カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

23 / 49
第22話 第57回壁外調査――友に捧げる心臓

  樹高80メートルを超える巨木が凄まじい高熱に炙られて、刹那の間に灰燼と帰す。吹き荒れる暴風が、そうして生まれた大量の灰を空へと巻き上げていく。

 ほんの一瞬。

 僅か数秒で、観光地としても有名だった大自然――巨大樹の森が更地と化した。

 乱立していた巨木は消えて、後に残るは俺が防御のために築き上げた硬質化による「壁」と、それに守られた者のみ。

 

 この場の全てを吹き飛ばして作り上げた、未だに炎が燻る焦土に現れるのは破壊の神。

 全身から大量の蒸気を放出しながら、超大型巨人が憎悪を宿す眼で俺を見下ろしている。

 さらに超大型巨人の足元には、灰燼の中から蒸気を纏って起き上がる鎧の巨人の姿。その下にいた顎の巨人も無事らしい。

 

 調査兵団(俺たち)の敗北だ……!

 今の爆発で、この場に集まっていた精鋭兵のほとんどが消し炭にされちまった。

 恐らく捕獲地点に用意してあった「捕獲兵器」も、爆風によって全壊しただろう。もう用意していた全ての作戦が機能していない。

 それどころか、カラネス区に帰還出来るかすら怪しいくらいだな。

 

「ああもう、何が起きたん……です……の……?」

 

「ダイナさん、急に私たちを掴んでどうしたん……です……か……?」

 

 と、そこで俺の手の中からアリーセとラウラが身をよじって顔を出す。

 ラウラの苛立ち混じりの声とアリーセの困惑の声は、外の光景を見た瞬間に揃って尻窄みになっていった。

 まあ焦土と化した巨大樹の森と、こっちを見下ろす超大型巨人を見ればそうなるわな。

 咄嗟に庇えたのは、彼女たちと……フォルカー、ペトラさん、オルオさんか。あと数人ほど、名前がわからない兵士が『女型』の手の中から這い出てきている。

 

 超大型巨人が出現する直前に、咄嗟に庇えたのはこれだけか。

 いや、俺が築いた「壁」で庇えた人たちもいるだろう。その人たちも含めたとしても、助かったのは20人にも満たないかもしれない。

 全身の硬質化を解除して立ち上がった俺は、黒く変色して灰に覆われた大地を見下ろして拳を握りしめた。

 灰燼に埋まるようにして倒れ伏す、黒焦げになった兵士達。

 損傷がひどい死体に至っては、誰なのかすら判断できない。

 『原作』でエレンと共に超大型巨人を倒した時に、黒焦げになったアルミンがそこらに散乱しているよう。

 いや、人型のものはまだマシかもしれない。

 最も損傷の激しい死体に至っては、風が吹くたびに炭化した体が吹き飛ばされて、少しずつ消えてしまっているのだから。

 

 やってくれたな、超大型巨人……!!

 俺はこの凄惨な景色を作り上げたクソ野郎を見上げた。

 奴はまず瀕死状態の『顎』を掴み上げると、それを口の中へと放り込む。

 まずは味方を回収ってことか。

 確かに超大型巨人が本気で暴れたら、敵味方の区別なく全てまとめて薙ぎ払っちまう。

 って、言ってる場合じゃねえ。

 本格的に超大型巨人が攻撃を行う前に、1人でも多くの兵士をこの場から逃す必要がある。

 

 俺は未だに手の中にいたアリーセを肩に乗せると、うなじから本体の上半身のみを露出させた。

 

「アリーセ、信煙弾を。すぐにこちらが壊滅したことをエルヴィン団長に伝えてください」

 

「了解です、ダイナさん」

 

 俺の頼みに即座に応えた彼女は、黄色の信煙弾を打ち上げる。

 意味は作戦続行不可能。

 これは全ての兵士が打ち上げる権利を持っているのだが、団長が認めない限りは撤退はできない。

 もしエルヴィン団長が黄色の信煙弾を返してくれなければ、俺たちはこのまま超大型巨人、鎧の巨人と徹底抗戦に入らなければいけないのだが……

 

「団長から返答です。……撤退の許可が出ました!」

 

 その心配は杞憂に終わったようだ。

 まぁ、尤も、徹底抗戦の指示が出たとしても無視してたけどな。

 そうなったら、俺はアリーセを連れて2人で全力離脱してただろう。

 生存率を上げるために調査兵団と協力関係を築いたのに、彼らと心中したら本末転倒だっつーの。

 

「――――………………ッ」

 

