私の妹が監察官なわけがない   作:たぷたぷ脂肪太郎

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かつてここまで地味だったガイバーSSがあっただろうか…。
しかも書いている内にリスカーに銀英伝のロイエンタール要素が混じってきている気が…。まぁ声同じだしいっか(白目)


監察官の日常

 自分の経歴や組織内での動きが〝以前〟と変わっている今、また例のあの事件が起きる保証はない。だが起きると思って行動することにリスカーは決めていた。北米支部長アムニカルス直下の監察官として動いているリスカーは特に日本支部へは何もアクションを起こせないでいる。監察官の権力はかなり大きいが、何の理由も無しに日本支部の運営に口出しできる程の権限は無いし、また時間的余裕も無い。それほど忙しい。つまり日本支部の気の緩みは進み、あの呑気な巻島支部長のもとでならいつかあの事故は起こる可能性が高いのだ。

 

(少なくとも、最悪の事態はいつだって起こりうると思っておかなければな)

 

 ユニット盗難事件が起きたとしても十二神将直属になってしまったリスカーが派遣されることはないかもしれないが、それでも激務の合間をぬって(しかも僅かなプライベートタイムも妹に電話したり手紙を書いたりで忙殺される)空いた時間を無理矢理作っては厳しい訓練に臨んでいた。かつてガイバーⅡをまとった際の感触を毎日思い出し脳裏に刻み込んでは何度も何度もイメージトレーニングも行っていた。

 

(ガイバーは…殖装者の肉体の頑健さと戦闘テクニックだけでなく精神状態によってもその性能が大きく上下する。そしてどれだけユニットの特性を理解しているかも重要だ。……〝出来て当然〟と強く思い込めば変幻自在の強殖細胞をある程度自由に可変することも出来るのではないか……)

 

 短い期間だが、殖装者(ガイバー)となったことがあり、そして監察官としての知識で強殖細胞の事をある程度理解していたリスカーだからこそ…戦闘者の本能で直感できた。それが真実かどうかは分からないが、少なくともリスカーは理論上可能だと信じている。だからイメージ力強化の一環として精神修養にもってこいと言われる和の文化・ザゼンも最近ではトレーニングに取り入れていた。今も彼はジャパンかぶれでフジヤマスシゲイシャとでも言い出しそうな人が住んでそうななんちゃって和室でザゼンに励んでいる。彼が座る背後の壁には忍者と歪な漢字で書かれた不思議な掛け軸が掛かっている。趣味が悪い。

 

「日本文化を学べば、いつかショウ君と出会った時にも役立つかもしれんからな」

 

 リスカーはそう言ってトレーニングルームの一室を己の和文化イメージに染めたが、果たして役立つかどうかは降臨者()でも分からない。

 

 鍛錬と激務に日々勤しんでいるとあっという間に時が経つ。時が経つのは早い。本当に早い。オズワルド・A・リスカーは最近特にそう感じていた。気付けばもう自分も30代が近くなっていて、時折同僚などから「もっと遊んだらどうだ」とか「仕事一筋にも程があるぞ」と言われてしまう。それぐらい仕事一筋クロノス一筋の数年間だった。だがプライベートの全てをクロノスに捧げても、リスカーは少しもその数年間に対して後悔も疲れも虚しさもない。彼には強い目的と信念があるからだ。

 

(いつかまたガイバーとなった時…私は後悔したくないのだ。そして…今の人生で得た力で私はアムニカルス閣下のお役に立ちたい)

 

 そう思うほどにシン・ルベオ・アムニカルスは良い上司だ。以前の人生ではそれ程強い関わりを持てなかった殿上人だった十二神将だが、現人生ではリスカーはシンと顔を突き合わせる機会にしょっちゅう恵まれている。今もだ。

 

「…」

 

「ふむ。見事だな…良い仕事だ。我らのことは完全に隠しおおせたようだな…やはり合衆国の手の者だったか」

 

 幾分緊張した面持ちのリスカーの眼の前には黒光りする半円形のデスク…そしてそこに肘を置いて書類を読み耽る豪華な椅子に腰掛ける男が一人。彼は少々現代に似つかわしくない大きな肩鎧とマントを身に着けていて、緩いウェーブのかかったセミロングの黒髪を持つ逞しい壮年の男だった。彼こそが秘密結社クロノスの頂点に立つ12人の超人達…その内の一人、神将シン・ルベオ・アムニカルスその人だった。至高の頂点アルカンフェルを除き、最古参のバルカスに次ぐ古株とも言われていて、実質クロノスのNo.3と言える大幹部だ。

