カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第17話 2つのリヴァイ班

 人の死。

 それは、この世界に来てからもう数え切れないくらいに見てきたものだ。

 壁を破られた直後のシガンシナ区で。鎧によって内門まで破られたウォールマリア領地で。4年前の口減らしで。つい先ほどの壁外調査で。顔を、名前も知らない人たちが、虫のようにあっさりと死んで行く姿を見た。

 肉が裂ける音。骨が砕ける音。断末魔。飛び散る血の赤。撒き散らされる臓物。

 それらを見て、死にたくないと思った。

 生きたいと、生き延びたいと。

 アリーセと出会った後は、この世界で得た最高の友人を守りたいという気持ちも芽生えた。

 

 けれども。

 これまで見てきた『死』は、あくまで顔や名前も知らない人たちのものだった。

 今、初めて。

 初対面ではなく、名前も知り、会話もした相手が、目の前で死ぬ。その衝撃は、俺の想像以上のものだった。

 

 アリーセを突き飛ばし、身代わりとなったテオバルト。

 そんな彼に跳躍した4メートル級が食らいつく。

 ちょうど左腕の付け根から腰にかけての左半身が巨人の口の中に収まったかと思うと、次の瞬間にはバチンッという音ともに巨人の口が閉じた。

 紅の華が視界一杯に咲き乱れ、切断されたテオバルトの左腕が赤い線を引いてあらぬ方向へと消えていく。体の半分を食われたテオバルトは血と臓物をぶち撒けながら家屋の屋根の上に落下して、ピクリとも動かない。

 一目で分かる。致命傷だ。

 その無残な姿を見てしまえば、いっそ即死の方が良かったのではと思ってしまう。

 それ程までに、半身を食い破られたテオバルトの姿は痛々しい。

 

 テオバルトとの付き合いは、アリーセほど長いわけではない。初めて顔を合わせたのも数日前だ。親友というほど仲が良かったわけでもねぇ。

 けど、調査兵の大部分が俺を怪物として扱う中で、普通に話しかけてきてくれる数少ない者の1人だった。

 それなりに会話もしたし、つまらない冗談で笑いあったこともある。一緒に飯だって食った。協力して巨人を倒した時は、ハイタッチだって交わした。

 そして何より、俺の最も大切な人をその身を挺して守ってくれた人物でもある。

 アイツは紛れもなく、一緒に死線を潜った『仲間』だった。

 

 テオバルトを食った4メートル級が、何事もなかったかのように背を向けて去っていく。

 ミシリッ……と。

 超硬質ブレードを握る俺の両手に力が入る。

 

「……オイ」

 

 無垢の巨人に、人の言葉は通じない。

 そんな事は分かっているが、俺は無意識のうちに4メートル級の背中に言葉をかけていた。

 

「人の仲間に手ェ出しといて、生きて帰れると思ってんのか?」

 

 悪いが、俺は日本人だ。

 この世界で生きる他の兵士とは違って、達観などしていない。

 身近な人間が食われたのに、巨人との戦いはそんなものだと割り切ることなど出来ない。

 やられたらやり返す。

 きっちりとカタつけてやるぞ、肉袋が。

 

 トリガーを引いて、右の射出口のみからワイヤー発射。

 アンカーを4メートル級の右肩に突き刺して、急降下を行う。

 渾身の斬撃を4メートル級へと叩き込み、右腕を斬り落とす。と、同時に左の射出口からワイヤーを飛ばし、アンカーを建物の屋根へ。今度は一気に急上昇し、4メートル級の左腕を削ぎ落としながら再び空へと戻る。

 完璧なV字の軌道を描いて4メートルの両腕を落とした俺は、斬れ味の落ちた刃を、スナップを利かせて投擲。回転しながら飛んだ2つの刃は、巨人の両目に突き刺さった。

 

 両目を潰されて悲鳴をあげる4メートル級。

 その姿を見下ろしながら、俺は鞘の替えの刃を持ち手と接続。火花を散らしながら新しいブレードを引き抜く。

 換装を終えた俺は再び急降下し、今度は地を這うような低空飛行で4メートル級の足の間をくぐり抜けた。その際に、両足の腱を切断する。

 これで、四肢は全て封じた。

 

