をもってあたらねばならない。彼は、誠意には誠意で応える人種だ)

 

 深く頭を下げ続けている少年の黒髪を眺めるリスカーはそう考えていた。

 

 

 

 

 

―――

 

――

 

 

 

 

 

 

 一週間後、成沢高校で急な転校が発表された。深町晶と、瀬川哲郎、瀬川瑞紀は家庭の事情でアメリカに引っ越す事になったというもので、既にアメリカに行ってしまったらしくクラスメート達は別れの挨拶もろくに出来なかった。余りにも急で、遠い場所への転校に生徒達は様々な憶測を噂しあったが、どうやらバブル景気に乗って上々な深町史雄や、哲郎・瑞紀兄妹の親の会社がアメリカに進出し、そこに栄転になったというものだった。同じタイミングというのは珍しくはあるが、今の御時世そこまでおかしな理由ではない。やがては噂は消えて沈静していくだろう。

 

「……」

 

 一人、生徒会長巻島顎人だけが、忌々しそうに唇を噛んでいた事には誰も気付いていなかった。

 

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