カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第20話 第57回壁外調査――迫り来るアギト

 長距離索敵陣形の右翼と左翼の後方が壊滅という最悪の状態で、俺たちは巨大樹の森へとぶつかる事となった。

 さて、どうすっかな。

 エルヴィン団長や「捕獲兵器」を積んだ荷馬車と共に、一足先に森に入った俺たち第二特別作戦班。

 本来ならこのまま捕獲地点で待機し、「知性巨人」を待ち構える予定だったのだが……

 

 生い茂る木々の枝葉の隙間から、次々と黒の信煙弾が打ち上げられているのが見える。

 流石のエルヴィン団長でも、まさか「知性巨人」が2体同時に襲ってくるとは想定外だろう。つーか、これを予測するのまず不可能に近い。

 そして、既に用意していた策はもう使えねえ。

 当初は「捕獲兵器」のアンカーを鎧の巨人の弱点部位である関節に打ち込む予定だったが、そうやって捕獲してもすぐにもう1体の方が助け出して終わりだ。

 2体同時に捕獲できるほど物資の余裕はないし、まず2体が同タイミングで捕獲地点に来てくれるとは考えにくい。絶対にバラける。

 俺が襲撃する側なら片方はエレンを、もう片方は指揮官であるエルヴィン団長を狙うし。軍隊ってのは、頭を潰されると途端に脆くなるからな。

 

 つまり現時点で俺が巨人化して交戦するのは決定事項になっちまったんだが……まぁ、無理だろ。

 いくら何でも、巨人化能力者を2人同時に相手にするなんて無理だっつーの。鎧とのタイマンだって、勝率は5割かそれをちょっと上回る程度だ。

 2対1とか、流石に勝ち目がねぇよ。

 

 特に、もう1体の方が顎の巨人なら最悪と言える。

 何せ俺たちが今いる巨大樹の森は、顎の巨人が最も力を発揮することができる地形で――ちょっと待て。

 

「まさか……」

 

「……? どうした?」

 

 思わす喉の奥から漏れ出た掠れた声が聞こえたらしく、前を走っていたフォルカーが振り向いて何事かを尋ねてきた。

 俺は背中に冷や汗が流れるのを感じながら、今思いついた推測を口にする。

 

「襲撃して来ている2体の知性巨人の片方が『顎』なら、向こうにとって巨大樹の森は私とエルヴィン団長を仕留める絶好の場所になる。もしも『顎』がエレンの追跡を片割れに任せて、私と団長が自分にとって有利な地形にいるうちに襲撃することを優先していたら、既に顎の巨人はこの森の中に――」

 

 その俺の言葉は、最後まで発することができなかった。

 理由は単純。背後から聞こえて来た悲鳴によって、俺の台詞は強制的に中断させられたから。

 咄嗟に超硬質ブレードを引き抜いて背後を振り返れば、何かが凄まじい速度で木々の上を駆け抜けている姿が見える。

 巨人にしては小柄な体躯、まるで刃のような牙が並んだ口元、猛獣の鉤爪のように鋭い指先。

 間違いない。

 九つの巨人が1体――高い機動力と硬質化すら引き裂く爪牙を持つ、顎の巨人。

 ソイツが、まるで猿のように枝を伝って俺たちを追いかけてくる。

 

「アレが左翼側から来ていた知性巨人ですの!?」

 

「何なんだよ、あのデタラメな動きは!?」

 

 立体機動装置を用いた兵士に比肩するほどの機動力を見せる顎の巨人の姿に、ラウラとフォルカーが驚愕の声を上げた。

 その速度は、アニの全力疾走の速度にも負けてねえ。

 俺たちと顎の巨人との距離が、目に見えて縮まっていく。

 

「背後より増援です!」

 

 もはや馬の速度で振り切るのは不可能。

 そう判断したフォルカーが交戦命令を出す直前に、アリーセが顎の巨人へと追いすがる兵士の姿を見て叫ぶ。

 

 俺たちの後ろにいた、荷馬車護衛班の兵士か……!?

