カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第32話 転、転、転

 『獣』及び『車力』捕獲作戦を終え、ウォール・シーナ西部に位置するヤルケル区に帰還すると同時に、もの凄い形相でハンジさんが俺の元へと走ってきた。

 何事かと問う間も無く、(ダイナ)の華奢な体が馬車から引き摺り出されてハンジさんに担ぎ上げられる。

 ……俵担ぎで。

 

「ちょっ、何ですか突然!?」

 

「悪いけど説明は全部後回しにさせてもらうよ。君に急ぎの用事だ」

 

 言うが早いかハンジさんは俺を担いだままトリガーを引いてワイヤーを射出。ヤルケル区を守る外壁の上へと、一気に上昇する。

 こ、怖っ!?

 今の俺は立体機動装置を装備しておらず、巨人化能力も使えない。落ちたら普通に死ぬ。

 なのにハンジさんは御構い無しと言わんばかりに、不安定な体勢で強引に上昇を行う。

 これ、上昇の勢いで腹が圧迫されてなかったら、間違いなく情けない悲鳴をあげてたな。

 

 少しでも高所の恐怖を和らげようとそんなことを考えているうちに、壁上に到着したらしい。ほとんど投げ捨てるような形で降ろされた。

 ……痛ってぇ、思い切り頭から落ちたぞ。

 死にさえしなければどんな傷でも短時間で完治するとは言え、もう少し丁寧に扱われても良いと思うんだが。

 ぶつけた箇所に手を当て、若干フラつきながら立ち上がると、騒然とした光景が視界に飛び込んできた。

 調査兵、憲兵に関わらず、全員が混乱と不安と恐怖を隠し切れないといった表情で、俺とハンジさんを見ている。

 

 何かあったのか?

 まさか、顎の巨人の捕獲にまで失敗したとかじゃねぇだろうな。

 ついさっきエルヴィン団長とリヴァイ兵長に「『鎧』と『超大型』の脅威を退けましょう」とかドヤ顔で言った直後なんだが、その為にはユミルの協力がいるんだよ。

 もちろんユミル無しのパターンは考えてあるが、成功率がまるで違う。

 『顎』を取り逃がしました、なんて展開ならもう俺は命がけでライナーに挑むしかねぇ。『超大型』の方はアルミンの作戦を参考にした対処法を練ってるから、タイマンに持ち込めれば多分勝てる……筈だ。

 やってみないことには分からんが。

 

 ともあれ何が起きたのかを把握すべく、俺は黙ってハンジさんに続く。

 ハンジさんは10秒ほど歩くと、壁の内側の側面を指差した。

 俺も壁から身を乗り出して、ハンジさんの人差し指の先を見る。

 ……?

 ウォール・シーナの一部分が、布みたいなもので覆われてるな。顎の巨人との戦いで破損でもした……の……か……。

 プツリと、俺の思考が停止した。

 

 ハンジさんの指示のもと、兵士たちによって壁を覆っていた布が引き剥がされる。

 その下にあったのは、俺がギリギリ通れるかどうかといった程度の小さな穴。そしてその穴の中で鈍い光を放ち、僅かに動く巨大な眼球。

 

「――っ!? ハンジさん、すぐに布を戻してください! それと、布は出来るだけ遮光性の高いものを!」

 

 穴の中を見た瞬間、俺は弾かれたように立ち上がりながら叫ぶ。

 なるほど、そういう事かよ。

 奇しくも『原作』とほぼ同じタイミングで、三重の壁の秘密が明らかになったんだ。

 調査兵団との最初の交渉で、巨人は日光によって活性化し、反対に光のない夜は不活性化するという情報を渡しておいて本当に良かった。

 ここヤルケル区にはニック司祭がいねぇからな。

 もし俺がその情報を渡していなかったら、壁の中の巨人が動き出すという、最悪の事態が起きてた可能性すらある。

 

