私の妹が監察官なわけがない   作:たぷたぷ脂肪太郎

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ヴァルキュリア到来

 ヴァルキュリア・ F(フォーシュバリ)・リスカーは孤独だった。フォーシュバリ家の一人娘として生まれ、実父はすぐに亡くなり母は幼い彼女と家名を守る為にリスカー家の後妻に入った。彼女にとって愛する人はこの世で2人だけ。実母と、そしてリスカー家の長男であり義兄となったオズワルドだけだった。義父は家族と呼べる存在ではなく、オズワルドとも途中絶縁しかけた程の兄妹ケンカがあったものの直ぐに和解し、兄と妹の絆は寧ろケンカ前よりも強くなり深まった。ヴァルキュリアの境遇は、どんなに大袈裟に事を誇張する放言壁のある者でも不幸とは言わないだろう。金には恵まれていて食うには困らなかったし、住む家だって常に名門に相応しい豪邸だった。彼女を着飾る服飾はいつだって清潔で華美だった。彼女にすりより彼女の家の名誉と金と、そして彼女自身の美しい体を目当てにすり寄ってくる男達からは欲望の目でもってチヤホヤされ続けた。だが、そんな者らは彼女の眼中には無い。眼中に無いどころか忌々しく生理的嫌悪感を催す虫と同じだった。彼女の愛する人はあくまで母と兄だけだった。だが、愛する母は早くに病で亡くなって、もう一人の愛する人…兄は早くに家を出て仕事漬けの日々。母を失いヴァルキュリアの兄への依存はより強くなった。兄のいない日々は彼女には辛かったが、それでも兄の声を電話越しに聞けるだけで彼女の日々は彩りを失わなった。あの日までは。

 

 

 

 仕事で忙しいのだろう…毎日の電話が途絶えがちになっても兄とは心が繋がっていると思っていた。

 

(お兄様…お兄様に会いたい)

 

 兄に会えぬうち、ヴァルキュリアの兄への思慕は募りに募って、そして変わっていった。兄妹だ。この世でたった一人の家族だ。それはヴァルキュリアにとって確かな絆だったし家族愛だったが、同時に心の何処かでは血が繋がっていないという厳然たる事実に不満と不安があった。そして期待もあった。

 

(お兄様が〝北欧の名門で素晴らしい家〟と認めてくれた…お母様が遺してくれたフォーシュバリの家門。お兄様と結ばれれば、リスカー家とフォーシュバリ家は本当の意味で合体できる……そうよ…これが一番いい道だわ。義父を名乗るあの男の見繕うつまらない貴族男の妻に収まるだなんて堪えられない。お兄様とは血は繋がっていないけれど…だからこそ、いつかお兄様に一人の女として見てもらえるかもしれない。見てもらいたい!)

 

 その一心で彼女は自分を磨き続けて、更に言い寄る男達も増えてしまったが、それでも彼女は見合い話の全てを蹴ってオズワルドだけの為に女として魅力的に花開いていった。

 だが、ある日電話向こうで兄以外の声がした。女の声だった。女の声は生暖かく甘ったるいモノで、そしてその声で兄のファーストネームを馴れ馴れしく呼んでいたのが聞こえた。

 

(オズワルド…?今、女の声は…お兄様をオズワルドと呼んだの?)

 

―許せない。

 

 その一瞬、ヴァルキュリアの心に凄まじい怒りが湧いた。兄はずっと恋人などいない、作る暇もないと言い続けていた。30近くになっても、ハンサムで仕事ができるあの兄が恋人もいない…つまり童貞であるいうのは信じられないことだったが、電話口で兄がそう言っていたのだから間違いなく童貞なのだとヴァルキュリアは信じていた。そのせいでいつしかヴァルキュリアは兄の貞操は自分が貰えるという妄執に取り憑かれていた。自分も清らかな体だ。毎日のように言い寄ってくる男を体よくあしらって、毎夜、兄を想って疼く肉体を抑え込みながらも自慰すらしないで兄が迎えに来てくれるのを待ち続けた。兄に処女を捧げて、兄からも童貞を貰って、2人は最高の初夜を経て兄妹という枠を超えて真の夫婦になる。それが当然であり運命なのだとヴァルキュリアは思っていたが、それはどうやら裏切られた。兄の側であのように甘ったるい声で兄の名を呼ぶのだから、きっともう体の関係を結んでいる。

 

―許せない。

 

―裏切りだ。

 

―酷すぎる。

 

―お兄様は…オズワルドは私のものだったのに。

 

―オズワルドの名を呼んで良いのは私だけだったのに。

 

