カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第11話 無謀な交渉

 もう随分と聞き慣れた射出音と共に、無数のアンカーが俺に向かって打ち出された。

 それらを身を屈め、硬質化した拳で弾き、時に跳躍して躱していく。ただの1つも体に刺させてやらない。

 

「くそっ、何なんだコイツは!? 並みの巨人とは運動性能が違いすぎる……!」

 

「奴の体にアンカーを刺すのは無理だ! 周囲の立体物を利用しろ!」

 

 何度やってもアンカーが刺さらないことに1人の兵士が苛立ちの声を上げ、それを聞いた隊長格の兵士が指示を出す。

 おっと、そうはさせねぇ。

 周囲の地形を確認。

 この辺りは僅かに木々があるだけの平原で、立体物の数は少ないな。

 立体機動に使えそうな木は……あっちの2つか。

 いくつかある木の中から最もアンカーを刺すのに理想的なモノを割り出した俺は、薙ぎ払うような蹴りでアタリをつけた木々をなぎ倒す。

 俺も立体機動が出来るようになったから、兵士の動きは大体読めるようになってんだよ。

 

 今まさにアンカーを刺そうとしていた木が倒されたことで動揺した兵士が数人、空中での姿勢制御に失敗して地面を転がった。

 うわ、今のは絶対に痛い。

 あの人とか顔面から落ちたけど、死んでねーよな?

 ケガくらいは大目に見てくれる可能性もあるが、流石に殺したら話し合いに応じてくれなくなる。

 

 くそっ、本当にやりにくいな。

 巨人の力は簡単に人間をミンチにしてしまうから、加減が本当に難しい。

 いつまで続くんだよコレ。

 そろそろ陣形のど真ん中だと思うんだが、エルヴィン団長の姿は未だに見えない。

 

「ダイナさん。体力はまだ大丈夫ですか?」

 

 終わりの見えない現状に辟易していると、俺の髪の中に隠れていたアリーセが小声で話しかけてくる。

 軽く頷いて、俺は肯定を示した。

 『獣』を見習って巨人の姿でも人語を話せないか努力はしたんだが、まだ片言になるんだよなあ。

 どんだけ練習すれば、あんなに上手いこと喋れるんだか。

 

 ……っと思考が逸れた。

 慌ててアリーセへと意識を戻す。

 

「見てください、紫の煙弾です。あの煙弾の意味は……」

 

 ――緊急事態発生。

 アニメでは、最初の壁外調査で馬を失ったジャンが打ち上げている。

 陣形のど真ん中から、紫の煙弾だ。

 そろそろ向こうも本気でこっちを潰しに来る……っつ!?

 ゾワッ、と。

 背中に氷でも押し当てられたのかと錯覚してしまうほどの悪寒に見舞われて、俺は咄嗟に両手でうなじを覆い、硬質化までして防御姿勢をとった。

 直後、ガッギィィンッという甲高い音が鳴り響く。

 音の出どころは、当然ながら俺のうなじ。

 

 パラパラと舞い散る、砕けた超硬質ブレード。

 舌打ちしながら刃を換装する彼は、見間違えることなく。

 

「……チッ、どうなってやがる。確かに仕留めたはずだが」

 

 人類最強。

 九つの巨人すら単独で屠る、最強の兵士。

 リヴァイ兵士長。

 

 冷徹な光を放つリヴァイ兵長の三白眼と視線が交差した瞬間、俺は理屈ではなく本能で悟る。

 ダメだ、勝てねえ。

 初撃を防げたのは奇跡に近い。

 攻撃の瞬間のリヴァイ兵長の姿が見えなかった。硬質化した指から感触が伝わって、やっと攻撃されたと気づけたほど。

 ひたすら防御に徹してガスと刃が尽きるを待つことも出来るが、それをやっていたら本命のエルヴィン団長を取り逃がす。

 そもそも、女型はそこまで防御が得意じゃねぇ。

 ソレは鎧の領分だしな。

 

 リヴァイ兵長が様子見している、この一瞬の間に判断しろ。

 人類最強の兵士を出し抜き、目標に追いつく方法を。

 ……そんな方法、1つしかない。

 

 全力で逃げるのみ!

