カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第36話 不完全な武術

 鼓膜を突き破るかのような轟音と、視界を真白に染め上げる閃光。爆風が巨木を薙ぎ倒し、撒き散らされる高熱が大地を焼き焦がす。

 大爆発を引き起こしながら、巨大樹の森の中央に顕現するは天にも届いているのかと錯覚してしまうほど巨大な怪物。

 その大きさ、実に60メートル級。

 そんな破壊の化身は、遥か高みから未だに黒煙に包まれる巨大樹の森を見て確信する。

 ……勝った、と。

 

 間違いなく完璧なタイミングだった。

 鎧の巨人が落とし穴にハマり、大砲の一斉掃射を受けたのを見て、調査兵団は追撃を行う絶好の機会だと判断したのだろう。

 『女型』、『進撃』、そして彼らにとっては隠し玉とも言える『顎』まで投入した渾身の一撃。

 それを十分以上引き付けたところでの、『超大型』による完璧なカウンターだ。あの至近距離では、まず防御は間に合わない。

 最大の懸念は『座標』を持つと思われるダイナが死んでしまった可能性だが、あの並外れた『女型』なら、咄嗟に硬質化してうなじを守るだろうという謎の信頼が、ライナーとベルトルトにはあった。

 (ダイナ)の脅威と強さを認めているからこその、信頼が。

 

 ――だが、それでも。

 

「まさか、同じ手が何度も通用すると……本当に思っていたのですか?」

 

 未だに立ち込める黒煙の中から、凛とした女性の声が焦土に響く。

 高熱を纏う、60メートルの巨体を持つ破壊の神が。超硬質ブレードすら通さない、鉄壁の鎧を持つ動く要塞が。

 共に目を見開いて、声がした方向を凝視する。

 

「落とし穴まで作っておいて、他に何も用意していないとでも?」

 

 一陣の風が黒煙を運び、変わり果てた巨大樹の森が視界に映った。

 灰燼に帰した草木。黒く染まった大地には小さな炎が今も燻っており、爆心地であった超大型巨人の足元は、さながら隕石が落ちた後のようなクレーターが作り上げられている。

 それほど世界を壊す力に、至近距離で触れておきながら。

 彼女は――ダイナ・フリッツは。

 

「貴方たち2人と戦うにあたって、最も警戒すべきなのは『超大型』が引き起こす広範囲爆破。まともに受ければ、まず助かりませんから。しかし、裏を返せば『超大型』の一撃さえ防いでしまえば、後は私たちが圧倒的に有利となる」

 

 何も残らないはずだったのだ。

 超大型巨人が力を解放したが最後、周囲は更地と化す。そのはずだったのに。

 消えた巨木の代わりに、落とし穴の周囲には無数の「壁」が聳え立っていた。

 それらの高さは20メートル、横幅は10メートルほど。

 ヒビ割れ、黒ずみ、今にも崩れ落ちそうになりながらも、無数の「壁」は確かに調査兵団を守りきっている。

 

 落とし穴と同じように、その「壁」は予めダイナによって作られていて、先ほどまでは草木によって隠されていたのだと「戦士」たちが気づいた時には、もう手遅れだった。

 上半身をうなじから露出させた状態のまま、ダイナは女型の巨人を操り、彼女を爆風から守りきってボロボロになった「壁」を蹴り砕く。彼女の近くでは、同じようにエレンとユミルが用済みとなった「壁」を砕いている。

 

(あの一瞬で、僕の爆発を……!?)

 

 調査兵団が盾とした周囲の「壁」はまだ理解可能だ。

 別に硬質化能力に特化している訳でもない『女型』で、この規模の「壁」を無数に作り出したのは恐るべきことだが、時間をかけて少しずつ作業したのなら、不可能ではない。

 しかし、ダイナたち巨人化能力者の前には「壁」はなかった。

 ベルトルトが巨人化する直前、ダイナたちは各々の最大の一撃を、今まさに鎧の巨人に叩き込まんとしていたのに。

 まさか『鎧』の口内からベルトルトが飛び出したのを見てから、ダイナは自分と他2人の前に爆発を防げるほどの「壁」を作ったと言うのか。

 ベルトルトが飛び出し、巨人化して爆発を引き起こすまでの、僅か10秒足らずの間で。

 

