カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第33話 未来への意志

 にへら、と。

 酒がなみなみと注がれた木製のコップを両手で持ったアリーセが、頬を赤く染め、瞳を潤ませて破顔する。

 そこに普段の凛々しさなどカケラもない。

 うん、完全にただの酔っ払いだわ。

 

「ほんとーに、ほんとに心配したんれすよぉ!? しゅぐに無茶するしぃ、死にかけるし、ダイナひゃんの馬鹿ぁ! 生きててくれてありがとございます!」

 

 全く呂律が回ってねぇ。

 テーブルをバンバン叩きながら笑顔で怒るアリーセの姿に、俺とラウラは無言で顔を合わせる。

 どうすんだこれ。

 

 何とかユミルを寝返らせることに成功したあの日から、7日の時が流れた。

 調査兵団は顎の巨人の捕獲、そして『獣』と『車力』の撃退という戦果によって、何とか解体を免れることに成功。

 エレンは『顎』の捕獲に大きく貢献したと言うことで、中央憲兵への引き渡しは無くなった……のだが。

 三重の壁は超大型巨人の硬質化能力によって形成されていたという真実に、それを王族や一部の貴族が秘匿していたという事実が明らかとなり、さらに先にある『情報』を開示する権利が一介の調査兵に過ぎないクリスタにあると判明したことで、兵団の上層部は大荒れしている。

 尤も、今回の件で明らかになった事実はまだ公表されていないので、現場にいなかった104期生や下っ端の兵士は何も知らないままだ。

 故にそもそも部外者である俺だけでなく、アリーセとラウラにも暇が出来たわけだな。……アリーセが未だに調査兵として扱われているのかは知らねぇけど。

 

 ともあれ、現在エルヴィン団長は会議に会議で、ウォールシーナ内の王都ミットラスに引きこもり中。

 代理としてハンジさんが指揮を執って、俺が立案した『鎧』及び『超大型』の討伐作戦の準備を行なっている。順調との報告を受けたので、近日中には終わるだろう。

 この作戦内容も、やっぱり一部を除く104期には伝えられていない。コニーやサシャたちは、未だにライナーとベルトルトが敵だと知らない状態ってことだ。

 作戦が伝達された104期生はエレン、ミカサ、アルミン、クリスタ、ジャン、ユミルくらいか。後は蚊帳の外だな。

 

 ユミルは相変わらず地下牢に監禁中。

 面会できるのは俺とクリスタのみで、その俺たちにしてもリヴァイ兵長、ハンジさん、ミケ分隊長のうちの誰かが同伴していないと面会することが出来ない。

 まぁ、顎の巨人捕獲作戦でクリスタは負傷したらしく、彼女がユミルと面会出来たのはつい先日とのこと。それまでクリスタは怪我でベッドの上から動けなかったとか。

 ユミルに対して効果的だって理由で、クリスタを前線に送り込むように提案したのは失策だった。

 未来の女王陛下に死なれるのは流石に困る。

 主に、原作との乖離が激しくなって更に先が見通し辛くなるという理由で。

 

 今まで俺に大きなアドバンテージを与えてくれていた『原作知識』の力も、少し陰りが見えてきた。

 主な理由は2つ。

 まずはストーリーが進むに連れて調査兵団が情報を手にするので、情報戦の有利が失われていくから。

 エレンの中で眠るグリシャの記憶が完全に蘇り、調査兵団が手記を手にした瞬間に情報面でのアドバンテージは7割近く失われてしまい、情報提供によって調査兵団の力を借りることは難しくなる。

 

 もう1つは、記憶の欠落だ。

 別に俺はもの凄く記憶力が良い人間じゃねぇ。

 むしろ前日に覚えた英単語が、次の日の朝には全て忘れているなんてことがザラにあるくらい記憶力が悪い。

 そんな俺が5年間近くも『原作』の内容を忘れずにいられたのは、ひとえに延々と漫画とアニメを見返し続けたからだ。

 もはや二度と『原作』を見返すことが出来なくなった今、記憶し直すのは不可能。となれば、当然ながら記憶は……『原作知識』は欠落する。

 せめてもの対策として、まだ忘れていない『原作知識』を手帳とかにメモしようかと考えたが、無くした時や奪われた時のデメリットが大き過ぎるので止めた。

 

「ままならないか……」

 