 

 ここで兵長と戦って、俺が得することなんてゼロだ。

 無駄に体力を消費するだけで終わる。

 ここで巨人の力を使い果たしてしまったら、ほぼ間違いなく死んじまう。

 

 片膝をついて両手にうなじに当てるという、防御姿勢を解除。

 立ち上がると同時に大地を蹴り飛ばし、全力疾走を開始する。

 

「兵長、奇行種がさらに陣形の奥へと!」

 

「騒ぐな。見りゃ分かる。全員、騎乗して奴を追うぞ!」

 

「「「ハッ!!」」」

 

 信じられないほどの早さで立体機動から馬での移動に移ったかと思うと、俺との距離が300メートルも離れないうちに追跡を開始し始める兵長たち。

 ふっざけんなよ。

 この程度の距離なら、周囲に立体物が増えて兵長たちが立体機動できるようになったらすぐに詰められるぞ。

 少しでも立体物の少ない平原を走り続ければ良いんだが……

 

 そこで、陣形の次列中央――エルヴィン団長から煙弾が打ち上げられた。

 色は緑。意味は進路決定。

 煙弾の示す先に見えるのは、巨大樹の森。

 冗談じゃねぇぞオイ!

 そんな所に入り込まれたら、立体機動装置の本領を発揮した兵長にズタボロにされて死ぬわ!

 兵長1人でも勝てるか分からねえのに、パッと見て15人以上の調査兵がリヴァイ兵長と一緒に追いかけてきてる。

 勝ち目なんて万に1つもない。

 全力での殺し合いならともかく、こっちはハンデ付きなんだよ馬鹿やろう。

 

「……いけます! この速度差なら、追いつかれるより早く団長の所に辿り着けますよ!」

 

 少しずつ小さくなっていく兵長の姿を見てアリーセが喜びの声を上げるが、その認識は甘い。

 俺たちが敵に回しているのは、人類のためなら自らの命すら喜んで投げ出す調査兵団。

 馬でも追いつかないと分ったなら、次は間違いなく死を覚悟しての時間稼ぎを行ってくる。エレンを追跡するアニにしたように。

 

 そんな俺の予想が正しいことは、次の瞬間に証明された。

 太ももの辺りを狙って、兵士の1人がワイヤーを射出してくる。

 それを見た俺はすぐさま太ももを硬質化。

 アンカーを弾き、相手が立体機動に移るのを阻止する。

 

 だが、それでもその兵士は止まらなかった。

 アンカーを刺すのは無理だと判断した彼は、ガスの噴出だけで強引に俺に追い縋ってくる。

 自滅覚悟の一撃。

 躱されても、俺が回避行動を取れば走る速度が僅かに遅くなる。反撃を受けて殺されても、やっぱり時間は稼げる。

 稼げる時間が例え瞬き一回分ほどの僅かなものでも、その一瞬を得ようと死力を尽くす。

 これだから、調査兵団はカッコいい。

 カッコよくて、しかし報われない姿が哀れで仕方ない。

 

 名も知らぬ兵士が行う決死の攻撃を、俺は硬質化であっさりと防ぐ。

 リヴァイ兵長ほどデタラメな速度で攻撃されたら、硬質化するヒマもない。けど並みの兵士の攻撃の速度と比較するなら、俺の硬質化に軍配が上がる。

 甲高い音がして、弾かれた超硬質ブレードが砕け散った。

 攻撃を防がれた兵士と目が合う。

 彼が浮かべるのは恐怖と、無念と、絶望の表情だ。

 

 そんな顔するくらいなら、特攻なんてやめてくれよ。

 大地へと落ちていくその兵士を殺さないように優しく握り、立体機動に使えそうな木がある方向へと投げる。いきなり放り投げられた彼はかなり驚いた表情をしていたが、咄嗟にアンカーを突き刺して木の上に着地した。

 それを見届けて、俺は再び前を向く。

 

 ……見えた!