「落とし穴、砲撃、そこに巨人化能力者全員による攻撃。そこまでやれば貴方たちは間違いなくソレを調査兵団最大の一撃だと判断し、カウンターとして『超大型』の爆発を使うと思っていました。なので私は硬質化した足で蹴りを繰り出すと見せかけ、その裏で硬質化能力の「壁」を作っていた訳です」

 

 ベルトルトにいち早く一回限りの爆発を使わせるために、失敗すれば巨人化能力者を全員失う博打を行う。

 ダイナの行動に狂気すら感じて冷や汗を流す『超大型』と『鎧』だが、彼女には出来るという根拠があった。

 事実、『原作』のエレンが似たようなことをしている。

 ロッド・レイスは100メートル超えの巨人となり、洞窟の崩壊を引き起こしたが、その時エレンは『ヨロイ・ブラウン』というラベルが貼られたビンの中身を服用したことで、一瞬にして大規模な硬質化能力を発現。見事に洞窟の崩落を防いだのである。

 そのシーンから着想を得たダイナがハンジ・ゾエと共に練習を繰り返し、そして会得した「高速物質生成」の能力。

 それが至近距離で爆発を浴びながらも、ダイナ、エレン、ユミルの3人が無傷で済んだ理由だ。

 

(まぁ、出来るようになるまで地獄だったがな……)

 

 取り敢えずここまでは作戦通りなのを確認して、ダイナは安堵から大きく息を吐く。

 簡単に能力を獲得したと言ったものの、その道のりは決して楽なものではなかった。

 何度もナイフを己の体に突き立て、自傷し、激痛を対価に『道』へと干渉し、王家の血筋を利用して限界以上の力を引き出そうと試みる。それを延々と繰り返した先に、ようやく届いたのだ。

 尤も、ダイナが本当に追い求めている力は未だに得られていないのだが。

 ともあれ、広範囲爆発という敵の最大のカードは完封した。

 

「アリーセ、緑です!」

 

「はい!」

 

 ダイナがそう叫べば、今まで「壁」に身を隠していたアリーセが即座に反応する。

 彼女が指示された通りに緑の信煙弾を打ち上げれば、調査兵団の面々が我先にと「壁」から飛び出した。

 立体機動装置がガスを吹き、自由を求める彼らが空を舞う。

 超大型巨人へと刃を向ける彼らの姿は、さながら鋼の翼を携えた大鷲。

 そして、その先頭を飛翔するのはリヴァイ兵長とミカサ・アッカーマン。

 

「人類の仇そのものだ、絶対に逃すな! リヴァイに合わせて全員で削り取れ!」

 

「「「了解ッ!!!」」」

 

 ハンジの掛け声に全ての兵士が戦意を爆発させ、両手に握る刃を振りかざす。

 

「ッオオオオオオオオオオーーーーッ!!!」

 

 刹那、超大型巨人が全身から高熱を放出した。

 荒れ狂う熱風がアンカーを弾き、攻撃態勢に入っていた兵士たちを吹き飛ばす。

 2人のアッカーマンだけは斬撃によって真空地帯を作り態勢を維持したが、他の兵士はまとめて大地へと落とされてしまった。

 が、墜落した彼らの表情に悲観はない。

 

「超大型巨人は熱を放出している間、動くことが出来ない。これで貴方の相方は力尽きるまでロウソクとなりましたね」

 

 別に無理をして超大型巨人のうなじを削ぐ必要はないのだ。

 『超大型』は圧倒的な巨体と破壊力に反比例して、持久力――継戦能力は極めて低いのだから。

 常にリヴァイ兵士長とミカサ、そして調査兵団の精鋭たちが超大型を狙い続けるというこの状況で、熱風の放出をやめればどうなるのか。そんなもの、考えるまでもない。

 熱の放出による迎撃を中断したが最後、次の瞬間にベルトルトはうなじの中から引き摺り出されるだろう。

 ベルトルトに残された選択肢は2つ。

 このまま骨だけになるまで力を使い続けて倒れるか、うなじを削がれて倒れるかのどちらかだ。

 

「オォ――」

 

