車力の巨人に背負われた巨大な大砲が、耳をつんざくような轟音と共に人間大の砲弾を俺に向かって射出した。
とは言うものの、当然ながら俺に砲弾を視認するような馬鹿げた動体視力はない。
砲弾の大きさが分かったのは、砲台から放たれたソレが俺の足元に着弾したからだ。巨人化した俺が吹き飛ぶほどの爆発が引き起こされ、爆炎が体の肉を焼く。
見た目で分かってたが、マジもんの兵器じゃねーか……!
後方へ跳躍して炎から逃れながら、俺は火傷した箇所を再生しつつ奥歯を噛み締めた。
どうする、どうすれば良い?
リヴァイ兵長は立体機動装置を破損してしまい、行動不可能。
しかも獣の巨人は未だに健在だ。回復を終えたジークが再び投擲攻撃を開始したら、その時こそ本当の終わりとなる。この砲撃に加えて投擲とか、どうやっても対処出来ん。
俺の考えが纏まるより早く、再びの巨大な大砲の先端が俺に突きつけられる。
咄嗟に自分の前に硬質化能力で「壁」を形成して盾にするが、あっさりと砲弾に打ち砕かれてしまった。
クソッ、硬質化能力でも簡単には防げねぇのか。
ただの瓦礫と化した「壁」と共に吹き飛ばされ、俺は水切りの石のように地面の上を何度もバウンドして転がる。
何とか両腕で頭部を庇い、うなじを硬質化して、勢いに逆らわずに吹き飛ばされることでダメージを軽減。
チィ……ッ、このままじゃジリ貧で負けちまう。
落ち着け、そして現状を正確に把握しろ。
何としてでも勝ち筋を見つけろよ、俺。
現在、俺、『車力』、『獣』は50メートル以上も距離を開けて向かい合っており、ちょうどトライアングルを描く形だ。
獣の巨人も車力の巨人も遠距離攻撃が主体なので、これは圧倒的に俺が不利な状況と言える。俺も投擲攻撃は行えるが、流石に獣の巨人ほど高い投擲技術はねぇ。
野球とか体育の授業でくらいしか経験ないしな。
あんまり距離が離れると、そもそも命中しない可能性の方が高くなる。
理想はクロスレンジの殴り合いに持ち込むことだが、相手もそう簡単には接近させてくれない。
どうやって距離を詰めたものか。
俺の思考を遮るように、ガシャンッ! と音を立てて砲台が動く。
リロードが早すぎるんだよ、こんちくしょう……!
横幅は最低限に。高さも膝をついた俺がギリギリ隠れる程度。
その代わり厚さを5メートルにして防御力を底上げし、またまた「壁」を作り出す。
こんなものは時間稼ぎにしかならないが、何にもしないと巨人体ごと本体まで砲弾でミンチにされちまう。
ダメだ、焦りで良い案が思いつかねえ。
よほど賢い人間でもなければ、起死回生の策なんてポンポン出てくるわけがない。
――そう、賢い人間でもなければ。
俺の腕のあたりにアンカーが突き刺さる感触。
続いてもう聴き慣れたガスの噴出音が聞こえ、左肩に誰かが着地した。
少しだけ眼球を動かして肩の上を見てみると、そこにはエルヴィン団長の姿が。
団長が動いたということは、つまり何か策を思いついたということ。
すぐさま俺は本体の上半身をうなじから出す。
車力の巨人が側面に回り込んでくる心配はない。
奴は未だにリヴァイ兵長に切断された手足が完治しておらず、まともに動けていないからな。
「壁」を維持していれば、砲撃は受けずに済む。
「そのまま「壁」で砲撃を防ぎながら聞いて欲しい。これより作戦を告げる。……リヴァイは?」
「ここだ」
俺が答えるより早く、無垢の巨人の手の中からリヴァイ兵長が俺の肩の上へと飛び降りてきた。
おっと、見間違いか?