 が、当然ながら向こうも簡単には見逃す気がないらしい。

 鎧の巨人が全身の筋肉を膨張させて戦闘態勢に入り、超大型巨人はその巨腕を振り上げる。

 すぐさま本体をうなじの中へと戻して、神経系を再接続。

 チッ、さっきの爆発を防いだせいで力が残り少ない。今の状態であの2体の同時攻撃を防ぐとか、どうしても無理だぞ。

 迫り来る「敗北」と「死」の感覚に、俺はせめて自分とアリーセだけでも生き延びるべく、防御を諦めて全力での逃亡を試みたその時だった。

 

 森の外側で無垢の巨人の侵入を防いでいた兵士と、捕獲地点で待機していた兵士を引き連れて、エルヴィン団長がこちらに向かってくる姿が見えた。

 荷馬車の数が激減しているところを見るに、俺の予想通り「捕獲兵器」やその他の物資は先ほどの爆風によって全滅したのだろう。

 

「総員、出来る限り生存者を救出した後に巨大樹の森から離脱せよ!」

 

「「「はッ!!」」」

 

 エルヴィン団長の指示に従い、兵士たちが一斉に動き出した。

 生き残った兵士に予備の馬を与え、足りなければ2人乗りし、次々と救出していく。

 これなら、生存者は全員救出してもらえそうだ。

 ……鎧の巨人と超大型巨人の妨害がなければの話だが。

 

 一軒家に匹敵するほど巨大な拳が、蒸気を纏って降ってくる。

 狙いはエルヴィン団長。

 まずは指揮官を潰して、兵士を混乱させようって魂胆かよ……!

 俺は灰に覆われた大地を蹴り飛ばし、エルヴィン団長の元へと疾走する。

 チッ、ギリギリ間に合うかどうかってところか。

 ここでエルヴィン団長を潰されたら、調査兵団は指揮系統が乱れて確実に大混乱に陥ってしまう。そうなれば全滅は必至だ。

 頼む、間に合え――

 

「随分と派手に俺の部下を殺してくれたな、オイ」

 

 全身から黒い煙を立ち上らせたリヴァイ兵長が、灰燼を巻き上げながら神速で飛翔した。

 あっという間に俺を追い抜かすと、団長を抱えて離脱。ついでに伸ばしたワイヤーでエルヴィン団長の周囲にいた兵士をまとめて引き寄せるといった、冗談のような神業を見せた。

 結果として超大型巨人の拳は数匹の馬を潰すだけで終わり、兵士に死傷者は1人も出ていない。

 

 死んでる訳がないと思ってたけど、やっぱり流石の一言だ。

 俺も負けていられねぇ。

 生存者の救出が終わるまでの時間稼ぎをするか。

 何も言わなくとも、リヴァイ兵長なら超大型巨人に攻撃を仕掛けてくれるだろう。すると奴は兵長を迎撃するために熱風を放出し続ける必要があり、あのデカブツは熱風を出している間は動けなくなる。

 となれば、あとは鎧の巨人だ。

 アイツさえ抑えれば撤退できる。

 

 そんな感じで思考を纏めた俺は、拳を構えて鎧の巨人に向き直る。

 その、瞬間。

 視界に映る一面の焦土の中に、まだ黒く焦げていない人の腕が埋まっているのが見えた。

 慌てて駆け寄り、指先で灰を掻き分けて埋まっている人物を引っ張り上げる。

 

「そんな……」

 

 灰の中から現れたのは、クリスタとドミニク。

 2人を見て、肩に乗っていたアリーセが口元を押さえて絶句する。

 灰の中から引っ張り上げたドミニクは、その背中の肉が真っ黒に焦げていた。

 おそらく骨まで焼け焦げている。もう間違いなく死んでいるだろう。

 対照的に、ドミニクの腕の中にいるクリスタには傷1つない。

 あの爆発から、その身1つでクリスタを守ったのか。壁外調査開始の瞬間から、常に恐怖で震えていたあの新兵が。

 

 ――好きな女の子を庇って死ぬとか、カッコつけすぎだバカ野郎。

 

 気を失っているクリスタをアリーセへと預け、俺はドミニクの亡骸を口に含む。

 こうすれば、壁の中に連れて帰ってやれる。

 それがドミニクに対してビビりなんて言っちまった俺にできる、最低限のことだろう。

 

「総員、撤退ッ!」

 

 ここでようやく救出作業が終わったらしく、エルヴィン団長が撤退命令を出した。

 巨大樹の森へ来る時と比べるとかなり規模が縮小してしまっているが、まだ長距離索敵陣形を維持できる程度の兵士は残っているらしい。

 エルヴィン団長を先頭にして、全ての兵士が一斉に反転。

 この場からの全力離脱を開始する。

 

