私の妹が監察官なわけがない   作:たぷたぷ脂肪太郎

3 / 13
反乱

「ふ、ふっふふふ…そうか、そういうことか」

 

「ん………リスカー様…?」

 

 リスカーのベッドの上で半裸の美女…キャネットが、既に仕事に取り掛かっていたリスカーの独り言のせいで虚ろに目覚めた。それに気付いたリスカーは、少し彼女に申し訳なさそうな顔をする。

 

「…起こしてしまったか。すまないキャネット」

 

「いえ…あっ、もうこんな時間…いけない、早くセントラルルームに顔を出さなくては!」

 

 キャネット・チップは慌てて脱ぎ散らかった自分の衣類を掻き集めだすが、リスカーは大丈夫だと言って微笑みながら彼女を落ち着かせた。

 

「君の部署には私から連絡しておいた。チップ女史の力を借りているのでそちらへ返すのが大分遅れるとね。君の部下は二つ返事で了承してくれたから、焦って帰らなくても大丈夫だ。まだ寝ておくといい。昨夜は疲れたろう…私も、君の色香にあてられて随分激しくしてしまったからな」

 

「そ、そんな…恥ずかしいことを仰らないで」

 

 昨晩の情事を思い出し、自分の服のはだけを直しつつキャネットは赤面した。誰が見ても情事後と分かる独特の乱れ具合もそのままに、少々覚束ない足取りでリスカーのすぐ横までやってきた。

 

「まだ痛むかね?昨日は、後半あたりでは自分から積極的に動いて――」

 

「も、もうっ!恥ずかしいことは仰らないでと言ったのにっ」

 

 キャネットは女にさせられた昨晩の自分の乱れようを脳裏から霧散させようとしたのに、リスカーがからかうものだから生々しく思い出せてしまう。そして思い出すと初めて知った男の肌の熱がまた欲しくなってしまうのを胎内深くで感じるのだった。

 

「ごほんっ、な、何を見つけたのですか?嬉しそうに書類を見ていたましたが…」

 

 話題逸らしにキャネットがリスカーの手元の紙を指摘する。リスカーは笑った。だがその笑みは先程までとは違って仕事人のそれだ。

 

「キャネット、君は私がここに来た理由を知っているな?」

 

「バルカス様からおおよそは聞いていますわ」

 

「…ヤマムラは、今回のプロト・ゾアロードの素体に自分の教え子を召還していることが分かった。教え子はT雑誌社特派員、マサキ・ムラカミ。その他の生き残った素体も…辿っていくとヤマムラと繋がるもともとの知人縁者なのだ」

 

「え?…つまり、それは」

 

「多数の実験体の中に、ヤマムラと面識のある者が何名かいたのさ。それは特に不思議ではない…実験に使えそうな、適正があり後腐れない人物を組織に推挙することはよくあることだ。だが調製に成功し、生き残っている4体のプロトタイプが、奇しくも皆ヤマムラと縁故の者となると…少々面白いことになる」

 

「……………プロフェッサーは、ゾアロード調製実験が始まる頃には、既に反乱する気でいた?」

 

「そうだ。計画的に〝無謀な計画〟を実行しようとしていることになる。そして彼がプロト・ゾアロードの素体推薦リストを上層部に提出したのは1年以上前……つまりこの時期だ」

 

 リスカーが興奮気味に別の資料をキャネットへ手渡す。それを見たキャネットの眼光も鋭い知恵者のものに変わる。

 

「これは…19xx年、魅奈神山・深部遺跡第6次調査チーム……全員死亡…。…確かに、この出来事とほぼ同じ時期ですね」

 

「君が整理してくれた資料のお陰で繋がりを発見できた。あとは芋づる式で、どんどん繋がっていったよ。第6次調査チームは、ゾアノイド先遣隊と共に最新型ハザードスーツで遺跡内の調査を敢行…その果てに全員が溶解し死亡したとある。それを見届けたのは極東方面総司令リヒャルト・ギュオー。実際、当時の調査資料のどれを見ても調査研究班の全滅を裏付けている。疑いようがない。しかし、だ…その資料の8ページを見てみろ」