兵長を乗せていた『女型』の支配下の無垢の巨人は15メートル級で、俺の『女型』は膝をついている状態だ。立っている15メートル級の手の上から『女型』の肩まで、高さ5メートル以上もあった気がするんですが。
立体機動装置も無しにその高さから飛び降りて、何で平然としているんだこの人。骨密度とかおかしいだろ。
普通なら絶対に骨折だ。
「リヴァイ、継戦は可能か?」
「体力的には問題ねぇ。だが、立体機動装置がこのザマだ。今の俺は囮にもならねぇだろうよ」
エルヴィン団長の問いかけに、リヴァイ兵長は腰にぶら下がっている立体機動装置の残骸を指差してそう返す。
だが団長はむしろ笑みすら浮かべて、
「いや、動けるのなら問題ない」
これが人類の矛である調査兵団を率いる者の貫禄か。
まだ作戦内容も聞いていないのに、何とかなるのではないかと思ってしまう。
要するに安心感がすごい。
硬質化能力で「壁」を補強して砲撃を防ぎつつ、時間稼ぎに徹しながらエルヴィン団長の口から紡がれる言葉を必死に頭に叩き込む。
1つでも手順を間違えたら、連携が崩れて皆まとめて即死だ。
博打みたいな賭け要素の強い作戦だが、確かにこのくらい無理しないとこの劣勢は打破できないだろう。
腹を括れ。
アリーセを守りたいのならば、必死でやる以外に道はない。
「――以上が作戦だ。ダイナ、可能か?」
作戦を言い終えたエルヴィン団長からの、端的な問いかけ。
かなり無茶振りをされたが、出来るか出来ないかで言えば出来るだろう。
……多分な。
正直やってみないと分からないが、確率はゼロじゃない。
「ええ、過去に似たようなことをやった事があります。余力が残るかにもよりますが……」
俺が肯定を示すと団長は無言で頷いた。
そろそろ『獣』と『車力』が再生を終えるだろう。
作戦会議は終了だ。
「また最後はコイツ頼みか」
「しかし、我々が勝つには彼女に――『諸刃の剣』に縋るしかない」
「情けねえ話だ」
リヴァイ兵長はそう言うが、お互い様だろう。
リヴァイ兵長の戦闘力とエルヴィン団長の知略がなければ、俺は『獣』と『車力』を退けられないのだから。
例え巨人化能力者だとしても、1人で出来ることは本当に少ない。
「これより、知性巨人同時討伐作戦を開始する! 公に……否、己が信ずるものに心臓を捧げよ!!」
◆◇◆◇◆
本体をうなじの中へ。
神経系を再接続。
残された力を女型の巨人へと注ぎ込み、俺はゆっくりと立ち上がる。
ほぼ同時に、獣の巨人と車力の巨人が雄叫びをあげた。
完全に再生を終えた2体の敵が、俺たちを撃滅せんと動き出す。
「ダイナ!!」
右足から大地へと力を送り、硬質化能力を発動。
俺と獣の巨人との間に、5メートル間隔で、高さ15メートルの「塔」を次々と打ち立てていく。
全ての「塔」が完成するよりも早く、エルヴィン団長とリヴァイ兵長が「塔」を利用して獣の巨人へと突っ込んだ。すぐ後には、ナイルさんとジャンが続く。
――まず始めに女型の巨人の力で立体物を建設。立体物を利用し、私とリヴァイ、ナイル、ジャンの4人で獣の巨人に攻撃を行う。
いきなり獣の巨人へと突貫した4人に向けて『車力』の砲台が火を噴くが、俺の指示に従って動いた無垢の巨人が身を挺して4人を庇った。
血肉を撒き散らして無垢の巨人が爆ぜるも、リヴァイ兵長らは無傷。
獣の巨人への接近に成功、『獣』の周囲を旋回する。
すぐさま次弾を放とうとしたマーレ軍人だが、そこである事に気付いて動きを止めた。
そりゃ撃てねぇだろうよ。
今砲撃したら、味方である獣の巨人まで巻き込んでしまうもんな。
――我々は接近に成功した時点で、砲撃を受ける心配がなくなる。後はリヴァイを中心に獣の巨人を仕留めるだけだ。
ひとまず獣の巨人は封じ込めた。
これで俺とアリーセは、車力の巨人にだけ集中すれば良い。
