――先の第57回壁外調査で、我らを襲った鎧の巨人、超大型巨人、そして顎の巨人の正体が判明した。
朦朧とする意識の中、エレンの脳内で巨人化能力者捕獲作戦実行前夜の記憶が蘇る。
旧調査兵団本部の古城にある一室。
幼馴染であるミカサやアルミンと共にそこへ呼び出されたエレンに向かって、エルヴィン・スミスは開口一番にそう告げた。
第57回壁外調査で無念にも敗走した直後に飛び込んできた朗報だ。思わず笑みを浮かべたエレンだったが、そんな喜びの感情はエルヴィン団長の次の言葉で消されてしまう。
――我ら調査兵団が誇る『諸刃の剣』……ダイナによると、敵性巨人化能力者は104期訓練兵の中に潜んでいるらしい。
104期。
つまりエレンの同期だ。
トロスト区で共に戦った仲間たちの中に、裏切り者が存在する。信じられないと首を振るも、現実は変わらない。
そして狼狽するエレンに、『壁』を破壊して人類の大量虐殺を行った敵の名前が告げられた。
――彼らの名は……
エルヴィン団長が口にした名前に、エレンは衝撃のあまり硬直してしまう。
特に鎧の巨人と超大型巨人の正体は、104期の中でもエレンと特に仲の良かった2人だった。
自然と、彼らとの思い出が蘇る。
「な、何かの間違いでは……。証拠があるんですか!?」
「いや、確たる根拠はない。しかし情報源がダイナだ。『敵性巨人化能力者』と同じ壁外出身の彼女なら、敵の正体を知っていてもおかしくはないだろう。何より、彼女は隠し事をするが嘘はつかない人物だ。……尤も、彼女が嘘をついていることに我々が気づいてすらない可能性も無くはないが」
思わず立ち上がって叫ぶエレンに、エルヴィン団長はそう切り返す。
確かに彼女が今まで齎らした情報に、大きな間違いはなかった。
そのほとんどが紛れのない真実であったし、調査兵団にとって非常に重要なものだった。
ダイナが情報源というだけで、信憑性は高いだろう。
「でも、だからって、もしその3人が敵じゃなかったら……」
「その時は、3人の疑いが晴れるだけ」
「そうなったら3人に悪いとは思うし、今度はダイナさんと敵対することになるけど……。僕らはもう、ダイナさんの情報が正しいことに賭けるしかない。何もしなければ、エレンが中央の奴らの生贄になるだけだ」
戦う以外に道はない。
エルヴィン団長ではなく幼馴染2人に両側からそう言われ、エレンは拳を握りしめたまま椅子に座った。
せめてもの配慮として最も付き合いの浅いユミルの捕獲作戦に割り振られることになったが、それでも――
――……ン、………レン…………エレン!
「――っは!?」
聞き慣れた声に名前を呼ばれて、エレンの意識が回想の中から浮上する。
遠くから聞こえてくる怒号。破壊音。血の匂い。全身を駆け抜ける激痛。
それらを感じながら強引に目を開けると、自分の顔を覗き込む黒髪の少女が視界に飛び込んできた。
「ミカサ……?」
「エレン! 良かった! アルミン、エレンの意識が戻った!」
「……! エレン、大丈夫か!?」
安堵の表情を浮かべて、すぐにアルミンを呼ぶミカサ。
どうやらもう1人の幼馴染も近くにいたらしく、すぐに視界の中にアルミンの姿が映った。
「エレン、今の状況を正確に把握できているか!? 記憶に混濁は……」
ミカサと同じく安堵の表情を浮かべていたアルミンだったが、すぐに焦燥に駆られた様子でエレンの肩を掴む。
そのまま何かを叫びながら体を揺さぶってくるが、エレンは頭がボーッとしていて幼馴染がなにを言っているのかイマイチ分からない。
「アルミン離れて。怪我人を無闇に動かすのは……」
「ああもう、焦れったいですわね! イェーガー、いつまで寝ぼけているつもりですの!?」
ミカサが自分からアルミンを引き剥がしたと思えば、また誰か別の声が聞こえてきた。
視界に3人目の姿が映る。