 

 促されるがままキャネットは紙をめくっていき、そして驚いた。そこには、

 

「プロフェッサー・ヤマムラが、全滅が確認された第6次調査チームに?」

 

しっかりとシンイチロウ・ヤマムラの名が刻まれていたからだ。

 

「そうだ…面白いとは思わないか?その調査チームリストは正規のモノではなく、死亡した現場の末端研究員の一人が製作した私的なものだ。他のどの正規レポートを見ても第6次調査チームにはヤマムラの名はないのに、そこにだけヤマムラがいるのさ。キャネット…君がコンピューターの奥までヤマムラ関係のフォルダを漁ってくれたお陰で、今こうして私の目に留まった」

 

 レポートを次々に読み進めていくキャネット。そして聡明な彼女も事の重大性を徐々に認識しだした。そしてそれを認識してしまったらもう無関係ではいられない。事と次第によっては自分も()()()に始末されるかもしれないと予想できた。

 

「キャネット…私と共に作業にあたったのが運の尽きだと思って諦めてくれ。君も既に無関係ではない」

 

「…いえ、貴方は私の貞操を捧げた男…既に他人ではないですから、運命共同体となったのは寧ろ望むところです」

 

 そう言い切ったキャネットの凛とした顔を見て、リスカーは(…意外と古風というか、貞淑者じゃないか。まぁこの美貌と年で初めてだったわけで…何というか、重い女なのか?まぁ尻軽よりはずっと良いがね…)と肌を一度重ねただけの自分にそこまで言い切る女を見て驚いていた。

 

「…極東方面総司令リヒャルト・ギュオーは、今回…獣神将に抜擢され、このアリゾナ本部基地で調製中です。第6次調査研究班の生き残りであるプロフェッサーは、何らかの目的で秘密裏に抹殺されたチームの敵討ちを狙っているのですね」

 

 彼女の分析結果はほぼ当たりだろうとリスカーも思う。だが、リスカーはそれ以外の事実にも気付いていた。

 

(それだけではあるまい…。これは、現時点では私しか気付け無いことだが、プロフェッサー・ヤマムラは第6次調査の前々回…第4次調査にも参加し、そしてその時〝ある生体ユニット〟を遺跡内から発掘するのに成功…とレポートの続きにはある。間違いない…ユニット・ガイバーだ…!なんとも面白い男じゃないか…プロフェッサー・ヤマムラ!貴方は運命に愛されていると言っても過言ではないよ。ユニットを見つけ、そしてギュオーに目をつけられ…プロト・ゾアロードを率いてわざわざクロノスの中枢で反乱を企てる……ギュオーの命も間違いなく目的の一つだろうな。実に数奇な運命に翻弄される男だ)

 

 実のところリスカーは山村晋一郎を謀反人として処断できるだけの確固たる証拠を集め終わっている。〝結果〟を知っているリスカーすらすれば証拠をでっち上げるのすら容易で、後はバルカスなりシンなりに報告すれば事は迅速に解決されるだろう。試験体達は未だに調製槽の中に漂っていて、今すぐに起動しても俗に言う〝寝起き〟状態で戦闘可能になるまでは時間を要するから抵抗もろくに出来ず終わるに違いない。だがリスカーは山村という男とどうしても、じっくりと話しをしてみたくなっていた。

 

(ギュオー総司令…以前(一度目の人生)は貴方の命令で私は日本に『ガイバー』を求め海を渡ったのでしたな…何を考えているか分からない所が前々からあるとは思っていたが…調査研究班を秘密裏に抹殺するとは、何を考えている)

 

 そして当然ギュオーに対しても山村とは違う興味を抱くことになる。警戒すべきギュオーの狙いを探るにしても山村との接触は欠かせないだろう。だがそれにはいくらか保険をかけておかねばならない。その一つはキャネット・チップだ。

