響き渡る悲鳴。
燃え盛る街。
飛び散る鮮血。
崩壊していく家々。
気がつけば、そんな景色が目の前に広がっていた。
……は?
何これ? どうなってんの?
唖然として、目の前の光景をしばらく眺め続ける。
そうしたら、いくつか気づいたことがあった。
まず最初におかしいと思ったのは、建物のサイズだ。どれもこれも小さい。
なんて言うか、お人形遊びとかで使うオモチャみたいだ。いや、流石にそれよりは大きいかも。
小さいのは変わらんけどさ。
次に、街のサイズと明らかに一致していない巨大な人影が無数に徘徊しているということ。
どんなだよ、オイ。
でも目線が同じってことは、俺はアイツらと同じくらいのサイズってことなのか?
街の人から見たら完全に巨人じゃねーか。
そう思って自分の体を見下ろしてみれば、全裸だった。
さらに付け加えるなら、股間にあるはずの男の子の象徴も無くなっていた。
「ガアアアアアアアアアアッ!?」
どうなってんの!?
ねぇ、どうなったんだよコレぇ!?
てか声おかしくなかったか!?
獣みたいな声が出たんだが!?
はぁ、はぁ、落ち着けよ俺。
クールになれ。
パニック状態じゃ何もできねぇ、冷静に考えよう。
情報が少なすぎる。
もう一度、ゆっくりと辺りを見渡して現状を把握するんだ。新しい何かが見つかる可能性がある。
……お!
新しいもの発見。
アレは……小人か? いや、街のサイズを考えるに向こうが正常な大きさかもしれん。俺がデカくなってる、って考えた方が良さそうだ。
屋根の上を走ってるな。数は5人。服装は統一されている。腰には鈍色に輝く謎の機器を装備してるみたいだ。
なんか、すごい
特に腰の機械、めっちゃ見たことあるぞ。遠目にも分かるくらいに見覚えがある。
なぁ、あれさ、立体機動装置じゃね?
俺がそう思った瞬間、先頭を走る人が飛んだ。
腰の機械からはワイヤーが射出され、ワイヤーの巻き取りと後ろから放出するガスの勢いによって、人が凄いスピードで加速していく。
完全に立体機動装置じゃねーか!!!
「ガアアアアアアアアアッ!!」
そう叫んだら、やっぱり獣のような咆哮が喉から迸った。
もう間違いねえ。
そんなに頭が良くない俺でも理解した。
ここ、進撃の巨人の世界だわ。
そんでもって、俺は人類の天敵である巨人になってる。憑依したと言っても良い。
うぁぁぁぁ……。
何でこんな事になったのか全然分からんけど、終わった。最悪だ。
兵士にうなじ削ぎ落とされて殺される。
もしくは捕獲されて実験台だ。ハンジさんのオモチャとして、死ぬまでモルモット生活だ。
調査兵団に襲われたりしたら、勝てる気しねぇよ。
とにかく早く街から離れよう。
こんな立体物が多いところに突っ立ってたら、いつ攻撃されるか分かったもんじゃない。
……んん?
街?
俺、巨人なんだよな?
何で壁の内側に入れてんの?
そう思って後ろを振り返れば、がっつり壁に穴が開いていた。
次から次へと巨人が入ってきている。
もしかして、今って超大型巨人が出現した直後だったり?
だとしたら、どっちだ!?
ウォールマリア陥落時なのか、それともトロスト区での決戦時なのか。
……あ、壁門の前に落とし穴とかないからウォールマリアの時だな。
って、冷静に分析してる場合じゃねぇよ!
もう鎧の巨人に内側の門まで破壊された後なのか!?
それとも、まだ巨人はシガンシナ区にしか侵入してないのか!?
いや、どっちにしてもやる事は同じだ。
人類の援護、それのみ。
大勢の兵士の前で巨人をぶっ倒したり、住民を助けたりしたら、害のない個体だと思ってくれるかもしれん。
そう思って歩き出したその瞬間、地面が大きく揺れた。
壁の穴から、他の巨人とは明らかに異なるヤツが入ってくる。
超大型巨人を除けば最大となる15メートル級。筋肉質でボリュームのある体型。全身を覆う、硬い鎧。
間違いない。
鎧の巨人……!
外壁の方にいるって事は、まだ内側の門は破られてねえ。
ここでコイツを倒すことが出来れば、ウォールマリアの陥落が防げる。
そこまで考えたところで、俺はふと思う。
原作の流れを壊して良いのか、と。
ここで鎧の巨人を倒したら、さらに事態が悪化する可能性もあるのか?