エレンの巨人化能力の師匠であるダイナよりは明るい金髪に、格闘術の師匠であるアリーセよりは長めの髪をサイドテールにした女性。
第57回壁外調査の際に、巨大樹の森で顎の巨人と激闘を繰り広げていた『第二特別作戦班』に所属する兵士の1人だ。
名前は確か、ラウラ・ローヴァイン。
最前線で顎の巨人と戦っているはずの彼女が、なぜ自分のところにいるのか。
「ミカサ、アルミン、ラウラさん……? 俺はどうなって……」
「一次作戦で『顎』の巨人を地下に誘い込むことに失敗した貴方は、無様にも瓦礫の下敷きになったのですわ。そして同期と戦う覚悟が出来ず巨人化に失敗した挙句に、瓦礫に下半身を潰された痛みで気絶していた。自分の現状は理解できましたか?」
ラウラにそう言われ、エレンは徐々に作戦開始直後のことを思い出す。
アルミン、ミカサ、クリスタと共に『憲兵から逃げるのに協力してくれ』とユミルに頼み、地下に誘い込もうとしたが、その途中でこちらの意図に気づかれて巨人化されてしまったのだ。
その衝撃でユミルを捕獲しようと近場で待機していた兵士共々エレンは吹き飛ばされ、一次作戦は失敗。
すぐにエレンも巨人化して『顎』の捕獲を行う二次作戦に移行しようとしたが、何度自傷行為を繰り返しても巨人化出来なかった。
そうして失敗を重ねるうちに、自分は気絶してしまったらしい。
「ユミルは!?」
ようやく混濁していた記憶が回復し、意識がクリアになったエレンは下半身の激痛も忘れてかろうじて動ける上体を勢いよく起こした。
「『顎』ならクリスタを捕らえて逃走してますわ。既に三次作戦も失敗しています。このままでは、敵はヤルケル区外に出てしまうでしょうね。貴方が無能なせいで」
「――! ここでエレンを追い詰めることに、意味はありません!」
冷たい瞳でエレンを見下ろして罵倒するラウラにミカサが食ってかかるが、彼女はその怒りをアッサリと受け流して言葉を紡ぐ。
「いいえ、アッカーマン。イェーガーが巨人化に失敗したことで、より多くの死傷者が出た事実は変わりありません。もしイェーガーが速やかに二次作戦を実行出来ていれば、死なずに済んだ兵士もいたでしょう」
エレン・イェーガーのせいで、死んだ命がある。
そのどうしようもない事実が、どこまでもエレンを打ちのめす。
ラウラはしゃがみ込むと、俯いて歯をくいしばるエレンと視線を合わせた。
「貴方はなぜ、調査兵団に入ったんですの?」
「――は?」
突然の質問に、思わず間抜けな声を出すエレン。
ラウラの意図は全く分からないが、エレンは出された問いに答える。
「巨人を駆逐して、ミカサやアルミンと一緒に外の世界を見るためです」
それは幼い頃から「あの日」を経ても変わらない、エレンの夢。
塩の湖、炎の水、氷の大地、砂の雪原……。
アルミンの祖父が憲兵に隠して持っていた「外の世界」について記述されたその本を見て、調査兵団に入りたいという思いがより強くなったのだ。
そんなエレンの夢を聞き、ラウラはゆっくりと口を開いた。
「ですが、貴方の夢は叶いませんわ。このまま顎の巨人を逃せば調査兵団は解体され、貴方は中央に引き渡された後でバラバラに解剖されて、外の世界を何1つ見れないまま死ぬ。そして『壁』は再び敵に破壊され、人類は絶滅するでしょう。調査兵団が解体された時点で、あの女――ダイナも人類のために戦うのはやめるでしょうから」
分かっている。
戦わなければいけないことは。
だがどうしても、共に厳しい訓練に耐え抜いた3年間の記憶が戦う覚悟の邪魔をする。
「貴方は顎の巨人を、鎧の巨人を、超大型巨人を倒さなければいけない」
分かっている。
「仲間だった相手と戦いたくないという甘えた考えが通るほど、この世界は優しくありません」
分かっている。
「例え友人でも、恋人でも、兄弟でも、両親でも、それが人類に弓引く相手なら、兵士である貴方は刃を向ける必要がある」
分かっている。