 

 数人の兵士を従えて、馬で疾走するエルヴィン団長の後ろ姿。

 後は団長以外の兵士を一時的に無力化して、団長と話が出来る環境を作れたら俺たちの勝ちだ。

 数十秒もあれば、エルヴィン団長の興味を引ける言葉を発せられるのだから。

 団長が興味を持ってくれれば、取り敢えず話をするために周囲の兵士を制止してくれるだろう。

 尤も、以上のことをリヴァイ兵長が追いついてくるまでにやらないといけないってのが難しいんだけどな。

 

「ダイナさん!」

 

 左肩の上から、アリーセがつんざくような悲鳴を上げた。

 咄嗟に振り返ると、真後ろにすでに超硬質ブレードを逆手に構えたリヴァイ兵長の姿。

 これ、硬質化が間に合わねぇ……!?

 硬質化による防御を諦め、咄嗟にうなじを右手で覆う。

 次の瞬間、右手から指の感覚が消えた。

 真紅の液体と共に飛び立っていく、5本の指先。

 

 それに驚いている時間もない。

 いつの間にか左肩にアンカーが打ち込まれており、リヴァイ兵長はお得意の連続攻撃の体勢へと入っている。

 高速回転する、兵長の小柄な体。銀の円環と化した兵長が、俺の首を落とすべく加速し――

 

「るるるるあああぁぁッ!」

 

「……!」

 

 髪の中から飛び出したアリーセが、リヴァイ兵長の一撃を防いでいた。

 力負けしたアリーセが吹き飛び、彼女が握っていた超硬質ブレードが砕ける。対して、リヴァイ兵長の刃は折れていない。

 その差が、アリーセとリヴァイ兵士長の実力差を明確に語っていた。

 俺の肩から落下するアリーセを、慌てて左手で受け止める。

 

 まさか巨人の肩に人間が乗っているとは思わなかったのか、不意をつかれた兵長も一度俺から離れていった。

 か、間一髪……!

 念のためにアリーセに隠れてもらってて正解だったな。

 まさか、リヴァイ兵長でも巨人に人間の仲間がいるとは思わねぇだろう。

 俺の髪の中に隠れていれば、高確率で奇襲に成功できる。リヴァイ兵長に隙を作れる。

 

 目論見通り生まれた僅かな猶予期間を利用して、俺は走りながら再生したばかりの右手で大地を抉って大量の土砂を握りしめる。そして握りしめた土砂を、エルヴィン団長の進行先へと投擲。

 ぴったしエルヴィン団長の目の前に落ちた土砂によって、団長の馬が嘶きをあげて停止する。

 

「ダイナさん、今です! アレを!」

 

 言われずとも!

 王家の血筋を引く(ダイナ)だから出来た、本来の女型の巨人なら有さない能力の1つ。

 ――範囲硬質化!

 握りしめた右手の平を地面につけ、硬質化を発動。

 俺の右手を中心に巨人の硬質化によって生まれる結晶が広がっていき、周囲に高さ15メートルほどの壁を円形に作り出す。その半径は50メートル。

 ミニサイズの『壁』の完成だ。

 

 いきなり自分達の周囲に壁が生成された事に驚愕して、混乱状態に陥る調査兵団。

 そんな彼らの前で、俺は堂々と巨人のうなじから本体を曝け出す。

 

 さぁ、第二の正念場だ。

 頭の良くない俺が、壁内人類最高峰の頭脳を持つエルヴィン・スミスを相手に、果たしてどこまで出来るのか。

 舌戦の地力では完全に負けてるが、情報戦の有利は俺が優っている。

 可能性はあるだろう。

 緊張で引き攣る顔を無理やり無表情に制し、俺は口を開く。

 

