簡潔に前回までのあらすじを、感想欄にある皆様のコメントから。
>良かったなライナー、死ねそうだぞ
>良かったぁライナー苦しまなくてすむんだぁ
>このまま行けばライナー死ねそうやぞ!!やったな!!!
『ウォール・マリアを破壊した怨敵、鎧の巨人討伐! 成し遂げたのは調査兵団! 人類はついに、巨人に反撃の一撃を投じることに成功した!』
『第58回壁外調査の秘密! 本来の目的はウォール・マリア奪還ではなく、元より鎧の巨人の捕縛だった!?』
『調査兵団団長エルヴィン・スミスが語る! 鎧の巨人の正体は憲兵団に所属の兵士!?』
朝刊に羅列された文字に一通り目を通した俺は、ため息をついて紙束を傍らの机の上へと投げ捨てる。
何つーか、見事なまでの手のひら返しだな。
数日前はひたすら罵倒に罵倒を重ね、石まで投げつけていたくせに、大きな成果を上げた途端にこの変わりよう。
まぁ、それが民衆らしいと言えばそれまでなのだが。
民衆はあくまで結果のみを注視して、そこに辿り着くまでの過程には全く意識を向けない。そういうものだ。
第58回壁外調査で命を失った兵士や、日常生活に支障をきたすほどの大怪我を負った兵士たちは、鎧の巨人討伐という結果に隠れてしまっている。
今もなお、俺の目の前で静かに眠り続けているラウラのように。
『鎧』との戦いから数日の時が流れたが、未だに彼女が目を覚ます気配はない。
確かに俺はライナーに勝った。調査兵団からの信頼も大きく回復した。
しかし第58回壁外調査の結果がベストかと問われたなら、俺は断じて否と答えよう。あくまでベターだ。
「……、」
その理由もまた、俺の目の前にある。
この旧本部の古城に帰還した時からラウラの側を片時も離れずに、眠り姫の手を握り続けるアリーセの姿。その憔悴した表情は、見ている俺の方まで辛くなっちまう。
これじゃあ、いくら『鎧』を倒したところで何の意味もねえ。
俺の行動原理はアリーセを生かすこと、幸せにすること、喜ばせることなんだから。
……マジでどうすりゃ良いんだよ。
選択肢はいくつかあるが、その全てがどん詰まりの未来にしか繋がってねぇとか。
しかも、ラウラを助けられるのかも定かじゃないしな。
アリーセから部屋の片隅にある書き物机へと視線を移す。厳密には、その引き出しの中に入っている俺の脊髄液へと。
『原作』で、ジークの脊髄液を摂取したユミルの民が無垢の巨人になるシーンがある。そこから王家の末裔であるダイナの脊髄液にも同様の効果があるかもしれないと予想して採取したのは良いが、本当に使えるのかは今のところ分からん。
加工とか何にもしてないからなぁ、アレ。
舌を噛まないように布を口に詰めて、アリーセにロープでベッドに固定してもらった後、馬鹿デカイ注射器を俺の背中にぶっ刺して脊髄液を取り出した時の激痛は忘れられねぇわ。
死ぬほど痛い思いをしたのに、何の効果もなかったら流石に落ち込むぞ。
っと、思考が逸れた。
ともかく、そんな訳で巨人化したラウラにライナー(もしくはユミル)を食わせたくとも、まずラウラを無垢の巨人に出来るかも怪しい。
近くの奴らで実験するのも出来ないし、どうしたもんかな。
「ダイナさん」
静寂な空間に、掠れた声が響いた。
再び視線を声の出どころ――アリーセへと戻すと、輝きの失われた榛色の視線と俺の視線が交差する。
「私が調査兵団に入ったのは、幼馴染の男の子に誘われたからなんです。その彼……カールはずっと壁の外が見たいって言ってて、彼に引っ張られる形で私は訓練兵団に入りました。最初は訓練はキツイし、教官は怖いしであまりやる気は無かったんですけど、同期の子たちと仲良くなるにつれて訓練兵団が好きになって。気がついたら、カールやその他の何人かの同期と一緒に調査兵団を目指してました。多分、カールがあんまり楽しそうに『外』の世界のことを話すから感化されちゃったんだと思います」
ラウラの手を握りしめたまま、静かに語り出すアリーセ。
俺は近くにあった椅子を引き寄せて彼女と向かい合って座り、視線で続きを促す。
「カールと一緒に凄く訓練とか頑張って、そしたら教官にも凄く評価されて、成績第2位で訓練兵団を卒業出来ました。カールは……えっと、座学が良くなくて10番以内に入れなかったんですけどね。元から私もカールも憲兵団を目指してなかったので順位は特に意識してなかったんですが、彼は私に負けたーって悔しがってて」
