カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第34話 第58回壁外調査

 調査兵団の証たる自由の翼が描かれた深緑のマントを羽織り、腰には白銀に輝く巨人殺しの武具――立体機動装置を装備。

 腰のベルトのポーチには信煙弾と、最悪の場合に備えての切り札を入れておく。

 そして黒い毛並みが美しい愛馬に跨がれば、壁外調査へ向かうための準備は終わりだ。

 

 ウォールローゼ東、ヤルケル区。

 その開閉門の前で轡を並べて、俺たちはエルヴィン団長が第58回壁外調査開始の合図を出すのを待っていた。

 フードで顔を隠しながら、馬上から辺りを見渡す。

 

「この穀潰しが! 俺たちの税を無駄遣いしやがって!」

 

「さっさと全員巨人に食われちまえ!」

 

「前回の半分も数がいねぇのに、何が出来るってんだ!」

 

 暴言、罵倒の嵐だな。

 それどころか、石を投げつけてくる奴までいる。

 痛っ!?

 今ので顔面に石が当たったの8回目だぞ。

 いや、顔や体に当たるのはまだマシな方だ。馬や立体機動装置に当たる方がヤバイ。

 もし馬が暴れ出したり、立体機動装置が壊れたりしたら大惨事だ。

 平民の一生涯分の稼ぎに等しい巨額をつぎ込んでるだけあって、調査兵団の馬はそう簡単にパニックに陥ったりはしないが、万が一って事がないとか限らねえ。

 

「ちゃんとアンタに言われた通りやって来たぞ。クリス……いや、ヒストリアは無事なんだろうな?」

 

「ええ、お疲れ様です。それと彼女ならウォールシーナ内できちんと保護しているので、ご心配なく」

 

 と、思考を遮って話しかけて来た相手に労いの言葉を返す。

 俺の右隣に馬を並べたのは、同じくフードで顔を隠したユミルだ。彼女が土壇場で裏切るのが最大の懸念だったが、杞憂で済んだらしい。

 これで作戦を開始するために必要な準備は全て整った。

 

「……ライナーたちは?」

 

「私らから見て、右方の壁上だ。敵さんは血眼になってアンタを探してるよ」

 

 右上の壁上……あの辺りか?

 ユミルが示した方向へと視線を向け、フードを少しだけ引いて敢えて顔を晒す。

 もし向こうが望遠鏡やらでこちらを確認しているなら、今ので俺の顔が見えたはずだ。今ここにいる調査兵団は本来の半分くらいだし、ちょっと見渡せばすぐに俺に気づく。多分。

 前回の第57回壁外調査で、俺は奴らに『叫び』の力で巨人を操るところを見せている。必死になって『座標』を探してる奴らなら、俺の『叫び』の力を『座標』と勘違いしてもおかしくない。

 勘違いしているのなら、エレンよりも俺を優先的に狙うだろう。アニを食い殺した事で、ベルトルトの恨みも買っているし。

 

 フードを被り直し、再び前を向く。

 開始まで後数分くらいか……やべぇ、緊張してきた。手綱を握る手が僅かに震えている。

 あー、情けねえ。

 どれだけ戦場を経験して、死線を潜っても、巨人と戦う恐怖ってのは和らがない。気を抜いたら即死する地獄に飛び込むのは、元日本人にとっては決して慣れる事が出来ないのかもしれん。

 

「ダイナさん、体調は大丈夫ですか?」

 

 首を振って心の中の恐怖を追い払っていると、左からアリーセが俺の顔を覗き込むようにして聞いてきた。

 作戦の立案者が及び腰なのは良くねーよな。

 敢えて強気な笑みを浮かべ、アリーセに言葉を返す。

 

「問題ありませんよ。アリーセは?」

 

「私もバッチリです。今なら15メートル級を3体纏めて相手にしても勝てますよ」

 

 なんかさ、戦いを経るごとに強くなってねぇか?