 

「キャネット…私はこれからヤマムラに会ってくる」

 

「え!?」

 

 さすがの才女も予想できない発言だったようだ。

 

「これから反乱を起こそうという者とお会いになるんですか?」

 

「心配はいらない。ヤマムラは肝の座った男だ。いきなり私を殺そうとはしないだろうし、殺したらただでさえ勝算の低い反乱は完全に失敗することになる。…だが、もしもの時は…そうだな、私が明日の6時までにここに帰らなければ君がバルカス様に報告するんだ」

 

「そんな…嫌です、リスカー様。一度抱かれて、それで貴方との事が終わってしまうだなんて」

 

「フッ、あの怪物頭脳バルカス様の専属秘書をも務めた女が…随分と女らしい可愛いことを言うじゃないか」

 

 だがこのエージェントは女の心配をよそに自信有り気にまた笑う。

 

「心配せずとも私とてむざむざ死ぬ気はないし…ヤマムラもそこまで愚かじゃない。私は彼と少し話したいだけだ。さて…プロフェッサーと会うのにこのままでは失礼かな。まだ君の匂いも濃厚に残っているしな」

 

「っ!もう、リスカー様っ…嫌です、そのような…恥ずかしい」

 

 リスカーはまた笑いながらシャワールームへと消えていき、キャネットはそれを可愛らしいふくれっ面で見送ったが、最後にリスカーが思い出したように振り返り、

 

「……あぁ、そうだ…報告以外にも、もう一つやってもらいたいことがある。なに、バルカス様の秘書官の君なら簡単なことだ。私がヤマムラと話している間に彼のセクションで―――」

 

もう一つの保険を彼女へと依頼しておくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして某時刻、ヤマムラの研究セクションにて―

 

「…さて、何か様かなリスカーくん。私は忙しいのだが」

 

リスカーと相対しているのはシンイチロウ・ヤマムラ。相変わらずの仏頂面で、コーヒーをすすりながら監察官を出迎えていた。リスカーも出されたコーヒーで唇を湿らせてから口を開いた。

 

「ほう、忙しい?ではいよいよ反乱は近いのですかな?」

 

「…!何をっ」

 

 実にストレートな物言いに、図太い神経と不動の精神を持つ山村も一瞬言葉に詰まった。だがすぐに山村の態度は常通りに戻り、さすがにクロノスの3大ブレインの一人と呼ばれるだけはあり、やはり凄まじい胆力を持っているようだ。

 

「…何を言っているか分からんな。前々から言っている通り、私が試験体を保存しているのはクロノスのさらなる躍進の――」

 

「マサキ・ムラカミ」

 

「っ!」

 

「フフ…今度は顔色を変えましたな、プロフェッサー」

 

 マサキ・ムラカミ…村上征己は試験体の一人の素体名で、別段それを言われたからといって慌てる必要はない。本来なら。だが、クロノスの多くの者が表社会での素体名など気にせず覚える気もなく、ただのモルモットとして番号名でしか記憶しないのが秘密結社クロノスの気質だ。そのクロノスの監察官が、試験体の素体名をズバリ言い当てたのは、つまり素性を洗ったということだろう。そこから山村晋一郎との繋がりも探り当てたのだろうことは想像に難くない。

 

「……なるほど。さすがは獣神将シンの懐刀と言われるだけはあるな。どこまで知っているのだ?」

 

「貴方が第6次調査研究班の生き残りであり、生体ユニット発見時の立会人であり、そして極東方面総司令官リヒャルト・ギュオーと貴方の間には浅はかならぬ因縁がある…ということぐらいです」

 

「はっはっはっはっ!これは驚いたな。そこまで知っているか…ほぼ全てお見通しとはな。いやはやこれは参った…もう笑うしか無い。正直言って、ここまでとは思わなかったな、リスカーくん。では、もう私と4人のプロト・ゾアロードは袋のネズミか」