 兄のことは愛しい。何よりも愛しい。兄を憎むなど論外だ。今も兄以外の男など、兄以外のモノなど何も目に入らない。兄だってきっと私を愛している。絶対だ。絶対に愛している。では、なぜ兄は自分以外を抱いたの?セックスは愛する人とだけするものだ。兄が愛する者はこの世で私唯一人。だから兄とセックスする者はこの世で私唯一人。

 ヴァルキュリアの頭の中をぐるぐると高速度で疑念と情念が渦巻く。考えに考え続け、想いに想い続けた。そして彼女の脳と心はある決定を下した。

 

(兄は誑かされた)

 

 妹への愛を一途に持っていた兄を、誑かして兄の貞操を奪った女。それがあの電話口の声の主だ。ヴァルキュリアは確信した。そして彼女の憤怒と屈辱を晴らすべしという怨念は、〝兄の側に行ってやり、そして兄に言い寄ってくるモノ全てを排除し、たとえ兄の体が汚されていようと兄の心だけは守る〟という結論に辿り着く。

 

「お兄様の…オズワルドの側で、兄を狙う全てから兄を守るには私も強くならなくては…待っていて、オズワルド。私が、今あなたを守りに行ってあげるから」

 

 クロノス幹部養成所への入所に反対されては面倒だと、自身のあらゆる伝手・スキルを駆使して家族に内緒で秘かに養成所へ入ったヴァルキュリアは米国内の支部長であった義父や、多忙で妹どころではなかった監察官である義兄の目を盗んで養成所入り出来た時点で才覚はあったと言える。彼女は直ぐにメキメキと頭角を現す。ヴァルキュリアの持って生まれた天賦と兄への執念は、彼女を爆発的に成長させたのだった。そして…就任年齢では最若年記録は作れなかったが、養成期間的には〝天才〟と持て囃された兄オズワルドを超え、飛び級に飛び級を重ねた僅かな期間でヴァルキュリアは泣く子も黙る監察官に就任したのだった。

 

(これでお兄様… ―オズワルドに肩を並べられる時がまた一歩近づいた。あの人に相応しい女に…私はなってやる)

 

 だがヴァルキュリアには尚も焦りがあった。養成所に在籍中、自分の耳に届く程オズワルドの活躍は目覚ましいものがあった。多くの内部不穏分子を暴き、米国のスパイを抹殺し、大きな事件ではプロフェッサー・ヤマムラの乱を未然に防いだり、そして近年ではクロノスの反逆者ギュオーの追跡任務を獣神将の直下で行った。また最高機密事項ユニットに深く関わる等、秘密結社クロノスでもオズワルド・A・リスカーは超が付くほどの有名人であり、養成所の全訓練生の憧れの的でもあった。

 

(こんなことでは、優秀なオズワルドの子を生むに相応しい女にはなれない)

 

 だからヴァルキュリアは功が欲しい。今や獣神将に次ぐ存在と目されるオズワルドに相応しい者と認められるだけの功績と力が欲しいのだ。全ては兄オズワルドに一人の女として、伴侶として見てもらう為であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァルキュリアの最愛の人、兄オズワルドがアメリカに帰ってくる。日本でのとある重要任務が一段落し、次なる重要任務の為に英気を養い準備をする為にアリゾナ本部に戻ってくるのだ。バルカスと共に幹部専用高速ヘリに搭乗しての帰還で、その事実だけでもオズワルドが如何に獣神将の信頼を得ているかが分かる。

 監察官ともなればかなり高レベルの情報アクセス権限を有するのでヴァルキュリアはそのことを事前に知ることが出来た。監察官の権限をフルに活用して常に兄の動向は調べている。ヴァルキュリアも、兄同様に今は任務と任務の狭間の休暇期間であり、余程の緊急任務が発生しない限り新人監察官である彼女にお鉢が回ってくる可能性はない。兄にあてがわれるアリゾナ本部基地内の幹部用高級ルームを事前に調査し、そして()()()()()()小細工でその部屋の電子キーを解除…部屋に無断で入ったヴァルキュリアは驚いた。

 

「……オズワルド。もう着いていたのね。ふふふ…スーツケースがベッドの横に転がって…ベッドの上にワイシャツが脱ぎ散らかされてる。あぁオズワルドのワイシャツ…!」

 

 予定よりも早い到着だったのか。既にその部屋の主によって僅かに使用された形跡がある。ベッドにも腰掛けたのか、それとも寝っ転がったのか…清潔なシーツには皺が入っていた。ヴァルキュリアはベッドに倒れ込み、ワイシャツを掻き抱いた。洗いたての清潔なシーツの匂いの中に僅かに兄の香りを感じ、そしてワイシャツからは当然濃厚な兄の匂いがした。

