私の妹が監察官なわけがない 作:たぷたぷ脂肪太郎
ギュオーとヤマムラの反乱事件後の処理にあたっていたバルカスは提出された被害状況報告に唖然とした。本部基地内で疑似ブラックホールが展開されたのだから純粋な物的被害はある程度覚悟していたが、何より衝撃だったのは調製槽のヤマムラと、ヤマムラが保持していたプロト・ゾアロードが一体行方不明になっていることだ。
「…レポートによれば、獣神将試作体の調製槽は凍結作業が行われていた。フム…リスカー監察官の仕事か。なるほど、お主が気に入るだけあって有能じゃな」
マイナス面を考えればキリがないが、取り敢えずはマイナスの中でも良い面に着目して己の精神を鼓舞する。実際、リスカーの手回しの良い調査はクロノスが負うことになった被害の中でもキラリと光るものがあり、短時間の内に多くの事実が明らかになっていた。バルカスは眼前の同僚の部下を褒め称えると、目の前の男、シンは無表情を維持しながらもどこか誇らしげとなる。
まず各試作体の凍結作業は、どのレポートの手順や経過観察の数値を見ても完璧だ。実際の作業はバルカスも良く知った教え子とも言えるチップ秘書官が指揮したらしいので当然といえば当然だろう。そしてその完全な凍結の中で自力起動した試験体がいた可能性が高いこと、その試験体が同じく凍結中だった完成間近のギュオーを起動したらしいことも分かった。
「獣神将試験体マサキ・ムラカミ…獣神将リヒャルト・ギュオー…そしてヤマムラか。ぬぅ…ギュオーめ…疑似
次々に報告書を読み進めながら肩を落とす老人の姿は何とも痛々しい。バルカスは高層施設最上部の幹部執務室の椅子に深く腰掛け溜息をつくと、ゆっくりと椅子を回転させて背後のガラス外壁から地上を見回した。そんな哀れな老人に、背後から声をかけるシン。
「翁。私のところのリスカーをお使いになりませんか?奴ならばギュオーとムラカミの追跡に一役買うことができるでしょう」
「なに?未調製のただの人間をプルクシュタールの増援に使うのか?」
シンの提案にバルカスはやや渋る様子を見せるも、シンは続ける。
「
「…他の獣神将にも増援要請は出している。今はプルクシュタール一人で問題はないのではないか?ただの人間が一人程度増えた所で何も状況は変わらぬと思うが…」
「リスカーはただの人間ではありませんよ、翁。彼は運命が違えば我ら獣神将の仲間入りを果たしていたかもしれない幹部候補です。私の元で幾度も困難な仕事も熟している…調製も無しにです。今は使える駒は全て出し切るべきではありませんか?アルカンフェルに、これ以上の我らの醜態を見せるわけにもいかないでしょう。我らの手持ちのカードは全て出しきらねば」
シンは現状を正しく理解している。クロノスにとって、今はまさに危機的状況と言って過言ではない。突然、獣神将が離反し本部が半壊してしまったのだから。しかもその反乱者の側にはプロト・ゾアロードとゾアノイドへの調製技術に長けたプロフェッサー・ヤマムラまでいるのだ。とても看過できない。バルカスは深い溜息をまたついた。
「…そうじゃな。お主の言うとおりじゃ。出来ることは全てするべきであるな。…だが、よいのか?ギュオー討伐の任務は今までのどのような任務よりも困難となるだろう。お前の
「構いませぬ。クロノスの全てはアルカンフェルの御為にある…。アルカンフェルの為ならば私自身を含め手駒全てを失おうが否はありませぬ。それに、リスカーとてそう簡単にやられはしないでしょう。調製されていない分、奴の立ち回りは慎重ですから」
シンの言い切りようにバルカスは心強さを覚える。黒い、力強い瞳を見てバルカスは彼の言をようやく受け入れた。
「わかった。ならばお前の部下を借り受けよう。プルクシュタールからの報告も丁度挙がってきたきた所だ…早速リスカーにはそちらに向かってもらうとしよう」
バルカスはまた執務椅子に腰掛けると、立派な卓上の上に備え付けられているコンピューター郡のコンソールを操作する。と、執務室の壁掛けの大型モニターにプルクシュタールからの報告が映し出された。それによると彼は今、ギュオーを追って極東の島国へと到着したという。
