カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第24話 束の間の平和を

 カーテンの隙間から差し込む朝日を浴びて、俺はゆっくりと目を開く。

 もはや見慣れた自室の部屋の天井……ではなく、穏やかな笑顔を浮かべたアリーセの顔が目に入った。

 どうやら、寝ていた俺の顔を覗き込んでいたらしい。

 いつもは兵服を着ているアリーセだが、今日は訳あって私服だ。普段と違って綺麗な衣装に身を包む彼女は、一段と綺麗になっていた。

 

「お早うございます、ダイナさん」

 

「はい、お早うございます」

 

 ベッドから上体を起こして、アリーセと挨拶を交わす。

 それにしても、毎朝毎朝俺のところに来てよく飽きねーな。おかげで俺も早起きの習慣がついたんだが。

 まだ少し疲れの残る体を引きずりながらベッドから降り、俺は身支度を整えるために俺は化粧台の前に座る。

 引き出しの中から適当にリボンを選んで掴み、肩まで伸びる金髪を後ろで1つに束ねようとして、アリーセに止められた。

 

「またそうやって櫛も通さずに髪を括ろうと……せめて寝癖を直してからにしてください」

 

「だって面倒くさいじゃないですか、櫛を通すのって」

 

「もう……今日は任務ではなくプライベートで出かけるんですから、しっかりしてください。ほら、髪を梳かしますから動いちゃダメですよ」

 

 頬を膨らませながらそう言うと、アリーセは櫛を手にして俺の髪を梳かし始めた。

 みるみるうちに寝癖が消え、(ダイナ)の金髪が綺麗に整えられていく。それを化粧台に備え付けられている鏡ごしにぼーっと眺めていると、アリーセは手は止めずに話しかけてきた。

 

「右足、大丈夫ですか?」

 

「……? ああ、はい、大丈夫です。膝から下を失った程度なら、数分程度で再生できますから」

 

 心配そうに俺の右足に視線を向けるアリーセに対し、俺はその右足をプラプラと動かして異常がないことを知らせる。

 違和感も特にない、万全の状態と言って差し支えないだろう。

 しかしアリーセは俺の返答が気に入らなかったのか、表情をさらに険しくした。

 

「そういう問題じゃないです。例え巨人の力で再生するとしても、自分で自分の足を切り落とすなんてこと、出来ればもうして欲しくないです……」

 

「ええ……気をつけます」

 

 随分と心配をかけてしまったらしい。

 最初の笑顔とは真反対の、泣きそうな表情を浮かべるアリーセ。

 彼女を悲しませてしまったのは痛恨だが、俺はあの時に自分の足を斬り落としたのが判断ミスだとは思っていない。

 ああでもしなければ、アリーセは今ここにいなかったのだろうから。

 悔いはない……が、次からはもう少し気をつけるべきだな。

 もしこの立場が逆だったなら、アリーセに四肢を欠損させてまで助けられてしまったら、俺はきっと同じことを言ったはずだ。

 

「少し、怖いんです。もしかしたら突然ダイナさんが凄く遠くに行ってしまうんじゃないかって。貴女は無理をする人ですから。どうしても置いていかれてしまうような気がして――」

 

 そこで一度言葉を区切り、目を伏せる彼女。

 しばらくの間黙って手を動かし続けていた彼女は、やがて意を決したように口を開いた。

 

「ダイナさん、私にまだ何か隠していることがありますよね? それも、きっと凄く大切なことを」

 

 本当に、アリーセには敵わねえな。

 いつかは話さないといけなかったことだ。

 遅いか早いかの話だろう。

 どちらにせよ、エレンたち調査兵団がイェーガー家の地下室に辿り着いた時点で明らかになる。

 

「巨人の肉体を纏うことができ、即死さえしなければ大抵の傷は完璧に再生できる巨人化能力。確かに凄まじい力ですが、何の代価も払わずに手に入るものではありません。「九つの巨人」の力を継承した者は、継承したその瞬間から13年で必ず死ぬんです。……私の場合、残りあと8年もないですね」

 

 ガタンと音を立てて、アリーセの手から櫛が地面に滑り落ちた。

 鏡に映るアリーセの顔は、涙で濡れていた。

 

「どうして、もっと早くに言ってくれなかったんですか……」

 