 

「オズワルド…オズワルド。オズワルド。会いたい…」

 

 兄と電話では話せていた。手紙のやり取りもした。だが、直接会うのはオズワルドが実家を出て幹部養成所に入って以来、実に10年以上ぶりとなる。オズワルドが自分以外の女を恋人として置いていることは既に彼女自身の調査によって確実となっていて、その点ではオズワルドは許し難い。悲しくなり、次いで怒りが湧き、そして憎悪の感情すら抱く。だが、それ以上にどうしようもなく義兄のことが愛おしい。狂おしいほどに愛が募っている。10年ぶりの再会を思うと胸が高鳴って心臓が張り裂けそうだ。今まで堪えてきた最愛の男を求める欲求が急速に女の奥からもたげてくる。

 

「っ……ん……ぅ…………ん……」

 

 左手でワイシャツを掴み顔面に押し付け深呼吸をし、右手は知らぬ間にヴァルキュリアの下腹部を優しく擦る。右手が下へ、下へ、伸びていく。

 

「……ん……ん……うっ」

 

女として最も魅力あふれる年頃真っ只中にいるヴァルキュリアが、恋焦がれる男の匂いを嗅いで体が疼くのは当然の摂理とも言える。抑え込み続けた肉欲が女の最奥で爆ぜるのを押し止めることは彼女には出来なかった。兄の匂いに負けて、とうとうヴァルキュリアは己を慰めてしまうのだった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 乱れた服を整える。いつ兄がこの部屋に戻ってくるかは分からないが、()()()()に戻って来なかったのは幸いだったろう。昂りざわついた心と体は取り敢えずは落ち着き、汚れたシーツ等諸々の証拠隠滅をし、ワイシャツはヴァルキュリアの私的バックに詰め込んだ。勿論持って帰り保存する所存だった。

 

「ふふ…こうして部屋でお兄様を待つなんてどれくらいぶりかしら。…これからは妹としてではない。一人の女として…男の帰りを待つ」

 

 長く美しい金髪を掻き上げる。ベッドの縁に腰掛けて、今か今かと兄を待ち続ける。1時間程経ったろうか。ハイテクの詰まった扉が横開きに滑るように開く。扉が開いた向こうにいたのは、10年以上待ち続けた想い人そのものだった。想い人は、ギョッと目を見開いて驚愕しているように見えた。

 

「ヴァルキュリア…!」

 

 彼が自分の名を呼んだ。電話越しではない、生の声にヴァルキュリアはうっとり耳を傾ける。

 

「お兄様……」

 

 10年以上ぶりに聞く兄の生声は低く渋い。男の色気に溢れる魅力的な声だ。兄を生の目で見る。兄の声を生で耳にする。兄の生の匂いを己の鼻で嗅ぐ。恋人の存在を知った時の怒りも悲しみも憎しみもヴァルキュリアから消え失せて、本能的にオズワルドの胸に一目散に駆けて飛び込んでいた。

 

「お兄様…お兄様!オズワルドお兄様!会いたかった!!」

 

「ヴァ、ヴァルキュリア…なぜこの部屋に?」

 

「ふふ」

 

 兄の質問も耳に入らず、ヴァルキュリアは必死にオズワルドの胸板に頬を擦り付ける。この男は自分の所有物だと主張するかのように。兄についた他のメスの匂いを削ぎ落とすように。それは女の本能からくるマーキングだ。

 

「ヴァルキュリア…」

 

 ずっと離れ離れだった兄妹だ。これぐらいの熱烈なハグは受け入れてやるべきかもしれぬ、とオズワルドは思ったようで優しくヴァルキュリアの華奢な肩を抱きしめる。義妹が完全にメスとして自分を求めていると、目を逸らし続けたオズワルドもさすがに認識せざるを得ない熱烈さだった。

 

「お兄様…私、ずっと寂しかった」

 

「あぁ、すまなかったヴァルキュリア」

 

「お兄様、私…監察官になったのよ」

 

「…閣下から聞いたよ。凄いじゃないかヴァルキュリア。私よりも養成所での訓練期間は短い。私も鼻が高い」

 

 オズワルドの逞しい手がヴァルキュリアの頭を撫でた。その優しい手付きが幼い日々を思い出ださせ、ヴァルキュリアは目を細めた。

 

「アストリッド母さんも、きっと天国で喜んでいるだろうな」

 

「…うん」

 

 兄に撫でられ、兄の胸に抱きつくという絶大な安心感。ヴァルキュリアにとって唯一家庭を感じられる場所は、母アストリッド亡き今ここだけだった。

 

