カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第14話 壁外調査へ

「おい起きろ!」

 

 そんな怒声と共に、疲れて果ててベッドの中で眠っていた俺の首根っこが掴まれる。直後、布団と共にもの凄い勢いで投げ飛ばされた。

 咄嗟に空中で身を捻り、受け身を取りながら床の上を転がって勢いを殺す。

 そしていつも懐に忍ばせている護身用のナイフを取り出して、奇襲を仕掛けてきた相手を確認すべく顔を上げると、不機嫌そうに俺を見下ろすリヴァイ兵長と目が合った。

 

「いつまで寝ぼけてやがる。さっさと支度しろ。起床時間はとっくに過ぎている」

 

 リヴァイ兵長はそれだけ言い残すと、地下牢の中に作られた俺の部屋から出て行ってしまう。

 まさか、今のって起こされただけ?

 兵長……流石に乱暴すぎるわ。

 奇襲された訳ではないと分かると、ナイフを構えている自分が急速にアホらしく見えてくる。

 何とも言えない気分で立ち上がりながら、俺は言われた通り朝の準備を始めた。

 

 寝巻きを脱ぎ捨て、支給された兵士の制服を身に纏う。

 手早く歯磨きを済ませて顔を洗い、地下牢から出て兵長が去って行った方向へ。

 つーか、鍵すらかけてない地下牢って意味あんのか?

 もう旧本部の中を自由に歩くのが許可される程度には信用してくれてるなら、普通の部屋を与えてくれても良いんじゃねーの?

 

 そう、この旧本部に来てからそれなりの時間が経過した。

 2、3ヶ月くらいか。

 その期間の間なにしてたって話だが、別段これといったイベントは発生していない。エルヴィン団長と何度か会話して、ハンジさんの質問攻めをやり過ごし、空いた時間をアリーセとのんびり過ごす。それを繰り返していただけだ。

 俺の巨人化能力の研究にも一旦区切りがついたらしく、ここ何週間は巨人化してないしな。

 今のハンジさんは、俺が硬質化で生み出した結晶をあらゆる手段で分析しようとしてるらしい。

 

 調査兵団の面々ともある程度は親しくなり、挨拶を交わすようになった。

 バリバリに警戒されてるのは変わらないが、ここに来た当初よりは随分とマシになっただろう。少なくとも、後ろから話しかけただけで刃を向けられることは無くなった。

 いや、ホント、事あるごとに超硬質ブレードを構えるのをやめて欲しかったんだよ。

 

「あ、ダイナさん。おはようございます」

 

「ん、おはようアリーセ」

 

 怯えた表情で超硬質ブレードを振り回す調査兵の姿を思い返しながら通路を歩いていたら、ちょうど部屋から出てきたアリーセと出会った。

 軽く挨拶を交わして、自然と連れ立って歩き始める。

 

「あー、もー。ダイナさんってば、また髪がグシャグシャのまま……。髪を結べとは言いませんから、せめて櫛で梳いてください」

 

「いきなりリヴァイ兵長に放り投げられて起こされたから、今日は髪を整える時間がなくて」

 

「今日は、じゃなくて今日も、でしょう。……って、ちょっと待ってください。放り投げられて起こされたってどういう事ですか?」

 

 頬を膨らませたアリーセが、懐から取り出した櫛で俺の髪を梳きながら質問してくる。

 俺が懐に入れてるのがナイフなのに対して、アリーセは櫛か。

 こういうところで女性(真)と女性(偽)の差が現れてくるな。

 なんて思いながら、俺は今朝の顛末を話す。

 

「ノックもせずに女性の部屋に入って来たんですか!? しかも寝ている女性の首根っこを掴んで投げるとか、酷すぎます! 絶対に女性にモテませんよ、あの人」

 

 残念、モテモテです。

 ペトラさんを筆頭に、男からも女からも人気がある。

 何せ「兵長に踏まれ隊」なんていう猛者が集う集団まであるからな……。

 憤慨するアリーセの横で、俺は「兵長になら何されても良い!」と頬を染めて身悶える日本の幼馴染(女)の姿を思い出す。

 あのような高度な変態まで生み出してしまうとは、兵長のカリスマ恐るべし。

 