 

「えぇ、さすがは表社会の最強国家です。何やら勘付き始めたようで…ネズミが増える一方ですよ」

 

「餌はばら撒いたのだろう?」

 

「はい。合衆国内の製薬会社が共産国と繋がっていた、ということに」

 

「そんなところだな。奴らもそれで我らクロノスのダミー会社の動きに納得するだろう…ダミーの一つや二つ潰しても構わん。今の所はまだ悪目立ちは避けたい。今後も餌を撒いておくのだ」

 

「はっ。かしこまりました…では――」

 

 リスカーは踵を返し退出しようとしたが、それをシンが止める。

 

「あぁ少し待て。リスカー…お前の次の仕事は餌撒きではない。一度お前が手筈を整えたのだからもう他の者でも務まるだろう。お前には別の極秘任務がある」

 

「極秘…」

 

「……久々に監察官らしい仕事だ。アリゾナ本部基地に行ってもらいたい」

 

(っ!そうか…ガイバーの一件ばかり考えていてすっかり忘れていた!アリゾナといえばプロフェッサー・ヤマムラの乱ではないか。あれはガイバー出現以前、クロノス最大の危機だった…それが近いはず。ということは、閣下はヤマムラについて既に不穏なものを掴んでいるのかもしれん)

「了解しました。してアリゾナで何をせよ、と?」

 

 察したものをおくびにも出さないでリスカーは問う。

 

「…クロノスが誇るブレインの一人、プロフェッサー・ヤマムラは今…ある極秘プロジェクトに専念している。それは十二神将のバルカス翁も、そしてアルフレッド・ヘッカリングも関わる一大事業だ」

 

 やはり、と思いつつリスカーは上司の言を黙って聞き続けた。

 

「それは…メンバーを聞くだけで身震いするようなプロジェクトですね。クロノスの3大頭脳が集結しているとは。プロジェクト内容を聞けば私の首が飛びそうですな」

 

「………」

 

 ニューヨーカーらしくウィットに富んだ返し。いつもならシンも軽く笑って返してくれるのだが、今回はやや渋い顔で言葉に詰まり、そしていつも以上に真面目な顔でリスカーへ告げた。

 

「…お前には言っておこう」

 

「よろしいので?」

 

「隠しても意味がないからな。プロフェッサー・ヤマムラの監察をしてもらうのだからすぐに分かることだ」

 

 これからシンが言わんとすることは現在、人生二度目のリスカーは大まかには知っている。だが、こうして十二神将直々に説明して貰えるのだと思うと、また違う緊張感と重大性があって息を呑む。

 

「我ら十二神将は現在11名…つまりあと一人足りない。その最後の一人の調整が近々行われる」

 

「…!」

 

 これは以前と現在、両方の人生を合わせてもリスカーですら知らないことだった。十二神将はずっと昔から12人いて当然の存在だと思いこんでいたからだ。数百歳とかの年齢の超人がごろごろいる中で、近日誕生予定の獣神将がいるとは驚きだ。

 

(12人揃っていなかったのに十二神将を名乗っていたのか…。12人という数に余程重要な意味があるらしい)

 

 リスカーのこの予想は当たっている。クロノス創生の始めからゾアロードは12人だと定められていて、それは総帥アルカンフェルのある思惑によるものだった。アルカンフェルを始め地球の全生命の生みの親・降臨者の元へ辿り着くための方舟を完全起動させるのには12個のゾアクリスタルを操作する者が必要だからなのだが、それは今は置いておく。

 

「その最後のゾアロードには4体の試作品(プロトタイプ)が存在する。データ取りもあらかた終わった()()共をヤマムラは今も保管しているらしいのだ。我ら上層部(十二神将)に黙って、な。クロノスの15年来の3大ブレインの一人であるプロフェッサー・ヤマムラが、まさかとは思うが彼はクロノスへの加入理由があまり友好的なものではない…彼の為人(ひととなり)も剛直な所があるし、万が一ということもある」

 

「なるほど…プロフェッサーの心底に不穏なものがないか探れ、と?」

 

「………ヤマムラ本人がそう望まずとも周りが不穏な空気をまとう事もある。私としてはヤマムラに叛意がないか探れ、というよりもヤマムラを疑う連中を黙らせる…彼の潔白を証明してやってほしい。そう考えている」

 

