カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第37話 戦慄する焦土

 硬質化能力によって、青白く輝く右の拳。

 それに渾身の力を込め、あらゆる攻撃を防ぐ鉄壁の『鎧』へと叩き込む。

 まるで、巨大な城でも殴りつけたのではないかと錯覚するほど凄まじい手応えが返ってきた。

 もう幾度となく鎧の巨人とは激闘を繰り広げたが、その防御力は何度でも驚かされる。破れない、通じない、倒せない、そんな弱気な考えすら脳裏に浮かび上がり、

 

「オ、オ、オオオオ――」

 

 それでも、臆さずに振り抜く。

 反動で右腕の骨が嫌な音を立てるのにも構わず、歯を食いしばり、拳を前へ。

 震脚によって増幅させたその力を、全て右腕に滾らせる。

 「九つの巨人」の中で最高の防御力を誇る『鎧』に、僅かながらもヒビが入って。

 

「オオオォォアアアアアアアアアッ!!」

 

 白金の破片が、まるで薄氷のように砕けた『鎧』が、硬質化物質同士のぶつかり合いで発生した火花と共に飛び散った。

 奴の胸元と腹部を守っていた盾が、木っ端微塵と化す。

 それでも、まだ終わらない。止まらない。

 『鎧』を突き抜けて、ついに俺の拳は鎧の巨人の肉へと食い込んだ。

 

 吹っ飛んでいく。

 要塞とまで形容された鎧の巨人が、水切りの石のようにバウンドしながら転がった。

 

 ――……ぜ、はっ、ぁ。

 

 まだ戦闘が始まって間もないというのに、激しく乱れる息を整えながら、俺は骨折した右腕の再生を開始。

 そして吹き飛んでいった鎧の巨人を、改めて見やる。

 入った、よな?

 ちゃんと手応えは残っている。右腕から伝わる鈍い痛みが、珠玉の一撃である発勁が決まったという証拠。

 あまりにも綺麗に決まり過ぎて些か実感が湧かないのだが、余韻に浸っている暇などないと我に返る。

 それと同時に、ハンジさんの鋭い指示が飛んだ。

 

「3人とも、鎧の巨人に再生する暇を与えるな! 体勢を崩している間にライナーを引き摺り出せ!」

 

 真っ先に始動したのは、先ほどまで静かに俺と『鎧』の攻防を観戦していたエレン。溢れんばかりの戦意に翡翠の両目を輝かせ、雄叫びを上げて鎧の巨人へと突貫していく。

 何せ、彼の故郷であるシガンシナ区を滅ぼした張本人が目の前にいるのだ。加えて、エレンは前回の壁外調査では鎧の巨人とまともに戦えていない。

 5年前からエレンの胸の内で燃える復讐の炎が、自由への渇望が、溜まりに溜まった鬱憤が、今ここで爆発する。

 

 打ち砕かれた「鎧」を修復しながら、何とか立ち上がろうとする鎧の巨人。その動きを、エレンは地に着いた鎧の巨人の手を踏みつけることで止めた。

 続いて「鎧」を失い肉が剥き出しになった腹へと、エレンの膝蹴りが叩き込まれる。

 ゴキンベキンッという凄絶な音が鳴り響き、屈強なはずの敵がくの字になって、口から滝のように血を吐き出した。どうやら折れた骨が内臓に刺さったらしい。

 普通の人間なら致命傷だが、巨人化能力者に限っては例外だ。

 うなじさえ……本体さえ無傷であるのなら、どれほど負傷しようとも、体力のある限り戦い続けられるのだから。

 

 血塊を吐きながら雄叫びを上げ、鎧の巨人が全身の傷すら意に介さず反撃に転じる。

 自らの右腕を踏みつけるエレンの左足に食いつき、巨人の咬合力で骨肉を噛み砕いた。片足を失い、体勢を崩すエレン。そんな彼に、巌の如き拳が――当たらない。

 鎧の巨人のカウンターがエレンの顔面を捉える直前、その敏捷性を遺憾なく発揮した『顎』が割り込んだのだ。疾駆する勢いを乗せた、鎧の巨人の腕へと体当たり。

 それによって軌道が逸れ、『鎧』の拳は虚空を穿つ事となる。

 