 

 いや、誰にせよこのタイミングで顎の巨人に攻撃を仕掛けるのは無謀すぎる。

 大半の場合、巨木が乱立する巨大樹の森は兵士に有利な地形となるが、『顎』が相手の時だけ話は別だ。奴とやり合うなら、平地で戦う方がまだ楽だろう。

 そして俺の考えが正しいことは、果敢に顎の巨人へと挑んだ兵士の命で証明されてしまった。

 

 足首を狙った兵士の斬撃をあっさりと躱した顎の巨人は、木の幹を足場に跳躍。空中に身を踊らせると、体を横に回転。攻撃を外したばかりの兵士をその鋭い爪で引き裂いた。

 空中で引き裂かれた兵士の鮮血と肉片が撒き散らされる中、顎の巨人は鋭い爪を使って木の枝を掴み、すぐさま枝を伝っての追跡を再開する。

 

 ふざけんな、猿だってそんな動き出来るか!

 軽業師と見紛うほどの軽快な動きに、思わず俺は心の中で絶叫する。

 今ので理解した。無理だ、この地形でやり合ったら敗北する確率の方が圧倒的に高い。

 立体機動装置で兵士として戦うとしても、巨人化能力で『女型』となって戦うにしても、だ。

 もちろん女型の巨人となって戦う方が勝率は高くなるが、顎の巨人を相手に消耗したら、今度は鎧の巨人に勝てなくなる。

 

 交戦すべきか、このまま後列の決死の時間稼ぎを頼りに馬で逃げ続けるか。

 交戦するなら、巨人化するのかしないのか。

 俺が超硬質ブレードを握りしめながら判断に迷っていると、フォルカーが勢いよく鞘から刃を抜き放った。

 

「――っ! ラウラ、立体機動に移るぞ! オレたち2人で奴を倒す!」

 

「はぁ!? あなたの目は飾りですの? 今まさに、仲間がその命を使ってあの奇行種のデタラメさを教えてくれたのが見えなかったのかしら? 無意味な自殺なら1人でしなさいな!」

 

「無茶だということは分かってるが、このままだと今回の作戦は根元から瓦解しちまう! まだ団長達は「捕獲兵器」の準備も終えていないはずだ。このまま奴を進ませれば、せっかくの「捕獲兵器」が使う前にぶっ壊されるぞ! そうしたら作戦は失敗、仲間たちは無駄死にだ!」

 

 無謀な交戦命令に抗議したラウラだったが、フォルカーの次の言葉で拳を握りしめて押し黙った。

 確かに、フォルカーの言うことにも一理ある。

 このまま顎の巨人を準備中の捕獲地点に引き連れて行ってしまったら、大惨事になるのは間違いない。

 エレンたちリヴァイ班だって、そう遅くないうちに鎧の巨人を引き連れてやってくるだろう。

 『顎』と『鎧』が揃ったら、それこそお終いだ。

 

 だが反対に、もしもここで『顎』を仕留めることが出来たのならば。

 本来の作戦が息を吹き返して、鎧の巨人の捕獲を試みることだって出来るようになる。

 腹を括るしかねーか。

 

「……やりましょう。私たち4人で挑めば、あるいは足の腱を削ぐことくらい出来るかもです。幸い、新兵の2人は口頭伝達から戻って来ていません。言い方は悪いですが、やるなら足手纏いのいない今です」

 

 俺が交戦に同意を示すと、ラウラではなくフォルカーが首を振った。

 

「駄目だ、ダイナとアリーセに戦わせる訳にはいかない。2人の……特にダイナの力と情報を、調査兵団は絶対に失えないからな。お前らはオレとラウラが戦っている間に、団長と合流しろ」

 

 そう言って、オレに任せておけとサムズアップするフォルカー。

 カッコつけるなバカ野郎。

 いくらフォルカーとラウラが調査兵団の中でも平均以上の実力の持ち主とは言え、たった2人で全力全開の顎の巨人は倒せない。

 

「私だって死ぬつもりはありません。自己犠牲の精神など持ち合わせていませんよ。本音で言えば、アリーセを危険な目に合わせたくもありませんし。ですが、純粋に4人の方が勝率は高くなります」

 

「オレが4人でも勝てないと判断した時は、ちゃんとオレとラウラを置いて撤退してくれるか?」

 

 自分をあっさりと見殺しにしろと言うあたり、コイツもやっぱり調査兵なんだろうな。

 真っ直ぐに俺の目を見て聞いてくるフォルカーに、俺は微笑と共に頷く。

 

