カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第3話 開拓地と口減らし

 両手で握った鍬を、足下に広がる乾いた大地に向かって振り下ろす。ドスッという鈍い音と共に、土が掘り返された。

 この作業を、延々と繰り返し続ける。

 兵士の人が休憩の合図を出すまで。

 それが開拓地に送られた、ウォールマリアからの難民の仕事だ。

 

 ……あー、何やってんだよ俺は。

 ウォールマリア陥落から、どのくらいの時間が経ったのか。

 こまめに数えてねぇから正確な日数は分からんが、もうすぐ1年ってところだと思う。

 その間、延々と畑仕事をやらされてる。

 拒否権はない。

 だって、仕事しないとメシが貰えねぇんだから。

 しかも休みなく丸一日働かせるくせに、偉そうに命令してるだけの憲兵よりメシの質は悪いし量も少ないときた。

 暴動が起きるのも納得だな。

 

 朝早くに起きて昼まで畑を耕し、無いも同然な飯を食ったら、次は夕飯までノンストップの畑仕事を再開だ。夕飯は昼食よりはマシだが、それでも味はマズイし腹も膨れない。

 娯楽は一切なしときた。

 現代社会のブラック企業も真っ青な職務内容。

 

 尤も、俺はバカ正直に従ってねぇけどな。

 夜中にこっそり抜け出して、ひたすら巨人化能力の訓練を積んでいた。

 抜け出せなかったり、愛用している練習場所の近くに人がいたりと毎日出来たわけじゃないが、かなり上達したと言える。

 かつては使えなかった硬質化もバッチリだ。

 周囲に無垢の巨人がいないのと、出来るだけ見つかる危険を減らすために大音は立てられなかったから、叫びの力は練習できなかったが。

 ただでさえ、巨人化の際には爆音と強い光が発生するからな。何度か音が聞こえたらしく、人がやって来て、慌てて巨人化解除したこともある。

 だから、こればっかりは仕方ねえ。

 

「あ、ダイナさーん!」

 

 約1年間の努力の成果を振り返っていると、俺の名前を呼ぶ声が聞こえて来た。

 最初はダイナって呼ばれる事に違和感しか感じなかったが、人間の慣れってすげえよな。今ではすっかり慣れた。

 ……女の体には全く慣れなかったけど。

 初めての、何だ、月経とかは地獄だった。詳細は省くが、月一回のペースで訪れるあの苦しみは本当に勘弁してほしい。

 二度と女子に向かって、このネタでからかわないと誓った瞬間でもある。

 

「何で返事を返してくれないんですかっ!」

 

「ごめんなさい、ちょっと嫌な過去を思い出してて……」

 

 呼び声を無視してたら怒られた。

 作業する手を止めて顔を上げるも、1人の少女が頬を膨らませながら駆け寄ってくる。

 そう、トロスト区に入った直後にぶっ倒れた俺を避難所まで運んでくれたあの調査兵、アリーセだ。

 最初の出会い以降も何度か会う機会があり、今や俺のただ1人の友人になっている人物。

 いきなり女の体になった俺が、何やかんやで生き残れているのはアリーセの助力によるところが多い。

 近くに立っていた憲兵が作業を中断した俺を怒鳴ろうとしたが、俺に近づくアリーセの姿を見て慌てて口を閉じた。代わりに舌打ちして、苛立ちを露わにする。

 

 原作通り、ウォールマリアが陥落してから調査兵団の評価は大きく上がった。

 まあ、当たり前の話だな。

 避難民を誘導するのも、守るのも、殆ど調査兵がやったんだから。

 憲兵も駐屯兵もこの時は巨人を見たことすらない奴が大半で、まともに動けた奴なんて数える程しかいない。

 それに比べて調査兵は実戦経験が豊富で、巨人の恐怖に耐えうる胆力を持っている。

 どっちが活躍するかなど、考える必要すらねえ。

 