「アリーセを泣かせたくなかったんです。言ったところで、どうしようもありませんから」

 

 膝から崩れ落ちたアリーセが、背中に顔を押し付けてくる。

 ああ、もう、やめてくれよ。

 だから言い出せなかったんだっつーの。

 そんなに悲しまれると、俺も死ぬのがどんどん怖くなっちまうだろうが。

 寿命が残されている間に、何としてもアリーセが笑って天寿を全うできる世界を作り上げるって覚悟に、ヒビが入ってしまいかねない。

 

「本当に、何の手段もないんですか? 私は、大切な人を死なせないために努力することも許されないんですか? そんなのあんまりです。どれだけ頑張っても隣で貴女が笑っていてくれる未来が得られないなんて……なら、私は何のために戦えば良いんですか!?」

 

 喉から絞り出すようして放たれたアリーセの言葉に、俺は返事をすることが出来なかった。

 こればかりは、本当にどうしようもない。

 巨人化能力者は「ユミルの呪い」からは絶対逃れられないのだから。

 そう、絶対に――、

 

 振り返って涙を流すアリーセを抱きしめようとして、俺は動きを止める。

 それはまさに、蜘蛛の糸を掴むかのような微かな希望。

 自分で思いついておきながら、絶対に成功しないと言い切れるようなものだ。

 

 「ユミルの呪い」を克服出来るかもしれない、たった1つの方法。

 しかしそれは、この世の全てを敵に回すことになる選択肢でもある。

 エルヴィン団長やリヴァイ兵長たち調査兵団を、エレンやミカサ、アルミンたち104期を、ジークやライナー、ベルトルトらマーレを、そしてその他の人類を。

 全てを敵に回す。

 俺とアリーセ以外の命を全て切り捨てれば、もしかしたら俺は生き長らえることが出来るかもしれない。

 尤も、それだけのことをしても結局8年後に死んでしまう可能性の方が圧倒的に高いのだが。

 

 俺は、どうすりゃ良いんだよ。

 俺とアリーセにとって、最高の未来ってのは何だ?

 そんなのは当然、2人揃って争いのない平和な世界で暮らし、寿命で死ぬことだ。

 アリーセが恋人を作り、結婚し、子供を産んで母となり、やがて孫ができて祖母となり、彼女が彼女の家族に見守られて息をひきとるまで、側で見守り続けることが出来ることだ。

 それが「ハッピーエンド」というやつだろう。

 

 だが、そんな未来はあり得ない。

 何もしなければ俺はあと8年足らずで死んでしまうし、だからと言って延命措置を行えば俺とアリーセを除く多くの命が失われる。

 俺とアリーセが2人揃って生き残るという未来は、屍山血河の上にしか存在しない。

 「2人揃って」と「平和な世界」は絶対に両立できないのだ。

 

 つまり、選ぶしかないということだ。

 当初の目的通りに、残りの命を全て燃やし尽くしてアリーセのために「平和な世界」を作り上げるのか。

 世界を地獄に変えてでも、彼女と2人で生きるのかを。

 

 俺は。

 どっちを選ぶ――?

 

 ゴンゴンゴンゴンッ! と。

 そこで俺の部屋の扉が、もの凄い乱暴な勢いでノックされた。

 アリーセが涙を拭きながら弾かれたように立ち上がり、俺も頭を振って今まで考えていたことを一旦吹き飛ばす。

 まだ、今は決断すべき時じゃねえ。

 選ばなければいけない時が来るまでに、もう少し時間はあるんだ。

 それまでに決めれば良い。

 悔いの残らないように。

 

「はい、どうぞ」

 

 湿っぽくなってしまった空気を打ち消すように、俺は努めて明るい声を出した。

 すると、ノックの時と同じくらいの乱暴さで扉が開かれる。

 

「まったく、いつまで準備しているんですの? 私とお姉様がせっかく買い物に誘ってあげたというのに、未だに出かける支度も終えていないなんて。やはり、巨人はノロマでクズですわね」

 

 痛烈な罵倒と共に部屋に入ってくるのは、アリーセと同じく日頃の兵服ではなくお洒落な衣装に身を包んだラウラだ。

 サイドテールの髪型はいつも通りだが、髪を結わえているリボンがいつもと違う。普段身につけているものより、綺麗で高価そうなものを使っている。

 