「――ッッオオオアアアアアアアアッ!」

 

 それを見た超大型巨人が、絶対に逃すかと言わんばかりに咆哮を上げた。

 撤退する調査兵団の後ろから、灼熱の暴風が迫り来る。

 そう何度も同じ手が通用するなと思うなよ、木偶の坊が。

 アリーセとクリスタを横髪の中へと隠し、髪を硬質化することでまず2人の安全を確保。

 そして拳を地面に打ち付け、横幅の長さを重視した高さ3メートルほどの壁を生み出す。

 何とか熱風から調査兵団を守り切ったところで、俺の頭の上にリヴァイ兵長が着地した。

 

「ダイナ、今の力で立体物を作れ。俺が超大型巨人を足止めする」

 

 こっちも力がカツカツなのに、簡単に言ってくれるな。

 しかし進撃ファンの(さが)なのか、ガチトーンの兵長に命令されるとイエス以外の答えが出てこねえ。

 力を振り絞り、極細ではあるが高さ25メートルを超える塔を無数に打ち建てる。

 これだけ細いと並みの兵士ならアンカーを外しかねないが、リヴァイ兵長なら大丈夫だろう。この人は飛び回っているハエにすらアンカーを当てれそうだ。

 事実、リヴァイ兵長は普段と全く変わらない速さで超大型巨人へと攻撃を仕掛けている。

 

 俺の作り出した「塔」と奴の体を利用し、一瞬にして超大型巨人のうなじにアンカーを打ち込むリヴァイ兵長。

 超硬質ブレードを逆手に持ち替えたのが、地上からでも見えた。

 ワイヤーを巻き取りながら高速回転した兵長が、銀光の輪となって超大型巨人のうなじを狙う。

 超大型巨人も熱風を放出して迎撃を行うが、

 

 ――凄え。

 

 兵長の握る刃が、熱風を切り裂いた(・・・・・・・・)

 あまりに高速で振るわれる刃によって、兵長がいる部分だけ熱風が裂けている。

 もしも熱風ではなくて激流ならば、モーセの十戒のような光景になったかもしれない。

 よし、リヴァイ兵長の方は何の心配もねぇな。

 もうあの人を心配するのは無駄だ。

 万全の状態ならば、兵長は地獄の底からでも戻ってくるだろう。

 

 俺は超大型巨人に背を向けて、長距離索敵の後を追う。

 出来ればもう巨人化を解除して馬に乗りたいが、後ろから俺を追ってくる鎧の巨人がそれをさせてくれない。

 ……引き離せねぇ。

 ストーカー野郎め、さては今まで足の鎧を剥がしてやがったな。

 向こう側からすれば、調査兵団が超大型巨人の爆発によって半壊し、混乱していたさっきまでが追撃する最高の機会だった。なのに鎧の巨人は全く動くことなく、追撃を超大型巨人に任せていた。

 何故か。

 その理由が、追跡の準備をするためだったということだ。

 

 流石に万全の時の俺と比べると遅いが、疲弊した今の俺よりも速い。

 このままだと、壁内に帰還するよりも早く追いつかれるか。

 ……アレを使うか?

 しかし下手したら味方まで巻き込んでしまい、俺が調査兵団を壊滅させてしまう可能性もある。

 細かな制御までは、いくら王家の血筋を引く(ダイナ)でも難しいんだよな。

 エレンに協力して貰えれば鎧の巨人のみに狙いを絞ることも出来そうだが、その場合は切り札の情報として取っておいた『座標』のことがバレちまう。

 

「ダイナさん、右の方向から巨人が接近。10メートル級と13メートル級の2体です。その後ろから、さらに無数の敵影を目視しました」

 

 尻目で縮まっていく鎧の巨人との距離を見ながら策を練っていると、肩に乗っているアリーセが無垢の巨人の接近を報告してくれた。

 恐らく兵士によって足止めされていた、巨大樹の森の周りの奴らだろう。

 ……このくらいの数なら、いけるか?