 再び布が被せられ、壁の中の巨人が隠れたのを見て大きく息を吐く。

 取り敢えず、これで動き出すことはない……と思う。恐らくは。

 

「君は、壁の中に巨人がいると知っていたの?」

 

「……ええ。私としては、出来る限り隠しておきたかったですが」

 

 険しい視線でこちらに向けるハンジさんを真っ直ぐに見つめ返し、俺は言葉を返す。

 『壁』の巨人、及び『座標』はこの世界最強の力だ。

 この2つさえ手に入れることが出来たのなら、世界の全てを敵に回しても対等に立てる。

 理想は、壁の秘密を秘匿したまま機会を窺い、アリーセを除く信頼できる誰かにエレンを食わせて『始祖』を奪うことだった。

 そうすれば『王家』と『始祖』が揃い、地鳴らしの発動権を握れるからな。

 後は地鳴らしを脅しの材料とすれば、アリーセとその次の世代の子が寿命で逝けるくらいの安寧が手に入る……筈だったのだが。

 

 ハンジさんは、そして調査兵団は、壁の中の巨人についての全ての情報を俺が吐くまで、尋問をやめないだろう。

 ニック司祭を問い詰めた時のハンジさんを思い返せば、それは容易に想像できる。

 

「ダイナ、答えてもらうよ。これは私たち人類の、生存権に関わることだ。見て見ぬ振りをするなんてことは、絶対に出来ない。君に答える意思がないと言うのなら、拷問してでも吐かせる」

 

「……」

 

 言い終えたハンジさんが右手を挙げると、周囲の兵士たちが一斉に超硬質ブレードを構えて俺を取り囲む。

 巨人化能力が使えず、加えて立体機動装置もない俺に対抗の手段はない。

 

「お話します。エルヴィン団長とリヴァイ兵長を始めとする、調査兵団幹部の方々も一緒に聞かれた方が良いでしょう」

 

「物分りが良くて助かるよ。ラシャド、エルヴィンたちを連れてきてくれ。大急ぎで、だ」

 

「了解ッ!」

 

 俺が観念して両手を挙げると、命令を受けたハンジさんの部下がすぐに『壁』から飛び降りてエルヴィン団長の元へと向かっていく。

 ほんの数分ほどで、下で待機していたと思われる兵長たちが登ってきた。

 獣の巨人と車力の巨人を取り逃がした時よりも険しい表情を浮かべていることから、既に事情は聞いたのだろうと察せられる。

 

「それじゃあ、話してもらおうか」

 

 兵団の上官たちが揃ったのを確認したハンジさんが、そう切り出した。

 上官らの鋭い視線を一身に受け、怯んで後退りしそうになる自分を心の中で鼓舞しながら俺は話を始める。

 

 ウォール・マリア、ウォール・ローゼ、ウォール・シーナからなる三重の壁は、無数の超大型巨人による硬質化能力によって形成されたものである。

 築き上げたのは壁の王たる、カール・フリッツ。

 これは王家と上位貴族、及びウォール教の人物は知っている情報である。

 そして『壁』の巨人を含む王家が秘匿しているその他の情報を開示する権利を持つのは、真の壁の王たるクリスタ・レンズのみ。

 

 エルヴィン団長、リヴァイ兵長、ハンジさん、ナイル師団長、その他の上官の前で俺が話したのは、『原作』でニック司祭が話したこととほぼ同じものだ。

 まぁ、ニック司祭の話したことより、少し多めに情報を開示しているが。

 ダイナも間違いなく王族であるので、勝手に秘密をバラしたことに関しては大目に見てもらえるだろう。多分。

 一応、クリスタとは遠い親戚に当たる筈だしな。

 ……待てよ。

 だとしたら、俺の義理の息子であるエレンはクリスタと親戚関係になるんじゃねぇの?