 民衆――特にウォールマリアからの難民――からの支持が最も高いのも調査兵団。

 つまり、他の兵団の兵士は調査兵団にデカイ顔が出来ないってわけだ。

 醜態晒して民衆からの支持を失った直後の状態で、民衆の命を救った調査兵団を蔑ろにでもしたら、暴動待った無しってこと。しかもここはウォールマリアからの難民が多く集まる開拓地。ここにいる殆どの人が調査兵団の肩を持つ。

 他の兵団の兵士からしたら、さぞ肩身が狭いだろうよ。

 だから普段から威張り散らして、ストレスを発散させてるのかもしれねーが。

 

「せっかく空き時間が出来たから会いに来たのに、いつもすぐに黙り込んで……」

 

 いや、ホントすいませんね。

 開拓地に来てからは1人で黙々と作業する日が続いてるから、思考の海に沈むクセがついちゃったんだよ。

 延々と考え事でもしてないと、開拓地(ここ)ではやっていけねーし。

 

「でも、珍しいですね。今はどこの兵団も忙しくて、兵士の人に休み時間なんて無いはずなのに」

 

 これ以上アリーセを放置するのはかわいそうなので、取り敢えず今思いついた話題を振る。

 すると彼女は未だに不機嫌そうに頬を膨らませながらも、俺の問いに答えてくれた。

 

「最近、調査兵団の団長が代わったんです。エルヴィン・スミスっていう人で……」

 

 エルヴィン団長きたあああああッ!

 アリーセの口から飛び出した名前に、俺のテンションが跳ね上がる。

 原作における最重要登場人物の1人。

 人類の矛である調査兵団を率い、数多の戦果を叩き出した人物だ。

 その頭脳は作中でもトップクラス。いち早く人類の中に潜む巨人の存在に気づくなど、活躍するシーンも多い。

 「前進せよッ!」は、進撃ファンなら誰もが知ってる名台詞だろう。他にも名台詞多いけど、俺はこれが一番ポピュラーなやつだと思ってる。

 どうでも良いことだけど。

 

「それで長距離索敵陣形っていうのが出来て、調査兵団は今、大規模な部隊の編成中で……って聞いてます?」

 

「もちろん」

 

「……まぁ、良いです。ともかく、調査兵団は部隊の編成中で、それが終わるまでの間がちょっとした休暇になった訳です」

 

「じゃあ、しばらくゆっくり出来るんですね」

 

 そう言うと、アリーセは一気に苦い表情になった。

 そのまま何かを言おう口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。

 お喋りなアリーセが沈黙するなんて、随分と珍しいな。

 かなり言いにくい事があるみたいだ。

 だとしたら、俺の方から無理やり聞き出すのは良くねえだろう。ここは彼女が話す決心をするまで、ゆっくり待ってやるのが年上の対応ってヤツだ。

 俺、ダイナさんの年齢とか知らんけど。

 

 どんだけ若く見積もっても、23歳くらいか……?

 15歳でエレンパパと結婚という強引な仮定でも、20歳だ。

 原作開始の時には、まぁまぁな年齢になってんな。

 

 指折りしながらダイナの年齢を予想していると、急にアリーセが抱きついてきた。

 ダイナの身長は168センチと女性にしては非常に高いので、自然とアリーセの顔が俺の胸元に埋もれてるような形になる。

 な、なんだ?

 急にどうした?

 女の子に抱きつかれた経験とかないから、そんな急に来られると俺もテンパるというか……

 そんな、俺の浮ついた気分は、アリーセの次の一言で完璧に粉砕されることになる。

 

「……明日、大勢の避難民を使ったウォールマリア奪還作戦が行われます。このまま開拓地にいれば、間違いなくダイナさんも作戦に投入されます。だから、今すぐ逃げてください」

 

 そう言われて、アホな俺はようやく気づく。

 ウォールマリア陥落から、1年。

 それはつまり。

 『口減らし』が行われる時が来たということだ。

 

 人口の約2割。

 25万人が巨人に食い殺されるという悲惨な結末を迎える作戦が、始まる。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 結論から言うと、俺は逃げなかった。

 本当は凄え怖くて、逃げたくて仕方なかったけどな。

 男なら逃げるなと一晩中自分に言い聞かせて、何とか奪還作戦に参加する決意が出来た。

 