「あーっ! ダイナひゃん、また自分しか分からないこと考えてる! 隠し事ばっかりしにゃいで、もっと私にダイナひゃんのことを話してくらさいよぉ! うぅ、グリシャ殺す……」

 

 あ、寝落ちした。

 テーブルに突っ伏して寝息を立て始めたアリーセを見て、俺は盛大にため息をつく。

 

 第57回壁外調査の最後、俺とアリーセが超大型巨人が投擲した多数の巨人に囲まれた時のことだ。

 心が折れないようにエルヴィン団長のポケットマネーでお酒を飲みに行こう、なんて軽口をアリーセと交わしたことを唐突に思い出した俺たちは、多忙な日々の中にある僅かな休日を利用して酒場に来ていた。

 そこまでは良かったんだが、

 

「まさか、お姉様がここまでお酒に弱いとは思いませんでしたわ」

 

「一番アルコール度数の低い安酒を一口飲んだだけでここまで酔うのは、流石に予想外です」

 

 どうやら、アリーセはメチャクチャお酒に弱いらしい。

 お酒を飲み始めて1分と経たずに、面倒くさい酔っ払いになってしまった。

 酔ったアリーセも色っぽくて可愛かったが、流石にこの状態が小一時間も続くと疲れるな。

 何せ口外禁止という約束で話したこと(例えば俺の家名はフリッツであるなど)を、大声で言いそうになったりするんだぜ?

 常にアリーセがヤバいことを言わないか気を張り続け、もし言いそうになったら咄嗟に口を塞げるようスタンバイしとく必要があるのは、普通に疲れる。

 羽休めに酒場に来たのに疲労が溜まるとか、本末転倒だ。

 

「……アリーセも寝ちゃいましたし、そろそろ帰りましょうか。先ほどからずっと周囲の視線を集めていて、居た堪れないです」

 

「兵服を着ていて正解でしたわ。もしも私服を着ていたら、間違いなく男たちに絡まれていたでしょう」

 

 ダイナ、アリーセ、ラウラと、3人とも容姿が整ってるからな。

 入店した瞬間から、男の客たちがチラチラ俺たちの方を見て来て煩わしい。

 俺も元男として気持ちは分かるが、だからといって容認するかどうかは別問題だ。

 

「ラウラ、お願いなんですが……」

 

「お断りしますわ」

 

「まだ内容すら言っていませんけど!? 断るにしても、せめてどんな頼みごとかくらい聞いても良いでしょう!?」

 

 コンマ1秒で拒絶され、思わず大声を出してしまう。

 慌てて声量を下げ、

 

「酔ったアリーセを部屋まで抱いて運ぶという大役を頼もうとしたのですが、嫌なら仕方ないですね」

 

「私にお任せなさい。ついでに一緒に湯浴みして、服を着替えさせて、一緒のベッドで一夜を共にしますわ」

 

「運ぶだけで良いです。あと泥酔した人を入浴させないで下さい」

 

 そういう言動をするから、いつまで経ってもアリーセに距離を置かれるんだよ。

 手首がねじ切れんばかりの勢いで手のひらを返したラウラの姿に俺はそんな感想を抱くが、心の中で呟くだけにしておく。

 わざわざ口に出して下らない問答をするなんて、時間の浪費以外の何でもねぇ。

 

 ラウラがアリーセをお姫様抱っこしている間に、俺は会計を済ませる。

 恍惚の表情を浮かべるラウラと共に店の外へ出ると、既に空は暗くなっていた。

 しばらく夜空を見上げた後、俺とラウラは無言で歩き出す。

 

 かなり長かった沈黙を破ったのは、ラウラの方だった。

 

「……それで、貴女はまた真夜中に外で瞑想するなんて意味不明なことをするつもりですか?」

 

「あれは修練です。……まぁ、側から見たらかなり不気味に見えるだろうことは自覚してますが」

 

 しかし、他に何をどうしたら良いのか分からねぇんだから仕方ないだろ。

 『原作』でも副産物として生まれただけで、狙って作り出したモノじゃねーし。そんな訳で真夜中に行う瞑想に、これと言った成果は今のところないな。

 が、やめるつもりは全く無い。

 とにかく力がいるのだ。可能性があるのなら、何だってやってやる。

 

「何をやっているのかは知りませんけど、怪しいと判断した時は容赦なく首を刎ねますので」

 

