カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第10話 調査兵団との邂逅

 ウォールマリアの壁上で、青空を見上げながら座り込むこと30分以上。

 俺はアリーセのオモチャにされていた。

 身動き1つ許されない状態がこんなに続けば、死んだ魚のような目になるのも仕方ねぇよな。うん。

 本当に、女の子って面倒くせぇ。

 

「はぁ……」

 

「あっ!? ダイナさん、あれだけ動かないでくださいって言ったじゃないですか!」

 

「ため息を吐いただけですけれど!?」

 

 本当に少し頭を動かしただけで、後ろからアリーセの憤慨する声が飛んできた。

 髪型をセットするのって、そんなに気を張らないといけないもんなのか……?

 全ての始まりは、俺の髪がやたらと伸びちまったことだ。

 本来のダイナの髪の長さは肩にも届かない程度だったんだが、切るのが怠くて今の今まで放置し続けた結果、ついに毛先が腰に届いたらしい。

 立体機動の最中に毛先が立体機動装置に巻き込まれてしまい、危うく巨人に食い殺されかけたんだよ。いや、アレは本当に死んだかと思ったな。

 

 そんな事故が起きれば当然、髪を切ろうって話になる。

 が、ここで問題発生だ。

 昔のように肩より上の場所でバッサリ髪を切ろうとした俺を、アリーセが鬼の形相で止めた。

 彼女の主張は、俺の綺麗な金髪を切り落とすのは勿体ないとのこと。

 命の危険もあるのにそんな事を言ってられるかと反論したところ、涙目で懇願されたので、肩の長さまでは残すって結論に至ったんだが……

 

「やっぱりこうした方が似合って……いえ、むしろ横髪を……それだと全体のバランスが……でもそうすると、ダイナさんの持つおっとりとした雰囲気を損なう事に……」

 

 ブツブツと呟きながら、俺の髪を結んだり解いたりするアリーセ。

 どうも、俺の髪型がなかなか決まらないらしい。

 肩の長さでも万が一の危険が怖いから、念のために結ぶってだけの話なんだけどなぁ。

 

「……よし! これに決めた!」

 

 どうやら、やっと決まったらしい。

 アリーセの手によって、俺の髪がどんどん結ばれていく。

 完成したのは、ポニーテールだった。

 30分以上も悩んだ結果が、こんな無難な髪型って……。今日はまだ巨人と戦ってないのに、やたらと疲れたぞ。

 しかしアリーセにとっては会心の出来らしく、太陽ように輝く笑顔で魅力を語っている。

 

「カールさせた横髪と、結わえた髪の根元が編み込みになっているところがポイントなんです。あとはチラッとうなじが見えるようにして、ダイナさんの大人の魅力を引き立たせてみました!」

 

 いや、そう言われても。

 髪を掴まれたら喧嘩の時不利になる、なんて理由で丸刈りにしてた俺に良し悪しなんて分かるわけねーだろ。いや、言ったらアリーセが傷つくから絶対に口には出さねぇけど。

 

 兎も角ようやく「動いてよし」と許可を頂いたので、首を傾けて肩をぐるぐる回す。

 あー、バキバキと音がなって気持ちいい。

 ……なんか、今の俺っていい歳したおっさんみたいだな。今は女だからオバさんか。

 年齢不詳だから正確には分からねぇが、まだギリギリ20代だと思うんだけどな。見た目的に。

 ダイナが美人なのを考慮しても、こんな若々しい30代はいねぇだろ。まぁ、俺が勝手にそう予測してるだけなんだけどさ。

 

 俺があんまり変化ないのに対して、アリーセは随分と変わった。

 絶壁だった部分も今は掴める程度にまで成長したし、纏う雰囲気も美少女から美人へと変わった。

 背も少し伸びたしな。

 前は俺の胸元のあたりに顔があったが、今や肩よりも上に来ている。

 

