私の妹が監察官なわけがない 作:たぷたぷ脂肪太郎
李剡魋指揮によるギュオー探索部隊が始動してから早くも1年近くが経過した。1年もの間ギュオー発見にこじつけられない探索部隊だったが決して無為に1年の月日を浪費したわけではない。一定の成果は挙げていた。
幾らかの目撃情報を得ることに成功していて、それによると彼らはやはり日本の、それも関東に潜伏していることがほぼ確定した。半年前には新宿歌舞伎町で白髪、黒々とした褐色肌の2m近い大男が目撃されていて、おまけにその目撃情報を裏付けんと活動していたリスカーの息がかかった私立探偵が2名殺害されているので間違いないだろう。日々ギュオー包囲網を狭め締め上げている李剡魋達であったが、決定打をうつにはまだしばらくの時間がかかりそうであった。
そしてその間に、リスカーはギュオー探索と並行してしていた事があった。それは…、
「やぁミスタ・フカマチ。元気そうで何よりだ」
「あぁリスカーさん!これはこれは遠い所、ご足労頂いて!いつも我社もお世話になって…」
渦中の人物に成り得る少年に対して布石を打っておくことだった。かつて自分を葬った少年と友誼を結んでおけば、いざ矛を交える事になった時にきっと深町晶は思い悩み腕が鈍るだろう。それに対して、自分はプロフェッショナルである…故に顔見知りと命のやり取りをすることになっても職務に忠実でいられる自信はあった。そういう魂胆のもと、平凡な民家の前で中年日本人男性とにこやかに会話するリスカー。だが、実はその布石はリスカーが意図してやったことではない。偶然が引き起こしたことだった。
リスカーは現在、日本に進出してきた外資系大手の重役として来日している。勿論表向きだ。表社会で活動しやすくするためだけのものだったが、クロノスにとってダミー会社の一つとはいえ名の通った大企業であることは間違いない。故に多くの社員を雇っていて、それらの人々にはきちんと給料も支払われて税や保険など様々な要件を満たし真っ当な経営を行っていた。面倒なことを…と思うかも知れないが結局、それが一番ボロが出ず世間に疑われぬ隠れ蓑となる。なのでリスカーも空いた時間にダミー会社で適当に仕事を熟すことがある。適当とはいえどもそこはクロノスの監察官・リスカーだ。適当ながらもその仕事ぶりは並の人間よりも優れている。週一、下手をすれば月一程度にしか出社してこない相談役であってもリスカーに文句を言う者はいなかった。
次々に書類の山を処理していくリスカーだったが、その中の一枚を見て常に動いていた手が止まった。何故ならそこには何とも気になる名が記載されていたからだった。
〝深町史雄〟。
その名は知っていた。アメリカ人のリスカーでもその名字が珍しいものと記憶していたし、フミオとはかつての人生で、ユニットGを奇しくも装着してしまった少年・深町晶の実父のものだ。リスカーは思わず二度見し、そして他の社員を呼び出して深町史雄の情報を求めると、それは直ぐに手に入った。年齢…現在44歳、既婚だが現在は妻と死別・独り身。家族は一人息子の深町晶。
「フカマチ・ショウ…!」
思わず小声で呟いてしまう程に衝撃的だった。
(私の人生に…また関わるのか?私はユニットが外部に漏れないよう動くつもりだった。そうすれば、そもそもショウ君はユニットに関わらない。全て丸く収まると思っていたが……!これは…まさか
リスカーは先日体験した脳内の共振反応のようなモノを思い出す。切っても切れぬ縁という奴か。日本人のいう〝エニシ〟がこれなのか。リスカーはまた、独り背筋に薄ら寒いものを感じていた。
「バカな…運命などと。…だが、万が一ということもある、か。備えておくのも悪くはない」
そしてリスカーは動き出した。仕事の付き合いで
今現在、深町史雄が勤める商社はバブル景気とリスカーの後押しもあって空前の利益を叩き出していた。大口の商談相手であるリスカーの贔屓を得ている深町史雄の社内評価も鰻登り…今年のボーナスはかつて史雄が見たことのない額だったのは言うまでもないだろう。深町史雄にとってリスカーは大恩人であり、最近ではプライベートでも遊ぶことがある日本好きの気さくなアメリカ人であった。
そして今その二人は東京23区外の、都内とはいえ閑静でどこか田舎臭いM市の深町宅の前にいるのだった。
「よしてくれ。今日は日曜じゃないか。仕事の話は置いておこう」
「それもそうですね。どうぞどうぞ、よくいらっしゃいました。我が家へお入り下さい」