「少しアリーセと話し込んでしまって。すぐに準備しますよ」

 

「最大限にお急ぎなさいな。こうしている間にも、お姉様とお出かけ出来るという素晴らしい日の時間が減っていますのよ」

 

「はいはい」

 

 急かしてくるラウラに苦笑混じりに返答し、俺はアリーセによって綺麗に整えられた髪を改めてポニーテールにした。

 そして歯磨きと洗顔を済ませると、クローゼットの中から私服を見繕う。

 えーっと、どれ着れば良いんだ。

 取り敢えず動き易いやつが良いよな。それと今日は少し暑いから、薄手のやつ。

 コレとコレにすっか。

 俺が選んだのは、薄手のシャツと丈が膝下までのフレアスカート。本当はズボンが良いんだが、生憎と俺の私服は全てアリーセに選んでもらって買ったものか、彼女から貰ったものかだ。

 残念ながら、その中にはズボンはない。

 

 寝巻きを脱ぎ捨てて、さっさと選んだ服に手を通す。ゆっくりしてるとまたラウラに罵倒されちまうしな。

 身支度を整えて準備ができたと言おうとしたところで、アリーセに手を掴まれた。

 

「……アリーセ?」

 

「ダメです。まさか、本当にそんな格好で外に出るつもりですか?」

 

 な、何か分からねぇが何かやべえ。

 アリーセの背後に仁王像が立ってやがるぞ。

 気持ちが落ち着いて泣き止んでくれたのは良いが、今度はめっちゃ怖え。

 

「そのシャツ、薄すぎて肩と胸元が丸見えじゃないですか! 上にもう一枚羽織ってください!」

 

 だって暑いし、という俺の言い訳は封殺される。

 仕方ないので露出部分をショールを肩にかけて隠すと、ようやくアリーセからオーケーが出た。

 そんじゃあ、行きますか。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 今日は巨人化能力者捕獲作戦の前日。

 俺、アリーセ、ラウラの3人は、私服姿でストヘス区を訪れていた。

 理由はもちろん、捕獲作戦の決行場所となる街の下見――などではなく。

 

「お姉様、お姉様! 見てください、アレすっごく美味しそうです!」

 

「ラウラ、あまり大声出さないの。ちゃんと買うから。あっ、ダイナさんも食べますか?」

 

「……じゃあ、私の分もお願いします…………」

 

 スイーツを販売しているらしい露店に駆け寄っていくアリーセとラウラの後ろ姿を、俺は死んだ目で見送る。

 何やってんだろうな、俺。

 調査兵団の存続に関わる重大な作戦の前日に、街を遊び歩いてるとか。

 ようやく旧本部での監禁状態が解除されたからって、これは違うと思う。

 

 先日、俺はエルヴィン団長に壁内に潜む巨人化能力者についての情報を提供した見返りとして、旧本部から出ることが許された。

 尤も、完全武装の調査兵の監視付きではあるが。

 背後に視線を向けると、少し離れた路地裏からマントに身を包んだ男たちが俺を凝視している姿が見える。

 そりゃ、俺を監視も付けずに街を歩かせる訳にはいかないだろう。

 しかし、アイツらって側から見たら完全に不審者じゃねーか? 女3人組をストーキングして、誘拐しようとしている犯罪者集団にしか見えねえーよ。

 あ、あの真ん中の奴フォルカーだ。

 ガッツリ目が合ったな。

 何故かドヤ顔で手を振ってくるフォルカーを無視して、俺は視線を未だに露店に張り付いているアリーセたちに戻す。

 

 思い返すのは、昨日の作戦会議だ。

 会議に参加したのは俺、アリーセ、エルヴィン団長、リヴァイ兵長、ハンジさん、モブリットさん、ミケ分隊長、エレン、アルミン、ミカサの計9人。

 そこで俺は、エレンたちから104期の成績上位10名の名前を聞いた。

 結果、2位と3位が俺の知らねえ名前に変わっていた。

 奴らが偽名を使っているという俺の予想は、大当たりだったらしい。

 念のために2位と3位の人物の身体的特徴を聞いてみると、ライナーとベルトルトと完全一致したし、間違いないだろう。

 余談だがアニがいないのでエレンが4位、ジャンが5位といったように順位が繰り上がっていた。下は9位がクリスタで10位がユミルとなっている。

 

 現在、俺の情報を元にエルヴィン団長とアルミンがその頭脳を以って作戦の詳細内容を組み立てていることだろう。

 今日の夜に、その詳細な作戦内容が説明される予定だ。

 それまでは参謀以外の兵士は特にやることがないので、決戦に備えて十分に身体を休めておけって話になったが……

 

「はい、ダイナさんの分です!」

 

「ありがとうございます」

 

 露店から戻ってきたアリーセからスイーツらしきものを受け取る。

 あ、甘くて美味い。

 これってクレープか?

