カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第27話 ダイナとジーク

 晴れ渡る空から、無数の雷光が降り注ぐ。

 爆音が鳴り響くと共に蒸気が充満し、その中から巨大な影が次々と姿を現した。

 その光景を目にした俺は、咄嗟に窓から顔を出して御者の人に向かって叫ぶ。

 

「敵の攻撃です! 馬車を反転させて、ラガコ村から出来るだけ距離を取ってください!」

 

「お、おうよ!」

 

 俺の叫び声を聞いた御者の人がすぐさま手綱を引き、馬車の進行方向を変更。

 ラガコ村を覆い隠す白い霧は、巨人の発する蒸気じゃねぇ。

 ガス兵器だ。

 気化させたジークの脊髄液をばら撒いていやがる。

 巨人化能力者である俺やアッカーマン一族の血を引くリヴァイ兵長ならガス兵器の影響は受けないが、他の4人は気化した脊髄液を吸い込めば無垢の巨人に変えられてしまう。

 幸い、俺たちの乗る馬車は風上だ。

 これだけ距離を取っていれば、風向きが変わらない限りは大丈夫だろ。

 ……多分な。

 ガスの正確な拡散範囲が分からねえから、断言は出来ないけど。

 

 つーか、ラガコ村にいるあのガスマスク被ってる奴らってマーレ人だよな?

 いや、マスクをする必要があるって事はエルディア人か?

 どちらにせよ、マーレの軍人なのに変わりはないはず。捕まえれば『原作知識』にないマーレの情報まで得られるかもしれん。

 余裕があれば捕虜にしたいが、それは流石に高望みしすぎか。

 この世界に来てから5年も経過してるせいで、俺の『原作知識』も所々が抜け落ちてる気がするんだよな。

 しかし、『進撃の巨人』は最も好きだった作品で何度も読み返したものだ。

 頭に染み付いた『原作知識』はそう簡単には消えない。まだ9割近くは残っている。

 ……まぁ、その欠けた1割が怖いんだが。

 

 ともあれ、まずは獣の巨人の侵攻を退けることに集中しねぇと。

 こちらの戦力も強大だが、ジークは簡単に負けてくれるほど弱くない。

 まずは、無垢の巨人にされたラガコ村の住民から片付ける。その後に獣の巨人を討伐、捕獲――

 

「おいダイナ。エルヴィンが呼んでるだろうが」

 

 俺の思考はリヴァイ兵長の声によってそこで途切れてしまう。

 直後に首根っこを兵長に掴まれ、俺は窓から身を乗り出していた体勢から元の体勢へと戻された。

 再び向かい合って座った俺に視線を合わせ、エルヴィン団長が口を開く。

 

「なぜ君は先ほど馬車を反転させた? 攻撃とはあの霧のようなものか? どうしてあの霧が敵の攻撃だと判断した?」

 

 おおう、久しぶりに団長の質問攻めがきたな。

 初めて調査兵団と接触した後に行われた情報提供の「取り引き」の時ほど激しくはないけどさ。

 なんて地下牢で鎖に繋がれ、朝昼晩と延々と尋問されていた頃を思い返しながら俺は質問に答える。

 

「団長、あの白い霧のようなものは壁外の兵器である『ガス兵器』です。毒を気化したもの、と認識してもらって構いません。もしあの霧を吸い込んでしまったら、まさに今見たように調査兵団に馴染み深い「通常種の巨人」に変えられてしまいます。『毒』の効果範囲が分からないので、まずは安全を確保すべく距離を取りました」

 

 俺にしてはなかなか上手く答えられた方だと思う。

 調査兵団に入ってからは色々と説明してばっかりだったからな。これだけやれば、お世辞にも舌が回るとは言えねえ俺でも少しはマシになるもんだ。

 

 俺の回答にエルヴィン団長は顎に手を当ててしばらく思考すると、窓の外へと視線を向けて、

 

「あの毒が消えるまでは、白兵戦が不可能という訳か……」

 

「色々と対策を立てたいところですが、あまり時間は無いようです」

 

 そう言い、俺は指先で窓を指す。

 俺の指差した先では、数十体以上の無垢の巨人が揃って俺たちの方を凝視していた。

 まぁ、この距離なら無垢の巨人の探知圏内だよな。

 それでもまだ奴ら……いや、彼らが一斉に襲ってこないのは、彼らを巨人化させたジークが「動くな」と命令を出しているからだろう。

 が、間も無くその命令も解除されるはずだ。

 獣の巨人とマーレの目的は、ファルコ曰く威力偵察。

 それならせっかく作り出させた無垢の巨人を、いつまでも手元に置いておくわけがない。

 

