カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第26話 交錯する思惑

 振り下ろされた顎の巨人の鉤爪が、フォルカーの胴体に三本線の爪痕を与える。大きく肉を削がれたフォルカーの体から、赤色がぶち撒けられた。

 体と共に立体機動装置を固定するベルトまで千切られた彼は機動力を失い、痛みに悲鳴を上げる暇すらなく地面へと落ちて行く。

 

「フォルカー!」

 

 咄嗟にラウラは体を捻り、2本のワイヤーを落下するフォルカーの下に敷くように伸ばした。ちょうどワイヤーがフォルカーの首裏と膝下に引っかかり、彼の体を空中で受け止める。

 トリガーを引いてワイヤーを巻き取ったラウラは、気を失ったらしいフォルカーを抱えて前線から離脱。

 兵服のジャケットを脱ぐと、それをフォルカーに巻きつけて乱暴に止血を行う。

 

「本当に馬鹿ね。あなたの得意分野は指揮官として後方から命令を出すことでしょうに。司令塔が前に出るなんて……死んだら、承知しませんわよ。後で私が油断した間抜けを殴れなくなるでしょう……!」

 

 気を失ったフォルカーの耳元で、ラウラは罵倒の言葉を放つ。

 すると、フォルカーが僅かに身じろぎして呻き声を漏らした。

 

「――! 生きてるのなら上々ね」

 

 血を吐きながらも何とか呼吸を繰り返す姿を見て、ラウラはそう呟く。

 そしてフォルカーを抱えて一気に後方まで移動すると、待機していた衛生兵に彼を預けて再び戦場へと舞い戻った。

 

 再び逃走を始めた顎の巨人を追いながら、ラウラは戦況の把握に努める。

 現在、地下深くに誘い込んで巨人化させずに捕獲する一次作戦、ハンジの部隊による「捕獲兵器」を用いて捕獲する三次作戦が失敗。

 本来なら真ん中に二次作戦……つまり、エレン・イェーガーが巨人化してユミルを捕らえるという作戦があったのだが、それはまず発動すらしていない。

 考えられる理由は大きく2つ。

 1、既にエレン・イェーガーが戦死した。

 2、何らかの理由があって巨人化出来ない状況にある。

 まだ2番ならマシだが、最悪の事態については常に考えなければならない。こちらの巨人が1体減った可能性もあると思っておくべきだろう。

 

「……?」

 

 そこまで思考を巡らせた辺りで、ラウラは異変を感じて眉をひそめた。

 顎の巨人の動きが、止まっている。

 奴は周囲の建物と比べてひときわ高い塔のてっぺんにぶら下がる形で、完全に移動を中断していたのだ。

 理由は不明だが、仕留めるのに絶好のチャンス。

 そう判断したラウラはすぐに顎の巨人がいる塔に向けてアンカーを打ち込もうとして、更なる違和感を覚える。

 誰が見ても、一目でわかる好機。

 なのに、他の兵士はなぜ動かない……――?

 

「お願いです、ユミルと話をさせて下さい!」

 

 聞こえてきたのは、高い少女の声。

 それが第57回壁外調査で同じ班となった新兵、クリスタ・レンズのものだという事にすぐに気付いた。

 クリスタは顎の巨人の頭の上に両手を広げて立っており、あろうことか人類の敵を背に庇っている。そのせいで、周囲の兵士も攻撃を仕掛けられないのだろう。

 ただでさえ『顎』は背を塔に付けた状態なのに、頭頂部にまで障害物を作られてしまうと、アンカーを打ち込める場所がかなり限られてしまうのだ。

 なれば顎の巨人にアンカーを打ち込む場所が予測されてしまい、最悪、アンカーを射出した瞬間にワイヤーを掴まれて殺される。

 だからと言って、強引にクリスタを斬り殺す訳にもいかない。

 完全な膠着状態だ。

 思わず舌打ちして、ラウラは顎の巨人から少し離れた位置の建物の屋根に着地。そして未だに顎の巨人との和解を呼びかけるクリスタに向けて刃の先端を突きつけながら、最大声量で叫ぶ。

 

「クリスタ、貴女のやっていることは重大な軍規違反ですわ! 敵を背に庇うその行為は反逆罪に該当します! 今すぐ顎の巨人からお離れなさい! さもなくば、貴女の命は保証しません!」

 

 殺意すら込められたラウラの言葉に、クリスタは顔を青くして怯む。

 しかし引き下がりはしなかった。

 

「待ってください! 私ならユミルと話し合えます、こんなに近づいても私は攻撃されていません! 仲間になってくれるかもしれない! 彼女は何の理由もなく人を殺したりする人じゃないんです! きっと理由があるはずです! もしユミルが味方につけば、人類の大きな力になります!」

 

 ラウラに引けを取らないほどの勢いで、クリスタも叫び返す。

 彼女の言葉の内容に思わず周囲の兵士が動きを止めてしまうが、ラウラだけは全く止まらない。

 

