カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第1話 ウォールローゼへ

 ダイナ・フリッツになってしまった衝撃により、呆然とすること約5分。

 やっと正気に戻った俺は、廃墟の中を探索していた。もちろん、服を手に入れるために。

 つーか、女性の服装とか分かんねぇよ。

 取り敢えずスカートを穿けば良いのか……?

 しかし、元男の俺にとってスカートはハードルが高い。それに走る時に邪魔になりそうだしな。

 無理せずにズボンで良いか。

 

 しばらくしてクローゼットを発見。

 中を確認したら、それなりの数の衣服が入っていた。

 これでやっと裸族を卒業出来る。

 動きやすそうな服を適当に見繕っていざ着用……する直前に、俺はある事に気づく。

 う、上の下着ってどうやって付けんの?

 やべぇ、困った。どうしたら良いのかさっぱりだ。

 もう諦めてシャツ着たらダメか?

 でも胸が大きい人は、これ付けないと痛いってなんかで読んだことがある。胸が痛くて満足に動けず、巨人に捕食されて死亡とか笑い話にもならん。

 そんなふざけた理由であっさり死んだら、あの世でアニにフルボッコにされるわ。

 

 そもそも、人様の下着を勝手につけるのってどうよ。

 同性でも変態だろ。

 ましてや、俺は中身が男。

 ふむ……。

 無断で人様の家に侵入した挙句に、クローゼットから下着を盗み出し、それを装着しようとする男。

 事案待ったなしだ。

 今までの一連の行動、全部なしで。

 

 素早く下着を元の場所に戻し、衣服だけ貰っておく。

 これだけでも十分に変態な気がするけどな……。

 もしこの家の人が生きていたら、謝罪して新しい服を弁償しよう。それが最低限の贖罪ってやつだ。

 

 胸に関しては、清潔そうな布を巻きつけてカバーする事にした。

 これなら固定されるし、問題ないだろう。

 キツく巻いたから、そう簡単に外れるないと思われる。多分だが。

 

 上は簡素な白いシャツで、下はフレアスカート? っていうのを選んだ。丈は長めのやつ。

 本当はミニスカートくらい短い方が楽だし動き易いんだが、ダイナさんって人妻なんだよ。そのうえ子持ち。

 正確な年齢は分かんねえけど、子供がいる母親がミニスカートを穿いてたら?

 はっきり言って、ちょっとキツイ。

 授業参観とかにミニスカートの母親が来たら、俺は絶叫する自信がある。この体本来の持ち主であるダイナさんの為にも、ミニスカートは無しだ。

 余談だがズボンはなかった。この家は一人暮らしの女性が住んでいたらしい。

 

 パンツ?

 何を言ってるのか分からんな。

 こんだけ丈の長いスカートなら見えねぇって。俺が今から立体機動装置を使うなら話は別だろうけど。

 ともかく、俺は人の使用済みパンツを盗んで着用する変態では断じてない。ノーパンの子持ちの女性もどうかと思うが、バレなきゃセーフだろ。

 

 ウォールマリアが陥落した日に、俺は何やってんだ……。

 

 さて、切り替えていこう。

 具体的に、これからどうするか。

 窓から外を見た限り、シガンシナ区にいる巨人の数は俺が気を失う前と比べて格段に少ない。多分これは鎧の巨人が内門を破ったから、そっちに移動したんだろうな。

 ウォールマリアが陥落したと仮定するなら、シガンシナ区に留まるのは得策とは言えねぇ。ここにいたら、いつ襲われてもおかしくないし。

 

 ウォールローゼの中に入るのがベストなんだろうけど、残念ながら移動手段がねえ。

 この世界の移動手段は馬か立体機動装置だが、俺はそのどちらも使えないんだよ。

 乗馬経験なんてないし、立体機動装置は論外だ。年単位で訓練してやっと使えるような兵装を、素人の俺が使えるとは思えん。

 

 残された手段は、巨人化して走ることだが……。

 無理じゃね?

 だってエレン見てみろよ。

 最初の巨人化は無意識で、次の砲弾を防いだアレは不完全。岩を運ぶ時は自我を失って暴走してる。

 巨人化能力も訓練が必須だ。自我を失えば、それはもう無垢の巨人と変わらねえし。

 使いこなせないと、巨人化は自爆になっちまう。著しく体力を消費するのも簡単に使えない理由に含まれるな。

 

 けど、巨人化能力は俺のたった1つの武器だ。そして命綱でもある。

 巨人領域でこうやって正気でいられるのも、襲われたら巨人化して自衛できるから。

 本当に丸腰の状態でここに立っていたら、今ごろ毛布にくるまって泣いてると思う。そのまま恐怖で動けず餓死して終わるだろう。

 

 話が逸れた。

 ともかく、たった1つの武器である巨人化能力は早めにマスターしといた方が良いって話だ。

 一か八か、女型の巨人の力でウォールローゼまで走るか。

 九つの巨人の中でも俊敏さと持久力に優れている女型の巨人なら、素人の俺でも長時間活動できるかもしれねえ。

 ウォールローゼまで辿り着ければ、あとは簡単。何食わぬ顔で、難民の中に紛れ込めば良い。

 