 

「そうです。チェックメイトというやつです。もう私の口を封じた所で意味もない。私が所定の時刻までに所定の場所にいかねば、直ぐに私が集めた謀反の証拠の数々が複数の獣神将の元へ送られる手筈になっています」

 

「…」

 

 ヤマムラの顔は、もう何時も通りの仏頂面に戻っている。やはりさすがの精神力だ。

 

「ふーむ…恐ろしい男だなリスカーくん。君がアリゾナ本部に派遣されてまだ一月も経っていないというのに、私が数年がかりで準備した計画をこうも見事に見抜き、手を打つとは。…まったく、クロノスという組織は無駄に層が厚い。これ程優秀な才能を集め超技術を独占し…なのにそれを人々と平和の為には使わない。これを無駄遣いと言わずして何と言う」

 

「プロフェッサー…そう思うのは貴方の勝手だが、クロノスがやっている事はいつの日か必ず全人類の為になります」

 

「面白い冗談だな。獣化兵(ゾアノイド)に調製されれば遺伝子レベルでゾアロードへの服従が強制発動し、獣化調製されていない我々研究畑の者もウィルス投与によって、恐怖政治さながらに忠誠を強制されている。これが全人類の為を思ってすることかね?」

 

「何かが新たに発見されたり、技術が躍進したり、物事が次のステップに進む時は試行錯誤と意見の対立が起きるものです。そして、対立をまとめ上げるのはいつだって力だ。話し合いじゃない。確かに、今はクロノスは非道を行う時もある。だがそれはいつの時代もどこの組織もどんな国も同じです。ただそれを行う比率の問題はあるでしょう…しかし、それもクロノスが表に立つその日がくれば、歴史上の国々と同じ率にまで減りますよ。完全になくなりはしないでしょうがね…人の歴史通りですな、その点は」

 

「今まで人がやってきたからクロノスもやって良いという理屈にはならん。クロノスの超技術があれば、それこそ理想を唱え…それを実行するのも不可能ではない。だというのに何故クロノスはそれをせんのだ。私はそれが許せん。明日の理想の為と言いながら裏で非道な犯罪行為と実験を繰り返すクロノスに正義はない。クロノスは人の尊厳を踏みにじり続けているのだよ、リスカーくん」

 

「それを許せぬというのなら、何故組織を変えようとしないのです。反乱などするより、貴方程の地位の人ならその影響力で徐々に内部から組織を変えていく方が余程建設的で確実だ」

 

「ははは…それも冗談かな、リスカーくん!クロノスが、獣神将を…その頂点アルカンフェルを絶対の存在として標榜している以上、組織の性質が変わるなどありえんのだ。アルカンフェルの意思こそがクロノスの意思。アルカンフェルの理想こそがクロノスの理想……そこに、我々下っ端の意思は介在しない!アルカンフェル以外の獣神将とて、我らと同じで意思持たぬ駒に過ぎん!アルカンフェルが望めば我ら研究者が獣神将を()()……人を歯車としか見ぬこんな組織が人の尊厳を守れると思うか!」

 

 ヤマムラの言葉はどんどんと熱を帯びて、最後には拳を振り上げるように力説していた。それをリスカーは努めて冷静に見ていたが、彼の言いたいことも少しは分かる。そして自分以上に獣神将の頂点・アルカンフェルについて知っていそうなヤマムラの知識量に驚嘆した。

 

「…大なり小なり、何らかの組織に仕えるというのは己を代替えのきく歯車と化すことだ。私は歯車でいることにさして不満はありませんよ。…しかし、さすがですなプロフェッサー。私のようなヒヨッコより余程組織(クロノス)について知っている。獣神将以外、誰も知らぬ総帥アルカンフェルについてすら幾らかはご存知のようだ…大分クロノスについて嗅ぎ回ったと見えますね」

 