「既に一度斬りかかられたので、それは良く理解してますよ」

 

 あれは3日前の事だったか。

 調査兵団旧本部の古城の庭で、ひたすら自傷を繰り返して『道』への干渉を繰り返している時のこと。

 傷口から放たれるスパークを巨人化の光と思ったラウラが、俺が裏切るつもりなのだと勘違いして襲い掛かってきたんだよ。

 何とか手に持っていた護身用ナイフで応戦しながら説得を行い、2時間の死闘の果てにようやく敵対の意思がないということが伝わった。

 相変わらず、ラウラの中では俺の評価が全く向上していないらしい。

 

「……今でも、貴女を調査兵団の協力者としておくのは反対ですわ。貴女から得られた情報は有用で、強大な巨人の力はこれからの戦いで不可欠なものとなるでしょう。しかし、そのメリットを考慮してもリスクが大き過ぎると私は思いますの。そんなに大きなリスクを背負うくらいなら、さっさと貴女の首を刎ねてしまった方が良いのではと」

 

 それはきっと、今でも調査兵の大部分が抱いている思いだろう。

 エレンが巨人化能力者として覚醒して、その力の制御が安定してからは、俺を排斥しようという動きはさらに大きくなったしな。

 『超大型』や『鎧』を始めとして、巨人化能力者が人類に与えた被害は余りにも大きい。

 俺の排除を願う兵士が多いのも、当然のことだろう。

 しかし意外なのは、

 

「ラウラなら間違いなく『ダイナ排除派』に参加していると思ったんですが」

 

「もちろん、貴女が消えるのは喜ばしいですわ。……けれど、貴女が死ぬと姉様が悲しむでしょう。どんなお姿、表情でもお姉様は素敵ですが、やはり笑顔が最も魅力的ですもの。本当に癪ですが、姉様が一番笑顔になるのは貴女の隣にいる時ですから」

 

 そう言って、ラウラは心底気に入らないと顔を背ける。

 どれほど罵倒されても、嫌悪されても、暴力を振るわれても、俺がラウラを嫌いにならなかった理由がこれなんだろうな。

 自分の内で、他の何よりもアリーセという存在が上位にある。アリーセを守る為なら、微塵の躊躇もなく自分の命を犠牲に出来る。

 俺とラウラは、根元が全く同じだ。

 ラウラが俺を嫌う理由は、アリーセの身を案じての事だと分かっていたから、俺はラウラを嫌わなかった。

 つーか、そうでもないと短気な俺がここまでボロクソに言われて頭に来ない方がおかしいわな。

 

 一人で勝手に納得していると、再び俺たちの間に沈黙が降りる。

 2度目の沈黙を破ったのは、俺の方だった。

 

「私は間もなく、大きな選択を迫られます。今はまだ調査兵団の味方として戦い続けますが、その時がくれば私とアリーセは調査兵団と敵対するかも知れません。……もしくは、壁外人類を含めた全世界すら敵に回す可能性もあります。だから、ラウラも今のうちから考えておいて下さい。世界とアリーセ、どちらを取るか」

 

「質問が抽象的すぎますわ。要するに人類と調査兵団を裏切って味方になれと?」

 

「……その程度で済めば良いのですけどね」

 

「相変わらず煙に巻くような言い回しを……」

 

 苛立ちを露わに舌打ちするラウラ。

 そんな彼女に、覚悟を決めて俺がこの先何をするつもりなのかを打ち明ける。

 選択肢は、2つだ。

 1つ目は調査兵団に味方し続けることでマーレを打ち倒し、エルディア国を復権させ、俺の命を燃やし尽くすことで平和な世界を築いてそこにアリーセを送り出す未来か。

 2つ目は世界の全てを敵に回して『ダイナの延命』を行い、屍山血河が生まれるほどの戦いの果てに、2人で生き続けるというアリーセとの約束を守る未来か。

 かなり大雑把に説明すると、こんな感じだな。

 それぞれの選択肢にはまた更に数多くの選択肢が続くのだが、最初はこの2つだろう。

 

「……私からすると、貴女が1番を選んでくれると喜ばしいのですけど。ダイナという脅威が最後まで裏切ることなく調査兵団の味方であり続け、尚且つ最後には死んでくれると。平和な世界でお姉様と2人なんて、理想以外の何物でもありませんわ」

