カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第2話 トロスト区侵入作戦

 体が熱い。

 全身のいたる所から蒸気が噴き出している。

 シガンシナ区を抜けてから、どのくらい走り続けたのかも分かんねえ。

 体感時間的には、もう2時間くらい走ってる気がするんだが。

 実際はもっと少ないだろうな。何せ、絶え間なく無垢の巨人に襲われ続けながらのマラソンだし。

 絶対に体感時間が実時間を上回ってる……筈だ。多分。

 

 マラソン中に倒した巨人の数、およそ50。

 兵士だったら精鋭扱い間違いなしのスコアだろ。リヴァイ班に入れる可能性あるんじゃねーの?

 ……ペトラさんたちと共闘する女型の巨人とか、カオス極めてんな。

 

 くそ、マジで疲れたぞ。

 巨人の体も蒸気と共に少しづつ消えている。酷使し続けたせいで肉が消えて、骨が浮かんできているレベルだ。

 シャレにならねえ。

 まだウォールローゼも見えてねえ段階で力尽きたら、確実に死んじまう。

 そう考えれば、自然と心の中を焦りが支配する。

 

 大丈夫だ、焦るな。

 今の速度をキープしろ。

 焦って無理に速度を上げて、自滅するのが最悪のパターンだぞ、俺。

 何度も自分の中でそう言い聞かせ、はやる気持ちを落ち着かせる。

 

 それにしても、手に入れたのが女型の巨人で良かった。

 あの時に食ってたのがベルトルトだったら、マジで悲惨だったぞ。

 超大型巨人はめっちゃ目立つし、移動は遅いし、持久戦に弱い。破壊力にパラメータを振りすぎて、それ以外の能力値が低すぎるんだよ。

 極振りは超ロマンだし、巨人化するだけで辺りをまとめて吹き飛ばす爆発を引き起こせたりとカッコいいが、実用性は女型の巨人の勝ちだろう。

 

 鎧は防御力とパワーがイかれてる代わりに、速度に難あり。

 ブレードの斬撃や大砲すら防ぐ『鎧』は凄いけど、関節技に絶望的に弱いのが欠点か。後々になって雷槍なんていう、鎧殺しの兵装も作られるしなぁ。

 でもまぁ、足首の装甲を外せば速度の問題は解決できるし。

 鎧も普通にアリだよな。

 

 戦鎚の巨人はチート。

 よく勝てたよな、エレンは。

 マジで巨人化能力者になっちまったから分かるけど、並大抵の練度じゃ『戦鎚』は倒せん。

 必死で巨人の力をコントロールする訓練を積んだんだろう。

 主人公、マジ主人公。

 けど戦鎚は本体が巨人体と別の場所にいるから、長距離移動が出来るかは分からねえけど。

 

 顎の巨人は機動力は凄いけどパワーに難がある。

 進撃の巨人は……うん、きっとまだ秘められた力が残ってる筈だよな。今のままだと、無垢の巨人よりはちょっとスペックが高いだけの普通の巨人だし……。

 

 そう考えたら、女型の巨人って優良物件だよな。

 高いスピード、持久力といった基礎能力に加え、硬質化まで備えた汎用型。これといった弱点はなく、一定範囲の無垢の巨人を呼び寄せる「叫び」の固有能力まである。

 悪く言えば器用貧乏だが、今の保有者である俺はダイナ・フリッツだ。王家の血のおかげで基礎能力が上がっているっぽいから、十分にオールマイティと言えるだろう。

 これは、うん。

 女型の巨人、強い(確信)。

 一番のアタリ引いたんじゃね?

 

 少しでも疲労を紛らわせようと女型の巨人を褒めちぎっていたら、ふと地平線に何かが見えた。

 黒い、帯状のもの。

 視界の端から端まで延々と続くそれは、間違いない。

 

 見えた、ウォールローゼだ!

 ゴールが見えたおかげで、一気に気力が回復する。

 少しでも早く辿り着こうと速度を上げ、そこで俺は気づいた。

 

 ……どうやって入ればいいんだ?