 爆発で大地が抉れたことで落とし穴から抜け出せた鎧の巨人が、傷の再生を行いながら立ち上がる。

 大量の砲撃を浴びた挙句に、ゼロ距離での超大型の爆発を受けた『鎧』は既に少なくないダメージを負っているが、それでもまだ戦闘を行うには十分の力を残しているらしい。

 

(場の流れは俺たちが掌握している。奴らに残された勝ち筋は、もうライナーが単独で俺たち3人の巨人化能力者を倒す以外にない)

 

 露出させていた本体をうなじの中へと戻し、巨人体と神経の再接続を行いながら、ダイナは静かに拳を握る。

 呼応するようにライナーが、エレンが、ユミルが戦闘態勢に入り、熱風が吹き荒ぶ焦土で、3対1の戦いが始まった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 右足を大きく踏み出して間合いを潰し、硬質化させた右の拳を鎧の巨人の顔面へと叩き込む。

 奴はその拳撃を首を傾けて躱し、鎧に包まれた腕でカウンターのラリアットを放ってきた。

 右腕を引き戻していては間に合わない。刹那の間にそう判断した俺は、自分と迫り来る『鎧』の腕との間に左手を差し込んだ。

 直後に、衝撃。

 ガードの上から無理やり押し込んでくる鎧の巨人のパワー。

 

 チィ……ッ。

 やっぱ、純粋な筋力じゃ勝ち目はねぇか。

 すぐに力比べをやめ、俺は自分から後ろへと下がる。

 必然、突如として押し返す力を失った鎧の巨人が前のめりとなり。低い位置に来た『鎧』の顔を、俺の右足が打ち抜いた。

 

「オオオオオァッ!」

 

 雄叫びを上げ、強引に足を振り抜く。

 鎧の巨人の下顎が砕け、同時に俺の視界が大きくブレた。浮遊感と鈍痛が同時に襲ってくる。

 右頬に痛烈なカウンターを貰ったと理解した時には、既に俺が焦土に倒れ込んだ後だった。

 

 く……っ、そ、が……っ。

 あの野郎、蹴られて右に倒れ込みながら左拳で俺を殴りつけやがったのかよ……!

 さては俺のハイキックを敢えて躱さなかったな。初めから相打ち上等で確実に俺にダメージを与えるって腹か。

 

 起き上がりながら鎧の巨人を睨めば、奴も膝をついた態勢から立ち上がるところだった。

 そこで、エレンが咆哮を上げながら割り込んでくる。

 俺と『鎧』の攻防がひと段落するのを待ち構えていたのだろう。

 立ち上がった直後の鎧の巨人に、大振りの右を繰り出す。その狙いは顔面、カウンターを下さいと言っているようなお粗末な拳。

 

 あ、エレン、それはダメだ。

 その戦法、俺が前にライナーに使っちまった――

 

 鈍い音が響き渡り、エレンの拳がライナーの顔面へと突き刺さる。

 結果は言わずもがな。鎧の巨人には傷1つ与えられず、反対に殴ったエレンの拳が裂けて血が吹き出す。

 まさか隙だらけで粗雑な一撃が『鎧』に入るとは思わなかったらしく、攻撃したエレンの方が驚愕の表情を浮かべ。次の瞬間、鎧の巨人の体当たりが『進撃』を吹き飛ばした。

 

 「壁」に激突して沈むエレンに、俺は心の中で手を合わせて謝る。

 エレンがやろうとしたのは、第57回壁外調査で俺がライナーに使った「アニの格闘術」だ。

 これは相手の力を利用してカウンターを仕掛ける技なので、まずは相手に攻撃させないといけない。

 だからエレンは敢えて粗雑な拳を繰り出し、鎧の巨人のカウンターを誘い、カウンターをカウンターするつもりだったのだろうが、俺が前回やったせいで完全に読まれてしまった。

 『原作』でも11巻……ちょうど今くらいの時系列でエレンがやるので、完全に俺がエレンの役割を先取りしてしまった感じになっている。

 マジですまん。

 通じないことを先に言っておくべきだったな。

 