 さて、どうするか。

 数十体の無垢の巨人は、リヴァイ兵長なら単独で駆逐できるだろう。

 しかし、あの辺り一帯はガス兵器が充満していて近づけない。

 残された手段は「ガス兵器」が効果を失うまで待機するか、無垢の巨人をこちらに誘い出すかの二択。

 ……待機ってのは無いか。

 放置したら数十体以上の無垢の巨人が、ウォールローゼ内部に解き放たれる。

 『原作』と同じくらい被害が出てしまう。

 それに壁を破壊していないのに無垢の巨人が壁内に現れたら、ライナーやベルトルトが獣の巨人がやって来たことに気づくかもしれねぇ。

 そしたら最悪だ。

 顎の巨人捕獲作戦との同時進行のせいで、『鎧』と『超大型』の元で待機している戦力が不足している。

 ミケ分隊長らだけでは『鎧』と『超大型』を止められず、獣の巨人との合流を許してしまうかもしれない。

 

 となると、残るは無垢の巨人を誘い出して駆逐するしかない。

 ラガコ村の住民には悪いが、彼らを元の姿に戻す手段はないからな。

 ジークを食わせたら戻れるが、それでも助かるのはたったの1人だけ。

 それに今回の任務においての最優先は「捕獲」となっている。

 ここでジークを殺すは無しだ。

 

「皆さん、私が無垢の巨人をこちらに誘き寄せてみます。成功するか分かりませんが……成功した場合、数十体以上の巨人が一斉に襲って来ることになります。準備して下さい」

 

「「な……っ!?」」

 

 再び窓から身を乗り出して放った俺の言葉に、ナイルさんとジャンが絶句する。

 並みの兵士の感覚からすれば、巨人は少人数では1体倒すのも難しい相手。数十体を超える数の巨人が同時に襲来すると言われたら、そんな反応をするのは当然と言えるだろう。

 つーか、あの数は下手したら3桁に届く規模だしな。

 それに対して、エルヴィン団長とリヴァイ兵長は僅かに目を細めただけだ。

 彼らの目には驚愕はなく、ただ「本当に出来るのか?」という問いかけが宿っているのみ。

 

 出来る、はずだ。

 彼らはジークの脊髄液で巨人化した個体のため、命令権はジークの方が強いだろう。

 が、『獣』に無垢の巨人を操る力はない。

 巨人化させる、巨人化させたそれらを操るという能力は、全て中身であるジークに由来するものだ。

 対して、こちらは同等の力に『女型』が本来備えている力も乗る。

 ダイナの力と女型の巨人の『叫び』の力が合わされば、無理やり指揮系統に横入りして、ジークから命令権を一時的に奪い取ることは可能なはず。

 

「絶対に……やってみせます」

 

「……分かった。リヴァイ、戦闘の準備だ。まずは壁内に出現した無数の巨人を討伐する。これ以上は決して、民間人に被害は出させない」

 

「了解だ、エルヴィン」

 

 俺の答えを聞くと、リヴァイ兵長は窓から飛び出して馬車の屋根上に着地する。上から超硬質ブレードを抜刀する、金属同士が擦れ合う独特の音が聞こえてきた。

 

「エルヴィン、正気か!? 不確定要素が多すぎるぞ!?」

 

「だが、我々には時間がない。このままでは「ガス兵器」によって、壁内の人類全てが巨人に変えられてしまう可能性もあるだろう。そうなる前に、敵対巨人化能力者を何としても捕らえる必要がある」

 

「ぐ……っ」

 

 どうやら話は決まったらしい。

 エルヴィン団長とナイルさんの会話が終わったのを見て、俺は大きく息を吸い込む。

 ジークは人間の姿のままで叫んでも、脊髄液を摂取させた人間を巨人化させる事が出来る。

 なら、俺もわざわざ巨人化しなくとも『叫び』の力を発動できるはずだ。

 

 既に前例はあるしな。

 ウォールマリアが陥落した日。

 俺が初めて女型の巨人となり、シガンシナ区からトロスト区までマラソンした時のこと。

 街に入るために巨人化を解除した俺は、人の姿のまま開閉門へと走った。

 俺は門まであと少しのところで巨人に捕まりかけたその時、止まれと強く念じて叫んだら後ろから迫り来る足音が止まったんだよ。

 恐らく、無意識のうちに王家の力と『叫び』の力を発動させたんだろう。

 要するに『叫び』の力は人の姿のままでも使える。

 無理だったら、その時は巨人化すりゃ良い。

 

 蒸気とガスの中からこちらを凝視する無垢の巨人たちに意識を集中させ、俺は吸い込んだ息を叫び声として吐き出した。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 瞬間、見えない何かによって無垢の巨人と自分との間にラインが生まれる。

 繋がった(・・・・)――ッ!