 鎧の巨人が内門を破った正確な時間は分かんねぇけど、まさかもうウォールマリアの難民が全て避難できたなんて事はないはず。

 開閉門は開いている……と思うんだけどな。

 まさか、この姿のまま開閉門に向かって突っ走る訳にもいかねぇし……。

 そんな事したら、大人数の兵士に滅多斬りにされるの間違いなしだ。

 ある程度近づいたところで、人間に戻って走るしかねぇ。

 近すぎたら巨人の中から俺が出てくるところを見られるし、遠すぎたら門に辿り着くより早く巨人に食われる危険が増す。

 これは、タイミングを間違えるとえらい事になるな。

 

 まぁ、今までの辛さに比べたら大したこと……。

 そこで、俺は思わず足を止めてしまう。

 俺の視界に映るのは、トロスト区へとなだれ込む難民に引き寄せられて現れた、無数の巨人。

 その数はざっと数えて15。全部が10メートル級以上という、最悪の光景だ。

 こんな状況の中で人間に戻ったら、間違いなく食われる。

 けど巨人のままだと、トロスト区には入れない。

 

 いっそ壁を登るか?

 いや、無理だな。

 女型の巨人の跳躍力でも50メートルの壁は飛び越えられないし、俺はまだ硬質化が使いこなせていない。

 つーか、まだ試したこともねえ。

 アニみたいに指先とつま先を部分硬質化して壁を登れるかって聞かれたら、自信がないとしか言えねえよ。

 あと乗り越えた先に人間、特に兵士がいたら終わりだ。

 壁を乗り越える巨人が出た、なんて大騒ぎになるに決まってる。

 既に超大型巨人と鎧の巨人のせいで大パニックになってんだから、壁を乗り越える行為は火に油を注ぐようなもんだろ。

 

 くそ、どうすりゃ良いんだよ。

 いっそ周囲の巨人を殲滅してから一度ウォールローゼから離れて、人間になって戻るか?

 ……そんな体力もう残ってねーぞ、オイ。

 既にフラフラだっつーの。

 

 いや、待てよ。

 一つだけ、博打に近いが案を思いついた。

 失敗したらもれなくミンチにされて巨人の胃袋に直行だが、成功すれば高確率で難民の中に紛れこめる。

 恐らくだが、人間に戻る姿も見られない。

 そんな作戦を。

 

 やるか?

 正直に言うと、めっちゃ怖い。

 立体機動装置でも使えれば成功率はぐんと上がるが、そんなもんは持ち合わせていない。つか、持ってたとしても使えん。

 そうなると最後の頼りとなるのは、ダイナの素の体力になる。

 ダイナって、体力あったか……?

 ……うん、どう考えても無いよな。

 女性の平均的な身体能力って、どのくらいなのか。

 

 ああもう、こんな事をグダグダ考えても何も始まらねぇよ。

 腹を括れ。やるしか無いんだ。

 死にたくねぇんだろ?

 じゃあそろそろ覚悟を決めろよ、俺。

 いくら体は人妻でも、心まで女になった訳じゃないんだから。

 今こそ、漢気を見せる時。

 

 まずは出来る限りトロスト区に接近。

 開閉門との距離が1キロメートルを切ったところで、俺は立ち止まった。

 そして大きく息を吸う。

 巨大樹の森でのシーンから効果範囲を推測した。ほほ間違いなく釣れる。

 目に見える巨人は全て、能力の射程範囲内だ。

 だから全力で、叫べ。

 

「ッッオオオオオオオオオオオ――ッッッ!!!」

 

 女型の巨人の固有能力。

 周囲の巨人を呼び寄せる「叫び」だ。

 難民を狙っていた15体の巨人が一斉に振り返ると、次の瞬間には口を開いて全力疾走し始めた。

 もちろん、俺に向かって。

 

 ああああぁぁぁッ!

 くっっそ怖え!

 アニってマジで凄え! 正体を隠蔽するためとは言え、よくこんなの実行出来たな!?