 本来ならば、重戦士のような鎧の巨人が小柄な顎の巨人の体当たりで揺らぐことなどあり得ない。

 むしろ、体当たりした『顎』の方がダメージを受けるだろう。

 だが大きく力を消耗し、加えて砲撃と俺の発勁で所々の「鎧」が剥がれて防御力の低下した今なら話は別だ。

 それにパンチってのは踏み込みに始まり、足、腰、肩、腕の順で力を伝えて放つものだからな。寝そべった状態では当然ながら踏み込めず、腰の回転も満足に出来ない。

 今のライナーの拳は、本来の力の半分も出ねぇよ。

 

「アアアアアアアアッ!」

 

 片足を潰されてもエレンは微塵も怯むことなく、それどころか更に戦意を高めて吠え猛る。

 未だに立ち上がれない鎧の巨人のうなじに、組んだ『進撃』の両拳が振り下ろされた。

 ダブルスレッジハンマー……!?

 まさかのプロレス技が突き刺さり、起き上がろうとしていた『鎧』が再び大地に沈む。鉄壁の要塞を殴りつけた代償としてエレンの両手首から先の肉が弾け飛び、白い骨が露出してしまうほど無残となるが、進撃の巨人は手が使えないのならば別の箇所でと言わんばかりに肘打ちを繰り出した。

 鎧の巨人の頭頂部を『進撃』の右肘が打ち据え、右腕を犠牲とした一撃で重戦士の顔面が半分近く焦土に埋まる。

 

 我らが主人公、めちゃくちゃしやがるな。

 自分がどれほど傷つくのも気にせず、自壊覚悟の渾身の一撃の連打。生半可な攻撃が通じないのなら、自分の体が吹き飛ぶほどの威力で殴ってしまえという暴挙。

 エレンらしいと言えばそれまでだが、せっかく俺が頑張って作った隙なんだから、普通に関節技を使って欲しかった。

 

 ……いや、何かおかしい。

 エレンは確かに直情的だが、同時に冷静さも併せ持っている。

 『原作』ではジャンと喧嘩した時にアニの格闘技を使って制圧したり、正体を明かした直後のライナーと戦った時には我を失ったかのような演技をして相手の攻撃を誘い、カウンターで投げ技を決め、さらに関節技が有効だと割り出した。

 そこまで出来るエレンが、何故この絶好の機会で関節技を使わず打撃技を使う?

 

 ――……。

 

 大きく巨人体を損傷したエレンが再生に入ると同時、鎧の巨人が跳ねるようにして立ち上がる。その重たい体をバネのように軽快に動かせる強靭な筋肉に戦慄しつつも、俺も『鎧』に反撃を隙を与えないために行動開始。

 今まで静観していた俺だが、何にもしていなかった訳じゃねぇ。

 エレンとユミルがラッシュを仕掛けている間に、時間をかけて丁寧に力を練っていたんだよ。

 俺の両足から焦土へと力が伝っていき、立ち上がった直後の鎧の巨人の足元で硬質化能力が発動する。超高速で形成された硬質化の槍が大地から生え、真下から鎧の巨人を貫いた。

 まだ再生が終わっていなかった腹部に再び痛撃を受け、鎧の巨人が仰向けに倒れていく。

 

 離れた位置に硬質化物質を形成するのは、かなり時間がかかっちまう。今まさに鎧の巨人を貫いた槍の形成には、軽く2分くらい集中する必要があるしな。

 ぶっちゃけ実戦には使えねぇポンコツな遠隔物質形成能力だが、こうやって誰かが前衛を務めてくれている場合にはかなり強い力を発揮できる。

 超大型巨人を倒すための力を温存しておく必要があるから、消耗の激しいこの能力はあんまり使いたくねーんだが。

 

 開幕の落とし穴と砲撃、超大型の爆発のゼロ距離被弾、発勁、エレンのラッシュ、ユミルの追撃に、最後の槍撃で鎧の巨人はもう満身創痍の筈だ。

 あと一押し。

 あと一度、ズタボロになった奴の腹部にデカイのをブチかますことが出来れば、もう鎧の巨人は立てなくなる。

 

 もっかい発勁を狙ってみるか?

 ……無理だな、間違いなく警戒されてるだろ。

 また八極拳の間合いに易々と入ってくれるとは思えねぇ。ライナーは何度も同じ技を受けるような雑魚じゃない。

 俺たちが「鎧」の剥がれた箇所を狙うことくらい向こうも分かってんだから、必ず腹部の防御を固めて来る。

 さて、どうやって打ち抜けば良い?