 この世界って、生クリームを作る技術あるんだな。

 外見や味がにてるだけで、全くの別物って可能性もあるだろうけど。

 スイーツと睨めっこしながら端の辺りを齧っていると、同じく片手にスイーツを持ったラウラが俺の右足の脛を蹴ってきた。

 

「ちょっ、普通に痛いですから!」

 

「どーせ再生するんでしょう? 平気で自分で斬り落とすくらいですし?」

 

「あれは必要に迫られたからやっただけで、好きで斬り落とした訳じゃないですからね!?」

 

 この子、巨人化能力者のことをいくらでも修復できるサンドバッグとして見てないか?

 地味に痛む足をさすりながらラウラを見上げると、彼女は俺以上に険しい表情で見下ろしてくる。

 

「先ほどからそんな顰めっ面で、私とお姉様があえて明るく振舞っている理由が分からないんですか? ああ、申し訳ありません。巨人にそんな知性はありませんものね。わざわざ声にして教えて差し上げますわ。重大な作戦の前日にも関わらず、なぜ私たちが訓練もせずに遊んでいるのか」

 

 ラウラはそこで残ったスイーツを口の中に放り込み、咀嚼して嚥下すると口元を拭って話を再開する。

 

「そんなの、明日死ぬかもしれないからに決まっているでしょう。人類と敵対する巨人化能力者たちとの戦いは、非常に苛烈なものとなる。恐らく、調査兵団からも市民からも夥しい数の人間が死にますわ。呆気なく、虫けらのようにその命を失うでしょうね。そして私やお姉様、ついでに貴女も例外ではない。……明日で死んでしまうのなら、最期に楽しい思い出でも作っておこう。そんな人間として当然の心理すら、巨人には理解できないのね」

 

 言われて、俺はようやく気づく。

 今日ずっと笑顔だったラウラの手が、僅かに震えていたことに。

 彼女と一緒にはしゃいでいたアリーセの笑顔が、少し引きつっていたことに。

 明日死ぬかもしれない、か。

 確かにそんなこと、全く考えてなかったな。俺はずっとその先のことばかりを気にしていた。

 そうか。

 明日、死ぬかもしれないのか。

 確かに、それは、怖いな。

 こんな道半ばで力尽きて果てるのは、怖くて仕方がない。

 壁外調査で死にかけながらも何とか生還して、それなのに数日後には再び命をかけた戦いに臨まなくてはならない。

 

 未来も大事だ。

 戦いに意識を向けるのも大切だ。

 訓練も、装備の点検も、作戦の立案も。

 だけどこの世界にやって来てから、延々とそんなことばかりしていたから完全に意識の外だったな。

 何も考えずに、ただ遊ぶなんてことは。

 

 俺もスイーツを口の中に押し込み、立ち上がる。

 今まで戦って、戦って、戦って、戦ってきたんだ。

 今日1日くらいなら、平和を満喫したって誰からも文句は言われないだろう。

 

「アリーセ、次はどこに行きたいですか?」

 

 オロオロしながら俺とラウラを交互に見ていたアリーセに、俺は笑いながら問いかける。

 彼女はしばらくポカンとした後、同じように笑顔を見せて言った。

 

「ダイナさんとなら、何処でも」

 

 嬉しい答えだが、それじゃあアリーセの行きたいところが分らねぇんだよなぁ。

 どうしたものかと辺りを見渡すと、少し気になる店を発見。

 次はアレにするか。甘い物を食べた後って、塩辛いものが食べたくなるよな。

 なんて考えていると、無視されたラウラがジト目で睨んでくる。

 

「随分と見事な手のひら返しですわね。そこで顰めっ面のまま、貴女にしか分からない難しいことで悩んでいても結構ですのよ? もしくは壁外に出て行って、お仲間と戯れるのでも構いませんが」

