私の妹が監察官なわけがない   作:たぷたぷ脂肪太郎

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運命の日

 やはり運命というのは存在するらしい。その日、リスカーは埒もなくそんなことを思っていた。

 その日、魅奈神山の遺跡基地(レリックス・ポイント)の最深部保管庫に厳重に保管されていた3基のユニットGが何者かに持ち出された。プルクシュタールや李剡魋、リスカー、キャネットら有能なクロノス幹部陣の監視すら潜り抜けてユニットは持ち出された。厳重な監視を潜り抜けられた原因は下層研究施設にいた白井博士、小田桐主任らの研究員一同にあった。彼らは皆、造反組と繋がりがあったのだ。白井はギュオーと…そして小田切は村上征樹、山村晋一郎と強く繋がっていた。ギュオーや村上、当人らに注意を傾けすぎて内部監視が幾分緩んだ隙を突かれた形となってしまったのだった。

 遺跡基地(レリックス・ポイント)の最下層は、魅奈神山はずれの廃寺の涸れ井戸と10年以上使われていない廃線状態のリニアラインを介して繋げられていて、そこをユニットの搬出に使われたのだ。リニアライン・トンネルに横穴を開けて涸れ井戸と繋げた方法は大方ゾアノイドだろう。研究員である彼らなら小細工をし自分だけに従う獣化兵を制作することも不可能ではなく、獣化兵のパワーがあればその程度の掘削作業は容易だし重機もいらぬので隠密に事が運ぶ。

 

「なんたることだ…!まさかユニットが盗まれるとは!このプルクシュタールがいながら…なんという醜態だ!」

 

「落ち着くことだ、プルクシュタール。ユニットの所在が分かれば瞬時に私の能力で追いつける。報告を待とうではないか」

 

 司令室で大失態を犯した自分を責めるプルクシュタールをエンツィは宥めるが、プルクシュタールの怒りと慚愧の念は収まらない。

 

「まさか、最下層スタッフが全員我らを裏切り、あの賊徒共に付いていたとはな…バルカス翁にも…何よりもアルカンフェルに合わす顔が無い」

 

「貴公だけの咎ではあるまいよ。最下層全スタッフが造反防止用のウィルスも恐れず裏切るとは誰も予想できんさ。この李剡魋も同罪だ。同じ念を抱くリスカー達も全力で動いている…今は焦らず待つしか無い。ユニット強奪を悔み焦るあまり…慌てて動いて更なる失態を招かくよりはまだマシだ」

 

 李剡魋はこの緊急事態にも冷静そのものだ。少なくともそう見える。その冷静な有様はプルクシュタールにも安心感を与えてくれるのだった。

 

「…そうだな。今はリスカー達の報告を待とう。いざとなれば私と貴公ですぐに現場に駆けつけられる」

 

「そうだ…私の絶空斬(ジェカンヅァン)のことはまだ新参のギュオーは知らぬ。私の空間移動は奴らの計算にはあるまいよ。姿を現した時が奴らの最期となる」

 

 李剡魋の絶空斬(ジェカンヅァン)とは、読んで字の如く空間を断ち切る能力だ。空間ごと事象を断つのであらゆる物質、現象は切断面を境にして必ず泣き別れることになる防御不能の切断技である。それだけでも脅威だが、李剡魋の空間切断はそれだけで終わらない。空間を自在に断ち切るだけでなく自在に繋げることもできるのだ。遠距離になればなる程精密性は落ちるがそれでも遠方へ空間接続をしての瞬間移動も不可能ではなく、神出鬼没の驚異の獣神将なのだった。

 とはいえ相手は最強の重力使いギュオーだ。彼が最下層スタッフを手引きしているのは明らかで、彼が出陣してくればどうなるか油断はできず、また彼に協力していると思われるプロフェッサー・ヤマムラ等が他の獣神将のデータを持っている可能性もある。プルクシュタールや李剡魋の異能への対策が立てられていても不思議ではないのだ。まったく油断はできない。司令室に、重い沈黙が満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…捉えたぞ!やはりこの道だ…!」

 