 ……こんなに成長が感じられるくらい、シガンシナ区にいたのか。

 もしかしたら、2年か3年は経過したのかも。

 毎日トレーニングして、組手して、立体機動の技術を磨いて、ガスと刃が尽きるまで巨人を殺す。

 ただそれだけの毎日だったのに、時間が流れるのはあっという間だな。

 さてさて、俺の寿命も後10年残ってるのかね。

 俺がユミルの呪いで死ぬ前に、アリーセが平和に生きていける世界を築いておきたい。

 少なくとも、アリーセの安全を完璧に確保した後じゃないと、死ぬに死ねないっつーの。

 

 「髪型をお揃いにしてみました!」なんて言いながらはしゃぐアリーセの姿を横目に、そんな事を考えていた時だった。

 地平線の向こうに、何かが見えた。

 順番に空へと昇っていく緑色の煙。巻き起こる土煙。

 ……マジかよ。

 もしかしなくても、調査兵団の壁外調査だ。

 

「アリーセ、急いで立体機動装置の準備を! その後は前に捕獲しておいた馬を用意しましょう!」

 

「え、え!? ちょっと、急にどうしたんですか!?」

 

「ウォールローゼの方角に、調査兵団の一団が見えました! 今なら壁外調査中の彼らと合流して、壁内に戻れます!」

 

「……! 分かりました。すぐに準備します!」

 

 すぐに俺の意図を理解したアリーセが、立体機動装置を装備し始めた。一足先に準備を始めていた俺は、先に壁から飛び降りて下の民家に繋いであった馬の手綱を握る。

 アリーセから馬術を習っといて正解だったな。

 俺が馬に跨るのと同時、上から降りてきたアリーセもそのまま馬に飛び乗った。

 

「周囲に巨人の姿はありません。ダイナさん、今のうちです!」

 

 よし、運が良い。

 アリーセの報告に頷いて応え、馬の横腹を軽く蹴って走り出すように合図を送る。

 馬が嘶き、猛然と駆け出した。

 

 信煙弾の上がり方から見てまず間違いない。

 あの動きは長距離索敵陣形……つまり、既に団長はエルヴィン・スミスに変わっている。

 キース教官が相手の場合は微妙だったが、エルヴィン団長が相手なら上手いこと取り入ることが出来るだろう。

 好奇心の塊みたいな人だから、いくつか『原作』から得た情報をチラつかせたら、確実に食いつく。

 団長は間違いなく陣形の中心、中列前方にいるはずだ。

 位置はわかる。

 後は追いつくだけなんだが、それが難しい。

 

「ああ、もう! 馬のスペックが違いすぎる!」

 

「やっぱり、調査兵団の馬に普通の馬で追いつくのは無理ですね……」

 

 俺たちが乗っている馬がそこらの農村で生き残っていた個体なのに対して、調査兵団の馬は、普通の市民が稼ぐ生涯年収と同等の金額を注ぎ込まれて生まれた怪物サラブレッド。

 勝てるわけねーよ。

 向こうの馬は約80キロの速度をキープしたまま長時間走り続けられるらしいが、こっちはそんな速度を出したら直ぐに潰れちまう。

 立体機動装置を使えば追いつけるかもしれねぇが、立体物がねぇ。こんな時に限って、調査兵団はひたすら平原を突き進んでやがる。

 

 もう、残されたのは最後の手段だけだ。

 超硬質ブレードを鞘に納め、懐から小型のナイフを取り出す。

 それを見て、アリーセが焦燥を滲ませた声を上げた。

 

「待ってください! 確かに巨人化したダイナさんの速度なら追いつけるかもしれませんが、調査兵団に正体が……!」

 

 どちらにせよ、早いか遅いかの違いだ。

 あのエルヴィン団長を相手にどこまでやれるか分からないが、取り入るための策は考えて考えてある。

 対話さえ出来れば、チャンスはあるだろ。

 問題はエルヴィン団長の所に辿り着くより早く、リヴァイ兵長とぶつかってしまう可能性。

 リヴァイ兵長にだけは勝てる気がしない。遭遇したらこっちが死ぬ。

 