 うつ伏せに倒れた4メートル級の頭へと着地し、その頭頂部をありったけの力で蹴り飛ばす。

 巨人も俺を食おうとするが、四肢と視力を失ったダルマ状態では何も出来ずにもがくのみだ。

 仇は取ったぞ、テオバルト。

 心の中で呟いて、俺は4メートル級のうなじを削ぎ落として絶命させる。

 

 ……ちくしょう、最悪の気分だっつーの。

 こんな怒りに任せて復讐しても何の意味もないと、終わった後で分かっちまうんだから。

 ため息をついて返り血を拭い、俺はテオバルトの下へと向かう。

 テオバルトは、既に息をしていなかった。

 

 このまま遺体を持って帰る……のは、流石に無理か。

 強引に動かしたら、その、なんだ。腹の中身が出ちまって、さらに無残な姿にしてしまう。

 が、何もせずにこのまま放置ってのもあんまりだ。

 俺は懐から護身用ナイフを取り出すと、テオバルトの兵服についている自由の翼の紋章を切り取る。

 要するに、アニメでリヴァイ兵長がやってたのと同じことだな。

 

 切り取ったそれをナイフと一緒に懐へ仕舞い込んだ時、壁の上から信煙弾が打ち上げられた。

 意味は、トロスト区内にいる全兵士の撤退。

 トロスト区奪還作戦の、終了の合図だった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 撤退命令が出た、その後すぐ。

 再びトロスト区へと投入された兵士達によって大多数の巨人は壁際へと誘導され、壁上固定砲台から放たれた榴弾で死滅。

 榴弾から逃れた僅かな巨人も調査兵団によって討伐され、丸一日かけて掃討作戦は終わりを迎えた。

 

「そんな訳で、しばらく待機ですか……」

 

 すっかり住み慣れた調査兵団の旧本部で待機命令を出された俺は、机に突っ伏しながら思わずそう呟く。

 ぶっちゃけ言うと、暇でしょうがない。

 エルヴィン団長、リヴァイ兵長、ハンジさん、ミケ分隊長と、調査兵団の主要メンバーたちは皆まとめてエレンのところへ行っている。

 今頃は軍法会議でエレンを調査兵団に入れるために、憲兵団らと舌戦を繰り広げているだろう。

 リヴァイ兵長にボッコボコに蹴られるエレンに合掌。

 まぁ、原作の通りに進むことを祈るばかりだ。

 

「兵士が退屈なのは良いことですよ。平和の証ですから」

 

 と、そこでアリーセが向かいの席に座って話しかけてきた。

 いや、まぁ、そうかもしれねぇけどさ。

 俺って正式な兵士じゃねーんだよな。

 もうガッツリ調査兵団の一員として活動しているような気がしないでもないが。

 

「相変わらず巨人の監視役を命じられたのは不満ですが、姉様と1つ屋根の下で暮らせるので我慢してあげます。感謝なさいな」

 

 いつの間にか現れたラウラが、当たり前のようにアリーセの隣に座る。

 この子、もう完全にアリーセのストーカーだな。

 仲が良いのは構わねえけど、そのうちアリーセがノイローゼになるかもしれん。

 昨日の夜はラウラがベッドに潜り込んできたとかで、半泣きのアリーセが俺の部屋に突撃してきたし。

 おかげで寝不足だ。

 

「巨人と言えば、掃討作戦の折に捕獲に成功したらしいですね。それも2体」

 

「ああ、確かソニーとビーン……でしたっけ……?」

 

「げぇ……ハンジ分隊長、また捕獲した巨人に名前を……」

 

 確か、ハンジさんにそんな感じの名前が付けられていたはず。

 『原作』ではマルコの立体機動装置を使ったアニに殺されることになる2体だが、俺がアニを食った以上、あのイベントはなくなるだろう。

 ここからはそのような『原作』との乖離が頻発する。

 気を引き締めねーとな。

 

「ところで、フォルカーはどこに行ったの? 今日はまだ姿を見てないんだけれど」

 

「テオバルトの遺族の所に行きましたよ。私が回収した自由の翼を、遺族に渡してあげたいと言っていました」

 

 俺がラウラの問いかけに答えると、彼女は無言でそっぽを向いた。

 テオバルトの件は、ラウラも何か思うところがあったらしい。

 百合百合ヤンデレガールの内心など俺には測りきれないので、あくまで推測だが。アリーセと2人で会話しているだけでガチの殺気を飛ばしてくる少女の心情など読めてたまるか。