 疾走する装甲トラックの助手席でリスカーが大声をあげた。深夜の県道を100km近い速度で数台のトラックが爆走している。助手席で、リスカーはトランシーバー片手に追跡の音頭をとっていおり、運転は調製によって反射神経等が増加し夜目が利く戦闘員に任せて彼は通信機器をフル活用し追跡部隊の綿密な連携を実現させていた。そのお陰で逃走犯達のルートを早々に割り出すことに成功したのだ。

 

「よし…このまま追跡を続けろ。この道の先には既に一小隊が先回りしている…袋のネズミだ」

 

 前方数m先を走るトラックを見つめながら小型の無線機を起動する。

 

「私です、閣下。……えぇ、反乱者を捕捉しました。我々の位置はそちらで…?はい……はい、そうです。わかりました。このまま封鎖部隊の元まで追い込みます」

 

 通信を終え、運転手に改めて追跡の続行を指示。このまま順調に行けば逃走犯は確実に詰む。だが、リスカーの胸中から一抹の不安が消えることは無かった。

 追跡すること30分…N県の県境にさしかかり、この先のエリアに逃げられてしまえばクロノスに無関係の一般人も増え、事が露見した場合口封じもかなり面倒になってしまう…そういう境に来て、いよいよ事が動いた。前方を疾走していたトラックが轟音と共に一瞬、後輪が宙に浮いてそのまま前転し大事故になる…と思われた所で何らかの力が無理矢理前転を押し留めた。酷くひしゃげた座席部…トラックを止めたナニかは獣化兵のラモチス。

 類人猿の化け物のようなラモチスは現在も量産化の為に鋭意研究中のグレゴールやヴァモアよりも一足先に量産化の目処がたったゾアノイドで、ゾアノイド量産化研究の最先端をひた走る日本支部以外の支部でも既に量産が始まっている個体だった。日本支部とは管轄の違う遺跡基地(レリックス・ポイント)でもラモチスは主力の獣化兵だ。

 数体のラモチスが素早く停止したトラックを囲み、荷を漁る。そしてトラックの前方に立ち塞がり走行不能に追い込んだ個体はひしゃげた座席を引き裂いて、血だらけで倒れるドライバーを運転席より引きずり出した。それを満足そうに見つめるのは、獣神将プルクシュタール。彼はテキパキと現場の指揮を行っていたが、破損したトラック後方から走り寄ってくる者らを見ると引き締まった頬をやや緩める。

 

「おお、リスカーか。お前の追い込みは見事だった。また逃亡犯の早期発見も素晴らしいものがある。お手柄だったな…これはさすがにシンの懐刀と呼ばれるだけはあるな。評判を裏切らぬ手腕…見せてもらったぞ」

 

「ありがとうございます、閣下。ですが…まだ油断はできません。ユニットの盗難、輸送という重大事にギュオーやムラカミが姿を見せないのは不気味です。ここはユニットを回収したら早々に引き上げるのが上策ではないでしょうか」

 

「うむ…お前の意見も一理ある。そうしよう……獣化兵各員、ユニットと最下層スタッフ(裏切り者)を確保し次第撤収する。…裏切り者はまだ殺さぬように」

 

 プルクシュタールの命に、ラモチスらが頷いて行動に移す。瀕死の最下層スタッフも何名かいて、ラモチスはその者らを素早くトラックへと積み込んでいく。そしてユニットGも…後生大事にラモチスが抱え、いざトラックへと…という瞬間だった。

 

(っ!?光!)

 

 プルクシュタールの優れた視覚が数km先、夜の闇に包まれた森の中の発光を捉えた。

 

「いかん!私の周りに集まれ!!」

 

 プルクシュタールの額から普段は格納されている水晶体…ゾア・クリスタルが露出し急激に光りだすと、プルクシュタールは己の周囲に大きなバリアを展開した。その直後、とてつもない衝撃が場を襲う。

 

「こ、この衝撃…!プルクシュタール閣下!これは!!」

 

「ぬぅぅぅ!このパワー…間違いなくゾアロード!」

 

 至近距離にいたリスカーや数体のラモチスはプルクシュタールのバリアに守られた。だが、不幸にもバリア外にいた者らは皆、道路、トラック、等と共に圧倒的なパワーによって瞬間的に潰されひしゃげてmmの単位まで粉砕されていった。

 