 リスカーの口調は相変わらず皮肉気で癇に障るものがあったが、しかしその目は真摯にヤマムラを見つめていた。

 

「クロノスに反感を持つが故に誰よりもクロノスを、降臨者の遺跡を調べた。そして貴方はクロノス打倒の可能性を遺跡から見出した…違いますか?」

 

「…」

 

 監査官の自信たっぷりな口調。ヤマムラは(何もかも見通されている)ような気がしてくるが、それこそがリスカーの狙いであり手腕だった。自分は全てを知っている呈を装いヤマムラが自ら吐露してくれるのを期待しているのだ。ヤマムラの虚をつくために〝前世〟からの知識と経験も活用する。

 

「貴方が遺跡基地(レリックス・ポイント)から発掘した生体ユニット…それは降臨者(神々)の言葉で『ガイバー』と言われている…!」

 

「な、何故それを!」

(馬鹿な…!まだあの生体ユニットがガイバーであると結び付けられたのは私一人…!ど、どこまでコイツは知っている!?何という奴だ…ま、まさか〝超存在〟まで知っているのか!?)

 

「ガイバーこそが貴方の真の切り札!ガイバーを巡ってリヒャルト・ギュオーと貴方は抜き差しならない対立に陥ったのだ…!」

 

 ヤマムラの顔面から血の気が失せていく。歴戦の監査官であるリスカーでなくても読み取れる程の表情の変化が初老の男に起こっていた。

 

「や、やらせんぞ!やらせるわけにはいかんのだ!獣神将にガイバーを渡すわけには断じていかん!〝超存在〟がクロノスの手に渡れば…それこそ世はクロノスの思うがまま!そんな地獄に、地球を変えさせるものか!プロト・ゾアロード、起動!」

 

 リスカーが予期していた以上の反応を見せたヤマムラは、腕時計に内蔵していた自作の通信機器を操作した。恐らく、今の彼の発言からして遠隔からでも調製槽内の獣神将試験体を強制起動できるのだろう。今プロト・ゾアロードに目覚められたら〝殖装者〟ではないリスカーでは勝ち目はない。しかしリスカーは余裕ある姿を崩さなかった。

 

(…〝超存在〟?ほぉ…随分興味深いワードが飛び出てきたな…こいつは面白いことが報告できそうだ)

「無駄ですよプロフェッサー」

 

「なに?」

 

「私が何の対抗手段も無しに貴方を追い詰めるような面談をするわけがないでしょう。事前調査によって、今回の貴方の反乱()()は貴方自信と4人の試験体が共謀したものと分かっています。つまり研究セクションの他の職員は無関係であり非協力者…調製槽の操作も割と簡単に許してくれましたよ」

 

「…ま、まさか…い、いや、騙されんぞ。プロト・ゾアロードの調製槽は私以外では操作できないようプロテクトをかけているし、何より私以外では理解も出来ん調製難易度を誇っているのだ!ゾアロード因子や脳細胞の操作は無理だ。試験体とはいえ獣神将…細工は不可能だよリスカーくん。ヘッカリングや、バルカス当人でも来ない限りはな」

 

「いやぁ、それが出来るのです」

 

「くだらん。ブラフだ」

 

 だがそう言うヤマムラの顔色は冴えない。常にアドバンテージを取り続けるリスカーにヤマムラの強固な精神は徐々に削り取られているようだった。

 

「ならばいつまでもお待ちなさい。4体のプロト・ゾアロードをね。何分待てば気が済むかな。そうだな…私も忙しいし、試験体が仮に起きたとして…寝ぼけ状態から回復して駆け付けるまで…10分もあれば充分でしょう」

 