 しかし、こうなってくると厄介だ。

 アニの技が通じないなら、関節技に持ち込むのが難しくなる。

 俺もエレンも使うのは訓練兵団で習う対人格闘術、つまり鎧の巨人の中身であるライナーも熟知しているもの。

 はっきり言って、大抵の技は読まれてしまうんだよな。

 エレンなら持ち味の高い格闘センスで例え手の内が知られた後でも勝てるんだろうが、我らが主人公は硬質化が使えねぇ。

 

 俺はそれほど対人格闘術が上手いって訳でもないから、普通に極め技に持ち込むのが難しい。事実、前回の戦いではアニの格闘術で相手の意表を突いて、何とか関節技を決められたし。

 

 ……残る方法は『顎』の爪牙による攻撃と、俺が使える3つ目の武術(・・・・・・)の2つか。

 あの武術で何とかライナーにダメージを与え、隙を作る。そして俺より極め技が得意なエレンに、トドメを刺してもらう。

 余裕を持って勝つにはそれしかない。

 ここで力を使い果たしていいなら俺1人でも鎧の巨人に勝てるが、俺にはまだ役目が残っている。余力を残す必要がある。

 

 兵団流対人格闘術やアニ流格闘術と比べたら、それこそ児戯にも等しい情けない3つ目の武術。

 真面目に鍛錬を重ねた訳でもなく、基本的な動作しか出来ず、会得した技も数少ない。それでも――運が良いことに――俺が趣味でやっていたこの武術の技はどれも高い威力を持っているのだ。

 それこそネットでその武術の名前で検索すれば、一番上に出てくるような有名な技でも。

 

 エレンとユミルに、ハンドサインで合図を送る。

 2人が頷いてくれたのを見届けてから、俺は改めて鎧の巨人と向き合った。

 俺の戦意を感じ取ったのか、鎧の巨人もエレンから俺へと視線を移す。

 

 数秒の睨み合いの後、先に動いたのは俺の方。

 大地を蹴り飛ばし、躊躇なく鎧の巨人の懐へと飛び込んでいく。

 

 

 

 

 

「「「…………!」」」

 

 

 

 

 

 ――格闘戦において適切とされる間合いは、基本的に自分の手足がちょうど届く程度の距離を言う。

 遠すぎると当然ながら拳足は届かず、近すぎると関節が伸ばしきれずに十分な威力で蹴りや殴打を繰り出せない。

 

 だからこそ、ほぼ密着するほど間合いを詰めた『女型』の姿に誰もが息を呑んだ。

 間合いを外された鎧の巨人がほんの一瞬、隙を見せ。その隙を突いて、女型(ダイナ)が更に踏み込む。

 

 轟音が鳴り響いた。

 鎧の巨人の股下へと踏み出された『女型』の右足が、脛まで焦土へと埋まる。大地が震える。

 今までの踏み込みとは、明らかに違うその動作。

 この大地を陥没させるほどの踏み込みを、とある武術家たちはこう呼ぶ。

 

 ――震脚と。

 

「オオオオオオオアアアアアアアアアアッ!!」

 

 震脚によって得た反作用を利用して、力を肩、腕、拳の順に伝えていく。

 その動きはややぎこちなく、ダイナ・フリッツはやはりその武術の達人ではないと分かるが、他の格闘術とは明らかに違う動きに鎧の巨人は対応できない。

 そして、至近距離で放たれた『女型』の拳が『鎧』へと突き刺さった。

 普通の拳撃とは比べ物にならない威力を孕んだその一撃は鎧の巨人の腹部を容易く破壊し、それどころか15メートルの巨体を吹き飛ばす。

 

 とあるアニメのキャラクターに憧れて、見よう見真似で練習したお遊びの技。趣味の領域を超えない、程度の低い技。

 されど法に守られた平和な国から、突如として「死」が常に隣にいるような地獄へと迷い込み、人類の天敵とされる化け物に成り果て、やっとの事で人に戻れば性別すら異なってしまい、怪物が闊歩する屍の街の中を不慣れな巨人の力で駆け抜け、疲労で倒れるほど安寧を求めて走り、壁の中も外も敵だらけで絶望が蔓延する中、やっと見つけた心の拠り所となる少女と出会った青年が、大切な友人を幸せにしたいと願って続けた努力が、その程度の低い技を、真の『武』へと昇華する。

 

 八極拳の中で、最も有名な技である発勁の1つ。

 それが今、地球とは異なる世界で炸裂した。

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