 おおう、ダイナってやっぱり凄い立場だなオイ。

 

 俺の暴露した情報を巡って、侃侃諤諤と議論を重ねる団長たちを眺めながらそんなことを思う。

 情報を喋った後、俺は用済みだと言わんばかりに議論の場から弾かれた。

 実際、正式な調査兵じゃない俺は部外者だが。

 ここ最近で、一気に疎外されるようになった気がする。

 

「ダイナさん」

 

 と、そこで壁を登ってきたアリーセが俺のすぐ隣に着地した。

 今やっとガスを補給できたらしい。

 どこか浮かない表情の彼女はしばらく口を開いたり閉じたりしていたが、やがて決心したように話しかけてくる。

 

「あの、私、短い間に色々なことが起きたせいで、何から話したら良いのか分かりません。だから、細かいことは何も気にしないことにしました。でも、これだけは確認させて下さい。私、ダイナさんに無理をさせていませんか? 私が隣に立っているせいで、苦しんだりしてませんか?」

 

 どこまでも優しい彼女は、きっと(ダイナ)息子(ジーク)と戦うことを、気にしているのだろう。

 自分のせいでダイナが息子と戦う決意をしたのではないかと、思ってしまったのだろう。

 それは要らない心配だ。

 『俺』はダイナでないのだから、ジークと戦うことに何も感じない。グリシャを貶めて利用することに躊躇いはない。

 しかし、憑依のことを説明する訳にはいかないだろう。

 何より俺はアリーセに、この世界は創作物(マンガ)の中の世界で、この世界の人々は全て運命が決められたキャラクターに過ぎなくて、アリーセ・エレオノーラは名前も出ずに死ぬ予定だったモブキャラなんだとは、口が裂けても言えない。

 だから、俺はどこまでもダイナの贋作であり続けるのだ。

 

 アリーセの髪を撫で、心の底からの笑みを浮かべ、俺は言葉を紡ぐ。

 

「アリーセ。私の横にいてくれて、有難う。貴女がいるから、この残酷な世界でも頑張れたんです。私はアリーセ・エレオノーラの親友、ダイナ・フリッツ。ただの一度たりとも、ダイナ・イェーガーとは名乗っていませんよ」

 

 さあ、気合いを入れ直していこう。

 ここから先は、更なる死闘が待っているのだから。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 蚊帳の外に置かれていたのでどのような結論に至ったのかは知らないが、ひとまず団長たちの話し合いは終わったらしい。

 呼ばれた俺は、再びエルヴィン団長らの前に立つ。

 邪魔な時は放り出して、必要になった時だけ呼びつけるとか、本当に雑な扱いされてんな。

 レイス家が干渉してくる前に、必ずある程度の信頼を取り戻してやる。

 

「おいダイナ。てめぇ、馬車の中で『鎧』と『超大型』の脅威を退けるとか言いやがったな。具体的な作戦を説明しろ」

 

 と、意気込む俺に向かってリヴァイ兵長がそう切り出した。

 『壁』の巨人から、随分と話が飛んだな。どんな議論をしてたのか気になるが、それは後で聞くか。

 今は大人しく、言われた通りのことをした方が良さそうな雰囲気だ。

 

「……分かりました。その前にハンジさん、顎の巨人捕獲作戦はどうなりましたか?」

 

「ああ、ちゃんと成功したよ。顎の巨人……ユミルは今、巨人化できないように両腕を切断した状態で拘束している」

 

 よし、ユミルの捕獲に成功してるなら次の作戦もやり易い。

 

「私の考案した作戦は――」

 

 時折エルヴィン団長やハンジさんに作戦内容の綻びなどを指摘されながらも、何とか作戦内容を伝える。

 不確定要素が多いのは否めないが、そこまでデタラメな作戦って訳でもねぇ。

 後は採用して貰えるかだが……

 

「肝心のユミルをこちら側に寝返らせるという部分だけど、その方法はどうするの?」

 

