カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第9話 初めての立体機動戦

 腹部を狙って放たれた正拳突きを、両腕を交差させてガッチリとガード。防ぎ切った直後に、反撃の蹴りを繰り出した。

 体を捻って回転することで遠心力を味方につけ、威力をブーストした渾身の一撃。

 だが、アリーセは上体を後ろに反らすことで俺の胴回し回転蹴りをあっさりと躱して見せた。それどころか後ろへ倒れた勢いを利用してバク転を行ったかと思うと、つま先で俺の下顎を狙って蹴りを放ってくる。

 アクロバティックな動きに驚きつつも、半身になってギリギリで回避に成功。

 アリーセが着地する瞬間を狙って、右の拳を叩き込む。今度は俺の拳がアリーセの腕で防がれるが、構わず左拳で追撃を行う。これも完璧に受け切られてしまうが、構わない。本命はこの後だ。

 俺の拳を受け止めたアリーセの右手を掴み、足を払って彼女の転倒を誘う。しかし彼女は足払いされる直前に跳躍し、空中で身を捻って俺の首に蹴りを放ってきた。咄嗟に握っていた彼女の腕を引っ張り、蹴りの軌道を逸らして回避。

 そのままアリーセを振り回して地面に叩きつけようと試みるも、あっさりと腕を振りほどかれた。

 俺の拘束から逃れたアリーセがバックジャンプで間合いを取ったので、ここで一度攻防が途切れる。

 

「お見事です。身のこなし、反応速度、技の練度……どれも、最初の時と比べると見違えましたね」

 

 アリーセが微笑みながらそう言い、格闘技の構えを解いた。

 それを見た俺は、全身から力を抜いて地面にヘタリ込む。

 

 シガンシナ区に舞い戻ってから、どれ程の時間が流れたのか。

 最初の10日ほどは経過した日数を数えていたが、もう今はさっぱり分からねえ。感覚的には、既にかなり長い間シガンシナ区で生活したと思うんだが。

 ともあれ、ここでの時間は全て対人格闘術、立体機動術、基礎体力トレーニングに費やした。

 結果、アリーセに太鼓判を押してもらえる程度には出来る(・・・)ようになったのは良いんだけどな……。

 彼女に俺の拳がまともに当たるのをイメージする事すら出来ない。

 どれだけフェイントを織り交ぜ、トリッキーな攻撃を繰り出しても、簡単に捌かれてしまう気がする。

 

「やっぱり、勝つのはまだ無理か」

 

 師匠を超える日は遠いな、などと考えながら呟くと、いつの間にか近づいて来ていたアリーセが苦笑を浮かべた。

 

「流石にまだ負けてあげれません。というか、何年もかけて磨き上げた格闘術が、弟子のダイナさんにあっさりと負けたら私がヘコみます」

 

 まぁ、それもそうか。

 『俺』は裏路地での喧嘩が関の山で、ダイナも荒事とは縁遠い人物だ。死人が出るような厳しい訓練を3年間も行い、壁外で命をかけて巨人と戦い抜いたアリーセを、そんな簡単に追い抜けるわけがない。

 気長にやっていくしかねぇよな。

 幸いなことに、世界が大きく動く『原作』の開始まで後数年残っている。それまで修練を怠らなかったら、それなりの実力者にはなれるだろ。

 ……多分な。

 どちらにせよ、死にたくなければやるしかない。

 

 少し赤く染まり始めた空を見上げながら決意を新たにしていると、真横からガシャンガシャンという金属音が聞こえてきた。

 音の方向に視線を向けてみると、立体機動装置の用意をしているアリーセの姿が目に入る。

 今さっき筋トレと走り込みと組手が終わったっていうのに、何やってんだろうな……。

 思わず遠い目をした俺は悪くねえ。

 華奢な美少女のくせに、どんな体力お化けなんだよ。

 何をやろうとしているのかは察しがつくが、確認の意味も込めて俺は口を開く。

 

「あの、何でまだ日が暮れてないのに立体機動装置を?」

 

「ダイナさんもかなり体力がつきましたし、随分と立体機動に慣れたようなので、そろそろ実戦経験を積もうと思いまして」

 

 そう言いながら、自分の装備を終えたアリーセは俺にも立体機動装置を差し出してきた。

 ちくしょう、分かってたよバカヤロー。

 いつも通りの立体機動訓練なら、日没まで休憩を挟むもんな。まだ明るい内から立体機動装置を装備するって事は、ついに実戦だってことくらい馬鹿な俺でも察せられるっつーの。

 

 だが、疲れたしやっぱ生身で巨人と戦うのは怖いのでやりたくないなんて、ここまで付き合ってくれたアリーセには口が裂けても言えん。

 そもそも、こうして壁外でのサバイバル生活を余儀なくされたのは俺がアリーセの助言を無視して、口減らしに参加しちまったのが原因だ。鎧の巨人に襲撃されたのも、俺が向こうの仲間を食い殺して力を奪ったからだし。