『車力』の注意が逸れた隙をついて、俺は一気に「壁」の後ろから飛び出して走り始める。
――次に、ダイナは車力の巨人の周囲を移動。敢えて敵の砲撃を誘う。砲弾を躱すのは至難ではあるが、不可能ではない。砲身から着弾地点が予測でき、『車力』の背中に乗る敵の動きで発射のタイミングが予測できるだろう。
王家の血筋の力を発動し、女型の巨人の力を解放。
底上げされた運動能力を以って、砲弾を紙一重で回避していく。
と言っても簡単ではないし、全てを避けるなんて真似は不可能だ。躱しきれなかった砲弾が体を掠めて肉を抉り、至近距離で起きた爆発でさらにダメージを受ける。
だが、それで構わない。
――敵は巨人の力を使い、「無知性巨人が跋扈する壁外」を通って壁内へと侵入した。壁の外の人間でも無知性巨人に襲われる以上は、行動が制限されるほど多量の物資は持ち込めないだろう。つまり、敵の「残弾」はそこまで多くないはずだ。
少しずつ、だが確かに連射の速度が落ちている。
恐らく闇雲に撃ち続けられるほど余裕がないことに気づいたマーレ軍人たちが、残弾を気にし始めたのだろう。
人間の基本的な心理だ。
物が急激に少なくなると、その消費を抑えようとする。
お金に例えれば分かりやすいだろう。高価なものを無理して買った後は、節約を考えるようになるのと同じだ。
ここまで、全て団長の読み通り。
俺の力が尽きて、巨人化能力が強制解除されるのが早いか。
残弾が尽きて、砲台がただの重りになるのが早いか。
そんな消耗戦が始まる。
尤も、馬鹿正直に付き合ってやる気など毛頭ないのだが。
――敵が残弾を気にする素振りを見せたら、硬質化で自分を囲むようにして円柱状の建物を形成。その中に閉じこもるんだ。
残された力を振り絞るようにして、俺は円柱状の建物を建設する。
ここから先は博打だ。
成功するかどうかは、半分以上が運に左右される。
◆◇◆◇◆
「くそっ、売女の末裔どもがああああああッ!」
円柱状の建物に閉じこもった女型の巨人に向けて、罵声を浴びませながら砲撃を行うマーレ軍人。
こんな筈ではなかった。
今回のパラディ島遠征は獣の巨人を中心に行う「威力偵察」が目的であり、こんな大規模な戦闘は予想の範囲外という他ない。
ジークの脊髄液を含むガスで無垢の巨人を生み出した瞬間に、歯車が狂い始めた。
ジークが命令を出した訳でもないのに無垢の巨人は一斉にあらぬ方向へと動き出してしまい、そして謎の機械で飛び回る人間たちによってあっという間に蹴散らされたのだ。
マーレの人間からすれば、白兵戦で巨人を仕留めるなど信じられないことだ。
そもそも、人が飛び回ることすらあり得ない。
見たこともない兵器に驚いている間に、あっさりと巨人軍団の8割が駆逐されてしまった。
だが、それだけでは終わらない。
無垢の巨人を駆逐した一団の1人を目にした瞬間に、作戦の要とも言える存在のジークがパニックに陥ったのだ。
マーレ高官からも一目置かれるあの驚異の子が、巨人化も出来ずに敵に捕まってしまうという事態。
もしも咄嗟にピークが倒壊した家屋に隠れるように指示を出していなかったら、あの場でマーレ軍人の全員がジークと共に捕まっていたことだろう。
対巨人用の砲台をもって来たピークを「心配症」と嘲笑った者は、彼女の判断力の前に何も言い返すことができなかった。
そして始まる、パラディ島の悪魔との戦い。
『車力』がジークを見事に取り戻し、ジークが巨人化できるほど冷静さを取り戻した時は、大部分のマーレ軍人が勝利を確信した。
あの空を飛び回る機械は確かに凄まじいが、九つの巨人を打ち倒せるほどではないだろうと。
そんな考えは、獣の巨人に呼応するようにして現れた女型の巨人を見て消し飛んだ。
奪われていたのだ。
マーレの誇る「7つの巨人」の1体が、パラディ島の悪魔に。