 リスカーは眼前の黒髪の獣神将のことを(甘い方だ)と思ったが、それは侮蔑とかの感情ではなく好ましい感情からの感想だった。だが、こんなお人好しが良く非人道的な秘密結社の大幹部におさまっているものだとも思う。明らかにクロノスの気質とシンという男の性格は反りが合わない気がするのだが、それでもシン・ルベオ・アムニカルスがクロノスに尽くすのは、やはりそれだけ総帥アルカンフェルという謎のベールに包まれた獣神将が彼の忠誠と畏怖を一身に受けるだけの神の如き存在なのだろう。今のリスカーでは、獣神将シンですら未だに冒険譚に出てきそうな英雄の具現化なのに、そのシンが尊崇する者など雲の上の更に上で、会いたいとか話したいとかすら思わない程実感がわかない。

 

(…この方は身内に甘い…その事でいつか足元を掬われはしまいか。…まぁ、そうならぬよう私が気構えていればいい。監察官という地位と仕事は、身内を監視するのが本分なのだからな)

「しかし、閣下…十二神将に黙ってプロト・ゾアロードを隠し持つなどは、もはや潔白も何もあるまいかと思いますが」

 

「…データ取りをしたりないとか、まだ何か実験がしたいとかかもしれん。彼は根っからの研究者だからな。だが、私もヤマムラが完全に白とは思っておらん。実験を継続して行いたいだけにせよ、我らに黙って試験体を…それも4体も隠し持つのは重大な規定違反だ。まぁ、彼の本心がどこにあるにせよプロト・ゾアロードを私的に使われているのは明白…だから未調整のお前に任せるのだ」

 

「なるほど。支配思念波を試験体は使えるのですね」

 

「うむ…並の獣化兵では逆にヤマムラの傀儡になってしまう。それに監察官とはいえ生身の人間が監査に来たと思えばヤマムラも必要以上に刺激されんだろう。頼んだぞリスカー」

 

「はっ、お任せください閣下」

 

 自信を滲ませた笑みを浮かべながら颯爽と了承すると、リスカーは堂々と退出していった。

 リスカーにはこの仕事に自信がある。それはもちろん、彼がヤマムラの叛意を知っているからだ。以前の人生ではプロフェッサー・ヤマムラの反乱といえばクロノスの誰もが知る大事件で、事の顛末も有名だ。今のリスカーにもきちんとそれらの資料の記憶は残っている。

 

(〝以前〟の私では未だ実績と実力が伴い…そう判断されてヤマムラの乱では出番が無かったのだろうな。しかし今回は違う…閣下の目に留まる程私は力を伸ばした。それにまだ未調整だからこそ私が選ばれたわけか。プロフェッサーには感謝せねばな。楽な仕事でまた出世できる。出世できれば、それだけガイバーへの対応で自由がきくというものだ)

 

 だが…とリスカーは考えた。重大な問題がある。

 

「…ヴァルキュリアへの電話が…滞る。…マズイ」

 

 アリゾナ本部基地でヤマムラの身辺調査となれば極秘行動も増えるのは必然。当然外部との連絡は制限されることもあるだろう。そうなれば最近ますます悋気を覗かせる義妹がどういう反応に出るのか…それがリスカーの悩みのタネだった。

 

「やれやれ…あいつも男を作れば落ち着くか?今度紹介してみるか…」

 

 それは愚策だと気づかないリスカー。彼はまだ義妹の愛を軽く見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―クロノス・アリゾナ本部基地―

 

「お疲れ様です、リスカー監察官。滞在中に使用される部屋へ案内します」

 

「うむ」

 

 見慣れたヘッドバイザーを装着した結社構成員に案内されて、リスカーはヘリポートから本部基地内の居住区画へと向かっていた。すっかり見慣れたものの、よくよく考えれば結社の戦闘員は全員このヘッドバイザーと専用のバトルスーツを制服としているが、そういえば顔面半分以上を覆い隠してしまうヘッドバイザーは防犯上問題があるなぁ、とリスカーは考えていた。

 

(…重要区画は指紋、声紋、網膜、脳波認証などのロックがあるとはいえ、このヘルメットは少々アレだな…敵対者の侵入を容易にしてしまう。顔面を露出していればそれだけで侵入者の判別はしやすくなる。所員が同僚全ての顔を覚えているわけはないが、それでも見たことのない者への警戒と違和感は抱きやすくなるはず。…だが私も使ったことがあるが、あのヘッドバイザーはなかなか便利なのも確かだ。通信が脳波で起動でするし、音声も骨伝導で非常にクリア…赤外線カメラ、熱感知、暗視、望遠完備…それに何よりつけ心地が素晴らしいのだ。どんな頭でっかちにもフィットし、防寒も風通しもバッチリで蒸れない)