「……エルヴィン・スミス団長。私達は貴方と交渉がしたい。私達が差し出すのは、貴方たち調査兵団がその命をかけてまで求めている『情報』。見返りとして求めるのは、壁内での生存権です」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 エルヴィン・スミスを含む調査兵団は、その全員が混乱の極みにいた。

 後から追いついたリヴァイ兵長もまた、突如として出現した15メートルの円形の壁の上で視界に映る光景に呆然とする。

 膝をついて停止する巨人。

 その巨人のうなじから姿を現した、金髪の女性。

 彼女に寄り添うようにして立つ、調査兵の姿をした茶髪の女性。

 そして金髪の女性が発した言葉の内容。

 どれもが、彼らを極度の混乱に突き落としている。

 

 しかし流石と言うべきか、真っ先に冷静さを取り戻したのはエルヴィン団長だった。

 

「総員抜剣! 奇行種を包囲し、警戒態勢を整えよ!」

 

 腹の奥に響くほどの声量でもって、周囲の兵士を正気に戻らせると同時に指示を出す。

 それを見た金髪の女性は無言で自分の指先を小型のナイフで浅く切り裂き、茶髪の女性は折れた刃を捨て、新しい刃を換装した。金髪の女性が出血する指先を掲げ、エルヴィンに負けないほどの声量で以って叫ぶ。

 

「全員動くな! 私達に戦闘の意志はない! だがそちらから攻撃した場合、私は再び巨人となり、自衛として反撃を行う! 私が巨人の体を生成し、意のままに操ることが出来るのは、既に見せた通りのこと!」

 

 金髪の女性の言葉で調査兵団に激震が走り、誰もが怯えた表情で剣先を突きつける。

 しかし、動く者は1人もいない。

 目の前の恐怖を払拭してくれるのを求めるかのように、視線をチラチラとエルヴィン団長とリヴァイ兵長に向けた。

 それに応じるかのように、エルヴィンが口を開く。

 

「君達は何者だ? 少なくとも、私は正体も分からない相手と交渉は出来ない」

 

 探るようなエルヴィンの質問。

 その問いかけに先に答えたのは、茶髪の女性の方だった。

 

「ウォールローゼ、カラネス区出身! 93期訓練兵団第2位卒業生アリーセ・エレオノーラです! 調査兵団に所属していました。ウォールマリア奪還作戦の折に壁外に取り残されましたが、彼女――ダイナさんに助けてもらい、現在までシガンシナ区で食料を確保しつつ生活していました! ウォールマリアの壁上から信煙弾が見えたので、調査兵団と合流できると思いこうしてやって来ました!」

 

 茶髪の女性――アリーセの言葉に、調査兵が顔を付き合わせて困惑する。

 

「あっちの女は人間なのか?」

 

「93期の調査兵だと言っていたぞ。誰か、彼女と同期の者はいないのか!?」

 

「俺、アイツ見たことあるぞ! 確か3年前に戦死したクリストフ隊長の部下に、エレオノーラって女兵士が……」

 

「じゃあ、本当に茶髪の方は人間……」

 

「ならどうして巨人なんかの味方をしてるんだ!?」

 

 次々と調査兵の間から声が上がり始めた。

 それを、リヴァイ兵長が靴底で地面を蹴りつけながら一喝して黙らせる。

 

「お前ら静かにしろ。今エルヴィンが喋ってる。テメェらが声を出していいのは、エルヴィンがあのデカブツ女に対して攻撃命令を出した時だけだ」

 

「「「は、はっ!」」」

 

 再び場を静寂が支配したのを確認して、エルヴィンは金髪の女性――ダイナへと向けた。

 

「次は君の自己紹介を聞いても?」

 

 エルヴィンに促されてダイナは頷き、口を開く。

 

「私はダイナ。壁の外にある『人間の世界』から来た者です。そして……エルヴィン団長、貴方の父親の仮説が正しいと証明出来る者でもあります」

 

 エルヴィン・スミスの瞳が、ダイナが巨人のうなじから出てくる場面を見た時よりも大きく見開かれた。


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