 

「――アァ……!」

 

「オォ――……!」

 

 俺が思索している間にも、ヒートアップした『鎧』と『進撃』の攻防は止まらない。

 両者共に負傷箇所から大量の蒸気を吹き上げて、再生しながら強引に戦闘態勢を整える。

 片や口から滝のように血を吐きながら、腹部には穴すら開いたヒビだらけの鎧。片やまだ骨しかない左拳を握りしめ、再生したばかりの足で大地を踏む隻腕。

 凄絶な光景に『超大型』の足止め役を担っている調査兵たちが息を呑んで見守る中、2体の巨人が再度激突する。

 

 ……エレンに乗るか。

 『鎧』と『進撃』の応酬に意識を集中させ、割り込む隙を窺いながら俺はそう決断した。

 どんな内容で何を狙っているのかも分からないが、エレンには何かしらの案があるらしい。

 関節技を決める絶好のチャンスを敢えて逃すほどの、何かが。

 

「オオオオオオッ!」

 

 右腕の再生を終えたエレンが叫んだ。

 その声量に周囲の空気がビリビリと振動し、焦土に積もった灰が舞い上がる。

 自分を鼓舞するのに「大声で叫ぶ」というのが効果的なのは分かるが、今やられると灰が視界を遮るから出来ればやめて欲し……?

 視界が、悪く?

 

 不意に浮かんだ疑問に対する答えは、即座に示された。

 俺と同じく大量の灰で視界が妨げられたのか、僅かに後ろへと下がる鎧の巨人。

 そこへ進撃の巨人が、後ろへ下がる『鎧』と全く同じ速度で踏み込んだ。

 それも、適切とされる間合いより遥かに近い(・・・・・・・・・・・・・・・・)至近距離へと。

 

 それを見てエレンの狙いに気づいた俺は絶句する。

 マジかよ……冗談じゃねえ。

 エレンが意外と頭が回るのも、天才的な格闘術のセンスを持っていることも分かっていた。

 分かっていた、つもりだった。

 

 大地が窪む。

 焦土が揺れる。

 渾身の力を込めた踏み込みから力を組み上げ、ゼロ距離から『進撃』が拳を放つ。

 先ほどの俺と全く同じその動き。

 それは、俺が披露した奥の手たる武術の技だ。

 

 まさか、たった一度見ただけで発勁を――!?

 

 流石に鎧の巨人もエレンの方がこの技を使うとは予想出来なかったらしく、回避行動が一歩遅れる。

 その遅れが、奴にとっては致命的となった。

 

 俺の技を完璧に模倣(トレース)したエレンが、震脚で増幅させた力を乗せたその拳を、急所と化した『鎧』の腹へと叩き込んだ。

 俺とは違って硬質化が出来ないエレンの右腕が酷使に耐えられず再び吹き飛び、その代わり鎧の巨人も再び宙を舞う。

 

 調べてた、ってことか。

 エレンが関節技を使わずに敢えて打撃技を選んだ理由は、捨て身を覚悟なら硬質化を持つ相手にでもダメージを与えられるか試したかったんだろう。

 主人公様は、この戦いのさらに先すら見ていた。

 『鎧』、『女型』、『獣』、『戦鎚』と、エレンにとって敵になり得る相手の大半が硬質化能力持ちだからな。

 加えて『超大型』は硬質化能力を持たない代わりに圧倒的な破壊力を持っているし、『顎』の爪牙は硬質化物質すら穿つほど鋭い。『車力』はその圧倒的な継戦能力で、支援を行うことができる。

 

 ただ『進撃』だけが、目立った固有能力を持っていない。

 きっと、エレンはそれを気にしていた。

 人類の希望である自分が、他のどの巨人とも劣るというその事実を。

 俺の発勁を見たエレンは考えたんだ。

 発勁を使えば、捨て身で攻撃を繰り出せば、硬質化を施した相手の防御すらも貫けるのではないかと。

 だから、まずは発勁を使わず通常の殴打で捨て身の一撃を試した。そして大ダメージとは言えずとも手応えを感じたエレンは、自壊覚悟の発勁なら『鎧』に通じると判断した。

 