カール。
アリーセの幼馴染。
だがシガンシナ区でのサバイバル生活を終え、調査兵団へと舞い戻った彼女に、カールと名乗る男兵士が接触した記憶はない。
俺は常にアリーセと一緒にいたので、2人の再会シーンを見逃したという可能性は低いはずだ。
そこから、突如として始まった彼女の昔話の結末が何となく予測できてしまう。
「そんな感じで私とカールの訓練兵時代は終わって、所属兵団を決める時が来ました。2番だった私は教官や大勢の同期から調査兵団に入るのを止められたんですが、皆の忠告を振り切って、何人かの友達と一緒に調査兵になったんです。初めて自由の翼の紋章が入ったマントを着た時は、自分が凄く誇らしかった。私はもう鳥籠に囚われた小鳥じゃない、大空を羽ばたく猛禽なんだって」
そう言うアリーセは、自嘲の笑みを浮かべていた。
「何にも分かってなかったんです。私も、カールも。外の世界がこんなにも絶望が溢れていると知っていたら、私は鳥籠から出なかった」
彼女の言葉に触発され、脳裏に悲惨な光景がフラッシュバックする。
『俺』がこの世界にやってきた日。超大型巨人によって外門が破られた時に作り上げられた、血みどろのシガンシナ区。溢れかえった難民の中から続出する餓死者。開拓地での労働に耐え切れず死んだウォール・マリアの住民。口減らしで巨人のエサになった開拓民。トロスト区で行われた掃討戦で命を落としたテオバルト。第57回壁外調査で死んだ大人数の兵士。街を破壊されたヤルケル区の人々。巨人に変えられたラガコ村の住人たち。そして、今回の戦いでの死傷者とラウラ。
俺もたった数年の間に、夥しい数の死傷者を見た。
「調査兵団に入って1度目の壁外調査。まだ巨人の恐ろしさを正しく認識していなかった私たちは、すぐに地獄を見ました。小さな廃村を横切った時に、巨人の群れと遭遇してしまったんです。壁外拠点の設置予定地にまで辿り着くことすら出来ず、次々と巨人に食べられていく先輩たち。新兵ということで比較的安全な後方支援の役割を与えられていた私とカールの元にも、あっという間に巨人が来ました」
アリーセは今から遡って、5年以上も前から調査兵団に所属していたらしい。
ってことは、当時の団長はまだキース教官だ。
長距離索敵陣形もなく、リヴァイ兵長のような桁外れの強者もいない。
……確かに、絶望と地獄以外の言葉が出てこねぇな。
「4メートル級と8メートル級の2体です。冷静に応戦出来ていれば、私とカールと、一緒にいた同期の5人でも倒せたはずでした。立体機動の成績は良かったですし、戦場も廃村だったので周囲には多くの立体物がありましたから。でも私たち5人を率いていた班長が4メートル級に食べられてしまったことで、皆パニックを引き起こしてしまって。まず、巨人に怯えて逃げ出そうとした子が恐怖と焦りで立体機動に失敗して、凄い速度で家屋にぶつかっちゃったんです。離れた位置にいた私からでも、彼女の両足が折れたのが一目で分かりました。その子は両足の骨が粉々になった痛みに苦しんでいるうちに、8メートル級に頭から飲まれました」
「……」
「1人が逃げ出した挙句に死んじゃって、私たちは更に恐慌状態に陥ったんです。連携なんて全く取れずに、互いが互いの足を引っ張って。誰も攻撃を仕掛けられなくて、私も2体の周囲を立体機動で飛び回って逃げることが精一杯でした。……けど、カールは違いました。彼は恐怖に耐えながら何度も攻撃を試みていたんです。それは良く言えば勇敢、悪く言えば蛮勇でした。初めての実戦ということでカールも本来の力が出せず、程なくして4メートル級に捕まりました」
「アリーセ、もう……」
「助けようとしたんです。あの時はまだ、間に合ってました。うなじを狙えた。アンカーを打ち込めた。でも、カールが捕まった直後に撤退の指示が出て。近くにいたミケ分隊長……当時はミケ班長に、馬に乗ってトロスト区へ帰還しろと命令されました。私は……私は、逃げてしまった。撤退の命令が出されたのを言い訳に、巨人から逃げたんです。カールを見捨てたんです。ここで無理に交戦を続けるのは、調査兵団全体の被害を増やすだけだと自分に言い聞かせて。助けてくれと私の名前を叫ぶカールの声を、耳を塞いで聞かないようにして。後ろから聞こえてくる肉が千切れる音を、自分の叫び声で掻き消して」