 

 こんな所にもクロノスの超技術は遺憾なく発揮されていた。ちなみにスーツもスゴく良いものらしい。ヘッドバイザーに防犯上問題があると思ってはいるが実のところリスカーもそこまで本気で心配していないのだった。事実、今までクロノスに侵入を試みようとした愚か者(でありつつも先見の明がある切れ者)の中でも最も奥へ侵入できたツワモノでさえゲートを突破して数mで侵入が発覚。即座に捕らえられて然るべき処置がされた。普通は構成員の制服など問題にならないレベルでクロノスの警備は厳しい。

 部屋につき、人心地ついたものの、そんなものはすぐに終わった。リスカーは直後には激務に襲われていた。まずはアリゾナ本部のトップ…すなわち獣神将ハミルカル・バルカスへの挨拶。そして関係部署へも顔を出さねばならない。最後には目的である研究部門…プロフェッサー・ヤマムラだ。バルカスはなにやら忙しいらしく(十中八九、最後の獣神将の調整関連だろう)面通しは叶わず、彼の秘書であるキャネット・チップ女史に出迎えられた。

 

「申し訳ありませんリスカー監察官。バルカス様は現在ご多忙でして。ですが貴方が監査に来ることは承っております。バルカス様は〝権限と仕事の範囲内で自由に本部内を歩いて良い〟と仰っておいででした。リスカー様が必要とするならその度、資料を渡すようにも仰せつかっていますわ」

 

「それは感謝する。えー…」

 

「キャネット・チップです。バルカス様の専属秘書ですが、もうじき誕生する最後の獣神将の補佐をせよと仰せつかりまして…最後の獣神将(最新型)が目覚め次第、異動する予定です。貴方のサポートもいつまで出来るか分かりませんが、短い期間よろしくお願い致します」

 

 キャネットは襟足が長めのショートボブの美しい金髪をかき揚げ、色素の薄い碧眼に蠱惑的な光を湛えてやや悲しげに微笑んだ。クロノスの構成員というものは見た目から年齢を推し量るのが難しい者が多く、この女も見た目通りの若さではないかもしれない。だが女の身でありながらクロノスの重要人物の秘書まで務めるこの女性は並大抵の才女ではないし、最後の獣神将を〝最新型〟と言い生体兵器として冷徹に見る神経の図太さと胆力は只者ではない。まさかあのバルカスが美貌だけで秘書として使うわけもなく、リスカーは素直にキャネットという人物の才覚に称賛を覚えるのだった。

 

「バルカス様の専属秘書から最新の獣神将付きへ、ですか。なるほど…クロノスの古老から新参への配置替えは確かに格下げのようにも見えますが、実際はそうではないでしょう。貴方の手腕をバルカス様がそれだけ評価している証だと思いますがね。無能に新参幹部の補佐はさせられんでしょうからな」

 

「…あら?フフ、気を使わせてしまったようですね。でも、ありがとうございます…アムニカルス閣下の懐刀とまで言われるリスカー様にそう言われるのは恐縮ですわ」

 

「懐刀…それこそ、こちらが恐縮ですよ」

 

 これがないと本部基地に慣れていない者は迷う、という言葉と共に渡された携帯電子端末を受け取り、最後に握手をしリスカーはキャネットと別れた。美人と話しているのも楽しいが、それ以上に今はヤマムラの乱の方が楽しい。リスカーはそう思っている。ヤマムラが反乱するかどうかの監視と調査はもう解決したも同然なのだから、リスカーの思考は既に別の所に割かれていた。

 

(一体何故ヤマムラは反乱したのか)

 

 ずっと、その理由がどうしようもなく気になっていたのだった。

 キャネットから貰った携帯電子端末で本部地図を呼び出し研究部門へ歩みを続ける。クロノスの施設はどの国の支部も広く先進的な設備が揃っているが、やはりアリゾナ本部基地は別格で普段から勤務している者でも時折迷うらしい。普段はニューヨーク支部を根城にしているリスカーも(…広いな。ニューヨーク支部も広いと思っていたが…チップ女史から電子端末(地図)を貰っていてよかった)と思う程だった。

 そうこうしている内に研究部門に辿り着き、リスカーは資料でしか知らない〝伝説の謀反人〟山村晋一郎本人を前に若干の緊張を秘めて面会に臨んだのだが…。

 