「『顎』が第57回壁外調査の際にどれほど多くの仲間を殺したか、分かっていますの? 今だって、フォルカーが殺されかけましたわ。大切な仲間が瀕死の重体に追い込まれましたのよ。もしかしたら死ぬかもしれない。それだけやられた後に、例え顎の巨人が仲間になると言われてもすんなり受け入れられる訳がないでしょう!?」

 

 殺意が爆発する。

 超硬質ブレードが震えるほどの力で持ち手を握りしめ、ラウラは刃を翻した。

 

「死者が絡んだ戦闘というものがどれだけ重たいのか、教えてあげますわ。何せ唯一戦いを止められる死者が、この世のどこにもいないのですから!」

 

 もう「話し合い」が出来る段階は過ぎ去ってしまった。

 顎の巨人は明確に人類に対して攻撃している。

 例えクリスタが顎の巨人の説得に成功して、味方になったとしても、どれだけの兵士が納得できるだろうか。信用できるだろうか。

 この「捕獲作戦」は絶対に失敗できない。

 エレンの命運と、エルヴィン団長を含む調査兵団の中核を担う人物たちの首がかかっているのだから。

 例え『顎』の力を天秤にかけたとしても、調査兵団はこれ以上のリスクは背負えないのだ。

 

 ラウラがトリガーを引き、右のアンカーを塔に打ち込む。

 すぐに顎の巨人がワイヤーを掴もうと手を伸ばすが、それより早くラウラは射出したワイヤーを回収。空中で身を捻り、次は左の射出口からワイヤーを放ってアンカーを伸ばした顎の巨人の手に打ち込んだ。

 一気にワイヤーを巻き取りながら回転したラウラが、顎の巨人の指先から肩にかけてを大きく斬り裂く。

 

「――ぃあああああああッ!」

 

「ユミル!?」

 

 血飛沫が舞い、右腕をズタズタにされた顎の巨人が絶叫した。

 そんな『顎』の残ったもう片方の腕にアンカーを突き刺して、ラウラが宙を舞う。

 

「大勢の仲間を殺したその両腕をズタズタにしてから、本体の方を引きずり出してあげますわ。その際に中身の方も腕が無くなりそうですが、構いませんわよねぇ!?」

 

 銀色の刃が閃き、顎の巨人の左腕がミンチと化す。

 両腕の機能を奪われた顎の巨人が頭から大地へと落下する……ことはなかった。

 振り抜かれたラウラの刃が顎の巨人の左腕に届いていない。左腕の代わりに、クリスタの握る剣の刃が火花を散らして砕け散る。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 ラウラの攻撃をクリスタが防いだのを見て、ユミルの全身から血の気が引く。

 両腕を斬り裂かれ、巨人体から引きずり出されかけた事が原因ではない。クリスタが兵団に対して、明確な敵対行動を取ってしまったことにだ。

 これでクリスタは完全に反逆者だ。処刑されたっておかしくはない。

 

 ――もし今のが原因でクリスタが殺されてしまったら、自分は一体何のために壁内人類を裏切って鎧の巨人と超大型巨人の味方になった?

 クリスタが死んでしまったら、今までの自分の行いは全て水泡に帰してしまう。

 

 そう考えた時、ユミルは巨人体から本体の上半身を引き抜いて叫んでいた。

 

「やめろクリスタ! お前が死んじまったら、私の努力が全て無駄になっちまうだろうが! 今すぐ私から離れろ!」

 

 突然に本体を露出させて言葉を発したユミルに、鍔迫り合いをしていたラウラとクリスタは同時に、しかし全く異なる反応を見せる。

 

「ユミル、やっぱり理由があるんでしょ!? 鎧の巨人や超大型巨人に、協力しなくちゃいけなかった理由が! ならちゃんと話してよ!」

 

「総員、全力攻撃! 絶対に『顎』を逃すな!」

 

 クリスタの叫び声が虚しく響く中、ラウラの号令に従って今まで静観していた周囲の兵士が一斉に動き出した。

 まるで針のむしろのように顎の巨人に次々とアンカーが突き刺さり、全方位から兵士が一斉に渾身の斬撃を叩き込もうとする。

 何人かの兵士の軌道上にはクリスタがいるが、彼らが止まる気配はない。

 クリスタごとユミルを斬り裂いて捕獲してやると。例え人殺しとなろうとも、顎の巨人をここで止めるのだと。

 その覚悟が彼らの表情がありありと読み取れる。

 

 新兵の少女を斬ってしまうことに、思うところはあるのだろう。

 しかしクリスタ1人の命と、これから顎の巨人によって奪われるかもしれない無数の命を天秤にかけた彼らに躊躇いはない。

 

「チッ――!」

 

 襲いくる無数の兵士の姿にユミルは舌打ちし、すぐさま本体を巨人体の中へと戻して神経系を再接続。

 塔から飛び降りて落下を始めると共に、頭上にいたクリスタをまだ無事だった左手で掴んで口の中へと含んだ。

 そして身軽さを活かして空中で大きく動き、体中に刺さったアンカーから伸びるワイヤー同士を絡ませる。すると必然的に、攻撃を仕掛けようとしていた兵士たちが立体機動に失敗して次々と吹き飛ぶことになった。