 そんな感じでアリーセと談笑しているうちに、目的地である少し大きめの部屋に到着した。

 木製の扉を開いて、中へと入る。

 部屋の中にはエルヴィン団長、リヴァイ兵長、ハンジさんに加えて、見知らぬ兵士が3人ほど。

 いつも俺の監視をしていた兵士とは違うな。

 ここ数ヶ月の間で、旧本部に常駐していた兵士の顔と名前は全部覚えた筈だ。なのに見覚えがないという事は、今日ここにやって来た新顔ということになる。

 ……いや、待てよ。

 1人は完全に見覚えがないが、残りの2人は見覚えがあるような。

 まぁ、今はいいか。どうせ後で紹介されることになるだろう。

 

 そう結論を出し、俺は彼らから視線を外す。

 

「朝から呼び出してごめんねー。でも、ようやく次の壁外調査の予定が決まったんだよ」

 

 壁外調査……ついに来たか。

 実は少し前から、エルヴィン団長に次の壁外調査に参加して貰うと言われていたんだよな。

 説明するから座って座ってと、ハンジさんが俺とアリーセに椅子を差し出した。

 机を挟んでハンジさん達と向かい合う形で、俺たちは席に着く。

 それを見て、エルヴィン団長が口を開いた。

 

「まず壁外調査の目的だが、トロスト区からシガンシナ区へと大部隊を送り込むための経路を構築することだ。今回は壁外に補給拠点を作ろうと思う」

 

「壁外に補給拠点……。そんな事が可能なんですか?」

 

 せっかく作った拠点が、巨人によってあっさりと壊される未来しか見えないんだが。

 そう思って質問すると、ハンジさんが嬉々として話に割り込んできた。

 

「そこで活躍するのが、君の巨人の力だよ! 君が私たちと最初に出会った時に見せてくれた、巨大な壁を作る能力があるだろう? あれで簡易的な補給拠点を作るんだ。君の硬質化で構築された拠点なら、そう簡単に壊されることもないだろう」

 

 ああ、なるほど。

 確かに『範囲硬質化』なら、瞬時に巨大な建造物を作れるだろう。

 だがこの作戦には、1つ問題がある。

 

「巨人の力を貸す約束ですから、言われた通りにはやるつもりです。しかし、私の硬質化も万能ではありません。壁のように単純な作りの建造物なら素早く構築出来ますが、複雑な建造物を建てるには時間がかかります」

 

 補給拠点と言うからには、前のように円形に壁を作れば良いってもんじゃないだろう。

 作りたい建造物が複雑になればなるほど、形成するのに時間がかかってしまう。

 後、俺が作りたい建造物の構図を正確に理解しておく必要もあるな。

 何なら、見取り図を見ながらやらせて欲しいくらいだ。暗記にはあまり自信がねぇ。

 そういった旨のことを伝えると、エルヴィン団長が微笑と共に俺の懸念を払拭した。

 

「そのような複雑なものは要求しない。イメージ図としては、このようなものだ」

 

 エルヴィン団長が机の上に紙を広げる。

 覗き込んで見れば、縦長の箱のような建造物が描かれていた。

 長方形型の建物で、高ければ高いほど良いらしい。

 天井には人が通れるくらいの隙間がいくつか描かれてるな。これは……立体機動で建物の上から入ることを想定してるってことか。

 あとは普通の入り口も1つ。

 この入り口は間違っても巨人が通れないように、1メートル半ほどの大きさが良いとのこと。

 

 ……まぁ、このくらい簡単なものなら、そんなに時間はかからねぇな。

 しかし、出来るだけ高さは欲しいってか。

 面倒くさいことを言ってくれやがる。

 俺の女型の巨人はそこまで硬質化能力に特化している訳じゃねえ。

 本来、硬質化でモノを作るのは『戦鎚の巨人』の専売特許だ。

 この『範囲硬質化』は王家の血筋の力で無理やり巨人の真価を引き出して使うもので、使うと一気に体力が持って行かれるんだよ。

 限界サイズの建物とか建てたら、しばらくは巨人化出来なくなるぞ……。

 後、俺は疲労で動けなくなっちまう。

 俺がウォールマリアを塞がなかったのも、これが理由だ。巨人が跋扈するシガンシナ区の中で、動けなくなるのは流石にリスキーすぎるわ。

 そして、そのタイミングを見計らって襲撃されたら終わりだ。迎撃も出来ずに殺される。

 

 ぶっちゃけ言って、やりたくねぇな。

 けど、今さらやっぱり無理ですとか言える雰囲気でもねーし。

 調査兵団には悪いが、余力を残せる程度にセーブして作るとしますか。

 

