俺の想像よりかなり早く、テオバルトが荷馬車に乗って戻ってきた。
荷馬車を引く馬の上に乗ってるってことは、さっきまで乗ってた自分の馬は向こうの荷馬車護衛班に預けてきたのか?
ま、今はそんなことを気にしてる場合じゃねーな。
自分から言い出した作戦なんだ、絶対に成功させる。そのためにも集中しろよ、俺。
「兵長、荷馬車を借りてきました!」
「すぐにダイナの後ろへ回れ。巨人はもう真後ろだ、モタモタするな」
「はっ!」
テオバルトが手綱を引き、荷馬車を並走する俺たちの後ろへと移動する。ちょうど俺の真後ろに当たる位置だ。
よし、準備は整った。
俺は鞍から腰を浮かし、握っていた手綱を右側を走っていたアリーセへと渡す。
「アリーセ、私の馬を頼みます」
「任せてください。それと、お気をつけて。無理はしちゃダメですよ」
「勿論です。私も死にたくありませんから」
心配そうな表情で気遣ってくれるアリーセを安心させるために俺は微笑を作り、荷馬車へと飛び移る。
……近い。
四足歩行で追ってくる15メートル級の顔が、もうすぐそこにあった。少し手を伸ばせば、手首から先を食い千切られそうな距離。
俺が食いたくて堪らないとばかりに、巨人は涎を垂らしながらガチガチと歯を鳴らす。
「そんなに俺が食いたいなら、くれてやるよ」
小さく呟き、護身用としていつも懐に入れているナイフで、俺は右手の平を浅く切り裂いた。僅かな痛みと共に、少量の血が白い肌から流れ出していく。
その流れ出た鮮血を握りしめるように拳を作り、俺は大きく右腕を振りかぶった。
受け取れ、特大サービスだ。
閃光が瞬いて、『道』から傷口を通して巨人の肉体が送られてくる。骨が現れ、肉が纏わりつき、皮膚がそれらを覆う。
骨肉が渦を巻くようにして現れたのは、俺がアニから継承した女型の巨人。その右腕だ。
熟達した巨人化能力者ならば行うことができる、特定部位のみの巨人化。
荷馬車の上で大きく踏み込み、後ろへと引いていた右の拳を、15メートル級めがけて全力で放つ。硬質化によって青く輝く拳が、蒼白の残光を残して巨人の顔面に突き刺さった。
「ユミルの
無言で殴りつけるのも芸がないので、俺は気合いの雄叫びをあげる代わりに今この場で適当に決めた技名っぽいのを叫び、右の拳を振り抜く。
硬質化した拳は15メートル級の顔面を容易く粉砕し、あまりの威力に巨人の首から上が千切れて吹き飛んでいった。
うなじを破壊してないので討伐こそ出来ていないが、今の俺たちの目的はトロスト区への帰還。要するにこの巨人から逃げることさえ出来ればいいので、トドメを刺す必要はない。
重症を与えて走行不可能にし、撃退するだけで逃げるための時間稼ぎは完了だ。
15メートル級の撃退を確認した俺はすぐに巨人化能力を解除し、女型の右腕から俺本体の右腕を引き抜く。
役目を終えた女型の右腕は、首から上を失って倒れ込んだ15メートル級の体と一緒に地平線へと消えていった。
ミッションコンプリート、任務達成だな。
大きく息を吐いて、俺はアリーセへと預けていた自分の馬へと再び跨る。
「……よくやった。お前のおかげで、俺たちは誰もハズレくじを引かずに済んだ」
アリーセから手綱を受け取っていると、リヴァイ兵長が振り返ることなくそんな言葉をかけてくれた。
作中屈指の人気キャラから褒められてニヤケそうになる顔を必死で無表情に保ちながら、俺は端的に謙遜の言葉を返す。
これで少しでも調査兵団からの信頼度が高くなれば良いんだが。
と、そんな事を考えた次の瞬間。
「ところで、お前は巨人の腕で殴りつける時に何かを叫んでいたが、あれは一部分のみを巨人化するために必要なことなのか?」
馬から落ちそうになった。
顔が真っ赤になっていくのが、自分でも嫌という程にはっきりと分かる。
マジか、聞こえてたのか。馬での走行中は風のせいで声が伝わりにくいから、聞こえないと思ってたんだよ。
これはやばい。恥ずかしすぎるわ。
今すぐ穴掘って入って蹲りたい気分だ。
アリーセやラウラは顔を赤くした俺を見て察してくれたが、リヴァイ兵長は前を向いているので、俺が急に無言になったと思ったらしい。
容赦なく畳み掛けてくる。
「オイ、何とか言え。それともまさか、俺たちには話したくない事情でもあるのか? 急に黙り込んだってことは、何か重大な情報に関係しているのか?」
もう本当にやめてください。
壁が破られて一大事という時にふざけてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
土下座でも何でもして謝罪するから、これ以上俺の心を抉るのは勘弁してくれ。ライフはとっくにゼロだ。
「あの、兵長。その辺りで……」
見兼ねたアリーセがフォローを入れてくれてるが、それをラウラが台無しにする。