 

「私も簡単に1を選べたら、楽で良かったんですけどね」

 

「………………」

 

 星を象ったクリスタルの中に、青い宝石が埋め込まれたペンダントに触れながら、俺はそう呟く。

 胸元で輝くそれは、巨人化能力者捕獲作戦の前日にこの3人で遊びに出かけた時に買ったものだ。

 その日の朝を思い出す。

 アリーセに残りの寿命が8年しかないと伝え、そして彼女にもこの選択を迫った。

 他者を殺して2人で生きるか、俺の命を使って平和な世界を作るのか。

 優しいアリーセが、選べるわけが無いと分かっていて。

 その時の彼女の言葉をはっきりと覚えている。

 

『そんな未来しかないなんて、絶対に認めませんから! 平和な世界で、ダイナさんも私と一緒に生きるんです! もし先に死んだら、私も自殺しますよ。地獄の底まで後を追って、ぶん殴ります』

 

 ……そんなこと言われたら、簡単に死ねなくなるっつーの。

 俺だって死にたい訳じゃねぇ。

 出来ることなら、寿命で終わるその瞬間までアリーセの隣にいたい。

 そんな感じで思考がループして、結局は選べなくて終わっちまう。

 だから1番を選ぶにせよ、2番を選ぶにせよ保険を用意しておきたいんだよ。

 

「そんな訳で、もし私が死んだらアリーセが自殺しないように見張ってて下さい。せっかく自分の命を使ってアリーセのために「平和な世界」を築いたところで、すぐにアリーセが死んだら甲斐がないでしょう? これが本当の『お願い』です」

 

 幸い酒場の時のようにすぐに断られることはなく、3度目の沈黙が降りる。

 ようやくラウラが口を開いた時には、既に調査兵団の旧本部が見え始めていた時だ。

 

「ダイナ、貴女は…………いいえ、何でもありませんわ。ところで、その選択の期限は?」

 

「早くて1年後、遅くとも後3年以内には決断を下す必要がありますね」

 

 エレンが負傷兵を装ってマーレに入り込む1年前くらいには、選んだ未来に向けて動き始めたいしな。

 アリーセの未来を奪う安楽死計画は絶対に阻止だ。

 故にジークは潰す。エレンがジークに協力するのなら、エレンも潰す。

 

「取り敢えず、その『お願い』は聞いてあげます。私としても、お姉様が死ぬのは嫌ですもの」

 

「ありがとうございます」

 

「それと、私は世界もお姉様も選びませんわ。確かに何よりもお姉様が大切な存在なのは事実ですし、揺らぎません。しかし、人類の前進を願って心臓を捧げ、死んでいった仲間たちは裏切れない。彼らは私の大切な友人ですし、中には恋人もいました。私は仲間たちの屍の上に立っている。そう簡単に、その屍の山に背を向けることなど出来ないですもの」

 

 もしも調査兵団とアリーセが争うのなら、どちらの味方もしない。

 そう言ったラウラの横顔は、どこか寂しげだった。

 

「何故そこまでアリーセを慕うのか、聞いても?」

 

「次の『鎧』及び『超大型』撃退作戦で、お姉様を守りきれたのなら話してあげますわ。とは言うものの、大した話ではありませんが。割とどこにでも転がっているような、ありふれた話ですよ」

 

 ……まぁ、今は目の前のライナーとベルトルトに意識を向けるか。

 あと数日の間に、準備は全て整うだろう。

 ここで鎧の巨人と超大型巨人を打ち倒せたのなら、ウォールマリア最終奪還作戦の難易度が大きく下がる。

 まだ修行の成果こそ出てないが、絶対にこの作戦は成功させる。

 

 

 俺は俺とアリーセのために、全ての障害を駆逐する。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「よう、ライナー(・・・・)ベルトルさん(・・・・・・)

 

「「――!」」

 

 隠しているはずの本名で呼ばれた2人の青年が、弾かれたように振り返る。

 背後へと向けた視線の先にいるのは、黒髪を首の後ろで留めたソバカスの目立つ女兵士の姿。

 

「ユミルか。憲兵の兵舎にまで、わざわざ何の用だ?」

 

「情報を持って来たんだよ。調査兵団のだ。エレンとあの『女型』が、また壁外に出るそうだ」

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