「それでも彼らと敵対するのが辛いのなら、友人のままでいれば良い」
「……え?」
辛い現実を突きつけていたラウラから、突然そんな言葉が放たれてエレンはもう何度目か分からない疑問の声を出す。
「物事はどう捉えるかによって変わりますわ。例えば各地の貴族から大金を盗んでいた大泥棒がいたとします。もちろん盗みは重罪ですから、兵士の私たちから見ればその人物は犯罪者でしょう。ですがもしその大泥棒が、盗んだ金品を貧しい子供達を養うために使っていたとしたら? 子供達からすればその大泥棒は犯罪者などではなく、ヒーローに見えるでしょうね」
「は、はい」
そりゃそうだと、エレンは微妙な表情で頷く。
そんなエレンに向けてラウラは片目を閉じて笑みを浮かべると、
「要するに同じことです。ユミルたち3人を「敵」とするのが無理なら、規則違反をした友人と捉えなさい。人類に弓引く大罪人と戦うのではなく、嫌いな同期をぶん殴りに行くのだと捉えなさい。今回の作戦目的は、敵の殺害ではなく捕獲です。なので彼らを捕らえた後に、顔面に拳を叩き込んで怒鳴れば良いのですわ。「よくも裏切ったな馬鹿野郎」と」
とんでもないことを言い出したラウラに、エレンは唖然として言葉も出ない。
この大切な戦いに、そんな心持ちで挑んで良いのだろうか。
そんなエレンの内心を呼んだかのように、ラウラは言葉を続ける。
「もちろんこれは貴方個人の話ですよ。人によっては彼らを「侵略者」と捉えて戦うでしょうし、あるいは貴方の同期の中には「裏切り者」と捉え、裏切られた怒りで戦っている者もいるかもしれません。要するに、どんな形でもうじうじせずに割り切ることが出来れば良いのですわ」
そこでラウラは立ち上がると、鞘から火花を散らしながら勢いよく剣を抜き放つ。
「戦いなさいエレン・イェーガー。失敗すれば人類滅亡の崖っぷちですが、この作戦は反撃の嚆矢ともなり得ます。彼らの先には、貴方の望む「外の世界」が待っていますわ」
そう締め括ってラウラが口を閉じると、同じように黙って話を聞いていたアルミンがエレンに笑いかけた。
「そうだよエレン! ユミル達を捕まえて、一緒に外の世界を見よう! ダイナさんに教えてもらったじゃないか。僕らが夢見ていたものは、確かにあるって!」
エレンの脳裏に、再び過去の光景が蘇る。
調査兵団旧本部の古城で、アルミンと共にダイナに「外の世界」について色々なことを聞いた日のことを。
その時のダイナの言葉を。
――塩の湖? ああ、海のことですね。はい、ありますよ。炎の水も、氷の大地も、砂の雪原も確かに。貴方たちなら、きっと見られるはずです。
エレン・イェーガーの中で、闘志が燃え上がる。
そうだ。
俺が外の世界を求めたのは、その光景を見た奴が世界で最も「自由」だと思ったからだ。
「自由」の為なら、俺は――!
「戦え、戦え、戦え、戦え。貴方は私たちの、人類の希望なのだから」
「オオオオオオオオオオオオオッ!!!」
雄叫びを上げたエレンに、雷が降り注ぐ。
傷口から巨人の骨肉が渦を巻いて現れ、体を形作っていく。
――「九つの巨人」には、それぞれ名称があります。私の巨人にも、エレンの巨人にも。
エレンに覆いかぶさっていた瓦礫が吹き飛ばされ、蒸気の中から15メートル級の巨人がその姿を現す。
――その巨人はいついかなる時代も、自由を求めて進み続けた。自由のために戦った。
通常の巨人とは異なる尖った耳。筋肉質な肉体。光を放つ双眸。
大地が震えるほどの雄叫びを上げて、巨人と化したエレンが顎の巨人に向かって疾走する。
――その名は、進撃の巨人。
◆◇◆◇◆
家屋を粉砕しながら、凄まじい勢いで突き進んで行くエレンを追ってラウラは1人で頬を朱に染める。
発破をかけるためとは言え、随分と偉そうなことを言ってしまった。
アレか、後輩ができて自分は実はちょっと嬉しかったのか?