 ……よし、決めた。

 ウォールローゼへ行こう。

 目指すはトロスト区だ。

 

 恐る恐る扉を開け、廃墟の外へ。

 近くに巨人は……よし、姿は見えない。

 まずは人間形態のまま、1メートルでも良いから距離を稼ごう。

 巨人化するのは、巨人に襲われてからだな。少しでも力を温存しておきたい。

 

 大きく息を吸って、全力疾走開始。

 道が分からなくても問題ない。

 ほとんどの建物は巨人によって倒壊してるから、簡単に辺りが見渡せる。

 あとは超大型巨人がぶち破ったウォールマリアの壁から、真反対に走れば良い。巨人どもが入ってきた壁に背中を向けていれば、確実に内側の門の方角へと走れる。

 こういう時、壁内世界の単純な構図は便利だな。

 

 スカートを両手で掴んで、少し持ち上げながら走る。

 くそっ。

 舞踏会から逃げ出したお嬢様かよ、俺は。

 走り方が最高にカッコ悪い。

 

 男らしさの欠片もない自分の姿に涙を流しつつ、割れたガラス片を回収。当然、巨人化のトリガーとなる自傷行為に使うためだ。

 瓦礫を飛び越え、死体を跨ぎ、炎を潜り抜け、ブチまけられた内臓や飛び散った血痕を見ないようにする。充満する死臭のせいで気分が悪い。

 ひたすらにグロテスクな光景。

 「死」が近い。

 1つでも間違えたら、俺もその辺りに転がっている死体の仲間入りをするだろう。たとえ巨人化能力者でも。

 無垢の巨人にあっさりと食われた、マルセルのように。

 

 頭を振って嫌な想像を振り払い、鋭く息を吐いて加速する。そして、勢いのまま十字路を渡ろうとしたその瞬間。

 右側の道から、こちらに歩いてくる巨人の姿が見えた。

 11メートル級。肥満型。俺を見ている。捕捉された。ヤツとの距離は50メートル程。近い。巨人なら5歩未満で詰められる。

 

「……!」

 

 咄嗟についさっき回収したガラス片を取り出し、指先を軽く切る。

 ……だが、巨人化できない。

 もう一度、不発。

 さらにもう一度、不発。

 不発、不発、不発、不発、不発、不発、不発。

 白魚のような10本の指が全て血で真っ赤に染まっても、俺はまだ巨人化できない。

 そこでようやく思い出す。

 エレンも、初めは自分の意思で巨人化する事が出来なかった事を。

 

 本当に馬鹿だな、俺は。気づくのが遅えよ。

 もう巨人との距離は20メートルもない。

 巨人化するには自傷行為だけでなく、人の姿を捨てても何かを成し遂げたいと思う『意思』が必要だった。

 強い意思が、明確な理由が無ければ巨人化は出来ない。

 俺のような初心者なら、なおさら強い『意思』が必要だろうに。

 

 巨人の手が、俺に向けて伸ばされる。

 終わる。

 死ぬ。

 拍子抜けするほど間抜けな理由で。

 くそったれめ。

 巨人化能力を手に入れて、強キャラにでもなったつもりだったか?

 日本での自分を思い出せよ。

 人付き合いが下手くそで、頭が悪くて、意思が弱くて、すぐ流れに乗せられる。それが俺だろ。

 そんな奴が、この世界で生きていける訳ねぇだろうが。

 命を懸けてでも進む。

 そんな強い意思がある奴だけが生きていけるんだ。

 

 もう一度息を吸って、吐く。

 落ち着いて、もう一度。

 自分の『意思』を考えろ。

 何のために巨人化する?

 そんなの決まってる。自問自答するまでもない。

 

 俺は。

 巨人(テメェら)まとめてブチ殺して、生き残ってやる!

 死んでたまるか、バーカ!

 

 直後、両手の指に刻まれた無数の傷からスパークが迸った。

 俺を中心に骨が、肉が、皮が生成され、瞬きの間に肉体を構築していく。

 視線が高い。

 さっきまで見上げる程大きかった11メートル級が見下ろせる。

 巨人化、成功。

 

「――オオオオオオオッ!」

 

 咆哮と共に拳を振り抜き、11メートル級を殴りつけた。

 カルライーターだった時とは、比べ物にならない威力。身体能力が無垢の巨人とは桁違いだ。

 硬質化もしていないのに、俺の拳は巨人の頭部を完全粉砕していた。

 頭蓋骨をかち割られた11メートル級が地面に倒れ臥す。それでも起き上がろうとしたので、うなじに踵落とし。

 11メートル級は完全に息絶えて、蒸気と共に消滅していく。

 

 ここからは、体力と時間との勝負だ。

 今の俺の練度じゃ、力を残して一旦人間に戻るなんて事は出来ないだろう。

 人間に戻ったら、しばらくは巨人化が使用不可能になる。だから力尽きて人間に戻る前に、全力でウォールローゼへ辿り着く。

 