例えば、鎧の巨人が負けたことで『残りの2人』が作戦を諦めて帰還して、原作より早い段階で獣の巨人が襲来するとか。下手したら戦鎚の巨人も含めた総攻撃になるとか。
そんな事になるくらいなら、何もしない方が良いんじゃねぇのか……?
そう思って動きを止めた瞬間。
10メートル級くらいの巨人が、俺の目の前で家を壊した。
瓦礫とかした家の中に手を入れる巨人。その手が引き抜かれた時、手の中には涙を流して、恐怖に震える少女がいた。
思考が弾け飛んだ。
考えるより早く体が動き、10メートル級に渾身の拳を叩き込む。10メートル級の首から上が吹っ飛んでいき、巨人の生首が遠くの川に落ちて水しぶきをあげる。
頭部を失って倒れていく巨人の手から可能な限り丁寧に少女を回収。この近くで一番高い建物の上に優しく乗せ、俺は鎧の巨人に向き直った。
何処と無く驚愕の表情を浮かべている鎧の巨人に向かって、俺は拳を構える。
勝てるか……?
巨人のスペックは向こうの圧勝。
なんせ相手は『九つの巨人』の一体。対して俺は無垢の巨人。何の能力も持ってねえ。
うぇえ、ダメだ。勝てる気しねえ。
そもそも鎧の巨人には殴打も蹴りも効かなくて、関節技しか攻撃が通らない。
俺、関節技とか出来ねぇし。格闘技とかやってねーもん。
愉悦神父に憧れて、八極拳を齧ったことならあるけどよ。
そんな事を考えてたら、鎧の巨人が怯んだように後ろへ一歩下がった。
え? 何で?
お前の方が圧倒的に優勢だろーが。
そう思って鎧の巨人を注視してみると、手に何か握っているのが見えた。
……あれ、もしかしなくてもアニとベルトルトか?
待てよ。
今は壁に穴を開けた直後。
つまり超大型巨人は力を使った後でまともに動けなくて、無垢の巨人を連れて壁まで走ってきた女型の巨人も、同じくダウンしてる?
もしかして、今が最大の好機?
……やるしかねえ!
「ガアアアアアアアアアアアアッ!」
腹を括る。
雄叫びを上げて疾走し、鎧の巨人へと突貫する。
向こうはダウンした仲間を2人も庇っていて、まともに戦えないはずだ。
加えて内側の門を破壊する力も温存しておく必要があるだろう。
なら、ある程度の攻撃を行えば奴らは自然と撤退する!
鎧の巨人に向かって拳を振り下ろす。
効かないのは百も承知。
だから、狙いはヤツが庇っている人間状態の2人だ。
俺の拳を、鎧の巨人は慌てて仲間を握っていない方の腕でガードする。
まるで金属でも殴りつけたような感触。俺の拳の皮がめくれ上がり、骨が露出した。
拳から大量の血が流れ出す。だが、痛みはあまり無い。
ハンジさん曰く、巨人の痛覚は個体によって違うらしい。
つまり人間のように痛みを感じる個体もいれば、痛覚が鈍くて殆ど痛みに反応しない個体もいるってことだ。
そして、俺はどうやら後者に該当するっぽいな。
ラッキーだ。
右の拳は使えないので、今度は左の拳で摑みかかる。
鎧の巨人の手首を掴み、大きく俺の方へと引き寄せた。ヤツの本来のパワーなら俺に引き寄せられる、なんてことは無かっただろうな。
けど仲間を握りしめた状態なら、ろくに力を入れられないだろう?
うっかり力んで、手の中の2人を殺しちまったら大惨事なんだから。
引き寄せた鎧の巨人の首に食らいつく。
うなじは狙わない。どーせ鎧に守られて、歯が通らんだろ。
なら鎧に覆われていない首元から肉を食い破って、うなじの方に到達してやる……!
けど、鎧の巨人もそう簡単にやられてくれなかった。
片手で俺の首を掴むと、凄まじい力で握り潰そうとしてくる。
あ……これ、やば…………っ。
あっという間に首が潰され、体から力が抜け出す。
脊椎が傷ついたのか……!?
体が思うように動かない。鎧の巨人が拳を振り上げる。
防げない。うなじを叩き潰される。死ぬ。
死を直前にして、意識が明滅する。
じわじわと視界が赤く染まっていって。
気がつけば、俺は完全に体の制御権を失っていた。
「ガアアアアアアアアアアアアッ!!」
俺の意識が介入しなくなった体が、勝手に動き出す。
首が捩じ切れそうになるのも構わずに動いた俺の体は、巨人の基本的な本能に従った。
即ち、人間の捕食。
この場にいる人間は、たった2人だけ。
鎧の巨人と手に握られている、彼の仲間で。
赤く染まった視界。
俺が最後に見たのは、鎧の巨人の親指と一緒に、俺の口の中へと入っていく金髪の少女の姿だった。
◆◇◆◇◆
何が、どうなった……?
