私の妹が監察官なわけがない 作:たぷたぷ脂肪太郎
本部は遭遇戦の報告を受け取って直様、負傷した両獣神将の治療とメンテナンス…そして解放され〝ガイバー〟となったユニットの為に〝怪物頭脳〟ドクター・ハミルカルがアリゾナをシン・ルベオ・アムリカルスに任せて緊急来日した。
バルカスとリスカーの全面協力によりユニットの性能と性質の把握がかなりの深度まで完了した。殖装者オズワルド・A・リスカーの献身的な協力もありそれらは実にスムーズに、そして細かく隅々まで調査と実験は執り行われた。
「う、むぅ…!なんという性能じゃ…ことごとく儂の予想を上回りおる!これがユニットGの真価か……それにリスカー監察官も実に良くユニットの力を引き出しておるようじゃな。これは相性とでもいうのか…?まだまだ分析が必要じゃ…!」
苦労人の最古参幹部としてではなく〝怪物頭脳〟と呼ばれる研究者としての顔を見せているバルカスは鼻息荒く、そんなことを言いつつユニットとリスカー双方を称賛している。バルカスの隣では、久しぶりに老獣神将の秘書官としての役割を務めているキャネット女史が、やはり研究者の
「筋力増加率、神経伝達速度、異常な細胞増殖速度による超再生、センサーメタルによる超感覚、内蔵生体兵器の有り得ないエネルギー変換効率…!バルカス様、これは…我々の常識が一変致しますわね……ゾアロードと並ぶ性能です!凄い!本当に凄い!あぁ、オズワルド様…あなたは、こんな所でまで私を魅了するなんて!」
紅い顔でキャネットはうっとりとモニター向こうの
「うむ、キャネット…次のシチュエーションパターンの用意を。ずっとデータ取りをしていたいが、リスカーはこの後プルクシュタールらに代わって現場での指揮をするそうじゃ。そちらも大切である故、仕方ないが…まったく歯痒いのう。クロノスは人材豊富に見えて獣神将が敵となると大半の人材が使えなくなってしまうとは…ゾアロードから裏切り者が出る、ということについて余り対策していなかったツケじゃな」
バルカス、キャネットの師弟コンビはガイバーが叩き出すあらゆる数値に興奮しきりで、バルカスなどリスカーを囲って延々と実験を行っていたそうである。だが、リスカー監察官は使い勝手が良すぎて、獣神将級のように気軽に動かせない…ということもないのでかなり〝優秀な駒〟だ。未調製であるにも関わらず忠誠心もあり、支配思念に影響されない対獣神将としても有要だ。ユニットを纏ったことによりリスカーの重要性が跳ね上がってしまって気軽に前線で使うのは躊躇われるようになってしまったが、それでも彼を使わざるを得ない。
「えぇ、私としてももっとバルカス様にガイバーの調子を見て貰いたいのですがね…次の仕事の時間が差し迫っているので致し方ありませんな」
ガイバーが右頬の呼吸ダクトから体内熱を放熱しつつ、声帯の代わりとなっているバイブレーショングロウヴが僅かに振動し独特のエコー声を実験室に響かせる。その声には自信が満ちていた。
「リスカー、この実験で今日は終いにしよう。その後にドックで精密検査を行う。殖装状態と解除状態の2パターンの検査を行うからそのつもりでおるのじゃぞ」
「了解です、閣下。…特に額の
「お主が言っていた〝メタルから流れ込んできた情報〟か。額の金属球はガイバーの生命線ということじゃが…自己診断プログラム等は存在せぬのか?」
「…なるほど、そういう機能は確かにありそうだ。やってみましょう」
「うむ、その機能が存在するならやってみるがいい。出来るならば、それが一番
リスカーの
「…出来ました。ガイバーは
「やはり出来たか。殖装体を守る事に特化するユニットの性質上、出来るとは思っておった。…ふむ、でメタル本体の調子はどうであった?」
「………残念ながら、僅かではありますが損傷があります。メタル中心部から11°方向に約1cmいった箇所に6マイクロメートルの凹み、2フェムトメートルの亀裂を発見。ですが、強殖装甲システムとしての機能には不全は見られません」
(これは…以前と似た箇所ではないか?…まぁ前の損傷よりはかなり軽微だが…運命の皮肉が利いているよ…全く、おかしな話だ)