よく考えたら今までずっと下っ端だったし、部下を鼓舞することなんて無かった。
初めてそんな立場に置かれたせいで、ちょっと張り切ってしまったらしい。きっとそうだ。そうに違いない。恐らく。
脳内で顔も知らない誰かにそんな言い訳を並べている内に、エレンが顎の巨人に追いついた。
調査兵団の精鋭すら追いつかなかったというのに、これだけ遅れてなお簡単に追いつくとは。
『進撃』の運動性能の高さに、思わずラウラは冷や汗を流す。
ダイナの『女型』はもう語るまでもなくデタラメなスペックと強さを誇るが、破壊力や苛烈さはエレンも負けていない。
調査兵団の一部ではエレンをダイナの劣化版などと揶揄する者もいるが、今のエレンを見て同じことが言えるか見ものだ。
間違いなく漏らして泣いて逃げ出すだろう。
「――ッアア!」
疾走の勢いを乗せて踏み込むと、
得意の身軽さで『顎』は跳躍して回避するが、一瞬前まで顎がいた建物が木っ端微塵となった。石造りの建物が豆腐のようだ。
『進撃』の拳をまともに受ければ一撃で負けると悟った顎の巨人は、いくらか距離を取ってエレンと向き合う。
どうやら、逃げ切るのは不可能だと判断したらしい。
「総員、一度下がりなさい! 『進撃』と『顎』の戦いに巻き込まれたら、あっという間に肉片になりますわ! 顎の巨人を取り囲むようにして兵を再展開! 絶対に逃がすな!」
「「「了解」」」
豪風を引き起こすほどの威力で両の拳を振り回すエレンと、それを紙一重で回避していく顎の巨人を見て、ラウラは咄嗟に班員に向けて指示を出す。
あの戦いに割り込める化け物は、それこそリヴァイ兵士長のような規格外だけだ。
並みの兵士100人以上の力を単独で有するほどの怪物でなければ、あの戦場に加わる資格すらない。
……つまり裏を返せば、それだけの実力者なら割り込めるということ。
「エレンッ!」
烈風より速く、ミカサ・アッカーマンがエレンの援護をすべく巨人同士の戦場へと突っ込んだ。
たった今エレンの拳を回避した『顎』に向けて、ブレードを一閃。
だが閃く刃を顎の巨人は空中で身をよじって躱し、その捻れを利用して加速させた横薙ぎの爪撃でミカサに反撃を叩き込む。
しかし、それすら不発。
振り抜かれる爪をミカサは両の刃で受け流し、ガスを吹かして一時離脱する。その直後、未だに空中の『顎』に『進撃』がハイキックを繰り出した。
咄嗟に両腕を交差してガードした顎の巨人だが、小柄なユミルではエレンの一撃を防ぎ切るのは不可能だ。大きく吹き飛び、建物に激突する。
すかさず追撃を繰り出そうとエレンが走り出すが、遠目に観戦していたラウラが大声で動きを制止した。
「イェーガー、顎の巨人の口内にクリスタが捕らえられています! 頭部への攻撃は避けなさい!」
ラウラの声にエレンが一瞬止まり、こちらに向かって小さく頷くと再び走り出す。
その後ろ姿を見送っていると、いつの間にか真横に立っていたハンジ分隊長から指示を出された。
「ラウラ、君はあそこで待機しておくんだ。時間がない、急いで」
「……了解」
ハンジ分隊長が指差した先は、確かに兵士が待機していない場所だった。少し前までは逃走防止のために何人かの兵士がいたが、作戦が2つ失敗したことで追撃班の兵力が減少したため、待機していた兵士も呼び寄せたのだ。
もしも今、顎の巨人がエレンの隙を突いて逃げ出したら止める者がいない。
全速力で指示された場所へと移動を開始しながら、ラウラはさらに苛烈さを増す『進撃』と『顎』の戦いへと視線を向ける。
家屋を粉砕しながらエレンの拳が顎の巨人に迫るが、それを『顎』は横に跳躍して回避。真横を通過した相手の拳を、その鋭利な爪でズタズタに引き裂いた。
が、進撃の巨人は全く怯むことなく反対側の拳で攻撃を繰り出す。
負傷を意に介さない反撃に『顎』は反応が遅れ、躱しきれずに脇腹に『進撃』の拳が掠った。
それだけで顎の巨人の肋骨から嫌な音が鳴り響く。
「――ギィアァァァッ!?」
絶叫しながら何度もバウンドして吹き飛ぶ『顎』の姿に、戦いの行方を見守っていた全ての兵士が歓声をあげる。
顎の巨人の傷が再生していない。恐らく巨人化してかなりの時間が経っているため、瞬時に傷を塞げるほどの力が残っていないのだろう。
対して、エレンはまだかなりの力を残している。