 そう言ってリスカーは呑気に冷めたコーヒーを飲み、椅子の横に置いてあった鞄からアメリカの今朝のニュースペーパーをゆったりと読み出す。

 ヤマムラは小さく歯軋りしながらその様を睨み、そして憤慨した様子を隠しもせずに自分も椅子に座り直した。ヤマムラにとって長い10分だったが、それはあっという間に過ぎ去って、結果は何も起きていない。研究セクションは常通り平穏で、館内放送も通常運転を繰り返している。施設のどこを見ても緊急性は感じられない。ヤマムラは己が本当に完封されていたことを察した。

 

「…っ!な、ぜだ…!バルカスもヘッカリングもギュオーの調製に掛り切りなのだ…!あの二人が現状、君に協力するなどありえん!どうやって私の調製槽のプロテクトを解いた!一体何をした、リスカー!」

 

 村上らプロト・ゾアロードの調製槽は、今回の反乱の肝だ。だからもしもに備えて特に念入りに改造し堅牢にしていた。プログラム的にも、物理的にもだ。だからこそヤマムラは信じられなかった。たとえリスカーが監査官としてどんなに優秀でも、技術畑で自分に敵うわけがないのだから。

 

「簡単なことですよプロフェッサー。私の協力者に獣神将の調製技術に携わる者がいただけの話だ」

 

「そんなわけがない!私以外の獣神将調製技術を保持する者は皆ギュオー調製に参加しているのは間違いないのだ!く、くそ…!わ、私は…私はこんな所で歩みを止めるわけにはいかん!」

 

「見苦しいな、ヤマムラ」

 

 椅子を蹴って駆け出したヤマムラだが、指をパチンと鳴らしたリスカーに呼応して周囲に潜んでいたゾアノイド兵が数人飛び出してヤマムラを取り押さえた。

 

「ぐっ…は、離せ!」

 

「現時刻を持ってプロフェッサー・ヤマムラ…いや、シンイチロウ・ヤマムラを獣化兵私物化及び反乱未遂の容疑で拘束する」

 

 プロト・ゾアロードがいればゾアノイドの思念操作など容易だが、ヤマムラ単体ではどうしようもない。しかも獣化兵は変身前でも常人以上の身体能力を誇る。未調製のヤマムラでは既に打つ手がない。

 

「…ぬ、うぅ…!」

 

「おっと、指を口に突っ込んでおけ。舌を噛み切る気だぞ」

 

「むごっ…!む、ぐぉ!」

 

 リスカーに命じられるままに戦闘構成員が指を突っ込めば、どれだけヤマムラが指を噛みちぎって己の舌を噛み切ろうとしても無駄だった。初老の男性の顎力程度では調製済みの人間の指は砕けない。

 

「おやすみ、プロフェッサー。次に目覚める時は培養槽に浮かぶ脳髄かもしれませんね」

 

 リスカーは懐から取り出した注射器を素早く羽交い締めにされたヤマムラの首筋に刺し薬液を注入すると、途端にヤマムラは白目を剥いて全身を脱力させて意識を手放した。

 

「…連れて行け」

 

「はっ」

 

「それと、バルカス様とシン様に連絡を…『謀反人を証拠と共に引き渡したい。事の重大性を鑑みるに獣神将直々の出馬を要請する』とね」

 

 こうしてプロフェッサー・ヤマムラの乱は未然に防がれた。だが――

 

(う、ぐ……山、む、ら…教授…)

 

リスカーの予想を超えた事態が起きようとしていた。類稀な精神力を持って、凍結された筈の調製槽で山村からの起動信号を受け自力で凍結から目覚めようとする者がいたのだ。

 

「…凍結は順調のようですね」

 

 山村の研究セクションで、白衣を着た金髪の美女がプロト・ゾアロードの調製槽を眺めていた。

 

「えぇ、完全に意識を遮断しています。しかし、さすがはバルカス様の秘書官、キャネット・チップ殿ですな!お美しいだけでなく、ゾアロードの調製まで手掛けるなんて!プロフェッサーの助手をしていた私でも、試験体とはいえこうもゾアロードを自在に扱えませんよ」

 