 いや、『叫び』の力を使うなら今しかない。

 

 見せてやるよ、鎧の巨人。

 俺が『硬質化』の能力だけでなく、『叫び』の力までもを王家の血筋の力によって強化していたことを。

 ハンドサインで、アリーセに耳を塞ぐように伝える。

 アリーセはすぐに自分の耳を塞ぎ、同時に未だに気を失っているクリスタを抱きしめて彼女の耳を塞いであげた。

 優しい、流石は天使。

 これが天使と女神のコラボか。

 久しぶりに『叫び』の力を使う緊張感を下らないことを考えることでほぐし、俺は大きく息を吸う。

 

「ッッオオオオオオオオオオオオ――――ッッッッ!!」

 

 大地が震えるほどの声量を以って、俺は天を仰いで叫ぶ。

 直後、周囲にいた無垢の巨人が鎧の巨人に向かって一斉に走り出した。

 本来の女型の巨人の『叫び』は、あくまで無垢の巨人の標的を自分自身に設定し、引き寄せる能力でしかない。

 しかし王家の血筋の力によって性能が増したことで、自分以外の相手を標的に設定出来るようになったって訳だ。もちろん普通の『叫び』と比べると操れる巨人の数も減るし、範囲も半分以下に低下してしまうのだが。

 

 十数体に及ぶ無垢の巨人が、我先にと鎧の巨人に噛み付く。

 彼らの歯はほとんどが「鎧」によって弾かれるが、奴の足の肉は噛み千切られた。

 速度向上のために足の「鎧」を剥がしていたのが仇となったな。

 無垢の巨人に足止めされ、どんどん小さくなっていく『鎧』の姿を見て、俺はうなじから本体の上半身を露出させる。

 俺の巨人体から大量の蒸気が吹き上がり、少しずつ消えていく。

 先ほどの『叫び』で、完全に力を使い果たした。

 

「もう、これ以上は……限界です。アリーセ、すみませんが、近くを走っている兵士から私の分の馬も借りてきてもらえますか?」

 

「分かりました。すぐに戻りますから、もう少しだけ頑張ってください」

 

 そう言い残すと、アリーセはクリスタとドミニクの死体を担いで立体機動で飛び去った。

 やばい、フラフラする。マジで限界だ。

 もう巨人の体を維持する力すら残ってねえ。

 つーか、もう立体機動を行う力もねーよ。

 今なら3メートル級が相手でも抵抗できずに食われちまう。

 うわ、視界が明滅してきたぞ。

 これ……本当に、無理……

 

「ダイナさん!」

 

 巨人体を走らせることも出来なくなり、無様に女型の巨人ごと倒れ込む。

 それを見ていたのか、慌てた声で俺の名前を呼びながらアリーセが戻ってきた。

 手綱を引いて馬を止めた彼女は、俺の元に駆け寄ってくると両脇に腕を通して俺をうなじから引き抜こうとしてくれる。

 あ、ちょっと待て。

 気遣いはすごく嬉しいんだが、今の俺に触ったら……

 

「熱っ!?」

 

 ああ、言わんこっちゃない。

 パソコンなどの機械類で例えるなら、今の俺はオーバーヒートしてる状態に近いか。

 素手で触ったら、まぁそうなるわな。

 

「限界まで巨人の力を酷使した後は、こんな感じに熱を持つんです。アリーセ、火傷しますから離してください」

 

「自分で癒着した巨人の肉も剥がせない状態で、人の心配をしてる場合ですか。今回、私はダイナさんに助けられてばかりだったんです。大きな活躍は何も出来ませんでした。だから、せめてこのくらいはさせてもらいます」

 

 彼女は自己評価が低すぎる。

 顎の巨人と鎧の巨人を分断する時に、顎の巨人を抑えてくれたのはアリーセだ。

 彼女の支援がなければ、奴らを分断することは出来なかった。

 そう考えたら、十分以上に活躍してるだろう。

 ただ、リヴァイ兵長があまりにも圧倒的すぎたから他の全員が霞んでしまっただけだ。

 相手からすると、兵長はもう怪物にしか見えねーだろうな。

 

「ちょっと強引に引っ張りますけど、我慢してくださいね!」

 

「…………っぇ!?」

 

 今もまだ巨大樹の森で超大型巨人と戦っているだろう、人類最強の兵士に思いを馳せていると、もの凄い力でアリーセが俺を引っ張った。

 思わず変な声が出たぞ。

 相変わらず、その華奢な体のどこから馬鹿力が出てるんだろうか。

 アリーセのおかげでようやく巨人体から分離出来た俺は、彼女に支えられながら馬に乗る。

 

「1人で大丈夫ですか? 辛いなら私の後ろに乗ってください」

 

「このくらいは大丈夫ですよ」

 

 自分も馬に乗りながら、心配そうにこちらを覗き込んでくるアリーセに俺は苦笑混じりに返す。

 周囲の巨人はほとんど鎧の巨人へと差し向けたから、しばらくは巨人の襲撃もないはずだ。ただ馬を走らせるくらいなら、何とかなる。

 足で軽く横腹を蹴って馬を走らせ始めると、すぐ横にアリーセが並ぶ。

 