「日本…?そうか、ギュオーめ…狙いは
直様シンはギュオーの狙いを看破した。流石は十二神将の中でも副将格の男だった。バルカスも頷いて同意の意を示す。
「恐らくそれで間違いあるまい。ギュオー一党は既に潜伏してしまったそうだ。今、あの島国は経済の発展著しく国外人も多い。発見は簡単ではないじゃろう。長丁場になるやもしれぬが…あの若造の狙いは十中八九は
「プルクシュタールは
「ギュオーが造反した今、東アジア全ては
シンは黙って頷き同意する。確かに彼ならばギュオーの純粋な戦闘力の高さをどうにでも料理できる技量と異能がある。人格も高潔で信頼が出来、プルクシュタールとの相性も悪くない…李剡魋は適任と思えた。
「そうですな…このアメリカにも最低でも二人、翁と私は残らねば本部と支部までは手が回らない。歯痒いですが致し方ありません。プルクシュタールと李剡魋…そしてリスカーに任せましょう」
「うむ…儂はアリゾナ本部の復旧を急ぐ。お主はニューヨーク支部を頼むぞ。シン、油断せぬようにな……ギュオーの狙い…日本がブラフの可能性もないではない」
口を堅く結んだ真面目顔でシンが頷き退出していくのを見送りながらバルカスは思う。アルカンフェルが目覚める前に、なんとしてこの件に一定の成果を出さねばならぬ、と。その決意は決して下らぬ保身からくるものではなかった。ただひたすらにバルカスは、アルカンフェルを満足させたいという純粋な忠誠心と尊敬からそう思っていた。
(ギュオーは単純な単体戦闘力では最強の獣神将…それに、知恵もよう回る奴じゃ。奴の造反…下手をすればクロノスの屋台骨を軋ませる。なんとかせねば…)
老人は目頭を指で強く押さえて脳と目の疲労を己で労う。彼の悩みは尽きない。
◆
黒塗りの装甲と防弾強化ガラスで覆われた大型ヘリコプターが夜の東京の上空を飛んでいた。けたたましいローター音が東京上空数百mの空に響くが、雑多な人混みに溢れる眠らぬ都市・東京の誰もがそれに関心を示さない。東京の空を預かる管制センターの者や自衛隊の者らもその飛行物体には興味を示さない。その機は正統な手続きを経た至極真っ当なヘリコプターなのだから当然だ。しかし、それの正体は全くマトモではなかった。その機はクロノスのものなのだから当然だろう。
「…東京か。また日本に来ることになるとはな…これも運命というやつか」
防弾の窓から眼下の大都会を見ながらリスカーが一人呟く。彼の目に夜空に眩しい赤や青、様々なネオンで彩られたトキオシティが輝いて映っていた。
リスカーにとって日本は思い出深い、忘れえぬ地だった。ユニットガイバーと出会った地であり、ガイバーⅠ深町晶と出会った地であり、そして自身終焉の地であった。
ヘリは直ぐにクロノス縁のビルへと着陸し、そして東京を堪能する間もなく迎えの黒塗りの高級車へと乗り込む。食事をとる時間もない。
「…どうぞ、リスカー様。最近、日本で発売したカロリーメイトです。手軽に栄養補給できるうえ、なかなかの味ですわ。お食べ下さい」
そう言ってリスカーに黄色く小さい箱を差し出してくるのはチップ女史。彼はあの事件でリスカーに協力し、そして夜を共にして以来、事実上の彼の秘書官のようになっていた。本来補佐すべきギュオーが早々に離脱した今ではチップ本人の嘆願もあって、正式にリスカー付きになって共に日本へ赴任してきていたのだ。
「あぁ…」
考え事をしているのか、リスカーは窓の外へ視線をやって気のない返事で差し出された携帯食料を受け取るとそのまま口へ運んだ。ポキリと一口噛み砕き、食べながら言う。
「キャネット。君は良かったのか?…危険の多い監察官という役職だが…それにしても今回は特に危険だ。こんなケースは例外中の例外だ。君の安全は前回同様に保証できん。君が望めばバルカス様の秘書官に戻ることもできたというのに」
キャネット・チップは薄い色素の蒼眼の中に燃え上がる恋慕を滲ませて彼に答える。