あれからどのくらい時間が経ったのだろうか。
こうやって思考が出来ているって事は、俺はまだ生きているんだよな?
ジーンと、体が熱い。
それを無視して無理やり目を開け、体を起こそうとして気づく。
……俺、瓦礫に埋もれてねぇか?
マジかよ、最悪の目覚めだな。
何とか身をよじって、瓦礫の中から抜け出そうとする。
くそ、このひときわデケェ瓦礫が邪魔で……。
コイツさえ何とか出来れば、あとは簡単に立ち上がれそう……ちょっと待て。
デカイ、瓦礫?
鎧の巨人と同サイズだった俺は、15メートル級のはずだ。
その俺から見てデカイ瓦礫って、一体どんなサイズになるんだよ。
なんか大事なことを忘れている気がする。
完全に意識を失う直前に、何かあったような……。
そこでようやく思い出す。
俺の口の中に入っていった、金髪の少女のことを。
「うあああああああああッ!? あ、ああ!? 何でこんな、女みたいな高い声が……いや、違え! アニ食っちまったぁ!!」
最悪だ、最悪だ、最悪だ。
原作なんてこれで木っ端微塵だよ。
主要な登場人物を殺しちまった。
まともに喋れたからまず間違いない。女型の巨人の力を継承して、人間に戻ったんだ。
どうする?
こっから、どうすれば良い?
というか鎧の巨人どこ行った?
女型の巨人を継承した俺を放置したとは考えにくい。
何とかして回収しようと考えるのが普通だ。
いや、鎧の巨人の思考を読むのは後回しにしよう。まずは瓦礫の山から抜け出して、安全な場所まで移動しねぇと。
さっきまでは無垢の巨人だったから他の巨人に狙われなかったけど、今の状態なら普通に狙われる。食われてたまるか。
そう考えたら、瓦礫に埋まってたのはラッキーかもな。
その辺の道端で気を失っていたら、巨人の胃袋に直通してただろうし。
あー、もう。
素っ裸だから、肌が瓦礫に擦れて痛い。
抜け出したら廃墟を漁って、下着と服を探そう。火事場泥棒みたいで嫌だが、裸で動き回るなんて人としてアウトだからな。仕方ねえ。
お、やっと抜け出せた。
はぁはぁ言いながら、俺はすぐに一番近くにあった家へと転がり込む。
これで、そう簡単には巨人には見つからねえだろ。
俺が気を失っている間に内側の門が破られたとしたら、殆どの巨人はより多くの人間がいるウォールマリアの内側に移動してるだろう。
シガンシナ区にいる巨人の数は、少し減ってるはず。
だから大丈夫。落ち着け。
腕で額の汗を拭う。
あー、髪が長くて鬱陶しい。
視界の端っこにチラチラと金髪が見えるから、気が散る……金髪……?
両親はおろか祖父母まで全員日本人な俺が?
慌てて自分の体を見直す。
なんで1日に2回もこんなことしなくちゃいけねーんだよ。
そんな俺の思考は、自分の体を見た瞬間に吹き飛んだ。
俺の荒い呼吸に合わせて上下する胸が、膨らんでいた。
たわわに実るそれは、俗に言うおっ……
「…………………………」
よく悲鳴をあげなかったと、自分を褒めてあげたい。
そんな現実逃避気味な思考をしながら、恐る恐る「下の方」も確認する。
人間に戻ったのに、やっぱりついていなかった。
顔がひきつる。
よろよろと。廃墟になった家の中を歩き回り、とあるものを探す。目当ての物はすぐに見つかった。
見つけた探し物……ひび割れた手鏡を、覗き込む。
鏡の中には、今にも泣きそうな顔をしてきる金髪美人が写っていた。
しかも見たことある。
原作キャラだ。
出番は少なかったマイナーキャラだけど、持ってる役割が重要すぎたからはっきり覚えている。
王家の血を引く者。
グリシャ・イェーガーの前妻。
ジークの母親。
エレンの義母。
――ダイナ・フリッツだ。
俺が憑依した巨人って、カルライーターかよおおおおおおおおおおおおおッ!!!
心の中で絶叫する。
声を出さないのは、巨人をおびき寄せないためだ。
まともに泣かせてもくれないのか、この世界は。
性転換だよ。TSだよ。
しかも人妻だよ。エレンパパの奥さんになっちゃったよ。
これでもし、ジークに出会ったりしたらどうすれば良い?
獣の巨人に向かって、「久しぶりだね、あなたのお母さんよ♪」って言えば良いのか?
ふざけんな。