「初めましてプロフェッサー・ヤマムラ。監察官のオズワルド・A・リスカーです。クロノスのブレインと謳われる貴方にお会いできて光栄だ」

 

「…うむ、リスカー監察官か。話は聞いているよ。何故私の研究セクションに監査が入るのかは理解している。プロト・ゾアロードはデータ取りが終わったとはいえまだまだ実験用途は残っているのだ。私の主張が正当で、クロノスの利益に繋がるものだと…今回の監査で証明されるのは確信している。歓迎はせんが迎え入れよう、リスカーくん」

 

 髪を切るのも煩わしいと言わんばかりに伸ばされた白髪を無造作にオールバックにまとめた初老の男が無表情でリスカーを出迎えた。

 

「自由に見て回るが良い。私の研究にはやましい所など何もない」

 

 リスカーが差し出した握手の右手を一瞥すらせずにプロフェッサー・ヤマムラはくるりと背を向けてさっさと自分の仕事へ戻っていってしまう。

 

(…なるほど。あの深町ショウくんと同じ匂いを感じるな。実に頑固そうな、意志堅固な目つきをしている。ジャパニーズというのは皆、反骨精神でも宿しているのか?ヤマト魂とかいうやつか)

 

 その日から早速リスカーは彼のセクションに入り浸って彼の人柄や性質、そして所内の雰囲気…部下の研究員達の素振りや目配せに至るまで観察を始めた。だが別段、彼らにこれといって怪しい素振りは見えず、リスカーが提供を呼びかけた資料も渋ること無くすぐに彼らは供してくれた。ヤマムラの周囲を調査しだして数日が経つ頃にはリスカーも今までの認識を改めだしていた。

 リスカーはプロフェッサー・ヤマムラの乱についてのレポートは以前の人生で穴が空くほど読み込んだ。事件の総括レポートによれば、謀反の理由は〝待遇への不満、ゾアロード製作に関わるうちに己を神懸かった生体兵器すら生み出せる真の神と増長した、バスカルやヘッカリングへの競争心と嫉妬の末に狂気に陥った〟等が上げられていたが、ヤマムラはとてもそういうタイプの人間に見えない。鬱屈し追い詰められた人間に見られる疑心暗鬼的な言動も見られないし、狂い理性を失っているようにも見えない。それどころかヤマムラからは瞳に強い力を宿し、まるで死地に赴く戦士のような強い意思を感じる。自暴自棄になって愚かな行動をする人ではないと思えた。

 

(プロフェッサー・ヤマムラは、何か強い使命感に駆られてクロノスに反旗を翻したのだ。何故だ?一体何が、彼を無謀な反乱劇に駆り立てたのだ。彼が保持していた戦力はゾアロードとはいえ試作品…それも僅か4体だ。本部で反乱を起こせば直ぐに12人の正規獣神将が駆け付けるのは明白じゃないか。余程の理由があるに違いないのだ…そしてその理由はクロノスにとって、抜き差しならない事に繋がる…間違いない)

 

リスカーはヤマムラの過去の動きに着目しその身辺を洗い出すことにした。その日は自室に籠もり山村晋一郎のパーソナルデータを、クロノス所属以前から調べ始める。

 

「日本、K県国立大学…地理歴史科教授…19xx年から19xxまで教鞭をとり、N県魅奈神山が人造山との学説を支持しその調査に没頭……xx年度受講生…A山S郎、I村T良、U田H一……」

 

 リスカーには徹底的に調査する気力が漲っている。レポートと現存する山村晋一郎本人とを見比べても差異は明らかで、どうしてもリスカーの中で腑に落ちない違和感があって彼はそれを解決したかった。プロフェッサー・ヤマムラがただの山村教授だった頃からその同僚、教え子、友人、家族、その知人縁者…その者達の経歴、その後の動向…全てを洗った。だがさすがの超エリートであるリスカーでも単独でそれらを成し遂げるのは辛いものがあり…、

 

「いや、すみませんチップ女史。貴方にこんなことを手伝わせてしまって」

 

「いいのですよリスカー監察官。今は私も比較的、暇でしたから。それにバルカス様からは貴方に協力せよとの命令も頂いております。これもバルカス様の命令の内ですわ」

 

リスカーの隣ではコンピューターを恐るべきタイピング速度で操るキャネット・チップが仕事を次々にこなしていた。リスカーの求める情報を的確に、過不足なく見易い資料にまとめてくれていた。