営業トークの中で深町史雄が「いつか我が家へお越しください」と言ったことを日本人の社交辞令を解さぬアメリカ人重役が真に受けた結果だった…というのが表向きの理由。家主に促されるがまま日本の一般住宅へ上がり込むリスカーの目に、程なくして目当ての人物が写る。あどけなさが残る少年だ。彼の隣には可愛らしい少女も一人。
「初めまして。オズワルド・A・リスカーです。君がミスタ・フカマチの自慢の一人息子かい?酒が入るとミスタはいつも君の自慢ばかりなんだよ」
少年は初めて間近で見るガタイの良い典型的白人男性に少ししどろもどろだ。
「あっ、は、初めまして。随分、その…に、日本語が…うまいんですね」
「ハハハ、まぁね。仕事の関係で日本語は必須スキルだし、私は日本が好きだからね。…日本ヲタクという奴さ。日本語は難しいが沢山勉強すれば何とかなるものだよ。君はミドルスクール…中学生なんだって?もうじきコウコウジュケンもあるんだろ?大変だな」
「え、えぇ、まぁ…そんな感じです」
歯切れの悪い返事ばかり返す少年に、隣の少女は我慢ならなくなったようだ。少年を叱責するように口を開いた。
「ちょっと晶…そんな態度じゃ史雄おじさんの顔にも泥塗っちゃうわよ!リスカーさんはおじさんの大切なお客様なんだから。わざわざ日曜に私まで手伝いに来てあげてんだからしっかりしてよ」
「わ、わかってるって…ちぇっ!お客さんの前で怒鳴る瑞紀こそ失礼なんじゃないの?」
「なんですってぇ~!」
大切な商談相手が休日に尋ねてきたというのに、その真ん前でいきなりいつものケンカをおっ始めてしまった息子とその幼馴染みを見て史雄が慌てだす。
「お、おいやめないか!お客様の前だぞ!」
言われて、晶と瑞紀は「あっ」とバツの悪そうな顔になって二人共に少し伏し目だ。慌てながら謝る史雄を見てリスカーは、
「ハハハハ!いやいや子供はこれぐらいでいいでしょう。ショウ君、といったね。隣の子はガールフレンドか。男は女の言うことを良く聞いておいた方がいい。あまり邪険に扱うもんじゃないよ」
「こ、こいつはそんなんじゃありませんよ!」
「こいつってなによ!」
「二人共!頼むからやめてくれぇ…お父さんの大切な商談相手なんだぞ…」
ギャーギャーと騒がしい家族を見つめるリスカー。ここへ来た理由は、あくまで将来への保険のためでしかない。だが、この賑やかなファミリー像はリスカーにとって新鮮で、そして心の何処かで求めていたものなのかもしれなかった。深町一家を見つめるリスカーの瞳には、遙か遠くの絶景を眺めるような…手に入らぬ玩具を見つめるような、そんな色が浮かんでいた。
(家族か…貴族趣味丸出しの俺の父親ではこうはいかないかった。こんな近い家族関係はな。…俺の家族は…ヴァルキュリアだけ――いやアイツの距離もおかしい…あれは近すぎる。俺には普通の家族はいないのか?)
日に日に電話先の口調が妖艶に誘う女のものになっているヴァルキュリアを思うと溜息しかでない。リスカーは普通の家族を持っている深町晶へ羨望の眼差しを向けていた。
◆
表では外資系大企業の重役として深町一家との交流を重ね、裏ではクロノスの監察官としてギュオー探索に日々勤しんでいたリスカー。現地司令官となったプルクシュタールも、現場指揮をとる李剡魋もどちらの獣神将もとても良い上司で実に働き甲斐がある。恋人であるキャネット・チップとも上手くいっている。隠れ蓑の身分での人付き合い…主に深町一家との交流も順調に回を重ねていて、今では深町晶少年から「リスカーさん」と呼ばれて恋の相談などを受ける程だった。
時折、リスカーは都心までスポーツカーで彼を連れ出して少々大人な場で茶とケーキを頂きながら彼の相談に乗ってやったりもして、その高級喫茶で10代の少年とこのような会話を繰り広げる。
「リスカーさん…あの、えぇと…リスカーさんって恋人いますか?」
「んん?おいおい、私はノーマルだぞ?君は顔立ちも整っているけれどね…悪いがそちらの趣味はないんだ」
「ええ!?いやそういう意味で聞いてるんじゃないですよ!?」
「アッハッハッ!分かってるよ…ちょっとしたジョークだ。君のガールフレンドについてのお悩みだろ?」
「うっ…い、いや、その」
「私にまで隠すことはないだろう。恥ずかしがることはない。男なら誰もが一度は通る道だよ、ショウくん。私だってティーンズの頃はそれはもう女性のことが気になって気になって仕方なかった。君が健康に育っている証拠だ」
「は、はぁ」
晶は、地元にいてはとても出会えないだろう高級感溢れるカフェラテを白銀に輝くマドラーで混ぜながら俯く。