 山村の部下らの羨望と、少しの欲望の視線を一身に受けた美女・キャネットはリスカーの要請を完璧にこなせた事で密かに胸中を喜びで一杯にしていた。表情には出さないが、冷たいキャリアウーマンにしか見えない彼女の心は恋する乙女と同じだった。

 

「…本当のゾアロードに比べればこの程度簡単なものですよ。では引き続き凍結作業を……あら?」

 

「どうしました?」

 

「いえ…今、一瞬この試験体の指が動いたように見えたのだけれど」

 

「はは…ありえませんよ。バイタルは常にモニターしていますが、数値は安定しています。完璧に凍結されています。お疲れなのでは?もう我々だけでも大丈夫ですから、お休みになって下さい」

 

「…そうね。じゃあ、悪いけど後はお願いします。このままバルカス様か、私…それかリスカー監察官の指示があるまで凍結を維持しておいて下さい」

 

 キャネットが退出していき、それを職員が見送る。その中で、調製槽の一つ…プロト・ゾアロードの瞼が僅かに動いたことに誰も気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件後、ニューヨークから速やかにやってきたシンとアリゾナ現地司令官バルカス、両獣神将らによって直々に事後処理とヤマムラの尋問が行われることとなった。リスカーからの報告にあった〝ガイバー〟と〝超存在〟というキーワードについて非常にバルカスの興味を引き、また極東方面総司令リヒャルト・ギュオーの不透明な動きはシンの(不愉快な)興味を引いた。バルカスはヤマムラの尋問に直接あたり、シンはギュオーの真意を自ら探り出した。

 バルカスはヤマムラの強情さを知っている。意識を失い拘束されているヤマムラだが、意識を取り戻してからの尋問・拷問ではいつ隙をついて自殺するか分かったものではない。なのでバルカスは実に安全で、そして簡単な手法をとることにした。それはバルカスがヤマムラを獣化兵へと調製しその後ヤマムラへ質問する…それだけだ。ゾアノイドに調製された人間は獣神将への絶対服従の因子が遺伝子の奥底から呼び起こされる。気絶した状態のヤマムラを早速調製槽に放り込んで調製を開始する。調製槽から出てくる頃には彼は反骨漢でも何でもない、ただの従順な研究所員に成り下がるだろう。短期間での調製故に、クロノス3大頭脳とまで謳われた知能は多少欠損するかもしれないが、バルカスにとってそれ以上の得難いモノが彼から得られる――筈だった。

 獣化兵ヤマムラの調製完了まで後1日…、後1日でバルカスが彼に〝超存在〟や〝ユニット・G〟について尋ねられるという寸前…第二の反乱が起きた。その犯人は、

 

「貴様、ギュオー!!胸に一物隠しているとは思ったが、こうも早急に牙を剥くとは…狂ったか!」

 

獣神将最新型・最後にして最強のバランスタイプである獣神将、リヒャルト・ギュオーだった。リスカーからの報告によって、調製完了寸前に彼の調製槽は凍結された筈だったが、眠っていた筈のギュオーはゾアロードの戦闘形態(バトルスタイル)姿でバルカスの前に姿を現したのだった。

 

「クッククク…おはよう諸君!獣神将シン!そしてドクター・ハミルカル・バルカス!俺に力を与えてくれて感謝するぞ!本当ならばもっと猫を被るつもりだったのだがな…少々状況が変わってしまった」

 

「一体何者が貴様を起動したというのだ。ギュオー!この痴れ者が!ゾアクリスタルの力を己がものと勘違いしおって…!」

 

「バルカス翁、お下がりを…こののぼせ上がった愚か者は、このシン・ルベオ・アムニカルスが粛清しましょう。後悔するがいい、ギュオー!獣神変!」

 

 シンがバルカスを庇うようにして前に出て、瞬間的にどこか今のギュオーと似た雰囲気を持つ異形の魔人とも言うべき人型の化物へと変じた。だがその瞬間ギュオーもまた全身から凄まじい重力波が放ち彼らの周囲全てを破壊しようとする。