「勝てそうにない時は、悪いですがアリーセを連れてさっさと逃げます。私は公に心臓を捧げた兵士ではありませんから。調査兵団に協力しているのも、私の命とアリーセの命を守るため。本末転倒なことはしません」

 

 自分で言っといて何だが、随分なクズ発言だ。

 しかしフォルカーは俺と同じニヤリと笑い、両手に握る剣を掲げた。

 

「……分かった。よし、行くぞダイナ班! 立体機動に移れ!」

 

 フォルカーの号令に従い、俺たちは一斉に立体機動へと移行。

 心臓の鼓動が加速する。

 ああ、やっぱり巨人と戦うのは怖えな。

 だが巨人に怯えて逃げ続ければ、その先に待つのはきっと死の袋小路だろう。

 戦って、抗って、勝たなければ、生き残れない。

 要するにまぁ、イモ引いた奴が負けだ。

 

「アリーセ!」

 

「はい、合わせます!」

 

 親友の名を呼んで恐怖を払いのけ、俺はトリガーを引いてワイヤーを射出する。

 顎の巨人が足場にしている木の枝へとアンカーを突き刺して加速した。狙いは足。まずはご自慢の機動力を奪ってやる。

 伸びきったワイヤーを巻き取りながら回転し、俺は顎の巨人へと突っ込んだ。

 狙いをつけた場所を、俺の握る剣が斬り裂く。

 だが手応えはなく、空を斬った虚しさだけが両手に伝わってきた。

 

 チッ、外した……!

 すぐさま体勢を立て直せば、別の木の枝へと跳躍して回避したと思われる顎の巨人と視線が交差した。

 顎の巨人が再び跳躍し、その鋭い牙で俺を噛み砕こうと大口を開けて向かってくる。

 甘えよ、バカ。

 顎の巨人の牙が俺に届く直前、アリーセが横から割り込んできた。

 そしてブレードを一閃して、顎の巨人の両目を潰そうと試みる。だが流石の機動力で、顎の巨人はこれを回避。奴はすぐさま俺とアリーセから距離を取り、鋭い爪を立てて木の幹へと着地した。

 

 そこに、今度はラウラとフォルカーが仕掛ける。

 上から下へ。

 縦一文字の軌道を描いて、2人が全く同じタイミングで顎の巨人の腕の付け根を狙う。

 咄嗟に木の幹を蹴り飛ばし、別の巨木へと跳躍して回避した『顎』だが、今回は完璧に避けきれなかったらしい。顎の巨人の両肩から、僅かに血が吹き出す。

 一瞬で蒸気が吹き出て再生されてしまったが、何にせよダメージを与えることはできた。

 このまま畳み掛ける!

 向こうに反撃の隙は与えてやらん!

 

「フォルカー!」

 

 班長の名前を呼び、ハンドサインを送る。

 彼が頷いたのを確認して、俺は再び顎の巨人へと攻撃を仕掛けた。

 跳躍する顎の巨人。

 『顎』の飛んだ先にある木の枝に先んじてアンカーを打ち込み、着地の瞬間を狙って奴の手首に斬撃。

 今度は外さなかった。肉を切った手応えが、刀身を伝って両手に伝わってくる。

 ……が。

 

「浅い……っ!」

 

 顎の巨人の手首は切断されていない。

 俺はすぐさまガスを吹かして距離を取ろうとするが、顎の巨人が逃すかと言わんばかりに爪を振り下ろす。

 と、そこで顎の巨人の背後からフォルカーが襲いかかった。

 急所(うなじ)を狙われた顎の巨人は俺への攻撃を中断し、すぐさま反転すると、向かってくるフォルカーに爪で振るう。

 躱しきれなかったフォルカーが、虫けらのように吹き飛んでいった。

 テオバルトの半身が食い千切られた瞬間の映像が、否応無しに脳裏でフラッシュバックする。

 

「ダイナさん――ッ!!」

 