 

 10メートルを超える巨人が約15体、我先にと涎を撒き散らして迫ってくる。

 あまりの迫力にちょっと漏らしそうになったぞ。

 いいや、飲み物を飲んだ直後だったら間違いなく漏らしてたな。

 ギリギリでダイナさんの名誉は守られた。

 

 恐怖心をかき消すためにアホな事を考えつつ、俺は仰向けに寝転がる。

 その状態で目を瞑り――直後、全身のあらゆる箇所に鈍い痛みが走った。目を開けてみれば、俺の体が見えないくらい大量の巨人が群がっている。

 ここだ。

 今この瞬間を逃せば、死ぬ。

 

「ら、あああああああっ!」

 

 雄叫びを上げながら、巨人体のうなじから飛び出す。

 顔やら両腕やらが巨人の肉と癒着してなかなか離れないが、そんなの無視だ。強引に腕に力を込め、ブチブチッという音と共に無理やり肉を引き千切る。

 巨人体は仰向けの体勢だったので、うなじから出た俺は必然的に地面の上へ。すぐさま立ち上がり、俺は未だに巨人体を貪っている巨人どもの足下をすり抜けた。

 

 踏み潰される危険を越えたら、さぁ博打の始まりだ。

 巨人の体が食い尽くされるより早く、トロスト区に入れたら博打は成功。

 反対に、間に合わなかったら博打は失敗。本体も胃袋行きとなる。

 

 巨人化を解除した際に白のシャツは持っていかれたが、スカートとさらしは未だに健在。下は装備してないから、さらしとスカートのみを着用とえらい格好だが、そんな事を気にしてる余裕はねえ。

 今はただ、ひたすら走るのみだ。

 

 走る。

 背後からはブチブチと、皮を剥ぎ取る嫌な音が聞こえてくる。

 

 走る。

 3分の1を超えた辺りで、音がグチャグチャという肉を咀嚼するものに変わった。

 

 走る。

 残り約300メートル。ついにバキバキという骨が噛み砕かれる音になった。もう間もなく、巨人体が食い尽くされる。

 

 走る。

 咀嚼音が消えた。その代わりに、地鳴りのような足音が聞こえ始め、どんどん迫ってくる。

 やべえ、食べ終わりやがったな。

 一直線に俺の……いや、トロスト区の方へ走り出したらしい。

 そりゃ、こんだけ人間が密集してたら当たり前か。

 

 走る。

 もう真後ろまで迫っている。

 残り100メートルを切った。

 

 走る。

 大量の巨人の接近に気づいた兵士が、門を閉じるように命令を出しているのが聞こえた。

 

 おい、ふざけんな。

 俺だけじゃない。まだ数百人以上の難民が残ってるんだぞ。

 なんで自分たちだけ助かろうとしてんだよ。

 腰に立体機動装置を装備してるくせして、鞘からブレードを抜いてすらいねぇ。

 

 ああ、くそ。間に合わない。

 視界の隅に巨人の指先が見えた。

 門との距離はあと30メートルで、しかも門は半分近く閉まっている。

 あと少し、あと少しなのに。

 

「死んで、たまるかあああああッ!」

 

 渾身の力を込めて絶叫する。

 その瞬間に、背後から聞こえてきた無数の足音が一斉に止まった。

 なにが起きた?

 思わず立ち止まって振り返りそうになるが、そんな気持ちを振り払って走る。

 トロスト区まであと10メートルもない。

 門に向かって殺到する難民の中に躊躇なく飛び込んだ俺は、人の波に押し流されるように門の中へ。

 そして俺がトロスト区の地面を踏んだ瞬間、すぐ後ろで門が閉まる音がした。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ……!」

 

 荒い呼吸を繰り返し、体が求めるに従って、少しでも多くの酸素を取り込む。

 間に合った。

 生きている。

 賭けに勝った。

 

 ドクドクとうるさい心臓の音が。

 自分の呼吸音が。

 間違いなく生きているのだと、俺に教えてくれている。

 

 思わず体から力が抜け、地面にヘタリ込む。

 ああ、日本が恋しい。

 九死に一生を得た俺は心の底からそう思い、そのままバタリと気を失った。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「知らない天井だ……」

 