「く…この重力場では身動きが取れん…!」

 

 プルクシュタールがバリア内を素早く見渡す。無事なのはリスカー、ラモチス4体、負傷者を搬入したトラック1台。トラック内に運転手の獣化兵が1、コンテナに意識不明の反乱者が3名、応急処置をしていた獣化兵がさらに1。以上だ。それ以外に20名近い獣化兵が現場の周囲にはいたはずだが皆圧死したのは間違いなく、そして…襲撃者の小隊も自然と分かる。これ程の重力使いはアルカンフェルを除けば一人だけ…リヒャルト・ギュオーしかない。

 

「ギュオーめ…持ち出させたユニットごと広域攻撃を行うとは…何を考えている!まさか、私がバリアで守ることも予測済みか?」

 

 だとすれば厄介だ。やはりギュオーは知恵が回る。プルクシュタールが臍を噛んだ。

 

「私も動けぬが、ギュオーとてこの攻撃をし続けていたら動けぬ筈…」

 

 そう思った瞬間、周囲を無差別破壊していた広域重力が一瞬消える。

 

「む…消えた?」

 

「閣下!上です!」

 

 重力振動を続ける中でも周囲を警戒し観察し続けていたリスカーが、プルクシュタールの上方から迫りくる影を目ざとく発見する。

 

「っ!試作体か!」

 

 崖上から奇襲を仕掛けて来たのは、戦闘形態(バトルスタイル)へと獣神変したムラカミその人。片腕を振り上げ、

 

「はぁぁぁぁっ!!!」

 

腕に充填したエネルギーをプルクシュタール目掛けて放つ。一点集中型の切断波がバリアへ猛然と迫り、「うっ!?」というプルクシュタールの声と共に彼のバリアに亀裂が入った。

 

「ぐあっ!?」

 

「閣下!」

 

 プルクシュタールの肩から血が吹き出る。

 

「くっ…!」

 

 リスカーは半ば無駄と悟りながらも、スーツの内から拳銃を取り出すと精確な射撃で試作体ムラカミを攻撃するが、腕の一振りで弾丸は弾かれる。

 

「ラモチス!閣下をお守りしろ!」

 

 それでも銃弾を見舞い続け、怯えすくんでいたラモチス達をけしかけると、

 

「GAAAAAAAA!!」

 

我に返ったラモチス達は一斉にムラカミへと飛び掛かる。だが、試作体とはいえゾアロードのムラカミはやはり唯の獣化兵とは一線を画する。

 

「無駄だ!」

 

 両拳を胸の前で突き合わせると、ムラカミのバリアフィールドがそこに収束する。そして臨界を迎えたエネルギーは無数の切断波となってラモチスを薙ぎ払うのだった。一瞬で、雄叫びを上げる間もなく4体のラモチスは細切れの肉片となって地に転がった。

 

(こ、これがゾアロードか…!プロトタイプとはいえ、次元が違う!距離を開けていなかったら今頃私も肉片だな)

 

 数々の修羅場を潜ったリスカーもさすがに怯む。

 

「残り二人!ようやく来たか!時間を稼げ!」

 

 運転手と応急処置員、残りの戦闘員も獣化を完了させ遅まきながらも戦いに加わる。だが、その遅さが今回は良かった。

 

「く…まだ2体いたのか!」

 

 ムラカミの声にはやや焦燥があった。

 

(なんだ…?あいつのパワーは圧倒的じゃないか。何をそんなに焦る?ムラカミの力なら、ラモチス2体程度瞬殺し、プルクシュタール閣下に変身の間も与えず倒すこともできるではないか)

 

 あの斬撃のエネルギー波ならばラモチスごと人間形態のプルクシュタールを攻撃すれば致命傷を与えられてしまう。マズイ状況だ。そうリスカーは予想したが、しかしリスカーの予想は上手い具合に外れてくれた。

 

「はぁ!」

 

「GOAAAAAA!」

 

 ムラカミはラモチスを素手で殴り殺し、最後の一体は首を締め上げて捻じり殺したのだった。そして…、

 

「…し、しまった…!」

 

ムラカミが驚愕する。彼の目線の先には、既に獣神変を完了させ、肩の傷も変身による急激な細胞の増殖と変化によってあらかた修復された〝雷神〟プルクシュタールがいた。

 