榛色の瞳から零れ落ちた水滴が、音もなく彼女の頬を伝う。
「カールを見捨てたことを後悔して、もう友達を失いたくないと必死で戦いました。でも壁外調査を重ねるたびに同期は、友達は1人また1人と死んでしまった。5年前の「あの日」もです。ウォール・マリアに侵入してきた巨人を迎え撃つために、私とまだ生き残っていた友達は前線に駆り出されました。市民を、人類を守るためにボロボロになるまで戦ったんです。何度もガスと刃が尽きて、その度に補給して、また前線へ。それを繰り返すたびにまた仲間たちは減っていって。やっと市民の撤退が終わったと連絡が来てトロスト区に帰還した時には、もう私の班は私しか残っていませんでした。班員の死体は、半分も……回収できなくて。回収できたのも、腕とか……指先とかばっかりで……。皆そんなになるまで戦ったのに、それを見たトロスト区の人たちは「もっと死んでくれたら、自分たちの食料が調査兵団に浪費される量も減ったのに」って言ったんです!」
普段の優しいアリーセからは想像も出来ないような絶叫が迸った。
「市民の避難が終わるまでは、逃げたくても逃げられなくて! 疲労で動けなくなっても、前線に引っ張り出されて! 怖いのに、辛いのに、しんどいのに、苦しいのに、それでも「人類に心臓を捧げよ!」って叫んで、皆は最後の瞬間まで戦ったのに! なのに、どうしてそんな酷いことを言われないといけないんですか!? 私たちが命を引き換えにして助けたシガンシナ区の、ウォール・マリアの人たちを見て、食料泥棒なんて言うんですか!? 『口減らし』なんてするくらいなら、どうして私たちに「助けろ」って命じたんですか!? 壁外調査で死んだ仲間も、「あの日」に死んだ友達も、人類のために心臓を捧げたのに! 『口減らし』なんてしたら、皆が死んだ意味が無いじゃないですか!!」
叫んで、叫んで、叫んで、叫んで。
そしてアリーセ・エレオノーラは涙を流しながら嗤った。
「もう親しい人が死ぬのは耐えられないんです。顔も名前も知らないため人たちのために、友達が死んでいくのは嫌なんです。それならばいっそ、友達の代わりにその他大勢が死んでしまえばいい」
ねぇ、ダイナさんと。
俺の名前を呼んで、アリーセはラウラの手を掴んでいるのとは反対の手で俺に触れた。
「ラウラの代わりに、他の誰かがこうなれば良かったのに。そう思ってしまった私を、貴女は軽蔑しますか?」
息を大きく吸って、吐いて。
おそらくは心の中で最も醜いと彼女も自覚している部分を曝け出した親友を、俺は抱きしめた。
「私は貴女を軽蔑しませんよ。きっとそれは、人間が持つごく当たり前の感情です。名前も知らない誰かより、親しい友達や家族が死んだ方が悲しいに決まっている。その感情を――『親しい人のためにその他大勢の人を見捨てる』を世界が『悪』とするなら、私は悪役で構いません。私は、人類とアリーセを選べと問われたならアリーセを選ぶと即答できる。貴女のためなら、人類何万何億人にだって刃を向ける」
例えば。
お前が自分の両親を殺したら日本に住む残る全員が助かって、だがお前が自分の両親を殺さなければお前の家族以外は全部死ぬと聞かれたとして。
じゃあ両親を殺す、と答えることができる人間はどれだけいる?
両親でなくとも友人、恋人、兄弟、恩人……誰にだって1人くらい、大切な人はいるだろう。
名前も知らないその他大勢のために、そんな大切を人を殺せるか?
少なくとも俺には無理だ。
俺なら、一を取って百を捨てる。
きっと兵団は――兵士は、そんな俺の考えを間違っていると言うだろう。
一を捨てて百を救えと。百を捨てて千を救えと。千を捨てて万を救えと。寝食を共にした仲間の屍で、市民の歩く道を作れと。
『心臓を捧げよ』という言葉がそれを物語っている。
そして、この残酷な世界においてその考えはきっと正しい。少数を見捨てるくらいの覚悟でなければ、人類は勝てない。
だが。
それでも。
「私は
俺の問いかけに、親友は抱擁で返してくれた。
これで完全に俺とアリーセは悪役だ。
間違っているのだと分かった上で、その道を選んだのだから。
自分たちの為に、その他大勢の人を不幸にする。蹴落とす。利用する。
侮蔑するならすれば良い。見下げるなら勝手にしろ。蔑んでもらって結構だ。
外道と化す覚悟は決めた。
さぁ、次の戦いへと進もうか。