「お疲れ様でした。ダイナさん、大手柄でしたね」

 

「こんなに辛いのは、もうしばらく遠慮したいですけどね」

 

 残念ながら、壁内に戻っても休める時間はないだろうけど。

 帰還したらすぐに鎧の巨人と超大型巨人、そして顎の巨人の中身の捜索が始まるはずだ。

 尤も、俺が協力しても見つけ出せるかは分からないが。

 戦士組はアニの記憶から、俺に自分たちの正体やら名前やらがバレていることに気づいてるだろう。

 実際はそんなことは関係なく『原作知識』なのだが、それはまぁ置いといて。

 ともあれ、向こうは訓練兵団に入団する時点から、偽名とかを使って少しでも正体を隠蔽しようとしているに違いない。団長に中身の名前だけ伝えても意味ないだろう。

 104期生の名簿の中に、彼らの本名がない可能性の方が高い。

 現状、奴らの正体を割り出せるのは俺しかいない訳だ。

 どうしたものやら。

 

 ――そんな、帰還した後のことを考えていた時だった。

 

「ダイナさん、上です!!」

 

 反射的に空を見上げれば、5体の巨人が宙を舞っていた。

 当然、そいつらは重力に引かれて落ちてくる。

 慌てて手綱を引いて落下地点から逃れるが、落ちてくる巨人は5体で終わらなかった。

 次から次へと、無垢の巨人が降り注ぐ。

 

 鎧の巨人じゃねえ。

 アイツが一度になげとばせる巨人は、多くても1体か2体だろ。

 10メートルオーバーの個体を数体まとめて投げ飛ばせる奴なんて、この世界に1人しかいない。

 なぁ、そうだろう?

 超大型巨人……ッ!!

 

 遥か後方の地平線。

 そこに日の光を浴びて揺らめく巨人の――否、巨神(・・)の影。

 もはや殆どの筋繊維を消費し尽くし骨が浮かび上がった姿の超大型巨人は、まるで日本の妖怪であるガシャドクロを連想させた。

 

 巨人化能力者はより強く無垢の巨人をひきつける。

 その特性を利用して無垢の巨人を集め、奴はひたすらに俺たちに向かって投擲を行う。

 未だに降り注ぐ、無垢の巨人の群れ。

 ようやく超大型巨人が限界を迎えて倒れた頃には、俺とアリーセは既に数十人の巨人に囲まれていた。

 

 巨人の力は尽き、俺は立つことも難しいくらいフラフラで、場所は平地で立体物もなく、ガスと刃も十全ではない。

 絶体絶命という言葉を、そのまま体現したかのような状況だ。

 アリーセと背中合わせに立ちながら、俺は鞘から超硬質ブレードを引き抜いた。

 背後では、同じようにアリーセが剣を抜いている。

 

「……ダイナさん、あとで団長に抗議に行きましょうか。これは明らかに超過勤務です」

 

「ええ、そして団長の財布が空になるまでお酒を奢らせましょう」

 

「あれ? ダイナさんってお酒飲めましたっけ?」

 

「そう言えば、飲んだことありませんでしたね。帰ったら挑戦してみましょう」

 

 軽口を言い合って、俺とアリーセは笑みを浮かべる。

 絶望的な状況?

 だからどうした。

 この程度の地獄なら、シガンシナ区でのサバイバル生活で経験済みだ。

 確かに俺の実力はそこらの調査兵より多少はマシな程度だし、アリーセも強いとは言え、リヴァイ班のメンバーを僅かに上回る程度だ。

 お互いに、数十体の巨人を平地で駆逐できるほど強くはない。

 

 だが、2人でなら。

 俺とアリーセが連携すれば、リヴァイ兵長にだって負けないくらいの戦闘力を発揮できるという自負がある。

 背中にアリーセが立ってくれている限り、俺は戦い続けられる。

 

 軽く右手を左胸に当て、俺は兵士の敬礼を取った。

 公に心臓を捧げるという意味の敬礼。

 だが、俺が心臓を捧げる相手は壁内人類全体ではない。後ろに立つ、彼女にのみだ。

 

「アリーセ、私の心臓はあなたに」

 

「はい。そして私の心臓は、ダイナさんのものです」

 

 笑い合い、俺は信煙弾を打ち上げる。

 色は緑。意味は救援要請。

 果たして俺と彼女が生きている間に救援が来るか分からないが、死ぬまで生き足掻こう。

 

 空へと打ち上げられた信煙弾を合図に、俺とアリーセは躊躇なく巨人の群れへと飛び込んだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。