「……ら、あ、ぁぁーーッ!」
喉の奥から声を絞り出し、渾身の力で巨人の肉体と癒着した本体の腕を引き抜く。ブチブチと肉の千切れる嫌な音と共に、何とか腕を分離させることに成功した。
くそ、限界以上に力を使った弊害だ。
巨人の力を引き出せば引き出すほど、本体と巨人体の接合は強くなっていくからな。
まぁ、当たり前と言えば当たり前だろう。
より本来の体と近い形で巨人体を動かしたいのなら、より深く互いの神経系を接合する必要がある。
何つーか、エヴァン○リオンみたいだ。
シンクロ率が高まるほど、エ○ァの力は増していく。イメージとしてはそんな感じか。
それにしても、最後の最後でやってくれたな。
地面に倒れ伏す上半身のみの『女型』は、それはもう無残な姿になっていた。
頭部は半分ほど吹き飛んでおり、脳と頭蓋骨が見えてしまっている。全身は灼け爛れ、両腕は炭化し、骨や内臓が見えている箇所も少なくない。
18禁のホラゲーでもここまでグロイのは出てこねぇだろう。
もう死体は見慣れてしまった俺だが、それでもこれだけ損傷が激しいと見てて気分が悪くなる。
つーか、ここまでズタボロにされてよく生きてたな、俺。
本体が無傷なのはまさに奇跡としか言いようがない。
エルヴィン団長の策略通り、俺とアリーセは確かに車力の巨人の死角を取った。
その時点でもう完全な巨人体を生成するほどの力は残ってなかったが、俺は上半身のみを生成することで力の消費を抑え、余剰分の力で槍を作り出して間違いなく『車力』の胴体を砲台ごと貫いた。
ここまでは良かったんだが、問題はその後だ。
避けられないと悟った車力の巨人がとった行動は、道連れ戦法。
どうやら砲台の中にはまだ幾らかの砲弾が残っていたらしく、車力の巨人は僅かに体を動かすことで敢えて俺にその砲弾を貫かせたらしい。
結果は言わずもがな。貫かれた砲弾が大爆発し、俺、車力、マーレ軍人は等しく吹き飛んだ。
生き残れたのは、ぶっちゃけただの奇跡だな。
巨人化能力を酷使した疲労で思うように動かない体に鞭を打ち、何とか下半身も『女型』から引き抜く。
あ、くそ、兵服のジャケット持っていかれた。
また団長に頼んで新しいの貰わねーと。
そんなことをぼんやりと考えながら『女型』の体から飛び降りると同時にフラついた俺を、アリーセが支えてくれる。
「熱っ!? ダイナさん、大丈夫ですか!? 怪我は!?」
「幸い無傷ですよ。幸運に恵まれました」
「良かった……。ダイナさんと車力の巨人が一緒に爆発した時は、私、心臓が止まったかと……」
「私も走馬灯が見えました。油断大敵とはこの事ですね」
何はともあれ、敵の侵攻を退けることには成功した。
問題は、俺と一緒に吹き飛んじまった『車力』の中身が生きてくれているかどうかだが……。
少し遠くにある車力の巨人の死骸は、大量の蒸気に隠されていてよく見えねえ。
どうすっかな。
今の俺は巨人化能力は使えないし、立体機動装置も兵長に渡したから装備してない。不用意に近づくのは危険すぎる。
蒸気が晴れるまで様子見するしかないか。
「アリーセ、リヴァイ兵長たちは……」
「ここだ」
俺の問いにアリーセが答えるより早く、後ろから兵長の声がした。
振り返れば、そこには両手両足を切断したジークを引き摺りながらこちらへ歩いてくるリヴァイ兵長の姿。後ろにはエルヴィン団長らもいる。
流石は対獣の巨人特攻持ちのリヴァイ兵長だ。
あの獣の巨人を少数で相手にして、誰1人として死んでいない。
こちらの被害は、ナイルさんと馬づ……ジャンが少し手傷を負ったくらいかな。
「随分と派手に吹き飛んでいたようだが……『車力』はどうなった?」
「あそこです。本体の生死はまだ」
未だに蒸気に包まれている車力の巨人を指差して答えると、兵長は一瞬だけ『車力』に視線を向けた後、すぐに俺の方へと戻した。
兵長の三白眼には、俺に対する疑念が浮かんでいる。
まぁ、それは予想通りだ。
ジークが