 ゆっくりと目を開けた俺は、真っ先に飛び込んできた光景を見て無意識のうちにそう呟いた。

 これ、一度は言いたいセリフランキングの上位に間違いなく入ってるよな。

 使えて満足だ。

 

 ぼんやりとした頭でそんな事を考えながら、疲れが残る身体に鞭打って上体を起こす。

 見知らぬ天井の次に目に入ったのは、広い建物の中にすし詰めになっている人々の姿。

 アレだ。

 大地震とかのデカイ災害が起こった時の、避難所みたいな。そんな光景が広がっている。

 

 ……そうか。

 トロスト区に入れたんだっけか。

 つまりこの場所は避難所みたいな(・・・・)ではなく、マジで避難所なんだろうな。

 もしかしたら、エレンやミカサ、アルミンもいるかも。

 なら是非とも会いたいが、探すのはやめとこう。

 本当にいたとしても、今は話しかけない方が良いだろうし。恐らく巨人への憎悪メラメラで、「駆逐してやる!」の名台詞を放ってるだろうから。

 

 カルライーターである俺は、その名前に反して、エレンママを食べてない。

 けど、エレンママは家の倒壊に巻き込まれて足を怪我していたから、高確率で他の巨人に食われたと思われる。

 もちろんハンネスさんの救助が間に合った可能性もあるから、真実は分からんけど。

 すでに原作なんて木っ端微塵だし、なにが起きててもおかしくねーからな。

 

 キョロキョロと辺りを見渡しながらそんな事を考えていたら、誰かに肩を叩かれた。

 振り返ると、笑顔を浮かべた知らない女性が。

 茶色の髪に、榛色の瞳。顔立ちは綺麗に整っていて、美人さんだ。だけど見覚えがないから、主要な登場人物じゃなさそう。

 ……ってオイ。

 この人が羽織ってる緑のマントって、もしかしなくても調査兵団の!? 本物の調査兵!?

 ダメだ、嬉しくてもニヤつくな。

 周りが家族や友人を失った悲しみで泣いてるのに、俺だけ笑ってたらやべえだろ。

 

「良かった、目が覚めたんですね」

 

「ええと、もしかして気絶した俺を運んでくれたり……?」

 

 話しかけてくれたので、取り敢えず返事をしてみる。

 すると調査兵の彼女は怪訝な顔になって、首をかしげた。

 

「俺…………?」

 

「あ!? い、いや、私を運んでくれたんですか!?」

 

 一人称を指摘され、慌てて言い直す。

 そうだった。

 俺、女になってたんだよ。

 何も考えずに「俺」って言っちまった。

 この世界にオレっ娘なんて概念無さそうだし、そりゃあ不自然に思われるわな。

 ……リアルでもオレっ娘なんて見たことねぇけど。

 

「はい! アリーセ・エレオノーラです! 道のど真ん中で倒れていたので、こうして避難所まで運ばせて頂きました」

 

「あ、ありがとうございます。ダイナ……です」

 

 家名まで言いかけて、慌ててやめる。

 フリッツとか壁の王と同じ家名だし、名乗ったらややこしくなるのは間違いない。

 

「ダイナさんですね。体に怪我はありませんか?」

 

 問われて、軽く体を確認。

 ……上半身はさらし以外は何も装備してなかったのに、いつの間にか上着を羽織っていることに気づく。

 アリーセさんが着せてくれたのかね。

 ともあれ、傷はなさそうだな。

 まあ怪我をしてたとしても、手当なんかする必要ないんだけどな。巨人の力で勝手に再生するし。

 

「大丈夫みたいです。痛いところはありません」

 

 女言葉が分からねーので、敬語で対応。

 すると、俺の返事を聞いたアリーセさんは「それは良かったです」と言って立ち上がった。

 

「では、私はこれで。もうすぐ食料の配給がありますから、ここを動かないことをおすすめします」

 

 それだけ言い残して立ち去っていくアリーセさんの背中を見送ってると、俺の腹がぐぅと鳴った。

 まあ、あれだけ走ったら腹も減るわ。

 この世界に来てからはまだ何にも食ってねぇし。

 

 ……アニ?

 流石にノーカン……だよな…………?


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