 

「どれもお断りですね。私は難しいことを考えるのも嫌いですし、血を見るのも嫌いですから」

 

 もしも俺が明日で死ぬのなら。

 「ユミルの呪い」で8年後に死んでしまうのなら。

 俺がいなくなっても、アリーセが泣かなくて済むくらい、楽しい思い出を作るのも悪くないかもしれない。彼女が度々思い出しては、笑えるくらい沢山の思い出を。

 

 アリーセの手を握り、ラウラの首根っこを掴んで俺は先ほど見つけた店へと歩みを進める。

 

「さっきから、あの特大骨つき肉のお店が気になっていたんですよ」

 

 流石はウォールシーナに属する街。

 お肉なんていう高級品まで売ってやがる。

 調査兵団の上官と同じ食事をしても、肉はほとんど食えねーからな。

 この機会に是非ともガッツリ食べておきたい。

 

「はあああああああっ!? 今さっきスイーツ食べたばかりですのよ!? なのにすぐ肉とか、やっぱり巨人は巨人ですわね! お姉様も反対でしょう!? っていうか肉!? そんな高級品よく売ってましたわねぇ!?」

 

 うわ、急にパニックなったぞこの子。

 そう言って助けを求めるラウラに、アリーセは申し訳なさそうに言った。

 

「ごめんラウラ。私も結構、大食漢なんだ。むしろさっきのスイーツで食欲が湧いてきちゃった。お肉なんて、滅多に食べられないし」

 

「食事の時に気づかなかったんですか? アリーセ、毎回フォルカーの倍くらいの量を食べてますよ」

 

 ラウラがこの世の終わりみたいな顔をする。

 しかし彼女はすぐに首を振って気を取り直し、アリーセへと縋り付く。

 ……俺に引き摺られたまま。

 

「ほら、食べ過ぎると太ってしまいますわ! 姉様の美しい容姿が損なわれてしまうのは良くありません!」

 

「私、食べても太らない体質なんだよね」

 

「…………」

 

 アリーセの細い腰を見たら分かるだろ。

 彼女が食べたカロリーは、全て脂肪ではなくあの怪力パワーの源になってるらしいからな。

 全くと言っていいほどに太る気配がねぇ。

 

「そんなに嫌なら、無理して食べなくて良いでしょうに」

 

「嫌ですわ! お姉様が食べるものは私も食べるんですの! というかこのご時世に肉はふつうに高級品ですのよ!? 食べないとか勿体ないでしょう!?」

 

 この子めんどくせえ。支離滅裂じゃねーか。

 冷徹な瞳で俺を監視する、いつものラウラはどこへやら。

 今の彼女は、大好きな姉の真似をしたい妹にしか見えない。

 俺と2人の時は冷酷で嗜虐的な性格になるのに、アリーセが絡むとこれだからな。

 ラウラにとって、アリーセは一体なんなのか。

 少し聞いてみたい気もするが、無遠慮に他者の心に踏み入るのは良くないだろう。

 特に俺はラウラに嫌われてるし、信用もされてねーし。

 

 店員に特大骨つき肉を3つ注文。

 うわ、馬鹿みたいに高い。

 ウォールマリアが陥落して肉が高級品になったのは知ってたが、この値段は想像以上だ。

 下手したら、この特大骨つき肉1つで数日は暮らせるぞ。

 つーか、特大を売り文句にしてるくせに商品ちっせぇな。

 ハンバーガー程度のサイズじゃねーか。

 いや、まあ、数が少ない肉ならこの程度でも大きい方なのか。

 

 ともあれ、肉はめっちゃ美味かった。

 明日死ぬとしても、これなら悔いはない。

 あくまで食事的な視点の話で、本当に死んだら悔いしか残らないけどな。

 

「さてと。ラウラがスイーツで私がお肉でしたから、次は今度こそアリーセの番ですよ」

 

 俺は未だに幸せそうに頬を抑えているアリーセに向かってそう言う。

 すると彼女はしばらく考えて、

 

「ダイナさんはどこが良いですか?」

 

「もうっ、この女に聞くのは無しですわ! お姉様が行きたいところをお考え下さいな!」

 

「ええ、私もアリーセと一緒なら何処へでも行きますから」

 