 15メートル級を3体同時とか、俺は勝てる気しねーんだが。

 結局、真夜中に延々と繰り返した瞑想もこれといった効果は出なかったしな。

 アレか。

 お酒パワーか。

 そう言えば、泥酔して眠った次の日のアリーセは肌がツヤツヤしてた。

 

「お酒は百薬の長とはよく言ったものですね」

 

「あ、あの時のことは忘れてください!」

 

 アリーセが顔を真っ赤にして両手で顔を覆う。

 かなり泥酔していた彼女だが、どうやら記憶はしっかりと残っていたらしい。次の日の朝、今みたいに真っ赤な顔で謝りに来たアリーセは可愛かった。無論、今も可愛い。異論は認めん。

 余談だが、ダイナは全く酔わない。

 あの時のアリーセの3倍は飲んだ筈だが、素面の時と何も変わらなかったし。

 

「アリーセもそうだが、お前もかなりの体力馬鹿だよな。昨日は一晩中穴掘りしてたのに、平気な顔をしてんだから」

 

「瀕死の傷を負って、未だに包帯も取れてないのに嬉々として作戦に参加したフォルカーにだけは言われたくありません。というか、本当に体は大丈夫なんですか? 頭の包帯に血が滲んでますけど」

 

「出血なんか気合いで止まるぜ?」

 

「そこの2人と違って、貴方は巨人じゃないでしょう! 無理して足を引っ張ったら許しませんわよ」

 

 ミイラ状態でサムズアップするフォルカーの頭を、彼の右隣にいたラウラが引っ叩く。

 おい、包帯がさらに赤くなったぞ。

 コイツまじで死ぬんじゃねぇの?

 だがまぁ、フォルカー以外に「第二特別作戦班」の指揮を執る奴がいねぇのも事実だ。

 事あるごとに死者を出してメンバーが入れ替わる俺たち第二特別作戦班。現在のメンバーは俺、アリーセ、ラウラ、フォルカー、そしてユミルだ。クリスタ……もといヒストリアは離脱。ユミルに言った通り、彼女は今ウォールシーナ内の調査兵団支部で保護されている。

 俺がヒストリアと言い直したのは、彼女がユミルと面会を行った時にクリスタは偽名で、ヒストリアが本名だと言ったからだ。

 『原作』でのウトガルド城攻防戦が無くなったから、ヒストリアが覚悟を決める切っ掛けが無くなったんじゃないかと心配だったんだよな。

 

 そして指揮の話だが、まず俺とアリーセは論外。

 ただの協力者に過ぎない俺たちに、班1つの指揮権が与えられる訳がねぇ。

 ユミルも同じく。こっちは調査兵団と敵対して殺し合ったから、俺たちよりも警戒されてるしな。

 ラウラは指揮官としての才能があまり無いらしく、人の上に立つ役割に適さない。

 ならば他の分隊や班から指揮官を引っ張ってこいって話だが、完全な味方とは言い難い巨人化能力者が2人もいる班に入りたいと思う変人はいないだろう。

 

「あー、ダイナがこの辺りにキスしてくれたら、鎧の巨人でもぶっ殺せる気がするなー」

 

 自分の頬を指しながら、チラチラと俺の様子を窺うこのバカを除いて。

 コイツ、格闘技の賭け試合をやった後からどんどんセクハラ発言が増えたな。

 野郎にキスなんかしねーよ。

 つーか元人妻に向かって何言ってんだテメェ。

 アリーセとラウラにゴミを見るような目を向けられてることに気づけ。そのうち巨人に食われかけても助けてもらえなくなるぞ。

 

 と、そこで先頭のエルヴィン団長が手を挙げたので口を閉じる。

 緊張をほぐすために談笑していた他の調査兵たちも一瞬で会話を止め、全ての意識をエルヴィン団長へと向けた。

 

「これより、第58回壁外調査を開始する! 前進せよッ!!」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

《現在公開可能な情報》

 

 調査兵団はなぜか本来の数の半分ほどしか、カラネス区から出発しなかった。残りの半分が何処にいるのかは不明。

 

 市民の視点では調査兵団は第57回壁外調査以降活動をしておらず、解体直前に行われた苦し紛れの行動にしか映らない。ヤルケル区とラガコ村での戦いは徹底的な情報規制が行われた為、カラネス区の住民はその戦いが起きたことすら知らない。

 

 第58回壁外調査の表向きの理由はウォールマリア奪還。真の目標である『鎧』及び『超大型』撃退作戦を知るのは、調査兵団に所属している者のみ。

 

 エレン、ミカサ、アルミン、ユミル、ヒストリアを除く104期は、未だに『鎧』と『超大型』の正体を知らない。これは鎧の巨人と超大型巨人がライナーとベルトルトだと知った104期の戦意が低下するのを防ぐため。

 

 第58回壁外調査の前日、ダイナは一晩中『穴掘り』をしていた。

 

 ダイナが真夜中に行なっていた謎の訓練は、今のところ何の成果もないらしい。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 カラネス区から出発して、30分くらい経った時だろうか。