口の両端を釣り上げて三日月を形作った彼女は、嘲笑と共に言葉を発した。
「兵長、この巨人さんは『そういう時期』らしいです。顔真っ赤にして俯いて……」
これだけで十分に泣きそうになったが、何よりも辛かったのはこの後の兵長のセリフだった。
兵長は呆れ混じりの声音で。
「お前……いい歳こいて何バカなことしてやがる」
もしアリーセが支えてくれなければ、俺は間違いなく落馬してたと思う。
もう2度とやるまい。
◆◇◆◇◆
途中でふざけたやり取りをしてしまったが、おかげで緊張感がいい感じにほぐれてくれたと思う。皆の手綱を握る力が、幾分か和らいだのが見て分かる。
巨人を前に油断するなど論外だが、気を張り詰めすぎるのも立体機動の失敗に繋がっちまうしな。
緊張で指先が震えて操作ミス、そのまま高速で壁に激突してミンチになりました、なんて笑い話にもならねぇ。
リラックス出来たのなら、恥を描いた甲斐はあっただろ。
……まぁ、そんな意図があってやった訳じゃねぇんだが。
余談だが、兵長は『皆』の範囲に含まれない。この人はそんなの関係なく、常にフルスペックだ。
流石は人類最強、恐るべし。
ともあれ調査兵団の長距離索敵陣形はトロスト区が見える位置にまで進み、俺たち特別作戦班6人も欠員なしで全員帰還だ。
……だが、むしろ本番はここからと言える。
俺たちの視界に映るのは、超大型巨人によって大穴を開けられてしまったウォールローゼの外門。
トロスト区の前には数えるのも嫌になるほど巨人が群がっていて、我先にと穴へと向かっていく。
カルラ・イーターに憑依することでこの世界にやって来た俺が最初に見た、あの地獄のような景色が再現されていた。
しかし、いつまでも愕然としているヒマはない。
こうしている今もまた、巨人が2体ほど穴の中へと入ってしまっているのだから。
誰もが無意識のうちに、超硬質ブレードの柄を握りしめた。その、瞬間。
耳をつんざくような轟音と共に、馬が転倒してしまうのではないかと思うほど大地が震える。大穴の所で巻き上がった粉塵が晴れた時には、大穴が塞がっていた。
……エレンか!
調査兵団が帰還したタイミングと、ほぼ同時。
『原作』の通りの展開に、俺はひとまず安堵の溜息をつく。
しかし、俺が見ているのは漫画やアニメの世界ではなく現実だ。『原作』ならばエレンが穴を塞いだ時点で場面が暗転して、次の話へと時間が飛ぶが、現実ではそんなカットはない。
穴が塞がったのなら、次は一刻も早くトロスト区内に入り込んでしまった巨人を掃討する必要があるだろう。
「お前ら、俺に続け! 中で何があったのか確認する!」
「「「はっ!」」」
リヴァイ兵長から指示が飛び、俺たちは立体機動へと移行した。
ウォールローゼへとアンカーを突き刺し、ワイヤーに引っ張られながら飛翔。ガスを吹かして一気に上昇し、50メートルの壁を乗り越える。
すぐさま壁の内側を覗き込めば、今まさに壁を塞いだばかりのエレンの姿が見えた。近くにはミカサやアルミンの姿もあるな。
だが、原作通りならば油断はできない。
穴を塞いだ直後のエレンたちは、巨人に襲われるはずだ。
鞘からブレードを引き抜いて、俺が壁から飛び降りようとするよりも早く。
超硬質ブレードを逆手に握ったリヴァイ兵長が俺の横を通り抜け、相変わらず意味のわからない速度でエレンの下へと向かっていった。
そして俺の予測通りにエレンを襲おうとしていた巨人のうなじを、目で捉えることすら困難な速度で削ぎ落とす。
なんか、兵長の戦いを見れば見るほどに勝てる気がしなくなってくる。
マジで兵長とは敵対したくねーよ。
本気になったあの人と殺し合うくらいなら、獣の巨人と殴り合った方がまだマシだ。
『獣』は確かに強えが、近づけばあの投石攻撃は使えねえし。素の殴り合いなら、俺にも十分に勝ち目があるはずだ。
仮にも戦士長と呼ばれるジークが弱いとは思わないが、俺は『獣』と相性がいい。
――っと、リヴァイ兵長の戦闘能力の高さにビビってる場合じゃねぇ。
ひとまず、エレンは兵長が保護してくれた。
なら俺がやるべきことは、トロスト区内の巨人を1体でも多く討伐することだろう。
この辺で活躍しとけば、調査兵団以外に俺の正体がバレた時にも有利になる可能性もあるはずだ。
必死で壁内人類のために頑張る感を出しておいて、損はない。
あと純粋に、少しでも多くの人が助かってくれた方が良いしな。特に普通の市民の人たちは。
「アリーセ、外門付近の巨人から討伐していきましょう」
「了解です! けど、その前にまずは補給です。壁外調査でガスも刃も随分と消費してしまいましたから」
そう言われたので、俺はガス管をコンコンと軽く叩いてみる。おおう、本当に補給がいりそうだな。半分も残ってねえ。
あのまま勢いで突っ込んでたらヤバかった。アリーセに感謝だ。