「ねぇお兄様」

 

 うっとりとしながら、だが一瞬ヴァルキュリアの声色が酷く冷たいものに変わった。

 

「…なんだい?」

 

 オズワルドとて遣り手の監察官だ。それに気付いて心が身構えた。そして、自分の部屋にまで無断侵入する義妹が何を言い出すか、何に感づいているかを大体察していた。

 

「キャネット・チップ秘書官は、いい女なの?」

 

 今もうっとりとした顔で滑らかな頬を擦りつけつつ、同時に剣呑な鋭い視線を上目遣いで兄にやりながらヴァルキュリアは尋ねた。

 

「あぁ、良い(ひと)だ。ハミルカル閣下の筆頭秘書官を若年で勤め上げる才覚…このクロノスでも屈指の才女と言えるだろうな」

 

「私よりも良いの?才能も?顔も?家柄も?」

 

 温度のない切れ長の瞳がジッとオズワルドを見上げてくる。少し気圧されながらもオズワルドはこの程度ではへこたれない。人ならざるゾアロードといつも接しているし、潜り抜けた修羅場も並ではない。

 

「…どちらが上とかではない。よく聞けヴァルキュリア。お前が何をそんなに焦っているのか…鈍感な私でも薄々と分かってきてはいる。だが、私とお前は兄妹だ」

 

 ヴァルキュリアは薄っすら笑う。

 

「ふふ…血は繋がっていないじゃない」

 

 一時はその事が嫌で嫌で仕方なかった。幼いヴァルキュリアは兄オズワルドと血が繋がった本当の兄妹に、家族になりたいと思ったこともあった。だが、それは全部幼い過去の話。今は血が繋がってなくて良かったと思える。ヴァルキュリアの笑顔が妖艶で蠱惑的なものへと変質していく。ごくり、とオズワルドの喉がなった。

 

「お兄様……いえ、オズワルド。私、貴方の妻になる。遺伝子的には何も問題はない。オズワルドの子を生むのは私の役目。キャネットなんかに渡さない」

 

 力強く断言して兄を見つめるヴァルキュリアの目。その視線に籠められた情念のただならぬ強さにさすがのオズワルドも飲まれかけた。

 

「ヴァルキュリア…お前…」

 

「でも、安心してオズワルド。()()()がまだ私を妹として見てしまうのは分かっているの。当然よね…私とお兄様には10年以上の兄妹の絆があるのだから。…そう、あのキャネットには無い絆……覆しようのない時の重みが、私達の間にはある」

 

 すっかり女の体になった妹の体。たわわな乳房が形を変えて強くオズワルドに押し付けられた。

 

「…()()()が、一人のオズワルドになって私を犯してくれるのを待っているわ。今の所は。……フフフ、それにね…私は名家の女よ。一夫多妻にだって理解がある。オズワルドが私を一番に愛してくれるなら、キャネットだって妾として認めてあげたっていい」

 

 雌になった妹の熱い吐息がオズワルドの首に吹きかけられる。しなだれるように抱きついていた妹は、いつの間にか長くむっちりした太腿をオズワルドの脚に絡ませて兄を壁に押し付けて腰までぎゅうぎゅうと押し付ける。危険な気配を孕みながらも潤んだ瞳、紅い頬で迫ってくる義妹に、オズワルドも一瞬理性が飛びそうになる。獣になって押し倒したい衝動が湧き上がる。だがオズワルドは一瞬目を強く瞑ると、決然として顔になって彼女の肩を掴み、そして引き離した。

 

「…お前の強情さは昔からだな。……わかった。その決意は認めよう。ならば、応援はしないがやってみろ。()()()()見守っていてやるさ…妹の頑張りを、な」

 

 兄妹は互いに不敵な笑みを浮かべてお互いを見つめる。次の瞬間、ヴァルキュリアが兄の顔を両手で引っ掴み、そして有無を言わさず唇を合わせた。爪先立ちになり、背の高い兄の口に己のベロをねじ込む。10秒以上も、ヴァルキュリアのベロが兄の舌に絡みつき離さなかった。まさか噛みちぎるわけにもいかないオズワルドは、仕方なく妹のなすがままにされてやるのだった。

 

「……ぷぁ……フフフ。これは先払いよ、オズワルド」

 

 ヴァルキュリアとオズワルドの口の間に銀の糸筋が伸びて消えた。ヴァルキュリアは艷やかに笑って、オズワルドの部屋を飛び出していった。

 

「…とんでもない女に成長したものだ」

 

 ネクタイを締め直しながら、オズワルドは妹が去っていった扉を見つめるしか出来なかった。

 


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