 『叫び』が届いたと感じた瞬間、俺は目に見えないラインを通して無垢の巨人に命令を送り込んだ。命令を与えられた無垢の巨人の全身に電気のようなものが走ったかと思うと、彼らは俺に向かって一斉に走り出す。

 

「馬車を走らせるんだ。ただし、ラガコ村からは離れ過ぎないように。それと風向きも留意せよ」

 

「了解!」

 

 我先にと襲い来る巨人の群れを見たエルヴィン団長が、俺と同じように窓から身を乗り出して御者に指示を出した。

 すぐに馬車が走り出し、自然と巨人と鬼ごっこする形になるが……

 

「追いつかれるのは時間の問題ですね」

 

「ええ。馬は調査兵団のサラブレッドではない普通の種ですし、6人も人が乗った馬車を引いています。疾走する巨人から逃げ切れるほどの速度はまず出ません。……しかし、今は逃走ではなく駆逐が目的ですから」

 

「つまり、篩い分けを行うために馬車を走らせたんですね。まずは足の速い個体から倒すために」

 

 あっという間に大きくなる巨人の姿を前に、俺とアリーセは会話をしつつ抜剣。

 2人一緒に窓から出て屋根の上に登り、リヴァイ兵長の横へと立つ。

 

「ダイナ、お前は無理しなくて良い。村人をまとめてノッポにしやがったクソ野郎の顔面を殴り飛ばすための体力を温存しておけ。アリーセ、お前は援護に徹しろ。奴らのうなじは俺が削ぐ」

 

「「了解」」

 

 兵長の指示に俺とアリーセが同時に頷くと同時、兵長が疾駆する馬車の屋根上から掻き消えた。

 消えた兵長を追って顔を上げれば、真っ先に馬車に追い立ててきた巨人の背後へと回り込んでいる姿が。

 全身に火傷を負ってるのに、全く速度が衰えていないとはこれ如何に。

 戦慄する俺の目前で、15メートル級の巨人があっさりと命を絶たれた。崩れ落ちる15メートル級の頭を足場に兵長が跳躍し、馬車にアンカーを打ち込むと屋根の上へと戻ってくる。

 ここまで、わずか5秒未満。

 

「今の俺の動きを模倣しろ。馬車から離れず、追い付いてきた奴から順に始末するぞ」

 

 そんな超人的な動きが簡単に真似できるわけねーじゃん! と思ったが口には出さない。

 俺の役目は援護って言われたしな。

 近づいてきた巨人の手や眼球を潰すことに専念して、トドメは兵長とアリーセに任せよう。

 そこまでズバ抜けた才能がある訳でもない俺には15メートル級を数秒で倒すなんて芸当は無理だが、アリーセなら出来るだろうし。

 

 そう結論付けた俺は、こちらに手を伸ばしてくる巨人の手に右のアンカーを打ち込む。ガスを吹かして一気に飛翔し、指をまとめて斬り落とすと同時に左のアンカーを馬車へ。

 少しフラつきながらも、走行中の馬車に舞い戻ることに成功。

 俺に指を落とされて動きが鈍った個体を、アリーセが討伐したのを見届ける。

 よし、援護くらいなら何とかなりそうだ。

 

 ……まぁ、援護すら必要なさそうな気もするけど。

 

「らァッ!」

 

 刃が閃いたかと思うと、巨人が8体まとめて木っ端微塵となる。

 巨人の腕を、肩を、頭を足場にしながら、ガスの消費すら抑えてリヴァイ兵長が空を舞う。

 その姿は、まるで弓から放たれた矢の如く。

 兵長が通り抜けた軌道上の巨人は全て血と臓物をぶち撒けて絶命し、次々と蒸気と化して消えていく。

 

 ――――――――――ッッ!!

 

 ほんの数十秒で半数近くの巨人を駆逐した兵長の姿を唖然としながら眺めていたその時、体に電気が流れたかのような痺れが走った。

 次の瞬間に生き残っていた無垢の巨人が、一斉に活発化する。

 運動性能の上がり方が異常だ。殆どの個体が馬車より速くなりやがった。

 チッ、ジークが何かやったな!?