 

 と、そこで外から馬の嘶きが聞こえてきた。

 予定より随分と早いな。もう軍法会議が終わったのか。

 席を立って窓に駆け寄って外の光景を見てみれば、伝説の『旧リヴァイ班』の面々とエレンの姿が見えた。

 あ、オルオさんが舌を噛んだ。

 『原作』通りの旧リヴァイ班の様子に癒されてると、乱暴に扉を開けて兵長が入ってくる。

 

「顔合わせだ。さっさと来い」

 

 相変わらず乱暴ですね、兵長。

 返事をする暇もなく、俺たち3人は指示に従って兵長の後をついていく。

 旧本部の玄関を出て庭に出れば、いきなり原作主人公(エレン)と目が合った。

 やっはろー、駆逐ボーイ。

 カルラさんの生死が分からないので、駆逐ボーイになってるかどうかは知らんがな。

 何にせよ、俺は絶対にエレンと接触してはいけない。

 間違って『座標』が発動しちまったら、大惨事になること確定だ。下手したら『鎧』と『超大型』が突っ込んでくるぞ。

 もっと最悪なパターンは、いきなり地ならしが発動することだが。

 

 ……ちょっと怖くなってきた。

 念のために、少し後ずさりしてエレンから距離を取る。

 

「えっと……兵長、この人たちは?」

 

 いきなり出てきた俺を見て、エレンが遠慮気味に兵長に質問する。

 エレンの声が少し震えているのは……まぁ、あれだけ蹴られたら仕方ないよな。

 エレンに尋ねられた兵長が、視線で「自分で自己紹介しろ」と命令してきた。

 え、自己紹介って何を言えばいいんだ?

 あなたのお父さんの前妻で、あなたとは血は繋がってないけど一応は親子ですとか?

 ……エレン大パニック間違いなしだ。このことは伏せとくか。

 取り敢えず、必要最低のことだけを言っておこう。

 

「えーっと。あなたの巨人化能力の指導をすることになりました、ダイナです。一応、あなたと同じ巨人化能力者です」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 旧本部にある大広間。

 そのど真ん中に置かれた長机に、俺たちは集められていた。

 今この場にいるメンバーは俺、アリーセ、ラウラ、フォルカー、リヴァイ兵長、エレン、ペトラさん、オルオさん、グンタさん、エルドさんの10人。もうすぐハンジさんが来るらしいから、あの人を合わせれば11人か。

 無表情を保っている俺だが、内心は狂喜乱舞である。

 きっと進撃ファンの同士ならこの気持ちを理解してくれるはずだ。このメンツはやばい。興奮しない方がおかしいだろ。

 目の前に、旧リヴァイ班が、勢揃い。

 素晴らしいの一言だ。

 

「俺たちへの待機命令は数日続くが、その間にやっておくべきことがある。エレンの巨人化能力の制御だ」

 

 全員が集まったのを見計らって、リヴァイ兵長がそう切り出した。

 兵長はまずエレンを見て、その後に俺の方を見る。

 

「30日後に新兵を混じえての大規模な壁外遠征を行う。ダイナ、それまでに何としてもそこのガキが巨人化能力を制御出来るようにしろ」

 

「さ、最善を尽くします」

 

 兵長……随分と簡単に言ってくれるな。

 そりゃあ全力を尽くすが、30日でどこまでマスター出来るかはさっぱり分かんねえぞ。

 俺の時はどうだったっけな……。

 開拓地で憲兵の目を盗んで毎晩部屋を抜け出し、巨人化能力の修練をした日々を思い出す。

 30日って言ったら、確か硬質化能力も使えるようになってたか。

 それなら、エレンも自由に巨人化する程度のことは出来るようになるだろう。上手くいけば、力を温存する方法を獲得出来るかもしれん。

 

「30日後……随分と急だな」

 

「しかも新兵を混じえてか。今回の巨人襲撃は、随分と堪えたろうに」

 