侵略者と親子関係にあると知った兵長たちが、俺に対する警戒を強めない訳がない。
ほとんど会話として成立していなかったが、ジークとのやり取りも全部聞かれたしな。この後は質問攻め間違いなしだろう。尋問とも言う。
今のうちに吐いたら後々不利になりそうな情報だけでも選別して……いや、無駄か。
『原作』の流れでは、この後に控えているのは中央憲兵団との戦いだ。
即ち、エレンの中に眠るグリシャの記憶が蘇り始める。
今までの俺の情報が正しいと裏付けられるメリットはあるが、情報戦における有利さを失うというデメリットの面も大きい。
下手に隠し事するより、素直に全部吐いておいた方が信頼は得られるかも知れん。
まだ、調査兵団は敵に回せないし。
「また君に色々と聞きたいことが増えたが……まずは、よくやってくれた。君のおかげで『獣』と『車力』の侵攻による被害は、最小限に留められたと言っていいだろう」
「いえ、団長たちの力があってこその戦果です」
全力で出来の悪い頭を働かせていると、リヴァイ兵長の後ろから現れたエルヴィン団長が、微笑を浮かべながら健闘を称えてくれた。俺も慌てて当たり障りのない返事をする。
それにしても、最小限ね。
その言葉に思わず更地と化したラガコ村を見渡してしまうが、それで何が変わるわけでもない。
知性巨人が2体、無垢の巨人が数十体以上も壁内に現れたというのに、村が1つ壊滅した程度の被害で済んだのだ。
これ以上は、ない。
「……ラガコ村の住民たちは残念だった。しかし、今の我々には人類の礎となった英霊たちを弔う時間はない。――『車力』の中身を捕縛次第、ヤルケル区に帰還する」
そんなに顔に出てたかな。
まるでこちらの思考を読み取ったかのような団長の言葉に、俺は指先で自分の顔に触れる。
むぅ……『原作』のダイナは表情豊かなキャラだったっけか。
……ダメだ、そもそもダイナの登場シーンが少な過ぎてよく思い出せん。
記憶が綻び始めていることを痛感しながら、車力の巨人の元へ向かうエルヴィン団長たちの後を追って足を踏み出しその時。
――膨大な量の蒸気の中で、小さな光が閃いた。
背筋が粟立つ。息がつまる。冷や汗が止まらない。
嘘だろ……!?
相手は間違いなくあの爆発で俺よりも深手を負っていたはずだし、その前にもリヴァイ兵長に四肢を切断されるほどのダメージを与えられている。
余力なんてない筈だ。
絶対に、あり得ない。
あり得ないのに、光は消えなかった。
一筋の雷光が蒸気の中へと降り注ぐ。
「――ッ! アリーセ、下がって!」
敵の襲来を前に、俺が出来ることはアリーセを庇うことだけだった。
既に彼女の立体機動装置のガスは空っぽだ。
『車力』の死角を取るために急上昇を行ったのと同時に、ガスは切れてしまっている。
もうアリーセは戦えない。
立体機動装置なしで巨人と向かい合えば、例えどんな精鋭でも食い殺されるしかないのだから。
「リヴァイ、『獣』と共にすぐに戦線離脱せよ!」
「チィ……ッ!!」
同じく巨人化の光に気づいたエルヴィン団長が指示を出し、兵長は舌打ちしながらジークを抱えて走り出す。
まさか、兵長もガスが切れてんのか!?
慌ててナイルさんとジャンにも視線を向けるが、2人とも立体機動を行う様子はない。
これ、もしかして、もう誰1人としてガスが残ってな――
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
大地が震えるほどの咆哮が放たれ、充満していた蒸気が吹き散らされた。
もはや骨のみになっていた『車力』の屍を踏み砕きながら、車力の巨人がこちらに向かって疾走する。
ふざけんなよ。
ここまで死に物狂いで頑張って、ようやく『獣』を無力化して捕らえたんだ。砲台を破壊して、車力と一緒に吹き飛んでやったんだ。
なのに、最後の最後で全て掻っ攫われるなんて、冗談じゃない。
もう一度ぶっ潰してやる、車力の巨人!!