「……分かりました、やってみます」

 

 そう言うと、ハンジさんが歓声をあげた。

 朝っぱらから本当に元気だ、この人。

 リヴァイ兵長に「うるせぇ!」と怒鳴られても、全く騒ぐのをやめようとしない。

 そんな2人を横目に、俺とエルヴィン団長は会話を続行。

 

「では次に、今回の壁外調査で君と行動を共にする兵士を紹介しよう」

 

 エルヴィン団長がそう言うと、今まで部屋の隅っこにいた兵士達が一斉に俺の前に並んだ。

 数は3人。

 男が2人で、女が1人だ。

 一番左端にいた男の兵士が、公に心臓を捧げる敬礼を取って自己紹介を始める。

 

「特別作戦班に配属されました、フォルカー・バルヒェットです!」

 

 身長190を超える巨体に、ツンツンと逆立つ赤茶色の髪の毛が特徴的な人だ。彫りの深い顔立ちで見下ろされると、威圧感がすごい。

 なんか悪役レスラーとかやってそうだな。

 兵服の上からでも分かるくらい、筋骨隆々だし。

 

「同じく、テオバルト・シュライヒです」

 

 次に名乗りを上げたのは、真ん中に立っている男性。

 背の高さは俺より少し高いくらいだから、170センチくらいか。先ほどのフォルカーって人と比べたら、随分と小柄に見えてしまう。

 うーん、やっぱり見たことある気がするんだよなー。

 『原作』?

 いや、違う。

 いくら進撃の巨人を読み込んだ俺でも、モブ兵士の顔まで覚えてはいねぇよ。

 じゃあ、どこで……あ!

 

「あ、ああ! あの時の特攻してきた人!」

 

 思わす小声で叫んでしまう。

 巨人化して長距離索敵陣形のど真ん中を突き進んでいる時に、ガスの噴出だけで俺に追いすがり、決死の攻撃をしてきたあの兵士だ。

 やっと思い出せてスッキリした。

 

「同じく、ラウラ・ローヴァインです!」

 

 最後に名乗りを上げたのは、綺麗な金髪をサイドテールにした女兵士。

 美しいと言うよりは可愛らしい。美人というより美少女と、どこか幼さを感じさせる顔立ちだ。

 身長もかなり低く、リヴァイ兵長よりさらに5センチは小さいだろう。

 155センチってところか。

 ……女性にしては普通じゃね?

 ダイナが背が高すぎるせいで、地味に感覚がおかしくなってんな。

 

 で、こっちもやっぱり見覚えがある。

 テオバルトさんの時と同じく顔を凝視して記憶を掘り返していると、ラウラは何やら不機嫌そうにそっぽを向いた。

 その後は俺とは絶対に目を合わせようとせず、無言でアリーセの方をガン見し続けている。

 なんだ……?

 巨人化能力者にいい感情を持ってない側の人か?

 ならば、どうして俺と同じ班に配属されることを了承したのやら。拒否権がなかったのか?

 

「……あ!」

 

 などと思考を巡らしていると、隣に座っていたアリーセが先ほどの俺のように声をあげた。

 

「知り合い?」

 

「調査兵団と合流した際に、私たちが助けた兵士さんですよ! ほら、ダイナさんが作った壁を乗り越えてきた15メートル級に捕まっていた人です!」

 

 アリーセに言われて、ようやく俺も思い出す。

 調査兵団に対して敵意はないと証明するために、調査兵を捕らえた15メートル級を俺とアリーセで討伐したんだっけか。

 で、その時に助けたのがこのラウラって子だったんだ。

 どうりで見覚えがあると思った。

 

「以上3名が、特別作戦班に志願してくれた兵士達だ。この3人に君たち2人とリヴァイ兵長が加わり、6人で行動してもらう」

 

 要するに、旧リヴァイ班のさらに先代となった訳だ。

 改めて同じ班になった3人の順に見て、最後にアリーセと顔を合わせる。

 

「何はともあれ……壁外調査、頑張りましょうね」

 

「ええ」

 

 そう言って笑い合い、そこで俺はふと何かおかしいことに気づく。

 ……志願制?