 つんざくようなアリーセの悲鳴で、俺は現実へと復帰した。

 目の前には、大きく開かれた顎。

 ズラリと並んだ牙を見て、咄嗟に俺は後ろへと飛ぶ。

 だが僅かに間に合わず、右肩のあたりを顎の巨人に浅く食い千切られた。

 肉を裂かれた痛みを奥歯を噛み締めて耐え、俺は少し離れた巨木の上に着地。すぐさま巨人の力で傷の再生を行いながら、吹き飛ばされたフォルカーを探して視線を彷徨わせる。

 すぐに、慌てて俺の方へと飛んでくるフォルカーを見つけた。

 

「オイ、大丈夫か!?」

 

「擦り傷です。むしろ、貴方の方が派手に吹き飛ばされたように見えましたが」

 

「こっちも擦り傷だ。咄嗟にブレードを交差させて防いだからな」

 

 そう言って半ばからへし折れたブレードを捨て、新しい刃を鞘から引き抜くフォルカー。

 彼の言う通り、目立った傷跡はない。

 ひとまずホッとして、俺は思わず大きく息を吐く。

 

「何ボサッとしてるんですの!? 体勢を立て直したなら、さっさと戦線復帰しなさい!」

 

 フォルカーと互いの無事を確認し合っていると、紙一重で顎の巨人の攻撃を避けたラウラから厳しい言葉が飛んできた。

 見れば、アリーセとラウラが交互に攻撃を仕掛けているようだ。

 右側からラウラが右肩を狙って攻撃を行い、顎の巨人がそれに対応しようとすれば、背後からアリーセがうなじを狙う。ならばとアリーセに反撃すれば、今度はラウラが背後を取る。

 

 延々と交互に両サイドから攻撃され、ついに業を煮やした顎の巨人が反撃に出た。

 ラウラに攻撃されたタイミングで、顎の巨人は枝の上から飛び下りる。今まで絶対に木の上から下りようとしなかった顎の巨人が突然に木から離れたことにラウラの対応が遅れ、その隙を顎がつく。

 顎の巨人は地面に下りようとしたのではなかった。

 奴は飛び下りた直後に木の枝を掴むと、逆上がりの要領で再び枝の上へ。そしてラウラに向かって、爪を振り下ろす。

 

「るるるああああッ!」

 

「っらあああああッ!」

 

 顎の巨人の攻撃がラウラを捉える直前。

 俺とアリーセが同時に割り込んだ。

 独楽のように回転したアリーセがラウラを狙っていた顎の巨人の指先をまとめて斬り落とし、俺はラウラの華奢な体を抱えて顎の巨人から離脱する。

 急襲を仕掛けられて指先を奪われた顎の巨人が怯み、そこにフォルカーが突っ込んだ。

 彼の斬撃は浅いが足首を捉え、太い枝の上で顎の巨人が膝をつく。

 

「いつまで私を抱き締めているんですの!? 好機です、さっさと離しなさい! 追撃しますわ!」

 

「り、了解!」

 

 ほとんどアリーセの功績だったが、俺も一応は助けに入ったんだぞ。少しくらいお礼を言ってくれても良いだろうに。

 ラウラに突き放され、そんなことを思いながらも飛び出した彼女の後に続いて追撃へと入る。

 俺が両目を。ラウラがアキレス腱を。

 体勢を崩した顎の巨人では、俺とラウラの同時攻撃を完全に防ぐのは不可能だ。

 片方なら奴もまだ躱せるだろうが、構わない。俺とラウラの攻撃のどちらかが当たれば、次は一気にうなじを狙えるのだから。

 

()ったッ!」

 

 今まさに俺とラウラによって、顎の巨人に決定打を与えられる。

 その、直前。

 

 俺たちの真下を、リヴァイ班が駆け抜けた。

 ゾワッッッと。

 強烈な悪寒を感じた俺は、再びラウラを抱えて離脱。

 そしてその直後、リヴァイ班を追いかけてきたのだろう鎧の巨人が姿を現わして、俺とラウラがいた空間を巨大な腕で引き裂いた。

 あのまま攻撃を仕掛けていたら、あの鎧に包まれた腕で強打されていた事だろう。

 間一髪で死を逃れたことを実感して、俺は無意識のうちに止めていた息を吐く。

 だが顎の巨人を仕留める最高のチャンスを逃してしまい、鎧の巨人と合流させてしまった。

 

 

 

 

 ――後一歩、僅かに届かず。

 俺たち第二特別作戦班は、顎の巨人の討伐に失敗した。

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