 俺とラウラにそう言われたアリーセは、遠慮がちに口を開く。

 

「それじゃあ――」

 

 アリーセが向かった店は、アクセサリーショップだった。

 綺麗な宝石が使われたペンダントやブローチ、イヤリング、ネックレスがズラリと並んでいる。

 ……こっちも肉に負けねえぐらい高いな。

 エルヴィン団長から多めにお金を貰っといて良かった。

 本来はまともな兵士ですらない俺に正規のルートから給料は出ないが、エルヴィン団長は調査兵団の金庫から俺に給料をくれている。

 団長曰く、兵器の維持費だそう。

 俺のことを兵器と言い切るあたりが、実に団長らしい。

 

「せっかくなので、3人でここのお店のアクセサリーを付けれたらなぁと思いまして。……嫌ですか?」

 

 ピカピカと輝く店内を凝視していると、隣でアリーセが恐る恐る聞いてくる。

 まさか、嫌なんて言うわけねーだろ。

 アリーセの頼みなら全て即答でオーケーだ。

 俺は普段アクセサリーなんて付けないが、そういう事なら付けても良い。

 

「もちろん良いですが、アリーセが選んで下さいね。私はこういうの全く分かりませんから」

 

「それだと服と同じじゃないですか……。なら、私がダイナさんのを選びますから、ダイナさんは私のを選んで下さい」

 

「えぇ……。変なものになっても知りませんよ?」

 

「良いです。私はダイナさんが選んでくれたものを付けたいんです」

 

 何だこの天使。

 クリスタと比較しても全く引けを取らねぇぞ、オイ。

 

 私のも選んで下さいとアリーセに縋り付くラウラはスルーして、俺は店内を物色する。

 ダメだ、何が良いのかさっぱり分からん。

 もう使われている宝石の色が違うようにしか見えねぇ。

 選ぶ基準が色以外にないんだが……

 

 と、そこで1つの商品が目に留まった。

 これは、あー、なんて言うんだっけか。

 確か……そう、ブローチってやつだ。

 黄金で形作られた(本物の金かどうかは知らないが)花の中心に、翠玉が埋め込まれたそれ。

 アリーセに似合いそう……なのかはセンスのない俺には分からないが、やたらとそのブローチに引っ張られる。

 試しにブローチを手に取って見ていると、既に俺の分とラウラの分を選び終わったらしいアリーセが隣にやって来た。

 

「それがダイナさんが選んでくれたものですか?」

 

「何故か、これがやたらと目についてしまって。……アリーセが嫌なら、他の物を探しま――」

 

「それが良いです!」

 

 俺が言い終わるより早く、アリーセが言葉を被せてくる。

 良く分からんが、気に入ってくれたらしい。

 俺からブローチを受け取ると、彼女はそれを胸に抱きしてめて笑った。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「そろそろ帰らなければいけませんわね」

 

 懐中時計を見ながら、ラウラが残念そうに呟く。

 アクセサリーショップを出ると、既に太陽が沈みかけていた。

 もうすぐエルヴィン団長が全調査兵を招集して、作戦内容の伝達を行うだろう。

 普通の市民のように街を歩くのも、これで終わりだ。

 俺は調査兵団の抱える兵器に、アリーセとラウラは巨人と戦う兵士に戻らなければいけない。

 

「必ず壁の破壊を狙う巨人化能力者たちを捕まえて、またこうして3人で街を歩きましょう。大丈夫です、私たちは負けません」

 

 そう言って、アリーセは胸元につけたブローチに手を当てる。

 隣では、ラウラがアリーセに選んでもらったらしいイヤリングを触っていた。

 そして俺もそれを見て、星を象ったクリスタルの中に、青い宝石が輝くペンダントを手で包む。

 

「……そうですね」

 

 首から下げたペンダントを持ち上げて2人に見せながら、俺は言葉を返す。

 

「確かに今日は一日、明日死ぬかもしれないという気持ちで思い切り遊びました。けれど、負けて死ぬ気は毛頭ありません。勝ちますし、生き延びますよ」

 

 十分に平和は満喫した。

 では、戦場へと向かおうか。

 この世界は残酷で、最高の未来への道は完全に閉じてしまっていて、人の命を踏み台にしなければ先に進めない地獄ではあるが。

 戦わなければ、希望の欠片すらも手に出来ないのだから。


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