バイブレーショングロウヴが発するリスカーの声には、何とも感慨深いものがあり非常に残念がっているのが分かった。悲嘆とも諦観とも似た悲哀を滲ませた声であった。リスカーのその複雑な感情に合わせたかのようにガイバーの額の光輪が鈍く輝く。己の不完全な状態を、まるで恥じるかのようにメタルは低い音で唸りながら光を発していた。
「なんと…。ううむ…制御中枢に軽微とはいえ破損とはのう。…まぁ自己診断プログラムを信じれば機能に影響は無いとのことだが…そのブラックボックスの塊を少しずつ解明を進め可及的速やかに修復を目指さねばなるまい…それまで辛抱するのじゃぞ、リスカー」
「ありがとうございます…バルカス閣下。クロノスの頭脳たる閣下にそう言って頂けると不安も吹き飛びますよ」
(…ま、ものは考えようだ。以前よりも破損は明らかに軽い。これならばいきなり強烈な頭痛や目眩で戦闘中に醜態を晒すこともそうはあるまい。だが、常にメタルの状態には気を配って置かねばな…)
リスカーは切り替えの上手い男だ。感情のコントロールなどは正にプロで、さすがは一流のエージェントであった。その後、リスカー自身のユニットへの急速な
(…リスカーはこの短期間でユニットの性能を完全に引き出し、そして成長させておる…!恐ろしい男じゃ…出来るならばゾアノイドへと調製し、絶対の忠誠心を刻み込み安心しておきたい所じゃが……果たして殖装体となったリスカーに調製を施してどうなるか…これもまた未知数じゃ。調製を素体の状態異常として強殖装甲システムが調製以前の状態にまで巻き戻してしまうのか…それとも!肉体の成長と受け取って爆発的に能力を向上させるのか…)
モニターを凝視しながら、バルカスの怪物的頭脳は凄まじい速さで回転する。常人の何百倍もの速さで、しかもクロノスの実務面までを多重思考しながら眼前のガイバーについても深く考察していく。
(初殖装時にゾアノイドであったなら、恐らくは強殖装甲システムはその特性上ゾアノイドのままの身体を素体として認識したであろうが…
リスカーの忠義やガイバーの
◆
殖装体の実験は慎重にも慎重を期して行われた。なので実験期間は長期に渡り、リスカーは通常の仕事と並列して実験も行わなければいけなかった。本来ならガイバーの実験などはそれに専念すべき
リスカーはバルカスの実験も数々熟しながら、遭遇戦時の現場の調査やギュオー残党の行方をも追い求めていた。そして当然のようにリスカーは結果を出す。これが彼が一流のエージェントと讃えられる所以であった。
遭遇戦時におけるギュオーの獣化兵増援部隊の出どころがリスカー監察官の調査により判明した。丁度今、プルクシュタールはその調査結果を
「これは…間違いないのだな?」
プルクシュタールは渋い顔だ。心を痛めているのが一目で分かる。
「残念ながら間違いありません。クロノス日本支部は、丸ごとギュオーに与して裏切ったと思われます」
リスカーから手渡されたレポートを、額に深い皺を刻みながら読みすすめるプルクシュタール。コンピューターに送信された資料にも目を通すと、深い溜息が彼の口から漏れ出た。リスカーが説明を付け足していく。
「日本支部長・巻島玄蔵の養子、巻島顎人が特に不穏な動きを見せております。彼の行動を本部から
「巻島顎人か…ふむ。次期幹部候補生……
プルクシュタールが端末を操作しながら不穏人物の個人情報を閲覧している。そいつが優秀であるのはリスカーも認めるところだ。
「ええ…実に優秀な青年です。しかし残念ながら野心が少々大きすぎるようですな。…それに、彼の経歴を洗えば…クロノスに恨みを持っている節がある。巻島玄蔵が、彼を自分の養子に迎えるために顎人青年の両親を謀殺していますからなぁ。巻島玄蔵の出世道具にされたと知って、クロノスにまで恨みを抱いた…という可能性はあります」
「うむ…有り得る話だ。このようなことになって残念だ。証拠は充分…直ぐに技術局のバルカス翁と話し合い、直ぐにも討伐隊を編成するとしよう。日本支部はゾアノイド研究では一日の長があるからな…隠し玉もあるかもしれん。本部のシンにゾアノイド一個大隊の増援も要請する。準備を終えるまで数日はかかるだろうから、それまでは待機していてくれ………バルカス翁にも、少し研究実験に手心を加えるよう言っておくから休暇と思って今のうちに英気を養っておくがいい。貴公の