 人員が本来の半数しかいない為、随分と小さくなってしまった長距離索敵陣形の後方から、遂に黒の煙弾が連続して打ち上げられた。

 もの凄い勢いで増える黒の煙弾の数が、襲来したのがただの奇行種ではないことを知らせている。

 ……お出ましだ。

 

 ユミルから聞いた、今回のライナーたちの作戦は以下の通り。

 予想通り俺を暫定『座標』保持者としたらしく、俺の捕獲が奴らの最優先目標だそうだ。

 まずは顔が割れていないユミルが人の姿のまま調査兵団の中に潜り込み、俺の近くで待機。壁外調査開始後にライナーが巨人化し、予めユミルから聞いていた俺の居場所へと向かう。

 『鎧』が俺に追いついたと同時にユミルも巨人化し、援護が来る前に全力で俺を捕獲。

 逃走の際には敢えてゆっくり走ることで調査兵団の追撃を受け、敵が集まった頃合いを見計らってベルトルトが巨人化。追っ手をまとめて吹き飛ばす。

 『超大型』の爆発で敵に大ダメージを与えた後、鎧の巨人が装甲を剥がして全力離脱を行う。

 

 ……何つーか、ガチだ。

 この作戦がまともにハマっていたら、俺は間違いなく捕獲されていた。

 鎧の巨人を倒そうと巨人化した瞬間に、顎の巨人という伏兵に襲われたら流石に敗北は免れない。敵の視点通り俺がユミル=顎の巨人だと知らなければ、この奇襲は絶対に成功するだろう。

 俺の配置は陣形の中央なので、無垢の巨人を呼び寄せる『叫び』は調査兵団を巻き込むから使えねえ。

 うん、これは死ぬ。

 

 ま、ユミルが寝返った以上この作戦は根っこから機能しないがな。

 ユミルに頼んでライナーに敢えて俺の居場所を教えたのも、あくまで俺を囮に鎧の巨人を誘導するため。

 顎の巨人による奇襲は行われず、ライナーが俺の場所に来るのは飛んで火に入る夏の虫だ。

 

「ダイナ、来たぞ!」

 

 頭の中で作戦内容を反復確認していると、フォルカーが鋭い声で警告を発した。

 瞬時に後ろを振り返ると、地平線の先にこちらへと迫ってくる巨大な影が見える。

 鎧の巨人だ。

 

「やった、釣れた(・・・)!」

 

「お姉様、喜ぶのは少し早いですわよ! フォルカー、指示を!」

 

 笑顔を浮かべるアリーセを窘めたラウラが、フォルカーに指示を仰ぐ。

 

「よし、ユミルはそのまま顔を隠しながら先行して先発隊と合流しろ! ダイナは反対に顔を晒して『鎧』を引き付けるんだ。作戦通り、このまま奴を捕獲地点へ誘導する!」

 

「「「了解!」」」

 

 ユミルは黄色と緑の煙弾を同時に打ち上げると、フォルカーの命令通りに速度を上げて目的地へと先行する。

 まだライナーたちに、ユミルが寝返ったことを知られない方がいい。

 顎の巨人が奇襲を行わない時点でライナーはユミルを疑うだろうが、その段階だとまだ「疑い」止まりで裏切りを「確信」出来ないだろう。

 ここは壁外、いくらでも不都合は予測される。

 

 2色の煙弾を見て現れた他班の兵士が3人、ユミルと共に捕獲地点へと向かう。当然ながら調査兵団もユミルを信用してないからな。単独行動を許すはずがない。

 あの2色の煙弾はユミルが先行する合図であり、付近の別の班からユミルの監視役を呼び寄せるものだ。

 

 小さくなるユミルたちの背中を見送りながら、俺はフードを取って顔を晒す。

 遠目でも分かるほど鎧の巨人がピクリと反応し、蒸気を吐き出しながら一気に距離を詰めてきた。

 

「追いつかれず、だが突き放さない絶妙な速度を保つぞ! 速度を俺に合わせろ!」

 

 僅かに速度を緩めたフォルカーに従って、俺も少しだけ手綱を引いて速度を落とした。

 すると1秒ごとに地鳴りの音が大きくなり、大地が震え、少しずつだが確実に鎧の巨人が近づいてくるのが感じられる。

 落ち着け、落ち着けよ。

 今のところ全てが作戦通りだ。

 

「速度上昇!」

 

 今度は馬の横腹を軽く蹴り、速度を上げた。

 既に鎧の巨人との距離は10メートルちょっと、十分以上に引き付けたと判断したのだろう。

 『鎧』より少し遅い速度から、同じくらいの速度へと加速。これ以上は距離を詰められないように心がける。

 

「――オォ」

 

 ……っ。

 近くに潜んでいるはずの『顎』が出てこないことに気づいたか?