 膝を曲げ、クラウチングスタートの姿勢。

 足の筋肉に力を入れて、一気に駆け出した。

 調査兵団が誇る品種改良した軍用のサラブレッドすら追い越す速さを持つ女型の巨人の脚力は凄まじく、信じられない速度で体が加速する。

 本気の女型ってこんなに速いのか。

 そりゃあ、大人数の調査兵が命がけで時間を稼がないと、罠の位置まで誘導するなんて無理だよな。

 ……俺が女型の巨人を継承したから、多分あのシーンなくなると思うけど。

 まあリヴァイ班の死亡フラグが折れたから良しとしよう。

 特にペトラが死んだ時は泣きそうになったし。

 班員の死体を見た時の兵長の表情とか、部下思いなのが伝わってきて本当にやばい。

 

 ……っと、巨人接近。

 目測で5メートル級。

 走る勢いを緩める事なく、通り過ぎ様に蹴り飛ばす。

 桁外れの脚力による蹴りをまともに受けた小型の巨人は、20メートル近く吹き飛んでどこかへ消えた。

 一桁クラスの巨人なら、これだけで撃破出来そうだな。

 

 うん、無垢の巨人と九つの巨人の両方を経験したからよく分かる。女型の巨人マジ強え。マジ速え。

 ……これ、アニメで見た時よりも速くねえか?

 この速度、立体機動装置で飛んでる兵士すら追い抜ける気がするんだけど。だってほら、足が地面につくたびに周囲の建物がひっくり返るくらいの振動が発生してるし。

 鎧の巨人ですら、こんなに振動を感じなかったぞ。

 何でだ?

 

 もしかして、アレか?

 獣の巨人みたいなパターンか?

 岩を投擲したり、巨人を操ったり、脊髄液を飲ませた人間なら叫ぶだけで巨人化させたり、夜中でも月の光で動ける巨人を作ったりとやりたい放題だったジーク。

 当初は「獣の巨人パネエ!」って思って見てたけど、後になってそれらの能力は歴代の『獣』にはない能力で、ジークが『獣』を継承した際に発現した能力だったということが分かった。

 その理由は、ジークが王家の血を引いていたから。

 

 そして俺が憑依しているダイナ・フリッツも王家の血を引く存在だ。

 もしかしたら、アニ以上に女型の巨人の力を引き出せているのかもしれない。

 だとしたら、他にも何か能力が発現してるかもな。

 機会があれば、要確認ということで。

 特に周囲の巨人を引きつけられる「女型の叫び」の能力な。あれが強化されてたら、もっと思い通りに無垢の巨人を操れるかもしれない。

 劣化始祖の巨人みたいな感じで。

 それなら非常に助かるが。

 1年後の口減らし……もとい、大征伐で死ぬことになる25万人の犠牲者が減らせるかもしれねぇ。

 動くな、って命令が出せたらな。

 

 そんな感じで妄想を膨らませているうちに、内側の門を通過。

 やべえ、もうシガンシナ区出ちゃったよ。

 嬉しさにガッツポーズしそうになったけど、その浮かれた気持ちは次の瞬間にすっかり消え去った。

 内門を抜けた瞬間に、巨人の数が跳ね上がりやがった。

 そこらじゅうにいる。

 

「「「オオオオオオオオオオオオッ!!」」」

 

 チィ、やっぱり襲ってくるか。

 奇声を発し、口を開いて、よだれを撒き散らしながら殺到する無垢の巨人。その数は、ざっと数えて30。

 流石にこの数をまとめて相手にするのはキツイぞ、おい。

 殲滅できなくはないけど、トロスト区まで走る体力が残るかは微妙だな。

 けど、やるしかねえ。

 

 走る速度は緩めずに、拳を握りしめる。

 そして真正面から向かってくる13メートル級の顔面にアッパー。首がねじ切れ、打ち上げられたロケットみたいに生首が飛んでいく。

 うわ、俺が最初に殺した10メートル級(だっけ?)を思い出すな。

 なんて思いながら、残された胴体を踏み潰して前へ。

 次は8メートル程度のやつが、2体同時に挟み込むようにして向かってくる。

 甘えよ。

 右側の巨人にアイアンクローをかまし、そのまま腕の力だけで持ち上げて振り回す。左側の個体を8メートル級バットでなぎ倒し、用済みになった後は地面に叩きつけて頭部を粉砕。

 そして死体を蹴り飛ばし、後ろから追いかけてきた小型の群れにシュート。ボーリングのピンみたいに、小型の群れが総倒れになった。

 

 ふぅ、流石にちょっと息が上がってきたな。

 ウォールローゼはまだ見えない。

 俺が力尽きて倒れるのが先か、ウォールローゼにたどり着くのが先か。

 自分を鼓舞するために雄叫びを上げて、俺は巨人を薙ぎ倒しながら再び走り出した。


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