 

 鍔迫り合いの相手が突然に消え去った挙句、足場にしていた顎の巨人が動き出したことでバランスを崩したラウラは、ユミルの頭の上から振り落とされながらも咄嗟に立体起動を行なって近くの建物に着地する。

 ラウラはクリスタを口に含んだまま遠ざかっていく顎の巨人を見て拳を地面に叩きつけ、苛立ちを露わにしながら近くにいたミカサへと言葉を発した。

 

「アッカーマン、エレン・イェーガーはどうしましたの!? 二次作戦は!?」

 

「エレンは今、何とか巨人化しようとしていますが……」

 

 歯切れの悪いミカサの態度にラウラは舌打ちしそうになるが、指先で軽く彼女の宝物であるイヤリングに触れることで平静を取り戻す。

 

「まぁ、生きているのならまだマシですわ。アッカーマン、貴女はエレンの元へ向かって彼の護衛をなさい。巨人化出来ないなら、腕でも足でも斬り落として発破かけてやりなさい。ヤルケル区を抜けられて平地戦になれば、兵士は無力になりますもの」

 

「了解です!」

 

 もの凄い速さでエレンの元へと向かっていくミカサを見届けると、ラウラは刃毀れしたブレードを換装。

 そして周囲の兵士に対して命令を出した。

 

「フォルカーが負傷して戦線離脱した為、指揮権は私が引き継ぎます。……全力で追撃しますわよ。顎の巨人と、ついでに反逆罪を犯した新兵を何としてでも捕獲なさい!」

 

「「「はっ!」」」

 

 

 

 第一次、第三次作戦が失敗し、第二次作戦は不発。

 顎の巨人捕獲作戦は、さらに苛烈なものへと化していく。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 エルヴィン団長らと、馬車でヤルケル区を出発してから数時間が経過した。

 ……馬車での長距離移動、マジで辛え。

 舗装されてない道とかも普通に通るからめっちゃ揺れて尻が痛いし、めっちゃ酔う。もしも今、少しでも気を抜いたなら俺は間違いなく胃の中のもの全部吐き出すな。

 こんな密室空間で吐いたりしたら、潔癖症のリヴァイ兵長にぶっ殺されるから死ぬ気で耐えるけどさ。あとダイナさんの名誉のためにも。

 つーか、俺以外は全員平気な顔してるってどうなってんだよオイ。

 

「ダイナさん、顔が真っ青じゃないですか。乗り物が苦手なら早く言ってください!」

 

 ぐったりして窓の景色を眺めていると、俺が不調なことに気付いたアリーセがそう言って俺の体を優しく倒す。

 並んで座っている時に体を横に倒せば、自然と俺の頭はアリーセの膝の上に乗る訳で。

 

「少しでも楽になると良いんですけど……」

 

 天使か。

 膝枕に加えてそっと背中をさすってくれるアリーセ。

 一気に気力が戻ってくる。

 振動がより伝わってくる気がしないでもないが、取り敢えず俺の尻は救われた。

 

「オイ、何くつろいでんだ」

 

「体調管理の一環って事で、見逃してください」

 

 膝枕が至福すぎて寝かかっていると、向かい合って座っている兵長から厳しい言葉が飛んでくる。

 確かにくつろいでいる場合じゃねぇが、ラガコ村に着くまでは馬車の中でじっとする以外にやることがない。なら休んでおくのは悪い事ではないだろう。

 と、心の中で言い訳しておく。

 まぁ、吐きそうな状態で獣の巨人と殺り合う訳にもいかんだろ。

 何せ中身のジークは戦士長。

 その実力は、鎧の巨人とタイマンして圧勝してしまうほどなのだから。

 

 それでもこのメンツなら、十分に勝機はあるだろうが。

 リヴァイ兵長は先の戦いで負った全身火傷が完治しておらず、未だに包帯でぐるぐる巻きの状態だが、本人曰く戦闘に支障はないとか。

 全身火傷してても戦えるとか、アッカーマンマジでやべえ。

 『原作』では兵長1人で獣の巨人を完封してたし、そこに俺たちのサポートを加えればきっと勝てる。

 

「……見えてきたな。あれがラガコ村だ」

 

 そこで窓の外を無言で眺めていたエルヴィン団長が、目的地が近づいてきたことを告げた。

 アリーセに支えてもらって上体を起こし、俺も窓の外へと視線を向ける。

 まだかなり距離はあるが、確かに遠くに小さく村の影が見える。

 

 どうやら、まだ村人たちは巨人化してないらしい。

 何とか間に合ったと、俺が安堵の表情を浮かべたその瞬間だった。

 まるで霧が立ち込めるようにして、白いガスのようなものが村を覆っていく。

 ゾッッッと。

 背中に悪寒が走る。

 

 まさかアレ、ジークの脊髄液を気化した――!?

 

 俺の思考を搔き消すように、無数の雷が雲1つない晴天から村を目掛けて降り注いだ。


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