 完全に俺がアリーセを巻き込んじまった。

 それなのにアリーセはその事について全く言及してこないし、こんな過酷な生活を繰り返しているのに、嫌な顔ひとつしない。それどころか常に笑顔で、俺の横にいてくれている。

 そんな彼女に対して俺が出来るのは、少しでも迷惑をかけないように死に物狂いで強くなることだけなのだから。

 やらない、なんて選択肢はありゃしない。

 

 組手で殴られたり蹴られたりして痛む体を引きずって、俺も立体機動装置を腰に装備していく。

 装備に不備がない事をアリーセに確認してもらい、俺は鞘から超硬質ブレードを引き抜いた。

 両手に伝わる、剣の重さ。前は随分と重たく感じだが、地道にトレーニングを重ねた今の俺なら、木の枝のように軽く感じられる。

 

 アリーセとアイコンタクトを交わし、俺は壁の縁に立った。

 日が出ている内にシガンシナ区に入るのは、これが初めてだ。

 夜なら置物のように動かない巨人どもだが、今は人間を求めて街中を徘徊している。

 くそっ、どれだけ見てもやっぱ怖え。今の俺、トロスト区が襲撃された直後のアルミンより震えてるかもな。男のくせにマジで情けねえぞ、オイ。

 

 大きく息を吸って吐く。

 何度か深呼吸して気持ちを落ち着けていると、アリーセが軽く俺の肩に触れて、

 

「大丈夫です。訓練兵団の3年間の訓練と比べても、負けないくらいの密度で鍛えてきましたから。それにダイナさんには巨人化能力がありますし、何より私がついています」

 

 アリーセは言い終えると同時にマントを翻して、躊躇なく壁から飛び降りた。そして少し高めの建物の屋根に着地すると、俺を誘うように手を振ってくる。

 

「だああああっ! このッ、カッコ良すぎ何だよクソッタレ! 俺より男らしくて女子力も高いとか、もう俺がモブキャラになってんだろ! キャラ立ちすぎなんだよ、主人公か! 元からダイナはモブだけどな!」

 

 距離が離れてアリーセに自分の声が届かないのをいいことに、久しぶりの男言葉全開で、自分でも意味の分からない言葉を叫ぶ。

 これ以上、アリーセの前で無様を晒してたまるか。

 

 奥歯を噛み締めながら、俺は地面を蹴って壁から身を躍らせる。

 身が竦むような浮遊感。凄い速度で大きくなる建物と地面。

 無数の気を失わせようとしてくる要因を前に、しかし俺はしっかりと意識を保って握っているトリガーを引く。

 両腰から射出されるワイヤー。その先端についているアンカーが狙っている箇所に突き刺さったのを確認して、ガスを噴出させる。

 真下へと落ちていた体がワイヤーの力で横へと動き出し、ガスの噴出で一気に加速した。引っ張られるように飛ぶ中、俺はワイヤーを回収しつつ空中で横回転し、回収したばかりのワイヤーを再射出。アリーセの立っている建物へとアンカーを刺し、彼女の横へと降り立つ。

 

 我ながら上出来。

 ひとまず練習通りに動けたことに安堵していると、アリーセが軽く拍手を送ってくれる。

 

「移動は申し分ありません。満点です」

 

 よっしゃ。

 本物の調査兵から立体機動で満点もらったぞ。

 進撃ファンには最高のご褒美だ。

 

 だがまぁ、喜んでばかりではいられない。

 壁外で立体機動できるのは、最低限のことだ。

 むしろ本番はここから。いかに巨人を倒せるか、生きて帰れるかが肝心だろう。

 気を引き締めていくべし。

 

「それでは、実戦訓練を始めましょう。右を見てください」

 

 アリーセに言われた通り右を向くと、あれは……8メートル級か? 比較的小型の巨人が、少し大きめの街路をゆっくりと歩いている。

 

「あの8メートル級を狙います。私が脚部を切って機動力を削ぎ落とすので、ダイナさんはうなじを」

 

「……了解!」

 

 アリーセに腰が引けていることを悟られないように、敢えて強気な返事を返した。

 俺の返答にアリーセは小さく頷くと、ワイヤーを射出して8メートル級に向かって一気に突っ込んでいく。

 立体機動を覚えた今だからこそよく分かる。

 アリーセは強い。

 流石にリヴァイ兵士長には届かないだろうが、ミカサが相手なら引けを取らないだろう。

 そう思えるほど、彼女の動きは圧倒的だ。

 

「……うしっ!」

 

 自分の両頬を軽く叩いて気合を入れ、俺もアリーセの後を追って飛び出した。

 いつか追いついて見せる。

 今はアリーセに頼ってばかりだが、必ず彼女に頼ってもらえるくらい強くなる。

 胸を張って、アリーセの相棒だと言えるように。

 

「ぜああああああッ!!」

 

 白刃一閃。

 俺の前で裂帛の気合いと共に振るわれた超硬質ブレードが、見事に8メートル級の足を削ぎ落とした。

 斬撃を放って離脱するアリーセが、俺に目線で合図する。

 俺も目線で応え、トリガーを引く。

 アンカーが足を切られて倒れ臥す8メートル級のうなじに刺さると同時、ガスを噴出させて急接近。そしてすれ違い様に、独楽のように回転してうなじの肉を削ぎ落とす。

 

 縦1メートル、横10センチ!!