懐から護身用ナイフを取り出す。
「……!? ダイナさん、やめて下さい! 誰よりも貴女自身が分かっているでしょう!? もういくら自傷したって、女型の巨人を生み出す力は……」
俺がやろうとしている事に気付いたアリーセが飛びついて自傷行為を止めようとするが、ナイフの切っ先が未だに赤い痣が残っている左腕の肌に刺さる方が早い。
鮮血が飛び散り、傷口からスパークが……放たれなかった。
代わりに激痛に襲われて、元からフラついていた俺はその場に崩れ落ちてしまう。
「……っ…………ぁ、……く……そ……」
最後は抵抗することすら許されず。
俺の意識は、そこで途切れた。
◆◇◆◇◆
全身が気怠い。
体が眠りから目覚めることを全力で拒否している。
それでも気力を振り絞って目を開けたのは、世界で最も大切な友人がずっと俺を呼んでいたからだろう。
重たい瞼をなんとか持ち上げると、俺にしなだれかかっていたアリーセと目が合った。
「ここは……?」
「馬車の中です。もうすぐヤルケル区に着くところです」
馬車……?
顔を上げると、目の前にはエルヴィン団長が座っていた。俺から見て団長の右隣にはナイルさんが、左隣にはジャンが。
そして俺の右隣にはアリーセ、左隣にはなぜか俺が自傷アイテムとして愛用している護身用ナイフを手の中で弄ぶリヴァイ兵長。
窓の外に視線を移すと、外はすっかり夜になっていた。
頭がぼんやりして、直近の記憶が曖昧だ。
確か『車力』の真上から貫いて――…………車力の巨人と獣の巨人はどうなった!?
慌てて馬車の中を見渡すが、ジークの姿もピークの姿もない。
嫌な汗が背を伝う。
「……兵長」
「ようやくお目覚めか? 随分と良いご身分だな、オイ」
「車力の巨人とジーク……獣の巨人はどうなりましたか?」
呼びかけると返ってきた皮肉には取り合わず、俺は今なによりも確認しなければならない事を尋ねた。
俺の問いかけに兵長は答えず、代わりに正面のエルヴィン団長が口を開く。
「再度出現した車力の巨人によって、獣の巨人は連れ去られてしまった。我々は敵の侵攻を退けることは成功したが、巨人化能力者の捕獲は失敗だ」
「…………」
意識が途切れる直前の状況から、ある程度は予測できていた答え。だがそれでも、あの激闘の末に何も得られなかったという事実は心に重くのしかかる。
進撃の巨人らしい展開と言ってしまえばそれまでだが、当事者になると残念では済まない。
拳を握りしめて黙り込む。
相変わらず、弱いままだ。
アリーセを、たった1人の大切な人を守れるだけの力を、未だに掴めてねえ。
力、力がいる。
それこそ、全世界を敵に回しても跳ね除けられるだけの強大な力が。
俺が思いついた強くなる方法は、今のところ2つだな。
片方は非現実的で、出来るかはかなり怪しい。失敗率8割、成功率2割ってところだ。
だが成功した時は、リヴァイ兵長と肩を並べられるほどの力が手に入るだろう。
コツコツ頑張るしかない。
もう1つは、近いうちに接触してくるであろうレイス家から、最強の巨人というラベルが貼られた巨人化薬を奪うこと。
ロッド・レイスが服用して、120メートル近い史上最大級の巨人と化したアレ。
100メートルオーバーのサイズになるのは困るが、あのサイズになってしまったのはロッド・レイスが正しく薬を服用しなかったのが原因ではないかというのが俺の予想。
もしもロッド・レイスが元から『最強の巨人』とやらがあのサイズだと知っていたら、あの空間内でクリスタを巨人化させようとはしなかったはずだ。継承を行うあの空間は確かに広かったが、120メートル級が収まるほどじゃなかったしな。
まともに使えば、あの空間内に収まる程度のサイズになる……かもしれない。確証はないが。
「ダイナ。てめえ、『獣』の中身に「母さん」と呼ばれていやがったが、アレはどういう事だ? 随分と老けた息子じゃねぇか。壁の外では、子供の方が親より年をとるのか?」
どうやってロッド・レイスから巨人化薬を奪うかという俺の思考は、リヴァイ兵長のそんな言葉で打ち切られる。
……うわぁ、やっぱり突っ込まれるよな。
戦闘終了後すぐに『車力』による2度目の襲撃を受けたから、言い訳考えてねえ。
マズい、下手したらスパイ容疑で拉致監禁だ。
というかダイナにはジークを「戦士」にして壁に送り込み、座標を奪取しようとした過去がある。
そう、もう既にダイナは敵対行動をしてるんだよ。
グリシャの記憶からコレがバレたら大惨事になっちまう。
だから今のうちにジークを捕まえて、壁の外との繋がりはないことをアピールするつもりだったんだが……
「俺たちは今、お前が諜報員である可能性を疑っている。言い訳するならさっさとしろ。ヤルケル区に到着したら、のんびりお喋りする時間はなくなるからな」
鋭い視線で俺を射抜きながら、兵長は護身用ナイフの切っ先を首筋に当ててくる。
俺のナイフを奪ったのはコレのためかよ……っ!