「いいのです。貴方の側にいる方が幸せですから。仕事と研究一筋に生きてきて…それで今までの人生は充実していましたけど、今は貴方に女としての幸せを教えてもらいました。危ない橋を渡り続ける監察官たる貴方のお手伝いをし、少しでもリスカー様の危険を減らせたらそれが一番嬉しいのです。それにバルカス様も貴方と一緒にプルクシュタール様のお手伝いをせよと…そう仰せでしたから」
「そうか。君がそう言うなら構わんがね…」
今まで色恋沙汰に無縁な人生を生きていた者が一度愛を知るとそれにのめり込み、そして引き返せないことがある。リスカーは知識としてそれを知っていたが現実としてそれを目の前で見、そして愛を向けられるのを体験すると女の空恐ろしさを感じるのだった。
(なんともはや…重い女に手を出してしまったか?だが…彼女は有能だし、それに美人なのは間違いない)
いずれ実家に紹介せねばならないのだろうか…と思うと気が滅入る。バルカスの秘書官を務めた程の女なのだから誰も文句は言わないだろう…ただ一人を除いては。義妹のヴァルキュリアが、果たしてどんな反応を見せるのかが恐ろしいリスカーなのであった。内心で首を振って、その恐ろしい空想を振り払ってリスカーは眼前の才媛へ尋ねた。
「ならば、早速だが仕事といこうか。キャネット…君は、ずばりギュオーの狙いは何だと思う?」
「今の段階では
「それは?」
「貴方も目を付けていた…〝ユニットG〟」
ユニットG…ガイバーの名を口に出した時、キャネットは実に楽しいな顔をした。彼女もなんだかんだで根っから研究者だ。日本に付いてきたのにはユニットGに近づく為…というのも、きっと理由にあるだろう。
「そう、だな…やはりか。私もそう思う。…出発前の口ぶりだと、恐らくアムニカルス閣下もそう思っているようだった。それ程皆の注目を集めるユニットGだ…到着次第プルクシュタール閣下に許可を得て、そいつらに挨拶しておくかな?ハハ」
軽口を叩くリスカーに、キャネットはくすりと笑った。それからは車内は静かだった。リスカーもキャネットも口を閉ざし互いの仕事を消化していく。キャネットは市場で出回るのは20年後程だろうノート型の個人用PCでデータをまとめ、そしてリスカーは重々しいジュラルミンケースから幾らかの書類を出して目を通していた…その時。
キィィィィン―――
脳の奥に直接響くような微かな高音がリスカーを襲う。
「う…」
「?リスカー様、大丈夫ですか?」
思わずこめかみを押さえたリスカーを見て、キャネットが作業の手を止めて彼の顔を覗き込む。だがリスカーはそれを直ぐに制した。
「あ、あぁ大丈夫…ちょっと目眩がしただけだ。働きすぎかな?」
笑ってそう言うリスカーを見てキャネットも微笑む。大丈夫そうな恋人を見て、彼女は一安心しまたその手を忙しそうに動かし始めた。それを横目に見ながらリスカーは考える。
(今の感覚…あれは…そう、実に…約20年ぶりだが間違いなく強殖細胞を感じさせる〝共振〟!背中の感覚器官で強殖装甲を呼び出すあの感覚に似ていた…だが…まだ俺が、ガイバーⅡと繋がっているとでもいうのか?いや、ありえない)
そう思うが、しかし完全に可能性は0なのか…と問われれば誰も断言はできない。ハミルカル・バルカスでさえできないだろう。どんな荒唐無稽なことだろうと有り得るのだ…対象が降臨者の鎧・ユニットGである限り可能性は無限大だ。
(ユニット…規格外品、か。やはりあれは…謎だらけだ)
◆
到着は深夜になったが、基地司令に納まっていたフリドリッヒ・フォン・プルクシュタールは到着した二名の増援の着任挨拶を歓迎した。人ならざる獣神将とは思えない穏やかな笑顔で人間二人を出迎える。
「よく来たな。監察官オズワルド・A・リスカー…それとドクター・バルカス補佐研究官筆頭キャネット・チップ。諸君らを歓迎する。バルカス翁とシンから君らの話は聞いている。お前達の赴任、心強く思うぞ」