「よくやった、リスカー。そしてラモチス達よ…お前達の時間稼ぎによって私の変身は完了した」

 

 ダークブルー色の皮膚をした超人。その額には赤い色に輝く菱形のゾア・クリスタル。獣神将プルクシュタールの戦闘形態(バトルスタイル)である。彼に呼応して空に黒雲が渦巻きだし、雲の隙間には雷が轟きだしていた。

 

「くそ…ギュオーは何をしているんだ…!」

 

 重力弾による援護射撃を期待しているのだろう。しかしギュオーは初撃以降、音沙汰なし。ムラカミの焦りは募る。とても単体では完成された獣神将の相手は出来ないとムラカミは知っていた。

 

「…ギュオーの応援は期待せぬ方がよい。今頃は、あやつも忙しいだろうからな」

 

「なに?」

 

 プルクシュタールは薄く笑う。

 

「そ、そうか…リ・エンツィの姿がないのは…!?」

 

 ムラカミは気付いたようだった。

 

「そういうことだ…だが、相棒の心配をしている場合ではないぞ。試作体よ!今お前は最大の危機を迎えているのだ!」

 

 プルクシュタールが気炎をあげ拳を振り上げた。今度はムラカミがプルクシュタールの力を食らう番であった。

 

「っ!?そ、空が!!」

 

「死ぬが良い!」

 

「ぐああああああああっ!!!」

 

 黒雲から真っ直ぐに堕ちてきた極大の雷撃がムラカミを貫いた。その一撃で勝負は決まった。強化皮膚の所々は焼け破れ、爛れて煙を吐きながらムラカミは倒れる。

 

「…ほぉ?まだ息があるようだな。ふむ…手加減が過ぎたか。ユニットを傷つけるわけにもいかぬし、仕方あるまい」

 

 白目を向き、重度の火傷を負いながらもまだ生きているムラカミに感心しつつもプルクシュタールは直ぐに次の行動に移る。

 

「リスカー、生きているか?」

 

「は、ははっ」

 

 プルクシュタールがユニットを気遣ったお陰でリスカーもまた命を繋いでいた。そうでなければ今頃彼は雷の余波で丸焦げだ。

 

「よし。ならば直ぐにユニットを持って遺跡基地(レリックス・ポイント)へ帰還し――」

 

「させる、か…ユニットだけ、は……貴様らの、手から…っ!!!」

 

 黒焦げになって気を失い倒れていた筈のムラカミが額のゾア・クリスタルからパワーを放った。放たれたビームが真っ直ぐにユニットを乗せたトラックへと突き刺さった。

 

「何だと!?き、貴様!!」

 

 油断もあったが、それ以上にムラカミの執念であった。調整槽の凍結から自力で目覚めた時もそうであったが、ムラカミという男はただ只管に執念の人だった。師である山村晋一郎から受け継いでいた執念はもはや精神的に化け物の領域だ。

 爆炎に包まれたトラックを見、プルクシュタールは愕然となる。

 

「未完成の紛いモノ風情が!おのれ!!」

 

 怒りに駆られ、プルクシュタールが拳に再度エネルギーをチャージした時だった。

 

『プルクシュタール!気をつけろ!そちらにゾアノイドの大軍が向かっている!』

 

「むっ…!李剡魋か!ゾアノイドだと?どういうことだ!」

 

 ギュオーと戦っている筈の李剡魋からの思念波だ。あまり遠方でなければゾアノイドに思念で指令をだせるようにこうして会話もできる。

 

『分からぬ!だがギュオーの思念に支配された一個軍団がユニットに向かっている!』

 

「バカな…ギュオーが、一体どうやってそれ程のゾアノイドを従えることができる!?プロフェッサー・ヤマムラがいようとも、造反者共に大規模な調製設備はないのだぞ!」

 

『分からぬ…だが、とにかく油断するなプルクシュタール。ギュオーについた愚か者は、どうやらまだまだいそうだ』

 

「…分かった。忠告感謝する。…そちらはどうだ?」

 

『ギュオーはやはり私の能力を把握していた。森を上手く隠れ蓑し、まるでもぐら叩きだ。手を焼かされている』

 