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 トロスト区とシガンシナ区の間に作られた行軍経路にある、今は人1人いない街。

 その街の中央にある広場が、拠点の構築場所だった。

 

「おいダイナ、アリーセ! 絶対に俺から二馬身以上離れるな! 必死で馬を走らせろ!」

 

「は、はい!」

 

 必死で馬を走らせながらリヴァイ兵長の後を追う。すぐ後ろからは、10メートル級が四足歩行で俺たちに迫って来ていた。

 もう少し距離を詰められてしまえば、後ろに手を伸ばした瞬間に手首から先が食い千切られてしまうほどに近い。

 

「兵長、立体機動に移らないんですか!? いくら調査兵団の馬でも、逃げきれません!」

 

 すぐ後ろから聞こえてくる巨人の息遣いに、俺の横を走るアリーセが悲鳴に近い声で叫ぶ。

 全くもって同意だが、原作を知る俺はリヴァイ兵長が何の考えもなしに動く人物でないことは理解している。死ぬほど怖いが、今は兵長を信じて馬を走らせるのみだ。

 

 長距離索敵陣形で巨人の襲撃を避けながら拠点構築予定の街に辿り着いたまでは良かったのだが、その目的地である街に想像以上の数の巨人がいたのが問題だった。

 真ん中の広場だけでも10体という、とんでもない数。

 仕方なく精鋭兵たちが巨人を街の外側へと惹きつけ、その隙に俺たち特別作戦班が中心の広場に行く予定だったのだが……

 

「奇行種……!」

 

 中央に向かう途中、精鋭兵の誘導に釣られなかった奇行種と至近距離で鉢合わせてしまったのだ。

 入り組んだ街の中では、建物のせいで遠距離から発見できないってことか。立体機動戦には理想的な地形だが、索敵という点から見れば最悪の場所でもあるな。

 まさか十字路を駆け抜けた瞬間、右手側の街路から奇行種が飛び出してくるとは思わなかったぞ。

 

 と、そこで後ろからパシュンという独特の音が聞こえてくる。

 立体機動装置の、ワイヤー射出音だ。

 思わず振り返ってみれば、班員となったフォルカー、テオバルト、ラウラの3人が、奇行種へと攻撃を仕掛けるところだった。

 奇行種に追いかけられ始めた直後にいなくなったと思ったら、別ルートに逸れて立体機動に移っていたのか。

 

「フォルカーとテオバルトは足を! 私がうなじを狙うわ!」

 

「「了解」」

 

 ラウラの指示に2人が頷き、それぞれ巨人の太ももに向かってワイヤーを射出。アンカーを突き刺すと、見事に足の腱を削ぎ落とした。

 疾走していた奇行種が頭から地面に突っ込み、動かなくなる。

 ラウラはその隙を逃さず、奇行種の真上から急降下してうなじを斬りとばす。

 

 奇行種の脅威が消えて、アリーセと2人揃って安堵の息を吐いた。

 しかし、その直後にリヴァイ兵長の怒声が飛ぶ。

 

「気を抜くな! 前から来るぞ!」

 

 慌てて視線を前に戻せば、右の通路から2体。左の通路からは3体の巨人がこちらに迫って来ている。しかも、全部が12メートルオーバーだ。

 オイオイオイ、っざけんな。

 まだだいぶ巨人が残ってるじゃねーか……!

 

「お前ら、立体機動に移れ。5人がかりで右の2体を処理しろ。俺は左の3体をやる」

 

 俺が返事をするよりも早く、リヴァイ兵長が左へ向かって飛んでいく。

 

「ダイナさん! 私たちも!」

 

「私とアリーセで手前の13メートル級を相手します! ラウラたちは奥の11メートル級を……」

 

 お願いします、と俺が言い切るより早く。

 ラウラが今装備していた刃を捨て、甲高い金属音を響かせてブレードを換装する。

 

「貴女の指図を受ける気はありません。引っ込んでいてください」

 

 こんな時になに言ってんだこの子!?

 驚愕する俺を無視して、ラウラはアリーセにだけ視線を向ける。

 

「見ていてください、アリーセ姉様。そんな人の皮を被った巨人より、私の方が姉様の隣に立つに相応しいと証明いたします!」

 

 言うが早いが、ラウラは1人で奥の11メートル級へと突っ込んでいってしまう。

 俺とアリーセはもちろん、残されたフォルカーとテオバルトすらも、ラウラの独断専行に戸惑って動けない。

 そんな俺たち4人に、12メートル級が襲いかかってきた。


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