プルクシュタールは二人の手を取って握手をし、彼らの目をじっと見て信頼の眼差しを向けた。その素直さはリスカーにシンと初めて面会した時のことを思い出させる。
(なんとも…化け物共の親玉とも思えぬ素直な人格じゃないか。アムニカルス閣下の話を聞いているのだろうが…初対面の私達へこのような眼差しを向けるとは。アムニカルス閣下共々…根はかなりの善人とみえる)
そんな感想を抱かれているとは露知らず、善人のプルクシュタールは彼らへ言葉を紡ぐ。
「アリゾナから直行してきて疲れているだろう。お前達はまだ未調製と聞いている…無理がきく体ではないのだから早めに休むことだ。そして、早速で申し訳ないが明日の朝…もう明日ではないか。7時間後にまたこの司令室へ来てくれ。二人共優秀だとバルカス翁やシンから太鼓判を貰っている…直ぐに動いて貰うからそのつもりでいて欲しい。特にリスカー…お前は日本通だそうだな?私はこの国は勝手知らぬから頼らせて貰うぞ」
そう言われ退出を促されて兵に連れていかれた個人部屋は充実した施設を備えた快適なものだ。片や監察官、片や獣神将の補佐官という二人の待遇は獣神将に次ぐものでかなり優遇されていた。リスカーとキャネットは明日に備えテキパキとシャワーに食事を済ませたが、明日も早くから重要な仕事が始まるというのにキャネットが熱い目でリスカーを見つめしなだれかかる。(明日以降の為に体力をとっておきたいが…女の悦びを教えた義務というのも果たさねば男と言えんか…)とも思うリスカーはしっかりとキャネットに応えてやり、その夜は実に4回戦まで及んだという。
それはさておき翌朝…。
「…というわけだ。つまりギュオーらの足取りについては皆目検討もつかんのが現状だ。この
司令室でプルクシュタール、リスカー、キャネットの三名はギュオーの行方についての会議を行っていた。
「リスカー、お前は日本に通じているのだろう?どうだ、どこに潜むのが好都合か」
「さて…私もそこまで日本の地理に詳しいわけではありませんが…。しかし、隠れるならやはり東京の都心部ではないでしょうか。この
3人は関東部の地図が表示された卓上モニターを睨めっこしながら話し合う。
「共犯者のムラカミ、ヤマムラは日本人です。ギュオーの容貌は日本では悪目立ちしますから表立って動くのは日本人2名でしょう。ならば潜伏先は融通がきくのでは?」
キャネットの意見に男2人も頷き、特にプルクシュタールは困り顔となった。
「そうだな。その可能性も大いにある。だから困っているのだ」
「…閣下、日本支部を使わないのですか?現地スタッフが多くいて地理感は頼りになると思いますが」
リスカーの提案にプルクシュタールはやや眉根を歪めた。
「あまり使いたくないというのが正直な所だな。私は日本支部長のマキシマをあまり好きではないのだ。奴は小物…本部の弱みを見せると大手柄のチャンスと踏んで功を焦って場をかき乱す。そういうタイプだ」
(…まぁ当たっているな)
以前の人生で巻島玄蔵とした最後の仕事を思い出すリスカー。確かに、彼は大物と言えない。平時には無能ではなかったが予定外の出来事にはとことん弱く出世欲や名誉欲が自身の能力以上にあって、お世辞にも頼れる男ではなかった。
「ではギュオー探索はあくまで
「そういうわけにもいかんのだ。
プルクシュタールは浅い溜息を吐いてからそう言い、それに合わせてリスカーも深く息を漏れさせた。三者は互いに目線だけで「随分と骨が折れそうだ」と会話し苦笑する。
「支配思念に影響されない…となるとまさか未調製の私とチップ女史だけに調査をさせませんよね?まぁ日本はウサギ小屋みたいに狭いですから二人だけでもいつかは調査が終わるでしょうが。20年ばかし猶予を頂けますかな?」
アメリカ人らしいジョークが飛び出たが、プルクシュタールは真面目顔でそれを真に受けた。
「いや、まさかお前達二人だけに押し付けるわけもいくまい。もう一人来る手筈になっている」
「…これはありがたいですが…結局3人ですか。これは前途多難ですな」
ジョークが流され珍しくリスカーがやや消沈し、その様を横目で見てキャネットが優しげに薄く笑う。