手早く鞘に新しい刃を補充し、フォルカーが持ってきてくれた補給機でガスを補給する。
その間に軽く立体機動装置を点検して、不備がないかを確認。
よし、問題なしっと。
補給と点検を終えて顔を上げれば、同じく準備を整えたアリーセたち特別作戦班の4人が俺を見ていた。
……訂正。
ラウラを除く特別作戦班の3人が、俺を見ていた。
彼女は俺など全く見ておらず、相変わらず隣のアリーセをガン見している。こんな時でもブレねーな、ホント。
アリーセを除けばまだ付き合いの浅い面々だが、壁外調査を通じてある程度の信頼関係を築けた仲間たちに向かって、俺は口を開いた。
「これより、特別作戦班はトロスト区内に侵入した巨人の掃討作戦を開始します!」
俺がそう言うと、アリーセ、テオバルト、フォルカーが超硬質ブレードを引き抜いた。
ラウラは俺が仕切るのが気に入らないのか不満顔だが。
しかし、アリーセが俺についてきてくれる限りはラウラもついてくるだろう。
一応、彼女も兵士だ。
いくら俺のことが気に食わなくても、この緊急時に私情を挟むような真似はしな……いと……良いなぁ。
ひとまずラウラのことは置いておき、俺も超硬質ブレードを引き抜く。
そして剣先を壁の下を歩く巨人に突きつけ、俺は号令をかけた。
「総員、戦闘開始ッ!」
「「「了解!」」」
勢いよく地面を蹴って壁から飛び降り、俺は空中に身を踊らせる。その後にアリーセ、フォルカー、テオバルト、ラウラの順にトロスト区へと飛び込んだ。
上下が反転する世界で俺はぐるりと見渡し、素早く周囲の地形を確認。
付近にいる巨人の位置と、地形を把握していく。
そしてアンカーを突き刺す場所を決めて、トリガーを引いた。
螺旋を描きながらワイヤーが飛び、体の落下が止まる。腹筋の力だけで上体を起こして姿勢制御し、ガスを吹かして加速。
「右方に12メートル級と14メートル級!」
後ろのフォルカーが、巨人発見の報告を叫んだ。
すぐさまワイヤーを射出し、方向転換。フォルカーが発見した12メートル級の方に狙いを定める。
視線だけで、右側にいるアリーセに合図。彼女はすぐに俺の意図を理解して頷くと、ガスを吹かして一気に加速した。
2体の巨人が人間の接近に気づくよりも早く、アリーセの斬撃が放たれる。
12メートル級の右腕を斬り落とすと、彼女はそのままの勢いで急降下。14メートル級の足首を切り刻む。
足の腱を削がれた14メートル級が倒れ込んだところで、俺が飛び込んだ。転倒した14メートル級のうなじを削ぎ落とし、ついでに12メートル級の右足に斬撃を放つ。
今度は12メートル級が転倒する。
「テオバルト!」
「おう!」
標的が転倒したのを見たフォルカーとテオバルトは両手をつなぐと、振り子のようにスイング。勢いをつけて、テオバルトがフォルカーを投げ飛ばした。
振り子運動で加速したフォルカーは一気に転倒した12メートル級へと接近し、見事にうなじを削ぎ落とす。
地面スレスレの超低空で立体機動していた俺は、建物の屋根にアンカーを突き刺して上昇しながら、ファインプレーを見せた男二人組に向かって喝采を送る。
刹那の間に、大型を2体討伐。
上々の滑り出しに、連携した俺たち4人の顔が綻んだ。
その隙が、取り返しのつかない失敗となってしまう。
あまりにも上手く行き過ぎていて、俺はきっと忘れてしまっていたんだろう。
この世界が、どれほど残酷なのかを。
「姉様、下です!!」
少し遠くから観戦していたラウラが悲鳴をあげた。
真下。
4メートル級の小型の巨人が大口を開けて、アリーセに向かって飛びかかる。
俺とラウラが最大出力でガスを吹かして加速するが、僅かに間に合わない。
ふざけんな。
守るって誓ったんだ。
こんな簡単に、こんなアッサリと、一番大切な人を奪われてなるものか。
超硬質ブレードを逆手に持ち、その剣先を自分に向ける。そして刃で自傷して巨人化しようとした、その一瞬前。
「おおおおおおおおおっ!」
テオバルトが絶叫のような雄叫びを上げながら、アリーセへと体当たりをぶちかました。華奢なアリーセの体が吹き飛び、彼女が元いた場所にはテオバルトが収まる。
つまり、巨人の口の中――!
バチンッ!! と。
巨人の口が閉じられる音と共に、赤い花が咲き乱れる。
呆然とする俺の目の前を切断されたテオバルトの右腕が、真紅の線を引きながら、舞った。
ごすろじ様から頂いた、素晴らしいイラスト第2弾。
今回はアリーセとラウラのイラストを貰いました。
人懐っこそうなアリーセと、ラウラの生意気そうな表情が最高です。
▼ラウラ
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▼アリーセ
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