 間違いなく今の痺れは、こちらの様子を見ていたジークがこのままだと無垢の巨人が全滅すると察して『叫び』で追加命令を出した余波だ。

 

 運動性能が飛躍的に上がった13メートル級が、もの凄い速さでリヴァイ兵長に向けて手を伸ばす。

 並みの兵士どころか、精鋭兵だって避けれるか分からない速さ。

 ミケ分隊長やアリーセほどの実力者で、ギリギリ躱せるかといったところか。俺なら無理だ。回避が間に合わん。

 そんな速さで伸びる腕に対して、リヴァイ兵長は真正面から突っ込んだ。

 螺旋を描きながら飛翔した兵長と、巨人の腕が交差する。

 結果、巨人の腕の方が輪切りとなった。

 それどころかうなじまで削ぎ落とされ、13メートル級が大地に沈む。

 

 え、えげつねぇ……!

 

 調査兵団と敵対する事になったら、マジでどうやってあの怪物兵長を凌げば良いのか。

 無垢の巨人の大群で攻撃するのは無意味。

 硬質化は間に合わず、巨人化して放つ蹴りや拳は兵長に斬り落としてくださいと四肢を差し出すのと同じ。

 ダメだ、勝てるビジョンが全く浮かばねーわ。

 ……この戦いが終わったら、対兵長の能力やら戦法やら組み立てよう。

 

 俺がそんなことを屋根上で考えられる余裕が生まれるほど、兵長の強さは圧倒的だった。

 3桁に迫る数だった巨人が、今や数えられる程度にまで減っている。

 

「進行方向をラガコ村へ! 相手は短時間で多くの戦力を失った状態だ。対応する猶予を与えずに捕獲を行う」

 

 巨人の数が大幅に減ったことに加え、ラガコ村を覆い隠していたガスが晴れたのを見てエルヴィン団長が叫んだ。

 確かに今ならいける。

 ジークはまだ巨人化してねぇ。

 獣の巨人が現れるより早く、距離を詰めておくべきだろう。

 遠距離からラガコ村の家屋やらを投擲されたら、こっちは一気に不利になっちまう。

 ほぼ使わなかった超硬質ブレードを鞘へと戻し、俺は護身用ナイフを懐から取り出して巨人化の用意。

 そして、俺たちを乗せた馬車がついにラガコ村へと侵入する。

 

「アリーセ、念のためにハンカチなどの布で口元と鼻を抑えてください。他の皆さんも」

 

「ダイナさんは大丈夫なんですか?」

 

「ええ、私は巨人化能力者ですから」

 

 アリーセとそんなやり取りを交わした、次の瞬間だった。

 

「嘘だ……そんなことが、あり得ない…………」

 

 倒壊した家々の奥から、ジーク・イェーガーが呆然とした表情で現れる。

 彼の視線は当然、俺に向けられたまま動かない。

 

「あんたは楽園送りになった。もう十数年も前に。親父と一緒にだ」

 

 目を見開き、体を震わせて、首を振ってそう呟くジーク。

 そんな相手を屋根上から見下ろしながら、俺は思考する。

 この場において、どう反応するのが最適解だ?

 

 ――化け物をも凌ぐ必要に迫られたのなら、人間性をも捨て去ることができる人のことだ。

 

 脳裏に、そんな言葉が浮かび上がる。

 ああ、そうだよな。

 この場における最善手というのは、ジークを出来る限り混乱させて、その間に叩き潰してしまうことだ。

 だから俺は最もジークがパニックを引き起こす言葉をよく考え、そして口を開く。

 

「ええ、そうよ。あなたがマーレに私とグリシャを告発したことで、私たちは楽園送りになった。あなたはエルディア人みんなのために、戦わなければいけなかったのに。この――役立たず」

 

「あ、ああ、ああああああああっ!?」

 

 頭を抱え、髪を掻きむしりながらジークが叫ぶ。

 『原作』で見た常に余裕を保ち、エルヴィン団長にも届きうるほどの知略を見せ、圧倒的な力で調査兵団を蹂躙したあのジークと同一人物だとは思えないほど狼狽する彼を見下ろして、俺は小さく呟いた。

 

「兵長、今です」

 

 俺が言い終わるより早く。

 リヴァイ兵長がジークの背後に現れ、大混乱に陥っているジークに向けて刃を振り下ろした。


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