 まあ要するに、博打だ。

 けど、やるしかねーってヤツだな。

 このまま延々とシガンシナ区に留まる訳にもいかない。大手を振って壁の中に入り込む絶好のチャンスを、そう簡単に逃してたまるか。

 覚悟を決めて、俺は馬から飛び降りる。

 と、同時に手のひらをナイフで浅く切り裂いた。

 

 空から雷光が降り注ぎ、轟音と共に巨人の肉体が生成されていく。

 サバイバル生活の間、鍛えていたのは対人格闘術と立体機動だけではない。

 巨人化能力という最大の切り札も、他の2つに負けないくらい訓練を重ねている。継承した『記憶』から推察しても、今の俺なら歴代の女型の巨人継承者の中でもトップクラスの実力者だという自負があるくらいだ。

 

 巨人化の際に発生した蒸気を駆け抜けて、馬上にいたアリーセを軽く握って回収。彼女が俺の髪を掴んでしっかりと肩の上に立ったのを確認して、一気に地面を蹴り飛ばす。

 踏みしめた大地にクレーター作り出し、俺は地震かと錯覚するほどの振動と共に駆け出した。

 直後、長距離索敵陣形の後方あたりから赤の煙弾が打ち上げられる。

 

 流石はエルヴィン・スミス考案の長距離索敵陣形。

 この距離でも俺の姿を発見できるのか。

 続いてすぐに緑色の煙弾が打ち上げられ、俺を避けるようにして進路が右に傾く。

 

「ダイナさん、陣形の両端には近づかないでください。索敵班に早期に発見されると、また進路をズラされてしまいます。いくらダイナさんの方が速くても、こうも避けられると追いつくのに余分な体力を使う事になりかねません。調査兵団と戦闘、という最悪のケースを考えると、出来る限り体力は温存した方が良いでしょう。こちらは相手を殺さずに無力化する必要があるので、蹴散らすのも骨が折れると思いますし」

 

 了解。

 要するに、ど真ん中を突っ切れって事だろ。

 長距離索敵陣形は、上から見ると先端が丸みを帯びた戦闘機のシルエットのように見える。

 後方の両端が広がっているから、そこに近づくと中心部からかなり遠い位置で発見されるって訳だ。

 だから陣形の端を避けて、真後ろから迫る必要があるんだが……難しいな。

 今の俺は、陣形の左翼後方辺りにいるらしい。

 まずは一度陣形から離れて、中列の後方の位置まで移動する必要がある。

 俺たちの目的であるエルヴィン団長は、原作知識が正しいのなら次列中央にいるはずなのだから。

 

 ……はぁ。

 骨が折れるが、仕方ねえ。

 左翼側から突撃したら、延々と右へ右へ逃げられるだろうし。

 今のところ煙弾の色は赤色だから、奇行種としては判断されてない。

 これはラッキーだ。

 奇行種の判断をされない限りは、まだ戦闘には発展しないはず。

 今のうちに中列へと移動すべしだ。

 

 口から蒸気を吐き出しながら、さらに加速。

 既に怪物サラブレッドを大きく上回る速度――約100キロ以上は出てるだろう。

 うん、チーターでも追い抜けそうだ。

 相変わらず女型の走行速度はやばい。

 しかも100キロも出てるくせに、これはまだ『王家の血筋』でブーストしてない段階なんだよな。

 実はさらに加速するためにちょっとした技を開発しているんだが、今は必要ねーな。素の性能だけでいけそうだ。

 

「……! 前方右手に兵士です。数は5人。中列後方の荷馬車護衛班のようですね」

 

 よし、放置の一択で問題ないな。

 荷馬車と共に行動する彼らは、移動速度がかなり遅い。簡単に追い抜かせる。

 と、思ったその時。

 少し前を走っていた調査兵たちが、甲高い金属音と共に超硬質ブレードを引き抜いた。

 おいおいおい、そこは赤の煙弾を打ち上げて団長の指示を仰げよ。なんでいきなり戦闘態勢に入ってんだよ。

 黒の煙弾も打ち上げられてないし、まだ奇行種として判定されてねぇだろうが。

 

 もしかして、新兵か?