 逃げなかった理由はいくつかあるが、最も大きいのはアリーセに迷惑をかけないため。

 恐らく、兵団は奪還作戦に避難民を使うということを当日まで隠していた。

 当たり前だわな。

 あらかじめ「7日後にウォールマリア奪還作戦に参加して、巨人と戦ってもらうから」なんて避難民に予告すれば、逃げ出す奴が続出するだろう。巨人と戦えと命令されて、はいやります! って答える馬鹿は我らが主人公エレンくらいだ。

 それを防ぐために、敢えて作戦決行の直前に発表を行う。

 

 なのに発表前に俺が逃げ出せば、確実に兵士から情報が漏れたと兵団は考えるだろうな。

 そしてその場合、真っ先にアリーセが疑われるだろう。

 俺が最も親しくする相手で、しかも兵士。

 容疑者にされるに決まってる。

 その結果アリーセが投獄されたり、処刑されたりしたら俺は耐えられない。

 つーか、ブチ切れて巨人の力で暴れるくらいのことはする。

 原作の登場人物たちのように、親友が殺された直後でも冷静を保てるような精神力は、今の俺にはねぇんだから。

 

 まぁ、避難民が1人逃げたところで兵団が気にするとも思わねぇが。

 今のはあくまで最悪のパターンってやつだ。

 けどそんな可能性が少しでもあるなら、ゼロにしておきたいっていうのが俺の心情だな。

 

 他にもいくつか理由はあるが、今それを全部並べる時間はないらしい。

 俺たち避難民は兵士によって誘導され、トロスト区の開閉門の前に集められていた。

 死にたくないと泣き叫ぶ声が。せめて子供は、妻は、祖父は、参加させないでくれと嘆願する声が。全部まとめて無視される。

 本当に、嫌な気分になる光景だ。

 

 避難民に慈悲の言葉は与えられない。

 代わりに与えられるのは、冷たい金属の武器だ。

 俺が渡されたのは、兵士が使う超硬質ブレードの劣化版みたいな剣。

 これで戦えってか?

 いっそ笑いすら込み上げてくる。

 立体機動装置もなく、馬もなく、渡されるのは一振りの剣のみ。

 本当に、何が奪還作戦だよ。

 

「ではこれより、ウォールマリア奪還作戦を開始する! 敵前逃亡は許されん! 参加する全ての兵士と民よ、人類のために心臓を捧げよ!」

 

 奪還作戦の指揮を執る兵士の声が響き渡り、同時に壁の扉が開いていく。

 そして、作戦が始まった。

 

「出撃ぃッ!」

 

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」」」

 

 まず始めに馬に乗った兵士たちが駆け出し、その後を避難民が徒歩で追う。もちろん、俺もその中の1人だ。

 頼りない剣を握りしめ、後ろから押されるようにして前へ。

 そして遂にトロスト区の外へと踏み出し、直後に地獄が広がった。

 

 巨人、巨人、巨人、巨人、巨人、巨人、巨人、巨人、巨人、巨人。

 見渡す限り、大量に。

 絶望するより先に、当たり前だよな、なんて感想が浮かぶ。

 25万人もの人間が一点に集まってんだ。

 当然、人の気配に反応して巨人が集まってくるに決まっている。より人口の集中するところに、巨人は引き寄せられるんだからな。

 こんなの、基礎知識だ。

 

 それはもう、戦いじゃなかった。

 次から次へと壁の外へ出てくる人間たちを、巨人たちが貪り食うだけ。俺の目には、人類が巨人に対してご馳走を振舞っているようにしか見えない。

 

「……くそったれ」

 

 そう吐き捨て、俺は改めて地獄を直視する。

 巨人の数は……ぶっちゃけ分からねぇ。多すぎる。

 どう見ても100は下回らねぇだろ。下手したら200に届いてるかもな。

 前方も左右も巨人で埋め尽くされていて、後ろからは避難民が溢れるように出てきている。立ち止まったら後ろから押し倒されて、人に踏み潰されて死ぬだろう。

 

 さぁ、どうする?