『進撃』の勝利だと誰もがそう思い、気を緩めた瞬間を、顎の巨人は見逃さなかった。
顎の巨人は敢えて吹き飛ばされた勢いを殺さず、むしろその勢いを利用して兵士の包囲網を潜り抜ける。そして一気に『壁』へと辿り着くと、その機動力を活かして凄まじい速度で登り始めた。
「しま――ッ!?」
「追え! 我々の命と引き換えにしてでも、奴の逃走を阻め!!」
指先が掠めるほど近づいた『勝利』が遠ざかり、兵士たちが血相を変えて顎の巨人に追いすがる。
しかし、追いつけない。
顎の巨人が『壁』を登る速度は『原作』の女型の巨人の比ではなく、もう下からエレンがミカサを投げても届かないだろう。『顎』はすでに、『壁』の頂きまで残り数メートルにまで迫っている。
もはや顎の巨人を止めるのは不可能だ。
……もしもラウラがハンジの指示に従って、予め『壁』の上で待機していなければの話だが。
「流石はハンジ分隊長、見事な読みですわ!」
顎の巨人の腕にアンカーが突き刺さる。
最大出力でガスを吹かし、ワイヤーを巻き取りながらラウラが手に握る剣を振り抜いた。
鮮血が飛び散り、顎の巨人の指が10本まとめて千切れ飛ぶ。
支えを失った『顎』は呆気なくウォールシーナから突き落とされ、しかしユミルは諦めない。
残された力を右腕に集中することで指を高速再生し、下で待ち構えていたエレンに渾身の貫手を放つ。
硬質化すら穿つ『顎』の爪による、最後の一撃。
まともに受ければ、エレンの首から上はいとも容易く貫かれて行動不能に陥るだろう。
「イェーガー、躱しなさい!」
無茶だと思いながらも、『壁』にアンカーを打ち込んで自分の落下を止めながらラウラが叫ぶ。
敏捷性に特化した強襲型の顎の巨人が行う、不意打ちにも等しい攻撃だ。その攻撃速度は咄嗟に回避できるほど遅くない。
『進撃』が頭頂部から貫かれ、『顎』の爪がうなじにまで届いてエレンが死ぬ。
ラウラは思わず、そんな光景を幻視した。
そう、
膝を曲げ、腰を落とし、首を傾けてエレンが致死の一撃を寸前で回避する。ユミルの爪はエレンの右肩を浅く抉るだけで終わり、直後に『進撃』のカウンターが飛んだ。
自分の右肩の上にいる『顎』の腕と首を、エレンは自分の右腕と首で押さえ込む。そのまま勢いよく前に倒れ、顎の巨人を地面へと叩きつけた。
完璧なまでの投げ技。相手の勢いを利用したカウンター。
ラウラの目に、進撃の巨人と重なるようにして、ダイナの姿が浮かび上がる。
それは、旧本部の古城でダイナがフォルカーに対して使った格闘術。
恐らく今のをダイナが見ていれば、彼女は間違いなく先代の女型の巨人継承者であるアニ・レオンハートの姿を
後頭部を強打した顎の巨人は脳震盪を引き起こしたらしく、脱力して動かない。
エレンは力尽きた『顎』をうつ伏せにし、うなじの部位を喰い千切った。肉塊と共に、完全に気を失ったユミルが巨人の体内から引き摺りだされる。
「すぐにユミルを拘束するんだ! 彼女の意識が回復する前に! それと救護班を呼べ! 『顎』の口内に兵士が1人捕らわれている!」
「「「了解!」」」
ハンジの指示で一斉に動き出した兵士たちがユミルを拘束し、口内からクリスタを引っ張り出してタンカーに乗せて運んで行く。
巨人化能力者捕獲作戦、成功。
調査兵団が首の皮一枚で助かったことに、ラウラは額の汗を拭いながら大きく息を吐いた。
(もしもイェーガーが巨人の力を発動させる事が出来ていなければ、私たちは『顎』を捕獲することに失敗していましたわ。結局のところ、最後は巨人の力頼みとは。何と情けないことでしょう)
己の無力さを自嘲しながら、自分も地上に降りるために壁の頂上付近に打ち込んでいるアンカーを回収しようと何気なく上を見上げた瞬間、ラウラは視界に飛び込んできたモノに硬直する。
顎の巨人の爪で抉られたのか、『壁』に小さな穴が開いていた。
それは別に構わない。修繕すれば良いだけの話だ。
問題は、
「……は、――…………ぁ?」
息が止まる。冷や汗が止まらない。
気がつけば、ラウラは目尻に涙すら浮かべて弱々しく首を振っていた。
「嘘、ですわ………………」
壁に開いた穴の中から、直立する超大型巨人が僅かに眼球を動かしてラウラを見ていた。
調査兵団に更なる絶望を叩きつけ、ここに1つの戦いが決着する。