「…ギュオー…心底厄介な奴……。っ!来たか…!」

 

 プルクシュタールが呟いたその時、土中から微細な振動を感知。破砕された地面から次々にゾアノイドが飛び出してきたのだった。腕力で地中を掘りながら侵攻してきたらしい。

 

「こやつら…まさしくゾアノイド!だが、本部のデータでも見たことがない奴らではないか…一体何処から調達した…!」

 

 困惑するプルクシュタールに、記憶を辿っていたリスカーがある一体を見、そして閃き、答える。

 

「あれは!閣下…あの一体…見覚えがあります!奴は実験体D59…日本支部で実験に使われていた個体のはずです!」

 

「日本支部…!?ギュオーが日本支部から強奪した損種実験体だということか!」

 

「強奪…どうでしょうな…或いは…日本支部もギュオーに与し、提供したか、ですな…」

 

 リスカーの言葉にプルクシュタールは歯軋りをする。これ以上裏切り者がいるなど考えたくもないが、これ程の数を揃えたとなるとその説が中々濃厚で、プルクシュタール自信薄っすらとそれを予想していた。

 

「確かにな…ギュオーは極東方面総司令官として活動していた。日本支部に根を張っていた可能性は高い。…くっ…忌々しい奴!クロノスに…アルカンフェルに造反し、今また遺跡から発掘されたユニットGまで破壊され…!必ずやギュオーめを我が手で八つ裂きにしてくれる!」

 

 群となって迫りくるゾアノイド軍団を睨みながら、先のムラカミのように両拳を胸部クリスタルの前で突き合わせる。急激にクリスタルへとエネルギーが収束すると、両拳を発射台としてクリスタルから雷撃が一気に放たれた。

 

「栄光あるゾアノイドとして生まれ変わりながら、あのような裏切り者に与する愚か者どもめ!このプルクシュタールの裁きの雷を受けよ!」

 

「GYAAAAAAA!?」

 

 有象無象のゾアノイド達が次々に黒焦げの肉人形と化していく。ムラカミとラモチスでもそうであったが、ゾアロードとゾアノイドの実力差は天と地の差。完成形であるプルクシュタールなら実力の開きは尚更顕著であった。

 

(さすがはプルクシュタール閣下だ…まるで相手にならん。ギュオー一党の切り札は、ギュオー自身とムラカミのはずだ。ゾアノイド軍団には面食らったが、もう打つ手はあるまい)

 

 ムラカミが倒れ、ギュオーもどうやら李剡魋の襲撃を受けている今、どうにか山場は越えただろう、と一安心の顔をしたリスカーだったが視界の端に映っていた倒れ伏すムラカミがピクリと動いたのを見つけると顔色を変えた。

 

「っ!閣下!プロトタイプが動きます!」

 

「なに!?う…!!なんだ?ゾアノイド達が!!」

 

 ムラカミも気になったが、雷撃で薙ぎ払っていたゾアノイド達に急速な生体エネルギーの高まりを感じてプルクシュタールは一瞬、どちらを処理するかで悩んでしまった。その隙をつく形で事は起こった。

 次々に、ゾアノイド達の肉体が膨れ上がったかと思うとそいつらが大爆発を起こしたのだった。

 

「何だと!ば、爆発とは!?」

 

「ゾアノイドに爆薬でも仕込んでいたのか…!?う、うわあああ!?」

 

 連鎖して巻き起こる爆発。響く振動、衝撃、炎、それらが当たりを破壊し吹き飛ばし火炎地獄へと大地を変える。獣神将たるプルクシュタールはその程度の爆発では目眩まし程度だが、人間・リスカーはそうはいかない。化け物が闊歩する戦場と化したこのエリアで無事に切り抜けてきたリスカーはとうとうその爆発に巻き込まれて吹っ飛ばされてしまった。さすがのプルクシュタールもリスカーを庇う間が無かったのだ。

 

「リスカー監察官!」

 

 プルクシュタールが炎に包まれ吹き飛ぶリスカーに僅かに気を取られた隙に、不屈のプロトタイプは立ち上がっていた。

 

「ハァ…ハァ…隙、だらけ…だ!…喰らえ…プルクシュタールっ!!」

 