 

「ぬっ!?」

 

 さすがは最新型の獣神将だった。特にギュオーは重力操作に関しては他の獣神将の追随を許さない。しかし獣神将としての経験はシンの方が圧倒的であり、しかもシンはエネルギー操作に優れた防御と砲撃に特化した獣神将。バルカスや、基地の重要施設すら覆う広域バリアーを展開しギュオーの重力攻撃を上手く散らしてしまうのだった。

 

「甘いな…まだまだ戦闘形態(バトルスタイル)に慣れておらん。最新型とてこの私一人で充分討ち取れる」

 

 シンは勝利を確信する。ここにはバルカスもいるのだ。彼は戦闘形態へは、とある事情から今は変じないが通常形態でもバルカスの協力があればギュオー(反乱者)を滅ぼすのは容易だろう。

 

「…どこからでも来るがいい、ギュオー」

 

 周囲を無差別に攻撃したギュオーの一撃が辺りを粉塵で覆い視界を阻害する。

 

「油断するなよ、シン。彼奴は儂が丹精込めてしもうた最新型じゃ。経験は浅いが性能は申し分ない」

 

シンの戦闘形態は全身に砲台ともいえる大きな〝棘〟を備えている。その棘をエネルギー受信装置として応用し、アンテナのように周囲のエネルギー体、及び動体を感知するシン。その直後、シンの顔が驚愕に歪んだ。

 

「っ!これは…!貴様、馬鹿な真似を!!」

 

「疑似ブラックホール!!!?」

 

 シンだけでなく、調製した本人であるバルカスも血相を変える。まさかギュオーが惑星上でこの技を使用するとは思っていなかったからだ。ギュオーの体中にある重力操作のエネルギーアンプが体外に射出され、それらが重力力場を生成…瞬間質量7000エクサトンの人工ブラックホールがアリゾナ本部のど真ん中に出現してしまった。

 

「ハハハハッ!!ここまで育った疑似ブラックホールは、もう俺がエネルギーを注がずとも勝手に肥大化する!俺はここで失礼させてもらうが、諸君らは精々()()()を本物にしないよう中和してくれたまえ!!さらばだ!」

 

「待てっ!ギュオー!!」

 

「追うでない、シン!今は疑似ブラックホールを()()にせぬよう中和せねばならん!儂一人では中和しきれぬ!」

 

「くっ…」

 

 シンが歯軋りするが、バルカスの言うことが全面的に正しい。今この場で疑似ブラックホールを中和できるのはバルカスとシンだけであり、重力使いとしてギュオー程の性能を有していない両名は協力し合わなければギュオーの疑似ブラックホールを消滅させられないだろう。そして消滅させられなければ〝本物〟になったブラックホールが地球をも飲み込んでしまう。地球の全生命が突然滅亡の危機に晒されてしまった。

 

「ぬ…うぅ…ぐ…!ちゅ、中和、を…!」

 

「はぁぁ…!!」

 

 二人の獣神将が両手に全エネルギーを収束させ、疑似ブラックホールを縮小させていく。アリゾナ本部基地内の様々な場で無重力状態になり浮いてしまったり、重力過多で地べたに這いつくばる者がでたり、本部基地の重力が乱れに乱れるが5分も経った頃には両獣神将の尽力によりどうにか疑似ブラックホールは完全に中和されたのだった。

 

「はぁ、はぁ…く、これではとてもギュオー追撃は…無理か」

 

「地下の聖域の状態も心配じゃな。早急に被害状況を確認せねばならん。だがギュオーも捨て置けぬ。至急、プルクシュタールに連絡を。彼に追撃に出て貰おう」

 

 全くとんでもない事になってしまったものだと、バルカスは深い溜息をついた。つい先日、アルカンフェルが再び休眠期に入ってしまったばかりだというのにこれでは先が思いやられる。バルカスの苦労はまだ始まったばかりだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。