「恋の道というのは奥手じゃダメだよ。奥手なままでは勝率は0だ。無謀に思えても、客観的に見て無様に思えてもガツガツいくんだ。女性はね…意外とガツガツこられると押し切られて、〝じゃあ付き合ってみようかな〟と思うパターンが多い。実際はそこまで好きじゃなくても、そのまま付き合っている内に雰囲気に流されなし崩し的に初体験――」
「ぶっ!」
リスカーの発言に、思わず深町少年は高級カフェラテを吹き出す。
「おいおい大丈夫か?」
「だ、だってリスカーさんが変なこと言うから!」
「変なことじゃないさ。恋に恋焦がれて、ティーンズ特有の性欲にも負けてそのまましてしまうことって多いんだよ。ショウくんの意中の人…ミズキちゃんも可愛らしいし…きっとモテてるよ?」
「うぅ」
「うかうかしてたら粉掛けてきた年上の先輩とかに掻っ攫われてしまうんじゃぁないかな」
「み、瑞紀が…他の人と…」
深町晶は中学での生活を思い出す。確かに彼の麗しの幼馴染みはモテている。夏休みの部活動中等はわざわざ高校からOBの男の先輩が彼女目当てで来るぐらいだ。思春期の少年に危機感が募る。
「幼馴染みということに胡座をかいていたら彼女は他の男の物になるぞ?」
そんなことを言いながらエリートアメリカ人はからかうような笑みを浮かべて少年を見ると、少年は頭を抱えるのだった。
「じゃ、じゃあどうすればいいんですか!?」
「押し倒すんだな」
「ぶっ!?」
深町晶、本日二度目の噴出。
「おい、ショウくん。私のスーツにかかったぞ」
「だってリスカーさんが!」
「まぁ押し倒すのは冗談としてだ」
リスカーはまたいたずらな笑顔を浮かべる。
「そうだな…今度ダブルデートでもしてみるか」
「だぶる…デート…?」
深町少年はテーブルに備え付けのペーパーナプキンで口元を拭いつつキョトンとリスカーの顔を見た。
「私と私の恋人…キャネットがデートをする。その場に君とミズキちゃんも来て一緒にデートをする」
「俺と瑞紀が…デートぉ!?」
「…いい加減それくらいで恥ずかしがるなよショウくん。初々しいのは素晴らしいが、度が過ぎると進展できずに時が過ぎ去り…気付けば彼女は他の男のモノ…危機感を持ちたまえ」
リスカーがずいっと顔を少年へ近づけ、そしてがっしりした大きな手で彼の華奢な肩を掴む。深町晶の顔色は悪い。彼女が他の男に身を任せる様でも想像したのかもしれない。
「なぁに、気を楽に持て。ミズキちゃんにはこう言うんだ…〝今度の日曜、リスカーさんが日本の遊園地や動物園に恋人と行きたがっている。僕らに案内を頼んでるだけど〟ってね」
「…それで…う、うまくいきますかね…」
少年は既に頬を赤く染めている。
「大丈夫さ!ミズキちゃんは親切な子だから、君のお父上…ミスタ・フカマチの客人である私の為ならきっと動いてくれる。断ったらカドガタツって日本人は思うんだろう?人数も多いからミズキちゃんは安心して君の申し出を受けてくれると思うね。で、現地についたら私達とショウくん達は別行動する…簡単だろう?」
「いきなり二人きりはちょっと…難易度高いというか…」
リスカーは苦笑した。これがあの意志堅固なガイバーⅠとなるなんて信じられないくらい、深町晶は純朴な少年だった。
「そうかね…ならば、最初は大人しく私達と一緒に遊んで回ろう。全く…この弟子は世話が焼けるな。ハハハハ」
「あ、ありがとうございます…リスカーさん!いえ、あー…し、師匠?」
こうして恋路の師匠と弟子は恋の算段に忙しい休日を過ごしたのだが、いざ本番の日には何故か瀬川瑞紀の兄・哲郎と晶の父・史雄までが付いてきたのでファミリーとして楽しむ余暇となったのだった。それはそれで楽しみつつも、どこかガックリした様子の深町晶の顔はリスカーにとっては面白すぎてこの先もずっと忘れられないだろう。
(…フッ、ショウ君のあの姿…まったくああしてると年相応だ。ユニットなどに関わらなければ…彼もこうやって普通の人生を歩み続けることができたのにな)
運命というものが本当にあるのかリスカーには分からない。だが、彼はこうも思う。
(もし…彼がユニットやクロノスに関われば、あの頑固なガイバーⅠとなる。そうだ…それはとても厄介だ。だから…ショウくん、君がもう我々に関わらなくて済むようにする…)
いつぞやか、己の脳内を駆け巡った共振反応をまた思い出し、リスカーは逃れ得ぬ運命というものについてしばし思考する。未だ関わっていない筈の自分とユニットが何らかの繋がりを持っているかも知れない今生…それを思うとかつてのガイバーⅠ・深町晶を監視対象から完全に除外することは出来ないが、それでも深町晶を少しでもユニットから遠ざける…その決意を改にするのだった。