 ハンジさんから当然の疑問が投げかけられた。

 そう、この作戦はユミルが俺たちに協力しなければ何も始まらない。

 

「ユミルと話をさせて下さい。私が彼女をこちら側に引き込みます」

 

 未だにユミルがライナーたちに味方している理由ははっきりとしないが、予想はついている。

 なら同じことをすれば、ユミルはこちらに寝返るはずだ。

 勝算は、ある。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「貴女がユミルですね?」

 

「――ああ?」

 

 ヤルケル区内の地下牢。

 その中で両腕を切断され、足に鎖をつけられた状態で監禁されていたユミルに、俺は檻を挟んで話しかけた。

 俺の問いかけに、ユミルは敵意を露わにしながら顔を上げる。

 そんな彼女の目を真っ直ぐに見返し、俺は微笑すら浮かべて、

 

「率直に言います。ライナー(・・・・)ベルトルト(・・・・・)を裏切って、調査兵団に味方しなさい。そうすれば、クリスタの命は保証します」

 

「…………」

 

 俺の言葉を聞いたユミルの瞳に、殺意の光が宿った。

 ユミルの全身から放たれる濃密な敵意と殺意を、しかし俺は軽く受け流して言葉を続ける。

 

「貴女がライナーとベルトルトに加担するのは、恐らくクリスタを人質に取られているからでしょう。それに強大な力を持つ彼らに、貴女は抗えなかった。これは、そんな貴女にとっても良い提案ですよ。ライナーたちはまだ、貴女が調査兵団に捕獲されたことを知りません。今なら寝首をかける」

 

「ライナーとベルトルトを倒しても、アイツらの背後にはもっと巨大な敵がいる。調査兵団にそれを跳ね除けられる力は……」

 

「あると言ったら? 世界そのものを敵に回してなお、勝算があると言ったらどうしますか?」

 

 被せるように発せられた俺の言葉に、ユミルが目を見開いた。

 そんな彼女を前に、俺は息を大きく吸う。

 まだ巨人化するほどの力は戻ってないが、少し『道』を開く程度の力ならある。

 ユミルを手っ取り早く引き込むには、分かりやすい証拠を見せてやれば良い。

 

「――――――ッ!!」

 

 腹の底から放たれた俺の叫び声が地下牢に反響する。

 それと同時に『道』を通じて、ユミルの中の『顎』に命令を送り込んだ。

 もちろん他者の中にある「九つの巨人」を操るなんて真似は出来ないが、王家の持つ『叫び』の力を『座標』だと誤認させれば、ユミルは勝手に理解するだろう。

 『原作』でも、一時的に覚醒したエレンの『座標』の力を見て、ユミルは壁の中にも希望があると判断したのだから。

 

 巨人化能力者が『座標』や『叫び』の効果を受けると、体中に電流が流れたような感覚を覚える。

 まさに今それを感じただろうユミルが、自分の体を見下ろしながら驚愕の表情で俺を見た。

 

「アンタ、何者だ?」

 

「貴女と同じ略奪者ですよ。貴女がライナーの仲間の1人を食って人間に戻った後、彼らは残る3人で『壁』を目指しました。そして何とか超大型巨人で『壁』を破壊することに成功した彼らですが、その直後に消耗しているところを狙われて2人目が無垢の巨人に食い殺されたんです。2人目の死亡者は『女型』の継承者アニ・レオンハート。捕食者は私、ダイナ。マルセルの記憶を継承した貴女なら、この意味が分かるでしょう?」

 

 ダメ押しとばかりに、俺はさらに言葉を重ねる。

 

「ユミル、私の、調査兵団が差し出した手を取ってください。『女型』、『進撃』、『顎』に、先ほどの力が加われば、壁の中にも未来はあります。貴女もまだ死にたくはないでしょう?」

 

 何分、いや何十分経っただろうか。

 ユミルは静かに、首を縦に動かした。


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