 

 吹き飛ぶ肉片。飛び散る鮮血。噴き上がる蒸気。

 その中で、俺は小さく笑った。

 ()った、と。

 

「ダイナさん、後ろです!」

 

「――ッ!」

 

 遠くから飛んでくる、アリーセの悲鳴混じりの叫び。

 それが鼓膜を叩いた瞬間、俺はワイヤーの射出トリガーではなく、ガスの噴出トリガーを引いていた。

 ワイヤーで固定していないため、錐揉み回転しながら斜め上へと飛んでいく俺。ぐるぐると回転する景色の中、俺は確かに見た。

 ほんの一瞬前に俺がいた空間が、巨人の口の中に入っていたところを。

 

 あっぶねえ……!

 もしアリーセが危険を知らせてくれなかったら、今頃アイツの口の中だった。

 ヒヤリとした感覚が、蛇のように俺の背中にのたくる。

 巨人とは何度も交戦したが、今まではその全てが俺も巨人の姿だった時だ。

 初めて生身で交戦して、痛感する。

 

 ――巨大(デカイ)

 

 女型の巨人の視点からだと、幼児のようにすら見えていた8メートル級が、馬鹿でかく見える。

 そして何より、今しがた俺を食い殺しかけた巨人。

 

「15メートル級かよ……っ」

 

 巨人化した時の俺やエレンって、あんなにデカイのか。

 なら、超大型とかどーなんだよ。

 は、はは、変な笑いすら浮かんでくる。

 流石に初めての実戦で、15メートル級を討伐するのは無理だろ……?

 

 無理にガスを吹かしたせいで未だに体勢を立て直せない俺に向かって、15メートル級の手が伸びてきた。

 アンカーを出す暇がない。また無理やりガスを吹かしたら、その辺りの壁にぶつかっちまう。

 躱せない。

 これ、捕まっ……

 

「これ以上、お前らに私の友達を奪われてたまるかああああああっ!!」

 

 直後、今にも俺を掴もうとしていた巨大な掌が消え去った。

 木っ端微塵になって飛び散る肉片と、雨のように降り注ぐ赤い液体。返り血で真紅に染まったアリーセが、15メートル級の手首から先を完全に切り刻んでいた。

 

「……()ったあああああッ!」

 

 その光景を見て、俺は反射的に叫ぶ。

 トリガーを引いてワイヤーを射出し、全速で15メートル級の背後へと回り込んだ。そしてワイヤーを巻き取りながらガスを噴出させて加速して、全力の斬撃を叩き込む。

 

 目ぇ瞑って歯ァ食いしばれ!

 

 8メートル級の時と同じ、完璧な手応え。

 急所を抉られた15メートル級が、倒れこみながら蒸気となって消えていく。

 民家の上に転がるように着地しながらそれを見届けた俺は、顔にこびり付いた返り血を手の甲で拭いながら立ち上がる。

 そこで、俺のすぐ近くにアリーセが着地した。

 お互いに無言で歩み寄り、ハイタッチを交わす。そして抱きついてきたアリーセを受け止める。

 

「ダイナさんが、死んじゃったかと思ったぁ……」

 

 嗚咽混じりにそう言うアリーセに、俺は思わず苦笑を浮かべた。

 そう言うセリフや行動って、助けられた側がやると思うんだけどな。

 数秒して、落ち着いたアリーセが俺から離れる。

 そして打って変わって頬を膨らませ、怒気を滲ませた彼女はビシッと俺を指差して、

 

「油断厳禁っ!」

 

「はい……」

 

 いやホント、面目無い。

 助けていただき、誠にありがとうございます。

 まさか真後ろから迫ってきていたとは、全く気づかなかった。

 

「次は気をつけてくださいね!」

 

 ……次?

 嫌な予感がして辺りを見渡すと、巨人が複数体近づいてくる。

 ちょっと待て、まとめて同時に来られると今の俺じゃ捌き切れないんだが……!?

 

「私が左の2体を殺りますから、ダイナさんは右側の10メートル級を!」

 

 ……これ、巨人化して蹴散らしたらダメかなぁ。

 もし調査兵団に入れたら、アリーセに討伐した数を証明してもらって、多めに給料もらおう。

 そんな決心をしながら、俺はワイヤーを射出した。


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