プルクシュタールがニヤッと笑った。
「ははは、これは…さすが年長者のご助言は重みが違いますな」
「だろう?私とてかつては女に苦労したこともある。一番大切なのは怒らせないことだ。女が怒ると手が付けられん…ご機嫌取りは大事だ」
遭遇戦での一件から、プルクシュタールのリスカーへの信頼は厚い。こうして、偶に軽口まで飛び出るぐらいにはプルクシュタールも心を開いていた。朗らかに笑いながら、眼前の獣神将は「ああ、そういえば」と何かを思い出す。
「リスカー…妹君の件、おめでとう。シンも君に〝祝電でも送る〟と言っていたぞ」
「……?なんです?」
リスカーの凛々しい眉の片方が歪み怪訝な表情を作り出した。
「ヴァルキュリアについて、ですか?何かめでたいことでも?」
今度はプルクシュタールが片眉をしかめる番だった。ほんの僅かに「しまった」という色も滲んでいた。
「そうか…黙っていたのか…貴公をびっくりさせるつもりだったのかもしれん。だとしたら妹君に悪いことをしたな」
「今更やはり無し…は止めて下さいよ、閣下。気になって夜も眠れなくなります」
「…うむ、貴公の妹…ヴァルキュリアと言ったか。…………監察官に就任したぞ」
いつも豊かな表情をしていても本心を表に出すことはないプロの顔が驚愕に染まり、声も荒げて驚きを露わにした。
「なんですって!ヴァ、ヴァルキュリアが監察官に!?なぜ!?」
思わずプルクシュタールのデスクに強く手を置いてズイッとプルクシュタールへ詰め寄ってしまった。
「いや…そこまでは知らんが…リスカー一族の者がクロノスでの栄達を夢見るのは普通のことではないか?君という素晴らしい兄までいるのだし…影響を受けたのだろう。〝20歳で監察官〟という最年少記録を持つ貴公には及ばなかったが、21歳で監察官は偉業だ。女性としては勿論最年少監察官だよ。リスカー家は皆優秀で素晴らしいな」
リスカーの勢いにやや気圧されるながらもプルクシュタールは彼と妹を褒め称える。この獣神将は素直にリスカー一族を激賞していた。だが、驚く余り声を失っていたリスカーを見て、何事かを察してフォローするのも忘れない。司令官とは部下の心の機微にも敏感でなければいけないのだった。
「まぁ、貴公の心配もわかる。確かに監察官は危険な仕事だ。若く麗しい妹の身が心配になるのは当然だろう。しかし、訓練時の成績を見れば間違いなく優秀だよ。多少の危難など物ともしないだろう。…それに、貴公程傑出した結果を出さずとも監察官は将来が約束されているんだ…無事勤め上げるだけでいい」
「はい…まぁ、そうですが」
プルクシュタールはそう言ってくれるが、リスカーはいまいち浮かない顔だ。釈然としないものが心の隅っこにこびりつく。
(何故だ、ヴァルキュリア。フォーシュバリ家の名誉は守られている今、お前がそのような無理をする必要はないのに…。何故危険な監察官などに…何を考えている)
その後、2、3、他愛もない会話をし司令室を退出したリスカーだったが、ヴァルキュリアのことが頭から離れない。キャネットと久しぶり逢瀬を重ねても、義妹のことが気がかりだった。
「…久しぶりだというのに…オズワルド様?ひょっとして、他の女のことを考えていらっしゃる?」
ベッドで、まだ事後の火照りを残した紅い顔でキャネットにそう言われた時は流石のリスカーもギクリとした。むくれ顔になって拗ねる彼女に「妹のことだ」と事情を説明すれば聡明な彼女は直ぐに納得してくれたので事なきを得たが…。
とにかく、リスカーは久しぶりに義妹について深く考える日々が再開された。日課の、ヴァルキュリアへの夜毎のおやすみコールでも ―最近、繁忙のあまり欠かし気味であったが― 妹が一言も監察官就任を匂わすようなことすら言っていなかったのが、単純に家族としても不満がある。
(…直接会う必要がある)
すやすやと寝息を立てる裸のキャネットの肩へ肌触りの良い掛けタオルケットを掛け直してやりながら、そんなことを思った。