「心配するな。3人目は只者ではない。昨夜の連絡ではもうじき来れると言っていたが…ん?この次元振動…噂をすれば来たぞ」
ニヤリと笑ったプルクシュタールが何を言っているのかただの人間のリスカーとキャネットには分からない。彼らは優秀ではあるが特別な装備も機器も無しに次元の揺れなど感知できはしない。
「――プルクシュタール」
二人の背後から声が聞こえた。若々しくも落ち着いた青年の声がクロノス最高幹部たるプルクシュタールを呼び捨てにした。…それ以上に不可解なのは背後の司令室ゲートが全く動作していないことだった。リスカーらがギョッとなって振り返るとそこにいたのは長い前髪で右目を隠した黒髪の青年だった。だが明らかにただの青年ではない。身に纏う雰囲気も只者ではないし、何より彼の服装は基地司令のプルクシュタールと似通ったプロテクターだ。
「待っていたぞ
プルクシュタールが浮かべた笑みは心許した者へのそれで、先程リスカーらに見せた笑顔とも少し異なる。それが物語るのは唯一つ。この黒髪のアジア系の男がプルクシュタールと同格であることを雄弁に語っている。
(…!リ・エンツィだと?十二神将の一人ではないか!お、驚いたな…まさかこう短期間に立て続けに獣神将と鉢合わせるとは)
緊張からか、リスカーの頬を一筋汗が伝う。見ればキャネットも緊張…するでもなくいつもの自然体で悠然と構えていた。さすがはバルカスの秘書官を長年勤め上げただけはある。
「貴公に紹介しておこう。リスカー監察官とチップ秘書官だ。今日から貴公の指揮下に入ってギュオー探索に従事してもらうことになる。シンからのお墨付きの人材だ」
プルクシュタールに促され李剡魋が二人の白人へ目を向けた。
「…貴公らがそうか。バルカス翁からも話は聞いている。評判通りであることを祈っておこう」
「微力を尽くします」
プルクシュタールへ向ける視線とは違い、リスカーらを見るエンツィのそれには少し冷たさを感じるが ―エンツィという男の目の鋭さ故にそう見えるだけで彼はそう邪険に扱ってはいないだろう― リスカーからすればこの視線と応対が普通だと思える。クロノスの人間ならば初対面、未調製の人間には普通は心許せないだろう。
プルクシュタールはエンツィを見、
「積もる話もあるが、のんびりしているわけにもいかん。早速動いてくれるか?」
申し訳無さそうに旧知の同僚へと要請するのだった。
「勿論だ。貴公への協力は惜しまん…だが、時間はかかると思っておいて欲しい。時期が時期故…あまり表立って動くことも出来ぬしな」
請け負ったエンツィもまた表情は芳しくない。今はクロノスは細心の注意を払って雌伏している最中でどやどやと大軍を派遣することもできないし、表社会に潜伏している獣化兵も支配思念を行使するギュオーらには使えない。ギュオー探索と討伐が簡単にはいかぬと悟っているらしかった。
「それはわかっている。焦らずに打てる手を打ち…そして確実に反乱者共を追い詰めていこうではないか」
プルクシュタールの言に場の一同は首を縦に振り、そして李剡魋が口を開く。
「では、まずはどうする?私としては、いないとは思うがN市の調査を行い足元の安全を確保しておくべきだと思うが」
「うむ、それで頼む。何か情報が掴めたらどんなに些細なことでも私に挙げてくれ」
「そうしよう。…リスカー監察官、キャネット秘書官、ついてきたまえ」
マントを翻し颯爽と歩き出したエンツィだが、
「…その、李閣下。その格好で市井に出るのですか?」
恐縮しながらリスカーが問うとピタリと足を止めた。エンツィの姿はプロテクターにマントである。これで現代表社会へ繰り出したら少々面白いことになってしまうだろう。携帯もスマホもない時代であるから一瞬で拡散されることはないが…。
「……無論、着替える。君らは少しここで待っていたまえ」
そう言って李剡魋は一人司令室を出ていった。プルクシュタールとリスカーとキャネットは、何とも言えぬ顔で互いを見合っていた。