 生き残るためには、ここからどうすれば良い?

 

 巨人化。

 最も安直な考えが浮かぶが、今このタイミングでは無理だ。

 目撃者が多すぎるし、巨人化した時の爆風で周囲の人を吹き飛ばしてしまう。

 超大型巨人程じゃないけど、俺が巨人化する時もそれなりの爆風が引き起こされるからな。こんな人口密集地のど真ん中じゃ使えん。

 

 だけど、このままアホみたいに巨人の方に走り続けても死ぬだけなのは間違いない。

 エレンみたいに、噛み砕かれずに巨人の胃袋に入れたらなぁ。

 それなら胃袋の中で巨人して、存分に暴れてやるのに。

 自分から巨人の口に突っ込むのはリスキー過ぎるから、これはボツ案だ。

 

 くそ、考えているうちにどんどん巨人が近くなる。

 早く打開策を……。

 そこで、何かに躓いて転んだ。

 顔から地面に激突した俺は額をさすりながら立ち上がり、何に躓いたのか確認して、吐きかけた。

 俺が足を引っ掛けたのは、上半身がなくなった兵士の死体だ。

 断面からは内臓と鮮血が吹き出しており、骨まで丸見えになっている。

 

「吐くな、吐くな、吐くな」

 

 この人だって、好き好んでこんな姿になったんじゃねえ。

 そう言い聞かせ、喉元までせり上がってきたものを、再び嚥下して胃の中に引き戻す。

 ちくしょう、無駄に時間を割いた。

 早く、何か……。

 人がいない場所までいけたら、巨人化できる。ならば、人がいない場所へ一瞬で移動できる手段を探せ。

 

 心のどこかでそんな都合の良い手段があるかと思いながらも、再び最も近い巨人を睨みつけ、見つけた。

 パシュンッという、ワイヤーの射出音。

 ガスの噴出と共に、高速機動する兵士。

 あるじゃねぇか。

 この世界には、人間が高速で移動できるようになる便利な機械が!

 

 すぐさま身を翻し、先ほど転倒の原因となった兵士の死体の許へ。下半身のみのソレには、立体機動装置が残っていた。

 取り外し方とか知るか! 無理やり引き千切れ!

 最低限の機能さえ損なわなければ問題ない。

 両横の鞘を強引に外し、立体機動装置の本体だけを入手。装着方法など分からないので、取り敢えずベルトで腰に巻きつける。ガスの噴出口が後ろに、ワイヤーの射出口が横にくれば良い。

 立体機動装置を無理やり腰に取り付けたら、次は15メートル級の個体に向かって照準を定める。

 奴は今、食事に夢中だ。大丈夫だ、問題ない。

 自分にそう言い聞かせ、トリガーを引く。

 

 両腰の射出口からワイヤーが飛び出し、先端のアンカーが巨人の体に突き刺さったのを確認。そしてもう一度トリガーを引き――違った、こっちのトリガーだ――ワイヤーを巻き取る。

 体が引っ張られる感覚。

 逆バンジーでもしてるみたいに俺の体が15メートル級に引き寄せられていき、全身に凄まじい圧がかかる。まともに立体機動装置を装備してないから、空中でバランスが取れずに頭を下にして吹っ飛ぶマヌケぶりだ。

 スカートがめくれ上がるが、そんなの無視してガスを噴出。もちろん、出力最大。

 俺の体は錐揉み回転しながら真上に吹っ飛び、15メートル級が小さく見えるほどの高さに。

 避難民も兵士も、視線は全て巨人に釘付けだ。馬鹿みたいに吹っ飛んだ俺に視線を向けてる奴なんて、1人もいない。

 大成功。

 ワイヤーで雁字搦めになってようが、ともかく空高く飛び上がれば俺の勝ちだ。

 

 大きく口を開き、自分の右手に食らいつく。

 スパークが迸り、骨が、肉が、皮が、現れ、体を構築する。

 

 さぁ――1年間の修行の成果、今こそ見せようか。

 

 立体機動に利用した15メートル級を踏み潰しながら着地した俺は、渾身の雄叫びを上げた。


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