 リスカーの部屋の中でカタカタというタイプ音と資料を捲り擦れる紙の音が静かに響く。6時間続き、休憩を挟み、5時間作業し、そして食事をとり…別れて、明くる日にまたキャネットがリスカーの部屋を訪ね、また作業が始まり。そんな日々が8日程続いて、

 

「…リスカー様、一息入れませんか?コーヒーを煎れました」

 

「これはありがたい。…ほぉ、この香り…ただのインスタントではなさそうだ」

 

「お解りになりますのね。私、少しコーヒーには煩くて…私がブレンドして挽いたものです。お口に合うと宜しいのですが」

 

「口の方を合わせましょう」

 

「…フフッ」

 

 キャネットがここに来て初めて業務的な営業スマイルではない、自然な微笑みを見せた。連日の共同缶詰作業で、リスカーへの心的距離が狭まったようだった。リスカーも初日に比べると随分軽口が増えていた。ここ2、3日は、冗談の域を出ないが口説くような軽口も飛び出している。義妹に「女遊びなどしていない」とは言っていて、事実していないがリスカーとて男だ。今の時代、アメリカではリスカーの年代の男達はとっくに結婚し子の2、3人もいるのが普通で、独り身のリスカーは若干そういう男女の欲を持て余していた。普段は命懸けの仕事でその情熱まで燃やして人生を充実させていたが、こういう事務仕事が続く中で美女と二人きりだと、当然ムラムラとくるものがあった。そんな時に、

 

「あちっ」

 

「あっ!すみません…これはとんだ失礼を」

 

キャネットが運んできたコーヒーがリスカーのスーツの腿を汚した。冷静沈着な女史が慌ててハンカチでリスカーの太腿を拭っていき、そこでキャネットとリスカーは現状に気付いた。いい大人の二人…リスカーは一瞬、笑って何事も無く済ませようとしたが跪き股間近くの太腿に両手を置き上目遣いの美女…という形になったキャネットと目が合ってしまった。しかもここ数日でお互いの警戒心がやや薄れていたのが悪かった。リスカーがスーツの上着を脱ぎタイを緩めていたように、彼女も普段はキチッと閉じていた胸元のボタンが緩められていて僅かに女性の魅惑の谷間が覗いていた。この状況に気付いて彼女の沈着な頬は羞恥からか薄紅に染まる。そこでリスカーの理性は彼女の色香に喜んで負けた。(ちょうどいい…私も溜まっていた所だ)と内心ほくそ笑んだリスカーは、彼女の細く白い腕を掴んで己の胸元まで引き寄せるのだった。

 

「あっ」

 

と、か弱く困惑した声をあげながらも、キャネットもまた大きな抵抗をせずされるがままだった。

 

「困った人だ。女が男の部屋でそこまで無防備を晒しちゃいけませんなぁ。いくら私でもそこまで()()()()は奮い立たぬわけにはいかない」

 

「そ、そんな…つもりでは」

 

 リスカーは一気に獣の如くのギラついた瞳になってキャネットを真っ直ぐに見つめた。義妹とろくに連絡も取れぬ今の状況もリスカーの欲望を刺激するのに一役買ったのかもしれない。それは開放感か、それとも義妹成分不足か…。とにかく、つい先程までそんな気配は微塵もなく共同作業をしていた颯爽たる男から、突然に情熱的な瞳で射抜かれ、そして夜遅くまで仕事詰めでまだシャワーも浴びていないリスカーの一日の男臭さが詰まった間近の胸元に充てられて、キャネット・チップもますます頬を赤くして体中に一気に熱い血が巡るのを感じていた。だがかつて異性に求められたことがなく…〝今生〟のリスカーと同じように勉学一筋仕事一筋でキャリアを積んできたキャネットはただただ戸惑うばかりだった。

 

「ではどんなつもりで私に跪いたのだね、キャネット女史。聡明な貴方が、仕事疲れの男にそんな仕草をすればどうなるか分からなかったはずがないでしょう。その責任はとってもらわんとな」

 

「あっ…ま、まって…まって、下さい監察官…あ…リ、リスカーさ、あ…私…こんな、婚前交渉は、その…んっ」

 

 逞しい右腕に左手首を掴み上げられ、リスカーの左腕がキャネットのタイトなオフィススカートをたくし上げてむき出しになった女の太腿を這い上がっていく。書類を巻き上げて二人はそのまま倒れ込んだ。

 

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