 やっちまったかもしれん。

 けど一回見せただけでエレンに八極拳を盗まれてしまうとか、想定外すぎるっつーの。

 今の発勁がもし俺に向けられることになったら、ゾッとするな。自分の技で倒されたらでもしたら、笑い話にもならん。

 

 巨人化したって、全く痛みを感じなくなる訳じゃねぇのに。

 確かに人間の姿の時よりはかなり痛みに鈍くなるが、それでも腕が吹っ飛ぶほどの重傷ともなれば激痛に襲われる。

 普通の神経の持ち主なら、自分の腕が爆散するほどの力を込めた拳とか絶対に繰り出せないだろう。

 これが主人公。

 これがエレン・イェーガー。

 これが絶望溢れるこの世界で、運命の中心に立つ存在か。

 

 地に伏した鎧の巨人はピクリとも動かない。

 受けたダメージに再生が追いついていないのだろう。もしくは、遂に力が枯渇したのか。

 どちらにせよ、勝負はついた。

 俺たちの、調査兵団の、エレンの勝ちだ。

 あとは俺が『超大型』にとどめを刺せば、第58回壁外調査は終わる。

 誰もがきっと、そう思っていた。

 

「テメェら、もう一度すぐに「壁」に隠れろ!!」

 

「エレン、そこから離れて!!」

 

 常人を遥かに凌駕する感覚を持つ、アッカーマンの2人を除いて。

 リヴァイ兵士長とミカサの、命令と悲鳴が焦土に木霊する。

 

 その直後、いきなり黒く染め上げられた大地が迫ってきた。

 あまりに突然の出来事に反応すら出来ず、俺は無様にも顔面から焦土へと突っ込んでしまう。

 ……っ、あぁ、ぉ、は?

 何が起きた? 何で地面が目の前にあるんだ? 倒れたのか? 俺が? いつ? どうしてだ? 何をされた?

 大量の疑問が脳内を埋め尽くす。

 それでも今は決戦の最中なのだから、取り敢えず地面に手をついて立ち上がる。

 

 ダメージは……そこまで大きくない。

 全身に軽度の火傷を負い、鼓膜が破れたくらいだ。音が全く聞こえないが、巨人にとっては簡単に再生できる程度の軽傷。

 すぐさま力を回復に集中させて傷を癒しながら、俺は自分を打ち倒したものを探る。

 『超大型』との戦いで周囲を飛び回っていた調査兵たちが、ほとんど地面に沈んでいた。

 リヴァイ兵長やミカサを始めとした精鋭や、咄嗟に兵長の指示に従い「壁」に隠れた一部の兵士だけが謎の攻撃を免れたらしい。

 後は、エレンが鎧の巨人を打ち倒した場所から、一歩も動かずに立って…………あ?

 

 進撃の巨人の全身が、やけに真っ黒だった。

 初めは逆光を浴びているせいで、シルエットのようになっているのだと思った。

 だが、違う。

 15メートルの体から立ち上っているのは、巨人特有の蒸気ではなく黒煙。

 つまりは、『進撃』の体が焼けているということで。

 

「――ォ」

 

 『進撃』の翡翠の瞳から、口から、鼻から、耳から。

 大量の赤い液体が流れ出る。

 そして、進撃の巨人は静かに焦土へと倒れ込んだ。

 よほどの大火傷だったのか、炭化した進撃の巨人の体は転倒の衝撃で散っていく。

 あれ、下手したら本体(なかみ)まで丸焦げになってんじゃ……?

 

 遠くから聞こえてくるミカサの悲鳴。親友の名を呼ぶアルミンの、そして他の104期の声。

 それらに混じって、エルヴィン団長とリヴァイ兵長の怒号が響き渡った。

 

「総員、全力離脱せよ!」

 

「ダイナ、上だ! 防ぎやがれ!!」

 

 兵長の声を聞いて、俺は弾かれたように上を見上げる。

 そこには熱風の放出をやめて大口を開け、下を向く超大型巨人の姿。

 ……火傷と、破れた鼓膜?

 それじゃあ、つまり、何だ?

 今の一撃の正体は、ベルトルトお得意の熱波と――……

 

 俺の思考が答えに至るより早く。

 超大型巨人が残る全ての筋肉を蒸発させながら、その60メートルの巨体を倒れ込ませた。


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