 何から教えるか考えていると、リヴァイ兵長の言葉にエルドさんとグンタさんが反応した。

 確かに急な話ではある。

 前回の壁外調査から1ヶ月とちょっとで、また壁外調査だからな。

 俺は『原作知識』(カンニングペーパー)があるので、エルヴィン団長の考えていることはお見通しなんだが。

 今回の壁外調査はエレンと俺をエサにして、壁内に紛れ込んだ他の巨人化能力者を釣り上げることが目的だ。

 『原作』ならばアニが釣れるが、さてこの世界ではどうなるかな。

 超大型巨人は論外として、鎧の巨人が動くかどうか……。

 

「あの、ダイナさん」

 

 そこで、エレンに名前を呼ばれた。

 顔を上げれば、こちらを食い入るように見てくるエレンと目が合った。

 いや、よく目が合うな。

 

「ダイナさんも巨人化能力者、なんですよね? 俺、自分が何でこんな力を持ってるのか分からなくて……。力のことも、まだ全然……」

 

 あー、うん。

 そら気になるわな。

 原作ではそんな事を聞ける相手がいなかったが、この世界でなら俺という存在がいるんだから。

 しかしグリシャ食って力を継承したんだよ、とは言えん。

 どうしたものか。

 少し考えた結果、俺は逃げることにした。

 

「焦らなくても、あなたは全てを知っているはずです。時間が経てば思い出すでしょう」

 

 漫画アニメあるある。

 立ち位置の謎なキャラクターが、主人公に意味深なことを言って肝心なことをボカすやつ。

 兵長がはっきり答えろみたいな視線で睨んでくるが、俺は目を合わさない。

 嘘は言ってねーよ。

 グリシャの記憶を継承しているエレンは、俺と同じくらい『全て』を知ってんだから。

 

「巨人化能力については、明日の指導から使い方など色々と教えていきます。安心してください。次の壁外調査までには、あなたの疑問は半分以上解消されるでしょうから」

 

 俺が微笑を浮かべながらそう言えば、エレンは渋々といった様子で引き下がる。

 いや、本当に渋々といった様子で。

 誤魔化して悪いけど、感謝して欲しいところもあるんだぞ。

 俺がエレンより早くここに来たから最初の大掃除はエレンがする必要が無かったし、ハンジさん主導の強引な巨人化能力の実験を俺が全部肩代わりしたんだから。

 気を失うほど限界まで巨人化能力を行使させられる辛さ、分かるか?

 フルマラソンよりキツイんだぞ、アレ。

 

 心の中でそんな言い訳をしていると、扉が開いてハンジさんが入ってきた。

 

「こんばんは、リヴァイ班の皆さん! お城の住み心地はどうかな?」

 

 うわ、噂をすれば何とやら。

 ドンピシャなタイミングだな。

 

「明日のエレンとダイナの合同巨人化能力実験についての内容について再確認しに来たんだ」

 

 薄っすらと頬を赤くしているハンジさんを見た瞬間、俺の中の何かが警鐘を鳴らす。

 今すぐここを離れろと。

 そして警戒は正しいと、俺は次の瞬間に確信した。

 

「巨人化実験というのは、具体的に何をするんですか?」

 

 ……やりおった。

 原作知識あるから予想はしてたけど、やりおったよ。

 オルオさんが慌ててエレンを肘で小突くが、もう遅い。満面の笑みを浮かべたハンジさんが、エレンの両手をガッシリと握りしめた。

 それを見たリヴァイ兵長が無言で席を立って部屋から退出し、旧リヴァイ班の面々も後に続く。

 俺もアリーセの手を引いて慌てて部屋から逃げ出し、その後にラウラとフォルカーも慌てて部屋から飛び出してきた。

 

 頑張れ、エレン。

 俺も最初にここに来た時に、ハンジさんに捕まってるから苦しさはよくわかる。

 嬉々として巨人実験の内容を語るハンジさんの声が漏れてくる部屋に背を向け、俺は自室のベッドに潜り込んだ。

 さて、明日からはエレンに巨人化能力を教えなければいけない。

 寝る前にカリキュラムを組んでおくか。

 明日の予定を頭の中で立てながら、俺はゆっくりと眠りに落ちた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ドンドンドン! と。

 乱暴なノックの音で起こされた俺は、眠気まなこを擦って扉を開ける。

 

「はい、誰でしょうか……?」

 

「ダイナさん、大変です! 被験体の巨人が2体とも、何者かに殺されたようです!」

 

 悲鳴のようなアリーセの声に、俺の眠気も一瞬で吹き飛ぶ。

 ソニーとビーンが、殺された……?


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