「っ!試作体!?ぐ、うおおおお!!?」

 

 プルクシュタールの左腕が宙を舞う。ムラカミが放った切断波が獣神将の片腕を完全に切り落とした。

 

「ぐ、ぬぅぅ!我が、片腕、が…!!出来損ない風情が…アルカンフェルより賜ったこの肉体を傷つける等…!!」

 

 どくどくと血が流れ出る左腕を庇うプルクシュタール。隻腕となろうとも、プルクシュタールの戦意は衰えていない。寧ろ、ムラカミへの闘争心は更に増していた。だが、ゾアロードとはいえ片腕は些かマズイ。ゾアノイドからすれば神にも等しい存在感と力を持つ彼らだが、それら偉大なるパワーは五体満足でこそ初めて十全に発揮できる。僅かなら影響はないが、腕や脚など大きな部位を欠損するとエネルギーバランスが崩れて、性能がガタリと低下する場合があった。また、普通に考えて片腕喪失は生死に関わる重傷でもある。相手が満身創痍の試作体とはいえ、もはや楽勝とはいかないだろう。

 

「ハァ…ハァ…!ふ、ふふ、ふ…お互い、いいザマだな…!」

 

「く…」

 

 プルクシュタールは雷撃をまとった掌で左腕の切断面を焼き簡易的に血止めとする。常人ならば痛みにのたうち回る止血方法だが、呻くだけで済むのはさすがは獣神将であった。

 睨み合うプルクシュタールとムラカミは、どちらも動けないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ぐ………わ、わた、し、は……こんな所で…死ぬ、のか」

 

 県道沿いの森の中、小綺麗に仕立て上げられていたスーツは所々無残に破け、焼け、擦り切れ、泥で汚れ、血で汚れていた。爆風に吹き飛ばされ地面に全身を強打したリスカーがうつ伏せでそこに転がっていた。彼の、美麗な…というのとは少し違うが、凛々しい男前な顔の半分は焼け爛れて、片足はあらぬ方向に曲がり、もう片足は皮一枚で辛うじて繋がっている。森の木々がクッションとなって一命は取り留めたが、もはや死ぬのは時間の問題と自身で理解していた。

 

「死ぬわけには、いかん……こんな、こんなとこで…死にたくはない!ここで死ねば、俺の一生は何だったのだ…!前に…ガイバーⅠに殺された時より、も…無様では、ないか…っ!い、いやだ…俺は…死なんぞ…!!」

 

 最近は、リスカーは愛する人と静かに暮らす余生も悪くないと思い始めていた。キャネットやヴァルキュリアと、いつかあの深町一家のような普通の家族として暮らす…そうして老いてベッドの上で往生する…そんな未来も、中々良いかも知れないと思う事が出来るようになっていたのだ。だから、今彼はこんな所で一人で無様に死にたくはなかった。

 辛うじて動く右手で必死に這いずる。生き残る。今、リスカーの思考はそれで一杯だ。生存本能が最大限にまで高まっていた。

 

「ぐ…ゴボッ…ご、ぐぉ……!ゴボッ、あ、あぞごまで…あぞごまでぇぇ、行けば…!!」

 

 血反吐を吐きながら、懸命に片腕で体を引きずる。リスカーを突き動かす本能に従って必死に這う。破れた腹から徐々に腸を漏れさせ、おびただしい血液を地に撒きながらそれでもリスカーは這う。

 

「ハァ…!ハァ…!ぐぅ…ゴボッ、ゴボッ!ぐ、が…っ!!」

 

 リスカーの脳内に響く高らかな金属音。それが何であるか、リスカーはもう理性で判断することは出来ないでいたが、本能で理解していた。誘殖組織やコントロール・メタルによる〝共振反応〟に似た強い信号が、()()からリスカーへと向けられ、そして呼ばれていた。彼は必死にそれに応えた。生きるために。

 

「おれは……おれは……いき、のびて、やる、ぞ…!」

 

 草むらの中、キラリと光ったソイツに向かってリスカーは最後の力を振り絞り腕を伸ばす。そこには、かつて彼の運命を狂わせたモノがあった。金属プロテクターの中に蠢く生体組織…その中央には輝く金属球が鎮座していた。

 


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