完全に信用を失ったら終わりだ。
『車力』を仕留め損なったことすら故意と思われかねない。最悪の場合は、調査兵団の核である兵長とエルヴィン団長を殺すために『獣』と『車力』がいるラガコ村に誘い込んだと思われるかもしれん。
「……確かに、ジークは私の息子です。それもエレンとは違って、血の繋がった」
俺の言葉に、兵長たちの視線が一層険しくなる。
萎縮しそうになるが、ビビったら負けだ。
毅然とした態度を保て。堂々としろ。負い目などないと、胸を張れ。
アリーセが俺の右手を強く握るのを感じながら、俺は話し続ける。
「ですが私とジークは間違いなく敵対関係です。私は夫……グリシャが、ジークを道具として利用するのを止めなかった。だからジークは私とグリシャを敵に売り、無垢の巨人……壁内世界で言う通常種の巨人にして追放したのです」
ピクシス司令が言っていた。
上手い嘘のつき方は、真実を織り交ぜて話すのだと。
エレンパパには悪いが、全ての罪は彼に被ってもらおう。強ち間違いではねーし、許してくれ。
俺が語った内容はこうだ。
まずはエルディア人とマーレ人との関係を語り、グリシャがエルディアの復権を望んでいたことを話す。そして
グリシャと意志が一致したことが結婚に繋がり、子供を授かったが、先ほど言った通りグリシャは自分の息子でさえエルディア復権の道具として扱った。
さらに思うように結果を残さないジークをグリシャが追い詰め、
結果、親に愛されなかったジークは両親をマーレに売り、
無垢の巨人となった俺は十数年間に渡って壁外を彷徨っていたが、5年前にウォールマリアの破壊を行ったマーレの戦士の一員を偶然にも捕食することに成功し、人の姿に戻ったのである。
エルディア人の楽園である壁内世界で第二の人生を手に入れた俺は過去を捨て、ただ自分の幸せのみを追い求めるようになった。
その過程で自分の命より大切な親友のアリーセと出会い、俺はアリーセのために壁内世界を守るべく、マーレとの敵対を決めた。
「……なので、私とマーレの「戦士」であるジークが仲間ということはあり得ません。それに向こうは未だ私と夫を恨んでいるでしょう。私も既に、エルディア復権には興味がありませんしね。私がグリシャに同調したのは自分の置かれた劣悪な環境を改善したかった為であり、虐げられることのない壁内世界で暮らせている時点でもう目的は達成されているようなものです」
自分だけ逃げ延びて新しい家庭を築いて暮らしているグリシャと、自分を『楽園送り』にしたジークに、今は特別な感情は何も抱いていない。
そう締めくくり、俺は口を閉じる。
真実4、嘘6くらいか?
重たい沈黙が支配する中、馬車が止まった。どうやらヤルケル区に到着したらしい。
それを皮切りに、リヴァイ兵長が静寂を破った。
「今の話が本当かどうかは、てめえの夫の記憶を継承したエレンが判断出来るだろう。あのガキが真偽を下すまでは、信じておいてやる。エルヴィン、異存はねぇな?」
「私もそれで構わない」
エルヴィン団長が頷くと、リヴァイ兵長が俺に護身用ナイフを差し出してくる。受け取ったそれを鞘に戻し、懐に仕舞うと、俺は不敵な笑みを浮かべた。
そうだ、このままでは終われねえ。
レイス家からこっそりと巨人化薬を奪うには、奴らとの戦いである程度の自由行動を認めてもらう必要があるからな。
疑念を抱かれた現状では、それは難しい。
故に、早急に信頼を取り戻す。
「車力の巨人を仕留め損なった失態は、『鎧』と『超大型』という脅威を退けることで埋め合わせましょう」
今回の件で生まれた俺への疑念を、戦果を以って打ち払ってやるよ。