その衝撃はマーレ軍人たちを硬直させるには十分であり、その間に『獣』と『車力』は女型の巨人と黒髪の兵士の前に倒れ伏していた。
これを絶望と言わず何と言おう。
女型の巨人と黒髪の兵士の注意が『獣』に向いている僅かな時間に何とか車力の巨人を復帰させる事は出来たが、それでも戦況は芳しくない。
砲台は元より使う予定がなかったため、持ち込んだ砲弾の数もかなり少ないのだ。
閉じこもった女型の巨人を引きずり出す程度の砲弾は残っているが、トドメを刺せるかは怪しいところ。
「何なんだ、あの女型の巨人は!? まさか『戦鎚』まで食っているのか!?」
「冗談言うな! 『戦鎚』はタイバー家が保持しているんだ、パラディ島の悪魔に奪われる訳がない!」
「なら、あの能力は何なんだ!? 完全に『戦鎚』の能力じゃないか!」
「俺が分かる訳ないだろう!」
互いに怒声をぶつけ合いながらも、円柱状の建物に向かって砲撃を行う。
5発目を撃ち込んだところで、ピシッという音と共に亀裂が走った。
「やったぞ、後1発だ!」
「島の悪魔にマーレの鉄鎚をくれてやれ!」
駄目押しの6発目を放ち、女型の巨人が作り出した建物に風穴が開く。そしてその穴の奥に見えた『女型』の顔面に、トドメの7発目を叩き込んだ。
うなじごと頭部が吹き飛び、女型の巨人が瓦礫と化して大地へと倒れこむ。
「っしゃああ!」
「島の悪魔に裁きを下したぞ!」
車力の巨人の背中に乗っていたマーレ軍人たちが、拳を突き上げて歓声を上げる。
ピークも敵勢力の撃破を確認して、大きくため息をついた。
残るは謎の兵器を身につけた、獣の巨人を襲う4人の悪魔のみ。
すぐにジークの援護に向かおうと車力の巨人を反転させたピークは、そこで違和感を感じて動きを止める。
今、何かがおかしかった。
本来起きるはずの何かが、起きなかったような。
違和感の正体を探るべく、ピークは女型の巨人の死骸へと視線を向ける。
別に、何もおかしいことはない。
うなじごと頭部を吹き飛ばされた女型の巨人の中身は、間違いなく死んでいるだろう。
瓦礫と化した女型の巨人もそれを証明するように、ピクリとも動かな――
『――――………………ッ!!??』
――
あり得ない。
巨人の肉体は、核となる能力者はうなじ部位が破壊されると蒸気と共に消滅していくはずだ。
なのに、『女型』の死骸は消えない。
いや、そもそもアレは死骸ではない。
アレは女型の巨人の形をした、硬質化能力で作られたただのハリボテだ。
『皆、気をつけて! 『女型』の中身がまだ――』
咄嗟に警告を発したピークだが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
真上。
そう、車力の巨人の真上を、2人の女性が舞っている。
片方はあの謎の兵器を腰につけた、榛色の瞳をした短髪の人物。もう片方は綺麗な金髪をポニーテールにし、手に護身用ナイフを握りしめた人物。
金髪の方は、腰に例の機械を装備していない。
「団長曰く、敵の砲台の仰角はおよそ65度。真上に向けては砲撃できない」
「はい。私たちの勝利です、ダイナさん」
榛色の瞳の女性が、抱えていた金髪の女性を車力の巨人へと放り投げる。
すぐにピークは全力でその場からの離脱を試みるが、一歩遅かった。
金髪の女性がナイフを自分の白い肌に突き立てた瞬間、雷光が閃いて巨人が姿を現わす。
形成された女型の巨人の下半身はなく、上半身のみ。
しかしその手には、硬質化で作られた8メートルを越す長大な槍が握られていた。
「――ッオオオオオオオオオ!!」
女型の巨人が雄叫びを上げ、落下の威力を乗せて車力の巨人に槍を突き立てる。硬質化の槍は砲台ごと『車力』の肉体を貫き、まだ残っていた砲弾が大爆発を引き起こした。
ゼロ距離で爆発を受けた車力の巨人が木っ端微塵と化す。
――そして、ラガコ村での戦いに決着がついた。