 本当なら真っ先に煙弾を撃たないといけないが、巨人の姿を見てパニックになったとか?

 それなら、いきなり戦闘態勢に入ったのも頷ける。

 俺たちからすれば、まったくもって嬉しくないリアクションだがな。

 巨人の姿で巨人を殺したことも、人間の姿で巨人を殺したこともあるが、巨人の姿で人間と戦うのは初めてだ。

 しかも、相手は殺してはいけないというハンデ付き。

 楽に団長の所まで行かせてくれそうにねぇな。

 

「ぜ、全員で一斉にかかれぇ! 足を削ぐんだ! まずは動きを止めるぞ!」

 

「「「お、おおっ!!」」」

 

 先頭を走っていた兵士が、やや怯えが滲む声で号令をかけた。

 5人の兵士が馬から飛び降りて立体機動に移るのと同時に、俺は指先でアリーセを髪の中に隠す。俺の女型はアニのと比べて髪が少し長いから、人間1人くらいなら簡単に隠れられる。

 

 アリーセが姿を隠した直後、俺の体にアンカーが突き刺さった。

 素早く視線を走らせて、周囲を飛び交う兵士の位置とアンカーの突き刺さった位置を確認を行う。

 アンカーの位置はうなじ、右腕、左足首、額、左肩の5箇所か。

 急所に加えて、どれも巨人への攻撃が成功すれば大きく相手の動きを制限できる箇所ばかり。

 右腕と左肩なら腕の筋肉が狙えるし、左足首なら当然、足が狙える。額のは俺の視覚を狙ってるんだろう。

 5人の兵士による、5箇所同時攻撃。

 普通の巨人なら、まず間違い無く倒せるな。見事な連携だ。

 

 ……まぁ、俺には通じねぇがな。

 5人の兵士たちが一斉にガスを蒸し、両目、足首、両腕、うなじを狙って急接近してくる。

 が、彼らの刃が届くより、俺の動きの方が早かった。

 狙われた5箇所の部位が、一斉に青白い光を放つ。そして硬質化した肌が、俺を攻撃した超硬質ブレードを反対に砕いた。

 

「なっ……!? 刃が通らない!?」

 

「こっちもだ!」

 

「眼球にも刃が届いてねえ!」

 

 うなじを狙っていた兵士が驚愕の声を上げると、他の兵士も次々と困惑した声を出す。

 気持ちは分かるけど、最初の奴のセリフはやめろ。

 死亡フラグ感がハンパじゃないから。

 

 そんな感想を心中で抱きつつ、俺は大きく跳躍。

 空中で横回転して、体に突き刺さったアンカーをまとめて吹き飛ばす。その際に兵士たちも一緒に吹き飛んでいったが、死んではねぇだろう。

 骨折の可能性はあるが、こっちも殺そうとしてきた相手を無傷で帰してやるほどお人好しじゃねーよ。

 殺しはしないが、多少の負傷は覚悟してもらう。そしてその負傷が無垢の巨人に食われる原因になっても、流石にそこまでは面倒を見きれない。

 俺たちだって生き残るのに必死なんだ。他者に気を配るにしても、限度があるっつーの。

 

 無力化した5人組に背を向けて、移動を再開。

 しかし、走り出して間も無く空に黒い煙が打ち上げられる。

 咄嗟に煙弾の発射地点を見れば、今まさに信号銃を下ろす兵士の姿が。

 チッ、今の戦闘を見られてたってことか。

 

 さぁ、ここからが厄介だ。

 次々襲いかかってくる調査兵を殺さないよう手加減しつつ、陣形の最奥まで進まねぇといけない。

 何だその難易度ルナティックな鬼畜ゲーは。

 だが、やらなければ俺とアリーセの生存権は得られねえ。

 やってやる。

 

「オオオオオオオオオオオオッ!」

 

 俺は雄叫びを上げながら、超硬質ブレードを握りしめて飛び掛かってくる無数の兵士たちの中に突っ込んだ。


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