 疑念からか鎧の巨人が低い声で唸ったその時、前方から幾多もの信煙弾が打ち上げられた。

 色は緑。

 打ち上げたのは先頭を走るエルヴィン団長……ではなく、その更に先に見える巨大樹の森にいる兵士である。

 第57回壁外調査で『超大型』に更地に変えられた場所ではなく、よりウォールマリアに近い別の巨大樹の森だ。

 森のスケールは、前の方が少し大きいか。

 それでも、顎の巨人がそのポテンシャルを発揮するには十分の広さがあるだろう。

 前回俺たちを苦しめた『顎』の超立体機動能力が、今回は頼もしい武器となる。

 尤も、本命は寝返ったユミルによる奇襲ではなく――

 

 巨大樹の森にぶつかると同時、長距離索敵陣形が散開。

 全ての兵士が立体機動へと移り、森の中へと入っていく。

 但し、俺たちだけはそのまま馬で森のど真ん中へ突入。

 もうお分かりの通り、本作戦の前半部分の半分はエルヴィン団長が考案した『女型』捕獲作戦だ。

 まぁ、致命的に違う部分が多数あるのだが。

 

「立体機動開始ィ!!」

 

 フォルカーの合流で鞍を蹴り飛ばし、アンカーを射出して立体機動へ。

 俺達が乗っていた馬は主人がいなくなったためにその場で停止し、しかし真後ろまで迫っていた鎧の巨人は止まらず、むしろ速度を上げて俺を捕らえようと手を伸ばす。

 

 ――かかった。

 

「オオオオオオッ!?」

 

 そんな悲鳴を残して、鎧の巨人が消える。

 直後に轟音が鳴り響き、まるで地震かと思うほど大地が震えた。

 

「よっしゃあッ! ザマァ見ろデカブツ!」

 

「本当にこんな古典的な罠に引っかかるとは……」

 

 フォルカーの歓声と、ラウラの呆れと喜びが混じった声。

 それらを聞きながらガスを吹かして巨大樹の枝の上に着地し、つい先ほどまで確かに鎧の巨人がいた地点を見下ろす。

 巻き上げられた大量の土煙が晴れた先には、胸元近くまで地面に埋まった鎧の巨人の姿が。

 

「全大砲、放てぇッ!!」

 

 驚愕の表情を浮かべてこちらを見上げる鎧の巨人を、ハンジさんの怒号が出迎えた。

 先にカラネス区を出発して巨大樹の森で『鎧』の迎撃準備を整えていた調査兵団の残り半分――ハンジさんたち先発班が、ありったけの砲弾を身動きが取れなくなった鎧の巨人へと叩き込む。

 壁内の大砲は『対巨人野戦砲』のようにライナーの鎧を貫くほどの威力はないが、これだけ大量の火薬を一気に爆発させたなら話は別だ。

 確実に両目は潰れ、破壊には届かなくとも奴自慢の鎧にヒビくらいは入るだろう。

 全ての砲弾を確実に当てるための落とし穴を、エレンと共に何日も前からこの巨大樹の森に籠って作った甲斐があった。

 15メートル級が胸元まで埋まる馬鹿げた落とし穴など普通ならば絶対作れないが、俺とエレンが巨人化して掘ればいける。

 『叫び』の力で巨人を遠ざけながら進めば、少数精鋭でこの巨大樹の森とカラネス区を往復するなど容易いからな。

 俺が逃げないよう監視するとの名目で兵長も付いてきてくれたから、叫びの力を突破して近づいてくる巨人も瞬殺だったし。

 

「頼んだよ、3人とも!」

 

 全砲弾が命中したのを確認したハンジさんが、再び声を張り上げる。

 さぁ、これで終わりだ鎧の巨人。

 ベルトルトの出番など作ってもやらない。

 今ここで、ライナーを瞬殺する。

 

 木の上から俺、エレン、ユミルが同時に飛び降りる。

 エレンが右手を犬歯で食いちぎり、ユミルは超硬質ブレードで手のひらを切り裂き、俺は護身用ナイフを腕に突き刺した。

 空から3つの雷が絡み合いながら降り注ぎ、俺たち3人は巨人へと姿を変えていく。

 

「「「オオオオオオオオオオオオッ!!!」」」

 

 同時に雄叫びを上げた『女型』、『進撃』、『顎』が、落下の威力をも加えた渾身の一撃を鎧の巨人へと叩き込んだ。


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